Coolier - 新生・東方創想話

そして誰もいなくなった

2009/12/29 00:16:13
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 たった一人。

 狭く、暗い世界にたった一人、その少女は存在していた。

 紅い瞳に金色の髪、そして虹色の翼。
 人間ではない――――そう感じるには十分な程に、それは儚く、無邪気で。
 そして何より、狂っていた。




 そこに在るのはたった一つ。

 それ以外の物など何一つ存在しない。

 彼女にはたくさんの欲しい物が在った。
 ナイフ、御札、箒、たくさんの人形達……親愛なる蝙蝠。
 それら全てを、世界を彩どる筈だった全てを彼女の狂気は壊してしまった。

 そこに在るのはたった一つ。

 少女の手にする……少女自身とも言えるたった一つ。
 他に在った筈の物は全て、彼女自身が壊したのだから。

 そこに在るのはたった一つ。



「The rest is insanity」



 残るは狂気のみ――――









―――――――そして誰もいなくなった――――――







「嗚呼、これは壊れている。完膚なきまでに壊れてしまっているよ。これじゃあ外になんて出られる筈がない」


 少女の頭上、誰もいない筈の空間から可笑しそうな笑い声が聞こえる。
 それは他ならぬ、人ならざる少女の姉の声。
 姿は見えない……けれども確かにそこに居る親愛なる姉に向かって、壊れた少女はその歪んだ瞳を向けた。



「あはっははは、はははっ!」

 狂ったように笑う。
 否、狂っている。
 少女の姉の言葉を借りるならば、少女は完膚なきまでに壊れてしまっているのだろう。
 楽しんでいる訳でも、喜んでいる訳でもなく。
 少女はただ、壊れた人形のように笑い続けていた。


「誰が壊したの? ねぇ、誰が?」

 歓喜を、悲哀を、憤怒を……
 私の感情達みんなを。
 みんなを壊してしまったのは誰?

 そう責めるでもなく、少女はくすくすと唇の端を歪め続ける。

「親愛なるお姉さま。私は確かに全てを壊した。でも、その私を壊したのは他ならぬ貴女よ?」

 気が触れている。
 外に出すには危険すぎる。
 そう言って永劫とも思える時間、暗闇に閉じ込めて。
 孤独を恐れて震える哀れな妹を、こんな世界でずっと一人にして。
 これで狂わない方が余程狂っているではないか。

 かつての少女ならば、そう叫んで訴えたのかもしれない。
 しかし、今の彼女はそれをしない。
 怒りも悲しみも、もう彼女の中には居なかったのだから。

 親愛なる姉に、全て壊されたのだから。


「自分のおもちゃを壊そうが、捨てようが、私の勝手でしょう?」

 姉にとっては自分の妹が壊れてしまった事など、心底どうでもいい事なのだろう。
 悪びれる様子も無い、嘲笑ったような声が少女の世界にこだまする。
 
 
「壊れたおもちゃは要らないわ。ここで御同類達と永遠にシアワセに暮らしなさい」

 強いて言うならば、そこに在ったのは失望。
 この程度で崩壊してしまったおもちゃに対する、失望だけであった。
 
 姉の言葉の意味を理解しているのか、否か。
 壊れたおもちゃはその目を見開いて笑い続ける。
 笑い続けたまま……まるで感心しているかのような声で言葉を紡いだ。
 
「お姉さまはいつも優しいね」

 蝙蝠の嘲笑が響き渡った。
 心の底から相手を蔑むようなコミュニケーションが姉妹の間で交わされる。
 否、互いを蔑んでいる訳ではない。
 少女と同じくこの二人の関係もまた、ただ壊れているだけなのである。


「お姉さまがいらないなら、壊れたおもちゃは私が貰うよ」

 そう口にするや否や。
 少女は闇へと手を伸ばし、『何か』を自分の目の前へと引き摺り出す。
 狂ったように燃える紅が闇を照らす。

 それはこれから少女の物になるであろうおもちゃ。
 他ならぬ少女の手によって壊されるであろう――――





 少女の姉であった。
 





「だから壊れて。親愛なるお姉さま」

 耳まで裂けたような笑みを浮かべて、目の前の悪魔の瞳を覗きこむ。
 紅の狂気が闇の世界を支配する。
 対する姉はまるで鏡のように。
 首を掴まれたまま、やはり耳まで裂けたように笑みを浮かべて、目の前の悪魔の瞳を覗きこんだ。
  
 ……憎みあっているかのようにも、仲睦ましい姉妹のようにも見えるそれは、壊しあう事でしか触れ合う事のできなかった姉妹の歪すぎる愛情表現であったのか。
 そんな事は誰にも……彼女達自身にも理解する事はできない。
 
 妹とは似ても似つかない蝙蝠の翼を持った悪魔は、今にも自分を壊そうとしている少女の頬にその手を伸ばす。
 いつも少女に向けている、その嘲笑を携えて。

「私が欲しければ壊しなさい。親愛なる妹よ」

 少女の姉もまた―――――存分に狂っていた。









 ボン、と。
 あっけない音を立てて。

 少女の姉は完膚なきまでに破壊された。
 人ならざる彼女でも、決して修復する事は不可能な程に。
 そのおもちゃは壊れてしまったのだ。
 
 壊れてしまった自らの姉をその胸へと抱き、少女は笑む。

「これでお姉さまも御同類。ずっと一緒に暮らせるね」

嗚呼、何と心地いい気分であろうか。
 他のどんな人形を壊したときにも、こんな感覚を味わった事は無かった。
 それほどまでに少女は、自分の姉と『御同類』になれた事がシアワセだった。
 自分を壊して、捨てた……大切な姉と共に暮らしていける事がシアワセだった。



 そんな言葉の定義すら理解できていない、シアワセを噛み締めている『つもり』になりながら。
 姉を……欲しがっていたおもちゃを手に入れた事に、少女はただ、ただ狂っていたのだった。
 一度味を占めてしまえば、次はそれ以上を求めるものだ。
 強欲な少女は更なるシアワセを求めて、壊れてしまった姉へと口を開く。


 
「ねぇ、お姉さまのおもちゃ、みんな貰っていい?」

 蝙蝠は何も応えない。
 首から上が消えてなくなってしまったのだから、それも当然であろう。

「ありがとう、お姉さま! それじゃあ――――」

 けれども少女の瞳には笑顔で頷く姉の姿が映っていた。
 それは嘲笑などではなく、少女が本当に欲しかった優しい笑顔。
 望んでも望んでも、決して見せてはくれなかったその表情を、姉はその顔を失った事で浮かべて見せてくれたのだ。

 胸の中の壊れたおもちゃを愛しそうにぎゅうと抱き締め、少女は笑む。
 




「みんな、壊してくるね」




 壊れたおもちゃは少女の物。

 姉一人が壊れただけでこんなにも素敵な気分になれたのだ。
 もっとたくさんのおもちゃを壊して、全部全部少女の物にしてしまえば。
 どんなにシアワセになれるであろうか。

 少女はこれから自分に訪れるシアワセを頭に描き、嬉しそうに笑う。
 その笑顔は人間の物はない――――そう感じるには十分な程に、儚く、無邪気で。
 そして何より、狂っていた。


 

 
 それから、少女はただひたすらに姉のおもちゃ達を壊した。
 『みんな』を自分と同じにする為に。
 『みんな』と一緒にこの世界でシアワセになるために。   

 ナイフも、御札も、箒も。
 本も、門も、たくさんの人形達も。
 みんなみんな、完膚なきまでに破壊し尽くした。
 




 そうやって、全てを壊し続けて――――



 



 少女のもとには、何一つ残らなかった。










「おかしいなぁ。これでみんなと一緒になれる筈なのに」

 わからなかった。
 皮肉でも、冗談でも無く。
 彼女には本当に、何故みんなが消えて行ってしまうのかが理解できなかった。

「ま、いいか。今までもずっと一人だったんだし」

 そう、どうでもよさそうに笑い続けながら。

「あれ?」

 少女は瞳から何かを流していた。
 狂気以外に彼女に残された唯一の物。
 『それ』が何なのか、それすらも理解出来ずに。

「なんだろ、これ。綺麗だなぁ。あはははは」

 少女は狂気のままに笑いながら、それでもぼろぼろと涙を零し続けた。

 







 そうして、どれ程の時間が経ったであろう。
 
 100秒、100時間、100日……或いは100年だったか。
 少女は自らに……この世界に残された最後の涙も、ついに全て流し尽くしてしまった。
 いよいよ、この世界には何も無くなってしまったのだ。


 自分自身以外何も存在しない――――
 狭く、暗い世界にたった一人、その少女は存在していた。


 
 そこに在るのはたった一つ。






「The rest is insanity」

 残るは狂気のみ――――


 ナイフも、御札も、箒も……親愛なる蝙蝠もここには居ない。
 いや、始めからこの世界にはそんな物存在しなかったのかもしれない。

 確かなのは、少女にとってこの世界に留まる理由など、最早何一つ残っていないと言う事。
 ここに少女を繋ぎ止めて置くものは何一つ存在しないのだ。



 そう、たった一つを除いては。 
 



 そこに在るのはたった一つ。












 最後に少女は、世界に一つ残った狂気を――――












「今行くわ、親愛なるお姉さま」


























 その手で握り潰した。
















 そして、誰もいなくなった。



 FIN







































 パタン、と本とも言えない『それ』を閉じる。

 かつて少女がこの暗い部屋に閉じ込められていた頃に書いた、自伝とも預言書とも取れる文。
 余りの出来の悪さに、それを書いた私自身ですら吐き気を催してしまう。

 稚拙で表現の幅の無い文章。
 名作と呼ばれる本を真似しただけの言い回し。
 何を主張したいのか全く伝わって来ない結末。
 そして何より―――――文章全体から溢れ出る狂気。

 暗闇の世界にたった一人閉じ込められ続け、怒り狂い、泣き狂い。
 その感情のままに書きなぐった、私の狂気の塊。
 私の手の上に乗っているのは、文学などでとはほど遠い、まさしくそう言った類の物であった。


「あら、こんな所に居たの」

 私の狂気がたくさん詰まった、暗く狭い世界に光が差し込み、声が響き渡る。
 くるりとその声のした方向へと振り返ると、そこに存在したのはお話の中の登場人物でもあった親愛なるお姉さま。
 
 ずんずんと。
 かつて少女が一人閉じ込められていた―――――私が神であった世界に、彼女は無遠慮に踏み込んで来る。
 そうして私の目の前で止まり真紅の瞳で世界中を見渡すと、作中でもお馴染みのあの嘲笑で私の瞳を覗きこんだ。

「わざわざこんな部屋に戻ってくる事はないだろうに」
 
 元々閉じ込めたのは彼女だと言うのに。
 親愛なるお姉さまは悪びれる様子も無く、心底呆れたように言ってのける。
 

 これが不器用な彼女なりの、精一杯のコミュニケーションだと知っている者は多くないだろう。
 事実、かつての私はその態度によく腹を立てては不満をぶちまけていた。
 しかし今は。
 可愛らしい姉の本質を知ってしまった今は、思わずくすくすと笑みが浮かんできてしまう。
 
 
 そんな私の笑顔が恥ずかしかったのか、かすかに頬を染めながら。
 親愛なるお姉さまは、私に背を向けると世界の外へと歩き出す。
 そして背中を向けたまま――――その壊れていた少女の名前を呼んだ。


「行くわよ、フラン」
 






 
 ――――もう、ここに戻ってくる事は無いだろう。

 ぐるり、と。
 私はかつて自分が一人で暮らしていた部屋を。
 少女が一人で神を務めていた世界を、大きく見回した。
 その暗く狭い世界は、小さな私の身体を回転させただけで軽々と全てを見渡せてしまう。
 
 嗚呼、本当に何もない世界だ。

 浮かんでくるのは――――作中とも先程とも違う―――――自嘲めいた笑み。
 私は笑んだまま、私は手に取った本へと……自分自身の狂気の塊へとその視線を落とす。




 それは、この部屋に残された唯一の――――







 

「The rest is insanity」

 残るは狂気のみ――――


 ナイフも、御札も、箒も……親愛なる蝙蝠もここには居ない。
 いや、始めからこの世界にはそんな物存在しなかったのかもしれない。

 確かなのは、私にとってこの世界に留まる理由など、最早何一つ残っていないと言う事。
 ここに私を繋ぎ止めて置くものは何一つ存在しないのだ。



 そう、たった一つを除いては。 
 



 そこに在るのはたった一つ。












 最後に私は、世界に一つ残った狂気を――――












「今行くわ、親愛なるお姉さま」


























 その手で握り潰した。
















 そして、誰もいなくなった。



 FIN
全く同じ文章でも、それまでの流れでまるで想像できるシーンが違う。
言葉と言うのは本当に面白いと思うのです
手負い
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コメント



0.4160簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
なんというかやられたって感じが!
5.100名前が無い程度の能力削除
なるほど、途中と最後のシーンは同じなのか
こういうの好きだw
6.80名前が無い程度の能力削除
ヒヤヒヤさせられたw
ラストがかなり好きです
7.90名前が無い程度の能力削除
言葉遊びがいい!
10.90名前が無い程度の能力削除
素直に感心しました。
不思議ですよね、言葉って
12.100名前が無い程度の能力削除
怖かったw
しかし終わってみればほのぼのでしたね
17.90名前が無い程度の能力削除
面白いものです、言葉とは。
感心致しました。
23.100名前が無い程度の能力削除
言葉って本当に面白いね。
25.100煉獄削除
同じ言葉でも、それまでの流れが違うとこんなにも感じる雰囲気などが
変わるものなんですね……。 面白いお話でした。
27.100名前が無い程度の能力削除
これは凄い…こういう言葉の遊びは大好きです。
30.100前が無い程度の能力削除
なにこれ……すげぇ。
32.100名前が無い程度の能力削除
うまく言葉で表現できないが、これは素晴らしい
40.100名前が無い程度の能力削除
おお、なるほど……上手いですね。
43.90名前が無い程度の能力削除
同じ言葉でもここまで印象が変わるなんてすごいですね。
46.90ずわいがに削除
状況の違いで意味はこうも変わる。
51.無評価名前が無い程度の能力削除
これは面白い
52.100名前が無い程度の能力削除
評価するの忘れたorz
53.90名前が無い程度の能力削除
さて、どんな文を見せてくれるのかと思ったら・・・
これはお見事というしかありません。
63.100みなも削除
心地よい読後感,おみごとです.
67.100名前が無い程度の能力削除
何でも壊せるのだから、何時かこの時が来るはず。
72.100読む程度削除
素晴らしい
この一言につきます
88.100葉月ヴァンホーテン削除
うむむ。過去の手負いさんはこんな作品を書いていたのか……。
らしくないけど、素晴らしかったです。
途中、どうギャグに転ぶのか、ハラハラしてました。
98.100名前が無い程度の能力削除
これは美しい終わり方
102.100名前が無い程度の能力削除
過程で印象は変わるもんですね