「嘘……もう朝?」
霊夢は朝の寒さと炬燵の温かさと、その両方を感じながら顔を上げた。赤い三角帽が視界に飛び込む。
ちゃぶ台に肘を立てて眉間を押さえながら、「似合ってる、ってねぇ」彼女が呟いた。
部屋の中では雨が屋根を叩く音、木枯らしが窓を撫でる音が響いていた。
霊夢が名残惜しそうに、そして面倒臭そうに炬燵から這い出る。そして彼女は日捲りのカレンダーを、小気味いい音を立てて引きちぎった。そうしてそこに現れた二十四の文字を確認してから窓際へと裸足で歩いて行く。霊夢が窓越しに眺めた空は灰色の雲で覆い尽くされていて、そこから吐き出される雨は心なしか重たげだった。あるいは雪なのかもしれない。しかし曇った窓硝子越しでは、それを確認することは出来なかった。
「サイアク」
霊夢がうんざりといったように囁く。
――私から言いだしたくせに、なんにも用意していないだなんて。
彼女は守矢神社で自分と同じく今日という日――十二月の二十四日――を迎えた早苗のことを考えながら重い頭を抱えていた。昨晩は考え過ぎて眠れなかったのだ。
『でも、大丈夫です。霊夢さんなら、私の欲しいものを、絶対にプレゼントしてくれますから』
優しく微笑む早苗の顔が今の霊夢には酷く意地らしく思えた。その言葉が謎かけのように、抱えた頭に反響する。
なにを用意すればいいのだろうか。
どんなものでも、喜んでくれるのだろうか。
いや、あの言い方はそういうことではなくて、「欲しいもの」それをプレゼントしてくれると、そう言っている。
彼女はふと炬燵に向き直った。相変わらず、赤い三角帽が置いてある。サンタクロースのその帽子である。
「もういいわ。からかわれてるんでしょう、きっと」
そう言うと紅白の巫女は、寒さに赤らむ頬を己が巫女装束の如く一層色濃くした。数日前のことを思い出したのだ。早苗に、その白い腕で抱きつかれたことを思い出すと、どうにも調子が狂った。
この前はやり込められたから今度は仕返しをしてやろう。
「プレゼントなんて、用意しないわ」
そんなことを考える。それは、多少のお巫山戯ならば早苗は許容してくれるだろうという甘えがあったからに違いない。とはいえ、それでは霊夢も負い目を感じる。
だから、「……私自身をプレゼントに、って何考えてるの」都合の良い思いつきを、都合のいい冗談で包み捨てた。
「――でも結局、そんなもんよ」
霊夢は呟くと、今度は曇りを手で拭ってから窓を見つめた。
ホワイトクリスマス、そんな単語が彼女の脳裏に浮かんだ。
~A Threnody for Modern Romance~
空は静かで、それが一層冷涼な日柄を際立たせる。霊夢は箒を手に日課である境内の掃き掃除に勤しんでいた。もっと別の季節ならば、彼女はゆっくりと、時には湯呑を傾けながら、義務とはいえない仕事に取り組んでいたかもしれない。しかしこれ程の寒さにあてられては、なにより素早く掃除を終えるのが得策であると思わざるを得なかった。
かじかむ手をもう片方の手で包みこみながら、がさがさと箒を動かす。無意識のうちに奏でられる箒の音に混ざり、砂を踏む音がした。
「とうっ」
「ちょ、何すんのよ!」
霊夢は背後から突然何かをされた驚きと、聞きなれた声にうんざりしていた。そして頭にかぶせられた帽子を払いのけながら、ニヤニヤと笑っている白黒の魔法使いを睨みつける。
「似合ってるぜ。丁度巫女装束とぴったりだろ」
境内の石畳に音も立てずに落ちた三角帽を拾い上げながら魔理沙が言う。
「宗教とか色々違うでしょう」
霊夢は魔理沙がその帽子の砂を払っているのを眺めながら、箒を持つ手を止め、境内の掃き掃除を中断させた。
「今更だろ。良いと思うんだがなぁ」
「良い、ってなによ」
「サンタレイム」
「馬鹿」
魔理沙は三角帽の天辺についている白いボンボンを弄びながら、首を縮こめて寒さに抗っていた。
「まぁ私だってケチな霊夢にプレゼントなんて期待しちゃいないさ。でもこれがお前に似合うことは、残念ながら否定出来ない。っちゅーことでこれは霊夢、お前にやる」
そう言って、ウェーブヘアを揺らしながら魔理沙は赤い三角帽を差し出した。
解せないというように溜息を吐きながら、霊夢がそれを受け取る。
「はぁ……というか、どうしたのよ、これ」
「ビンゴ大会でもらった」
「ビンゴ大会? なにそれ」
「この前紅魔館でやってたんだよ」
「ふぅん」
「守矢の神様とかもいたぜ」
ピクリ、と霊夢の肩が動く。彼女はその言葉に、露骨なほど心を動かされていた。そこに早苗がいたかもしれないと思ったからだ。
「そ、そう……」
「でも他に知った顔は無かったなー。大図書館に行ったら誰もいなくてさぁ、それでホールに行ったらビンゴ大会やってたんだよ。クリスマスの前祝いっていうか、まーまだ一週間くらいあるけどな。とりあえず内輪のパーティだったってことを後で聞いたが」
「その内輪のパーティでちゃっかり景品をもらって行くだなんて、堂々としたコソ泥ね」
手にした三角帽が想像以上にふかふかとしていて、その温かさを噛みしめがら、霊夢が軽口を叩く。
「人聞き悪いぜ、っと私はそろそろ帰る。寒いしな。なんなら私にお茶を淹れてくれても――」
「ばいばい、魔理沙」
「冷たいなぁ」
「この帽子は温かいわよ」
霊夢が箒の柄に帽子をかけて掲げて見せた。
「まーそれは案山子にでも使ってくれ。今度こそじゃあな」
そう言って魔理沙は寒そうに腕を抱いてから箒に跨り、寒空に消えて行った。
「サンタクロースか」
ぽつり、霊夢が呟いた。折角だから、サンタクロースらしいことをしてみようか、そう思ったのだ。
いつからかは知れないが、霊夢は守矢神社への道程はなるべく自らの足を使って歩いて行くことにしていた。それは早苗が博麗神社へ行く時に必ず歩いてくるからだと聞いたからなのかもしれないし、もしくは単なる気まぐれなのかもしれない。次にこの道を歩く時にどうしているか、それは霊夢自身にも分からない。だからこそ、今の彼女は空を飛ぶのではなしに、地面の上を歩くことにした。袂に魔理沙が押しつけるように置いて行った帽子を隠して。
梢は心持ち白み、落ち葉は踏まれて土と同化しつつあった。霊夢はこれはこれで冬化粧だと、そんなことを考えた。雪こそ降る気配はないが、しかし山に存在するのは間違いなく「冬」であった。肌が感じる寒さだけではなく、目に映る色が、耳に聞こえる音が紛れもない冬であり、それを感じると、霊夢は次第に近づく神社――もとより、早苗の家――に要らぬほどの安堵感を期待してしまう。
澄み渡った湖に近づくと、霊夢は気温が幾らか下がったように感じた。その湖は鏡のようにあらゆる存在を映し出している。立ち並ぶ椚(クヌギ)が広げた手のような枝、その枝の隙間から覗く青くも近い空。そして畔にポツリと建つ神社の孤影。守矢神社は決して社が貧相なのではなければ、何か手入れのなされていないみすぼらしさがあるわけではない。しかし霊夢は湖に映るその影に孤独さだとか、静かな寂しさを感じた。故の孤影。それは恐らく神社の立地だとか神社そのもののせいではなくて、霊夢の内情やら、彼女を囲み、のんびりと葉を落とす椚の樹林のせいなのだろう。
霊夢が緩やかとは言えない石段を登り終えて、くすみ、貫禄を湛えた鳥居をくぐる。そうして彼女ににとっても変わり映えのない境内の景色が現れた。彼女はきょろきょろと辺りを見回し、懸想の相手を探した。境内に早苗の姿は無かった。霊夢は左程残念でもなさそうに、社の横を抜けて、普段早苗たちの暮らしている家屋へと向かった。引き戸の前に立つと彼女の心臓がここを先途とばかりに跳ね上がる。いつもならこんなことは無いのにと悪態を吐きながら、霊夢は胸元に手をやった。さらしを、装束を通じても、掌と指先には鼓動がはっきりと感じられた。
彼女は幾度か躊躇った後に、意を決して戸を叩いた。
「はーい、少しお待ちを」
すぐに霊夢の好きな柔らかく温かい声が、彼女の冷たい耳に届いた。霊夢は袂に手を突っ込むと、素早く帽子を取り出して、それを被った。
ほどなくして、微かな足音が近づく。そして、がらがらと戸が引かれた。
「メ、メリークリスマス」
早苗は目の前に現れた紅白のサンタクロース、らしい巫女を見て目を丸くした。驚いたように見開いた眼を、ふと緩めて、
「ふふっ、霊夢さん、どうしたんです。まだクリスマスじゃありませんよ」
そう言いながら、霊夢の被る帽子の先にくっ付いている白いボンボンに手を伸ばした。
「それは、分かってる。なんかこんな帽子もらっちゃったから、早苗に聞きたいことが出来ちゃった」
「私も用事があるんです。よろしかったら、上がって行って下さい」
早苗は尚もボンボンを弄びながらそう答える。
「うん。お邪魔するわ」
霊夢は早苗の手が気になったらしく、早苗の顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか」
何事も無かったかのように早苗が答えるのを聞いて、
「ぷっ……ふふふ、なんでもない」
霊夢は思わず吹き出してしまう。早苗もそれを見ると満足そうに微笑んだ。
「寒かったでしょう。私はお茶を用意してきますから、霊夢さんはいつもみたいに私の部屋で待っていて下さい」
「分かったわ。でも、今早苗大丈夫なの? なにか仕事とかない?」
「大丈夫ですよ。それに、わざわざ霊夢さんが尋ねて来てくれたんですもの」
早苗の言葉に霊夢は気恥かしくも、嬉しい気持ちを抱いていた。そこに生まれる安堵感は確かに彼女の心を満たしている。それでも、霊夢は物足りない気がしてしまう。我儘だとは知りながら、山道で抱いた「要らぬほど安堵感」に期待してしまう。早苗が静かに廊下を歩いて行ったのを見とめてから、霊夢は早苗の自室へと向かった。
彼女が戸を引いて足を踏み入れると、そこは前に霊夢が訪れた時と変わりない、素朴な和室であった。その部屋は霊夢の部屋とよく似ていた。しかし決定的に違うのは、ここが早苗の部屋であるか否か、である。しゃがんだ霊夢がぼうっと化粧台のほうに目をやると、鏡に自分の顔が映っているのが見えた。そこに映った黒い髪の巫女は未だ頭に赤い三角帽を乗せている。早苗が来るまでこのままにしておこうかと考えた霊夢だったが、浮かれているようで嫌になり、その帽子を外すと、自分の傍に丁寧に置いた。鏡の下には霊夢の見たことのないような化粧道具がいくつか置いてあった。
恐らくは、早苗がたまたま仕舞い忘れたのだろう。霊夢は思う。
この部屋に訪れて、今までに博麗の少女はそういった類の物を見たことが無かったからだ。興味が惹かれて、しかし家探しするような行いを嫌い、霊夢は乗り出してそれを眺めるに留めた。外の世界の化粧道具だろうか。霊夢も少しは化粧というもに興味があったが、今まで見てきた化粧道具と違って、目の前の道具は、魔力にも近い効果があるように思えてしまった。
部屋の戸に手がかけられた音を聞いて、霊夢はすぐさま身体を元の位置に戻して、ちゃぶだいに向き直った。
「お待たせしました」
早苗は微笑を絶やさずにお盆を置き、霊夢の前に湯呑を差し出した。
「ありがとう。うぅ……温かい」
湯呑を両手で包みこみ、霊夢がぽつりと呟く。早苗はお盆を畳の上に置くと思いついたように、
「あ、そうだ。霊夢さん、ちょっと立ってもらえますか」
首を傾げて霊夢に頼み込んだ。
「え、別にいいけど」
霊夢は湯呑を置くと、なんでもない風に立ちあがった。黒い髪の毛が所作の余韻を残して揺れる。早苗は霊夢の後ろに回り込むと、その揺らめく黒髪ごと、霊夢を抱きしめた。
「なっ、なに、するのよ、いきなり」
いきなりのことに霊夢は動けなかった。口も上手く動かず、言葉は途切れ途切れだった。自身の胸の前で組まれた早苗の掌に自分の心臓の拍動が伝わってしまうのが恥ずかしかった。そしてその恥ずかしさが、更に心臓の拍動を活発にさせる。しかし彼女は同時にいつまでもこうしていたいとも思った。霊夢の無意識のうちに、彼女の手が早苗の腕に伸びる。霊夢は触れたその白い腕が想像以上に冷ややかだと思った。それは霊夢の身体が、嫌なほどに火照っていた証拠だった。
「ちょっと待って下さいね。……ふむふむ」
霊夢の心など露知らず、早苗は何やら考え事をするように視線を泳がせていた。しばらくして、抱擁が解ける。
「えへへ、ごめんなさい、いきなり。嫌……でした?」
「そんなことは……ないけど」
俯きがちに霊夢が答える。二人は再びしゃがむと、ぎこちなく向き合った。
霊夢は何がなんだか分からずに、素直に喜ぶとか、恥ずかしがることが出来なかった。その結果がこのふくれっ面だった。
「えと……霊夢さんの用事っていうのはなんです」
早苗の言葉が、霊夢を我に返らせる。
「…………そうそう」
霊夢は脇に置いた三角帽を手にとると、「プレゼント、聞こうと思って」蓮っ葉に言う。
「サンタさんのプレゼント、ですか」
「まぁ、そんなとこ」
彼女はそう言いながら、再び帽子を被る。
「そうですね……」
「よっぽどの物でなければ、なんでもいいわよ。一番欲しいもの、教えて。蓬莱のなんちゃらとか烏の子安貝とかそういうのは無理だけど」
「ふふっ、そんなのいりませんよ。えっと、でも、恥ずかしいので言わない、っていうのは、ありですか」
早苗が少し頬を赤らめながら答えた。
「なによそれ」
霊夢が尋ねるのに早苗はすぐには答えず、一度深く息を吐いてから、
「でも、大丈夫です。霊夢さんなら、私の欲しいものを、絶対にプレゼントしてくれますから」
ようやく答える。
「物より、誰からもらうということが大切、とかって言いたいの?」
霊夢はそう言ってから胸が熱くなるのを感じた。それでは自惚れているような気がしてしまったのだ。
「それもそうかもしれないですが、私の言っているのはそういうことじゃないんです。私の欲しいそれは、プレゼントであることに違いありませんから。ふふ、ごめんなさい、上手く言えなくて」
照れ隠し、という言葉が似合う笑みを湛えて、早苗は前髪に手をやった。無意識のうちの動きだったかもしれないが、早苗が前髪を払う仕草が、霊夢の目にはとても大人びて見えてしまった。
「うぅ、どういうことよ。それじゃ、早苗も私が欲しいもの、プレゼントしてくれるの?」
霊夢は思いがけず、そんなことを口にしていた。唐突に抱きつかれてからというもの、戸惑いがちな頭で、拙い事柄を考えるのが精一杯だった。
「それは約束出来ませんが、喜んでくれれば、私も嬉しいです」
「早苗がプレゼントしてくれるなら、なんでもいいわ」
霊夢の口から、そんな言葉が飛び出す。
「……ありがとうございます」
霊夢が俯いてしまったのに倣って、早苗も俯き、静かに呟いた。
その後の二人は、ちぐはぐに、それでも心地よい時間を過ごした。寒い空の下、温かい部屋の中で。
化粧台の上に、化粧道具は今も置いてある。それを眺めて、霊夢は早苗も用事があると言っていたことを思い出した。しかし今更、それを尋ねることは出来なかった。
早苗はその夜、山を降りて慣れない道を行き霧の湖の畔の紅い屋敷へと赴いた。彼女はこちらに来てからは久しく着ていないダッフルコートを羽織っているものの、下はいつもの緑の巫女装束。そのアンバランスさが新鮮で、胸が弾んだ。門の前で眠そうにしている門番に用件を言うと、彼女はすぐに中に通された。室内は暖かく、早苗はコートを脱ぐと右手に抱えた。彼女はこれが紅魔館への幾度目かの訪問だったが、毎度のように屋敷の内装に、もとより屋敷自体に見惚れていた。紅い、窓の少ない屋敷はいつか少女が夢見た世界を連想させる。中世の豪華な屋敷、華やかなドレス、王妃王女、艶やかな微笑み。小さい頃に、誰もが夢見る特別な世界。事実その世界にあったであろう荒み黒々とした退廃的な側面には目を瞑って――。
「お待たせしたわね。あちらの部屋ですわ」
「はい。お願いします」
待合室でぼんやりと昔のことを思い出していた早苗は、メイド長の声で夢見心地の現実へと引き戻された。間違いなく、早苗は大きな屋敷にいて、目の前にはメイドがいる。早苗はメイド長のその声から、どうしてかグラスベルを連想した。そしてそれを感じると共に、近づくクリスマスを意識するようになる。それなのに彼女の心は冷めていて、もといひどく冷静で、子供の頃の狂信的なクリスマス信仰はどこへ行ったのかと、早苗はそんな不安に駆られていた。
早苗は咲夜の後ろを着いて行き、廊下の外れの部屋に通される。
部屋に入ると咲夜が早々に、
「では、いきなりで申し訳ないんだけれど、早速採寸するわね」
そして、「時間が足りないの、本当に」独り言のように付け足した。
「それなんですが」
早苗は腕に抱えているコートのポケットからメモを取り出して、咲夜に手渡した。
「この採寸で作ってもらえませんか?」
「あら、準備がいいのね」
咲夜が言いながら早苗からメモを受け取る。二度、三度と目を通しているようだった。
「これ、貴方のサイズ?」
不思議そうな顔でメイド長が早苗に尋ねた。
「い、いえ。違います」
「そうよね……バストとか、もう少しありそうだし――でも、良いのかしら? 貴方がビンゴ大会で当てたのでしょう?」
「紅いドレスは、紅いドレスが似合う人に着てもらうべきだと思いまして」
恥ずかしそうに早苗が言う。それと同時に早苗は、自分で夢を叶えるチャンスを潰しているということも自覚していた。大きな屋敷で、華やかなドレスを着てパーティへ――。だから早苗は、恥ずかしげに笑う他出来なかった。それでも、抱きついた霊夢の感触を思い起こすと、それで正しいという気もしたのだ。
「ふむ、お嬢様の前では、誰でも同じですわ。なんていう冗談は置いておいて、その人って差し詰め博麗の巫女あたりかしらね」
「………………ちょっとサイズはアバウトかもしれないですが」
「その割に、大分細かく書いてあるけれど」
咲夜が不信そうにメモを見返す。
「はは、予想込み、ですよ。大方間違いないとは思います」
その自身に特に根拠があったわけではなかったが、霊夢と早苗はほとんど背丈も変わらなかったし、もとより早苗はそういった勘が冴えていた。ただその方法として、抱きつくというのが正解だったのかは早苗自身でも良く分かってはいないが、今でもその感覚や、距離感がそのまま思い出せるということは、あながち間違った方法でも無かったのかもしれない。
「分かったわ。引き換え券はあるわね」
「はい」
早苗はコートのポケットに再び手を突っ込むと、縁に綺麗に装飾の施された、真紅のカードを取りだした。
――紅魔館クリスマスパーティ特別招待券。
もちろん、パーティ自体は誰もが自由に参加できる。もとより、ビンゴ大会は内輪の催しだったのだから、このカードの意味はもっと特別な、特権的な意味合いに帰結する。裏には細々と、様々な要項が書かれていた。その一つが、真紅のドレスを特注してくれると、そういうものだった。
咲夜はカードを受け取ると、裏を向けてそこに何かを書き込んだ。咲夜の手にする瀟洒な羽ペンの動きが止まると、メイド長はそのカードを再び早苗に手渡した。
「……この忙しい中に、またお仕事が増えてしまったわ。貴方、ドレスの採寸するわよ」
「え、どういうことですか」
早苗がちらとカードの裏を見ると「Dear,」に続けて、二人の名前が記されていた。それは霊夢と、早苗の名前。
「気を利かせて、貴方のドレスは貴方の好きな色にしてあげても良いのだけれど、面倒だから紅色にするわね。博麗の巫女と、二人揃ってお嬢様の前に霞んでしまえばいいのだわ」
口ではそう言っていたが、咲夜も決して嫌な気がしていたわけではない。咲夜はただ、門番だとか、妖精メイドのもとへこのカードがいかなくてよかったと、そんなことを思っていた。
「あ、ありがとうございます!」
目を輝かせて、早苗が言う。二人紅いドレスで、ダンスホールに舞う姿を思い浮かべた。
そして彼女は忘れていた気持ちを取り戻した。ネオンの光、イルミネーション、それよりももっと尊い、この季節の楽しみ方。
その日を待ち望むという気持ち。
理屈でサンタクロースが信じられなくても、心のどこかでサンタクロースを信じている年頃のような、そんな気持ち。
だからその日が待ち遠しくて、大切な日になる。
敬虔な信仰よりも何よりも、ただ胸の高鳴りが答えだった。
ひょっとしたらそれを童心といい、それこそが霊夢と過ごす特別な日に、必要なものだったのかもしれない。そんなことを早苗は考えた。
・
イヴの夕方、雪はその勢いを強めて、早苗が窓から見る景色は一変して真白になった。彼女は神奈子と諏訪子が出かけてしまい、静かになった家の中で雪の降り積もる音を聞いていた。透き通った冬の空気は遠くの音でさえ伝えられるようだった。早苗は押し入れを漁り、或るブランドの鞄を取り出した。今日だけは普段使っている手提げ鞄ではなしに、ろくろく使わなかったこの鞄を使おうと思ったのだ。大よそ早苗の年齢には不釣り合いなマトラッセは、彼女が祖母からもらった物だった。彼女はチェーンの手触りに懐かしさを噛みしめながら、それを肩にかける。少女はふと、眩いイルミネーションと、幻想郷に存在するどんなに高い木すらも見下ろすビルの群れに囲まれる錯覚に陥った。目が痛くなるほどに煌びやかなイルミネーションを、一晩中帳の降りることのない世界で。浪漫という言葉に憧れて、懸想の相手と目に見える全てを噛みしめる。早苗にとってそれが現実的な夢だった。本当の理想であるところの夢――上等なドレス、大きな洋館、ダンスパーティ――は、現実になりそうなのに――。
いつかよりは、この鞄が似合う女性になっているだろうか、そう思って早苗は鏡を見つめた。和風の部屋にこの格好では、どうにも不恰好だった。苦笑して、それでもそれを再び押し入れに戻すようなことはせずに、早苗は身支度を始めた。この日のパーティの為にわざわざ外の世界から入手した化粧道具を仕舞う。ひょっとしたらメイクアップは屋敷のメイドがしてくれるかもしれない、そう思ったが、それでも手は止まらなかった。
夢中になっている最中、扉を叩く音が早苗の耳に飛び込んだ。
霊夢さんかしら、そう思って、彼女は高鳴る胸に手を当てた。現人神の少女がコートを羽織り、鞄を手にして、玄関へと駆ける。クリスマスは神が人として生まれたことを祝う日か、そんなことを思い出して早苗は苦笑いを浮かべる。現人神も乙女には違いなかった。
僅かな距離にも関わらず息の上がった不自然さすら心地よく思いながら、早苗は扉を引いた。霊夢が硬い表情をして立っていた。
「早苗、えーと……メリークリスマス」
「はい、メリークリスマス、です」
「あ、あのさ早苗」
霊夢が戸惑いがちに口を開く。
「なんですか?」
「やっぱり、いいや」
早苗は口を閉ざしてしまった霊夢の腕を掴むと、「それでは、行きましょう」
「え、行くって、どこに」
「夢見るクリスマスのど真ん中へ、です」
早苗の舞い上がった昂りは最高潮で、満面の笑みをもって霊夢の手を引く。霊夢も早苗の笑みに釣られて、ようやくその凝り固まった表情を緩めた。
霊夢は自分の情けなさに失望すると共に、早苗の天真爛漫さに半ば呆れてもいた。早苗のそれはあるいはイベント故の特別な状態なのかもしれないが、霊夢は自らが器量の悪く、優柔不断なように思えてしまう。
それでもこうして早苗の元へ来ることが出来たのだから、霊夢にとっても今日という日は大切な日で間違いなかった。黒髪の少女は、早苗の格好がいつもと違うのが気になって、ぼうっと彼女のことを見つめていた。ダッフルコートなど霊夢は今までに見たことが無かったし、早苗が肩にかける鞄がなんというのかも想像がつかなかった。それでも霊夢は早苗のその姿を見ると、時折彼女に感じる大人びた魅力の説明がつく気がした。それに対して、いつもと違うといえばマフラーくらいである霊夢はますます落ち込みそうになった。
早苗はきっと、あの鞄にプレゼントを入れているのだろう。対する私は何も持っていないというのに。――これではいけないと首を振り、自分を信じて胸を張る。霊夢の出来る精一杯がそれだった。
早苗は昂揚感で、霊夢は鬱々として道程をはっきりとは覚えていなかったが、日の沈みきった頃に二人は紅魔館の前へと辿り着いた。外観からも華やいでいる窓の無い館を見て、霊夢はここに連れてこられた理由を理解した。魔理沙の話を思い返せば、今日パーティが催されるのは当然といえた。納得すると同時に、霊夢の心にも昂揚感が芽生える。
今日ばかりは門番の姿もなく、そのまま二人は屋敷へと入った。幾らか稚拙な飾りつけのなされた室内には、格式あるパーティというよりはホームパーティのような趣がある。しかしその規模たるやホームパーティなどの比ではなくて、故にこのパーティは早苗の理想との邂逅になり得た。
「約束の時間よりも早いのね」
玄関のホール、薄らと明度の落とされた証明の下、咲夜が二人の元へと歩いてきた。
「はい。遅刻よりはいいと思いまして」
「そうね全く。それじゃ、貴方はあっち、紅白は私と一緒にこっちの部屋に来て」
「え、どういうこと?」
霊夢が目を丸くして尋ねる。
早苗は悪戯に笑って、
「ふふ、それでは、また後で」
とだけ口にした。
外の世界の浪漫に別れを告げ、幻想の浪漫と出会う、その時だった。
霊夢は自分の置かれている状況が理解出来なかった。
咲夜をはじめ数人の妖精メイドが霊夢の着付けを担当した。そしてそれに合わせて、霊夢は始めて本格的な化粧というものを体験した。鏡を見て、まだ目の前を信じることが出来なかった。手際の良い咲夜たちに面喰い、一切の発言が出来なかった霊夢は全ての身支度が終わってから、コルセットに息苦しい思いをしながらようやく口を開いた。
「ねぇ、どういうことなの」
「どういうって、見ての通りじゃない?」
「いや順を追って」
霊夢は壁に掛けられたロマンチックな装飾のされた鏡で自らを、つま先から頭の先までを舐めるように眺めた。月並みにも、それが自分だとは思えなかった。
黒髪はアップにされ、薔薇の髪飾りが付けられている。
ただでさえ白い肌はいつもよりきめ細かく煌びやかだったし、涼しい目元はきりりと、鋭くも妖しい輪郭を放つ。チークがほんのりと上品な薔薇の色をしていた。いつもと同じリボンが無ければ、それこそ本当に別人のよう。
霊夢は首を回して背中のほうに目をやろうとする。首に違和感があり、そこでラインストーンのあしらわれたチョーカーの存在に気がついた。その様子を見て、二人のメイドが、全身の映るくらいのスタンドミラーを霊夢の背中まで持ち寄った。
背中は霊夢の思っている以上に開いていて、その下、腰に大きなリボンが付いている。パニエがスカートを大袈裟な程に広げて幾重にもなったフリルが更に自らを主張していた。
紅いドレス、紅い唇、それを見ると、霊夢はまるでお伽噺か何かじゃないかと錯覚するほどであった。
「彼女になにも聞いていないの?」
咲夜は尋ねるが、無論その答えは「聞いていないわよ」であった。
「なら、私はなにも言わないわ」
「なんで」
「ところで苦しくない、コルセット」
「大丈夫だわ、ってねぇ咲夜」
そこで咲夜は、真紅のレースグローブと手提げ鞄を霊夢に手渡し、
「私が言えるのは、メリークリスマス、そしてよかったわね、くらいですわ」
妖精メイドたちに合図して、霊夢を部屋から送り出した。
「なによそれ」
「先に行って、彼女のことを待っていてあげなさい」
咲夜はなにも知らない風に言った。
「わ、分かった。色々とありがとう」
「……どういたしまして」
これが早苗からのプレゼントだというのなら、あまりにも豪華。そして霊夢は早苗の姿を思い浮かべる。私がドレスなんだから、彼女は――。まさかタキシードではないだろうけれど、と、彼女はそんな妙なことを考えてしまった。
――私がリードされるの? それとも、私がリードしなくちゃいけないの?
例えば、パーティの中でもしもダンスを踊らなくてはならなくなったら、どうすればいいのか霊夢には皆目見当が付かない。彼女は洋舞には親しみが無かったし、そもそもそれらのソシアルダンスを男性と女性とで踊るものであるという概念も無かった。だから少なくともダンスという場面に於いて霊夢がリードするということは無理だった。それでも洋装の巫女は健気に自分の尽くせる方法を考えている。
先程スタンドミラーを運んでいた妖精メイドたちが霊夢を先導した。入った側とは違う扉から廊下に出される。その廊下は真暗で目を凝らさないと、霊夢は先を行く姿を見失いそうであった。
しばらく行くと霊夢の耳に喧騒が微かに聞こえ始めた。すると恐らく、この廊下は大広間へと繋がっているのだろうと彼女は予想した。足音の反響が大きくなって、霊夢は広まった場所へ辿り着いたことを知った。妖精メイドのうちの一人が蝋燭に灯を灯し、もう一人が霊夢の身なりをもう一度チェックしていた。
仄暗い灯りに照らされ、控室のようなそこの全貌がおぼろげに浮かび上がる。部屋の隅に椅子があるのを見つけて霊夢はそこに腰掛けようとしたが、一人のメイドによってそれを制される。仕方ないので、代わりに彼女は部屋を見回した。壁には名前も知らない名画がかけられて、飾り机に置かれた花瓶には薔薇が差してあった。奥に重々しい扉があるのが見えて、今や大きく聞こえる喧騒を思うと、その扉の向こう側でパーティが行われているのは想像に難しくない。
足音が反響していた。
洞窟のような廊下の奥から、ヒールが廊下を叩く音が聞こえる。それを聞くと霊夢は身を固くした。反響の先に、早苗がいるだろうと考えると、彼女は自分の姿が不格好じゃないかと不安になった。
霊夢はどれが反響のコーラスなのかどれが元の足音なのか、全てをはっきりと聴き分けられた。つまりそれだけ、足音は少女の元に近付いていた。こつん、と足音が止まり、反響も仄暗い闇に吸い込まれる。霊夢は暗闇の向こうに、その人の息遣いを聞いた。
「待たせちゃい……ましたか?」
早苗の声を聞くと、霊夢は一度目を瞑った。全てが上手くいくように、信じないほうの神に祈りを捧げた。
「全然待っていないわよ」
そう言いながら、早苗のほうへと向き直る。
霊夢の視線に入ったのは、自分と僅かに違う装飾の施された、やはり紅いドレスを身にまとった早苗であった。
ティアラの輝きは暗がりでも眩しく、髪型はいつもと変わりなかったが、それなのにいつも以上に艶かしい波を打っていた。
鎖骨が白い肌に影を持ち寄る。そして緩やかな丘陵に続く肌が蝋燭の灯のお陰で一層影とのコントラストを強めた。ただ一つ、霊夢が気に食わなかった部分といえば、早苗のドレスの胸元が、自分のそれよりも開いていたことだけだった。
それ以外に、霊夢は文句のつけ所を見つけられなかった。早苗の姿が完璧だと思ったのだ。なにより、自信に満ちた瞳のせいであろう。触発され、霊夢も今一度胸を張り、早苗の姿に釣り合おうと努力した。
妖精メイドは早苗と霊夢に合図をすると、仰々しく、重い扉に手をかけた。
「ねぇ早苗」
「なんですか、霊夢さん」
二人は言葉を交わしながら、その距離を詰めた。
肩と肩がぶつかりあって、ようやく二人は動きを止める。
「後で沢山、聞きたいことがあるわ」
「ふふ、いくらでも良いですよ。でも、それよりも、なによりも――」
早苗は肩に掛けてある、小柄なその鞄のことを思った。白い姿は、真紅のドレスに一見似合わなさそうだったが、身につけてみるとシルエットを流麗に引き立てた。
結局、中に仕舞ってある化粧道具が使われることは無かったが、それでも早苗は今日までの日々を思うと、それらが無駄になったとは思わなかった。
彼女は再び、鞄のチェーンを握りしめた。その鞄の生まれ故郷の言葉を早苗は多くは知らなかったが、外の世界の多くの同年代の少女のように全く知らないわけでもない。早苗がそのうちの一つを思い出す。
言葉を深く理解しているわけでも、文化を深く理解しているわけでもない。しかし、小洒落た心地になるのには、十分ではないだろうか。
「――Joyeux Noel ! 」
メリークリスマスと、早苗が微笑む。
霊夢はなにも言わずに早苗の腕に自らの腕を回した。
蝶番の悲鳴と共に、大きな扉が開かれた。
ホールの煌やかな照明が二人の目には眩しかったが、その眩しさこそが喜びなのかもしれない。
この世にこれ程素晴らしいクリスマスパーティが存在したのかと早苗と霊夢は至福感に浸っていた。知った顔を見かければ、決まったように茶々を入れられて、二人は決まったように頬を赤らめた。それでも、それが気にならないほどに満たされている。メイドたちのオーケストラ演奏をバックにした立食のビュッフェを終えて、次は舞踏会が催されるのだという。二人はその準備の間、ホールを出て、人影の見当たらない時計台のところまで上がって行った。
屋根のせり出したテラスに二人が並んで立っている。
妖精メイドの多くは咲夜の挨拶が為にホールに残り、他の来客たちは満腹のお腹を動かすのが億劫でホールに残っていた。
雪化粧をした山の影を眺めながら、早苗は霊夢に寄り添った。ドレスが汚れるのを嫌って二人ともしゃがもうなどとは思わなかったが、しかし慣れないコルセットのせいで身体が悲鳴を上げているのも事実である。そんな苦痛すらも、二人にとっては夢のように思えた。吹き抜ける風はやはり冬のもので、その冷ややかさが火照った身体には丁度良い。
「早苗、これって全部、貴方が準備してくれたの」
そっと、霊夢が呟いた。
「私はただ、ビンゴで特賞を当てて、それだけです」
「でも、私さっき魔理沙に聞いたわ。特賞は特別招待券。それの特典は一人限定だって」
たまたま早苗と離れていた時、丁度魔理沙が霊夢のもとに来て、目敏くそのドレスのことを話していったのだ。
その時の霊夢は、どうして早苗がビンゴ大会に出席していたのか疑問に思っていたが、その後に諏訪子と遭遇して説明された。要するに、諏訪子と神奈子がこのパーティに手を貸していたらしい。
完全に神違いである。
「そうです。だから私、始めは霊夢さんにそれをあげるつもりで」
「え、そう、だったの……。嬉しい」続けて、「じゃあ、まさか……咲夜が?」
霊夢は信じられないと言ったように声をあげる。
「そうです。咲夜さんが、私の分まで用意してくれたんです」
早苗がはにかみながら微笑む。
「うわ、予想外――ってそういえばこのドレス、ぴったりなんだけれど、どうしてよ」
「えと……あの、覚えていますか、あの日のこと」
「あの日、って…………あ」
蝋燭に火が灯ったかのように霊夢の頬が赤くなる。
「いきなり……抱きついちゃった日のことです」
「そ、そう、ね。まさか、あれで?」
「……はい」
早苗は一層霊夢に体重をかけて寄りかかり、俯いたまま頷いた。
あの日に言っていた「用事」とはこのことだったのか、霊夢は納得出来るような、出来ないような気持ちでいた。
「そうだったのね……。えっと、私、はっきりと言わなくちゃいけないことがあるの。こんなに素晴らしいプレゼントをもらっておいて、こんなことを言うのは凄く自惚れていると思うけど」
「なんですか?」
ティアラをした洋装の巫女は、顔をあげて霊夢の顔を覗き込んだ。霊夢は早苗から目を逸らそうとしているのか、時計を見上げていた。
そのままの格好で、霊夢は着付けの時に咲夜に持たされた手提げの鞄に手を入れる。そして魔理沙に押し付けられた帽子を取り出して、髪型が崩れぬよう、浅く被った。
「メリークリスマス、早苗。これが、いじけた私からのプレゼント」
声色はすこしつんけんしていたが、表情はそれほどでもない。言ってから霊夢は早苗の方に視線を向けた。顔を少し回しただけで、その顔が目の前に現れたので霊夢はどきりとしてしまった。
「………………えぇ、それ、です」
早苗が囁くように言う。
「え?」
「私、浮かれてしまっていて、霊夢さんに失礼なことを言ったかなと反省していたんです。何かが欲しいとかじゃなくて、もちろん何かがもらえれば、それはとても嬉しいですけど。ただ、こうして二人でいられる時間は、それだけで掛け替えのない贈り物だと思って――私が言っても、説得力が無い気はしますけど」
スカートを摘まんで、早苗は困ったように笑った。
「早苗は本当に――」
可愛いわ、霊夢は心の中で呟いた。当たり障りのない話で言葉を繋ぐ。
「私凄く悩んだんだよ。変なもの渡しても、無理して喜んでくれそうな気がしちゃって。もちろん、最初からなにも考えていなかったわけじゃないわ。でも、だからって、コレ、っていうものは思い浮かばなくて」
「ごめんなさい。でも、私もビンゴを当てていなければ、霊夢さん以上にプレゼントで悩んでいたかもしれません」
「以上、ねぇ。もう、私の苦労も知らないで」
言って霊夢は早苗の額に人差し指を立てた。
「ふふふ、ごめんなさい」
「良いわ。バカバカしいと思ったけど、やっぱり言う。今年の博麗霊夢から東風谷早苗へのクリスマスプレゼントは」
そこでわざとらしく休符が入った。
「プレゼントは?」
早苗が先を促すと、霊夢は目を逸らすように、再び大時計へ視線をやった。
「…………私、自身、という、ことで――」
そう言って霊夢は早苗から一歩遠ざかった。霊夢に寄りかかるようにしていた早苗は当然のようによろけて、目を丸くした。
霊夢はそれを抱きとめると、拍子に近付いた早苗の顔を食い入るように見つめた。視線を泳がせていた早苗は、しばらくしてからようやく霊夢と目を合わせる。早苗の瞳を確認してから、霊夢は目を閉じた。
それの意味するところを早苗も分かってはいたが、かといってどうすればいいのか、具体的には分からない。早苗が手持無沙汰になった腕を、霊夢の腰に回した。それはそれまでで、二人の時間が止まってしまう。
それでも時計の針は進み、鐘の音が響いた。
二十五日になる。
重い鐘の音は、ジングルベルとは無縁の厳かな鳴動だった。
早苗はその音に背を押されるように、――事実、その鐘の音が胸に響いたおかげで――僅かに傾けた顔を突き出した。
早苗の小ぶりの唇が、霊夢の顔で、一番の赤さを放つ場所に触れる。霊夢の赤いドレスほどに真っ赤な唇は、柔らかく、早苗を受け入れた。
そしてその瞬間、早苗は確信した。
身体の距離よりも、自分が望むのは心の距離だと。
ひたと寄り添った唇に距離は無かったけれど、それでも心の距離は、無では無かった。この行為でそれを知ってしまった。
かといって彼女は落胆するでもなく、今はただその甘美な味に酔いしれた。
いつか離れていても寄り添えるように歩んでいけばいいのだと、そう思う。
長く短い触れ合いの後、抱擁が解けてから、二人は照れ臭そうに微笑み合った。
鐘の余韻が、まだ響いている。
霊夢は早苗の腕を取り、早苗を階段へとエスコートする。
「ダンスパーティ、始まっちゃう」
早苗は霊夢の頭の上の帽子のことを指摘しようかとも思ったが、敢えてなにも言わずにいることにした。
だから、サンタクロースはそこにいる。
「…………はい」
どちらがリードするでもなく、二重奏は奏でられる。
お伽噺のような身なりで、お伽噺のような恋をしよう。
ここは幻想郷なのだから。
モダン・ロマンスの挽歌を奏でよう。
そして、ロータス・ロマンスの讃美歌を――。
「よし、それじゃ、いこ」
霊夢が踏み出したが、早苗は着いて行かずに、その手を離した。
そして霊夢の背後に回り込み、腕を広げて、ふわり包み込んだ。
「ど、どうしたのよ、早苗」
「――――今度は、ココロの採寸です」
二輪の薔薇のような二人は、寄り添い、いつか一輪になる時を夢見ている。
どうしてもこの点数をつけたかったんです。つけないわけにはいかなかったんです
ありがとう、ほんとありがとう。
霊夢さんも早苗さんも可愛くてたまりませんぜ、旦那
上の方も書いてるけど、ちゃんと恋愛してるのが良い。
……恥ずかしいやつらめ!
妬ましくなんかないんだからねっ。
ごちそうさまでした。