閃きとはふとした切っ掛けから思い浮かぶもの。そこに虫の知らせなどあるわけもなく、何の前触れも伏線も存在していない。
十六夜咲夜が唐突にした質問もまた、そんな閃きから生み出されたものなのだろう。
「お嬢様は本当にお嬢様なのですか?」
こちらを馬鹿にする笑いを浮かべながらの問いかけであれば、くだらない質問だと臑を蹴ることだってできる。それなのに、このメイドは進退伺いでもするかのように真剣な表情で訊いてくるのだ。
レミリアとしても、真面目に答えざるをえない。
「私がレミリア・スカーレットでないとしたら、誰がレミリア・スカーレットなのかしら?」
「しかしお嬢様」
廊下を歩く主従。妖精メイド達は道を空け、畏怖と尊敬が籠もった眼差しでレミリアを見つめていた。時折聞こえてくる寝癖という単語はきっと、咲夜に対して向けられたものなのだろう。
特に理由はないが手櫛で髪を整え始めたレミリアの背中に、咲夜は更なる問いかけをぶつける。
「お嬢様には羽がありますよね」
「あるわね」
「お嬢様は吸血鬼ですよね」
「そうね」
「お嬢様は可愛らしいですよね」
「それを私に答えろと言うのは些か酷な話だけど、答えはイエスだ」
世知辛いこの現代。溢れ気味の自尊心が無ければ、やっていくのもままならない。
時を止めたらしく、目蓋を開けてみれば目の前に咲夜の顔が近づいていた。背中にかかる慣性の法則は容赦なく、ああこれが完成の法則なのですねという小ネタが脳内をよぎって学術の門をくぐっていった。
そして触れあう唇と頬。咄嗟の反射神経は吸血鬼ならではのもので、これが親友の魔女だったら、キスから始まる恋もあるなどと腰に帯を付けられていることだろう。
もっとも、そもそも身長差のある二人。わざわざ屈んできたぐらい芸の細かい咲夜が、唇を狙ったのなら今頃はちょっとしたガール・ミーツ・ガール。おそらく最初から頬がターゲットだったに違いない。
「私はふと思ったのです」
先程のキスは忘れたように、真剣な表情で言い切る咲夜。気持ちを切り替えるのは大切なことだが、いかんせんレミリアの気持ちはまだまだ切り替えられていなかった。それでも話は強引に進められる。
「共通点が三つもあるのなら、それはもう同一人物と言って過言ではない」
「過言よ」
「お嬢様はひょっとしたら妹様なのかもしれません」
「聞きなさいよ」
レミリア=フランドール説を思いついたのは、この十六夜咲夜ではなかった。外の世界の著名な学者達も挙って証明しようと挑み、その度に挫折と苦悩を味わってきたのだ。この証明に人生を狂わされた人の数は、それころフェルマーの最終定理をも超越すると言われている。
幻想郷でもこの証明に関わったものは多く、かの稗田阿求でさえ「寿命が短いんだから余計な問題を持ち込むな」と言わしめた程だ。八雲紫もこの証明には苦戦し、冬眠しているのは起きたら答えを考えなくてはならないからだと言われている。
数々の知識人を葬り去ってきた以上、レミリア=フランドールという説はただの妄言でしかなかったのだろう。到底、たかがメイドごときに解けるような代物ではない。
「大体、私がフランドールだっていう証拠はどこにもないでしょう」
「ありますよ」
歴代の学者達が絶望を味わってきたという難問を、さも簡単だとばかりに言い切る咲夜。
あまりの呆気ない言い方に、レミリアも開いた口が塞がらない。
しかし気が付いた。これはハッタリだと。
出来もしないことを出来ると言って、こちらを混乱させているのだ。その心の隙につけ込んで、さも証明したかのようにねじ伏せる。詐欺師の基本戦法だ。
「なら見せてみなさい。その証拠とやらを。ただし、生半可なものでは私を納得させることはできないわよ」
「承知しております」
そう言うや否や、咲夜はいきなり膝をついた。一秒で挫折したわけでもあるまいに。
どうしたのかと思っていたら、いきなりスカートをめくりあげてきたのだ。
これにはレミリアも驚きを隠せない。スカートがめくれてもいいのは通気口の上だけだと、マリリン条約で決まっているのだ。
「な、なにするのよ!」
「確認の為です。お嬢様のはいているドロワーズが、実は妹様のものであることの!」
「なっ!?」
咲夜の言葉に落雷が落ちた。
どうりで、今日はドロワーズの滑りが悪いと思った。サイズが微妙に違うのならば、その理由にも納得がいくというものだ。
しかし、しかし。
「確認したところ、お嬢様のはいているドロワーズは妹様のものでした。これ即ち、レミリア=フランドールだという何よりの証! ドロワーズは万物を結びつける礎であるという言葉。よもや、お忘れではないでしょうね?」
「くっ……」
まだ若かりし頃のレミリアが提唱した、ド・ローワズの証明。
万物はすべからくドロワーズによって証明されるというもの。そして、大概のカタカナは間に『・』を挟めば方程式や証明の名前っぽく見えるという。
まさか自分の唱えた証明が、こんな所で活用されるとは思ってもみなかった。
「どうですか、お嬢様」
「た、確かにあなたはドロワーズで証明をしてみせたわ。でも、肝心なことを忘れているのではないのかしら?」
苦し紛れの発言ではあるが、咲夜の表情を曇らせるには充分だった。
くるくると弄んでいたドロワーズを握りしめ、訝しげな表情でちょっと待て。いつのまに盗った、この野郎。
スースーするじゃないかと、スカートを抑えながら怒りの表情でレミリアは言い放つ。
「フランドール・スカーレットはもう既に存在している。故に、私がフランドールであるはずもない。それとも何かしら、あなたはフランに私のドロワーズをはかせたの?」
「なんだ、その事ですか。それならば、ドロワーズをはかせるまでもない事です」
握りつぶしたドロワーズを更に手の中に押し込め、次の瞬間には手の中から鳩が飛び立っていった。これには窓の外を飛んでいた手品師の方々も拍手喝采を送るしかなく、紅魔館の廊下に咲夜を称える音が響き渡っていた。
それが鳴りやんでからゆっくりと、咲夜は人差し指を突きつける。
「妹様にはフォーオブアカインドというスペルカードがあることを、お嬢様だってご存じで星?」
膝をつくのはレミリアの方だった。
そして反応するのは星の方だった。しかし生憎と星はナズーリンとぶつかって、精神が入れ替わるという思春期にありがちな体験をしている真っ最中。わざわざ紅魔館に行って、問題事を増やしている暇などなかった。
「わ、私はフランドールだったというの……」
「そういうことになりますね、妹様。ほら、胸だってぺったんこ」
前からだ。
「なんということなの……こんな大事な事に気付かないでいたなんて」
「気にすることはありませんよ、妹様。私だってよく自分の部屋を忘れますし」
それはただの方向音痴であるのだが、いかんせん指摘するだけの余裕がない。
ふらふらと幽鬼のように立ち去ろうとするレミリアの背中に、無情な咲夜の言葉が投げかけられる。
「妹様、そちらはお嬢様の部屋ですよ」
「あ、うん、そうだったわね」
自分の部屋はこちらではないのだ。地下室こそが自分の部屋。
そう思うと、閉じこめた当主に対して怒りが湧いてくるから不思議なものだ。
今度出会ったら、躊躇うことなくグングニルを投げつけてやる。ああいや、レーヴァテインか。
でもあれ、投げるもんじゃないし。
葛藤しながら地下室に戻れば、ベッドの上にはフランドールが座っていた。どうやら読書の真っ最中だったらしい。
「ん、どうしたのお姉様?」
何も知らない無垢な妹は、真実に気付いた自分をまだ姉と呼んでくれる。そのことに嬉しさを覚える反面、申し訳ない気持ちも広がっていた。
いつまでも、妹を偽ることはできない。
決意を新たにしたレミリアは、涙まじりに言い放つ。
「ごめんね、フラン。私、戻るから」
「は?」
呆気にとられている妹に抱きつき、何とか一つになろうと頑張るレミリア。
押し倒されたフランドールは、何が何だかわからず押しのけながらも首を傾げていた。
「何してるのよ、レミィ」
様子を窺いに来たのだろうか。地下室の入り口にパチュリーと小悪魔の姿が見える。
切羽詰まっていたレミリアは、自分が抱える苦悩。フランドールに対する申し訳なさ。
それら全てを一言に変えて、パチュリーの問いかけに答えたのだった。
「フランドールと一つになるのよ!」
色々と誤解されたのは言うまでもない。
パチュリーから説教されて、目が覚めた翌日のこと。
「お嬢様はひょっとしたらカーペットなのかもしれません」
後のレミリア・スカーペットである。
ちょっと一つになってくる
まぁ面白かったですけどwww(スカーペットwwww
腹八分目の笑い一杯、ありがとうござました!
星とナズの思春期劇場がみたいです。
入れ替わりは思春期によくあるのwww?
\アウトー/
さあみんなひとつになろう