すっ……と、襖を開くほんの僅かな音が、明け方の命蓮寺の一室に響く。
私は音を立てないよう細心の注意を払いながら、ゆっくりと部屋の中へと忍び込む。
部屋の真ん中に敷かれた布団の中、そこで静かな寝息を立てる者が一人。
金と黒の折り交った、虎を思わせる髪を持つ、私の毘沙門天への信仰を一身に請け負ってくれる存在。
毘沙門天の代理、寅丸星。
命蓮寺の中ではナズーリンと共に、地底に封じられずに地上に残り続けた存在。
800年、それほどの長い時間、私はこの子の顔を見る事が出来なかった。
それ自体はムラサや一輪も一緒なのだけれど……。
……私には、封印される前に一つ、やり残したことがあった……。
星の顔を改めて見てみる。
……今は寝ているからそうは見えないけれど、起きている時の星は……。
端的に言えば、かなり男性っぽい。
髪がショートで性格は真面目で、そのせいか他の者に比べて目つきも若干鋭いからそう見えるのだろう。
似たような性格のナズーリンもそう見えなくはないし、部下は上司に似るものなのね。
そんな事はどうでもいい。
そんな星だからこそ、私は一つ、どうしてもやってみたい事があった。
そんな事をしてはいけない、駄目だとは思いつつ、どうしても……。
「……星、あなたがいけないのよ。あなたがそんなに……」
小さな声で、私は呟く。
そうよ、星がいけないのよ。私は何も悪くない。
星がこんな容姿だからいけないのだ。こんな星の姿を見れば、誰だって同じ事をしたいと思うはず。
よし、理論武装は出来た。もう迷う事なんてない。
許してなんて言わないわ。私はただ、あなたが……!!
「いざ、南無三……!!」
そうして私は、星に一つの魔法を掛けてしまった……。
* * * * * *
「ふあぁ……」
目が覚めた私は、一つ大きく欠伸をする。
うーん、何か妙な夢を見た気がするけど、何だったかな。
まあいいか、夢なんてそんなものです。猫になった夢を見てた気がするけど、そんなものです。
とにかく、まずは顔でも洗いに行こう。
私は毘沙門天の代理であり、聖の信仰を一手に背負う者。
そんな私が寝起きのいい加減な姿を誰かに晒すわけにはいきません。勿論それは、聖やムラサの前でも同じ事。
これでも私は、命蓮寺の皆の中では一番容姿に気を使っているつもりだ。
布団を畳んで、ゆっくりと洗面所へと移動。
幸いなのか当然なのかは知らないけれど、洗面所には誰もいなかった。
どうも私は一番朝が早いらしい。
ムラサと新入りのぬえは、やる事がないからと布団に潜ってる事が多いですし、一輪とナズーリンはそれなりに朝は早いが、私よりは遅い。
聖はまあ……その、うん、長い間封印されていたのだ。十分にお休みになっていたはず。
きっとそのせいで睡眠時間が延びてしまったのでしょう。間違っても年だとかゲフンゲフン、何でもないです。
元は人間であり、若返りの術を掛けたのが年を召されてからだから、身体的には高齢だとかそんな事有り得ません。思ってもいません。
下らない事を考えるのはよそう。私らしくもない。
しゃこしゃこと、歯を磨く音が朝の命蓮寺に響く。
鏡の向こうでは、ボーっとした目つきの私が私を見ていた。
ああ、いけないいけない。もっとしっかりしなさい寅丸星。
歯を磨き終えて、目を覚ます意味でも私は顔を洗う。
それにしても、この水道とか言うのは便利ですね。命蓮寺に住む前は井戸で顔を洗ってたのに。
聖が妖怪の山で見た神社にあったのを真似たらしいです。
手軽に水を利用出来るから、炊事もやりやすくなったと一輪も喜んでいました。
ムラサは「これで海を作れないかしら?」とか訳の判らない事をほざきやがりました。
そしてそれを実行して命蓮寺が水浸しになったので、私が怒鳴りつけたのはついこの間の事。
序にその傍らで、ぬえは腹を抱えて笑っていた。
そんな事を思いながら、3~4回水を被ってタオルで拭く。
そして鏡を覗きこんでみれば、何時もの表情をした私の姿があった。
よし、十分に目は覚めました。寝癖もちゃんと直したし、頭の耳の感じもいい具合です。
そろそろ一輪とナズーリンが起きる頃ですね。その前に早く寝巻から着替えないと。
誰よりも真面目に、誰よりも優秀に、それがこの私のモットーです。
さて、部屋に戻って着替えて……。
「……えっ……!?」
洗面所を出ようとした私は、妙な違和感を覚えて急いで鏡の前に戻る。
あまりに自然すぎてスルーしてしまったけれど、今さっき鏡に変な物が映ってませんでした!?
い、いや、落ち着け私。そんな事があるわけはないでしょう。まだ目が覚めていなかったのですかね。
私は虎っぽい妖怪だけれど、虎の妖怪ではありません。ただの縁起がいい妖怪です。
だから、そんな事、あるわけが……。
「な、何だこれええええぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
再び鏡を覗きこんだ私の驚愕の叫びが、命蓮寺全体に響き渡った。
* * * * * *
「ナズーリンーーーーーーッ!!!!!!」
洗面所を飛び出し、私は部下のナズーリンの元へと走った。
ただし先ほどまでと違うのは、私の頭がタオルで覆われている事ですね。
だって、この頭をムラサ達に見られるわけにはいかない。特にぬえに見せたら絶対に笑い者にされるでしょう。
でも、ナズーリンなら!! 私の優秀なナズーリンならば!!
そう思ってナズーリンの部屋へと直行。急いで襖を開けて中に入って即閉める。
しかし、部屋の中には畳まれた布団が置いてあるだけで、ナズーリンの姿は見えなかった。
ああ、こんな時に何所へ行ったんだあの馬鹿ネズミ!!
上司のピンチだと言うのに空気を読め!! ナズーリンは私の嫁!!何を言ってるんだ私は!!
ううっ、ナズーリンを探しに行くにも、他の者が目を覚ましているんじゃないかと思うと此処から外には……。
「……ご主人、人の部屋で何やってるんだい?」
襖を開けて部屋へと帰ってきた探し人。
「ああナズーリン!! よく空気を読めましたね!! やはりあなたは私の嫁です!!」
「朝っぱらから意味不明な事を言わないように。それより何か用か?」
何時もと変わらぬナズーリンの眼が私を見る。
「……聖は、聖は何処へ行ったんですか!?」
私がナズーリンのところへ来たのは、彼女が何かを探す事に長けているから。
此処に来る前に聖の部屋を覗いてみたのだけれど、案の定聖の姿はお見えにならなかった。
つまり、私にこんな悪戯を仕掛けたのは聖だ。いやまあ、最初からそんな事は判っていましたが。
命蓮寺の中で、私にこんな悪戯を仕掛けてくるのは聖しかいません。
あのバカ魔法使いめ……!! 絶対に許さない!!
「ああ、聖なら先ほど、大変満足そうな笑みを浮かべて寺の外へと走って行ったが……?」
おい、このネズミ野郎。それがどうしたと言ったような口調で言うんじゃありません。
「ナズーリン。聖がそう言う表情を浮かべてる時は、大抵ロクな事を考えていない時です。
今度そんな聖を見かけた時は、何をしてでも止めてください。私が許します」
「ご主人の意思というのであれば、今後そうしましょう」
よろしい。やっぱりこの子は優秀です。
「……それで、ご主人。結局何の用だ? そんなコスプレまでして」
……こす、ぷれ……?
「……それはどういう意味ですか?」
「コスプレとはコスチュームプレイの略称で、古き時代の衣装などで扮装して演じられる演劇の事だ。
最近では漫画などのキャラクターの衣装を着て、その人物に成り切る事「そんな事を聞いているんじゃありません」
いきなり言葉の意味を説明し始めるナズーリン。
言われなくても意味くらいは知っています。と言うか私自身も言い換えれば虎のコスプレをしているのですし。
私が聞きたいのは、どうしていきなり『コスプレ』なんて言い始めたのかという事。
……いや、まあ、この頭を見られれば、確かに何のコスプレだと言われるかもしれませんが……。
だけど、私はまだタオルを取ってはいないし、ナズーリンにはまだ私に起きている異変は……。
「いや、要するにその尻尾は何なのかと」
……はい? 尻尾!?
ナズーリンに言われて、腰のあたりに触れてみて初めて気付く。
少しもふっとした感触。首を捻って見てみれば、そこには立派な金色の尻尾が。
しまった!! 鏡に映ってたのは頭だけだったから… …!! この尻尾の存在は失念してた!!
「ご主人にそんな趣味があったとは思いませんでしたね。
いえ、決して悪いとは言いません。真面目なご主人の事ですから、きっとストレスが溜まる事も多いでしょう。
ですが朝から急にそんな格好をされるのは如何なものかと。特にぬえに見られては、何を言われるか判ったものではありませんよ」
ナズーリンの冷やかな眼差しが私の胸を突く。
「それは誤解ですナズーリン。私にそんな趣味はありません」
「いえいえ、恥ずかしがらずとも結構です。恥ずかしいのは私だけで大丈夫ですから」
中途半端な敬語が物凄く心に刺さる。
「フォローしてる風だけど物凄く馬鹿にしてるでしょう!!」
「そんな事はありません。大事な宝塔をなくして私に泣きついてくるような上司だからって、馬鹿にしたりはしませんよ」
「あれ? 実は怒ってた? 宝塔探させた事怒ってた?」
「怒ってなどいません。それより宝塔を買い戻した時のお金をさっさと返してください」
「……今度、ね……?」
「ご主人の能力は何のためにあると思っているんだい?」
「少なくともお金を稼ぐためではないと思います」
「で、結局何なんなんだその尻尾は」
問答に飽きたのか、無理やり話を戻すナズーリン。
そうですね、冷静に考えてこんな問答をしてる暇はありません。
さっさと聖を見つけて、元の姿に戻してもらわないと……。
それにはまず、ナズーリンに全てを明かさなくては……!!
「……お願いですから、笑わないでくださいね……?」
最初にそう言ってから、私は頭に被っていたタオルを外し始める。
信じていますよナズーリン。あなたならきっと、今の私を受け入れてくれると……!!
「当然だろう。ご主人の事を笑い物にするわけがない」
ああ、ナズーリン。流石あなたはよく判ってくれます。
やはりこの子の元に来て正解でした。この子にならば、私のこの姿を見せても問題ないはず。
そして、タオルを取った私を見たナズーリンは…。
「ぶっ!! あははははははははははははははっ!!!!」
腹を抱えて盛大に笑い始めました。
それと同時に、私の顔がものすごく熱く……。
ううっ……!! 判ってた、どれだけ信じていても、絶対に笑うと判っていました。
だけど恥ずかしい。部下にこんな姿を晒してしまうのが、たまらなく恥ずかしかった。
「わ、笑わないでと言ったでしょう!!」
「い、いや、それでも……!! ま、まさか、そんな虎耳まで……!!」
…そう、私が鏡を覗きこんだときに感じた違和感、それは私の頭に虎耳が生えていた事だった。
私は虎の妖怪ではない。虎っぽい妖怪だけど別のものであり、妖獣の類ではない。
だから元々は耳や尻尾なんて生えていません。本当なら。
だが今の私は虎耳虎尻尾と、見た目は完全に虎の妖怪です。
「これは聖の仕業です。と言うかそれ以外に考えられません。こんなアホみたいな事をするのは聖だけです。
なのであのバカを探してください。私はあなたの事を信じていますからね、ナズーリン」
「……本人がいないと随分な事を言うんだな……」
「後で聖に報告しようだなんて思わないようにね?」
「私のネズミ達が、たまには高級な肉を食べたいようです」
「……もし聖を見つけてくれたら、善処しましょう」
「物分かりの良い上司を持って、私は幸せです」
うっかり口を滑らせてしまえば、そこに付け込んでくるナズーリン。まったく狡賢い鼠ですね。
まあ、これでナズーリンを買収できたのだから良しとしましょう。
……どうせネズミに高級な肉の味なんて判らないでしょう。100g50円くらいの肉でもあげますか。
「ご主人の要件は了解した。早速聖を探してみよう。
……だから、私からも一つ、言わせてもらいたいのだが……」
ん?報酬の要求までしておいて、まだ何か言いたい事があるのでしょうか?
ネズミと言うのは貪欲な者ですねぇ。
まあ、せっかくだし聞いてあげましょうか。ああ、私ってばなんて優しいのでしょうか。
「さっさと着替えて来い」
……そう言われて、漸く私は自分が寝巻のままだった事を思い出した……。
* * * * * *
私は誰にも見つからぬように自室に戻り、そして何時もの服に着替える。
……この服を着る事で、今の自分の姿がより一層虎妖怪っぽく見えるのでしょう。
早く聖を見つけて、元の姿に戻してもらわないといけませんね。
今はもう、私が妖怪である事は周知の事ですが、此処まで露骨に妖怪の姿をするのは流石に好ましくありません。
聖の信仰を担う者としても、単純に笑い者にされないためにも。
着替え終わった私は、まずどうやって寺を出ようかと考える。
ナズーリンとそれなりに話し込んでしまったし、もう一輪辺りは起きているでしょう。
命蓮寺の残りの面子の中では一番被害は少ないでしょうが、それでもこの姿を見られたくない事に変わりはありません。
万一一輪の口からムラサやぬえに飛び火してしまえば、一ヶ月くらい私は部屋から出れないと思います。
特にぬえです。とことんまで人の邪魔をしたりするのが大好きな奴ですから、こんな姿を見られたらと思うと……。
全く、ムラサも彼女の友人だと言うのならば、もっと注意するとかなんとか出来なかったのでしょうか。
……無理ですね。
まあ構いません。今更そんな事を言っても仕方がありませんから。
とにかく今は、どうすれば100%誰にも見つからずに外に出られるかを考えなくては。
とは言っても、私は聖みたいに魔法が使えるわけではありません。
聖ならば姿を消す魔法なんかを知っているかもしれませんが…。…私は今まさにその聖を探しているんです。
聖を探すための姿を消す魔法を聖に聞くとか、本末転倒にもほどがあります。
幾ら宝塔を失くすような私だからって、流石にその位は判っています。
……うん? 宝塔?
ああ、そうか! 今日の私は頭が冴えているんじゃないですか!?
宝塔の力を使えば、その位の事は出来るかもしれない!!
最悪宝塔の光で目を眩ませれば、という方法もあります!!
とりあえず寺の外にさえ出れればいいんですよ!! 魔界でも光を失わない宝塔の力があれば!!
よし、それで行きましょう。
さて、宝塔は何処に置いたっけな……。
「……あれっ……?」
……うん、やっぱり止めましょう。こんな事に聖なる宝塔の力を使う訳にはいきませんね。
これは私と聖の問題なのです。毘沙門天様からの預かり物を、私用で使う訳にはいきません。
決して、宝塔が見つからないとか、そんな理由は全くありません。
また失くしたとか、そんな事はない。ないったらない。……そんな事は……ぐすっ……。
「……とにかく……ぐすっ……他の方法を……考えないと……」
涙を拭う。
宝塔は諸事情により使う事が出来ないのですから、それ以外の方法を考えなくてはいけませんね。
とは言っても、それ以外に誰にも見られずに寺を抜け出す方法はあるのでしょうか。
私とナズーリンの能力では姿を消す事も、耳と尻尾を隠す事は出来ません。
全速力で誰かの目につく前に外へ、とも考えたが、これはこれでリスクが高いです。
別に私は素早さに長けた妖怪ではありませんし、命蓮寺の境内も思ったより広い。
自分の素早さから考えて、境内の外に出るまでの間に誰かに見つかる可能性は、それなりといったところ。
最終手段はそれしかないでしょうが、出来ればもっとリスクの少ない方法を選びたい。
……いっそあれですか、この部屋に秘密の地下道でも掘りますか。ごめんなさいやっぱり嘘です。
ああもう、一人で考えててもいい方法が浮かばない!
仕方ない、もう一度ナズーリンのところへ戻りましょう。
さっきも言いましたが、ナズーリンは非常に狡賢い。故にこう言う時にはその頭脳が役に立ちます。
あの子ならば、この疑問の答えを簡単に……。
「星ー? どうしたの? 朝御飯がとっくに出来て……」
……部屋の空気が凍りついた。
何の前触れもなく、部屋の襖が開けられる。
そして私の姿を見るなり凍りつく、空気の読めない存在、雲居一輪。
「……星……?」
「一輪……」
何故入ってきたのですか。せめて中に私がいるかくらい確認してください。
そんな事を思う前に、だらだらと冷たい汗が私の顔を流れていく。
拙い、非常に拙い、どうしようもなく拙い。
一輪の眼は先ほどから私の耳と尻尾を行き来しています。つまり完全に気付いています。
一輪にばれるのはまだマシな方とは言え、見られてはいけない事に変わりはありません。
……どうしよう。
よし、殺「貴方にそんな趣味があったなんて意外ね」
……はい? もしもし一輪さん? なにか酷く誤解していらっしゃいませんか?
「いや、まあ、そうよね。私達は長い間地下にいて暫くあなたに逢えなかったからね。
長い間一人だったから、真面目な星も寂しかったのよね。だからそうなってしまったのよね。
大丈夫、お姉さん全部判ってるから。そんな事であなたを軽蔑したりしないわ。
ただ朝からそんな姿をしてるのは流石に良くないと思うわ。雲山がいたら時代親父大目玉ね」
一輪さんが明後日の方向を見ながらそんな事をのたまっております。
いや、うん、これはっきり言って盛大に笑われるより性質悪いんですけど。
誤解とかそう言うレベルではなく、もはやただの拷問です。私から何を聞きだしたいんですかあなたは。
「一輪、それは大いなる誤解です。まずは落ち着いて話を聞いて下さい」
「大丈夫、言いたい事は全て判っているわ。
そうね、新たに生まれ変わってしまった星の事をムラサ達にも教えてあげないとね。
さあ、朝ご飯にしましょう、冷める前に食べちゃってね?」
「とりあえずあなたは何も判ってないので安心して下さい」
「その耳引っさげてどの口がそんな事を言っているのかしら?」
「そうですね、そう言われても仕方ない気もしますが、それでも誤解なんです」
「残念だけど、命蓮寺は一階建てよ」
「そんな事を言っているんじゃありません。と言うかギャグが古すぎます」
「暫く地下にいたから今の流行が判らなくてごめんなさいね」
「聖よりは先に戻ってきてたでしょうが」
「流行とか、別に興味ないの」
「……本当に、頭固いのは変わってませんね」
「貴方にだけは言われたくないわ」
「で、そろそろ話を聞く気になりましたか?」
「嫌よ」
「聞けよ」
そんな問答を10分ほど繰り返して、ようやく一輪は折れて私の話を聞いてくれました。
……何で一輪はこんなに扱いにくいんでしょうか……。
頭が固いのも考え物ですね。私も気をつけましょう。
* * * * * *
「ふーん、姐さんがそれをやったの」
別に興味ないなー、と言葉では言わずに顔で言う一輪。
「間違いありません。聖以外にこんな事を出来るのも、やる人もいないでしょう?」
「まあ、それもそうだけど」
そこはやはり納得するみたいですね。
聖の魔法は肉体強化が主です。今私に掛けられてる魔法もまあ、肉体強化ではないが、応用の利く範囲でしょう。
そもそも命蓮寺にこんな虎耳趣味がある者はいません。
やるとしたら、脳味噌に花が咲いている聖くらいです。
「そう言えば一輪、あなたは聖がどこに行ったのか知りませんか?」
一輪はナズーリンと同じくらい朝が早い。ナズーリンが聖の姿を目撃しているのですし、ひょっとしたら一輪も……。
「ああ、姐さんなら今日は朝から人間の里で里の守護者と人間と妖怪についての話をして、昼はそのまま守護者と会食、それが終わったら妖怪の山に出向いて妖怪たちの現状を視察した後に山の神のところへ挨拶して、ついでにあの青い巫女に説教してから河童のエネルギー改革のほうもチェックしてから山を降りて、その後は地底への入り口付近を探索してから魔法の森に立ち寄って魔法使いたちに挨拶してから帰ってくるそうよ」
予想を遥かに上回る具体的な答えが返ってきました。
「読者の過半数が読み飛ばすであろう程の長い解説をありがとうございます」
「幻想郷最強の聖ストはこの私よ」
「それは聖を極めた者なのか聖のストーカーなのかどっちでしょうか?」
「両方よ」
「両方なんだ」
駄目だこの尼、早くなんとかしないと……。
一輪が聖を私でもドン引きそうなくらいに溺愛してるのは知ってますけどさ……。
「とにかく、この姿を見てしまったからには仕方ありません。あなたにも協力してもらわなくてはならない事があります」
この際、一輪にも協力してもらおうと私は考える。
耳と尻尾を見られてしまった以上、もう一輪を抹殺しようなんて物騒な考えは捨てて前向きに捉える事にしますか。
見られたのが一輪なだけまだマシなのです。現に今は落ち着いて会話を交わす事が出来ていますし。
私とナズーリンだけでは確かに人数不足。ここで一輪の協力を得られれば、ムラサとぬえを止められるかもしれません。
「嫌」
だが一輪さんはたった二文字で私の言葉を切り捨ててくれやがりました。
「あのですね、ちょっとくらい考えるとかしてくれてもいいんじゃありませんか?」
「嫌よ、そんなの姐さんの意思に反する事になるじゃない。
第一、貴方もせっかく姐さんに魔法を掛けて貰っておいて、それを蔑にする気?」
駄目だこの尼、早く(ry
私のこんな姿を見ておいて、よくそこまで聖を溺愛出来ますね。あなたは聖に甘すぎです。
まあ、私も聖の事は敬愛していますし、命蓮寺に住んでいる時点で皆聖の事は好きなのですが……。
それでも時と場合という物を考えてください。
「あなたは聖に猫耳生やされたら、それを是と受け止めるのですか?」
「姐さんがそれを望むなら、喜んでするわ」
駄目だこの尼(ry
凄いですね、ここまで来るともはや尊敬出来ます。どれだけ聖が好きなんですかこの人は。
それとも私が変なのですか? ムラサやぬえも一輪と同じような事言うのですか?
「……判りました。あなたがそう言うのであれば仕方がありません。私も実力行使で行きます」
私は立ち上がり、手に持っていた槍を構える。
この槍は私の武器、故に命蓮寺の中と言えど何時でも持ち歩いています。
朝からずっと持ち歩いてはいたのですが、描写する機会がなかっただけです。
「あら、毘沙門天の代理ともあろうものが物騒ね。
だけど、あなたが姐さんの意思を尊重しないというなら、私も力づくでねじ伏せるわよ?」
一輪も立ち上がる。そして右手をゆっくりと上げた。おそらく雲山を呼び寄せたのでしょう。
部屋の戸は閉まっているので入って来れないでしょうが、いざとなれば部屋ごと押しつぶす気ですか。
しかし、ですねぇ……。
「一輪、何も力で相手をねじ伏せることが実力行使、というわけではない事を教えてあげましょう」
私は笑った。多分生きてきた中で初めてであろう程に、不気味に。
一輪も一瞬怯んだような様子を見せました。私が今までに一度もこんな表情をした事がなかったが故でしょう。
「あなたを倒すだけならば、スペルカードなんて必要ありません」
そう、必要なのは私の能力……。
『財宝が集まる程度の能力』の恐怖、その身に刻んであげますよ!!
私が能力を発動させると、その瞬間槍の先が強く光を放つ。
その刹那、光の中からバサバサと何か紙のような物が落ちてきた。
……そして、それを見た一輪は……。
「なっ!!」
この世のものとは思えないものを見たような驚きを見せる。
そう、私が集めたのは財宝。彼女にとってはまさに至宝と呼べる代物。
一輪にとっての、ね。
「そ、それは私が今まで隠し撮りしてきた姐さんの写真!?」
ええ、そうですね。
聖が地上に帰ってきてから、あなたがこそこそと聖を隠し撮りしていたのは知っています。
溺愛しすぎというのも考え物ですね。こうやってすぐに私に弱みを握られてしまう。
私の能力は財宝が集まる程度の能力。
本気で能力を発動させれば、対象の者だけが財宝だと思っている物も集められるのですよ!!
「さてさて、一輪さん。
私が今此処でその写真の山にレイディアントトレジャーガンを撃ち込んだら、どんな素敵な事になるでしょうかね?」
「っ!! ひ、卑怯者!!」
普段の私なら聖の写真に弾幕を撃ち込むなんて事は出来なかったでしょうね。
ですが今の私は違います。目的のためならば何処までも闇へと堕ちましょう。
「スペルカードは使わないと約束したな、あれは嘘だ」
宝塔『レイディアントトレ「判った!! 判ったからそれだけは止めてえええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」
一輪の全力全快土下座。
此処まで激しく素早い土下座と言うのも初めて見ましたねぇ。
それだけ聖の事が好きだという事なのでしょう。もう感心すればいいのか呆れればいいのか判りませんが。
「最初からそのような態度でいればいいのです。
では、あなたはムラサとぬえの足止めをしておいてください。その内に私は聖を探しに行きます」
「……もう勝手にしてなさい……」
何という悪役街道まっしぐらな私。毘沙門天の代理ともあろう者がなんという事でしょうか。
だが今なら、この目的のためならば毘沙門天様も許してくれますよね。
私はただ元の身体に戻りたいだけです。
「……この虎野郎、その死亡フラグを完遂すればいいわ……」
去りゆく一輪が何か言っていた気がしますが、毘沙門天様に言い訳をしていた私の耳には届かなかった。
* * * * * *
とりあえず一輪を懐柔(?)し終えたので、私は今一度ナズーリンの元へと向かう。
ムラサやぬえに見つかる前に、何としてでも聖を捕まえて元の体に戻らなくてはなりません。
あの二人を一輪に止めてもらっている今、早くナズーリンを連れて、寺の外に出なくては……。
ナズーリンがいなくては聖を見つけられません。
いや、ナズーリンがダウザーだからと言う意味です。決して探し物が下手だからというわけではありません。
頭にタオルを巻いて縁側を歩いている自分の姿は、さぞかし異様な光景でしょう。
まあ、今は恥も何も投げ捨てたほうがいいですね。この虎耳を見られるほうが遥かに恥ずかしいのですから。
「あれ、星?そんなトコで何やってるの?」
……なに、このシャン○ーニの塔で急にゾー○が出てきたようなエンカウントは……。
背後から投げかけられた声に反応し、私の首はカタカタとブリキのおもちゃのような音を立ててそちらを向く。
そこには見慣れた黒髪セーラー服の幽霊さんがいらっしゃいました。
「ム、ムラサ……?」
「……何で人の顔を見てそんなに青ざめるのか聞かせてもらっていいかしら?」
いや、だって、ねぇ……。
どうして今逢いたくない人No,2がこうも都合良くこんなところに。
一輪はどうしたですか、ムラサとぬえを何とか足止めしておいてと言っておいたのに……!!
それとも、やっぱり方法がまずかったのですか?
もしそうだったら、後で聖の写真目の前で燃やしてやりましょうか……。
「朝御飯も食べないで何やってるのかと思ったら、朝風呂でもしてたの?」
ただ、思ったよりは悪い事態でもなさそうですね。
どうやら頭に巻いたタオルを見て、お風呂に入っていたと勘違いしている様子。
このまま誤魔化した方がいいですか。その方がいいですね。
相手はムラサ。ぬえと対等に渡り合える程度の性格を持つ念縛霊です。
因みに尻尾はいろいろ工夫して仕舞い込んでいます。何処にとか、そういう質問は野暮な事。
ムラサは聖に出会うまでグレていただけあって、今でも人を困らせる事が結構好きな奴なのです。
ついでに言うと、聖が復活するまでは「人間ウザい人間許さない聖を返しやがれ沈めるぞ」とか毎日呪いの呪文を唱えていました。
それを傍で聞いていた私や一輪は、魔除けのお札でも貰ってこようかと思ったほどのノイローゼになりました。今はいい思い出です。
元とはいえ、念縛霊とは恐ろしい存在だ。あの時ほどそれを強く思った事はありませんでしたねぇ。
そんな事はどうでもいい。
「ええ、まあ、昨日徹夜をしてしまって、お風呂に入っていなかったものですから」
心を落ち着かせて、普段通りの声で返答する。
「ふーん、まあ何でもいいけど」
何でもいいなら聞かないように。
まあ、昨晩はムラサ達より遅く寝ているので、これで納得してくれるというのは判っていた事。
よし、何とかこの場は切り抜けられそうですね。ムラサさえ誤魔化せれば、後はぬえに会う前に……。
「……うん?」
……ムラサが首を傾げた瞬間に、私の背筋に恐ろしい悪寒が走る。
「ど、どうしたのですか?」
なるべく平静を装ったつもりでしたが、どうしても声が震えてしまう。
なに、何に気付いたのですか船長さん?
「いや、お風呂入ってたわりには水気がないなーと…」
ギクッ!!
しまった、ムラサは水没霊でした。水に関しては命蓮寺の誰よりも敏感な存在です。
幻想郷には海がないんだから、水への感覚なんて忘れててくださいよ!!
ほぼニート船長のくせに、こんな時だけ余計な超感覚を発揮しなくても……!!
「あ、いえ、その、か、乾かしたんですよ。
ほら、この間香霖堂という場所で見つけた『どらいやー』と言う奴ですよ!」
取り敢えずとっさに思いついた言い訳で誤魔化す。
一応そういう髪を乾かす機械があるというのは聞いているので。
「うん? あれってまだ電気が通ってないから使えないんじゃなかったっけ?」
えっ? あったんですか命蓮寺に? そっちの方がびっくりなんですが。
ぬえかナズーリンが興味を持って買ってきたんだろうか。
「……怪しい」
そんな余計な事を考えている間に、ムラサの表情がどんどん変わっていく。
具体的には、とても面白そうなオモチャを見つけた意地の悪い子供のような……。
「え、いえ、私は善良な妖怪ですよ? 隠し事なんて何もしていませんよ?」
顔は平静を装えても、どうも声が震えてしまう。
まずい、非常にまずい。特にムラサがこういう表情をしている時は、たいていロクな事になりません。
「おやぁ~? 私は隠し事してそうだなんて一言も言ってないけどなぁ~?」
にやにやにやにや、と擬音効果が聞こえて来そうなムラサの邪悪な笑み。
うん、是非ともこの表情を聖に見せてあげたいですね。多分2時間ぐらい説教を食らうでしょう。
ああもう、どうしてこういう時に聖は何処かに出かけてるんですか!
……ああ、そうですか、私をおちょくるためですか。捕まえたら何時間説教してあげましょうかね。
「……そうか、そのタオルの下に何か隠してるのね!?」
あ やせいの むらさが おそいかかってきた ▼
「ちょっ!? ムラサ!?」
「さあ見せなさいそのタオルの下!! 星の秘密を私に教えなさい!!」
私に圧し掛かってタオルを引っ張るムラサ。
しかし私とて、ムラサにこの耳を見られるわけにはいきません、絶対に。
火事場の馬鹿力と言うものか、普通引っ張ったら簡単に取れそうなタオルを少しも崩さずにキープする。
「な、何を考えているのですか! 私は何も隠してなんていません!」
「へーっ! 何も隠してないなら取ったっていいじゃない!
毘沙門天の代理ともあろう者が、無駄な抵抗は止めなさい!」
「嫌です!! 貴方にこれを見せるぐらいならば舌噛んで死にます!!」
「残念だったわね!! 妖怪が舌噛んだくらいで死ぬとでも思っているの!?
さあ早く見せなさい!! あんたの事だからどうせ小鳥でも拾ってきてぬえに食われないように隠してるんでしょ!!」
「ぬえは小鳥を食べるのですか!?」
「あいつは何だって食うわよ!! 人間だろーと妖怪だろーと見境なく!!
かくいう私も昔寝床で「ストップそれ以上は言ってはダメです!!」
取り敢えず、ムラサが青少年の教育に宜しくない発言をしようとするのを全力で阻止。
この二人の関係はそこまで進んでいたのですか、いやいや今はそんな事はどうでもいい。
とにかくムラサは火が点いたら止まらない。止まるような性格ならば、私はこうもムラサに逢う事を恐れなかったでしょう。
念縛霊とはかくも厄介なものか……!!
「いいからさっさと諦めてタオルを取りなさい!! 小鳥が可哀そうでしょ!!」
「可哀そうだと思うなら止めてください!! しかも何で小鳥だと断定してるんですか!?」
「じゃあなに!? エロ本!?」
「ふざけんなこの変態幽霊!! 誰がそんなもの隠しますか!!」
「ああもう抵抗するな!! さっさと見せなさい!!」
うぎぎぎぎ……!! 流石にそろそろ辛くなってきた……!!
頭に巻かれたタオルが、ムラサのしつこい攻撃によって次第に崩れていく。
「あはははは!! あなたの負けは決まっているのよ!! これ以上の抵抗は無意味だから早く諦めなさい!!」
ガシッ!とムラサの腕が私の抵抗をすり抜けてタオルを掴む。
あっ、やばっ…!!
「私の勝ちよ!!」
ムラサがタオルを思いっきり引っ張る。
拙い、このまま負けたら私は相当の間笑いものに…!!
嫌です!! そんなのはまっぴらです!!
聖のせいで!! あのバカ魔法使いのせいでそんな苦痛を味わいたくはありません!!
ああっ!! 私の力よ!! 今此処に奇跡を……!!
「撃沈アンカアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
「ごぱっ!?」
めこっ、と鈍い音を立ててムラサの顔面に突き刺さる錨。
ど、どうやら私の力が本当に奇跡を起こしてくれたようです…。
咄嗟に財宝を集める能力を発動させた私の手には、ムラサが時たま持っている錨が握られていました。
ムラサにとってこの錨はそれなりに大事なもののようです。
ムラサの顔面がつぶされてる間に、私は急いで頭にタオルを巻きなおす。危ない完全に丸見えでしたよ耳が…。
「ちょっとこの虎野郎!! 女の子の顔に錨をぶつけるとかどういうつもりよ!!」
意外と早く起きあがるムラサ。
「いやまあ、それは確かに申し訳ないですが…。
いきなり襲いかかってきたあなたも悪いですし、あなたも妖怪ですから顔の一つや二つ吹き飛んでもすぐに戻りますよ」
「何そんなトカゲのしっぽみたいな事言ってんのよ!!
いくら妖怪だからって頭潰れたら多分死ぬわよ!! いや死なないかもしれないけど顔が変わったらどうしてくれるのよ!!」
「今よりもっと可愛くなるんじゃないですか?」
「なんか遠回しに馬鹿にしたでしょ今!! ああもう許さない!!」
錨を手に手に取るムラサ。
その表情は先ほどまでの犯罪者(HENTAI的な意味で)のようなものから、犯罪者(殺人鬼的な意味で)のようなものへと変わる。
拙いですね、これはちょっと本気で怒らせてしまいましたか。
宝塔がない私では、正直本気のムラサと戦うのはちょっと分が悪いかもしれません。
毘沙門天に帰依し、神の力を多少なりとも持つとは言え、所詮私は一端の妖怪に過ぎませんから。
「いいわよ!!あんたが私の顔ふっ飛ばそうとするなら!!私だって同じ事しても許されるわよね!!」
ムラサが錨を振り上げる。己に溜めた私への怒りと共に。
あ、今上手い事言いました?いやいやそんな事言っている場合では……!!
「すまないな船長、其処までだ」
ドスッ、と言う鈍い音と共に、ムラサの動きが止まり、そして崩れ落ちる。
崩れ落ちたムラサの後ろに立っていたのは、見慣れた灰色の髪のネズミ…。
「首の後ろをどつくと気絶するのは本当なのだな」
我が最優秀部下のナズーリンでした。今更ですが、部下一人だけだろと言う突っ込みは禁止です。
「な、ナズ……ナズーッ!!」
あまりにグッドタイミング過ぎるナズーリンの登場。感動して思わず抱きついてしまいました。
流石私の嫁ナズーリン!! 空気を読み過ぎているというレベルではありません!!
あなたならば私は何時でも嫁に貰いますよ!!
「取り敢えず離してくれ、気色悪い」
あうぅ……ナズーリンが冷たいです……。
「そんな事より、聖の居場所が判った。割と命蓮寺の近くにいるらしい」
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
ナズーリンのその報告に大歓喜!!
流石です!! あなたが味方で本当に良かった!!
「ああ、先ほど聖の反応が命蓮寺の正面の道を移動していた。
つまり、今すぐに命蓮寺を出れば丁度聖と合流出来るだろう」
ああ、今日ほどナズーリンが頼もしいと思った事はないかもしれません。
何時も頼もしいナズーリンですが……今日のナズーリンは本当に素晴らしい!!
そうとなればボケッとしていられない。あのバカ魔法使いを意地でも捕まえなくては。
「ありがとうございますナズーリン!!
待ってて下さい聖……!! 必ず私の手でビンタ一発決めてあげます!!」
「意外と安いんだな……」
* * * * * *
取り敢えず気絶したムラサを縛って近くの部屋に放り込んだ後、私はナズーリンと共に命蓮寺の外へと走った。
「ナズ、まだ聖は近くにいますか?」
「ああ、大丈夫だ。まだ反応は近い。
それとどうでもいいんだが、いきなり呼び方を変えるのは止めてくれないか?」
「そっちの方がお嫁さんっぽいではありませんか」
「今日のご主人の脳には虫でも湧いているのか?」
「褒めても何も出ませんよ」
「褒めてない上に確かにご主人を褒めても何も出ないな、寧ろ何か失くしそうだ」
そんなやり取りをしつつ、命蓮寺の境内と外とを繋ぐ階段へとたどり着く。
後は此処を降りて、聖を待ち伏せするか追い掛けるかすれば……。
そう思って、急いで階段を降りようと思ったら、
「おぶっ!?」
バシッ!! とまるで電流が走ったような音と共に、私の身体が何かに勢いよくぶつかる。
いたたたた……鼻の骨が折れるかと思いましたよ……。
「こ、これは……!!」
「ほぅ、どうやら聖は面白いお土産を残していたようだな」
いやいや、何を感心しているのですか私の嫁。
これはどう見ても結界です。しかもかなり強固な、それこそ聖の封印クラスに強力です。
あのバカ魔法使い……!! まさかこんな結界を残してまで私をおちょくりたいのですか!!
「ナズ!! この結界に何処か抜け穴はあったりしませんか!?」
こんな時頼りになるのはやっぱりナズーリンです。
冷静に考えて、物をよく失くす私と物を探す事に長けたナズーリンは最高のペアですね。
「まあ、探しては見るが……聖がそんなミスをするとは思えないがな……」
ううっ……確かにそれはそうなんですが……。
こんな結界、それこそ宝塔がないと私には破れないんですよぅ。
取り敢えずやるだけやってみてください。聖が命蓮寺が離れる前に、何とか……。
「み、水蜜!? どうしたの!? 何でそんな簀巻きで監禁されてるの!?」
……えっ、い、今の声って……。
「えっ!? 星とナズーリンにやられた!?
チクショウあのバカ夫婦!! 私の水蜜を!! 絶対に許さない!!」
夫婦、夫婦ですか。いい響きですね。やっぱりナズと私は世界公認の夫婦なんですよ。
いやいやそんな事は果てしなくどうでもいいのです。
どうしてこう、悪い事とは重なるものなのでしょうか。
さっきの声は、多分今日私が最も逢いたくない者の声で……。
ズドオオオオォォォォォォォォォォォン!!!!!!
「きひひひひ……!! 星、ナズーリン、私の友達に手を出したんだから、命を捨てる覚悟は出来てるよねぇ!?」
ムラサを監禁していた部屋の扉を跡形もなく吹き飛ばし、私達を睨みつける黒い妖怪、封獣ぬえ。
普段から真黒ですが、今は心なしか後ろにさらにどす黒いオーラが立ちこめているように思えます。
「ナ、ナズ……。ムラサは気絶していたはずでは……」
「所詮私は妖怪としては弱い方なのでな。力もそんなにあるわけではないんだ」
要するに気絶していたのはあの一瞬だけだったという事ですか……。
それで、私達が部屋を離れている間に、ムラサが騒いでいたらぬえがそれを見つけて……。
「星……!!人の顔に錨をぶつけた罪、その身で償って貰うからね……!!」
ご丁寧にムラサまで復活してしまいました。まあ、確かに助けない方がおかしいでしょうが。
拙い、非常に拙い、おそらく私の人生最大のピンチと言ってもいいでしょう。
妖怪としての力は、ムラサもぬえも申し分ありません。
ムラサは人の恐れが生み出した念縛霊。存在自体が妖怪の力の塊のようなものです。
ぬえは恐らく、嘗て最も恐れられた妖怪と言ってもいいほどに人からの恐れを買っている妖怪。
人からの恐れは妖怪を強くする、それは現代でも変わる事はありません。
今の幻想郷の民はあまり妖怪を恐れていないとはいえ、この二人は元のキャリアと言うか、そういうものが違います。
それに対して私はまあ、つい最近まで妖怪である事を隠していましたからねぇ。
昔も今も人は全く私を恐れていません。妖怪としての力は多分物凄く低いでしょう。
その分毘沙門天様の神の力を備えてはいますが……宝塔が……。
ナズーリンもまあ、赤みがないものは食べないとか何とか普段から言っていますが、結局はネズミです。
物を探す事に関しては幻想郷でもトップクラスでしょうが、今の状況ではそれがどうしたというレベルです。
「……ナズ」
「……ああ、判っている」
ナズーリンに愛コンタクト。いやアイコンタクト。
こんな状況で私達が出来る行動など限られていますからね。
いくら強力な妖怪が相手とはいえ、多分私達二人は……。
「「御命頂戴致す!!!!」」
「何で武士口調!?」
「突っ込んでないで逃げるぞご主人!!」
いきなり武士の口調になったムラサとぬえに思わず突っ込みを入れてしまいましたが、とにかく私とナズーリンは逃げ出す。
いくら強力な妖怪と言えども、別に二人はそんなに移動速度が速いわけではありません。
それは私も同じですが、ナズーリンだけは話が別です。物凄く逃げるのは早いです。ネズミですからね。
そして私も、時たまそんなナズーリンを追いかけまわす事があるので、少なくとも怠惰な生活をしている二人には多分負けません。
こうして私&ナズーリンVSムラサ&ぬえの地獄の鬼ごっこが幕を開けたのでした。
……まあ、割とすぐ終わるのですがね、主に私のせいで……。
* * * * * *
「疲れました……」
「君は本当に役に立たないなご主人」
すっぱりと言い切るナズーリンの言葉が身に染みます、ううっ……。
鬼ごっこ開始から5分で私の疲れがピークに達したので、今は命蓮寺裏庭の物陰で休んでいます。
「仕方ないじゃないですか……毘沙門天の代理が……こんな重労働……するわけが……」
「私としてはどっかの誰かさんが無くした宝塔を探している時のほうが疲れたのだがな」
「……宝塔という……単語がある時点で……余裕で……特定出来ますね……」
ナズーリンの言葉だけでなく、その目線もだんだんと私の胸を刺してきました。
そうですね、そうですよね。
ナズーリンはもともとこの件には全く関係ないのですから。
私が聖に虎耳を生やされて、それで私は聖を探さなくてはいけなくなって……。
そうして一輪やムラサ、ぬえをも怒らせて、今こんな事になってしまって……。
……私がもっとしっかりしていれば、ナズーリンの手を煩わせなくても良かったじゃないですか。
「……あは、あははは……」
唐突に、笑いが込み上げてきた。
「ご主人?」
「駄目ですね……本当に私は……」
思えば、今まで散々ナズーリンに迷惑を掛けておきながら、私はその見返りに何かを出来ただろうか。
ナズーリンに迷惑を掛けているのは、全てが当然私の責任なのだ。
「私の個人の問題なのに……ナズーリンに迷惑ばかりかけて……。
本当に……よくも私は……あなたの上司なんか……名乗れますよね……」
眼から何かが流れ落ちたような気がした……。
「ごめんなさい……ごめんなさいナズーリン……。
私は……私は……」
それ以上、言葉が続かなかった。
どれだけ謝っても、ナズーリンをこんな下らない事に巻き込んでしまった責任は果たせない。
どれだけ謝っても、今までナズーリンにかけた迷惑が無くなるわけでもない。
何を言えばいいのかが、私には全く判らなかった。
……ただ、私には泣く事しか……。
「君は本当に馬鹿か」
「ふぎゃっ!?」
ゴスッ!!
鈍い音と共に、私の頭に強烈な痛みが走った。
恐らくダウジングロッドで殴られました。予想外に痛いです。
まあ、ダウジングロッドは鉄製なので痛いのは当然なのですが……。
「な、ナズーリン!?」
「ああそうだったな、君が馬鹿で、ドジで、物をよく失くして、真面目な事くらいしか取り柄がなくて、挙句宝塔がなくては頼りにならないダメ上司、だというのは今更だったな」
ざくっざくっざくっざくっ
ナズーリンが的確に私のウィークポイントを付いてきています。もう別の意味で泣きたいです。というか死にたいです。
ううっ……これでも昔は寺のあった山では一番まともだと言われた妖怪だったのに……。
性格がまともだっただけなのでしょうか……。
ナズーリンの言葉に大打撃を受けて私は沈み込んだ。
「今更とは言え、毘沙門天様もどうして私をこんな妖怪の監視役に任命したのか……」
ああもう今は何でも言わせてあげますよぅ……。
どうせ私はどうしようもないダメ妖怪ですよ。ナズーリンに相応しくないただの縁起がいい妖怪ですよ。
もう首吊ろうかな。ああでも妖怪だから首吊ったくらいじゃ死なないか。
荷物畳んで命蓮寺から出て行くのも……。
「本当に、毘沙門天様は素晴らしい方だ、よく見抜いておられた」
……はい?
今までの話の流れでどうしたそんな台詞が……?
「ご主人、君の監視役は私でなくては駄目だったな。
他の物に任せていたら、どうなっていたのか想像も出来ない」
……ナズー……リン……?
「まあ確かに、ご主人が今まで私に掛けてきた迷惑は数知れない。
だが、私は今までそれを苦だと思った事はないさ。なぜなら……」
ぽん、とナズーリンは優しく私の頭に手を置いた。
ナズーリンの温もりが、頭から全身に広がっていく……。
「ご主人をこれ以上ダメな妖怪にするわけにはいかないからな」
……言ってる事は相当酷いですが、それでも……。
ナズーリンの優しい心が、凍りついていた私の心を溶かしてくれたような気がします。
ナズーリンはこんな私を受け入れてくれた。確かに、それは他の誰にも出来ない事かもしれません。
ああ、どんなにものをよく失くす私でも、一番大切なものは、失くしていなかったのですね。
ナズーリン、あなたは私の宝です。聖と等しく、私にとって大切な存在です。
私の能力が、財宝を集める能力が私に齎した宝物……。
それは、あなたなのかもしれませんね……。
「……ありがとう、ございます……ナズーリン……!!」
ぼろぼろと、大粒の涙が流れてくる。
でも、こんな温かい涙を流したのは、久しぶりの事かもしれない。
聖の封印が解けた時も、私は泣いた。でもあの時の涙は、喜びの涙ではなく、後悔の涙だった。
どうして聖が封印されるのを止められなかったのだろう、どうして何百年と私は何も出来なかったのだろう。
思えばずっと、私が流してきたのはそんな涙だった。
聖が封印されてからずっと、喜びの涙を流したことはなかったかもしれません。
そう言えば、聖が封印されてからも私が人間のふりをして頑張れたのは、ナズーリンが傍にいてくれたからかもしれませんね。
本当に、ありがとうございます……ナズーリン……。
「礼を言われる事ではないさ。それより早く船長達から逃げて、この虎耳を……」
ナズーリンが私の耳を触りながらそういう。
だがその言葉は途中で途切れ、ナズーリンの表情も次第に変わっていく。
例えて言うなら、お茶を淹れに台所へ行って戻ってきたら、炬燵の上のチーズがなかった時のような表情ですね。
「……どうしました?」
「いや、ご主人、タオルはどうしたんだ……?」
タオル? タオルって何ですか?
いや、タオルは知っていますが、どうして唐突にそんな事を言い始め……。
「……あっ……」
言葉の意味を理解するまでに10秒ほど掛かりましたが、ようやく判りました。
ナズーリンは今、私の虎耳に直接手で触れています。
ですが、ムラサとぬえから逃げる前の私では、それをする事は出来なかったでしょう。
誰にもこの虎耳を見られないように、ずっとタオルを巻いていたのですから。
しかし、今は直接触れる事が出来るのです。それはどういう事かと言うと……。
「水蜜、このタオルさっき星が頭に巻いてた奴だよね、きひひひひ……!!」
「此処に落ちてるって事は、さっきまでここに至って事で……。
私達がこっちから来たんだから、つまり星達は……」
まるで私達がタオルを失くした事に気付くのを待っていたかのように、ムラサとぬえの声が聞こえてくる。
しかもなんだか物凄く危ない事を言っている気がします。
今私達がいる位置と、ムラサとぬえの声が聞こえてきた位置、そして命蓮寺の構造を頭の中に展開。
えっと、今私達がいるのが此処で、ムラサ達が此処で、上から見た形はこうだから……。
「きひひひひ……!! じゃあそっちから挟み込めば逃げられないね……」
「ぬえはそっちからよろしくね……。
全く、ドジっ虎も大変だねぇ……まさかこんな袋小路に逃げ込んでくれるなんて……」
つまり、そう言う事です。
普段はこんなところには来ないので、こう言う場所でも見つかる事はないと思っていたのですが……。
まさか、タオルをそんなすぐ傍に落として、しかもそれで此処にいる事を特定されるなんて……!!
「きひひひひっ!! さあバカ夫婦!! 正体不明の飛行物体に怯える準備は出来た!?」
「覚悟しなさい星!! あんたをぶっ飛ばして序に秘密も幻想郷中に広めてやるわ!!」
ああああぁぁ!!
拙い拙い本当に拙い!! 完全にあの二人殺るき満々ですよ!!
こんな袋小路では逃げられませんし、相手は凶悪な殺人鬼二人。
捕まったら殺されるより酷い目に遭うかもしれません。せめて、せめてナズーリンだけでも……!!
「……ご主人、見つかったら君の首を差し出して二人に許しを貰ってもいいかい?」
えっ? ナズーリン? 冗談ですよね?
結局私が捕まってナズーリンは助かる事に繋がるかもしれませんが、出来れば私の口から言わせてください。
『ナズーリン……此処は私が引き止めます。ですからあなただけでもその内に……!!』
『ご主人……ダメだ、そんな事は……!!』
『お願いですナズーリン……!! あなただけでも……!!』
『ご主人……!!』
ああ、ナズーリン、愛とは素晴らしいものですね。
死に際だからこそ愛は輝くものです。儚く散る花だからこそ、愛は美しいのです。
「ご主人、訳の判らない顔して笑ってないで何とか出来ないのか」
現実のナズーリンの言葉に引き戻される。
そんな事を考えている間に、ぬえとムラサの足音が耳で聞き取れるほどに近づいて来ていた。
私達が、逃げられないようにしっかりと、私達を挟み撃ちにするように……。
「ナズーリン……!!」
「私にはどうしようもない。すまないが自分で考えてくれ」
いや、そんな事言われても、あなたに思いつかないのに私が思いつくわけないじゃないですか!!
こう言う時の狡賢さはあなたの方が数倍上なんです。しかも落ち着いているあなたの方が頭が回りそうですし!!
「きひひひひ……!!」
「あはははは……!!」
不気味な笑い声が左右から聞こえる。
ああ、もう駄目だ……!! 完全に詰みの状況です……!!
私にはもうどうする事も出来ません。
誰か、誰か助けて……!!
聖……!!
* * * * * *
「……あれ?」
「うん? 誰もいない……?」
「おかしいなぁ、あそこにタオルを落として、その後に何処かに行くなら此処にいるしか……」
「飛んでるところも見えなかったし……」
「ひょっとして、たまたま星が巻いてたのと同じタオルが落ちてただけ……?」
「……とにかく、あっちも探してみよう。ぬえはそっちからよろしく」
「了解」
* * * * * *
世界が一瞬のうちに変わっていました。
今私達がいるのは、命蓮寺の屋根の上。
さっきまでいた場所からそう離れてはいませんが、さっきの場所からこの位置は目では見えません。
いったい何が起きたのか、全く判りません。
横に座っているナズーリンも同じような表情を浮かべています。いったい何が……。
「ふふっ、危なかったわね、二人とも」
急に、後ろからとても聞き慣れた声が……。
「「えっ……?」」
私とナズーリンが同時に、ゆっくりと振り向くと……。
……其処には、紫と亜麻色の異常に不釣り合いなグラデーションの髪を持った、まるで聖母のような笑顔を浮かべる女性の姿。
命蓮寺の主、聖白蓮が……。
「ひ、聖……?」
まさか、助けてくれたのは聖……?
確かに聖なら、身体能力を強化して、あの場から私とナズーリンを抱えて此処まで移動するのを一瞬でこなすなど、朝飯前でしょう。
聖は……聖は私達のために……。
「聖……!!」
「あらあら星ったら、泣かなくてもいいじゃない」
泣きますよ……どれだけ怖かったと思ってるんですか……!!
聖が助けて下さらなかったら、私は確実に死んでいたかそれより酷い目に遭わされていました……!!
ありがとうございます、聖……!!
「聖……!! 聖いぃぃぃぃ!!!!」
私は聖の胸元へと飛び込んで……。
「この馬鹿ヤロオオオオォォォォォォォォォ!!!!!!」
聖の顔面に思いっきりグーパンチを叩き込みました。
私のパンチを食らって吹っ飛ぶ聖。飛んでる最中も何故か笑顔だったのが不気味です。
「あらあら、いいパンチじゃない」
笑顔のまま(鼻血を流しつつ)起き上がりそんな事を言う聖。
喧しいわこのバカ魔法使い!!
冷静に考えたら全部あなたのせいなんですよ!!
あなたが私の身体で遊ぶから!! だから一輪に見つかってムラサに襲われてぬえに殺されそうになって!!
「聖!! なんだってこんな事をしたんですか!! 訳は後でもいいからさっさと元の身体に戻してください!!」
今まで溜めこんできた聖への怒りを全て言葉に乗せる。
こんな時ぐらい聖をぶん殴って怒鳴って叱りつけても許されると思います。て言うか無理やり許させます。
毘沙門天様、近くで見ておられても絶対に止めないでください。
私は今こそ心を鬼にして、聖の戯れ事を罰します。
「いいじゃない戻らなくても。そっちの方が可愛いわよ」
「煩いです!! 可愛かろうと可愛くなかろうと私は気に入っていないんですよ!!」
「あら、じゃあ可愛くなくてもいいの?」
「いいですよ!!」
「……本当に?」
「ええ!! 私は……」
そこまで言って、私の言葉が何故か止まってしまう。
……あれ? 何で私は何も言えないんだ?
私は昔から、毘沙門天の代理として聖の信仰を受けてきた。
故に、自分の女らしさと言うか、可愛さとか、そんなものは全て捨ててきた。
今でもそれは同じだし、これからもずっとそうして行くつもりだ。
だから、私にはそんなものは必要ない。
……必要ないなら、そう言えばいい。
なのに、何でそれを言えないんだろう。
私には必要ない、そう言えばいいだけなのに……。
「……ねえ、星。もう我慢しなくてもいいのよ?」
聖は何時もと変わらぬ、誰の心でも癒してしまうような笑顔を私に向ける。
「星は今までずっとそうだったわね。折角可愛いのに、私の信仰を受け、人間であろうとするから、ずっと女の子らしく生きようとしなかった。
でも、もういいのよ? あなたは妖怪で、それで女の子。
別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない。虎耳が生えてたって、尻尾が生えてたって。
私はそれが可愛いと思うし、きっとナズーリンだってそう思ってるんじゃないかしら?」
聖がそう言って来るので、私は反射的にナズーリンの顔を見てしまう。
当のナズーリンは、私に方へと目は向けてくれませんでした。どんな表情か、見せてくれませんでした。
「……いや、だからってこんな事していい事にはなりませんよ。
そうするにしたって、他にも方法はあるじゃないですか。いきなりこんなレベルが高い事をしなくても……」
「まあ、私の趣味である事も否定はしないわ」
やっぱりですか。
「でもね、星」
聖はゆっくりと私の方へと歩いてくる。
そして……。
優しく、温かく、私の事を抱きしめて下さった……。
「私はあなたに女の子らしくなって欲しかった。
今まで私のために必死に毘沙門天の代理を務めてくれたけど、でももういいのよ。
星は星らしく、生きたいように生きてほしい。私のために頑張ろうとしなくてもいい。
だから、私はあなたに耳と尻尾を生やさせたの」
静かに、私の耳元でそう囁く。
……ああ、どうしてだろう。
聖がこうしてくださると、全てを許してしまいたくなってしまう。
聖の温かさが、どんなに荒んだ心でも癒してしまう、そんな力を持っているからでしょうか……。
それに、聖の言う通りなのかもしれない。
私は今まで、毘沙門天様の代理であろうとするあまり、全く女性らしく生きようとはしなかった。
それでいいと思っていたけれど……聖は、そう思っていなかったのだろうか。
じゃあ、聖は私に考えを改めて欲しかったから、こんな手段を……。
「……判ってくれるかしら? 星」
聖は優しい笑みのまま、私の目を見つめる。
……ああ、聖……あなたの考えを読むまでに、私は至っていなかったのですね……。
「……あなた様の言葉、頂戴致しました……。
ですから、もうこんな戯れは止めて下さいよ……?」
「あなたが判ってくれたのなら、私はそれでいいのよ」
そう言って、聖は私を抱いている手に力を込める。でも、その腕はとても優しかった。
ああ、温かい……。……なんだ、私なんかよりずっと、聖は神様らしいじゃないですか……。
私が無理する必要なんてなかったんですね。
私の傍には誰もが慕う、聖母のような僧侶、聖白蓮がいるのですから……。
「……それにしても、本当にいい部下を持ったわね、星」
私にしか聞こえない程度の小さな声で、聖は耳元で囁いた。
「えっ?」
唐突なその言葉の意図がつかめずに、私は困惑する。
「私に、あなたに女の子らしく生きて欲しいって相談してきたのは、ナズーリンなのよ」
……えっ?
「あなたの事をサポートしてくれて、あなたの事をずっと考えてくれている。本当にいい子ね、ナズーリンは」
ナズーリンが……?
「さあ、星。あなたもナズーリンにちゃんと思いを打ち明けて来なさい」
そう言って、聖は私を抱いていた手を離す。
ちょっと名残惜しいですけど、でもまあ、そうですね。
今は、こう言っては聖に失礼ですが、聖よりも感謝するべき存在がいるのですから。
聖から解放された私は、ゆっくりとナズーリンの下へと歩み寄る。
ナズーリンはどうしたんだ? と言いたそうに首を傾げている。やっぱり聖の声は届いていなかったのだろう。
……でも、それでいいです。
私はナズーリンに、今こそ思いを打ち明ける時なのです。
首を傾げているナズーリンを、私はぎゅっと抱きしめた。
「なっ!? ご、ご主人!?」
「ありがとうございます、ナズーリン……!!」
何時も何時も迷惑ばかり掛けているのに、それでも私の事を思ってくれて、ありがとうございます。
何時も私の傍にいてくれてありがとうございます。私をサポートしてくれてありがとうございます。
どれだけ感謝の言葉を述べても、足りない気がします。いや、足りません。
本当は、もっとナズーリンに伝えたい言葉はあるのですが……。
今は、ありがとうの言葉を伝えたいです。
ナズーリン、本当にありがとうございます……。
「……ずっと、傍にいて下さい……」
あっ、なんか自然にそんな言葉が……。
「ご、ご主人……?」
そう言ってしまって、凄く恥ずかしくなりましたが……。
でも、それが今言える私の、せめてもの一言だったのかもしれません。
ナズーリン、大好きです……。
これからもずっと、傍にいて下さいね……。
「……いや、その前に一つ言わせてもらっていいかい?」
「なんですか? ひょっとして愛の告白ですか?」
「いや……。……そんな事、言ってないんだが?」
「はい?」
「いや、だから聖に、ご主人に女らしく生きて欲しいなんて事、相談していないのだが……」
「……はい?」
「……それに、聖がいつの間にかいなくなってるぞ?」
「……………」
「もうちょっと言うならば、この話のタイトルをよく見て欲しいのだが……」
「……………」
「聖イイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!」
此処からムラサ達と私達でなく、聖と私の鬼ごっこが始まった事は、言うまでもない蛇足です。
良い話かと思ったら、最後にどんでん返しがwww
面白かったですwww
猫耳?犬耳?
その後「なんだヒゲが生えたってオチか」って思ってたらww 2回騙されたww
財宝を集める能力が攻撃に使われたの初めて見た。すげえ。
個人的意見になってしまいますが、悪戯好きていうかお茶目な聖は好みですが、あまりにも星にバカ呼ばわりされてたのがちょっと不快感というか違和感がありすぎで、残念ですがちょっとマイナス点。
なにはともあれ、最後に愛の告白ができてよかったじゃないか。それで、返事はどうなんだナズーリン?
誤字脱字いろいろ報告です。アラ探しみたいで申し訳ありません。
「秘密の地下道でも掘ろうますか」掘りますか?掘ろうか?
「どれだけ信じていても、絶対に笑うとなんて判っていました。」笑うと?笑うって?
「一輪の全力全快土下座。」全力全開?
「布団」がたまに「蒲団」だったり
「完全に積みの状況です……!!」詰みですね。
あと、後書きで「前回復」前回回復?全回復?
あんまりヘタレてない星とかグレてた船長とか元の設定思い出したWW
聖の悪戯や、会話なども面白かったです。
上の方も書いてますが、テンポがよくて読みやすかったです。
それだけに、途中少しでもテンポが悪くなるとだれてくる……とおもったら、
終盤にかけてのラストスパートにかけてのためだったとは!
星と他の命蓮寺組のやりとりもよかったです、中でも一輪さんとのやりとり
がよかったなぁ。
ただレイディアントトレジャーガンがどんなのか見たことなくて、レイディアントトレジャーと浄化の魔を想像してしまった。
っていうか、ハード以上のスペカを使おうとするとは星さん容赦ねぇw
うんうん、ここに(幻想郷)また平和?な一家が増えたというわけですな。
よかったよかった……それに聖は本当に反省も後悔もしてないと思う。
だって聖は悪いとおもってやったこととは思ってないはず!
それが聖クオリティ、まさに良い人の鑑。
素晴らしいお話をありがとう!命蓮寺組のみんなありがとう!!
病んでる感じのぬえがかわいい
だが一つだけ訂正させていただく。
ナズーリンが星の嫁? 否! 星がナズーリンの嫁なのだ!
異論はそれなりに認める。
そしてこの星は可愛い、それで十分だ。
筋肉もりもりマッチョマンが脳内で展開されたんだが…
ドジっ虎星ちゃんもかわいすぎる
そっち!?