「クリスマスパーティーやるわよ咲夜。ものごっつ盛大に」
「お嬢様、毎年思うのですが、クリスマスとは何を祝うものかご存じですか?」
ある冬の日、咲夜を部屋に呼び出し、私はいつも道理の急な思い付きを告げていた。
「建前とかはいいの、とりあえず盛大に騒げれば」
「そう仰ると思いました」
とりあえず楽しければいい。それが長く生きた者特有の趣向だろう。
「そういうことだから、二十五日を楽しみにしてるわ」
かしこまりました、そう答えて咲夜は姿を消した。きっとパーティーの準備に取り掛かったのだろう。
咲夜のその迅速で溢れんばかりの行動力が私は気に入っている。実に優秀ね、また一つ私の中で咲夜の評価が上がったわ。
今頃はメモ帳片手に、パーティーの段取りや必要な資材食材を書き綴ってるはず。
だから今、視界にチラッと入った窓の外で門番にセクハラ働いてるメイド服の人物はきっと赤の他人。……咲夜の評価マイナス十点っと。
一方、主に目撃されてるとは知る由もない門前では。
「とまぁ、そんなわけで、今年もやるそうよクリスマスパーティー」
「毎年の事ですからね。それと咲夜さん、人のふともも擦りながら話すの止めてください。セクハラですよ」
「ところで、お嬢様からの要望リストを見ると、去年の三倍くらい派手になってるのだけど」
「はぁ、お嬢様は派手好きですから。あと、手がふとももから腰に上がって来てるので止めてください」
「準備する私の身にもなって貰いたいのだけど。この十五メートルのクリスマスケーキって誰が食べるのかしら?」
「去年の五メートルでも圧巻でした。そしてズボンの隙間に手を入れてくるのも止めてください」
「私と貴女のウェディングケーキならさらに力入れるのに」
「咲夜さん、いい加減にしないと訴えて勝ちますよ」
「相変わらずつれないわね、美鈴」
そして夜は更け、紅魔館の明かりが全て落ちた頃。私はこの日、最後のお茶を咲夜に頼んでいた。
「それではお嬢様、今日はこれで休ませてもらいます」
「ええ、お茶美味しかったわ。お休み咲夜」
私の言葉を聞き終えた咲夜は、軽く頭を下げ、いつも通りティーセットと共に姿を消した。
「さてと、それじゃあ行きましょうか」
今頃、咲夜は門前で愛しの誰かさんと真夜中のティータイムに入っただろうし、他の者は眠りこけてる。
パチェはまだ起きてるかもしれないけど、どうせ地下の図書室。これなら正門とは逆のほうから出れば、人知れず館を出れるでしょう。
まぁ美鈴には気づかれるけど。あの気の力はさすがに誤魔化せない。でも問題もない。
美鈴は気の使い方が上手いだけあって、気配りも上手だ。私が館から抜け出そうとしても、黙って見逃してくれる。
「んー、念のため咲夜に書置きしておこうかしら」
用が済めばすぐに戻ってくるつもりだけど、もしかしたら時間がかかるかもしれない。
私はろくに使いもしない手帳を取り出し、ペンを走らせた。
「さくやへ。あさ、わたしのすがたがなかったら、ちょうしょくはいらないわ」
これでよし。書置きのページを爪で切り取り、ベッドの上に置いておく。
「でわ、我が野望のためにいざ行かん」
私は必要なものを詰め込んだ手提げカバンを片手に、窓から飛び立った。
「あれ?」
「どうしたの美鈴? 私への口説き文句でも思いついた?」
「いえ、違います」
「あまりの即答に私の乙女ハートにちょっぴりヒビが」
「乙女は日中から堂々とセクハラ働いたりしないんですよ」
「愛を抑える薬は存在しないの」
「例え存在しても使う気ないでしょう。咲夜さんは」
「いいえ、喜んで使うわよ」
「……何ゆえですか?」
「そんな薬じゃ、私の愛は押さえつけれないって事を証明するために」
「さいですか」
「今日の美鈴、冷たいわね。今のは私に惚れ直すシーンよ」
「ああ、もう間に合ってますから」
「……微妙な返しね、それ」
「それにしても、また何か企んでるんですかねぇ」
「何の事よ?」
「いいえ、何でもないです」
生きていると、迷うことがある。与えられた選択肢に正解が見つけられず、首を傾げてしまう時がある。
まぁ今の私はそんな哲学的な事ではなく、普通に道に迷っているだけだが。
「確かこっちで合ってたと思うんだけど」
魔法の森を見下ろしながら、かれこれ一時間は夜空の散歩を楽しんでしまった。
初めは風情を感じていた夜空と月も、今となっては私を見下しているようにしか見えない。
ふむ、どうしたものか。ここでスペルカードでも一発ぶっ放せば、向こうのほうから出て来てくれるかしら?
うん、間違いなく喧嘩売りに来たと思われること受け合いね。
「本格的に面倒になってきたわねぇ。どうし――れみゃッ!」
まだ見ぬ目的地を探して爆速で夜空を切り裂いていたら、突然見えない何かに顔面を強打した。それ見事なカウンターだったわ。
「いったぁ、何よこれ?」
見えない何かに手を触れてみる。
「壁? 結界かしら?」
見えない壁はまるでガラスのよう。でも私が爆速で突っ込んで割れないガラスなんてそうそうないので、やはり魔法的な結界だろう。
考えてみれば、彼女はこんな森で暮らしているのだ。几帳面な彼女が結界も張らずにこの森の夜を過ごすとは考えにくい。
「それでいくら探しても見つからなかったのね」
まぁ時間はかかったが、この先に彼女がいるのは間違いないようだから良しとしよう。
「しかし、私に盛大なカウンターを見舞ったこの結界は万死に値する」
私はじんじんと痛む鼻を擦り、そして一枚のスペルカードを取り出した。
「こんばんわ! 貴女のお家にプリティ吸血鬼がやってくる!」
取っておきのスペルカードで結界をぶち破った私は、その先にあった家の窓を勢いそのままに突き破った。
「お日様が出てから日傘無しでお帰り!」
突き破った窓の部屋には、予想道理の人物がいた。
「遠路はるばるやってきた客人にその態度はない気がするわ」
「家主の許可なく、玄関以外から飛び込んでくる奴は侵入者っていうのよ」
あまり歓迎はされていないようだけど、まぁ目的の人物に会えたからおーるおっけー。
「それじゃ人形師さん、ユー私に協力しちゃいなヨ」
人形師、アリスは深いため息を吐きながら、私を見据えた。
「はぁ、えらく大きな力が近づいてくるから、目を覚ましてみれば……その変なテンションとしゃべり方を止めたら、まず話だけ聞いてあげるわ」
「貴女そんなにお人好しでよく今まで生きてこれたわね」
「貴女が言うんじゃないの」
うん、私もそう思う。
「それで、何の用?」
私とアリスは居間のテーブルに着いている。私の後ろでは突き破られて窓を、人形たちがせっせと修理していた。
「いいの? 話聞いたら感涙して協力せざる得なくなるわよ?」
「いいんじゃない? 話し終わる頃にはお日様が拝めそうだし」
確かにここに来るまで思ったよりも時間がかかってしまったわね。咲夜に書置きしといてよかった。日傘は忘れたけど。
「その前に、喉乾いたからお茶。ダージリンがいいわ」
「……上海、アッサムを。客人の分はトイレの水で沸かして、砂糖の代わりにさっきのガラスの破片入れといて」
「あら、素敵なブレンドね」
「……というわけなの、だからユー協力しちゃいなヨ」
要件を聞き終えたアリスは、三杯目の紅茶に口をつけた。ちなみに私の紅茶は五杯目のアッサムである。
「……ミスったなぁ、そんなの聞かされたら断れないじゃない」
話し合いのテーブルに着いた時点で、お人好しの彼女ならそういうと思っていた。
「わかったわ、引き受ける。それと貴女、そろそろ私と席変わりなさい」
交渉に応じてくれたアリスは、自分のティーカップを手に取り席を立った。
「ん? なぜかしら?」
前者の申し入れはいいとして、後者の席を変える理由が私にはわからなかった。
「窓際に座ってると、そろそろ貴女酷いことになるわよ。別に私は構わないけど」
窓際という言葉に反応し、私はガムテープで応急処置を施された窓に目をやった。
「ああ、もうそんな時間?」
ここに来るときは真っ暗だった外は、すでに青みがかっていた。
無駄話をしていたつもりはないが、少し事情説明に時間を取りすぎていたようだ。
咲夜に書置きを残しておいて正解だったらしい。
「まぁ、なにはともあれ交渉成立で、報酬はほっぺにちゅーでいい?」
重度の日焼けをするつもりはないので、私も席を立ち、互いの席を交換する。
「そのまま吸われそうだから遠慮する。礼ならいらないわ、普段から図書館使わせてもらってるし」
さっきまで私が座ってた椅子に腰を下ろしたアリスは、ティーカップを自分の前に置き答えた。
それにしても彼女は少し謙虚すぎるだろう。別に図書館は私の物じゃないし。
ああ、別に私がしなくてもアリスは十分誰かさんの求愛の印をつけてるから間に合っているのだろう。主に首筋に。
後日クリスマスパーティーの招待状でも送っておくとする。ペアチケットを。
「まぁ貴女、それ以上キスマーク付けたら外歩けないしね」
「……へ?」
一瞬何のことかわからなかったのだろうが、アリスは何かに気づいたように自分の首筋に手を置き、そして瞬く間に顔を赤くしていた。
最近なんかマンネリしてる従者たちに見習わせたい反応ね。
「あ、それと朝食は三人分で。ニ階で寝てる白黒の分も合わせて」
もうすっかり朝日が顔を出したようで、私のお腹と背中がくっつき始めてきた。
「……さて、何のことかしら?」
アリスは自分の襟を立て、首筋を隠した。あくまでしらばっくれるらしい。
が、そんな彼女の無駄に終わるであろう意味のない努力は、やっぱり無駄に終わる。
「ふわぁ、アリス~こんな朝っぱらから客か~」
がちゃっと部屋のドアが開き、そこから白黒っぽいものが寝ぼけ眼で顔を覗かせた。
「上海、アイツニ階に封じ込めて」
「ん? うわっ、なんだお前ら! やめ、ぬわーー」
しかしドアが完全に開くことはなく、白黒っぽいものは瞬く間に人形たちに拉致された。
しばしニ階から悲鳴っぽい何かが聞こえるが、何か鈍器の様なもので人を殴ったような音と共に、悲鳴っぽい何かは聞こえなくなった。
「朝のメニューはトーストとスクランブルエッグと納豆とトマトサラダがいい」
「……リクエストには答えるから今見たものを忘れて」
「はいこれ、必要そうな資料」
朝食を取り終えた私は、玄関でアリスに見送られて帰るところである。ちなみに帰るならちゃんと玄関から出ていけと釘を刺された。
「よく調べたわね」
あらかじめ用意しといた手提げカバンをアリスに手渡す私。
「それじゃ私帰るけど、あのトーストは納豆との相性悪いから変えたほうがいいわよ」
ちなみに朝食はアリスと二人だけになった。
「納豆と合うトーストがあるのがビックリよ」
なんでも大豆で作ったトーストが納豆と相性がいいって、咲夜が言ってた。
「あ、それとこの傘貰って行くわ。直射日光とか紫外線とかゆーぶいとかがマキシマムだから」
「とっとと帰れ」
玄関の傘立てにあった傘を一本拝借した私は帰路に着いた。
これで仕込みは万全である。あとはクリスマス当日を待つだけ。
館に帰った私は、自室でパーティーに思いを馳せていた。
そこにトントンと、控え目なノックが響く。
「入りなさい」
「お帰りになられたのですねお嬢様」
大方予想通り、ドアを開いたのは咲夜。
「ええ、今さっき戻ったわ」
「いったいどちらへ行かれてたのですか? 言ってくだされば私もお供しましたのに」
いや、それは困る。だからわざわざこっそり抜け出すように出て行ったのだから。
「ちょっと夜の散歩にね」
「左様ですか。所でそちらにある見られない傘は?」
咲夜は部屋の隅に立てたけられてた傘に目をやっていた。
無論、アリスから借りた傘である。
「ああ、借りものよ。そうだ咲夜、招待状を書くから便せんを用意してくれるかしら?」
「招待状? と申しますとクリスマスパーティーのですか?」
「そうよ。ちょっと礼を兼ねて、招きたいの」
傘の借りもあるし。彼女は遠慮しそうだが、ペアで贈れば相方が黙ってないだろう。
「そういう事でしたら、私が準備いたしますが?」
「いえ、いいわ。私が書くから」
この件は咲夜には知られたくない。
「かしこまりました。では昼食後、必要なものをお持ちいたします」
「ええ、お願い」
昼食のゴーヤチャンプルーを食べ終えた私は、咲夜が用意した便せんにペンを走らせていた。
「ありすへ。くりすますにこうまかんできゅうけつきとあくしゅ。ふたりでゆっくりしていってね。れみりあ」
これでよしと。
便せんを封に入れ、後は日が落ちてから蝙蝠に持って行かせよう。
「頼むわよ人形師さん。今回のサプライズは貴女にかかってるんだから」
「アリスー、晩飯のかぼちゃシチュー出来たぞー」
「……」
「やっぱ寒い日はシチューだな……って、なにさっきから手紙と睨めっこしてんだ?」
「魔理沙、貴女これ解読できる?」
「ん? どれどれ……ああ、こりゃクリスマスパーティーの招待状だな。それもペアチケットだ」
「そう、招待状だったの。それ」
そして月日は進み、カレンダーは残り八日でその役目を終える日。
「咲夜さーん、クリスマスツリーの飾り付け終わりましたよ」
「御苦労さま、美鈴。明日のパーティーが終われば片づけるのに、えらく頑張ったわね」
「せっかくのパーティーですから。それにしても光物ばかりで目がチカチカします。このガラスの飾りなんてすごい光ってますよ」
「ああ、それダイアモンドだから。安物だけど」
「……この丸くて白いのは?」
「真珠よ。安物だけど」
「さすがお嬢様ですね。いろんな意味でセンスがぶっ飛んでます」
「ねぇパチェ、目の下のクマがすんごい事になってるわよ」
「平気よレミィ、ちょっと徹夜が続いてたの」
「パチュリー様、一週間ぶっ通しをちょっととは言わないんですよ」
「命令よ小悪魔、パチェを今すぐベッドに封印しなさい。明日のパーティーに備えて」
「レミィ、言われなくてもそうするわ。私もパーティーは楽しみだし。なにより、その為に一週間頑張ったのだし」
「一週間何やってたのパチェ?」
「お嬢様、それは明日まで秘密です」
「アリスー、イヴだな」
「ええ、イヴね」
「アリスー、明日のパーティー楽しみだな」
「ええ、楽しみね」
「アリスー、生返事ばっかりだと、私泣いちゃうぞ」
「ええ、思う存分泣きなさい」
「構ってくれないと暴れちゃうぞー」
「あのね、今日中にこれを仕上げなきゃいけないの。じゃないと、明日のパーティーいけないわよ」
こうして、それぞれのイヴは過ぎた。
「今日はイヴかー、明日のパーティーには絶対顔を出せってお姉さまが言ってたっけ」
それぞれのイヴは過ぎた。
そしてついに迎えた当日。
「諸君、私はクリスマスが好きだ。諸君、私はクリスマスパーティーが大好きだ。
豪華な料理が好きだ。派手なツリーが好きだ。プレゼントが好きだ。
この紅魔館に存在するクリスマスパーティーが大好きだ。
チキンを口にほおばるのが好きだ。歯でサクサクの衣をつき破る瞬間など心がおどる。
七面鳥が好きだ。パリッと焼きあがった表面に肉汁が滴る時など胸がすくような気持ちだった。
クリスマスケーキが好きだ。砂糖で出来たサンタを食べる時など感動すらおぼえる。
誰かと踊るダンスなどもうたまらない。相手が自分にとって大切な人なら最高だ。
ムードを作る演奏が好きだ。雑談に消えることをなくサビを迎えた時など絶頂すら覚える。
ミニゲームが好きだ。明らかな八百長で負けてしまった時はとてもとても悲しいものだ。
最後の片づけが好きだ。布団にもぐりながら明日からは年越しに向けて忙しくなるなと思ったときは屈辱の極みだ。
諸君、私はクリスマスパーティーを、実に盛大なクリスマスパーティーを望んでいる。
諸君 私に付き従うメイドの諸君 君たちは一体何を望んでいる?
更なるクリスマスパーティーを望むか。
糞の様なクリスマスパーティーを望むか?
まるで忘年会の様な飲んで食ってのクリスマスパーティーを望むか?」
「「「パーティー! パーティー! パーティー!」」」
「よろしい ならばパーティーだ。
だが、一年間、三百六十五日この日に思いをはせ耐え続けて来た我々には、ただのクリスマスパーティーではもはや足りない!
大パーティーを! 一心不乱の大クリスマスパーティーを!」
こうして、何か間違っている気がしなくもない主の演説からパーティーは、幕を切って落とされた。
「ねぇ魔理沙」
「なんだアリス」
「今レミリアが肥満で眼鏡に見えたんだけど」
「気のせいだぜ」
「うわぁ、美味しそうな料理がいっぱいですね、咲夜さん」
「私が直接作ったのは、半分くらいだけどね。それでも貴女にそう言ってもらえれば本望よ」
「あ、このローストビーフ美味しそう。これ作ったの咲夜さんですね」
「ええ、そうよ。所でこのフライドチキンも私が作ったの。はい、あーん」
「えーと、このパエリアも咲夜さんですね。美味しそうです」
「ハムと鶏肉のパエリアよ。それと海老とアサリのプッタネスカ風煮込みも私が作ったものなの。はい、あーん」
「このマリネ美味しい。この味ははやっぱり咲夜さんですね」
「よくわかるわね美鈴。そしてこのシチュー、フゥーフゥーして冷ましたから、あーん」
「咲夜さんの料理ならすぐわかりますよ。うん、この七面鳥も絶品です」
「美鈴。その無視の仕方は、喜べばいいのか悲しめばいいのか微妙な少女ハートよ」
皆が思い思いにパーティーを楽しんでいる。まぁ咲夜はあれで楽しんでると言えるのか微妙な所だが、美鈴と一緒に居られるのだから十分だろう。そして、それは美鈴も同じね。
紅魔館のクリスマスパーティーはバイキング式で、大量に並べられてる料理から好きなものを皿に取るのだが、その場で食べる輩もいるので、半ば立食会にもなっている。
私とパチェは同じテーブルに着いており、そこに小悪魔が両手に料理を持ってきた。
「はい、鶏肉の赤ワイン煮です」
小悪魔が片手の皿をテーブルに置くが、私はもう片方の皿が気になる。主に臭いが。
「それとマッシュルームのにんにく風味焼きです」
こんなところにも、主迫害の影が迫っているらしい。
まぁいいわ、いやよくないけど。それよりも気がかりなことがあるし。
「ねぇ二人とも、フラン見なかった?」
「妹様ですか? 存じ上げませんが……」
小悪魔が料理を取り分けながら答えた。だから私の皿に、その強烈な臭いを放つ物を載せないで。
「そう、パチェは?」
「レミィ、小悪魔。貴女達本気で言ってるの?」
む、なんか信じられない物を見るような目をパチェは向けてきた。
「何の事よパチェ」
「パチュリー様、私もよくわからないのですが」
何かおかしいことでも言っただろうか私は?
「まぁいいわ。そのうち来るわよ妹様なら」
そうなのだろうか? まぁパチェが言うんだからそうなのだろう。
とりあえず今はこの皿にのってる天敵を、小悪魔の皿に移しかえる事に専念しよう。
「アリスー、呑んでるかー?」
「あ、このタルト美味しい。作ったの咲夜かしら? レシピ教えてほしいわ」
「アリスー、ワインは赤と白どっちがいい?」
「あら、スフレ。萎む前に頂きますか。意外とレモンと合うのね」
「アリスー、シャンパン呑もうぜシャンパン」
「プリンじゃなくてブリュレなのが洒落てるっていうか」
「アリスー、ビールだ。黒ビール」
「ケーキは……でか過ぎて見ただけで食べる気無くすわ」
「アリスー、そろそろ私、目からアルコールが流れてくるぞ」
「そう、萃香辺りが喜びそうな体質ね」
「咲夜さん、私ちょっとピカピカしたもの見過ぎて目が悪くなった様です」
「安心しなさい美鈴。私のも、貴女と同じものが見えてるから」
「そうですか。じゃああれ、やっぱりそうですよね?」
「ええ、でしょうね」
「手になんか持ってますよ?」
「何かのビンね。中身はわかんないけど」
「咲夜さん。なんか嫌な予感がするんですけど、止めなくていいんですか?」
「いいんじゃない? いつものじゃれ合いみたいなものだし」
小悪魔の皿に天敵の移植作業を終えた私は、鶏肉を齧っていた。
しかし、若干物足りない。ていうか食べ終えてしまった。
小悪魔に違う料理を取って来てもらおうかとも思ったが、何やらパチェとお話が盛り上がっている様子。
こんな所で見つめ合いながら話すな。いちゃつくならほかのテーブル行けちくしょー。
なぜ私が開いたパーティーなのに、私はロンリー気分を味わってるんだろう。
私は孤独から項垂れていた――そんな時だった。
「お嬢様、ローストビーフとワインをお持ちしました」
およそ私に向けられたとは思えない言葉が、耳に入ってきた。
「え?」
私の前に、綺麗に並べられたローストビーフの皿が置かれ、空だったグラスに赤ワインが注がれる。
あ、ヤバい。泣きそう。
しかし、こんなとこで泣くのは、私の残り少ないカリスマを更に消費してしまうので、横目でチラッと相手に視線を送って軽く礼を口にする。
「あら、ありがとう。気が利くのね」
一瞬視界に入った相手は、メイドだった。
この館に、まだ私の事を気遣ってくれるメイドがいたのね。驚きの事実だわ。
本当は今すぐ料理にがっつきたいけど、それではこのメイドが持つ、主のイメージを壊しかねない。
それだけは避けたかったので、私はゆっくりと料理を口に入れ、そっと噛み締めた。
ぶっちゃけ喜びのあまり、味とか解らなかった。
しかし、あくまでゆっくり、優雅にグラスを手に取り、ワインを口に含む。
そして――気づいた。
ああ、これは知ってる。最初はかき氷、いちごシロップだと思った。しかもニ回。次はチョコだった。次はワインですか?
そうよね、この館に私を崇めるメイドなんてもはや過去の遺物なのよね。
そんなことを、盛大にワインを吹き出しながら思った。
「……フラン、何してるのかしら?」
タバスコ入りワインを吹き出した口元を拭いながら、私は振り返える。
そこには先ほどチラッと視界に入ったメイド服を着たフランが満面の笑みで立っていた。
「え? メイドごっこ」
そう、相変わらず変な遊びを考えるのね。
また一つフランの○○禁止リストを更新しなくちゃ。
「とりあえず座りなさい。フランもローストビーフ食べる?」
「私はいいや、もういっぱい食べてきたし」
ああそう、私ももう自分で取ってこようかしら?
「それよりお姉さま、どうしてわざわざパーティーに出るよう声掛けたの?」
どうして? どうしてって……別に普通の事ではなかろうか?
「貴女を誘うのが、何かおかしいかしら? 当然だと思うけど?」
「パチュリー、お姉さま病気? 熱あるの?」
私の妹だけあって、言いたいこと言うのね。こんちきしょー。
「妹様、レミィは心に大きな病気を抱えてしまったの」
私の親友だけあって、好き放題言うのね。どちくしょー。
「二人とも、とりあえず言葉の刃を納めなさい。私の心が出血多量だから」
じゃないと吸うわよ? 実に馴染ませるわよ? いや、やめよう。実際に血を吸っても、心の輸血にはならない。
「お二人とも、そんな言い方しなくても、お嬢様は……そう、少し頭を打っただけなんです」
今、私の心の心拍が停止寸前。
前者二人と違って、素で心配してる小悪魔の天然さが、私には聖釘に感じる。なんて凶悪な凶器。
「なんで当然の事をしただけで、こうも心配されなきゃいけないのかしら?」
「当然? レミィ、本気で言ってるのかしら?」
パチェが何時になく、目を細めて私を見つめてくる。
「……なにか、おかしいかしら?」
「まぁいいわ、私は少し席をはずすわね」
そう言って、パチェは席を立つ。
「そろそろ、ダンスタイムでしょ。行くわよ小悪魔」
「え? ダンスって……パチュリー様踊るんですか?」
「せっかくだから、少しだけね。小悪魔、リードしなさい」
小悪魔の心配をよそに、パチェはダンスホールへと足を運びだした。
「パチェ、無理すると体に響くわよ」
「私より、自分の心配をしなさい」
パチェは私のほうに振り返ると、言葉を送った。
「レミィ、心の病気……治しなさいよ」
ため息が出る。なんでもお見通しな所がパチェの良い所でもあり、悪い所でもある。
私は、すでに姿を消した友人に、一言だけ礼を心で呟いた。
「ところでフラン。貴女のメイド服、壊滅的にまでに似合ってないわよ」
給仕というイメージとかけ離れているわ、我が妹。
「そう? でもいつもの服で来るのもつまんなかったし」
まぁそれもそうだけど、メイド服は仮装パーティーにでも取っておきなさい。
「私、お姉さまやパチュリーみたいにパーティードレス持ってな――」
「フラン、なんかデザートでも食べる? それ位なら食べれるでしょ」
私は、聞こえない振りしか出来なかった。
「え? うん。じゃあ何か持ってくるね」
「いいえ、私が行くわ。そんな恰好で歩いたら周りのメイドが驚くから」
そしてデザートにまで、あの赤い液体を染み込まされても困る。
私は席を立った。そろそろプレゼントの時間だからだ。
「アリスって、かなり甘党だよな」
「乙女は皆、甘党なのよ」
あ、いたいた。
都合のいい事に、探し人はデザートのテーブルで甘味を楽しんでいた。
彼女の横に、目算で三十を超える皿が置かれてるのは気のせいだろう。
「二人とも楽しんでる?」
「あら、本日はお招き預かり光栄です」
アリス、シュークリーム食べながら言われても、うれしくないわよ?
「レミリア、聞いてくれ! アリスが放置プレイで私の目からアルコール!」
何言ってんの? この白黒。
「まぁ楽しんでるならそれでいいわ。ところでアリス、例の物だけど」
「ええ、忘れてないわ。はい、確かに渡したわよ」
アリスがそう言うと、近くを飛んでいた人形が、私にそれを手渡してきた。
「ええ、ありがとう。ああ、ついでにこの中でお勧めのデザートは?」
「え? ああ、そういうこと。そうねぇ、このベリーのタルトとか、あの子好きそうじゃない?」
魔法使いというのは、皆こうなのだろうか? もしくは私は隠し事が下手なのかしら。まぁ隠してるわけじゃないけど。
「アリスー、何の話してるんだよー。私も混ぜろよー」
別に魔法使いとか関係ないらしい。
「それじゃ、引き続きパーティーを楽しみなさい。後でダンスでも踊ってきたら?」
「気が向いたらね。それより、貴女の方こそ踊ってきたら? あの子と」
魔法使いとは、総じておせっかいなのだろうか?
「アリスが構ってくれない! もう死んでやる! アルコール中毒で死んでやる!」
別に魔法使いとか関係ないらしい。
「フラン、タルトでよかったかしら?」
「あ、クランベリーだ」
あの人形師、いろいろ深読みしすぎじゃない? クランベリーなんて。
「いたただきまーす」
さっそく置かれた皿からタルトを掴み、口に運ぶフラン。
「フラン、もう少し上品に食べなさい」
「えー」
指に着いたベリーのシロップを舐めながらフランは私をジト目で見てくる。
「あのねフラン、そろそろ貴女も淑女の嗜みとかを身につけるべきよ」
「お姉さまみたいに? 無理だよ、私そういうの向いてないし」
「そんなことないわ、私の妹だもの」
そう、私の妹なのだ。
紅茶の飲み方ひとつ教えてくれる人もおらず、毎日同じような服を着ていた彼女は、当然のように作法を教えられ、毎回新しいドレスに身を包んできた私の妹なのだ。
「お姉さまが教えてくれるの淑女の嗜み? 物凄く気の遠くなる作業だね」
「そうね、特に貴女のやる気が無い辺りが」
まぁいいか。礼儀正しいフランとか、もはや冗談にしか感じないし。
それに、そろそろサプライズの時間だ。
「さてと、隠しイベントと行きましょうか」
「え? 何? 私何かフラグ取ってたの?」
いや、貴女はクラッシュ専門でしょ?
「まぁ、まずは前座ね」
私は椅子から立ち上がり、大きくニ回、手を鳴らした。
それだけで呑めや騒げやのこの会場から音が消える。
ああ、今の私すごく主してる。誰か写真取りなさい。このカリスマ急上昇中の姿を。
「皆、私からのクリスマスパーティーは楽しんでるかしら?」
「サイコーでーす!」
「紅魔館ばんざーい!」
「いいぞ! ロリスマ!」
「よっ! 人外幼女!」
うん。みんな酒が入ってるせいで、私への忠誠心の無さが露わになってるわね。
なんかいい感じに全て投げ出して、ベッドに入りたくなってきた。
でもせめてこのサプライズが終わるまでは我慢しよう。
「ここでもう一つ、普段から紅魔館に尽くしてくれているある二人に、私からさらにプレゼントを贈ろうと思うわ」
せっかくのクリスマスなのだ、サンタを演じるのも楽しいもの。
「で、その二人なんだけど……完全に私の事無視してるわよね」
その二人に視線を送るが、全く気付く気配なく、それぞれのパーティーを楽しんでいた。
「かぼちゃのクリームソースパスタ美味しいですね」
「美鈴、さすがの私も一時間以上スルーされると、乙女ハートが切なくなって咲夜泣いちゃう」
美鈴、貴女は体重計が怖くないの? ああ、全部胸部に行くのね。
そして咲夜、貴女はその変なキャラづくり止めなさい。周りのメイドが素で引いてるわ。
「そこで目算百を超える皿の塔を積み上げてる暴食門番と、その門番に無視くらってるダメイド。こっち来なさい」
「むぐ、わはひたひでふか?」
口に物入れたまましゃべるな。
「ええ、そうみたいね。もうちょっと美鈴の食事シーンを見ていたかったけど」
黙れ、この瀟洒という名の変態め。
「そうよ、貴女達。とっとと来いって言ってんの」
「お呼びですか、お嬢様」
例の如く一瞬で姿を現す咲夜。
「は、何用でしょう」
そしてこの広い会場を、まるでスキップするかのような軽さで飛び跳ね、私の前に着地する美鈴。
「貴女達本当に人の話聞いてなかったのね」
もう二人にプレゼント渡すの止めようかしら。
でもなぁ、もうここまできちゃったしなぁ。
「申し訳ありません。これも全て美鈴が魅力的過ぎるのが原因かと」
「え? なんですかそれ! じゃあ私だって咲夜さんの料理が美味しすぎるからですよ!」
こんなとこで惚気んな、本気でぶっ飛ばすわよ。
「はぁ。あのね普段の労をねぎらって、私から貴女達にプレゼントを贈るって言ったの。おーけー?」
「ふむ、プレゼントですか。美鈴の生写真とかならすでにアルバム五冊分所持しておりますが」
「お嬢様、そのアルバムをこの手で廃棄する権利を下さい」
お前らちょっと黙れ。
「アルバムの件は貴女達の問題だから、貴女達で解決なさい。私からは、そうね……まずは美鈴から」
「え? 私ですか?」
きょとんとしてる美鈴に、私はアリスから受け取った物を手渡した。
アリスらしい洒落た包装用紙に包まれたそれを、美鈴はぼけっと眺めていた。
「何してるの、開けなさい」
「へ? あ、はい。でわ失礼して」
丁寧に包装用紙を開き、美鈴はそれを取り出す。
「……えーと、これ、私にですか?」
「そうよ、気に入らなかった?」
「いや、そうじゃなくてですね。なんて言いますか――」
「つべこべ言わない! アリス! 出番よ!」
それを見つめながらおろおろする美鈴に業を煮やした私は、半ば強引にイベントを進めるべく、指を思い切り大きく弾いた。
「ずいぶん無理やりなプレゼントね。まぁそうでもしないと、あの門番さんは思い切りがつかないからね」
遠くで眺めていたアリスがレミリアに視線を送った。すると、どこに隠していたのか、大量の人形がわらわらと現れる。
そして人形たちは、美鈴を取り囲むように集まりだし、美鈴の周りをラディカルでグッドなスピードで回りだす。
「え? なんですか? 何するんですか? ちょ、きゃー」
もはや美鈴はハイスピードで回転する人形の壁で見えなくなり、中で何が起こっているのか分からない状態だった。
「お嬢様、美鈴に何を渡したのですか?」
「すぐに分かるわ」
アリスなら段取りを失敗するようなへまはしないだろう。
「うわあーん、やめてくださ――ちょ、服に手をかけないで!」
「お嬢様、中ですごく卑猥な声が聞こえたのですが」
「うん、大丈夫だから。落ち着いて咲夜」
アリス、まだかしら? このままじゃ咲夜のスカートの裾からチラチラ見えてる銀色の物が、紅く染まるわよ?
その心配は無用だったようで、人形の動きは徐々に速度が下がっていく。どうやら終わったらしい。
「ええ、ちょっとまって、こんな恰好で……」
美鈴が何か言ってるが、時すでに遅し。
美鈴を取り囲んでいた人形は、用を終えてさっさと去っていってしまった。
そして再び姿を現す美鈴。
「あら、やっぱり似合ってるじゃない」
そこには、さっきまで着ていたチャイナ服は無く、代わりにパーティードレスに身を包んだ美鈴が立っていた。
明るいエメラルドグリーンに深いレッドの彩色は私のリクエストだ。
「うう、あんまり見ないでくださいよう」
美鈴は胸に手を当てるように、胸元を隠しながらおろおろしていた。
「美鈴、その手をどけなさい。せっかくのお披露目なんだから」
まぁ隠したくなる気持ちも分かる。なんせそのドレスは。
「お、お嬢様、いくならなんでもこれ……開きすぎじゃないですか、ここ」
私のリクエストそのニ、目一杯のぎりっぎりまで胸元を開かせてみました。
なんせ着るのは美鈴なのだ。ならばそこを強調しないでどうする。
ちなみにアリスにも意見を聞いたけど二秒で同意してくれた。
「しゅ、羞恥心で死にそうなんですが……」
「大丈夫よ、本当によく似合ってるから。ねぇ咲夜」
「お嬢様あれ部屋に持って帰ってよろしいですか?」
咲夜なんか怖いわよ。特に目が。
「今はダメ、後で本人に直接交渉してみなさい」
まぁ無駄な交渉に終わる予感しかしないけど。
あ、チラッとそんな運命が見えたような。
「さてと、次は咲夜の番ね」
「私ですか? この美鈴を見られただけでも、私は十分満足なプレゼントでしたが」
別に貴女がそれでいいならいいけど、それ以上じろじろ見ると美鈴が発火しだすから止めなさい。
「せっかくだから受け取っときなさい。というわけでアリス、出番そのニよ」
もう一度私が指を弾くと、再び現れる人形たち。
「この数の人形に取り囲まれるのは、少々威圧感を感じますね」
美鈴の時と同じように人形に取り囲まれる咲夜。もっとも美鈴と違い、ずいぶん落ち着いている。
無数の人形の一体が、咲夜に渡すつもりだったプレゼントを掴み、人形の渦の中に消えていく。
「これが私の衣装? また随分と張り切ったものねぇ」
人形の回転が遅くなり、徐々に散っていく。
そこに現れたのは、私がオーダーメイドしたタキシード姿の咲夜。
オーソドックスに白と黒、アクセントにシルバーのイヤリングを合わせてみました。
「どう? 気に入ってくれた咲夜」
「ええ、とっても。後は美鈴が褒めてくれれば、なお良しですね」
ちなみにその美鈴はというと。
なんかぼーっと咲夜を眺めていた。
「どうかしら美鈴。似合う?」
「……え? あ、はい! とっても素敵に瀟洒ですよ!」
ああ、なんて予想通りで期待通りな反応をしてくれるのだろう。プレゼントした甲斐があるわ。
「ほんとに、すごくかっこ良くて素敵ですよ咲夜さん」
興奮した美鈴が咲夜に急接近しながら褒め称えている。もはや自分の胸元を隠すことを忘れて。
「お嬢様、私もう嬉しさが溢れ出そうです。主に鼻から」
いや、そこは我慢しなさい。お願いだから。
ていうか美鈴の胸元見つめんなこのダメイド。
「まぁ喜んでもらえて何よりだわ」
咲夜は自分のプレゼントより、美鈴に大歓喜だけど。
「はい! ありがとうございますお嬢様。このドレス、ずっと大切にします」
「お嬢様、この感謝の気持ち、これからの奉仕で必ずお返しします」
あ、今私の主としてのカリスマが増えた気がする!
ちなみに二人の衣装に、周りのメイドたちが黄色とかピンクの声を上げているが、本人たちはインザマイワールドなので聞こえていないらしい。
私の近くでその固有結界を使うな。砂吐くわよ。
「アンリミテッドラブラブワークス発動してると聞いて野次馬しに来たわ」
「パチュリー様。お体大丈夫なんですか?」
「あら、パチェ。ダンスはもういいの?」
いつの間にかダンスホールからパチェと小悪魔が戻っていた。
「ええ、もう十分よ」
「十分ていうか、まさかタップでフラワリングナイトを踊るとは思いませんでしたよ」
え? なにその重労働。体に差し支えるとかそんなレベルじゃないわよ。
私の持つパチェの認識が急変してる。
「物凄く見たかったけど、まぁいいわ。ところで咲夜、美鈴。貴女達も踊ってきたら? せっかくの衣装だし」
「そうね、踊ってくれるかしら? 美鈴」
「ちゃんとリードしてくださいね?」
そう言って美鈴は右手を差し出し、咲夜はその手を取る。
そして二人は姿を消した。ダンスホールへと向かったのだろう。もしくは咲夜の自室のベッド。
ていうか、最後までいちゃついて行きやがったなこんちくしょー。
「レミィにしては、随分と気の利いたプレゼントね」
「自分でもそう思うわ。まぁ二人とも笑ってたし、それでいいでしょう」
もっとも咲夜の笑みはどこかやらしさがあったが。
「そうね。それじゃ私からレミィへ、プレゼントよ」
「え? 私に?」
ふむ、今日は一日サンタのつもりだったから、貰うことは考えてなかった。
「どうぞ、お嬢様」
そう言って小悪魔が私に一冊の本を取り出す。
「書き上げた直後の『紅白と蒼白の巫女』最新刊よ。小悪魔の解説付きレミィ限定特装版」
「パチェ、吸血鬼を寝不足にするつもり?」
聖なる夜に友情を確かめた私だった。本の内容は性なる夜っぽいけど。
パーティーはもう後半に差し掛かってる。
先ほどからダンスホールででかい声援が途絶えない。
あれほど目立つ格好をしたバカップル、しかも二人の事だからさぞかっこよく踊っているだろう、間違いなくホールの主役をやっているに違いない。
そしてパチェと小悪魔は、もう十分騒いだからとの事で、一足先に引き上げると言って会場を後にした。
あの曲をタップで踊ったパチェの体が若干心配だった私としては、早めに休んでほしいと思う。
ちなみに、二人の去り際に私からプレゼントをお返ししといた。
パチェは、最近万年筆の調子が悪いと言っていたので、新しい万年筆を。
小悪魔には、ありがちだが詩織をプレゼントした。
二人とも二人とも素直に礼を述べたあたり、今日はもう私をいじって遊ぶつもりはないらしい。
そして、この場に残ったのは私ともう一人。
「……」
先ほどから無言のジト目で私を睨んでいるフラン。
「何かしら? フラン」
「……別に」
いじけてる。これ以上ないくらい分かりやすくいじけてる。
「なに不貞腐れてるのよ」
原因は自明の理なのだが、頬を膨らます妹を可愛いと思ってしまう姉馬鹿な私は、もう少しフランをいじめた。
「……咲夜と美鈴には衣装あげるんだ」
まぁそうなるわよね。
「フランも欲しかったら、ドレスが似合うレディになりなさい」
「いいよ、私はメイド服で十分」
それ咲夜が聞いたら機嫌を損ねるわよ。
ますます不貞腐れてしまったフランは、テーブルに置かれた食べかけのタルトに手を伸ばした。
やけ食いはよくないわよ。
さて、もう十分に主としての役目は果たしたでしょう。そろそろ姉としての役目を果たさないと。
「フラン。そのタルトは左手で取りなさい」
私の声にフランは伸ばした右手を止めた。
「……何で?」
不貞腐れているせいか、若干目と言葉が反抗的ね。
「いいから」
でも、今は折れるわけにはいかないの。
意地でも左手で取って貰うわよ。そのタルト。
「むぅ……」
何時になく厳しめの態度を取った私に、フランはしぶしぶ左手を出した。
私はそれを見届けてから、右手のカップを口につけた。
食べかけのタルトは、あっという間にフランの口の中へ。
タルトを喉から落としたフランは、自分のティーカップを手にしようとする。
「フラン、カップを取るなら右手で取りなさい」
また、さっきと同じ態度で私は言うた。
フランは元々右手で取るつもりだったのかもしれない。それでも私は言うた。
フランの目つきが反抗的から、反感的に変わっていくのが分かる。
睨まれている。当然だ、服一つ与えられなかった自分の目の前で、姉の従者や友人たちがプレゼントを貰うところを見せつけられて、終いには訳の分からない高圧的な指導を受けさせられている。
正直に言えば目を逸らしたい。これ以上目を合わせていたら、いつフランが癇癪を起すか分かった物ではない。
なにより、妹にそんな目で見られるのは、辛かった。
でも、今は逸らせない。ここは絶対に引けない。
「……わかった、右で取ればいいんでしょ」
フランは言われた通り右手で、カップを乱暴に掴むと、半分以上入っていた紅茶を全て飲み干し、ガシャンと音を立てカップを置いた。
目つきは相変わらずだ。ここで私がこのままの態度で一言でも発せば、間違いなくフランの最後の糸が切れる。
だから私はフランの目を見据えたまま――笑った。
「ふふ、よく出来たわフラン」
もう疲れた、なんだあの緊張感は。すごく肩が凝った気がする。
これほど緊迫した姉妹のティータイムはそうないだろう。
「……へ?」
一方フランは、突然態度を変えた私を茫然と見つめていた。その間の抜けた声は美鈴みたいよ。
いまいち、フランは何が起きたのか分かって無いらしく、目をパチクリさせている。あ、その顔可愛い。
「いい、フラン。茶菓子やティーフードは左手を、カップは右手を使うのよ。覚えておきなさい」
これくらい紅茶のマナーの一ページめに書かれている事だろう。
だが、私にとっては条件反射になるほど染み付いた常識も、フランは知る由もないとこだった。
「淑女の嗜みってやつ?」
「そうよ、忘れないようにね」
フランは自分の両手を見つめている。
マナーというものをこなした自分の手がそんなにも不思議に見えるのだろうか。
「右でカップ……左でお菓子……」
そう小さく呟くフランに、私は笑みが止まらなかった。
「フラン、嗜みを一つ覚えたご褒美をあげるわ」
「え、ご褒美って……」
相変わらずきょとんとしているフランをしり目に、私は三度目の指を弾いた。
今頃、人形師は「ヒヤヒヤさせるわね、まったく」なんて愚痴をこぼしているのだろうか。
三度現れる人形の群れ、美鈴や咲夜と同じように取り囲まれるフラン。
なるほど、咲夜が美鈴の心配をした気持ちがちょっとわかる。
そして徐々に散っていく人形、少しずつ姿を現すフラン。
「お姉さま、これ……」
「よく似合うじゃない、フラン」
現れたフランの姿は、紅をベースに、左の胸にはバラを模した飾りを、フリルなどは付けずに子供っぽさを抜いたドレス。
「お姉さま、私……なんていうか」
「礼なんか言わなくていいわ、フラン」
そう、礼なんかいらない。私は当然のことをしただけなのだから。
「それより、行くわよフラン」
「え? 行くって、どこへ?」
ふん、せっかく我が妹のドレス姿なのだ、見せびらかしたくなるのは姉として当然でしょう。
「決まってるわ、ダンスホールよ。次はダンスを教えてあげる」
「ダンスか……うん! リードしてね、お姉さま」
フランは右手を私に差し出した。さっきの美鈴の真似だろうか。
「ええ。今日の主役が誰なのか、教えてあげなくちゃ」
私はその手を取った。
クリスマスの主役は決まってる。主役はサンタだ。
繋がれた手から、温もりというプレゼントをくれる。この小さくて真っ赤な衣装のサンタ。
「さてと、役目も終わったし、帰るわよ魔理沙」
「ええー、せっかくだから私たちも踊ろうぜ」
「やめときなさい、今行ってもあの姉妹の踏み台になるだけよ」
「うう、せっかくのクリスマスなのに、帰るのはもったいないような」
「クリスマスだからよ。もう十分騒いだから、最後は二人きりがいいわ」
「え? アリス、今なんて――」
「ほら、行くわよ」
「パチュリー様、なんですかその薬」
「ああこれ? 咲夜と美鈴にプレゼントするつもりだったんだけど」
「渡さなかったんですか?」
「ええ、どっちに渡したらいいか分からなくて」
「何の薬なんです、それ」
「生える薬よ」
「……メイド長じゃないですか」
「意外と分からないものよ」
「で、どうします? その薬」
「小悪魔、シャワー浴びてベッドで待ってなさい」
「え!? 新境地の予感!」
「さて、あれから私と咲夜さんは、突然乱入してきたお嬢様達と、なぜか壮絶なダンスバトルを繰り広げたわけですが」
「ええ、最後は体力の限界まで踊ったものね。まさに甲子園」
「そして大いに盛り上がって幕を閉じたわけです」
「結局引き分けだったわね」
「ええ、そして程よくかいた汗をシャワーで流した所なんですが」
「奇遇ね、私もシャワー浴びた所よ」
「なんでシャワーから出たら、咲夜さんが私の部屋のベッドに入って待ってるんですか?」
「クリスマスはこれから、みたいな?」
「はぁ、聖なる夜でも相変わらずなんですね」
「自分に正直なのが売りなの」
「まったく……そんな咲夜さんにはお仕置きです」
「え? 美鈴、なんかお酒くさい……目が座ってるわよ美鈴あれちょっと距離近くないいやまってなんかこれ逆だと思うんだけど」
「咲夜さん、クリスマスはまだこれから、ですよ?」
「捕食する側がされる側に!」
「さてフラン、毎度ながら何で私縛られてるのかしら?」
「ん? クリスマスだから」
「毎度の事ながら意味が分からない」
「クリスマスのプレゼントは交換するものだってパチェが言ってた」
「ああ、もうオチが読めたわ。でもねフラン、そのドレスはご褒美であげた物だから――」
「いいから黙って横になってよ」
「え!? もう過程や方法などどうでもよくなってるわよフラン!」
「まだまだクリスマスの夜は完じゃないけどね」
凄く面白かったです。
冬コミの新刊楽しみにしています。
頼みますからもっと自重してくださいwww
最近読み返していたところにこれはうれしいw
グレイト!
ビックリしました、久々の投稿乙です!
今回も例に漏れず、まっことニヤニヤさせて頂きやした、あざーっす!