Coolier - 新生・東方創想話

新月のエスバット

2009/12/27 08:39:14
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「あ~あ…夜道って何度通っても慣れないわねぇ……」
慣れたものといえば周囲の夜の闇に対する目だけという中、私は我が家へ続く夜の畦道を重い足取りで歩いていた。
お天道様の下であれば、そこには恐らく長閑な田園風景みたいなものが延々と広がっているであろうこの道。
たまに博麗神社から人間の里へ買い出しに出れば一日に最低二度は見る光景も、今というこの時間の所為でそれは全く別の光景に思えてくる。
見えてくるという表現を使わなかった理由は簡単だ。今の私の回りの世界には、それこそただ藍染め液をぶちまけたかのような闇しかないのだから。
そこに草叢があろうが、一里塚があろうが、その目に見えなければそこには何も無いも同じ。あるのはただ無限に広がる蒼と黒だけ。
何も見えていないのなら最早、光景という表現を使う事自体も可笑しいが。
月や星のかすかな明かりもない、文字通り見渡す限りの宵闇の中に私はいる。

幻想郷の夜道には、ガスや油のような燃料を使った街灯なんて便利なものは立っていない。そもそも燃料自体が手に入る機会や場所が非常に少ない。
加えてそれらは手に入っても滅茶苦茶値が張る上に、品も決していい部類には入らない。実用に堪え得るそれを手に入れられる者といえば私の知る限り紅魔館か永遠亭辺りの者くらいだし、
人間の里に限定するならそれこそ稗田家くらいしかない。
さらに言うとこういう人里離れた暗い夜道は、妖怪が人間を襲って骨も残さず食らうにはお誂え向きの場所なのだ。
人間にとっての敵対者である妖怪の中の僅かな賢者に守護されるのは、実質人間の里だけ。妖怪の動きが活発化する夜の時間帯に里を出て夜道を徘徊する人間といえば妖怪退治を生業とする奇特な奴か、
もしくは人生に疲れ果てた自殺志願者くらいのものだ。だからまともな人間であれば…
多少気が触れている人間であっても…よっぽどの事がない限り夜の畦道を往来するような危険行為はまずしない。
だから灯りが立つ理由も存在しない。闇、そして夜の世界に生きる妖怪というものを恐れない頭の捻子が外れた人間でない限り、外出用の灯りの類は必要とされないからだ。
……何だか言ってて虚しくなってくるが。

無論、私が今いるのもそこである。今から約数時間ほど前、広い空が茜と藤のグラデーションに鮮やかに染まった、まさに辺りに夕闇が差迫った頃。
私の住家である神社にどやどやと押し掛けて来た、時間の概念というものが無い気が知れた人間やら妖怪やら約五名が、一緒に鍋でも突付こうかなどと突然に言い出した事が始まりだった。
毎度勝手に神社の境内や本殿を間借りしたり、終わったら終わったで片付けもロクにせず
さっさと帰路に就いてしまうことに関してはもう気にしないことにしている。
どんな相手であれ皆で食卓を囲むのは、私自身決して嫌いではないからだ。
だからと言って喜んで歓迎するつもりはこれっぽっちも無いが。
今回ご丁寧に食材やら酒やらをある程度持参して来る奴はいたものの、それを見た私にはどうも心許ないカンが否めなかった。
紫やら萃香やらの無尽蔵な食欲と異常なまでの蠎蛇(うわばみ)ぶりを何度も目の当たりにしていれば、彼奴等が少なくとも人数分のそれを用意していない事くらいすぐに分かる。
これは流石にうまくはないと私はこうして人間の里に下りて、無け無しの金を叩いて野菜やら肉やらをごっそりと調達してきたわけだ。
彼奴等の好みなど微塵も考えてはいない。筋張った鳥の水炊きでも豚肉しかない鋤焼きでも刺激成分が足りないキムチチゲでも、どんな形であれ鍋を食す事が出来るなら不満はまず言わないだろう。
いや絶対言わせるものか、そう考えた。

ここ最近、人間の里では不可解な異変が頻発している。道行く人がある日突然自分と全く同じ顔や背格好をした人物に出くわし、その後精神に異常を来して永遠亭のお世話になるという、
人間の仕業か妖怪の仕業か…首謀者の意図が全く分からない奇妙な異変だ。
自分と同じ姿の人物…。思い当たる節は大いにある。どこぞの人形師が人間の複製に成功したのか、純粋に人に化ける妖獣の類なのか、それとも外の世界で名の知れた怪盗が幻想入りでもしたのか。
どうした事かここ最近は私の勘もうまく働かない所為か、未だに私は今日まで行動に移れないでいる。
一連の異変の犯人。異変が人間に与える害。そして何よりそれによって得をする者…。
それがさっぱり見えて来ない状況だったから、多少は人間の里に出向く事に抵抗もあった。
そんな状況にあの招かれざる客。全く、彼奴等に後で何て言ってやろうか…。買い物をしている間もずっと私はそんな事を考えていた。

宵闇の中を歩いて暫くすると段々と私の目は機能を回復し、その中の草木の陰や山並み、農道にぽつぽつと立つ掘っ立て小屋の輪郭が浮かび上がってくるのが分かる。
同時にそこに息衝く者達の気配も、おぼろげながら感じ取れる。
幸い、人食い妖怪の類は今日は不在のようだ。まぁこの場でぬっと出て来たところで容赦無く返り討ちにするだけだし、
先んじてその存在を認めていれば私の方からちょっと出て、それこそぐぅの音も出ないほどに叩きのめしている。
だが幸いにもそれは、今この時この道にそれは無い。そう、今日は何も無い普通の夜……。
「……っ!」
前言撤回。誰かが、そこに、居る。
(何よ…このダダ漏れの気配は)
最近鈍り気味の私の勘でも、それははっきりと認識できた。人間か、妖怪か、はたまた妖精か…。
まぁどちらにしても“それ”は決して強い部類に入らない事だけは確かだ。闇の中で息を潜めるにしてはあまりにお粗末過ぎる…。
まさに見つけてくださいと言わんばかりだ。それとも、彼奴は初めから見つかる事を前提にして行動していたのか。
そう、例えば何処かに誘き出すつもりで待ち伏せるか後をつけるかしない限り戦いというものが出来ない、一端の策士気取りの小者か。
あるいはそれと逆に、幻想郷でも五本の指に入ると称される私に真正面から立ち向かっても確実に勝てる気でいる、極め付きの身の程知らずか。
「…出て来なさい」
そうドスを利かせてみると遠くの茂みがガサガサと音を立てて揺れ、そこから浮かび上がる黒い影。
改めてその音と影の方向を突き刺すような目で見据えてやる。

そこに、『私』がいた。
「へぇ~…運命とやらは惨酷ねぇ。よりにもよって異変解決のプロが次の犠牲者だなんてさぁ……」
「軽々しく運命なんて言葉を使わないでよね、どっかの吸血鬼じゃあるまいし。
っていうかアンタねぇ…一体どういうつもりよ」
目の前に現れたそいつは確かに私と同じ“博麗霊夢”であった。とはいえその体躯は今の私のそれよりも一回り小さく、
長く伸ばしたその髪も艶やかではあるが、少々毒々しい紫色に染まっている。
そして何よりも、着ているそれが違っていた。
私がかつて魔界において神と呼ばれる存在、そして五色の究極の魔法の使い手……ぶっちゃけた話後者はアリスのことなのだが。
その二人との戦いにおいて苦戦を強いられた事を切っ掛けに霖之助さんに頼んであしらえてもらったノースリーブに付け袖、ロングスカート型の緋袴という、
戦闘の際に動きを妨げない事に重みを置いた変形巫女装束ではなく、白を基調にした上衣に長い緋袴と足袋。優しく透ける羽衣なんかを標準装備していても決して違和感というものが無いような…。
まぁ、言ってしまえば外の世界の人間が紋切り型に考える、ごくごく一般的な巫女装束である。今でこそこの有様だが、私もこのような装束を身に纏い、幻想郷の妖怪退治に今以上に躍起になっていた時期があった。
その当時の私が、今の私の目の前にいる。言うなれば私が対峙しているのは“過去の自分”だ。
…悪趣味にも程がある。今の姿ならまだしも、私の中で色々とトラウマのあるこの姿を今の私に見せるとは。
「いつかの九尾の狐じゃあなさそうね。もしかしたらあれ?見たら近いうちに死ぬっていう幻」
「ドッペルゲンガーのこと?」
「そう、それそれ。で、アンタはそういうのとは違うの?」
「さぁ…。けど、それが間違いだって事だけは確かね」
少女は人の神経を逆撫でするのに慣れているのか、あっさりと私の問いを否定する。それに思わずイラッとしてしまった。
普段周囲から“人を食ったような奴だ”なんて言われることはありすぎるほどあるが、そんな自分の性格を改めて彼奴等と同じ目線で見せられると、
実に彼女の…いや私のそれは私が見ても本当に憎らしい。だからと言って直す気はさらっさらないが。
「どうでもいいけど…邪魔しないでくれない?これから魔理沙や早苗達と鍋突付かなくちゃならない事になってるの。
 材料着くのが遅くなったらどう言い訳すればいいのよ」
「な~んだ。そんなこと考えてるのか…心配しなくていいわ。
もしも貴女がここで死んだなら神社には私が行ってあげるから」
眼前の少女はフッと笑う。貴女がここで死んだなら、紛れも無くそれは私がここで死ぬことを前提にした言葉。
思わず私は息を呑む。こういう発言、こういう表情をする相手がどういう者かという事を、私は経験で知っている。
彼女の言葉、表情……そこにあるのは純然たる殺意。それを隠すつもりがあるのかないのか分からないが、そいつは構わず言葉を続ける。
「勘違いしないで。私は別に、貴女に取って替わろうなんてこれっぽっちも思っていないわ」
「ふぅ~ん。じゃ、さっさとどっかへ行きなさいよ。あんたにも私にもこの場で派手にドンパチやらかす理由なんて無いじゃない。私達は初めから出会わなかった、もしくは出会ったとしても軽く一言交わす程度の関係で済んだ…それでいいでしょ?」
どうにかして私は彼女との関わりを絶ち、さっさとこの場から逃げ去りたかった。決して彼女に対し嫌悪や怨恨、もしくは軽蔑の感情を抱いているわけではない。相手は私と同じ“霊夢”だからだ。
何と言うか…まるで鏡に映った私自身に話しかけているような気分である。文字通り今ここには“私”以外の誰もいないが、この場でこうして同じ霊夢という少女とこの場で掛け合いを続けていれば…
それこそ本当に頭も心もおかしくなってしまいそうだ。お前は元々そんなにまともな奴じゃないだろうと言われれば、それこそ首を縦に振ることしか出来ないのが悲しいことではあるが。
「えぇ、確かに理由は無いわ、霊夢……いいえ、“博麗の巫女”。人間妖怪問わず慕われ、そして同時に恐れられる、この幻想郷の実質的な支配者……この幻想郷の平穏を保持し続ける、楽園を守る巫女」
博麗の巫女…。その名で呼ばれたのは久しぶりだ。恥ずかしい話だが私は、“博麗の巫女”としての自分の務めをそれほど深く意識したことは殆ど無い。
言ってしまえば自覚が無いのだ。だから私を幻想郷の守護者、博麗の巫女として扱う人間や妖怪はそれこそ片手で数える程度しか存在しない。
まさかそういう人間がここにいるとは思わなかった…。ただそれが過去の私だという点はどうも腑に落ちないのだが。
「私は霊夢、そして貴女も同じ霊夢…。どちらが勝ったとしても守護者である“博麗の巫女”は存在しつづけるし、幻想郷を隔離する博麗大結界がすぐに崩壊するわけでもない。貴女と私を取り巻く人と妖の関係が変わる事もまず無いということも断言できるわ。ぶっちゃけた話、私がしようとしているのは全く意味の無い戦い」
「へぇ。じゃあアンタはどうして、その意味の無い戦いをわざわざこの場でしようとするのかしら。些か理解に苦しむわね」
「簡単じゃない。この狭い幻想郷に自分と同じ顔、同じ名前の人間がもう一人いる…。どう考えたって嬉しい事じゃないでしょう?」
「まぁ、確かにそうだけど……」
「だから、あんたは消す。そのために私はここにいる…。いや、ここに来たが正解よ」
あんたは消す……。にべも無い眼前の少女のそれを聞いて私はすぐに悟った。奴は初めから私がホンの些細な隙を見せるこの日この時を、それこそ今か今かと窺っていたらしい。
現在進行形で人間の里を襲っている異変にかこつけて、この私に戦いを挑む好機を狙っていた、そう考えても決して不自然ではない。
同時に悟る。これから始まるのは…いや、奴が始めようとするのは今の幻想郷で盛んに行われる馴れ合いじみた決闘とは訳が違う。
まさに勝つか死ぬか、それを賭けた正真正銘の殺し合いになる。ここを襲った異変を次々解決に導いた、私の自慢の勘がそれを告げている。
尤もそれは最近鈍り気味なせいか、長いこと触れていなかった純然たる殺意というものに、思わず身体が部分的に麻痺しそうになる。
大量に買いこんだ鍋の材料が詰まった手提げ篭が私の手元から零れ、自由落下に任せ地に落つる…。
その音が、戦いの始まりを告げる号砲(ゴング)。

思った以上に過去の自分の…靈夢の攻撃は苛烈を極めるそれだった。甘く見積もって四尺程度はあろう、簡単に言えば子供の身の丈とほぼ同等の長さを持つ幣。
私が紅霧異変以前に振るっていた幣を大上段、逆袈裟、そして刺突と、まるで己の手足をそうするかのように振りかざしてくる。
狙う個所も私の人中、稲妻、水月と、撃力次第では人体に計り知れないダメージを…適切なそれであれば確実に死を与える急所を狙い、凄絶に襲いかかる。
命名決闘、後のスペルカードルールという遊びの域を出ない戦いがまだ無い、それこそ真正の“戦い”に幾度も身を置いてきた所為だろう、
奴の一撃一撃には、相応の覚悟を決めた者しか出来ない“本気で相手を潰す”という意志が確かにこもっている。
……だが、それだけだ。昔と今では違うとはいえ、相手は私と同じ“博麗霊夢”である。
自分自身の戦い方くらい全て知り尽くしていて当然だ。そうでなければ、実力が全ての幻想郷で生きる事など出来はしない。無論今日この日に私が生きている事も無い。
靈夢の得物である幣。私に向けて四方八方から襲い来るそれを、自慢の気合避けでひょいひょいといなしてやる。
それを何度も繰り返すと流石に疲労と焦燥が顕れたのか、奴の攻撃は段々とキレを失い、その速度も目に見えて落ちていく。
よくよく考えれば、この結果は当然と言えよう。昔も今も殺伐とした世界である幻想郷において何度となく高密度の弾幕と、無数の死線をくぐって来た私だ。
才はあっても未熟さが抜けきっていない、過去の自分の打撃武器による打突などどうという事はない。
四撃目の水月への突きを捌いて彼奴の背後に回りこむ。相手には私の姿が一瞬消えたように見えたのだろう、
突きのインパクトモーションをとったまま呆気にとられた表情で硬直している。動を完全に失った彼奴の延髄に、すかさず私は渾身の力をこめた右の飛び足刀を叩きこむ。
「っ!!」
不意に頚部を襲った衝撃に耐えかねたか、靈夢の身体は弾かれたように前へ吹き飛んだ。すぐさま私は前方へ飛び掛かってそれを追いかけ、
上空から仕事道具の一つである待針の連打を浴びせてやる。だが敵が態勢を立て直す方が早かったか、先程の私の攻撃は靈夢の展開する無数の御札に阻まれてしまった。
奴め、少しは食い下がるようだ……我ながら忌々しい事この上ない。

「ちぃっ!!」
いつの間にやら二人の間合いは一気に戦闘開始時と同じ位にまで離れた。もう一度幣を構えて連打を浴びせてくるであろうと思って私も同時に幣を構えたが、今度はそうじゃなかった。
ビュッ、という風を切る音と共に靈夢の手元から御札が放たれる。それは僅かながらにホーミング性能も持っている代物のようだ。
どうにか避けたつもりでいたが、何発かはほんの掠った程度とはいえ食らってしまったらしい…。
私の巫女装束が所々小さく切れているのが見える。気がつけば右の二の腕からも赤い筋が一本描かれていた。
「全部はかわしきれなかったみたいね。じゃあ、これはどう!?」
そう言うと奴は手元に大きな玉を出現させる。太極図をモチーフにした玉…。博麗の家の者しか扱うことが出来ないまさに最強の秘宝、陰陽玉である。
靈夢がそれを手元から離すや否や…それは一直線に私に向かって突撃してきた。咄嗟に左へ飛び退いて直撃を避ける。
(こいつ……博麗の秘宝をこんな風に使うなんて……!!)
奴は陰陽玉をそれこそ蹴鞠のように飛ばしてきたらしい。冗談じゃない……。博麗神社の霊石を叩き出した陰陽玉の直撃を食らえば、いかに身体の丈夫な妖怪でも全身粉砕骨折は免れまい。
まして仮にも人間の身である私だ。陰陽玉の一撃が齎すダメージがいかなるものとなるかという事は…あまり想像したくはない。
博麗神社の御神体である陰陽玉と言うものはそれほどまでに危なっかしい代物なのだ。
しかも眼前の靈夢は蹴撃の反作用によるダメージというものがないのか、先程の陰陽玉による攻撃を何度も何度も繰り出し、私の動きを封じている。
この状況では、目には目をとばかりに弾幕を撃ち合っても埒が開かない。
改めて奴ともう一度真っ向から対峙する。頚椎への打撃を許してしまった事で多少なりとも警戒しているのか…、
少なくとも肉弾戦では私に敵わないと判断したのであろう。先程までの幣の連打から御札と陰陽玉による弾幕という攻撃パターンを今も繰り返している。
私を近づけまい、間合いに入れまいとしていること…要するに守り重視の戦いを始めたことがはっきりと分かる。
ならばこっちから仕掛けよう。大地を強く蹴り、靈夢に向けて小さくジャンプし一気怒涛に距離を詰める。
……狙い通りだ。幣を八相に構えてがっちりと頭をガードする靈夢。攻撃に跳躍を伴えば狙いは確実に上半身だろう、
その貧困な発想がまさに命取りというもの。防御を固めたつもりで、その実完全に開けっ広げの脛に摺り蹴りを一閃。未だに訳が分からぬといった表情のままの靈夢を地面に叩きつけた。
抄霊気と名付けた私の得意技が綺麗に決まったのだ。

「ガハぁっ!!」
「侮ったわね。私はあんたとは…昔の私とは違う。いつかの魔界の神との戦いから、この私が幾つ死線を潜って来たと思っているのかしら? 尤も、あの時間の幻想郷に安住しつづけたあんたには到底分かり得ないと思うけど」
「うぅっ……!貴女、ホントに私とは…“博麗霊夢”とは違うわけ……」
「魔界からコンスタントに魔物が送られてきた異変の後にも、私にはそれなりの月日があったのよ。もしあんたがあの当時の私の模造品だったとしたら……そこを計算に入れるべきだったわね。お互い修行嫌いで修行不足の霊夢でも、なまじの修行や才能程度では埋められないものがあると言う事に」
顔、名前、能力(ちから)、そしてそれらを総合した大局的な格は同じでも、それ以外に多く横たわる確かな違い。
それは堆く積もり積もって私と眼前の靈夢との実力差、そしてこの戦いの結果に姿を変えてそこにある。最早大勢は決した…。
私は残心の体勢をとったまま満身創痍の靈夢を見据える。
「流石…といったところか。今回ばかりは私の負けかもね。だけど……」
勝敗に関しては半ば諦めたのか、奴の口元からフッという音。
「ただやられっぱなしってのも、芸が無いからっ!!」
辺りに響く九字の詠唱。靈夢の口元から放たれるそれが周囲の霊的な何かを集め、轟々と吹き荒ぶ風がそこに吹き込んだ、その刹那。
ズバァァァ!!
(霊撃…っ!!)
奴の身体を爆心地にした霊気の発破が悉く周囲を洗い流す。かつて私が奥の手として愛用していた、神仙術の極みである霊撃だ…。
敵の放つ弾幕をすんでのところで消し去る時や、数に任せ鬱陶しく纏わりつく雑魚どもを散らす時に好んで使った、文字通りの霊気の爆弾。
人だろうが妖だろうが、まともに受ければ二度と立ち上がる事は敵わない……
スペルカードルールの浸透と共に封印した私の特技の一つ。
「やぁああーっ!!」
絶え間無く襲い来る霊気の波動。頭を庇った腕だけはやられてもいいという勢いで、霊撃を放ち続ける靈夢に向けて突撃する。
今の幻想郷における決闘では既に基本技術となっている“グレイズ”だ。木造家屋程度なら容易く分解するほどの圧力を伴う波動が一瞬途切れたその隙に私は奴の懐へ潜り込み、
すかさず顎へ渾身の力を込めた後方宙返り蹴り…昇天蹴を一閃する。
その撃力は秘中から脳全体、果ては頚椎から体全体を駆け抜け、それによって全身の力を奪われた靈夢の身体が前にくず折れる。
「奥義っていうのはね…こう使うのよ」
先程の一撃で動くこともままならない靈夢に容赦無く、周囲に展開した八つの光弾を一つ、また一つと何度も叩きつける。
あらゆる法則を受け付けず、またあらゆるものをたちどころに封印するその光弾の最後の一発が靈夢の身体を直撃すると同時に奴の身体は極彩色の光に飲込まれ、骨の一欠けも残さずにこの世からもあの世からも雲散霧消した。
「神霊「夢想封印」――!!」

風が、凪に変わる。先程まで私と相対していた過去の自分…“靈夢”の姿は既に無く、宵闇の畦道には再び私だけが残された。
服に付く筈の返り血も夢想封印の撃力に堪えかねた彼奴の身体の切れ端もそこにはなかったが、あの時首や脛に叩き込んだ蹴りの感覚、苛烈な攻撃を避けつづけた事による疲労感、御札の弾幕を掠った際に出来たまだ新しい傷が放つ痛み、そして先程夢想封印を発動したことによる不思議な高揚感…。
私の体に残ったあらゆる感覚が、あの戦いが紛れも無い現実のものであったことを教える。
「全くもう!究極奥義をまさか自分に使うなんて思っても見なかったわ。つくづく私も焼きが回ったものね……」
それが現実のものであることを証明するものは沢山あるのに未だに実感が湧かない、過去の自分との一夜の決闘(おうせ)。
改めて過去の自分がぬっと出て現れたあの茂みを見つめ直すも、今度ばかりは羽虫一匹出ては来なかった。
もしも自分が敗れていれば私の存在はかの少女に取って替わられていたという事実。私自身が今まさに幻想郷に蔓延る異変の被害者となったという歴史……。
あの少女が、過去の自分が私に嫌と言うほど突き付けたそれらの事実も、やがては私以外の誰の記録にも記憶にも残らぬ幻想のものとなって静に消えていく事であろう。
大きく溜息を一つついた後、先程まで落としたまま放置していた篭をもう一度拾って、中身の肉や野菜その他諸々の無事を再確認する。
幸い、いずれも無傷であった。取敢えず今考えなければいけないのは遅延の言い訳だけで済む。
少しでも彼等が駄目になっていたなら、私は恐らくその言い訳にも困っていただろう。
それにしても…今日は文字通りの厄日だった。自分自身、しかも過去の自分と出会い、彼の者と命のやり取りまでやらかしたのだ。
彼奴はあっさりと否定してくれたがもし万が一、本当にアレがドッペルゲンガーだとしたら……。
すぐさま私は頭を振る。あれがいかなる存在であったとしても私がやることはたった一つだけ。
急ぎこの異変の原因を突き止め、それが人の仕業だろうが妖怪の仕業だろうが、忌々しい元凶に飛び切りきつい灸を据えてやらねば。
さもないと、私は到底枕を高くして眠る事は叶わないだろう。

「そーいや、アイツ元気してるかしら…」
最近久しく会っていない、かつての宿敵であった小憎らしい悪霊の
不敵な笑顔が一瞬、頭を霞めて消えた。
どうも皆様初めまして~。今回が初投稿です。Win版霊夢 対 PC-98版靈夢、同じようで違う博麗の巫女同士の一夜の出逢いと戦い。
旧作設定を絡めてみたいというその一心だけで、難しいバトルシーンも出来る限り克明に書いてみました。
皆さんは例え自分そっくりの人間に出くわしても、彼の人を殺そうなんて考えは絶対に起こさないでくださいね。目の前の鏡を砕いたつもりが、
その鏡は自分自身だった、な~んて事になったら笑い話にもなりませんから…。
小鎬 三斎
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コメント



0.480簡易評価
8.90名前が無い程度の能力削除
さて、相手の正体は何だったのか……ミステリアスなお話ですね。
続きがあるのかわかりませんが、、続くならばお待ちしております
10.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。

ですが、相手の正体が気になるナル。
11.80ずわいがに削除
これは続くんでしょうか?
もし続かないなら、もっと原因部分の説明も欲しかったですねぇ。
時間軸のズレでも、全くの同一人物でも、誰かが化けたのでもない。
やはり正体が気になりますね。