※タイトルに真実有り
お忙しい方、特に筆者の作品を初めて読む方はご注意下さい。
【ひどくみじかいはなしたち:Break・Time】
“――B・T!”
【ベトナム珈琲】
「悪魔のように黒く、地獄のように熱い」
「天使のように清らかで、愛のように甘い」
これは珈琲についての言葉。
「一杯の茶のためには、世界など滅んでもいい」
これは紅茶についての言葉。
度し難きは飲欲。
留まらぬ食欲。
飲食無くして人はなく、人無くして嗜好品なし。
世界よ滅べ。一杯の珈琲のために。
“――B・T!”
【ポトフ】
「ポトフを作ってよ」
付いた肘。捲れた袖。ハートを描いた両の手のひら。彼女は頬杖を突いて私を見ている。
「ポトフ?」
糸を持つ指。縫われた布。イニシャルを描いた糸。私は帽子のほつれを直している。
「それ、あの子のね」
彼女の視線は黒い帽子を捉えて、赤い目は一瞬細くなる。
髪の色と余色の関係にあるから、距離があってもはっきりと際だつ。
視線を逸らした。
一度合うと離しづらくなる色をしているから、私は彼女と話すときは口元を見るように心がけている。
「忘れ物よ。本当なら貴女がやってくれてもいいのだけどね」
今でこそ裂け目は跡形もないが、先程までは本当に目も当てられなかったのだ。
弾幕遊びなら十二分に勝率はあったのに、奢ったあいつにも問題があるかもしれないけど。
新しい力を試してみたかったのかなと思う。
なんにしろ相手が悪すぎた。
はしゃぎすぎなのだ、もう人間でもない癖に。
ああいうタイプは永い命を手に入れるよりも、命が幾つか有った方がいいかもしれない。
猫に成れば良かったのに。
まあ、時間はたっぷりあるのだ。
その辺の勝手も、おいおいとわかっていくだろう。
私はイニシャルをなぞる。
黒い布に、黒い糸。
ファミリネームへのちょっとした悪戯は、私なりの祝福でもある。
あの子の大切で自慢の帽子。
その帽子をざっくりとやった犯人は、私の言葉なんて気にした風もなく腰を落ち着けている。
暢気な物だ。
「私の魔法は無機物とは相性が悪くてね」
「どうして裁縫に魔法が出てくるのよ」
「一針一針縫っていくなんて私がするわけないじゃない」
糸を、切る。
「出来た」
「はいはい、お上手ね。ところでさっきからカップが空なのだけれど」
「ちょうどいい。帰りなさいよ」
「いやぁよ。ウチのが淹れるのより美味しいんだもの」
「それは……一応ありがとうと言っておくけど」
「あの子は大雑把なのよね。すぐ妥協するし。とても自分に甘い」
だからいつまでも向上しないのよ。
だからいつまでも夢幻止まりなのよ。
「そういうわけだから、お願いね」
馬鹿にしているのか本気なのか、彼女の言葉は半分くらいわからない。
逆に考えれば、半分くらいはわかるとも言えるが。
「それでポトフの話だけれど」
「ああ。その話続いてたんだ」
「食べたいのよ」
白いティーカップの淵を、彼女の指がなぞっていく。
くるくる、くるくる。
見ていると変な気分になる。
むやみに壊したり何てしないだろうけれど、彼女はとても力が強い妖怪だから。
だいたい行儀が悪いじゃない。
なのに悪い印象を与えないから、時々尚更悔しくなる。
「無理。材料がないわ」
「全部?」
「野菜はあるけれど」
「なら大丈夫よ。さっき、私に喧嘩を売った馬鹿がいたもの」
そういえば、今日の彼女は珍しく手に風呂敷を持っていたことを思い出す。
机に置かれた包みを見ながら、こういうのもお持たせって言うのかなと考えた。
“――B・T!”
【沢ガニ】
水深3センチほどの水の中で、小さな蟹たちがわさわさと動き、ハサミを振り上げている。
「うわぁ生きてます」
「新鮮さが売りだからねぇ」
豆腐や宜しく入れ物持参が鉄則のこの店は、とにかく新鮮さを尊んでいる。
今まで見慣れていたパックとかがこちらには全然無いから仕方がないのだけれど、便利さに慣れきっている私にはちょっと面倒に思えていた。
でも、こういうのは悪くない。
なんで八百屋に水産物があるのかはこの際置いておくとして。
「いくらですか」
「こいつは売り物じゃないんだ。なにか適当に籠一山買ってくれるなら、おまけで付けちゃうよ」
「もうひと声」
「じゃ、籠二山」
「なんで私が勉強してるんですか」
「ただいま戻りました」
後ろ手で戸を閉めながら、奥の方に声をかける。
明るいところから急に暗いところに移動すると、人の目はその変化について行けない事がある。
慣れたはずの家が真っ暗で、でもその暗さは闇みたいなのっぺりとしたものじゃない。
何か青か紫っぽいものがちらちらと網膜で遊んでいる感じの暗さ。
その暗がりから、独創的な帽子を被った影が出てきて、まだ三和土にいる私に「おかえり」と声をかけてきた。
「買い物?」
「はい。今日は珍しい物が買えました。いや、正確には買ったんじゃないですけど」
「お。沢蟹だ」
「素揚げがお奨めだそうです」
「夕餉までには時間があるし、それまでは生かしておこう」
「では鍋に水を張って入れておきますね」
蟹はぷくりぷくりと泡を立てている。
「うーん。鍋の大きさ的にちょうど良いですね。このまま火にかけちゃいましょうか」
「揚げるんじゃなかったの?」
「煮ても良いって店の人が」
「どのみちまだ早いよ。どれ、ご飯つぶでもいれてあげようか」
「太らせるんですか?今日中に食べちゃうんですよ?」
「ちがうよー。そうじゃなくてね」
お櫃の蓋を開けて、指で一摘み。
二十粒ほどを一度に取って、そのまま指を水面に持って行く。
見た目は幼い横顔がにやり笑って。
「共食いするといけないからね」
ぱらぱら、とぷん。
“――B・T!”
【ぬか漬け】
「生憎ですけど、今日は空の方に行っていまして」
ほら、あそこですと指してやる。
柿の葉一枚分くらいの影が青を行く。
本日快晴。
船はその影底を見せつけて、空の海を快調に泳いでいる。
「あれは?」
「婚礼です」
眩しそうに手で庇をつくり、寺を訪ねてきた夫婦は目尻を下げた。
「空での結納を希望されましてね」
ああして飛ばしているわけです。
故にあと一刻は寺の者は留守だと告げてやる。
「そりゃ目出度い」
「でもおかしいわね。家にそんな回覧、回ってないんだけど」
「おまえ、何かしたんじゃないか」
新郎か新婦か、どちらかの恨みを買うようなことを-夫が言うと、妻の方はむくれることもなく軽くいなす。
「してませんよ。ああそういえば、谷和の家が豚を一匹潰したって聞いたけど、その為かねぇ」
「だろうな。なんだ、それなら心配ない。あとでちゃあんと呼ばれるよ」
その通りだった。
婚礼の儀は近しい親族だけで挙げたが、午後には里の人間とお披露目の宴会をするという話だった。
私は教えて貰ったばかり“えいぎょーすまいる”とやらを懸命に浮かべ、この人間達の用件を訊いた。
すると二人は顔を見合わせて、ちょっと赤らめた。
「いやその。近々子どもが産まれるんで」
「名付けの親になっていただけないかと」
二人は照れくさそうに笑う。
皆さんでどうぞと持ってきた土産が揺れる。
「なるほど。そりゃ、目出度い」
夫婦を見送った後、一足先に包みを開けてみると、中にはよく漬かった野菜が入っていた。
今日の夕食は茄子である。
“――B・T!”
【薬と魚】
香油を変えたの。
妙な違和感を覚えて目を眇めていた私に、真っ黒い髪を見せつけるように一房持ち上げ、その女はほら、と私に差し出した。
「ね?」
林檎の香りがする髪は腹立たしいほど艶がある。
思考は一瞬その芳香に絡め取られ、すぐに我に返り私は眼前の手を払った。
「らんぼう」
くすり。
口元に袖を当て隠し、上品ぶった仕草で笑われる。
いちいちが癪に障ってしまうのは彼女に問題があるのか、彼女をに対し悪意がある私に問題があるのか。
どっちだっていいさ。
私は竿を持ち直す。
今日は朝からあたりが悪い。
草粥は食べ飽きていたし、ここらでタンパク質を取りたいところだ。
「たぶん、無駄だと思うわ」
寒いのだろうか。
厚手の衣を前で掛け合わせ直すと、ぶるりと身を震わせる。
その様はまったくと言っていいほど邪気がない。
いつものお供はどうしたのだろう。
「無駄?」
「昨晩この辺りでイナバ達が騒いでいたもの」
「なんと。道理で一匹もかからないはずだ」
だがもう太陽も真上だ。
魚も昨夜の喧騒など忘れているだろう。
その証拠にほら、今度は餌だけ取られた。
「惜しい」
嬉しそうに言うなよ。
「ねえ」
「なに?」
「この香りは好き?」
「嫌いじゃない」
「そう」
嘘じゃなかった。
林檎は良い。
清潔にすっとしていて、不思議に甘い。
こいつの趣味じゃないとは思うけど。
「ねぇ」
細い細い指に袖を引かれる。
邪魔だったけれど、構わず竿をしならせ、私は数メートル先に狙いを定めた。
「貴女は、防虫菊の匂いがするわね」
ひゅんと言う音。続けて水音。
私は答えない。
うるさくすれば魚が逃げてしまうから。
代わりに隣に目をやった。
真っ直ぐに覗き込んでやると、珍しいからか彼女は少し驚いたようだった。
そして、何か言おうと口を開きかけた。
けれどそれより先にぐいと竿を引かれ、私は慌ててそちらに意識も目線も戻した。
今までの素っ気なさが嘘のように強い引きだ。
隣で短い吐息を聴いた気がしたが、どうでもよかった。
これなら久々に食事らしい食事がとれるかもしれない。
手に力を込め、腰を据え直す。
せっかくの喪明けだ。
活きが良いだけじゃなくて、美味しいといいなと思った。
“――B・T!”
【ベトナム珈琲】
白い犬を連れた老人が前を行く。
古い映画のマフィアみたいな派手な柄物のシャツを着て、揺れるパナマ帽の下は、果たして雪山か禿げ山か。
あの犬はどこまで本物なのかな。
ふとそんなことを考える。
見たところ普通の犬だけど、最近は成長が止まると生来の器官を丈夫な人工のに置き換えて、何年も寿命を延ばすのが主流になりつつある。
悪くなる前に換えた方が効果も大きいから、近頃の動物病院は健康なペットで溢れかえっているらしい。
その代わりといってはなんだけど、ペット用の墓石の売り上げが落ちてるって話だから、経済的にはどっちがいいのか、なんてこの前の講義で話題になったっけ。
講義終了十分前の余った時間潰しとはいえ、教授も不謹慎な事を言うものだ。
何処に愛護団体員が隠れてるのかもしれないのに。
眠くもないのに欠伸をかみ殺しながら、私はコーヒーショップを探す。
もちろん眠くないのだから眠気覚ましに珈琲を飲もうとしているわけじゃない。
そもそも飲むものは水でもかまわない。
むしろ今日みたいな暑い日は炭酸の類の方が気分に合っている。
では何をしているかというと、単にこの日差しから逃れ休みたいのだ。
そんな時、古びた看板を掲げた骨董屋を見つけた。
“――B・T!”
埃っぽい骨董屋でラジオを買った。
本来こんな物は地域の資料会館にあるのがお似合いなのだが、その時は店の棚に陳列されるのが何よりもに自然に思えた。
むろん商品として。
私はそれを手に取り、最初にいっらしゃいませと言ったきり座布団から微動だにしなかった店主に持って行き、幾らなのかと訊ねた。
店主は暫く考える素振りをした後、指を3本立てた。
高い。
少し悩んだが、結局はカードが使えないと言うからポケットを探って財布を取り出し、店主の皺だらけな手にいくらかを握らせた。
友人は揃ってそんな物をかってどうするのかと首を傾げた。
今となっては昔のようなラジオはこの国ではやっていない。
もはやこのラジオはただの箱で、ガラクタだ。
どれほどつまみを弄ろうと、周波を拾うことはない。
それでも私は一人になると鞄からラジオを取り出した。
ひょっとすると私みたいな物好きがそこそこ近くにいて、誰にも届かないはずの電波を飛ばしているかもしれない、何て夢がちなことを考えていたわけではないけれど。
ただそんなことでもしなければ退屈で退屈で死んでしまいそうなほど、一人の時間というのは長いのだ。
ラジオから耳を離す。
振り返った視線の先で、鮮やかな花の頭がぽとりと落ちた。
“――B・T!”
ラジオ、壊れたラジオ。何処に行けばおまえは鳴るのだ。
ラジオが鳴るには電波がいる。
なのにこの街には鉄塔が一つもないと来てる。
20年前の大再開発の折に、この近辺では高い建物が一掃されたのだ。
電信柱さえないのだから、鉄塔など推して知るべし。
きっと再開発の中心にいた人物は、極度の電磁波過敏症かなにかだったに違いない。
あるいは、と私はいもしない“隣”に話を振った。
「これも結界対策なのかしら」
暴かれたくない秘密が、失われた鉄塔達の間に張り巡らされていたのだろうか。
誰もない私の“隣”は答えない。
唇が歪んだ。笑いたかったのに失敗したから。
何処にも行かない衝動を逃がすように口笛を吹く真似をして、つま先で強く小石を蹴った。
私は今日も鞄にラジオを入れている。
“――B・T!”
鉄塔。鉄塔。鉄塔。
私は夕暮れを歩いている。
私は夕方を歩いている。
薄暮の時を。
黄昏時を。
逢魔が時を。
鞄の中でガチャリと音がした。気がした。
鞄の中にはラジオ。電源を入れた記憶はない。
なのにすぐ近くで音が鳴っている。
私は腰のポケットを探って端末を取り出した。
けれど音の出所はそこではなく、いつも素っ気なくも忠実に時間を告げている画面は表示されていない。何も映っていない。
電源を入れてみる。反応はなかった。
相変わらず音は聞こえている。
鞄を開く。音は大きくなった。
音は歌だった。耳を当てる。
歌が止んだ。代わりに聞こえたのは声だった。
「もしもし」
電話みたいに声は言った。
「もしもし。さあ、夕陽を探してちょうだい」
声につられて空を見る。
鉄塔があった。
どうしてこんなところに鉄塔があるのだらう。
20年以上も前に、この街では大学より高い物なんて廃れてしまったはずなのに。
そんな疑問は意味がなかった。
鉄塔は私を呼んでいた。
ラジオから流れる声が「さあ鉄塔を目指しましょう」と言った。
私は歩き出す。
一足事に現実を踏み抜き、私は黄昏に導かれるまま歩いていく。いや、走り出す。
そうするより他はなかった。
鉄塔。鉄塔。それを囲む金網。
私はそこで息を吐き、仕方なしに歩みを一時止めた。
だって仕方ない。とにかく鉄塔に着いたのだ。
立ち止まりじっと塔を見上げていると、不意に金網のフェンスを掴みたくなった。
衝動に従い私は手を伸ばし、指を曲げて金網を掴む。
ぎしゃっと音がする。安っぽい金属音。
その音を聞くと今度はフェンスを越えてみたくなる。堪らなくなる。
足下を見た。私はヒールなんて履かない。
露だろうが雨だろうが草地だろうが、私の足を護り包み歩みに従い、私をどこまでも連れて行くアクティブシューズ。
だから足をかけた。
ぎしゃっと音がする。安っぽい金属音。
フェンスは体重の分だけひしゃげ、しかし耐えきった。
嘘みたいにひらりと、夢のようにやすやすと軽々と私は金網を飛び越える。
境界、境界。垣向こう。鉄塔。
鉄塔は誘う。
フェンスを越えると、当然のように鉄塔は更に私に近くなった。
在り来たりな四角鉄塔。
在り来たりだった四角鉄塔。
中に入り込んで上を見上げる。
四角錐を描く骨組みは上に行くほどその間隔を狭くして、蜘蛛の巣を連想させる模様を作って私を誘った。
あの巣の中心に行かなければ。
天辺へと、果ての果ての果てまで。
上れるわけがない。
理性は留まれと至極当然な意見を述べた。
私は一瞬それに従うつもりになった。
するとまた声が言った。
「横を見なさい。梯子階段があるでしょう」
はたして動かした視線の先には階段があった。
あの巣の中心に行かなければ。
天辺へと、果ての果ての果てまで。
鉄塔は誘う。
だから私はその一番下、最初の一本に手を触れる。
触れて、今度は強く掴んだ。
大丈夫、壊れない。
はしと掴む。かつと靴が鳴る。ぐいと体を持ち上げる。そしてまたはしと掴んだ。
終わらない終わらない。ゴールはずっと先だ。ずっと上だ。
ひたすらに上を目指し、私は鉄塔を這い登っていく。
瓢虫のように愚直に、蝸牛さながら鈍くしかし着実に。
登る昇る上る、這いよじ登る。
登り切ったその先には、夜になりそうな黄昏が待っているのだから。
はし、かつ、ぐい、はし。はし、かつ、ぐい、はし。
はし、かつ、ぐい、はし。はし、かつ、ぐい、はし。
はし、かつ、ぐい、はし。はし、かつ、ぐい、はし。
なんて心地よい、なんてリズミカル。口笛を吹かずにはいられない。
口を窄めた。長く細い息。ひゅーという音。
はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。
はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。
はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。
その音につられて更にまた一段。
ああ私はどこまで行くのだろう。
何処までだって!黄昏が招くその先の彼方まで!
私は夢遊病患者のように踊りながらはしごを掴み、掴んでは足をかけ、かけては体を押し上げた。
鉄塔は誘う。
天辺へと、果ての果ての果てまで。
はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。
はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。
はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。はし、かつ、ぐい、はし、ひゅー。
そして遂に終いまで来て、私はそこが巣の中心でないことに漸く気がつく。
あるいは思い出す。
だってここは鉄塔の天辺。
声は、彼女の声そっくりの声は言った。
「飛び降りてみたら?きっといけるわ」
「何処へ?」
「わかっているくせに」
くつくつと声は嗤った。
彼女によく似た声で、しかし彼女からは一度も聞かなかった調子で。
「最初に聞いたときから思っていたんだけど」
「なあに?」
「貴方の声は、とても信用に置けない気がするわ」
くつくつと声は再び嗤った。
彼女によく似た声で、しかし彼女からは一度も聞かなかった調子で。
そうだ、と私は思う。この笑いがいけないのだ。
「よく言われるわ。全く信用がならないって。真偽が定かでないとか胡散臭いとか適当で嘘ばかりとか、みんな散々に言うのよ」
「その気持ちはすごくわかるわ」
「言われた私の悲しい気持ちが?」
「言った方の気持ちが」
くつくつと声は三度嗤った。
彼女によく似た声で、しかし彼女からは一度も聞かなかった調子で。
「早くしたら?黄昏が貴女の落下を待っているわ。そして永遠には待ってくれない」
身を乗り出すとそこは半分空で、けれど私が立つ鉄塔は紛れもなく地上の延長だった。
下は眩暈がするほど遠く、太陽と月がそれよりさらに遥か遠くでにらみ合っていた。
どちらもまだ高くない。
彼女の言葉の通り、今は黄昏だった。
そして逢魔が時であり、昼と夜の間だった。
「さあ早く」
声はすぐ隣で聞こえた。
傘が開くような音がする。
私は彼女の顔を見ようとそちらを向くが、目にはいるのはただただ広がる傘ばかりだ。
「さあ早く」
飛んで、と声は言った。
飛ばなければ、と私も思った。
けれど体は中心がどっかに行っていて、芯は蕩けきっていた。
天地を忘れたみたいにふにゃりふにゃりとして、そのため世界はぐるぐると回った。
彼女のパラソルも回る。回る回る。その字の通り。くるくると。くるくると。ぐるぐると。ぐるぐると。
回転する木馬のように?昔々のフィルムのように。レコードのように?時計の針のように。
そうだ、時計。時間。私は空を見上げる。
星は何時だと言っているのだ。
月は何処だと告げているのだ。
どちらもぼやけてよくわからない。
「本当はこれも嘘なんでしょう?」
「どうかしら」
変な笑いが腰の辺りから這い上ってきて、くすぐったくて堪らない。
足はがくがくともぶるぶるとも震えていた。
だって私はてっぺんにいた。最果てにいた。世界の端っこ。怖くないわけがない。
この震えの分だけ、やはりこの世を愛していたのだ。
「なればこそ!」
私は綺麗に一つ微笑んで、欠片ほどに残っていた最後の躊躇いを捨てさった。
骨組みを掴んでいた指は、最初に梯子を登り始めた時と反対に動き、
――――――――――――――――そして、自由落下は始まった。
ああ、最後に珈琲だけは飲んでおきたかった。
新作が楽しみです。旅のご無事と早期のご帰還を首を長くしてお持ちしています。
ところで【Ending No.31:Sabbath】完全版の入手のためには、どうすればよろしいのでしょうか?
私のトラウマな雰囲気の5cm手前まで肉薄して、暗転で浮上する。
この気が遠くなるような文章は貴方しか書けません。今のところ。
【Ending No.31:Sabbath】の完全版を希望します。アドレスに送って下さい。
それぞれのはなしたちの関連までは解釈しきれないですが、
謎かけに惑わされるような感覚だけでも十分楽しめるなあ、と思い始めました。
旅が無事で、収穫あるものである事をお祈りしています。
働け我が想像力!
毎回堪能させていただいています。
旅後の次回作も楽しみにしています。
/【Ending No.31:Sabbath】の完全版希望します。
アドレスに送っていただけると。
旅の無事をお祈りします。
もしよろしければ、【Ending No.31:Sabbath】の完全版希望します。
旅のご無事をお祈りします。
【Ending No.31:Sabbath】の完全版を希望します。
【Ending No.31:Sabbath】の完全版を希望します。
【Ending No.31:Sabbath】の完全版を希望致します、もしよろしければ送って下さい。
読み返せば読み返すほど味が出てくるのは貴殿の作品の最たる特徴ですね、
ではよい旅を。ご無事を祈っております。
上手く言葉で表現する事が出来ないのですが、長編も、こちらのような短編も、すごく色々な事を考えながら読み、そして引き込まれました。
できればその、【Ending No.31:Sabbath】の完全版、も読ませて頂きたいです。
よい旅路を。
【Ending No.31:Sabbath】の完全版、是非読ませていただきたいです。
考える余地のある話を好む性質なので、投稿されたお話は楽しんで読ませていただきました
続きを読むのがもったいなかったです
よろしければ【Ending No.31:Sabbath】の完全版を読ませてください
よろしくお願いします
貴殿の旅の安全を祈願せずに要られません。
他シリーズというと、Childhood's end からのシリーズのことでしょうか
解説が完成したら是非お送り頂きますようお願いします。
なんだかお願いばかりしているようで心苦しいのですが
今後もあなたの著作を楽しみにしていますので、ご自分のペースで頑張ってください
もちろん楽しく読ませていただきました
うちで飲むコーヒーは大概ベトナムコーヒーなのでなんとなくうれしい
タワーをよじ登るシーンはなにか超越した恐ろしさのようなものを感じました
全シリーズの【亡き天文台の為の三文詩】は繰り返し登場するシーンですが
深読みしすぎてもうよく分からなくなってきましたww
それだけ印象深いということでもあるということですが
なんだか32のコメントは感想もなしにずいぶん不躾な内容になってしまってすみません
なんで抜けちゃったんだろうなあ
長期間使用していなかったメールアドレスなのでどうやら停止されていた模様です。
復帰させましたので、お手数ですがもう一度お願い致します。
申し訳ありません。
素晴らしい雰囲気、ああ珈琲飲みたい。しかし珈琲苦手なんだ、甘党だから。
もし宜しければ、完全版をお送りして頂きたいのですが……。
作品中にある暗喩を自分は一体幾つ見逃しているのか……。何回でも読み直したい作品です。
旅から無事に帰還されますようお祈りしております。
【Ending No.31:Sabbath】の完全版と、彼女の黄昏とプラスチックダイアローグの解説を希望します。
コメントは正直苦手なので今まで二の足を踏んでいましたが、期限がついたことで決心しました。
他の誰にも真似出来ない、独特の文の表情に。
よければ是非に、【Ending No.31:Sabbath】の完全版、彼女の黄昏、プラスチックダイアローグの解説を。
次回作も楽しみにお待ちしています。
うろ覚えのまま題名を入力したら案の定間違ってしまいました。
大変失礼いたしました、正しくは彼女の黄昏とプラスチックダイアローグですね。
申し訳ありませんでした。
とても印象に残るのに、何と表現したら良いのか分からない。
自分のボキャブラリの無さが恨めしくなります。
【Ending No.31:Sabbath】の完全版と、彼女の黄昏とプラスチックダイアローグの解説を希望します。
新しい作品も、待っております。
もう俺も沢ガニどもと鍋に入ってます!
【Ending No.31:Sabbath】の完全版、彼女の黄昏とプラスチックダイアローグの解説 を希望します。
実はまだあなたの過去作は読んでいません。しかしいずれ必ず読みます。その時後悔しないよう、是非とも頂きたいです。