Coolier - 新生・東方創想話

まくまで

2009/12/26 21:35:40
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『私が大きなお屋敷に招かれたのは、綺麗な満月の夜でした』


◇ ◇ ◇


 まるい、まあるいお月様がゆらりゆらり。ゆらゆらと滲んでいる。

「藤原様……お願いです。どうか」
「わかってるわよ」

 私は彼女たちの名前を知らない。知る必要なんてなかったから。それを知ってか知らずか、彼女たちもまた、私の名前を呼んではくれなかった。襖を開けて静かに中に入る。和で統一された室内。障子は彼女の意向で開け放たれ、月の光が満ち満ちている。身体に障るだろうに、それでもまだ、彼女は月への想いを捨てきれずに居たのだ。
 自慢だったはずの長く艶やかな髪は、すっかり色が落ちてしまい、私と同じ、白色に染まっている。柔らかな銀色の月明かりに、黒よりも鮮やかに輝いていた。

「や。久しぶりね、妹紅」
「久しぶり。……よりによって、私を呼ぶなんてね」
「貴女だから、呼んだのよ。妹紅」

 おそらく幻想郷でただ一人、未だに私のことを名前で呼んでくれている相手、蓬莱山輝夜。しわがれた声で、あの頃の面影を確かに残して……。あの頃と変わらない態度で私に言った。

「驚いた? 風の噂には聞いていたでしょう。蓬莱山輝夜は蓬莱人をやめた。蓬莱人をやめて……人間として幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」

 枯れ木のように細い体を震わせて、クツクツと笑う。

「悪くないわよ、この気分は。……悪くないわ」

 輝夜は嬉しそうに言う。歳を取るっていう当たり前のことを、私たち蓬莱人は捨ててしまったのだ。蓬莱山輝夜は永い、永い年月の末に、ようやくそれを取り戻せた。満月を掴むように、細い腕をゆっくりと伸ばす。

「人間として生き、蓬莱山輝夜として死ねる。こんな素晴らしいことってないわ。ねぇ、妹紅。貴女は、あの頃とはもう違うのかしら。人を笑って見送れるようになったのかしら?」
「……バカ、当たり前だろ」
「もう私には、貴女の顔が良く見えないけれど、泣いてない?」
「そんなこと……そんなこと、あるもんか」

 精一杯の虚勢を張る。自分でも声が震えているって分かる。これ以上言葉を紡ぐと、涙が溢れてしまいそうだったから。ごまかすように輝夜の身体を抱きしめた。

「うん」

 貧相な身体は、驚くほど冷たかった。

◇ ◇ ◇

「蓬莱人の魂って、何処へ行くのかしら……」
「お前はもう人間なんだから、人間と同じように彼岸へ行けるんじゃないか」
「そうかな。普通の人間と同じように転生できるとは思わないけれど。……でもね。なんとなくだけど、遠い未来で、また会えそうな気がするわ」

 きっと四季映姫なら、公正な審判を下してくれるはずだ。輝夜の言うように、遠い未来に廻り巡って転生しないとも限らない。妖怪さえも姿を消した、遠い、遠い未来に――。

「そしたらさ、また会って頂戴ね、妹紅」
「……ああ」
「人として死ねるのは幸せなことよ。心を残して死ねるのは素敵なことよ。妹紅、私は……蓬莱山輝夜は確かに生きていたのよね、幻想郷に。ねぇ、妹紅。もっと笑顔を良く見せてよ、ちょっと暗くて、見えないわ。あれ……。ああ……そっか。残念だわ。もう少しだけ、時間があったと思ったのに、なぁ」

 ひゅう、と大きく輝夜の喉がなる。

「バカ……。お前、少しは自分の心配くらい、しろよ」
「あら、私に心配なんて無いわよ。心残りは、貴女と永琳のこと。淋しくないかしら、悲しくないかしら」
「私はっ!」

 輝夜は私の返事を待たずに、

「そう……良かった」

 と言うと、大きな深い吐息を満月に昇らせた。
 
「私は、ほら! 私は笑ったぞ! だからさ、ハハハ。お前も、お前も笑えよ。笑ってくれよう!」

 それは昔々のお話。小さな子供が目をキラキラ輝かせて聞くような御伽噺。
 月のお姫さまは地上へと舞い戻り、幸せに暮らしましたとさ。

「輝夜姫」

 蓬莱山輝夜は、幸せに暮らしましたとさ。


◇ ◇ ◇


「藤原様、何処へ?」

 去ろうとするのに気がついたのか、彼女たち……輝夜の娘たちの一人が私に声をかけた。

「人間ではないものが数を減らしていく幻想郷。私にもまだ、できることがあるかもしれません」

 私は振り返ることなく、哀しみに暮れるお屋敷を後にした。
 零れ落ちてゆく幻想たちを幻想郷へ繋ぎ止める、なんていうと何処かの誰かみたいだけど。
 私にできること、歴史を刻むこと。生きた証を私の魂に刻むこと。物語の幕引きを、見届けてあげること。

 ありがとう。

 貴女が居たから、私はここまで来れた。

 貴女が居たから、私は生きて来れたんだ。

 貴女の居ない世界はちょっぴり張り合いが無くて寂しいけれど。私は行くよ。

 貴女の愛した幻想郷を。私たちの愛した幻想郷を、見届けるために。










-終-
あの娘と笑う遠い未来を、私は待っている――。
沙月
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コメント



0.790簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
 なんというifのストーリー。
 何があって輝夜が蓬莱人をやめたのか、どうやってやめることができたのか。
 妄想が止まりません。良いお話でした。
4.90名前が無い程度の能力削除
これはいい……
過去編がほしくなりますね
輝夜に何がそう思わせたのか、彼女が月明かりに何を想ったのか、
永久を操ることを捨てて、美しき月の姫はーー
5.100名前が無い程度の能力削除
心に静かに染み入るお話でした。妹紅はこの先、たくさんの妖怪の思い出を刻んでゆくのでしょうね。
7.100奇声を発する程度の能力削除
これは、かなり涙腺にきます!
本気でウルっときました。
17.100名前が無い程度の能力削除
妹紅はともかく永琳発狂しそう
18.100名前が無い程度の能力削除
情景が浮かび、想像の膨らむお話でした。
20.90ずわいがに削除
願わくば、もっと長い話で深くまで読んでみたかったですね。
25.100名前が無い程度の能力削除
ぞくぞくしました 目が潤みました