大と並の境3
博麗神社。
ここは楽園の素敵な巫女が管理している神社で幻想郷には無くてはならない場所である。
博麗 霊夢はここの管理者であり異変を解決することを専門としてはいるが、最近は他の人にも介入されており専門性がなくなってきているような気がせんでもない。そのようなことを疑問視することなく縁側でゆったりと呆けていた。
そんな巫女のもとに今四人の少女が向かってきた。
霊夢は今日もまた誰か来るのか、と見上げた。
「はい、到着で~す」
「はぁはぁ……な、なかなか怖かったです」
「だからあれほど気をつけろといっただろうが!」
「いや、多分あれでも十分に気をつけてたと思うよ。何せ私たちが簡単についていくことが出来たぐらいの速さだからね」
「さすが妹紅さん♪よく分かっていますね」
博麗神社に着くなり少女たちはそこの主を無視してしゃべり始めた。ただし一人はまだ息が整っていないが…。そんな様子に流石の霊夢も少しほうけてしまった。
「いや、流石にこの面子が来るとは私も思わなかったわ」
「あ、霊夢さんこんにちは~」
そういって明るく笑顔であいさつしたのは鴉天狗の射名丸 文。
彼女はまだ息の整わない稗田 阿求を抱えながら霊夢にお茶を用意してあげれませんか、とお願いしていた。
霊夢はちょっと待ってなさい、と奥にひっこんで行くと
「大丈夫か、阿求殿……」
と心配そうに阿求の顔を見やったのは半獣の歴史家、上白沢 慧音である。
訪ねられた阿求はだ、だいじょぶです、と息を荒げながら答えていた。
もう一人の少女、竹林に住む蓬莱人である藤原 妹紅は我関せずと言うわけではないが、一歩引いた距離でただ空を見ていた。
「ほら、阿求。お茶よ」
「あ、ありがとうございます」
奥から戻ってきた霊夢からお茶を手渡され阿求はそれを口につけた。
「あれ私たちの分は」
「ここに置いたわ。とりあえず四人ともこっちに来たら」
「悪いね」
そう言うと妹紅だけ霊夢の横に腰を掛けお茶を飲んだ。
「で、あんたたち何の用?結構珍しい組み合わせだと思うけど」
「うん?ああ、実は霊夢には用は無いのだが、藍殿はここにいないのか?」
「藍?見ての通りよ」
藍というのは九尾の狐で八雲 紫と言うスキマ妖怪の式神なのだが、あいにく神社には藍、と言うか八雲一家はいないらしい。藍は大抵、紫の仕事の手伝いや買出しを除けば藍は一人で行動をしない。紫がいれば藍もいるのでは考え、紫はここか或いは白玉楼によくいるので、もしかしたらここにいるのではとヤマを張っていたのだが…
「そうか…それは困ったな」
「ここから白玉楼は遠いですからね……困りました」
「あんたたち藍が必要なの?」
「えぇ、そうなんですけど、もしかして呼んでいただけるのですか?」
「まぁ、呼べないことも無いけど…」
そういうと霊夢は空に向かって紫~、と声を上げた。
すると…
「呼んだかしら~?」
「うおわ?!」
突然、妹紅の右膝に亀裂が入りその穴、正確にはスキマから紫の顔が、筍が生えてくるように出てきた。さすがに生首だけ自分の膝元から生えてくると気味が悪いのだろう、近くにいた妹紅は飛び上がるくらい驚いた。
「あなた駄目ね~、これ位で驚いているようじゃ」
「誰でも驚くわ!こんな事をされたら。周りを見てみろ、周りを!」
「あら、確かに…この組み合わせじゃ慣れている霊夢以外は驚いても不思議じゃないわね」
「へ!?あれ、なんでお前は普通に茶なんか飲んでるんだ?」
「慣れよ、慣れ。あんたも一種間ほどここに住めば慣れることが出来るわ」
「別にいいよこんなのに慣れたって」
「こんなのって失礼ね、ほんとに元貴族の発言かしら」
「そんなことより。紫、藍を呼んでもらえる?」
霊夢は妹紅と紫のやり取りを「そんなこと」で一蹴すると用件だけ言ってお茶を自分に追加していた。
「藍~、ちょっと~」
「お呼びでしょうか紫様?」
「霊夢が呼んでいるわ。出てきなさい」
「正確には阿求たちよ」
紫が藍をスキマから呼び出すと二人とも博麗神社にたっ、と出てきた。
「おや、珍しい組み合わせですね。阿求に文に慧音と妹紅か」
「お久しぶりですね藍さん、紫さん」
「ええ、そうね。まさか博麗神社でしかもそのような格好でお話とは珍しいですね、阿求」
「えっ?」
阿求はそういわれると今の自分を見てみた。そういえば文にここに連れてきてもらってから一度も降ろしてもらっていなかった。すなわち文に抱えられている状態で今までこの場にいたのだ。
「まるで王子様とお姫様のようね」
「はうっ!?」
この格好に恥ずかしくなって阿求は文に降ろしてください、降ろしてください、と必死に言った。
そんなに重く無かったから大丈夫でしたよ、と言って文は阿求を降ろして縁側に座らせた。
「ごほん!えっとですね藍さんに実はお願いがあります」
「お願いですか?私が可能な範囲であれば何でも良いですけど」
「良いんですか?それではですね、藍さん、突然ですけどあなたの武勇伝を聞かせて下さい」
武勇伝、そのものに伝わる功績でとりわけ武に長けた話のことを指す。
藍程長生きしている妖怪であれば武勇伝の一つや二つ持っていてもおかしくないと思い阿求は尋ねてみたのだが…
「武勇伝、ですか……武勇伝と言いましても私には人に自慢できるようなものは 生憎持っていません。ですので話そうにも話せませんが…」
とやんわりと断られてしまった。
「どうしましょう、断られてしまいました…」
「いやいやいや、どうするも聞かなきゃ話が進みませんよ」
「それにこれは阿求殿から始めた提案だろ?ならもう少し粘ってみないと」
「と言うか私たちに話し振るの早過ぎないかい?」
三人は阿求の早めの困ったに口々にまくし立てた。交渉すらしていないのだから当たり前である。
「あー…、ちょっといいか?」
「はい?何でしょうか藍さん?」
「どうして私の武勇伝を聞きたいのだ?その訳を聞いておきたいのだが」
「ああ…それはですね…」
阿求は藍の質問に答えた。
幻想郷縁起に若干の曖昧な表現があり、それを改編しようと考えていること。
そこで危険度を見直すために誰が『大妖怪』に当てはまるかこの四人で決めていたこと。
しかし四人でも決めがたい妖怪が議題に挙がったので直接話を聞きに行くことになったこと。
「……という事なんですよ」
「なるほどな。つまり私が『大妖怪』に当てはまるか微妙なところなので私に話を聞きに来たと」
「はい、そうなんですよ」
「ちなみに調査対象第一号だぞ、お前は」
「…それは光栄なのか、妹紅?」
「さぁ………少なくともここで頓挫するようじゃ改編できなくて阿求の目標が達成出来なくなっちまうんだけどさ」
「ふむ…」
阿求の説明に理解し何とか話をしようとは考えては見たもののやはり出てこないのか、難しい顔をしながら何回も首をひねった。
協力の意思は出てきたものの話が無ければ発展はしない。仕方なく弾幕で強さを測ることにしようかと四人が顔を突きあわせていたそのとき、
「あら、私との出会いは藍の武勇伝に値しないのかしら?」
縁側で霊夢の横に座っていた紫が突然言い出した。
その言葉に四人と藍は紫の顔を見た。
にこりと笑みを浮かべた紫はどうなの、と藍に聞いた。
「紫様との出会いですか?」
「そうよ。私的にはあの出会いは運命だと思うわ。だって最強の妖獣を式神に出来たのよ?あなたは運命を感じなかったのかしら」
「いや、運命かどうかはともかくそれだと紫様の武勇伝になりませんか?結果的に私を従えるようになりましたし」
「あら、それもそうね。じゃあ駄目ね」
藍に反対されると紫は扇子を広げ口元を隠しながらあっさりと同意してしまった。
「ふう、まぁそういうことだ。私も他に思い出せないし、力になれなくてすま…」
藍が申し訳なく四人に振り返ると
「どうですか!?見つかりましたか、慧音さん!?」
「待て、落ち着け!!今検索している、だから急かすな」
「ああ、気になります、気になります…紫さんと藍さんの出会い。私一度も聞けなかったんですよ」
「わたしもです、文さん。紫さんに伺っても何度もかわされて。歴代の阿礼乙女もそれが心残りだったと部屋中に手紙を残していました。私なんて滅多に会えないし、その上寿命が短いからもう悔しくて悔しくて…」
「阿求さん!それももう少しの辛抱です!今慧音さんが検索していますし、もし見つからなければ…」
「出たぞ、…ふむ」
「「どうでした慧音さん?」」
「検索結果ゼロだ」
「「藍さん!!!」」
慌しく四人が正確にはほぼ三人がやり取りしていた。慧音を急かす阿求と文。空中に何かあるのか一生懸命に何かを打ち込むかのように慧音の指が動いていた。
因みに検索しているときの慧音の独り言を載せると―紫と藍の出会い…いや、出ない。じゃあ出会いを消したら…八雲家?それは当たり前だ。なら藍だけだと…円形脱毛症!?何でこんなものが検索数トップなのだ、苦労しているな。なら紫だけだと…なんと!?いや、これは…―という風になる。紫の幻想郷での検索数トップは各々の想像にお任せする。
そうして検索しているさなか阿求は俯き、頭を両手で抱えふるふると首を振り、文は手を神に祈るがごとく握り締めながら天を仰ぐといったそれぞれのポーズで回想に耽っていたがゼロと言う言葉を聞いて同時に阿求と文は藍に顔を振り向いた。うっわ、すっごい期待の眼差し…目がめっちゃ輝いてるよ、と妹紅は思った。
「い、いや、ちょっと待てお前たち。ゆ、紫様…」
服にしがみついてきた阿求と文を宥めながら、藍はそう言って縁側にいるはずの紫のほうに振り向くと
「紫なら種をまいたから後は一生懸命世話しなさいね、と言ってどっかにいったわ」
「あ、あのスキマ…!」
紫はこうなることを予想してか、面倒ごとを藍に押し付けてどこかに消えてしまった。
いやそうではない。こうなるようにわざと食いつくような話題を残したのだ。紫は何度も彼女たちから話を聞かれていたことがある。しかし自分から離すのは面倒である。しかし話さなければこれからもこのようなことが続く。ならば藍に話してもらおう。そう考えて自分から発案し、話題を中途半端に終わらせたのである。
「…と考えていてもおかしくないな。全く困った人だ」
「…?藍さん、どうしたんですか」
「何でもない。ちょっと考え事をしていただけだ」
「それでどうでしょうか、お話を聞かせていただけますか?」
「ああ、分かった。話してやろう」
了解の答えを聞いて阿求と文は顔をぱっと輝かせた。
「三人はどうする、聞くのか?」
「もちろんだ。その為にここに来たのだからな」
「慧音に同じく」
「私はどっちでも良いわ」
「わかった。立ち話もなんだし中に入らないか。いいだろ、霊夢」
「…まあ、仕方ないわね」
霊夢はそういうと五人を中に招き入れた。その霊夢一人だけ今ではなく奥の方に向かった。急須や湯飲みを持ったお盆を見るからにどうやら追加のために台所に向かったようだ。
しばらくして
「はい、追加のお茶よ」
「ああ、すまないな霊夢」
「別にかまわないわ、どうせ長くなるんでしょ」
「そうかもな」
霊夢はみんなにお茶を回すと藍の隣に腰掛けた。
因みに席順は藍が十二時の方向に座り一時に霊夢、三時に慧音、五時に文、六時に阿求、九時に妹紅となっている。
藍が一口お茶を飲むと
「先にも行ったが私には武勇伝は無い。紫様との出会いも結局のところ私の敗北に終わってしまったのだからな。それでも良いのだな、阿求」
「ええ、それで大丈夫です。幻想郷縁起の編集に加えるかは後々皆さんと決めますので。むしろ無理強いで頼んでお話を聞かせて頂くのに、載せないことになったら申し訳ありません」
阿求はそう一言言って藍にお辞儀をした。
「いや大丈夫だ。阿求は幻想郷縁起の編集者だ。私からとやかく言うことは無い。あなたの思ったようにしてくれ」
「ありがとうございます」
「では、早速ですが藍さんよろしくお願いします」
「分かったよ」
藍は文に促されて自身と紫の出会いについて話し始めた。
それは日記をめくるかのようにゆっくりとあの頃を一つ一つ丁寧に思い出しながらぽつぽつと語りだした。
◆◆◆
ここは日本のどこか。
現在からだいぶ昔のことである。
場所を示そうにも当時は地図なんてものが無かったので具体的に表すことができない。
唯言えるのは海岸に近い場所と言えるぐらいか。そこには波が引きそしてそれ以上の力でまた飛んでくる姿が見える場所である。
周りは砂浜と言うよりもごつごつとした岩山が良く目立つ。そしてそれは大きくえぐれており中は暗く足場が悪くておまけに水辺なので気をつけて歩かないと怪我をしてしまう。
いわゆる入り江であった。その場所には仄暗い回廊が続いていた。それが自然に出来たのか、或いは人が削りだしたのか分からないが深く、深く続いている。
地元の住民はそこには誰も近づこうとしない。先ほど言ったように足場が悪いと言うこともあるが最大の理由は「音」である。
風の影響のためかそこの入り江からはとてもこの世とは思えない音が鳴り響くのであった。呻き声かと思えば雄たけびであったり叫び声であったりと聞いていて不快や不安になるような音なので誰も近づかない。ある人曰くこのような音が聞こえ始めたのはいつかは知らない、唯昔はそんなことは無かった、と。
一度調査をしに行った者もいたが誰も戻ってくることは無かったので余計に気味が悪くなった。その為、皆はここを「不快(深い)入り江」と口を揃えている。
ある日のこと、一人の者が此処のうわさを聞きつけて中に入っていったと集落の人間が目撃したので酋長は眉を潜めながらその入り江に様子を見に行った。
するとそこには一人たたずんでいた。酋長は入らなかったのかね、と尋ねるとその者は入った、と答えた。初めての生存者であった。
酋長はそのことに驚き目が大きく開いた。中はどうなっていたのかね、と少々興奮しながら尋ねると暗かったそして深かった、とそっけなく答えた。酋長が聞きたいことはそうではなかったのであったが、その者は酋長から離れていった。
唯去り際に背中を向けながらあそこには誰も入らないほうが良い、それとあそこの名前は変更したほうが良い、愉快だったからなと向こうの方に去っていった。
酋長は唯難しい顔をしながら佇ずみその男を見つめていた。その男は黒髪をし、腰に剣を携えていた。
その日から行く年が経っていたが男は何度もその入り江に足を運んでいた。
目当てはその入り江にある愉快を求めるため、自分を磨くため、そしてそこにいるものを退治するためであった。
そう、そこには人がいたのであった。いや、性格には人ではない。なぜならその者は人とは大きく異なるものを腰から生えていたのであった。
尻尾である。しかも七本もである。そう、この者は妖怪である。
通常妖怪でよく知られるのは二股の猫であったりするのだがこの者はそれ以上持っている。尻尾は妖怪の強さを示すという。即ちかなりの強さを誇った妖怪がこの入り江に住み着いていたのであった。
初めこの男は好奇心でこの入り江に入ったのだが、そこには自分が想像した以上の妖怪が住み着いていたのであまりの事にこれは誰にも邪魔をされたくない、そして危険であると考えた。
今もこの入り江には大きな音が響いている。ギィン、ギィンと耳を覆いたくなるような音が妖怪と男がぶつかるたびに聞こえる。それは剣と爪の邂逅の音。妖怪は何度も引き裂くように手を振り、払いそして下から突き上げたが全てこの男の剣で防がれてしまった。この男は強いのか、いやそうでもなさそうである。防ぐのに精一杯でこちらも剣技を繰り出すも妖怪の爪で防がれてしまう。二人とも互角なのである。
共に一度距離を開きそして妖怪は回転しながら突進したが男はそれをかわした。それと同時に背後から切り込みを試みたが後ろ蹴りで弾かれてしまった。
そしてまた対峙する。これを何度も繰り返していたが、ようやく展開が動きそうである。男は地面に向けて剣を振りぬくと強烈な音と共に土しぶきが舞い上がった。妖怪はその行動に男を一瞬見失った。暗い上にこの土しぶきの為である。またその際強烈な音のせいで足音も聞き逃した。注意深く回りに目を張り、腰を下げ構えていると
「うらああぁぁぁぁ」
気合の入れた声が上から聞こえた。男はどうやら人間離れのした跳躍で上から急襲してきたのであった。妖怪はそれに瞬時に反応し爪で防いだ。そして覆いかぶさるように突っ込んできたので二人は地面をごろごろと転がった。そして止まったときには男が上になり妖怪の首に剣をつきつけていた。
「どうやら終わりのようだな」
男はニヒルに笑っていたが
「どこがだ、よく見てみろ」
妖怪は冷たい目を向けながら言った。
よく見てみると男の胸元には妖怪の手が突きつけられていたのであった。
「よく分かったか」
「…ああ、よく分かったよ」
男は肩をすくみそういうと剣をしまってそこからどいた。
それを見て妖怪も自分の手を引っ込め立ち上がり服についた土や砂を払った。
「そんなことしても無駄だろ。お前さんの服、初めて会った時から大分露出していたじゃないか。まあもとはかなり豪華だったんだろうが」
「………」
男の話に耳を傾けず妖怪は唯静かに払っていた。
「それにしても今回こそはいけると思ったのだがのう」
「あんな声を上げれば誰でも反応できる」
「声を上げなきゃ気合が入らんでな」
「知るか」
………
……
…
「では、行くとする」
「ああ」
「次こそはお前さんの首を戴くとしよう」
「………」
そういって男はその場から立ち去った。
そしてこの場には元のように妖怪だけが佇んでいた。
「次、か……」
男の言っていた言葉を静かに反芻して天井を見つめていた。
その目には絶望ももちろん喜びなんてものも無い。無表情な顔からは何も窺うことは出来ないが、唯々透き通った目だけがまるで何かを悟ったように語っていた。
七本の尾をもっているその妖怪は尾の形状から察するに狐の妖怪なのだろう。
狐の妖怪は日本にもいるのでそれが妖怪化してもおかしくない。
しかしこの妖怪は少し様子が異なる。と言うのも服装がこの地とは雰囲気が異なっているようなのである。その為それが目に映ってしまう。今でこそはぼろぼろの為分かりにくいが男が言っていた豪華と言うのも注意をひく。
さっきまでほこりを払っていたのに妖怪は座り込んでしまった。
壁にのしかかりそのまままた天井を見上げていると初めて此処に来たことを思い出した。
それは天気が悪く波も大きくうねっていた日であった。その妖怪は海から飛んできたのだがその様子は何かに追われていたみたいに切羽詰ったような表情でこの地に着いたのだった。丁度良いところに少しくぼんでいた場所があったので窪地を削りながら入り江を作り奥で休んでいたのであった。
だがこのような事をしては怪しく思う者も出てくる。そのときに何人か入り江に入ってきたのでそいつらを襲った。それ以降は誰も近寄ることは無かったので安心していられると思った。しかしその男は突然来た。また襲ってやろうかと思ったが、その雰囲気からは只者ではないと分かった。そして闘争へと発展した。 その日は男のほうが身を引いたが去り際に
「このような場所にお前さんみたいな妖怪がいるとはな。良い修行相手に出会えたわ」
「私に敵うと思うのか」
「今は思わんよ。だがいつかは討ってやる。お前さんは危険だからのう」
「………」
「また来る」
「殺されにか?」
「修行のためだ」
あの男はおかしな男であった。
普通は危険な相手を前にして修行は出来ないだろう。そう言う者は目標であって、そいつで腕磨きなどするはずも無い。なぜなら殺されるのが結末だからだ。
だがその男は今日まで生きている。
私は殺すつもりでいるのだが肝心なところで打ち止めになる。こちらの考えでも読んでいるのだろうか?
だがそれを何度も繰り返しているうちに男は七尾の妖怪と台頭にまで並べるようになった。
明日このままではこの妖怪は討たれてしまう。危険が迫っていると言うのにこの妖怪は此処から去ろうとは思わない。理由は単純、唯億劫なだけ。
海の先でも散々追われ、そして安住を求めてこの地に来ても追われる。だから動くのが面倒になってきたのだ。
けれどもこの方が良い。確かに殺される危険はあるがあの瞬間こそが楽しいと感じるようになってきた。それならば将来楽しいことがあるのか分からない逃亡の生活よりも約束されたあの瞬間を待つほうが良いに決まっている。
だからこそこの妖怪は動こうとしない。自分の死が近づいていようとも。
妖怪はそのままずるずると音を立てながら倒れた。壁に寄りかかっていることさえ億劫になってきたのであった。約束が来るときまで寝ていようとしたその時、向こうのほうでジャリッという音が聞こえた。耳がピクンと反応するとうっすらと目を開けた。
誰かがこちらに向かっている。あの男か?いや、背丈が違う。では、久しぶりに別の人間が入ってきたのかと考えていたが暗いせいでよく見えない。
「こんにちは」
女?そう思って顔を起こすと
「ひどい格好ね、七尾の妖怪さん」
「…誰だ、お前は?」
「あら、まずはあなたの方から名乗るのが紳士の務めでなくて?」
「私は女だ」
「そう、それは失礼」
扇を広げ口元を隠すとくすくすと女は笑いこちらを見ていた。いやな笑顔だ、妖怪は思った。
「私は八雲紫よ。よろしく」
「…私は……」
名前を言おうとしたが私には思い出せなかった。称号はあったが名前は色々と使いまわしていたので本当の名前を忘れてしまった。
「私には名前は無い」
そう言った時、ふとあの男の名前も知らなかったなと思った。
「そう…それは残念ね」
そう言いながらも紫は笑顔のままであった。
「何がおかしいのだ?」
「あら失礼」
少しドスを込めて言ったのに紫は悪びれもせずそのままでいた。
殺すか、妖怪はそう思って立ち上がろうとしたその時
「ねぇ、あなたは大陸から来たのかしら?」
誰にも言ったことが無いはずなのに彼女はそう問いかけてきた。
「だとしたら?」
「珍しいと思ってね。それと」
「………」
「だからこそがっかりだわ」
「…どういう意味だ?」
妖怪はその言葉に憤りを感じた。彼女は七尾の妖怪、大陸から追われたとは言え強力な妖力を秘めていることは間違いが無いのにこの人間はがっかりと言った。
「言葉の通りよ」
「言葉の通り?」
「ええ、せっかく強力な妖怪がこの地に来たことを知ったと言うのに見てくれだけとはね……残念だわ」
と言った瞬間、轟音と共に紫の横を何かが掠めていった。
「人間、私を侮辱する気か?私を誰だと思っているんだ?」
強烈な剣幕で妖怪は紫を睨んでいた。並みの妖怪や人間ならこのにらみで発狂したり死に至っているだろうが、紫は平然としていた。
「……さっきの男意気揚々と出て行ったわよ。あなたはその男に、もうひとつの力も使っていない男に殺される結末で良いのかしら?」
まぁ、人間離れしているのは確かだけどね、と誰にも聞こえないように囁いていた。
「もうひとつの力?」
「やっぱり気づいていなかったのね」
妖怪の疑問にふうと少しため息を出した。
「ねぇ、あなたは私が何に見えるかしら?」
「何って…」
「答えて頂戴」
妖怪は紫の言葉にさっきから疑問だらけであった。何も答えらしい答えを貰っていない状態で次々と疑問を出されれば、いらいらしても仕方なかった。
とりあえず紫の疑問に答えようと幻視し気配を読み取ると
「……!?妖怪か!?」
「正解」
笑みを浮かべて悠然としている彼女は人間だと思っていた。しかし彼女が妖怪だと言うことに妖怪は驚いた。
「どういうことだ?妖怪が人間に擬態していても微量な妖気さえあれば私にだって気づけるのに…」
「簡単よ。全くの微量の妖気を出さないようにすればいいだけじゃない。そうすればあなたにも気づかれにくいわ。そうでしょう?」
紫はさもあらんと言うように言ってのけた。妖怪はその回答にまた驚いた。
奇妙な女、紫は妖怪。そしてそれを全く分からせないことを平然とやってのける彼女に戸惑いを覚えてしまい妖怪は無言になった。紫のほうも依然と口元を扇で隠したままで何も発しようとしないままただ時間だけが流れていた。時折天井から水滴が落ちてくることに共に気にせず沈黙が続いた。
「お前は何者だ?」
「少なくともあなた以上の大物よ」
「………」
妖怪はその一言に黙りこくってしまった。それは分かる。妖気こそ針の穴に糸を通すだけじゃ済まされないほど集中して分かるだけなので低く感じてしまう。だがこのような芸当をしているくらいだ、かなり年季の入った妖怪だと言うのはこの妖怪も悟る。聞きたいのは純粋に正体の事である。
「でも、さすが七尾の妖怪だけあるわね。しっかりと私の正体に気づいたじゃない」
「分かるようにしたんじゃないのか?」
「まさか。私は完璧に人間になる様に弄くっていたのよ。でもあなたは気づいた、どうしてかしら?」
「それは……」
分からない。なぜ分かったのか分からない。今は集中しているから分かるが、なぜ突然紫が妖怪だと気づけたか自分でも分かっていないようである。最初は紫が少し妖気を洩らしたのかと思ったが、そうでもないようである。そのことに妖怪はつい首をかしげる。
「答えはね……、あなたの本当の力の為よ」
「本当の力?」
言われた答えに理解が飲み込めず鸚鵡返しをした。
「さっきも言ったようにあなたは流石の七尾の妖怪なのよ。普通の妖怪、と言うかこの場合妖獣ね。尾が七尾になるほどの妖力を身に付けるものなんて滅多にいないわ。それほどあなたの力はすごいものなのよ。だから私がこの奥に入ったときに私の正体に気づいても不思議じゃなかったわ。」
紫はゆっくりと妖怪に語りかけた。雄弁と語る紫に妖怪は口を挟まず唯聞くことに没頭していた。
「そこでね、私は考えてみたの。なぜあなたは私の正体に気づかなかったのか」
目を瞑り、一拍考えるしぐさをした。そして扇を閉じ、すうっと妖怪のほうを指すと
「あなた、自分の能力の限界に見切りをつけていたわね」
「………」
「そしてあの男に殺されてもいいと思った」
「………」
「なぜならあの男は自分の力に届くまでに力をつけたから。よってそんな男になら殺されても良いと思ったのでしょう」
「………」
「もちろんただ殺されるだけじゃ嫌だから、刹那の楽しさも加えて……と言ったところかしら」
「………」
紫はずけずけと言ってのけたが、妖怪は聞くことに没頭していたのか何も反論しなかった。いや、口を挟めずにいた。なぜなら紫は妖怪の心の裡を当てたので驚いていたからだ。でもそのようなそぶりを見せない。暗い場所なので紫にも気づかれてはいない、そう考えながら
(確かに私の思惑にはそこにある。もういい加減諦めがついてきた。この生活にも飽きていた。だからこそ最後に一思いに暴れたかった。私と対等なあの男と暴れたかった。そうすれば自分の生き方にも箔がつく。自分の生き方に謳歌できたと納得できる、そう思っていた。)
とも考えていた。
紫に言われるまでも無く妖怪は七尾の妖怪として誇りに思っていた。だからこそ最後は自分の強さに相応しいものと謳歌し幕を引きたいと考えていた。そうでなくては自分の生き方の価値に汚点がつく。我侭かもしれないがそれこそが自分であると妖怪は考えていた。
紫は本当に妖怪の考えでも読んでいるのか、丁度いいタイミングで会話を続けてきた。
「でも本当は違う。あの男は確かに強くなったのかもしれないけど、本当はあなた自身が妖怪としての質を落としていたのよ」
「妖怪の…質?」
「そう。今更言うことでもないけど力って言うのは、使わなければ落ちていくわ。知っているでしょう?」
「ああ、知っているさ。でも私はあいつとそれこそ三日おきに顔をあわせていたぞ」
「でもその男は最初から今のような強さをほこっていたわけ無いでしょう」
「それは……」
「そのような男に力を合わせているようじゃ駄目ね。質が落ちて当然だわ」
「っ……」
妖怪は紫の言われたことに腹を立てたが、妖怪はその男に力をあわせてきたことも事実なので自分にも腹を立てた。
妖怪は気づいていなかった。自身の力が、質が落ちていたことに気づかなかった。ただ毎日この陰鬱な洞窟の中で何もせず、何も考えず時々あの男と顔をあわせるだけを過ごしてきた。
普通の人なら分かると思うが唯毎日何もしなかったら力は衰え、思考能力も衰える。だから日々勉強をしたり、運動をして少しでも自身の能力を高めようとするものだ。
でもこの妖怪は違った。本当に何も考えていなかった。なので自分の衰退に気づかなかった。しかし誤解しないでほしい。この妖怪は決して頭が悪いと言うことではない。ただ考えることを放棄していたのだ。
そのような日々でもつい最近は考えるようにはなったが、考えていることと言えばあの男にこの妖怪の力と対等になって、強さを誇った妖怪としての箔を残したまま葬られることだけであった。
なのにその肝心の箔、即ち質が落ちているようでは目論見がたたない。また余計に腹を立てた。
「でもあなた、幸運だったわね」
「……ふう、……確かに」
妖怪にとってその一言を出すのがひどく辛かった。
「でもそんなあなたにもっと悲しいお知らせがありますわ」
妖怪は紫を見据えた。扇で口元を隠してはいるが目は笑っている。まだ何か言うつもりかと気だるそうに待っていると
「あの男、大成するのはまだまだ先の話よ。私の見立てだと……そうね白髪になって孫が出来るくらいのおじいちゃんになる頃かしら」
「馬鹿言え。そんな年齢だと逆に脆くなっているだろうが」
「それはどうかしら。あなたが隠居暮らしをしている間に、世のお爺、お婆はかなり元気になったわ。それに私の見立てはほぼ間違いないわ。これでも目には自信あるのよ」
紫はふふっと小さく笑った。妖怪はそんな話はとても鵜呑みに出来なかった。
「そこでね、目が良い私が直々にあなたをお誘いに来たのよ」
「お誘い?」
「そう、お誘い。あなた私の式神にならないかしら」
「私に……式神になれと?」
紫が告げたとたんに妖怪の温度が、周りの温度が下がった。妖怪はからだをフルフルと震わせていた。それは寒いからではないことは表情から見て取れる。顔をしかめ何かを無理やり飲み込むように苦々しい顔をしていた。
式神。それは主の手となり足となって身を仕えるもの。それは普段の生活から要事の荒事まで多岐にわたって使えることになる。一方的に命令を聞きこちらからは何も出来ない。ただ一方通行の関係である。
この妖怪は最終的には人間に追われる形にはなったのだが、それでも栄華を誇った生活を何百年も送った妖怪だ。主にはなったことはあるがその逆なんてありえない。そのようなことは一度も言われたことがない。
屈辱だ。
唯屈辱だ。
唯々屈辱だ。
ふざけるな。
「ふざけるな!!!!!!」
あたりの空気が妖怪の声と共にビリビリと地震のように震えた。
「あら、私はふざけてなんていないわ」
「黙れ!!!聞く耳持たんわ!!!」
「でも私は目が…」
「黙れ!!!」
妖怪は溜まっていたものをまくし立て息を荒げていた。
「さっきからお前は何様のつもりだ!?少し私のことを指摘したからと言って粋がるなよ、妖怪!私はこれでも七尾の妖弧。畏れ敬われた存在なんだぞ!そんな私に式神になれと!?ふざけるのも大概にしろよ!」
「あら、ふざけていないわ。私はいつだって真面目よ」
紫は妖怪にそう答えるものの顔は胡散臭そうにしている。それが余計に妖怪を苛立たせた。その為に妖怪は紫に最後通告を言った。
「妖怪、今直ぐ此処から消えろ。そして二度と来るな!今度こそお前を殺しそうだからな」
「ええ、もう二度と来ないは。だって今日であなたを式神にするって今決めましたから」
紫は妖怪の最後通告を自分の我侭の為に拒否したのであった。
「そうか……」
瞬間、ギィンと鈍い音が響いた。
いや一度ならず、何度も響いた。
妖怪は腕を高速でふり回し爪で何度も首を、顔を、胸を引っ掻こうとしたが、それを紫は自身の傘で防いでいた。
お互い一度距離を開けると
「ねえ、顔は止めていただけないかしら。せっかくの美少女が台無しになるわ」
「あんたの顔に引っ掻き傷が増えても皺と同じに見えるだけ。大して変わらないさ」
「言うわね、狐が」
紫は傘で顔をつくが妖怪は紙一重で上体をそらしてかわした。そしてその動きを使って後ろに跳ね返りながら蹴りを食らわせた。
紫もそれをかわすが一気に距離を詰めてきた妖怪に反応が遅れ右肩を穿たれた。
そこからは妖怪のペースであった。
蹴りを織り交ぜながら距離を開けさせるとまた一気に詰め寄って腕を振るう。
その単調な繰り返しであった。
詰め寄られると言うのであれば距離を開ければいいのだが、如何せん此処は入り江の奥の間、よけ続けるにも制限が決まってしまう。
(ホントやりにくい場所ね)
紫は胸中にそう思い浮かべながらも何も打開しようとしなかった。
あの能力を使えば逆転は可能なのだがまずはこの妖怪の力を計る事に努めた。
とは言えこのような接近戦は妖怪のほうが上らしい。
最初から手を抜くつもりはなかったのだが一瞬の隙を衝かれ右肩を穿たれた。
今も痛みを強く感じるがそのことに気をとらわれていては、今度は肩を妖怪の鋭利な爪で切り離されるかもしれない。と思っていると
「そこだ!」
下からしなる様に振るわれた妖怪の腕は見事に空ぶらせたが、もう少しで思っていたことが実現してしまうところであった。
その流れに乗りながら回転して再度爪を立てる。
「はっ!やっ!」
タイミング良く打ち出してきた突きを紫はかわす。
「……あんた、初見なのに私の動きによくついてこれるわね。まともなのが肩一発だけとわ」
「少しは体術も心得ていますわ」
「ふ~ん。でも私を侮辱したあんたは絶対に殺す!どんなによけ続けていようとあんたは……」
空中で前転して飛んできたかと思えば妖怪は紫の目の前で踵落としを繰り出してきた。
しかも両足の蹴りなので威力はかなりのものなのだろう。
紫はとっさに傘で防いだものの軋む音が傘だけでなく体からも聞こえた。
妖怪は防がれたと同時に体を後ろに回転させて一旦距離を開ける。
潰す
絶対に潰す
「…絶対に潰す!!!」
紫は目を疑った。
今さっき妖怪は自分の上にいた。
そして私から離れた。
そこまでは分かった。
だが、
なぜ今私の傍にいる?
そしてなぜまた私から離れる?
私に近づいたくせに、なぜまた離れる?
いや、違う。
私が離れているんだ。
私が妖怪に吹き飛ばされたんだ。
妖怪の掌からはうっすらと煙が出ている。
掌底を放ったんだ。しかもかなり気を練ったんだろうな。
瞬間、
紫は壁に叩きつけられた。
それは周りの壁を崩させるほどの威力であった。
落ちてきた岩が紫の上に何個も圧し掛かってきた。
普通の人間なら即死である。
並の妖怪でも生きているかどうか分からないほどの衝撃であった。
妖怪の言った言葉通りに紫は岩につぶされてしまった。
妖怪は一度大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出した。
自分の中にたまっていたもの全て出すかのように大きく吐き出した。
あれだけの衝撃、生きているわけがない。
そう確信するほど上手く決まった。
「私を怒らせたあんたが悪い」
死体になっているであろう、紫にそう言った。
「あ~、痛いわね~も~」
「は?」
間の抜けた声が聞こえた。しかもさっき紫が叩き伏された場所からであった。
よく見てみると岩がもぞもぞと動いている。
とてもではないが信じられないと言ったような表情が妖怪の顔にありありと表れた。
繰り返すようだが、「生きているわけがない。そう確信するほど上手く決まった」と言えるような手ごたえがあったのだ。
なのにそこに起き上がっている紫は何もなかったように立っている。
服についた砂埃を払いながら
「あなた、あれほど顔は駄目だって言ったのに何でこういう事するのかしら?ゆかりん信じられない」
「……信じられないのは私のほうだ。何で生きている?」
「あら、生きていちゃ駄目なのかしら?」
「どうやって防いだのだ?確実に捉えたのに」
「質問を質問で返しちゃいけないわ。先生に怒られるわよ」
「最初に質問したのは私のほうだ」
「あら、そうかしら?私の顔への傷は答えを貰ってないけど」
「そんなものは却下だ」
「身勝手ね。これだから元貴族様は……、この辺りもしっかりと躾した方が良さそうね」
紫はこれからのことを考え愉快に笑った。
一方の妖怪は対照的に顔を引きつっていた。
こいつは拙い、かなり厄介なやつだと改めて認識した。それも加えて今後どうやってしとめようかと考えていると
「ねぇ、元貴族様。今まであなたの畑で戦ってあげてたのだから、今度は私の畑で戦ってくれないかしら?丁度いい具合に洞窟も広くなったようだし、ね?」
「?どういう意…」
「味だ?」と続けようとする前に妖怪は横へ跳んだ。
高速で何かが妖怪の元いた場所に跳んでいったのだ。見るよりも先に本能で飛んでいた。妖怪自身もこの本能にわけが分からなかったが従って正解であった。
もしあの場にいたら心臓を抉り取られていたかもしれない。
「よく避けたわね、見えていたのかしら?」
「今のがお前の畑か?」
「質問を質問で返さない。でも優しいゆかりんはあなたの質問に答えてあげるわ」
そういうと紫の周りにいくつもの弾が浮いている。広げられたとは言え此処は洞窟である。そんなに広くない場所なのに何十何百の弾が張り巡らされていた。
「答えは『正解』」
「二重黒死蝶」
張り巡らされた弾幕が妖怪に襲い掛かってきた。
右から左からと弾幕が飛んできてとてもではないが「避けているだけ」では避けきれない。
妖怪のほうも近づいてきた弾を自分の弾で相殺しながら避けていた。
「へ~、あなたも弾幕は使えたのね」
「意外だったか?」
「全く。あなたぐらいの妖怪だったら出来て当然よね」
「……ああ、そうだな」
妖怪にとって弾幕を張る位わけもない。だがこれ程までに緻密に計算された弾幕は見たこともなければ自分もそこまで及ばない。
最初こそは驚いたため相殺することで避けていたが二、三回繰り返すことで気づいた。
この弾幕は避けられることが前提となっている。
弾と弾の間に僅かな隙間があるのだ。
妖怪はそこを見つけては反撃していた。
しかし反撃しても直ぐに紫の張られた弾幕で相殺されている。
そこで妖怪は気づかされた。
(私はもしかしてとんでもない化け物を相手にしているのでは?)
そうは思うがその考えを直ぐに捨てる。
そうでもしないと、一瞬の隙でやられてしまうほど切羽詰っている状況なのだ。
「あら、どうしたのかしら?さっきからあなたの手が届かないようだけど」
「クッ……!」
「本当に此処までのようね。野良の闘いだとあれだけ張り切っていたのに、こういう戦いはあなたには不向きだったようね。どうやらあなたの言う通り私の目も衰えたようね。ああ、残念残念」
(言わせておけば!!!)
紫は両手を上げ、首を振った。そのことに妖怪は苛立ったが、確かにこのままでは埒が明かない。
此処まで綿密な弾幕は及ばない。そうは思うが自分にも切り札がある。
絶対に相手を吹き飛ばせる切り札が。
今はそれを放てる隙を伺っているがそれが訪れない。
(無茶を承知でやるか)
元々は死ぬ為にここにいた。
出来れば七尾の妖怪としての箔を残して死にたかった。
紫は強い。それは解る。だから考えた。
(こいつとの戦いで自惚れではなく質は取り戻せた。ならば殺されてもある程度箔を残せる。相手は変わってしまったがそれも悪くない)
気に入らないやつ、私の誇りを貶したやつだが戦うには良い相手であった。
結論。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」
妖怪は無数の弾幕の中を駆け出した。
それは傍から見たら自殺行為であったが妖怪は致命傷を一度も貰っていない。
(どういうことかしら?)
紫は訝しく伺っていると納得した。
妖怪は掌に気を纏わせて相殺していた。それを終えるとまた新しく練り込み掌に纏わせる。
それを超高速で繰り返しながら、弾幕の中を突っ走っていった。
(器用ね、そして勇気があるわ。それとも蛮勇と言った方が良いのかしら)
紫はもう直ぐ会えるであろう妖怪を見て薄く笑った。
(でも私の「手」はそんなに甘くはないわ)
紫は今の弾幕の量を増やし更に速さもあげた。
それでも妖怪は止まらない。
勇気を持った妖怪はこれ程までに強いのか。
そう考えていると。
「やっと会えたな、紫」
「ええ、待ちわびたわ」
邂逅
そして
紫の腹に掌底を繰り出した。
がそれだけでは終わらず吹き飛ぶ前に紫の手を掴み、無理やり引っ張ると背中に担ぐようにするとそのまま地面に叩きつけた。
更に紫を洞窟の入り口の方に向かって投げ飛ばすと
「これが私の七尾の妖怪としての強さだ!」
ぶわっ、ぶわっ
妖怪の掌から「も」光があふれていた。
「狐狸妖怪レーザー!」
放たれた光のレーザーと弾幕は向けられた紫の方へ飛んでいった。
紫は吹き飛ばされながらうっすらと目を開けると
(ふふっ、やれば出来るじゃない。元七尾の妖怪さん)
そう呟くと光に包まれた。
………
……
…
ハァッ、ハァッ、ハァッ
息が整わない。自分はこれほどまで死力を尽くしていたのか、と実感した。
なにせ心臓の動機も治まらないのだ。
紫は本気で強かった。
あのような強さ今まで対峙した妖怪や人間では一度も見たことがない。
でも倒せた。
本来なら喜ぶべきことなのに喜べない。
やっぱり目的が達成出来なかったからかもしれない。
「ふふっ、やっぱり突っ込んだ時点で死んだ方が良かったのかもしれない」
またあの男を鍛えねば、そう考えていると
「あなたって本当に自殺願望が強いのね、一度死神に説教されてくると良いわ」
「!?」
「だからその手伝いをしてあげる」
妖怪の後ろからピリピリと紙が裂けるような音がした。
そこから手が出てくると
「無限の超高速飛行物体~7ぱーせんと~」
スカン、と小気味のいい音が妖怪の頭から放たれた。
後頭部に叩きつけられた妖怪はその場に倒れてしまった。
「ふ~、どうやらこの子は勇気でも蛮勇でもなく唯の馬鹿ね」
光に包まれたはずの紫が避けた空間からよっこいしょ、と這い出てきた。
「そんなところも含めて可愛がり甲斐がありそうね♪」
これからのこと考えると紫は楽しくなり少女らしい弾んだ声で笑っていた。
………
……
…
「………!」
「ハイ、ハイ……」
「………………!!!」
「ハイ、今後安易に死のうと思わないよう気をつけます、ハイ……」
………
……
…
「はっ!?」
「あら、目が覚めたかしら?」
「紫!?」
「ええ、そうよゆかりんよ。で、どうだったかしら?死神からはなんて言われたの?」
「……閻魔からは『あなたは死に対して薄情すぎる。もう少し死の事について考えることがあなたの善行です』といわれた」
「閻魔?おかしいわね死神に送れるように調節したはずなのに」
「死神もその場にいた。けど私がその場についた時は説教されていた」
「あら……。それは災難ね」
「お前のせいでな」
起きて紫を見るなり妖怪は機嫌が悪くなった。
「……最後の攻撃どうやったのだ?いや、まず私の弾幕をどうやって避けたのだ?絶対に避けれないように、道が限られている入り口の方に向けてはなったのに……」
「普通だったら避けれないでしょうね。そのことを計算に入れて入り口に向けて私を投げたんだと思うけど私にはこれがある」
そういうと紫は自分の隣に指で一本の線を空間に引いた。
すると何も無い筈のそこからピリピリと音が鳴ると空間が裂け、穴が見えた。
その穴からは無数の目がこちらを見ていた。一斉に目を向けられたので妖怪は気味が悪くなり背筋に何かが流れた。
「これは境界ね」
「境界?」
「そう。私の能力は境界を操る程度の能力なの。だからここに入ってあなたの弾幕を避け、そして背後から頭を、スカンとね♪」
でたらめだ。紫の説明を聞いてなんて理不尽な能力だと思った。
この力を最初から使っていればこいつは私を手玉に取るなんて容易い事だっ た。なのにわざと能力を使わなかったり、私に合わせた戦い方をしてきた。
相手にハンデを与えられるほどこいつは強かったのだ。
ということは、私はこいつの本当の戦い方を引き出せていなかったのでは。
そう考えるうちに妖怪は紫の強さの深さに驚き、気が滅入ってしまった。
「あら、そうでもないわよ?」
(また考えが読まれている!?)
「あなたは本当に良くやったと思うわ。あ、これ見下している訳ではないわ。証拠にあなたは私に能力を使わせた。本当は使うつもりもなかったけど、使わせるような手を繰り出してきた。この能力はいわば切り札。あなたなら切り札の意味わかるわね?」
切り札。それは最後に切って使うもの。なぜならこれを破られたら後は手が討ちようがない。
妖怪の場合、『狐狸妖怪レーザー』が切り札であった。だから最後まで出し惜しみをしていた。
「あなたは自分の妖怪の質を取り戻した。その上成長までしているとは、やっぱりあなたを式神にするのは楽しそうね」
「誰が式神になるか」
「あなたが、よ。私でないとあなたを成長させることは難しいと思うけど」
「傲慢だな。私一人でも成長できる」
「でも誰と戦ったおかげで、あなたの立派な尻尾は増えたのかしら?元七尾の妖怪さん?」
「えっ?」
妖怪は自分の腰に目を向けて見る。
一、二、三、………八!?
「増えてる!?」
「そうよ、気づかなかったの?」
「……全く」
「そう、でも良かったわね。あなたの自身の強さに箔がついて、これで死ねるんじゃない?」
「……死ぬことは、考え直す」
紫は扇で口元を隠しながら意地の悪い質問をした。
妖怪は苦笑しながら閻魔に説教されたこと、そして自分の成長を築いた紫のことを考えた。
紫は私を貶した。それは私の誇りを否定したことにつながる。それは許されないことである。
けど私の取っている行動の無意味さを諭したのは紫だし、またこの弾幕で自分の戦い方の見直し、成長の促進と色々と手助けをしてくれた。
正直、胡散臭くて何を考えているか良くわからない。
だから今後のために紫の考えが知りたい。どうするつもりなのかを。
「紫、質問がある」
雰囲気が変わったことを見た紫はさっきまでのにやけた顔を消した。
「なにかしら」
「私を式神にすることで、私に何の得がある?」
「そうね……」少し間をおいて紫は「成長と平穏というのはどうかしら?」
「平穏?」
「ええ、私には夢があるのよ」
紫の夢、それは幻想郷を創ること。
そこでは人も妖怪も共存できるような世界である。
その詳細を聞いているうちに
「それは本気なのか?」
「本気よ」
「正気じゃないな。そんな事出来る筈がない。現に今も人間と妖怪はいるが共存できたなど聴いたことがない。それをお前が……」
「出来るわ。唯そのためにもあなたの力を貸してほしいのよ」
「……!」
「あなたのような力があるものが手伝えば夢は現実に出来る」
「……」
「だから手を貸しなさい」
真摯な目をする紫に妖怪は紫の夢の深さに羨んだ。
かつて大陸を支配するほどの権力を握りながらも最後にはこの地に追いやられるほど痛い目にあった。
そこから気分が病んでいった。
いつからか死のうと思うに至っていた。
紫はどうだったのだろうか。
私みたいな目にあったのだろうか?
もし有ったのだとしたらどうやってその鬱みたいな気分から抜け出したのだろうか?
妖怪は紫の強さそして夢に向かっている目の深さに惹かれた。
「分かった。手を貸す。式神にしてもかまわない」
「ありがとう。感謝するわ」
そういって妖怪は紫と式神になる契約をした。
………
……
…
「大して格好とかは変わらないんだな」
「それはそうよ。でも強さは変わっていると思うわ」
「確かに」
自分の中から妖気が今まで備えていた以上の量が溢れている事に気づいた。
「それはそうと名前が必要ね」
「必要ですか?」
「必要よ。だってあなたまず名前がないじゃない」
そういえばと思い出した。
確かにこれから新しく生活を始めようにも名前がなければ不便である。
紫は何が良いかと考えていたとき、ふと妖怪はある日、洞窟から見えた虹を思い出していた。
そのときの虹は色の識別がはっきりと見えるほど鮮明でとても大きかった。
その識別が出来るほどの鮮明さをはっきりとしている夢と、大きさを夢の大きさとを妖怪はリンクしていた。
「そうね……」
「藍」
「……えっ?」
「藍がいいです」
「どうしてかしら?」
「この国では虹の色を見た場合、紫色の隣にあるのが藍色と言うんでしたよね?」
「ええ」
「だからそれに倣って何時でもあなたのお傍に居れるように『藍』と名づけてください」
「……分かったわ。あなたの希望を汲み取ってあなたを『藍』と命名します」
「ありがとうございます、紫様」
「様……」
「何かおかしいでしょうか、紫様?」
「いえ、なんでもないわ」
(そういえばこの子いつの間にか口調まで変わっているのよね)
呑み込みが早いと言うか、良くそこまで変えられるものだと感心した。
「とりあえずこれからあなたを成長させると共に、私の手伝いをしてもらうわ。良いわね、藍?」
「はい、紫様」
「ところで藍。あなた向こうに居た時に紅い髪をした妖怪を見なかったかしら?」
「?いえ、知りませんが。そいつがどうかしましたか?」
「ええ、彼女はね私の友人になる予定の妖怪よ」
「まだ未定なのですか?」
「そうよ。だって会った事がないんだもん。楽しみだわ~♪」
「はあ……」
会ったこともない妖怪を友人予定って、何を考えているんだろう。
式神になって初めての問題である。
この問題の回答を導くのにどれだけの月日が流れるのかな、と天井を仰ぎでいると
「さて、藍。後の問題は禍根を断つことだけね」
「禍根ですか?」
最初の問題の答えを見つける前に新しい問題が出された。
しかしこの問題には直ぐに答えが出た。
「あの男ですか」
「正解。解っているわね」
「はい。しっかりと仕留めてきます」
「いえ、そこまでする必要はないわ。そうね、戦意を殺ぐ程度にしておきなさい」
「?解りました」
若干疑問をはさんだけど紫の言う通りにしようと考えた。
………
……
…
後日
例の男が洞窟に居た。
しかし何も口に出来ずただ周りを見ていた。
「此処はいつもの洞窟か?」
「ああ、そうだけど」
「入り口にも落石がたまっていたが此処はもっとひどいな。なんか妖怪でも暴れていたのか?」
「まあね」
藍は男の質問にあいまいに答えた。
何があったか話す必要性が感じなかったしそれよりも気になることがあるからだ。
今まで幾度も対峙してきたがこの男は何かがおかしい。
式神として紫の力を頂いたからか、それと自分が成長したからか違和感を感じる。
こいつは人間ではない、と。
「まあ、良い。とりあえず今日こそお前を退治さして貰う。覚悟してもらおうか」
「退治するのはかまわないが本当の力を出したらどうだい?妖怪さん?」
「!?気づいていたのか?」
「今さっきね」
藍の答えにしばし考えた結果、自分の隣に男は入り口に居た幽霊を侍らせた。
「半人半霊?」
「そうだ」
「今までそれ使わなかったのはどうしてだ?」
「これを使わなくてもお前さんを倒せれる。そう出来るようにお前さん相手に修行していたからのう」
「今回は私が言ったから連れて来たと思う。もしもっと前に言っていたとしたらお前は連れてこなかったと思う。なんとなく、そう思うけど今回はどうしてだ?」
「鋭いな」
「まあ、一応は付き合いが長いからね」
藍は訳も無いと言った様な軽く笑った。
その答えにそうか、と男は呟いた。
「今回までにお前さん相手に実力を付けさせてもらった。そして退治することが本命。ばれているのでは隠したところで切り札にならないと考えたからだ」
「そうか。潔いね」
そう言って藍は手に妖気を纏わせた。
同時に男の方も腰に携えてあった二本の剣を抜き放った。
「ねぇ、提案なんだけど。お互いこれが最後になると思う。だからお互いの名前と口上を言わない?」
「それは名案だな。そういえば長い付き合いになるのに、お互い名前を知らなかったのう」
お互いが構えて
「私の名前は藍」
「わしの名前は魂魄 妖忌」
「この洞窟でお前を完全な幽霊にしてやろう、半人前!!!」
「この洞窟でお前を刀のさびとしてくれる、獣風情が!!!」
◆◆◆
「と、いうことがあったわ。これが私たちの出会いよ」
「だいぶ壮絶な出会いだったんですね。紫さんと藍さんの出会いって」
「これは私の聞いた中では『出会い系』順位の上位五位に入る物語でしたね」
文と阿求に褒められて満更でもない表情で喜んでいる「紫」がそこに居た。
「あれ、ちょっと待って。何時から紫が話していたのさ?」
「何時からでも良いじゃない。そう思わないかしら、文?」
「はい♪今はそんなことよりも明日の文々。新聞の構想を考える方が先ですから♪」
「あら駄目よ、文。これは私と藍の思い出なのだから新聞で出しては駄目」
「え~、そんなぁ」
傍から見ても解るようなくらい文の沈みようと言ったらとても深かった。
頭の上には影がさしており明日の新聞どうしよう、と呟いていた。
「藍殿、良いのか『そんなこと』で一蹴されてしまったが」
「ああ、大丈夫だ。もう慣れているからな」
「そうか」
苦労しているんだな、と考えるのも失礼かと思いながらお茶を飲んだ。
話を聞くことに集中していたためかお茶がだいぶ冷たくなっている。苦味が強く感じる。そんなお茶が入った湯飲みを見ていると
「貸して、慧音。入れなおしてくる」
「ああ、すまないな霊夢」
霊夢が気を利かせてみんなの湯飲みを回収しお茶を入れ直しに行った。
因みに突然現れた紫の前にはお茶なんか用意してなかったので紫は藍のお茶を飲んでいた。ゆえに藍はお茶をあまり飲めていない。
「そう言えば紫。質問良いか」
「何かしら、妹紅」
「話に出てきた魂魄妖忌って何者なんだ?」
「妖夢のおじいさんで師匠よ。初代白玉楼の庭師ね。そして藍の先生でもあるわ」
「藍の先生?妖夢の師匠というなら解るけど……」
そう妹紅が言うと霊夢がお茶を入れて戻ってきた。
今度は紫の分も用意してあるらしく彼女の前に置いた。
「ありがとう、霊夢」
「どういたしまして。それでどうなの、紫?何でその妖忌って男が藍の先生なわけ?」
「あら、あんまり興味なさそうだったのに食いつくわね」
「まあね。ここまで聞いてしまったからま、いっかなと思ってね」
「そう。妖忌はね剣を扱うのに慣れていたわ。だから藍の成長のためをと思って先生にしたの」
「そうなんですか藍さん?」
「そうさ。私には紫様がいたがいつも私に教えてくれるわけではない。幻想郷ができたての頃は結界の維持と妖怪と人間の調節に苦労していたからな」
「そこで昔のあてを伝ってその男に会いに行ったわ。そうしたら妖忌ったらいつの間にか藍以上の強さを持っていたからね、彼に藍に剣を教えるように頼んだわ」
「藍さんはよくそのことに承諾しましたね。昔は命の取りあいだったのに」
そこで復活した文が当然の疑問に藍に振ってみた。
「まあ、確かに昔はそんなこともあったさ。けどそんなことは気にしないよ。私は成長し手伝うために式神として紫様の傍にいるのだからね」
「藍殿は素晴らしい向上心を持っているな」
「よしてくれ、慧音。照れくさい」
「それでは今、藍さんが尻尾が九本になったのは、紫さんと妖忌さんのお力のおかげですね」
「いいえ、違うわ、阿求。この子がここまで成長したのは自身の力よ。私たちはあくまで成長のための場と機会の提供をしただけよ。私と妖忌はそう考えていたわ。後あの子もそうね」
紫はそう言って藍に微笑んでいた。
直に褒められる機会がないためか藍は顔を真っ赤にして俯いていた。
「あの子って言うのは誰なんだ?」
「みんなも良く知っている人よ」
「「「「「?」」」」」
紫、藍を除いた五人が頭に疑問を浮かべていた。
「今頃くしゃみしているでしょうね。噂してあげたのだから」
紫はくすっと笑っていた。
◆◆◆
同時刻
「えっきし!」
件の妖怪はくしゃみをしていた。
しかしそれは噂ではなく気候のせいかもしれない。
昼間は太陽のおかげであったかいが最近は季節が秋のため日の沈みが早い。
「寒いな~。交代まだかな」
彼女は空気みたいな存在である。とは言えこの寒さにはなかなか混ざれない。
「えっきし!」
彼女は唯時間が流れるのを待っていた。
◆◆◆
「満足できたかしら、阿求?」
「はい、とても役に立ちました。あらためてありがとうございます」
「それはそれは。じゃあ帰ろうかしら、藍」
「そうですね橙もそろそろ帰ってくる頃ですし」
「なら決まりね。霊夢、あなた食べに来る?」
「行くわ」
即断即決、ただ飯ありつけるというのになぜ迷うことも有ろうかと言わんばかりに反応が早かった。
紫は立ち上がってスキマを開くと藍が最初に入り、紫、霊夢と入った。
けど霊夢はまた首だけスキマから出すと
「そういうわけで私はマヨイガに行くけどあんたたちどうする?」
「私たちも一度帰ります。どうやらもう日が沈み始めているようですからね」
「そう、それじゃあね」
霊夢がそういうと紫が開いたスキマは閉じられた。
「なあ、あの巫女、戸締りも何にもせず行ってしまったぞ?」
「無用心だな」
「全くですね」
「でもそういうところが霊夢さんらしいですよ」
確かに、とみんな苦笑した。
今日はとても有意義な日であった。
紫と藍の出会い。
こんな話はおそらくこれから先聞くことは出来ないかもしれない。
だからこそ阿礼乙女として一字一句聞き漏らさないように聞いていた。
その為今はとても疲れている。
「あやややや、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫です。唯能力を力一杯使っていたので少々疲れました」
「大丈夫か、阿求殿。今人里まで連れて行くぞ」
「大げさですよ、慧音さん。たまにの力だったんで。でもそうですね、みなさんこのまま私の家に泊まりませんか?」
「え、いいの?」
「はい♪今日は皆さんに手伝っていただいたので改編への一歩を踏み出すことが出来ました。これは他の人には小さな一歩でも阿礼乙女としては大きな一歩です。是非お礼をさせてください」
そういって阿求は礼をすると三人は困ったようなうれしいような顔をしていた。
「顔を上げてくれ、阿求殿。私たちは友人として手伝ったまでだ。当然のことさ」
「そうそう。だからそんなに畏まらないでよ。まだ後二人残ってるんだからさ」
「そういうのは終わってからにしましょう。阿求さん良いですね?」
「はい♪」
こうして最初の妖怪、八雲藍の調査が終わった。
阿求は藍と紫から聞いた話を反芻した。
歴史、主におい立ちや成長の発展を考慮した。そしてみんなからの意見も聞き入れてから白い紙に書いてある仕訳表を見て『大』の欄に『八雲 藍』と記した。
夜が更けてきた。
その日、稗田家の阿求の部屋から四人の明るい声が夜遅くまで響いていた。
有意義であった一日を振り返りながら。
博麗神社。
ここは楽園の素敵な巫女が管理している神社で幻想郷には無くてはならない場所である。
博麗 霊夢はここの管理者であり異変を解決することを専門としてはいるが、最近は他の人にも介入されており専門性がなくなってきているような気がせんでもない。そのようなことを疑問視することなく縁側でゆったりと呆けていた。
そんな巫女のもとに今四人の少女が向かってきた。
霊夢は今日もまた誰か来るのか、と見上げた。
「はい、到着で~す」
「はぁはぁ……な、なかなか怖かったです」
「だからあれほど気をつけろといっただろうが!」
「いや、多分あれでも十分に気をつけてたと思うよ。何せ私たちが簡単についていくことが出来たぐらいの速さだからね」
「さすが妹紅さん♪よく分かっていますね」
博麗神社に着くなり少女たちはそこの主を無視してしゃべり始めた。ただし一人はまだ息が整っていないが…。そんな様子に流石の霊夢も少しほうけてしまった。
「いや、流石にこの面子が来るとは私も思わなかったわ」
「あ、霊夢さんこんにちは~」
そういって明るく笑顔であいさつしたのは鴉天狗の射名丸 文。
彼女はまだ息の整わない稗田 阿求を抱えながら霊夢にお茶を用意してあげれませんか、とお願いしていた。
霊夢はちょっと待ってなさい、と奥にひっこんで行くと
「大丈夫か、阿求殿……」
と心配そうに阿求の顔を見やったのは半獣の歴史家、上白沢 慧音である。
訪ねられた阿求はだ、だいじょぶです、と息を荒げながら答えていた。
もう一人の少女、竹林に住む蓬莱人である藤原 妹紅は我関せずと言うわけではないが、一歩引いた距離でただ空を見ていた。
「ほら、阿求。お茶よ」
「あ、ありがとうございます」
奥から戻ってきた霊夢からお茶を手渡され阿求はそれを口につけた。
「あれ私たちの分は」
「ここに置いたわ。とりあえず四人ともこっちに来たら」
「悪いね」
そう言うと妹紅だけ霊夢の横に腰を掛けお茶を飲んだ。
「で、あんたたち何の用?結構珍しい組み合わせだと思うけど」
「うん?ああ、実は霊夢には用は無いのだが、藍殿はここにいないのか?」
「藍?見ての通りよ」
藍というのは九尾の狐で八雲 紫と言うスキマ妖怪の式神なのだが、あいにく神社には藍、と言うか八雲一家はいないらしい。藍は大抵、紫の仕事の手伝いや買出しを除けば藍は一人で行動をしない。紫がいれば藍もいるのでは考え、紫はここか或いは白玉楼によくいるので、もしかしたらここにいるのではとヤマを張っていたのだが…
「そうか…それは困ったな」
「ここから白玉楼は遠いですからね……困りました」
「あんたたち藍が必要なの?」
「えぇ、そうなんですけど、もしかして呼んでいただけるのですか?」
「まぁ、呼べないことも無いけど…」
そういうと霊夢は空に向かって紫~、と声を上げた。
すると…
「呼んだかしら~?」
「うおわ?!」
突然、妹紅の右膝に亀裂が入りその穴、正確にはスキマから紫の顔が、筍が生えてくるように出てきた。さすがに生首だけ自分の膝元から生えてくると気味が悪いのだろう、近くにいた妹紅は飛び上がるくらい驚いた。
「あなた駄目ね~、これ位で驚いているようじゃ」
「誰でも驚くわ!こんな事をされたら。周りを見てみろ、周りを!」
「あら、確かに…この組み合わせじゃ慣れている霊夢以外は驚いても不思議じゃないわね」
「へ!?あれ、なんでお前は普通に茶なんか飲んでるんだ?」
「慣れよ、慣れ。あんたも一種間ほどここに住めば慣れることが出来るわ」
「別にいいよこんなのに慣れたって」
「こんなのって失礼ね、ほんとに元貴族の発言かしら」
「そんなことより。紫、藍を呼んでもらえる?」
霊夢は妹紅と紫のやり取りを「そんなこと」で一蹴すると用件だけ言ってお茶を自分に追加していた。
「藍~、ちょっと~」
「お呼びでしょうか紫様?」
「霊夢が呼んでいるわ。出てきなさい」
「正確には阿求たちよ」
紫が藍をスキマから呼び出すと二人とも博麗神社にたっ、と出てきた。
「おや、珍しい組み合わせですね。阿求に文に慧音と妹紅か」
「お久しぶりですね藍さん、紫さん」
「ええ、そうね。まさか博麗神社でしかもそのような格好でお話とは珍しいですね、阿求」
「えっ?」
阿求はそういわれると今の自分を見てみた。そういえば文にここに連れてきてもらってから一度も降ろしてもらっていなかった。すなわち文に抱えられている状態で今までこの場にいたのだ。
「まるで王子様とお姫様のようね」
「はうっ!?」
この格好に恥ずかしくなって阿求は文に降ろしてください、降ろしてください、と必死に言った。
そんなに重く無かったから大丈夫でしたよ、と言って文は阿求を降ろして縁側に座らせた。
「ごほん!えっとですね藍さんに実はお願いがあります」
「お願いですか?私が可能な範囲であれば何でも良いですけど」
「良いんですか?それではですね、藍さん、突然ですけどあなたの武勇伝を聞かせて下さい」
武勇伝、そのものに伝わる功績でとりわけ武に長けた話のことを指す。
藍程長生きしている妖怪であれば武勇伝の一つや二つ持っていてもおかしくないと思い阿求は尋ねてみたのだが…
「武勇伝、ですか……武勇伝と言いましても私には人に自慢できるようなものは 生憎持っていません。ですので話そうにも話せませんが…」
とやんわりと断られてしまった。
「どうしましょう、断られてしまいました…」
「いやいやいや、どうするも聞かなきゃ話が進みませんよ」
「それにこれは阿求殿から始めた提案だろ?ならもう少し粘ってみないと」
「と言うか私たちに話し振るの早過ぎないかい?」
三人は阿求の早めの困ったに口々にまくし立てた。交渉すらしていないのだから当たり前である。
「あー…、ちょっといいか?」
「はい?何でしょうか藍さん?」
「どうして私の武勇伝を聞きたいのだ?その訳を聞いておきたいのだが」
「ああ…それはですね…」
阿求は藍の質問に答えた。
幻想郷縁起に若干の曖昧な表現があり、それを改編しようと考えていること。
そこで危険度を見直すために誰が『大妖怪』に当てはまるかこの四人で決めていたこと。
しかし四人でも決めがたい妖怪が議題に挙がったので直接話を聞きに行くことになったこと。
「……という事なんですよ」
「なるほどな。つまり私が『大妖怪』に当てはまるか微妙なところなので私に話を聞きに来たと」
「はい、そうなんですよ」
「ちなみに調査対象第一号だぞ、お前は」
「…それは光栄なのか、妹紅?」
「さぁ………少なくともここで頓挫するようじゃ改編できなくて阿求の目標が達成出来なくなっちまうんだけどさ」
「ふむ…」
阿求の説明に理解し何とか話をしようとは考えては見たもののやはり出てこないのか、難しい顔をしながら何回も首をひねった。
協力の意思は出てきたものの話が無ければ発展はしない。仕方なく弾幕で強さを測ることにしようかと四人が顔を突きあわせていたそのとき、
「あら、私との出会いは藍の武勇伝に値しないのかしら?」
縁側で霊夢の横に座っていた紫が突然言い出した。
その言葉に四人と藍は紫の顔を見た。
にこりと笑みを浮かべた紫はどうなの、と藍に聞いた。
「紫様との出会いですか?」
「そうよ。私的にはあの出会いは運命だと思うわ。だって最強の妖獣を式神に出来たのよ?あなたは運命を感じなかったのかしら」
「いや、運命かどうかはともかくそれだと紫様の武勇伝になりませんか?結果的に私を従えるようになりましたし」
「あら、それもそうね。じゃあ駄目ね」
藍に反対されると紫は扇子を広げ口元を隠しながらあっさりと同意してしまった。
「ふう、まぁそういうことだ。私も他に思い出せないし、力になれなくてすま…」
藍が申し訳なく四人に振り返ると
「どうですか!?見つかりましたか、慧音さん!?」
「待て、落ち着け!!今検索している、だから急かすな」
「ああ、気になります、気になります…紫さんと藍さんの出会い。私一度も聞けなかったんですよ」
「わたしもです、文さん。紫さんに伺っても何度もかわされて。歴代の阿礼乙女もそれが心残りだったと部屋中に手紙を残していました。私なんて滅多に会えないし、その上寿命が短いからもう悔しくて悔しくて…」
「阿求さん!それももう少しの辛抱です!今慧音さんが検索していますし、もし見つからなければ…」
「出たぞ、…ふむ」
「「どうでした慧音さん?」」
「検索結果ゼロだ」
「「藍さん!!!」」
慌しく四人が正確にはほぼ三人がやり取りしていた。慧音を急かす阿求と文。空中に何かあるのか一生懸命に何かを打ち込むかのように慧音の指が動いていた。
因みに検索しているときの慧音の独り言を載せると―紫と藍の出会い…いや、出ない。じゃあ出会いを消したら…八雲家?それは当たり前だ。なら藍だけだと…円形脱毛症!?何でこんなものが検索数トップなのだ、苦労しているな。なら紫だけだと…なんと!?いや、これは…―という風になる。紫の幻想郷での検索数トップは各々の想像にお任せする。
そうして検索しているさなか阿求は俯き、頭を両手で抱えふるふると首を振り、文は手を神に祈るがごとく握り締めながら天を仰ぐといったそれぞれのポーズで回想に耽っていたがゼロと言う言葉を聞いて同時に阿求と文は藍に顔を振り向いた。うっわ、すっごい期待の眼差し…目がめっちゃ輝いてるよ、と妹紅は思った。
「い、いや、ちょっと待てお前たち。ゆ、紫様…」
服にしがみついてきた阿求と文を宥めながら、藍はそう言って縁側にいるはずの紫のほうに振り向くと
「紫なら種をまいたから後は一生懸命世話しなさいね、と言ってどっかにいったわ」
「あ、あのスキマ…!」
紫はこうなることを予想してか、面倒ごとを藍に押し付けてどこかに消えてしまった。
いやそうではない。こうなるようにわざと食いつくような話題を残したのだ。紫は何度も彼女たちから話を聞かれていたことがある。しかし自分から離すのは面倒である。しかし話さなければこれからもこのようなことが続く。ならば藍に話してもらおう。そう考えて自分から発案し、話題を中途半端に終わらせたのである。
「…と考えていてもおかしくないな。全く困った人だ」
「…?藍さん、どうしたんですか」
「何でもない。ちょっと考え事をしていただけだ」
「それでどうでしょうか、お話を聞かせていただけますか?」
「ああ、分かった。話してやろう」
了解の答えを聞いて阿求と文は顔をぱっと輝かせた。
「三人はどうする、聞くのか?」
「もちろんだ。その為にここに来たのだからな」
「慧音に同じく」
「私はどっちでも良いわ」
「わかった。立ち話もなんだし中に入らないか。いいだろ、霊夢」
「…まあ、仕方ないわね」
霊夢はそういうと五人を中に招き入れた。その霊夢一人だけ今ではなく奥の方に向かった。急須や湯飲みを持ったお盆を見るからにどうやら追加のために台所に向かったようだ。
しばらくして
「はい、追加のお茶よ」
「ああ、すまないな霊夢」
「別にかまわないわ、どうせ長くなるんでしょ」
「そうかもな」
霊夢はみんなにお茶を回すと藍の隣に腰掛けた。
因みに席順は藍が十二時の方向に座り一時に霊夢、三時に慧音、五時に文、六時に阿求、九時に妹紅となっている。
藍が一口お茶を飲むと
「先にも行ったが私には武勇伝は無い。紫様との出会いも結局のところ私の敗北に終わってしまったのだからな。それでも良いのだな、阿求」
「ええ、それで大丈夫です。幻想郷縁起の編集に加えるかは後々皆さんと決めますので。むしろ無理強いで頼んでお話を聞かせて頂くのに、載せないことになったら申し訳ありません」
阿求はそう一言言って藍にお辞儀をした。
「いや大丈夫だ。阿求は幻想郷縁起の編集者だ。私からとやかく言うことは無い。あなたの思ったようにしてくれ」
「ありがとうございます」
「では、早速ですが藍さんよろしくお願いします」
「分かったよ」
藍は文に促されて自身と紫の出会いについて話し始めた。
それは日記をめくるかのようにゆっくりとあの頃を一つ一つ丁寧に思い出しながらぽつぽつと語りだした。
◆◆◆
ここは日本のどこか。
現在からだいぶ昔のことである。
場所を示そうにも当時は地図なんてものが無かったので具体的に表すことができない。
唯言えるのは海岸に近い場所と言えるぐらいか。そこには波が引きそしてそれ以上の力でまた飛んでくる姿が見える場所である。
周りは砂浜と言うよりもごつごつとした岩山が良く目立つ。そしてそれは大きくえぐれており中は暗く足場が悪くておまけに水辺なので気をつけて歩かないと怪我をしてしまう。
いわゆる入り江であった。その場所には仄暗い回廊が続いていた。それが自然に出来たのか、或いは人が削りだしたのか分からないが深く、深く続いている。
地元の住民はそこには誰も近づこうとしない。先ほど言ったように足場が悪いと言うこともあるが最大の理由は「音」である。
風の影響のためかそこの入り江からはとてもこの世とは思えない音が鳴り響くのであった。呻き声かと思えば雄たけびであったり叫び声であったりと聞いていて不快や不安になるような音なので誰も近づかない。ある人曰くこのような音が聞こえ始めたのはいつかは知らない、唯昔はそんなことは無かった、と。
一度調査をしに行った者もいたが誰も戻ってくることは無かったので余計に気味が悪くなった。その為、皆はここを「不快(深い)入り江」と口を揃えている。
ある日のこと、一人の者が此処のうわさを聞きつけて中に入っていったと集落の人間が目撃したので酋長は眉を潜めながらその入り江に様子を見に行った。
するとそこには一人たたずんでいた。酋長は入らなかったのかね、と尋ねるとその者は入った、と答えた。初めての生存者であった。
酋長はそのことに驚き目が大きく開いた。中はどうなっていたのかね、と少々興奮しながら尋ねると暗かったそして深かった、とそっけなく答えた。酋長が聞きたいことはそうではなかったのであったが、その者は酋長から離れていった。
唯去り際に背中を向けながらあそこには誰も入らないほうが良い、それとあそこの名前は変更したほうが良い、愉快だったからなと向こうの方に去っていった。
酋長は唯難しい顔をしながら佇ずみその男を見つめていた。その男は黒髪をし、腰に剣を携えていた。
その日から行く年が経っていたが男は何度もその入り江に足を運んでいた。
目当てはその入り江にある愉快を求めるため、自分を磨くため、そしてそこにいるものを退治するためであった。
そう、そこには人がいたのであった。いや、性格には人ではない。なぜならその者は人とは大きく異なるものを腰から生えていたのであった。
尻尾である。しかも七本もである。そう、この者は妖怪である。
通常妖怪でよく知られるのは二股の猫であったりするのだがこの者はそれ以上持っている。尻尾は妖怪の強さを示すという。即ちかなりの強さを誇った妖怪がこの入り江に住み着いていたのであった。
初めこの男は好奇心でこの入り江に入ったのだが、そこには自分が想像した以上の妖怪が住み着いていたのであまりの事にこれは誰にも邪魔をされたくない、そして危険であると考えた。
今もこの入り江には大きな音が響いている。ギィン、ギィンと耳を覆いたくなるような音が妖怪と男がぶつかるたびに聞こえる。それは剣と爪の邂逅の音。妖怪は何度も引き裂くように手を振り、払いそして下から突き上げたが全てこの男の剣で防がれてしまった。この男は強いのか、いやそうでもなさそうである。防ぐのに精一杯でこちらも剣技を繰り出すも妖怪の爪で防がれてしまう。二人とも互角なのである。
共に一度距離を開きそして妖怪は回転しながら突進したが男はそれをかわした。それと同時に背後から切り込みを試みたが後ろ蹴りで弾かれてしまった。
そしてまた対峙する。これを何度も繰り返していたが、ようやく展開が動きそうである。男は地面に向けて剣を振りぬくと強烈な音と共に土しぶきが舞い上がった。妖怪はその行動に男を一瞬見失った。暗い上にこの土しぶきの為である。またその際強烈な音のせいで足音も聞き逃した。注意深く回りに目を張り、腰を下げ構えていると
「うらああぁぁぁぁ」
気合の入れた声が上から聞こえた。男はどうやら人間離れのした跳躍で上から急襲してきたのであった。妖怪はそれに瞬時に反応し爪で防いだ。そして覆いかぶさるように突っ込んできたので二人は地面をごろごろと転がった。そして止まったときには男が上になり妖怪の首に剣をつきつけていた。
「どうやら終わりのようだな」
男はニヒルに笑っていたが
「どこがだ、よく見てみろ」
妖怪は冷たい目を向けながら言った。
よく見てみると男の胸元には妖怪の手が突きつけられていたのであった。
「よく分かったか」
「…ああ、よく分かったよ」
男は肩をすくみそういうと剣をしまってそこからどいた。
それを見て妖怪も自分の手を引っ込め立ち上がり服についた土や砂を払った。
「そんなことしても無駄だろ。お前さんの服、初めて会った時から大分露出していたじゃないか。まあもとはかなり豪華だったんだろうが」
「………」
男の話に耳を傾けず妖怪は唯静かに払っていた。
「それにしても今回こそはいけると思ったのだがのう」
「あんな声を上げれば誰でも反応できる」
「声を上げなきゃ気合が入らんでな」
「知るか」
………
……
…
「では、行くとする」
「ああ」
「次こそはお前さんの首を戴くとしよう」
「………」
そういって男はその場から立ち去った。
そしてこの場には元のように妖怪だけが佇んでいた。
「次、か……」
男の言っていた言葉を静かに反芻して天井を見つめていた。
その目には絶望ももちろん喜びなんてものも無い。無表情な顔からは何も窺うことは出来ないが、唯々透き通った目だけがまるで何かを悟ったように語っていた。
七本の尾をもっているその妖怪は尾の形状から察するに狐の妖怪なのだろう。
狐の妖怪は日本にもいるのでそれが妖怪化してもおかしくない。
しかしこの妖怪は少し様子が異なる。と言うのも服装がこの地とは雰囲気が異なっているようなのである。その為それが目に映ってしまう。今でこそはぼろぼろの為分かりにくいが男が言っていた豪華と言うのも注意をひく。
さっきまでほこりを払っていたのに妖怪は座り込んでしまった。
壁にのしかかりそのまままた天井を見上げていると初めて此処に来たことを思い出した。
それは天気が悪く波も大きくうねっていた日であった。その妖怪は海から飛んできたのだがその様子は何かに追われていたみたいに切羽詰ったような表情でこの地に着いたのだった。丁度良いところに少しくぼんでいた場所があったので窪地を削りながら入り江を作り奥で休んでいたのであった。
だがこのような事をしては怪しく思う者も出てくる。そのときに何人か入り江に入ってきたのでそいつらを襲った。それ以降は誰も近寄ることは無かったので安心していられると思った。しかしその男は突然来た。また襲ってやろうかと思ったが、その雰囲気からは只者ではないと分かった。そして闘争へと発展した。 その日は男のほうが身を引いたが去り際に
「このような場所にお前さんみたいな妖怪がいるとはな。良い修行相手に出会えたわ」
「私に敵うと思うのか」
「今は思わんよ。だがいつかは討ってやる。お前さんは危険だからのう」
「………」
「また来る」
「殺されにか?」
「修行のためだ」
あの男はおかしな男であった。
普通は危険な相手を前にして修行は出来ないだろう。そう言う者は目標であって、そいつで腕磨きなどするはずも無い。なぜなら殺されるのが結末だからだ。
だがその男は今日まで生きている。
私は殺すつもりでいるのだが肝心なところで打ち止めになる。こちらの考えでも読んでいるのだろうか?
だがそれを何度も繰り返しているうちに男は七尾の妖怪と台頭にまで並べるようになった。
明日このままではこの妖怪は討たれてしまう。危険が迫っていると言うのにこの妖怪は此処から去ろうとは思わない。理由は単純、唯億劫なだけ。
海の先でも散々追われ、そして安住を求めてこの地に来ても追われる。だから動くのが面倒になってきたのだ。
けれどもこの方が良い。確かに殺される危険はあるがあの瞬間こそが楽しいと感じるようになってきた。それならば将来楽しいことがあるのか分からない逃亡の生活よりも約束されたあの瞬間を待つほうが良いに決まっている。
だからこそこの妖怪は動こうとしない。自分の死が近づいていようとも。
妖怪はそのままずるずると音を立てながら倒れた。壁に寄りかかっていることさえ億劫になってきたのであった。約束が来るときまで寝ていようとしたその時、向こうのほうでジャリッという音が聞こえた。耳がピクンと反応するとうっすらと目を開けた。
誰かがこちらに向かっている。あの男か?いや、背丈が違う。では、久しぶりに別の人間が入ってきたのかと考えていたが暗いせいでよく見えない。
「こんにちは」
女?そう思って顔を起こすと
「ひどい格好ね、七尾の妖怪さん」
「…誰だ、お前は?」
「あら、まずはあなたの方から名乗るのが紳士の務めでなくて?」
「私は女だ」
「そう、それは失礼」
扇を広げ口元を隠すとくすくすと女は笑いこちらを見ていた。いやな笑顔だ、妖怪は思った。
「私は八雲紫よ。よろしく」
「…私は……」
名前を言おうとしたが私には思い出せなかった。称号はあったが名前は色々と使いまわしていたので本当の名前を忘れてしまった。
「私には名前は無い」
そう言った時、ふとあの男の名前も知らなかったなと思った。
「そう…それは残念ね」
そう言いながらも紫は笑顔のままであった。
「何がおかしいのだ?」
「あら失礼」
少しドスを込めて言ったのに紫は悪びれもせずそのままでいた。
殺すか、妖怪はそう思って立ち上がろうとしたその時
「ねぇ、あなたは大陸から来たのかしら?」
誰にも言ったことが無いはずなのに彼女はそう問いかけてきた。
「だとしたら?」
「珍しいと思ってね。それと」
「………」
「だからこそがっかりだわ」
「…どういう意味だ?」
妖怪はその言葉に憤りを感じた。彼女は七尾の妖怪、大陸から追われたとは言え強力な妖力を秘めていることは間違いが無いのにこの人間はがっかりと言った。
「言葉の通りよ」
「言葉の通り?」
「ええ、せっかく強力な妖怪がこの地に来たことを知ったと言うのに見てくれだけとはね……残念だわ」
と言った瞬間、轟音と共に紫の横を何かが掠めていった。
「人間、私を侮辱する気か?私を誰だと思っているんだ?」
強烈な剣幕で妖怪は紫を睨んでいた。並みの妖怪や人間ならこのにらみで発狂したり死に至っているだろうが、紫は平然としていた。
「……さっきの男意気揚々と出て行ったわよ。あなたはその男に、もうひとつの力も使っていない男に殺される結末で良いのかしら?」
まぁ、人間離れしているのは確かだけどね、と誰にも聞こえないように囁いていた。
「もうひとつの力?」
「やっぱり気づいていなかったのね」
妖怪の疑問にふうと少しため息を出した。
「ねぇ、あなたは私が何に見えるかしら?」
「何って…」
「答えて頂戴」
妖怪は紫の言葉にさっきから疑問だらけであった。何も答えらしい答えを貰っていない状態で次々と疑問を出されれば、いらいらしても仕方なかった。
とりあえず紫の疑問に答えようと幻視し気配を読み取ると
「……!?妖怪か!?」
「正解」
笑みを浮かべて悠然としている彼女は人間だと思っていた。しかし彼女が妖怪だと言うことに妖怪は驚いた。
「どういうことだ?妖怪が人間に擬態していても微量な妖気さえあれば私にだって気づけるのに…」
「簡単よ。全くの微量の妖気を出さないようにすればいいだけじゃない。そうすればあなたにも気づかれにくいわ。そうでしょう?」
紫はさもあらんと言うように言ってのけた。妖怪はその回答にまた驚いた。
奇妙な女、紫は妖怪。そしてそれを全く分からせないことを平然とやってのける彼女に戸惑いを覚えてしまい妖怪は無言になった。紫のほうも依然と口元を扇で隠したままで何も発しようとしないままただ時間だけが流れていた。時折天井から水滴が落ちてくることに共に気にせず沈黙が続いた。
「お前は何者だ?」
「少なくともあなた以上の大物よ」
「………」
妖怪はその一言に黙りこくってしまった。それは分かる。妖気こそ針の穴に糸を通すだけじゃ済まされないほど集中して分かるだけなので低く感じてしまう。だがこのような芸当をしているくらいだ、かなり年季の入った妖怪だと言うのはこの妖怪も悟る。聞きたいのは純粋に正体の事である。
「でも、さすが七尾の妖怪だけあるわね。しっかりと私の正体に気づいたじゃない」
「分かるようにしたんじゃないのか?」
「まさか。私は完璧に人間になる様に弄くっていたのよ。でもあなたは気づいた、どうしてかしら?」
「それは……」
分からない。なぜ分かったのか分からない。今は集中しているから分かるが、なぜ突然紫が妖怪だと気づけたか自分でも分かっていないようである。最初は紫が少し妖気を洩らしたのかと思ったが、そうでもないようである。そのことに妖怪はつい首をかしげる。
「答えはね……、あなたの本当の力の為よ」
「本当の力?」
言われた答えに理解が飲み込めず鸚鵡返しをした。
「さっきも言ったようにあなたは流石の七尾の妖怪なのよ。普通の妖怪、と言うかこの場合妖獣ね。尾が七尾になるほどの妖力を身に付けるものなんて滅多にいないわ。それほどあなたの力はすごいものなのよ。だから私がこの奥に入ったときに私の正体に気づいても不思議じゃなかったわ。」
紫はゆっくりと妖怪に語りかけた。雄弁と語る紫に妖怪は口を挟まず唯聞くことに没頭していた。
「そこでね、私は考えてみたの。なぜあなたは私の正体に気づかなかったのか」
目を瞑り、一拍考えるしぐさをした。そして扇を閉じ、すうっと妖怪のほうを指すと
「あなた、自分の能力の限界に見切りをつけていたわね」
「………」
「そしてあの男に殺されてもいいと思った」
「………」
「なぜならあの男は自分の力に届くまでに力をつけたから。よってそんな男になら殺されても良いと思ったのでしょう」
「………」
「もちろんただ殺されるだけじゃ嫌だから、刹那の楽しさも加えて……と言ったところかしら」
「………」
紫はずけずけと言ってのけたが、妖怪は聞くことに没頭していたのか何も反論しなかった。いや、口を挟めずにいた。なぜなら紫は妖怪の心の裡を当てたので驚いていたからだ。でもそのようなそぶりを見せない。暗い場所なので紫にも気づかれてはいない、そう考えながら
(確かに私の思惑にはそこにある。もういい加減諦めがついてきた。この生活にも飽きていた。だからこそ最後に一思いに暴れたかった。私と対等なあの男と暴れたかった。そうすれば自分の生き方にも箔がつく。自分の生き方に謳歌できたと納得できる、そう思っていた。)
とも考えていた。
紫に言われるまでも無く妖怪は七尾の妖怪として誇りに思っていた。だからこそ最後は自分の強さに相応しいものと謳歌し幕を引きたいと考えていた。そうでなくては自分の生き方の価値に汚点がつく。我侭かもしれないがそれこそが自分であると妖怪は考えていた。
紫は本当に妖怪の考えでも読んでいるのか、丁度いいタイミングで会話を続けてきた。
「でも本当は違う。あの男は確かに強くなったのかもしれないけど、本当はあなた自身が妖怪としての質を落としていたのよ」
「妖怪の…質?」
「そう。今更言うことでもないけど力って言うのは、使わなければ落ちていくわ。知っているでしょう?」
「ああ、知っているさ。でも私はあいつとそれこそ三日おきに顔をあわせていたぞ」
「でもその男は最初から今のような強さをほこっていたわけ無いでしょう」
「それは……」
「そのような男に力を合わせているようじゃ駄目ね。質が落ちて当然だわ」
「っ……」
妖怪は紫の言われたことに腹を立てたが、妖怪はその男に力をあわせてきたことも事実なので自分にも腹を立てた。
妖怪は気づいていなかった。自身の力が、質が落ちていたことに気づかなかった。ただ毎日この陰鬱な洞窟の中で何もせず、何も考えず時々あの男と顔をあわせるだけを過ごしてきた。
普通の人なら分かると思うが唯毎日何もしなかったら力は衰え、思考能力も衰える。だから日々勉強をしたり、運動をして少しでも自身の能力を高めようとするものだ。
でもこの妖怪は違った。本当に何も考えていなかった。なので自分の衰退に気づかなかった。しかし誤解しないでほしい。この妖怪は決して頭が悪いと言うことではない。ただ考えることを放棄していたのだ。
そのような日々でもつい最近は考えるようにはなったが、考えていることと言えばあの男にこの妖怪の力と対等になって、強さを誇った妖怪としての箔を残したまま葬られることだけであった。
なのにその肝心の箔、即ち質が落ちているようでは目論見がたたない。また余計に腹を立てた。
「でもあなた、幸運だったわね」
「……ふう、……確かに」
妖怪にとってその一言を出すのがひどく辛かった。
「でもそんなあなたにもっと悲しいお知らせがありますわ」
妖怪は紫を見据えた。扇で口元を隠してはいるが目は笑っている。まだ何か言うつもりかと気だるそうに待っていると
「あの男、大成するのはまだまだ先の話よ。私の見立てだと……そうね白髪になって孫が出来るくらいのおじいちゃんになる頃かしら」
「馬鹿言え。そんな年齢だと逆に脆くなっているだろうが」
「それはどうかしら。あなたが隠居暮らしをしている間に、世のお爺、お婆はかなり元気になったわ。それに私の見立てはほぼ間違いないわ。これでも目には自信あるのよ」
紫はふふっと小さく笑った。妖怪はそんな話はとても鵜呑みに出来なかった。
「そこでね、目が良い私が直々にあなたをお誘いに来たのよ」
「お誘い?」
「そう、お誘い。あなた私の式神にならないかしら」
「私に……式神になれと?」
紫が告げたとたんに妖怪の温度が、周りの温度が下がった。妖怪はからだをフルフルと震わせていた。それは寒いからではないことは表情から見て取れる。顔をしかめ何かを無理やり飲み込むように苦々しい顔をしていた。
式神。それは主の手となり足となって身を仕えるもの。それは普段の生活から要事の荒事まで多岐にわたって使えることになる。一方的に命令を聞きこちらからは何も出来ない。ただ一方通行の関係である。
この妖怪は最終的には人間に追われる形にはなったのだが、それでも栄華を誇った生活を何百年も送った妖怪だ。主にはなったことはあるがその逆なんてありえない。そのようなことは一度も言われたことがない。
屈辱だ。
唯屈辱だ。
唯々屈辱だ。
ふざけるな。
「ふざけるな!!!!!!」
あたりの空気が妖怪の声と共にビリビリと地震のように震えた。
「あら、私はふざけてなんていないわ」
「黙れ!!!聞く耳持たんわ!!!」
「でも私は目が…」
「黙れ!!!」
妖怪は溜まっていたものをまくし立て息を荒げていた。
「さっきからお前は何様のつもりだ!?少し私のことを指摘したからと言って粋がるなよ、妖怪!私はこれでも七尾の妖弧。畏れ敬われた存在なんだぞ!そんな私に式神になれと!?ふざけるのも大概にしろよ!」
「あら、ふざけていないわ。私はいつだって真面目よ」
紫は妖怪にそう答えるものの顔は胡散臭そうにしている。それが余計に妖怪を苛立たせた。その為に妖怪は紫に最後通告を言った。
「妖怪、今直ぐ此処から消えろ。そして二度と来るな!今度こそお前を殺しそうだからな」
「ええ、もう二度と来ないは。だって今日であなたを式神にするって今決めましたから」
紫は妖怪の最後通告を自分の我侭の為に拒否したのであった。
「そうか……」
瞬間、ギィンと鈍い音が響いた。
いや一度ならず、何度も響いた。
妖怪は腕を高速でふり回し爪で何度も首を、顔を、胸を引っ掻こうとしたが、それを紫は自身の傘で防いでいた。
お互い一度距離を開けると
「ねえ、顔は止めていただけないかしら。せっかくの美少女が台無しになるわ」
「あんたの顔に引っ掻き傷が増えても皺と同じに見えるだけ。大して変わらないさ」
「言うわね、狐が」
紫は傘で顔をつくが妖怪は紙一重で上体をそらしてかわした。そしてその動きを使って後ろに跳ね返りながら蹴りを食らわせた。
紫もそれをかわすが一気に距離を詰めてきた妖怪に反応が遅れ右肩を穿たれた。
そこからは妖怪のペースであった。
蹴りを織り交ぜながら距離を開けさせるとまた一気に詰め寄って腕を振るう。
その単調な繰り返しであった。
詰め寄られると言うのであれば距離を開ければいいのだが、如何せん此処は入り江の奥の間、よけ続けるにも制限が決まってしまう。
(ホントやりにくい場所ね)
紫は胸中にそう思い浮かべながらも何も打開しようとしなかった。
あの能力を使えば逆転は可能なのだがまずはこの妖怪の力を計る事に努めた。
とは言えこのような接近戦は妖怪のほうが上らしい。
最初から手を抜くつもりはなかったのだが一瞬の隙を衝かれ右肩を穿たれた。
今も痛みを強く感じるがそのことに気をとらわれていては、今度は肩を妖怪の鋭利な爪で切り離されるかもしれない。と思っていると
「そこだ!」
下からしなる様に振るわれた妖怪の腕は見事に空ぶらせたが、もう少しで思っていたことが実現してしまうところであった。
その流れに乗りながら回転して再度爪を立てる。
「はっ!やっ!」
タイミング良く打ち出してきた突きを紫はかわす。
「……あんた、初見なのに私の動きによくついてこれるわね。まともなのが肩一発だけとわ」
「少しは体術も心得ていますわ」
「ふ~ん。でも私を侮辱したあんたは絶対に殺す!どんなによけ続けていようとあんたは……」
空中で前転して飛んできたかと思えば妖怪は紫の目の前で踵落としを繰り出してきた。
しかも両足の蹴りなので威力はかなりのものなのだろう。
紫はとっさに傘で防いだものの軋む音が傘だけでなく体からも聞こえた。
妖怪は防がれたと同時に体を後ろに回転させて一旦距離を開ける。
潰す
絶対に潰す
「…絶対に潰す!!!」
紫は目を疑った。
今さっき妖怪は自分の上にいた。
そして私から離れた。
そこまでは分かった。
だが、
なぜ今私の傍にいる?
そしてなぜまた私から離れる?
私に近づいたくせに、なぜまた離れる?
いや、違う。
私が離れているんだ。
私が妖怪に吹き飛ばされたんだ。
妖怪の掌からはうっすらと煙が出ている。
掌底を放ったんだ。しかもかなり気を練ったんだろうな。
瞬間、
紫は壁に叩きつけられた。
それは周りの壁を崩させるほどの威力であった。
落ちてきた岩が紫の上に何個も圧し掛かってきた。
普通の人間なら即死である。
並の妖怪でも生きているかどうか分からないほどの衝撃であった。
妖怪の言った言葉通りに紫は岩につぶされてしまった。
妖怪は一度大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出した。
自分の中にたまっていたもの全て出すかのように大きく吐き出した。
あれだけの衝撃、生きているわけがない。
そう確信するほど上手く決まった。
「私を怒らせたあんたが悪い」
死体になっているであろう、紫にそう言った。
「あ~、痛いわね~も~」
「は?」
間の抜けた声が聞こえた。しかもさっき紫が叩き伏された場所からであった。
よく見てみると岩がもぞもぞと動いている。
とてもではないが信じられないと言ったような表情が妖怪の顔にありありと表れた。
繰り返すようだが、「生きているわけがない。そう確信するほど上手く決まった」と言えるような手ごたえがあったのだ。
なのにそこに起き上がっている紫は何もなかったように立っている。
服についた砂埃を払いながら
「あなた、あれほど顔は駄目だって言ったのに何でこういう事するのかしら?ゆかりん信じられない」
「……信じられないのは私のほうだ。何で生きている?」
「あら、生きていちゃ駄目なのかしら?」
「どうやって防いだのだ?確実に捉えたのに」
「質問を質問で返しちゃいけないわ。先生に怒られるわよ」
「最初に質問したのは私のほうだ」
「あら、そうかしら?私の顔への傷は答えを貰ってないけど」
「そんなものは却下だ」
「身勝手ね。これだから元貴族様は……、この辺りもしっかりと躾した方が良さそうね」
紫はこれからのことを考え愉快に笑った。
一方の妖怪は対照的に顔を引きつっていた。
こいつは拙い、かなり厄介なやつだと改めて認識した。それも加えて今後どうやってしとめようかと考えていると
「ねぇ、元貴族様。今まであなたの畑で戦ってあげてたのだから、今度は私の畑で戦ってくれないかしら?丁度いい具合に洞窟も広くなったようだし、ね?」
「?どういう意…」
「味だ?」と続けようとする前に妖怪は横へ跳んだ。
高速で何かが妖怪の元いた場所に跳んでいったのだ。見るよりも先に本能で飛んでいた。妖怪自身もこの本能にわけが分からなかったが従って正解であった。
もしあの場にいたら心臓を抉り取られていたかもしれない。
「よく避けたわね、見えていたのかしら?」
「今のがお前の畑か?」
「質問を質問で返さない。でも優しいゆかりんはあなたの質問に答えてあげるわ」
そういうと紫の周りにいくつもの弾が浮いている。広げられたとは言え此処は洞窟である。そんなに広くない場所なのに何十何百の弾が張り巡らされていた。
「答えは『正解』」
「二重黒死蝶」
張り巡らされた弾幕が妖怪に襲い掛かってきた。
右から左からと弾幕が飛んできてとてもではないが「避けているだけ」では避けきれない。
妖怪のほうも近づいてきた弾を自分の弾で相殺しながら避けていた。
「へ~、あなたも弾幕は使えたのね」
「意外だったか?」
「全く。あなたぐらいの妖怪だったら出来て当然よね」
「……ああ、そうだな」
妖怪にとって弾幕を張る位わけもない。だがこれ程までに緻密に計算された弾幕は見たこともなければ自分もそこまで及ばない。
最初こそは驚いたため相殺することで避けていたが二、三回繰り返すことで気づいた。
この弾幕は避けられることが前提となっている。
弾と弾の間に僅かな隙間があるのだ。
妖怪はそこを見つけては反撃していた。
しかし反撃しても直ぐに紫の張られた弾幕で相殺されている。
そこで妖怪は気づかされた。
(私はもしかしてとんでもない化け物を相手にしているのでは?)
そうは思うがその考えを直ぐに捨てる。
そうでもしないと、一瞬の隙でやられてしまうほど切羽詰っている状況なのだ。
「あら、どうしたのかしら?さっきからあなたの手が届かないようだけど」
「クッ……!」
「本当に此処までのようね。野良の闘いだとあれだけ張り切っていたのに、こういう戦いはあなたには不向きだったようね。どうやらあなたの言う通り私の目も衰えたようね。ああ、残念残念」
(言わせておけば!!!)
紫は両手を上げ、首を振った。そのことに妖怪は苛立ったが、確かにこのままでは埒が明かない。
此処まで綿密な弾幕は及ばない。そうは思うが自分にも切り札がある。
絶対に相手を吹き飛ばせる切り札が。
今はそれを放てる隙を伺っているがそれが訪れない。
(無茶を承知でやるか)
元々は死ぬ為にここにいた。
出来れば七尾の妖怪としての箔を残して死にたかった。
紫は強い。それは解る。だから考えた。
(こいつとの戦いで自惚れではなく質は取り戻せた。ならば殺されてもある程度箔を残せる。相手は変わってしまったがそれも悪くない)
気に入らないやつ、私の誇りを貶したやつだが戦うには良い相手であった。
結論。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」
妖怪は無数の弾幕の中を駆け出した。
それは傍から見たら自殺行為であったが妖怪は致命傷を一度も貰っていない。
(どういうことかしら?)
紫は訝しく伺っていると納得した。
妖怪は掌に気を纏わせて相殺していた。それを終えるとまた新しく練り込み掌に纏わせる。
それを超高速で繰り返しながら、弾幕の中を突っ走っていった。
(器用ね、そして勇気があるわ。それとも蛮勇と言った方が良いのかしら)
紫はもう直ぐ会えるであろう妖怪を見て薄く笑った。
(でも私の「手」はそんなに甘くはないわ)
紫は今の弾幕の量を増やし更に速さもあげた。
それでも妖怪は止まらない。
勇気を持った妖怪はこれ程までに強いのか。
そう考えていると。
「やっと会えたな、紫」
「ええ、待ちわびたわ」
邂逅
そして
紫の腹に掌底を繰り出した。
がそれだけでは終わらず吹き飛ぶ前に紫の手を掴み、無理やり引っ張ると背中に担ぐようにするとそのまま地面に叩きつけた。
更に紫を洞窟の入り口の方に向かって投げ飛ばすと
「これが私の七尾の妖怪としての強さだ!」
ぶわっ、ぶわっ
妖怪の掌から「も」光があふれていた。
「狐狸妖怪レーザー!」
放たれた光のレーザーと弾幕は向けられた紫の方へ飛んでいった。
紫は吹き飛ばされながらうっすらと目を開けると
(ふふっ、やれば出来るじゃない。元七尾の妖怪さん)
そう呟くと光に包まれた。
………
……
…
ハァッ、ハァッ、ハァッ
息が整わない。自分はこれほどまで死力を尽くしていたのか、と実感した。
なにせ心臓の動機も治まらないのだ。
紫は本気で強かった。
あのような強さ今まで対峙した妖怪や人間では一度も見たことがない。
でも倒せた。
本来なら喜ぶべきことなのに喜べない。
やっぱり目的が達成出来なかったからかもしれない。
「ふふっ、やっぱり突っ込んだ時点で死んだ方が良かったのかもしれない」
またあの男を鍛えねば、そう考えていると
「あなたって本当に自殺願望が強いのね、一度死神に説教されてくると良いわ」
「!?」
「だからその手伝いをしてあげる」
妖怪の後ろからピリピリと紙が裂けるような音がした。
そこから手が出てくると
「無限の超高速飛行物体~7ぱーせんと~」
スカン、と小気味のいい音が妖怪の頭から放たれた。
後頭部に叩きつけられた妖怪はその場に倒れてしまった。
「ふ~、どうやらこの子は勇気でも蛮勇でもなく唯の馬鹿ね」
光に包まれたはずの紫が避けた空間からよっこいしょ、と這い出てきた。
「そんなところも含めて可愛がり甲斐がありそうね♪」
これからのこと考えると紫は楽しくなり少女らしい弾んだ声で笑っていた。
………
……
…
「………!」
「ハイ、ハイ……」
「………………!!!」
「ハイ、今後安易に死のうと思わないよう気をつけます、ハイ……」
………
……
…
「はっ!?」
「あら、目が覚めたかしら?」
「紫!?」
「ええ、そうよゆかりんよ。で、どうだったかしら?死神からはなんて言われたの?」
「……閻魔からは『あなたは死に対して薄情すぎる。もう少し死の事について考えることがあなたの善行です』といわれた」
「閻魔?おかしいわね死神に送れるように調節したはずなのに」
「死神もその場にいた。けど私がその場についた時は説教されていた」
「あら……。それは災難ね」
「お前のせいでな」
起きて紫を見るなり妖怪は機嫌が悪くなった。
「……最後の攻撃どうやったのだ?いや、まず私の弾幕をどうやって避けたのだ?絶対に避けれないように、道が限られている入り口の方に向けてはなったのに……」
「普通だったら避けれないでしょうね。そのことを計算に入れて入り口に向けて私を投げたんだと思うけど私にはこれがある」
そういうと紫は自分の隣に指で一本の線を空間に引いた。
すると何も無い筈のそこからピリピリと音が鳴ると空間が裂け、穴が見えた。
その穴からは無数の目がこちらを見ていた。一斉に目を向けられたので妖怪は気味が悪くなり背筋に何かが流れた。
「これは境界ね」
「境界?」
「そう。私の能力は境界を操る程度の能力なの。だからここに入ってあなたの弾幕を避け、そして背後から頭を、スカンとね♪」
でたらめだ。紫の説明を聞いてなんて理不尽な能力だと思った。
この力を最初から使っていればこいつは私を手玉に取るなんて容易い事だっ た。なのにわざと能力を使わなかったり、私に合わせた戦い方をしてきた。
相手にハンデを与えられるほどこいつは強かったのだ。
ということは、私はこいつの本当の戦い方を引き出せていなかったのでは。
そう考えるうちに妖怪は紫の強さの深さに驚き、気が滅入ってしまった。
「あら、そうでもないわよ?」
(また考えが読まれている!?)
「あなたは本当に良くやったと思うわ。あ、これ見下している訳ではないわ。証拠にあなたは私に能力を使わせた。本当は使うつもりもなかったけど、使わせるような手を繰り出してきた。この能力はいわば切り札。あなたなら切り札の意味わかるわね?」
切り札。それは最後に切って使うもの。なぜならこれを破られたら後は手が討ちようがない。
妖怪の場合、『狐狸妖怪レーザー』が切り札であった。だから最後まで出し惜しみをしていた。
「あなたは自分の妖怪の質を取り戻した。その上成長までしているとは、やっぱりあなたを式神にするのは楽しそうね」
「誰が式神になるか」
「あなたが、よ。私でないとあなたを成長させることは難しいと思うけど」
「傲慢だな。私一人でも成長できる」
「でも誰と戦ったおかげで、あなたの立派な尻尾は増えたのかしら?元七尾の妖怪さん?」
「えっ?」
妖怪は自分の腰に目を向けて見る。
一、二、三、………八!?
「増えてる!?」
「そうよ、気づかなかったの?」
「……全く」
「そう、でも良かったわね。あなたの自身の強さに箔がついて、これで死ねるんじゃない?」
「……死ぬことは、考え直す」
紫は扇で口元を隠しながら意地の悪い質問をした。
妖怪は苦笑しながら閻魔に説教されたこと、そして自分の成長を築いた紫のことを考えた。
紫は私を貶した。それは私の誇りを否定したことにつながる。それは許されないことである。
けど私の取っている行動の無意味さを諭したのは紫だし、またこの弾幕で自分の戦い方の見直し、成長の促進と色々と手助けをしてくれた。
正直、胡散臭くて何を考えているか良くわからない。
だから今後のために紫の考えが知りたい。どうするつもりなのかを。
「紫、質問がある」
雰囲気が変わったことを見た紫はさっきまでのにやけた顔を消した。
「なにかしら」
「私を式神にすることで、私に何の得がある?」
「そうね……」少し間をおいて紫は「成長と平穏というのはどうかしら?」
「平穏?」
「ええ、私には夢があるのよ」
紫の夢、それは幻想郷を創ること。
そこでは人も妖怪も共存できるような世界である。
その詳細を聞いているうちに
「それは本気なのか?」
「本気よ」
「正気じゃないな。そんな事出来る筈がない。現に今も人間と妖怪はいるが共存できたなど聴いたことがない。それをお前が……」
「出来るわ。唯そのためにもあなたの力を貸してほしいのよ」
「……!」
「あなたのような力があるものが手伝えば夢は現実に出来る」
「……」
「だから手を貸しなさい」
真摯な目をする紫に妖怪は紫の夢の深さに羨んだ。
かつて大陸を支配するほどの権力を握りながらも最後にはこの地に追いやられるほど痛い目にあった。
そこから気分が病んでいった。
いつからか死のうと思うに至っていた。
紫はどうだったのだろうか。
私みたいな目にあったのだろうか?
もし有ったのだとしたらどうやってその鬱みたいな気分から抜け出したのだろうか?
妖怪は紫の強さそして夢に向かっている目の深さに惹かれた。
「分かった。手を貸す。式神にしてもかまわない」
「ありがとう。感謝するわ」
そういって妖怪は紫と式神になる契約をした。
………
……
…
「大して格好とかは変わらないんだな」
「それはそうよ。でも強さは変わっていると思うわ」
「確かに」
自分の中から妖気が今まで備えていた以上の量が溢れている事に気づいた。
「それはそうと名前が必要ね」
「必要ですか?」
「必要よ。だってあなたまず名前がないじゃない」
そういえばと思い出した。
確かにこれから新しく生活を始めようにも名前がなければ不便である。
紫は何が良いかと考えていたとき、ふと妖怪はある日、洞窟から見えた虹を思い出していた。
そのときの虹は色の識別がはっきりと見えるほど鮮明でとても大きかった。
その識別が出来るほどの鮮明さをはっきりとしている夢と、大きさを夢の大きさとを妖怪はリンクしていた。
「そうね……」
「藍」
「……えっ?」
「藍がいいです」
「どうしてかしら?」
「この国では虹の色を見た場合、紫色の隣にあるのが藍色と言うんでしたよね?」
「ええ」
「だからそれに倣って何時でもあなたのお傍に居れるように『藍』と名づけてください」
「……分かったわ。あなたの希望を汲み取ってあなたを『藍』と命名します」
「ありがとうございます、紫様」
「様……」
「何かおかしいでしょうか、紫様?」
「いえ、なんでもないわ」
(そういえばこの子いつの間にか口調まで変わっているのよね)
呑み込みが早いと言うか、良くそこまで変えられるものだと感心した。
「とりあえずこれからあなたを成長させると共に、私の手伝いをしてもらうわ。良いわね、藍?」
「はい、紫様」
「ところで藍。あなた向こうに居た時に紅い髪をした妖怪を見なかったかしら?」
「?いえ、知りませんが。そいつがどうかしましたか?」
「ええ、彼女はね私の友人になる予定の妖怪よ」
「まだ未定なのですか?」
「そうよ。だって会った事がないんだもん。楽しみだわ~♪」
「はあ……」
会ったこともない妖怪を友人予定って、何を考えているんだろう。
式神になって初めての問題である。
この問題の回答を導くのにどれだけの月日が流れるのかな、と天井を仰ぎでいると
「さて、藍。後の問題は禍根を断つことだけね」
「禍根ですか?」
最初の問題の答えを見つける前に新しい問題が出された。
しかしこの問題には直ぐに答えが出た。
「あの男ですか」
「正解。解っているわね」
「はい。しっかりと仕留めてきます」
「いえ、そこまでする必要はないわ。そうね、戦意を殺ぐ程度にしておきなさい」
「?解りました」
若干疑問をはさんだけど紫の言う通りにしようと考えた。
………
……
…
後日
例の男が洞窟に居た。
しかし何も口に出来ずただ周りを見ていた。
「此処はいつもの洞窟か?」
「ああ、そうだけど」
「入り口にも落石がたまっていたが此処はもっとひどいな。なんか妖怪でも暴れていたのか?」
「まあね」
藍は男の質問にあいまいに答えた。
何があったか話す必要性が感じなかったしそれよりも気になることがあるからだ。
今まで幾度も対峙してきたがこの男は何かがおかしい。
式神として紫の力を頂いたからか、それと自分が成長したからか違和感を感じる。
こいつは人間ではない、と。
「まあ、良い。とりあえず今日こそお前を退治さして貰う。覚悟してもらおうか」
「退治するのはかまわないが本当の力を出したらどうだい?妖怪さん?」
「!?気づいていたのか?」
「今さっきね」
藍の答えにしばし考えた結果、自分の隣に男は入り口に居た幽霊を侍らせた。
「半人半霊?」
「そうだ」
「今までそれ使わなかったのはどうしてだ?」
「これを使わなくてもお前さんを倒せれる。そう出来るようにお前さん相手に修行していたからのう」
「今回は私が言ったから連れて来たと思う。もしもっと前に言っていたとしたらお前は連れてこなかったと思う。なんとなく、そう思うけど今回はどうしてだ?」
「鋭いな」
「まあ、一応は付き合いが長いからね」
藍は訳も無いと言った様な軽く笑った。
その答えにそうか、と男は呟いた。
「今回までにお前さん相手に実力を付けさせてもらった。そして退治することが本命。ばれているのでは隠したところで切り札にならないと考えたからだ」
「そうか。潔いね」
そう言って藍は手に妖気を纏わせた。
同時に男の方も腰に携えてあった二本の剣を抜き放った。
「ねぇ、提案なんだけど。お互いこれが最後になると思う。だからお互いの名前と口上を言わない?」
「それは名案だな。そういえば長い付き合いになるのに、お互い名前を知らなかったのう」
お互いが構えて
「私の名前は藍」
「わしの名前は魂魄 妖忌」
「この洞窟でお前を完全な幽霊にしてやろう、半人前!!!」
「この洞窟でお前を刀のさびとしてくれる、獣風情が!!!」
◆◆◆
「と、いうことがあったわ。これが私たちの出会いよ」
「だいぶ壮絶な出会いだったんですね。紫さんと藍さんの出会いって」
「これは私の聞いた中では『出会い系』順位の上位五位に入る物語でしたね」
文と阿求に褒められて満更でもない表情で喜んでいる「紫」がそこに居た。
「あれ、ちょっと待って。何時から紫が話していたのさ?」
「何時からでも良いじゃない。そう思わないかしら、文?」
「はい♪今はそんなことよりも明日の文々。新聞の構想を考える方が先ですから♪」
「あら駄目よ、文。これは私と藍の思い出なのだから新聞で出しては駄目」
「え~、そんなぁ」
傍から見ても解るようなくらい文の沈みようと言ったらとても深かった。
頭の上には影がさしており明日の新聞どうしよう、と呟いていた。
「藍殿、良いのか『そんなこと』で一蹴されてしまったが」
「ああ、大丈夫だ。もう慣れているからな」
「そうか」
苦労しているんだな、と考えるのも失礼かと思いながらお茶を飲んだ。
話を聞くことに集中していたためかお茶がだいぶ冷たくなっている。苦味が強く感じる。そんなお茶が入った湯飲みを見ていると
「貸して、慧音。入れなおしてくる」
「ああ、すまないな霊夢」
霊夢が気を利かせてみんなの湯飲みを回収しお茶を入れ直しに行った。
因みに突然現れた紫の前にはお茶なんか用意してなかったので紫は藍のお茶を飲んでいた。ゆえに藍はお茶をあまり飲めていない。
「そう言えば紫。質問良いか」
「何かしら、妹紅」
「話に出てきた魂魄妖忌って何者なんだ?」
「妖夢のおじいさんで師匠よ。初代白玉楼の庭師ね。そして藍の先生でもあるわ」
「藍の先生?妖夢の師匠というなら解るけど……」
そう妹紅が言うと霊夢がお茶を入れて戻ってきた。
今度は紫の分も用意してあるらしく彼女の前に置いた。
「ありがとう、霊夢」
「どういたしまして。それでどうなの、紫?何でその妖忌って男が藍の先生なわけ?」
「あら、あんまり興味なさそうだったのに食いつくわね」
「まあね。ここまで聞いてしまったからま、いっかなと思ってね」
「そう。妖忌はね剣を扱うのに慣れていたわ。だから藍の成長のためをと思って先生にしたの」
「そうなんですか藍さん?」
「そうさ。私には紫様がいたがいつも私に教えてくれるわけではない。幻想郷ができたての頃は結界の維持と妖怪と人間の調節に苦労していたからな」
「そこで昔のあてを伝ってその男に会いに行ったわ。そうしたら妖忌ったらいつの間にか藍以上の強さを持っていたからね、彼に藍に剣を教えるように頼んだわ」
「藍さんはよくそのことに承諾しましたね。昔は命の取りあいだったのに」
そこで復活した文が当然の疑問に藍に振ってみた。
「まあ、確かに昔はそんなこともあったさ。けどそんなことは気にしないよ。私は成長し手伝うために式神として紫様の傍にいるのだからね」
「藍殿は素晴らしい向上心を持っているな」
「よしてくれ、慧音。照れくさい」
「それでは今、藍さんが尻尾が九本になったのは、紫さんと妖忌さんのお力のおかげですね」
「いいえ、違うわ、阿求。この子がここまで成長したのは自身の力よ。私たちはあくまで成長のための場と機会の提供をしただけよ。私と妖忌はそう考えていたわ。後あの子もそうね」
紫はそう言って藍に微笑んでいた。
直に褒められる機会がないためか藍は顔を真っ赤にして俯いていた。
「あの子って言うのは誰なんだ?」
「みんなも良く知っている人よ」
「「「「「?」」」」」
紫、藍を除いた五人が頭に疑問を浮かべていた。
「今頃くしゃみしているでしょうね。噂してあげたのだから」
紫はくすっと笑っていた。
◆◆◆
同時刻
「えっきし!」
件の妖怪はくしゃみをしていた。
しかしそれは噂ではなく気候のせいかもしれない。
昼間は太陽のおかげであったかいが最近は季節が秋のため日の沈みが早い。
「寒いな~。交代まだかな」
彼女は空気みたいな存在である。とは言えこの寒さにはなかなか混ざれない。
「えっきし!」
彼女は唯時間が流れるのを待っていた。
◆◆◆
「満足できたかしら、阿求?」
「はい、とても役に立ちました。あらためてありがとうございます」
「それはそれは。じゃあ帰ろうかしら、藍」
「そうですね橙もそろそろ帰ってくる頃ですし」
「なら決まりね。霊夢、あなた食べに来る?」
「行くわ」
即断即決、ただ飯ありつけるというのになぜ迷うことも有ろうかと言わんばかりに反応が早かった。
紫は立ち上がってスキマを開くと藍が最初に入り、紫、霊夢と入った。
けど霊夢はまた首だけスキマから出すと
「そういうわけで私はマヨイガに行くけどあんたたちどうする?」
「私たちも一度帰ります。どうやらもう日が沈み始めているようですからね」
「そう、それじゃあね」
霊夢がそういうと紫が開いたスキマは閉じられた。
「なあ、あの巫女、戸締りも何にもせず行ってしまったぞ?」
「無用心だな」
「全くですね」
「でもそういうところが霊夢さんらしいですよ」
確かに、とみんな苦笑した。
今日はとても有意義な日であった。
紫と藍の出会い。
こんな話はおそらくこれから先聞くことは出来ないかもしれない。
だからこそ阿礼乙女として一字一句聞き漏らさないように聞いていた。
その為今はとても疲れている。
「あやややや、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫です。唯能力を力一杯使っていたので少々疲れました」
「大丈夫か、阿求殿。今人里まで連れて行くぞ」
「大げさですよ、慧音さん。たまにの力だったんで。でもそうですね、みなさんこのまま私の家に泊まりませんか?」
「え、いいの?」
「はい♪今日は皆さんに手伝っていただいたので改編への一歩を踏み出すことが出来ました。これは他の人には小さな一歩でも阿礼乙女としては大きな一歩です。是非お礼をさせてください」
そういって阿求は礼をすると三人は困ったようなうれしいような顔をしていた。
「顔を上げてくれ、阿求殿。私たちは友人として手伝ったまでだ。当然のことさ」
「そうそう。だからそんなに畏まらないでよ。まだ後二人残ってるんだからさ」
「そういうのは終わってからにしましょう。阿求さん良いですね?」
「はい♪」
こうして最初の妖怪、八雲藍の調査が終わった。
阿求は藍と紫から聞いた話を反芻した。
歴史、主におい立ちや成長の発展を考慮した。そしてみんなからの意見も聞き入れてから白い紙に書いてある仕訳表を見て『大』の欄に『八雲 藍』と記した。
夜が更けてきた。
その日、稗田家の阿求の部屋から四人の明るい声が夜遅くまで響いていた。
有意義であった一日を振り返りながら。
もしかしてめーりn(
そこらへんの話もぜひ!
>>ずわいがに氏
妖忌の登場は当初から考えていましたのでどうやって藍と絡ませようと考えましたよ。
>>高瀬氏
赤い髪の人は次回活躍しています。
どうぞよろしく。
>>9氏
ディ・モールト←感謝。
最高のほめ言葉いただきました。