霊烏路 空は体が大きい。
地霊殿に住む、人型が取れる妖獣達、主や妹を含めても、その中で一番の大きさを誇っている。
その親友である火車の燐、主のさとり、主の妹のこいし、この三人は大体同じような背格好だが、そこに空が並んで見ると不自然なほど大きいことがよくわかる。
大体、燐の頭の先が丁度空の口から顎の辺りに来る程度の差だ。近くに寄られると、黙っていれば美しい顔とぼさぼさで膨らんだ黒髪も相まって、変な威圧感を友も主も感じることがあった。
体型も悪くない、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだ、理想的なものだ。羨望と嫉妬を、友は感じることが多々あった。
ただ、空は、そんな素敵な外見を手に入れた対価かはわからないが、少々、いやかなり頭の程度が残念な感じだった。
見た目に見合うような言動を普段から本人は心がけているようだが、ふとしたところでどうしようもなく不釣り合いで間の抜けた行動や考えをしてしまうようなところがあった。
しかし、それが見る者をやや圧倒しがちな彼女の印象を和らげ、中々に愛嬌のあるうすらノッポな少女という実際を、付き合った者に見せる役割を果たしていた。
とにかく、霊烏路 空は大きかった。背が高く、美しい体と顔、意外に親しみやすい性格に、単純な頭と純粋な心を持った、気のいい親友で、無垢なペットだった。
燐はソファに座り、主と向かい合って、紅茶なぞ洒落たカップで飲みながら考える。
紅い茶を一口、香りが鼻から抜けていき、元が猫の身には結構心地よい。
さて、考えるのは我が親友のことだ。
少し前に、お茶をしながらふわふわと漂っていた燐の思考は、ふっとある疑問を捕まえた。
すなわち、
「あら、考え事?」
つまり、
「へえ、何でお空の体は大きいのか? だなんて」
向かい合う主も茶を飲みながら、短く揃えた紫の髪を揺らしてくすくすと笑う。
「いきなり変なことを考えるのね」
そう言われて、燐はといえば、少し不機嫌そうにカップを置いた。
「別にいいじゃないですか」
「別にいいじゃないですか、ええ、まったく」
被せるように主は言って、こちらもカップを静かに置く。
「考え続けてごらんなさいな、私なんて気にしないで」
笑う主に溜息をつくと、燐は背を深くソファにもたれさせて、言われた通りにしてみる。
深く潜っていくような思考。
何であいつはあんなに体が大きい? 何であんなにうすらでかい?
元の動物だった頃に、あんなに大きくなりそうな理由も面影もなかった。
鳥としては普通サイズだったのに、だのにあいつはほぼ同じ時に人型になれたのに、その時から自分を見下ろすほどのでかさだった。
己が色々とでかいことを殊更自慢するような奴じゃないが、それでも燐には、あの見た目自体が時として無言の自慢に見えることがあった。どこまでも個人的な妬みとして。
しかも、頭の出来は体と反比例しているのにだ。真面目な話もう少し愛くるしさを持った外見の方が良かったのではあるまいか、ギャップが酷すぎて時折見てられないことがある。普段は気をつけてるようだけど。
駄目だ、考えれば考えるほど、どんどんわからなくなってきた。
あの馬鹿は本当に、何で、
「何であいつはあんなに大きいんですか、さとり様? へえ、私に聞く?」
「……先読みしないでくださいよ」
主の言葉に、燐は体を起して紅茶へ戻る。冷めてきていたが、猫舌には丁度いい。
「あら、どうして?」
かわいらしく首を傾げるさとりに、燐は少し呆れたようにしながら、
「あたいが喋られないんじゃ、会話が楽しくないでしょう」
珍しく、さとりは少し驚いたような顔になった。
「楽しもうとしてくれてるの?」
「当たり前でしょう」
「意外だわ、嫌がっているかと思っていたの」
「あたいの愛を少しは信用してください」
拗ねたようになる燐に、主は声を出して笑う。
「ふふ、冗談よ。読めるんですもの、お燐の愛はいつでも感じ取っていますよ」
笑ってそう言うと、一息つくように茶を啜って、
「さて、そうね、それで」
真っ直ぐと燐を見つめる。
「お空はどうして体が大きいのかって質問だったかしら」
視線に、燐は真面目な顔に戻して向き合う。
「ええ、知っているなら」
「知ってるわよ、一応はね」
「……流石、私達の御主人様」
「ええ、ありがとう。で……」
さとりは少し伏すように目を細める。
「本当に知りたい?」
「教えていただけるなら」
「貴方の気持ち次第ね」
三つめの目を澄ませて、心の色を覗く。揺らがない、普段通りの真面目な色。
「……まあ、いいわ、聞かせてあげましょう」
何か納得したように一つ頷く主に、燐は頭の辺りについた耳をぴこぴこと動かしながら、身を乗り出すようにして清聴の体勢に入った。
「本当はね、私だけの素敵な秘密にするつもりだったのだけど」
俄かに興奮したような燐の態度に苦笑しながら、さとりは言葉をゆっくりと続けていく。
「そうね、お空は何で大きいのか……正しく言うなら、どうして大きくなったのか、だけれどね、それは――」
そう言いながら、思い返すはその黒い髪の少女の姿。いつも無邪気に、楽しそうに笑っている。
「――それはね、あの子が単純で、何より純粋だからよ」
言い切って、さとりは心と表情で同時に疑問を表す燐を見据える。
「あの子はね、ずっとずっと、それこそただの地獄鴉の、鳥の姿でしかなかった時からずっと、ずっと思っていたわ」
そして、ずっとそれを見て来た。
「大きくなりたいって、私よりも誰よりも、大きい体が欲しいって。だって、そうすれば――」
ずっと、ずっと大きくなりたかった。大きい体が欲しいと思っていた。
主は小さかった。それでも自分よりは大分大きかったけれど、その細い腕で抱きあげられて優しく撫でてもらう度に、そこに、その痩せた体に、何か壊れやすく脆いものを感じていた。
主の妹はいつもふらふらとしていてたまにしか見たことはなかったけれど、それでもやはり何か主と同じ印象を抱いてしまう人だった。いつもくすくすと笑っていた顔に、そう感じていた。
親友の火焔猫は随分丈夫そうな奴だったけれど、それでもやっぱり繊細な気質も持ち合わせていた。自分よりずっと、複雑な友だった。
だから、だから大きな体を望んだ。この中の誰よりも、誰よりも大きくなりたいと願った。
だって、大きければ、もっともっと体が大きければ、守れると思っていたんだ。
自分よりずっと傷つきやすくて、壊れやすいように見えたこの人達を守れると思っていたんだ。
私が大きくなって、頑丈になって、強くなって。そうして、皆を守ってあげたかった。
体が大きければ、そうすることが出来ると、私は本気で信じていた。
「うにゅ? おろ?」
硝子に自分の姿を映して、ぼさぼさの黒髪、そのてっぺんあたりをいじくったりしながら、空は一人声を上げる。
「もしかして、またでかくなったかな?」
少しぴしっと真っ直ぐ背筋を伸ばして、灼熱の旧地獄、その火力管理所の窓へ全身を映してみる。
「んー? おおー……? やっぱ、何か、ちょっと大きくなった気が……する、か?」
目を細めたり、硝子に顔を近づけてみたりしながら、じっとよくよく自分の姿を観察して、空は一人頷いた。
「うーん、しかし、まだ伸びるたぁね……」
向こうの自分と睨めっこしながら、空は思う。
昔はずいぶん必死に大きくなりたいと思い続けていた。大きくなって、私が主人達を守るんだ、なんて。
「けれどまあ、果たして望み通りに大きくなれたからって、本当に守れていたのかなってね……」
一人ごちて。願った通りになった今でも、自分はまだまだ主にも友にも迷惑をかけているし、向こうに守られている気もする。
「……」
向こうは、どう思ってくれているんだろうか。しばし無言で空は考える。
こっちに実感はあまりないけれど、守られていると、少しでも思ってくれていたら嬉しい。頼りない奴だと思われていたら御免なさい。
「……まあ、まだおっきくなるってことは、まだまだ私にも伸びしろがあるってことでしょ」
頭を振って切り換えると、空は前向きにそう口に出して。
指の先ほど身長が伸びただけだけど、その僅かを積み重ねていけば、いつか本当に望んだ結果も得られるはず。
「気長にいくかね、どうせまだまだこの先長いんだし……ん?」
そこで、はたと空はもう一人の気配に気づいた。
振り返ってみれば、真っ赤なおさげを揺らして親友が、こっちへ歩いて来ている。
「ああ、おりーん、おりんりーん!」
呼びかけるように声を張りながら、恥ずかしい呼び名を連呼しつつ、
「何か私さ、またちょっと背ぇ伸びたみたいだわー……って」
からからと笑いながらそう語りかけて、近付いてくる燐の反応を待ってみる。
だが、それを聞くと向こうは少し驚いたような顔をして、
「……」
それから無言のまま空の目の前までつかつかと詰めよって来た。
「えーと……」
自分の話に笑いも何もせず、睨むように不機嫌そうな顔で自分を見上げてくる燐に、空は戸惑う。
何か不味いことしただろうか、特に覚えはないけど忘れてる可能性の方が高いな、などと目の前の視線に向き合いながら考えていると、燐が突然口を開いた。
「馬鹿」
たった一言であった。はっきりと聞こえるくらいの声量で、燐は空を見ながらそう言い放った。
空はいきなりの親友の暴言に少しショックを受けながらも、気を取り直して、
「あの、お燐さん、私また何かやっ――」
「馬鹿」
二度目である。言葉の途中で遮って、さっきと同じ表情のままお燐。
また多少のダメージを受けつつ、しかし怒られ慣れている空はこれくらいではへこたれない。
「えと、もしかしたらまた忘れ――」
「馬鹿」
三度目を言うと、そこからお燐は空が何か言い返す前に、睨んだように見上げたまま連呼する。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿」
「あの、ちょっ」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿」
「だから、なっ」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿」
「あー、もう、うっさい!! そんなに言われなくても自覚しとるわ!!」
遂に流石の空も理不尽な罵倒に耐えかねて叫んだ。叫んで、目の前の燐を睨みつけて、そして、
「……お燐?」
気づいた。燐の表情が、怒っているわけではなく、何かを耐えるような、そんな表情であるということに。
「お燐、何が」
「……っ」
しかし、それについて、どうしたのかと尋ねる前に、燐が飛び込むようにして空の体に抱きついてきた。
「お燐?」
抱きついて、頭を少し下げて空の胸のあたりに顔を押しつけながら、燐はぎゅっと空の体に自分をくっつける。
不思議そうな声を出す空に、もう一度だけ、
「……ばか」
そう言って、燐は黙り込んだ。黙り込んだまま、その体はくっついて離れない。
「……」
空は、もうとりあえず何も聞かないことにした。お燐の顔も、馬鹿馬鹿言われる理由も、こんな風に抱きついてくるのはどうしてかというのも、とりあえずは全部後でいい。
綺麗な赤毛のこの猫が、好きなだけ自分にあたって、落ち着いてからでいい。
そうして無言のまま空はゆっくり手を動かして、目線の少し下にある燐の頭を優しく撫でる。
こんな風に出来るなら、とりあえずこの大きな体も無駄じゃなくて良かったなぁと思いながら。
地霊殿に住む、人型が取れる妖獣達、主や妹を含めても、その中で一番の大きさを誇っている。
その親友である火車の燐、主のさとり、主の妹のこいし、この三人は大体同じような背格好だが、そこに空が並んで見ると不自然なほど大きいことがよくわかる。
大体、燐の頭の先が丁度空の口から顎の辺りに来る程度の差だ。近くに寄られると、黙っていれば美しい顔とぼさぼさで膨らんだ黒髪も相まって、変な威圧感を友も主も感じることがあった。
体型も悪くない、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだ、理想的なものだ。羨望と嫉妬を、友は感じることが多々あった。
ただ、空は、そんな素敵な外見を手に入れた対価かはわからないが、少々、いやかなり頭の程度が残念な感じだった。
見た目に見合うような言動を普段から本人は心がけているようだが、ふとしたところでどうしようもなく不釣り合いで間の抜けた行動や考えをしてしまうようなところがあった。
しかし、それが見る者をやや圧倒しがちな彼女の印象を和らげ、中々に愛嬌のあるうすらノッポな少女という実際を、付き合った者に見せる役割を果たしていた。
とにかく、霊烏路 空は大きかった。背が高く、美しい体と顔、意外に親しみやすい性格に、単純な頭と純粋な心を持った、気のいい親友で、無垢なペットだった。
燐はソファに座り、主と向かい合って、紅茶なぞ洒落たカップで飲みながら考える。
紅い茶を一口、香りが鼻から抜けていき、元が猫の身には結構心地よい。
さて、考えるのは我が親友のことだ。
少し前に、お茶をしながらふわふわと漂っていた燐の思考は、ふっとある疑問を捕まえた。
すなわち、
「あら、考え事?」
つまり、
「へえ、何でお空の体は大きいのか? だなんて」
向かい合う主も茶を飲みながら、短く揃えた紫の髪を揺らしてくすくすと笑う。
「いきなり変なことを考えるのね」
そう言われて、燐はといえば、少し不機嫌そうにカップを置いた。
「別にいいじゃないですか」
「別にいいじゃないですか、ええ、まったく」
被せるように主は言って、こちらもカップを静かに置く。
「考え続けてごらんなさいな、私なんて気にしないで」
笑う主に溜息をつくと、燐は背を深くソファにもたれさせて、言われた通りにしてみる。
深く潜っていくような思考。
何であいつはあんなに体が大きい? 何であんなにうすらでかい?
元の動物だった頃に、あんなに大きくなりそうな理由も面影もなかった。
鳥としては普通サイズだったのに、だのにあいつはほぼ同じ時に人型になれたのに、その時から自分を見下ろすほどのでかさだった。
己が色々とでかいことを殊更自慢するような奴じゃないが、それでも燐には、あの見た目自体が時として無言の自慢に見えることがあった。どこまでも個人的な妬みとして。
しかも、頭の出来は体と反比例しているのにだ。真面目な話もう少し愛くるしさを持った外見の方が良かったのではあるまいか、ギャップが酷すぎて時折見てられないことがある。普段は気をつけてるようだけど。
駄目だ、考えれば考えるほど、どんどんわからなくなってきた。
あの馬鹿は本当に、何で、
「何であいつはあんなに大きいんですか、さとり様? へえ、私に聞く?」
「……先読みしないでくださいよ」
主の言葉に、燐は体を起して紅茶へ戻る。冷めてきていたが、猫舌には丁度いい。
「あら、どうして?」
かわいらしく首を傾げるさとりに、燐は少し呆れたようにしながら、
「あたいが喋られないんじゃ、会話が楽しくないでしょう」
珍しく、さとりは少し驚いたような顔になった。
「楽しもうとしてくれてるの?」
「当たり前でしょう」
「意外だわ、嫌がっているかと思っていたの」
「あたいの愛を少しは信用してください」
拗ねたようになる燐に、主は声を出して笑う。
「ふふ、冗談よ。読めるんですもの、お燐の愛はいつでも感じ取っていますよ」
笑ってそう言うと、一息つくように茶を啜って、
「さて、そうね、それで」
真っ直ぐと燐を見つめる。
「お空はどうして体が大きいのかって質問だったかしら」
視線に、燐は真面目な顔に戻して向き合う。
「ええ、知っているなら」
「知ってるわよ、一応はね」
「……流石、私達の御主人様」
「ええ、ありがとう。で……」
さとりは少し伏すように目を細める。
「本当に知りたい?」
「教えていただけるなら」
「貴方の気持ち次第ね」
三つめの目を澄ませて、心の色を覗く。揺らがない、普段通りの真面目な色。
「……まあ、いいわ、聞かせてあげましょう」
何か納得したように一つ頷く主に、燐は頭の辺りについた耳をぴこぴこと動かしながら、身を乗り出すようにして清聴の体勢に入った。
「本当はね、私だけの素敵な秘密にするつもりだったのだけど」
俄かに興奮したような燐の態度に苦笑しながら、さとりは言葉をゆっくりと続けていく。
「そうね、お空は何で大きいのか……正しく言うなら、どうして大きくなったのか、だけれどね、それは――」
そう言いながら、思い返すはその黒い髪の少女の姿。いつも無邪気に、楽しそうに笑っている。
「――それはね、あの子が単純で、何より純粋だからよ」
言い切って、さとりは心と表情で同時に疑問を表す燐を見据える。
「あの子はね、ずっとずっと、それこそただの地獄鴉の、鳥の姿でしかなかった時からずっと、ずっと思っていたわ」
そして、ずっとそれを見て来た。
「大きくなりたいって、私よりも誰よりも、大きい体が欲しいって。だって、そうすれば――」
ずっと、ずっと大きくなりたかった。大きい体が欲しいと思っていた。
主は小さかった。それでも自分よりは大分大きかったけれど、その細い腕で抱きあげられて優しく撫でてもらう度に、そこに、その痩せた体に、何か壊れやすく脆いものを感じていた。
主の妹はいつもふらふらとしていてたまにしか見たことはなかったけれど、それでもやはり何か主と同じ印象を抱いてしまう人だった。いつもくすくすと笑っていた顔に、そう感じていた。
親友の火焔猫は随分丈夫そうな奴だったけれど、それでもやっぱり繊細な気質も持ち合わせていた。自分よりずっと、複雑な友だった。
だから、だから大きな体を望んだ。この中の誰よりも、誰よりも大きくなりたいと願った。
だって、大きければ、もっともっと体が大きければ、守れると思っていたんだ。
自分よりずっと傷つきやすくて、壊れやすいように見えたこの人達を守れると思っていたんだ。
私が大きくなって、頑丈になって、強くなって。そうして、皆を守ってあげたかった。
体が大きければ、そうすることが出来ると、私は本気で信じていた。
「うにゅ? おろ?」
硝子に自分の姿を映して、ぼさぼさの黒髪、そのてっぺんあたりをいじくったりしながら、空は一人声を上げる。
「もしかして、またでかくなったかな?」
少しぴしっと真っ直ぐ背筋を伸ばして、灼熱の旧地獄、その火力管理所の窓へ全身を映してみる。
「んー? おおー……? やっぱ、何か、ちょっと大きくなった気が……する、か?」
目を細めたり、硝子に顔を近づけてみたりしながら、じっとよくよく自分の姿を観察して、空は一人頷いた。
「うーん、しかし、まだ伸びるたぁね……」
向こうの自分と睨めっこしながら、空は思う。
昔はずいぶん必死に大きくなりたいと思い続けていた。大きくなって、私が主人達を守るんだ、なんて。
「けれどまあ、果たして望み通りに大きくなれたからって、本当に守れていたのかなってね……」
一人ごちて。願った通りになった今でも、自分はまだまだ主にも友にも迷惑をかけているし、向こうに守られている気もする。
「……」
向こうは、どう思ってくれているんだろうか。しばし無言で空は考える。
こっちに実感はあまりないけれど、守られていると、少しでも思ってくれていたら嬉しい。頼りない奴だと思われていたら御免なさい。
「……まあ、まだおっきくなるってことは、まだまだ私にも伸びしろがあるってことでしょ」
頭を振って切り換えると、空は前向きにそう口に出して。
指の先ほど身長が伸びただけだけど、その僅かを積み重ねていけば、いつか本当に望んだ結果も得られるはず。
「気長にいくかね、どうせまだまだこの先長いんだし……ん?」
そこで、はたと空はもう一人の気配に気づいた。
振り返ってみれば、真っ赤なおさげを揺らして親友が、こっちへ歩いて来ている。
「ああ、おりーん、おりんりーん!」
呼びかけるように声を張りながら、恥ずかしい呼び名を連呼しつつ、
「何か私さ、またちょっと背ぇ伸びたみたいだわー……って」
からからと笑いながらそう語りかけて、近付いてくる燐の反応を待ってみる。
だが、それを聞くと向こうは少し驚いたような顔をして、
「……」
それから無言のまま空の目の前までつかつかと詰めよって来た。
「えーと……」
自分の話に笑いも何もせず、睨むように不機嫌そうな顔で自分を見上げてくる燐に、空は戸惑う。
何か不味いことしただろうか、特に覚えはないけど忘れてる可能性の方が高いな、などと目の前の視線に向き合いながら考えていると、燐が突然口を開いた。
「馬鹿」
たった一言であった。はっきりと聞こえるくらいの声量で、燐は空を見ながらそう言い放った。
空はいきなりの親友の暴言に少しショックを受けながらも、気を取り直して、
「あの、お燐さん、私また何かやっ――」
「馬鹿」
二度目である。言葉の途中で遮って、さっきと同じ表情のままお燐。
また多少のダメージを受けつつ、しかし怒られ慣れている空はこれくらいではへこたれない。
「えと、もしかしたらまた忘れ――」
「馬鹿」
三度目を言うと、そこからお燐は空が何か言い返す前に、睨んだように見上げたまま連呼する。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿」
「あの、ちょっ」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿」
「だから、なっ」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿」
「あー、もう、うっさい!! そんなに言われなくても自覚しとるわ!!」
遂に流石の空も理不尽な罵倒に耐えかねて叫んだ。叫んで、目の前の燐を睨みつけて、そして、
「……お燐?」
気づいた。燐の表情が、怒っているわけではなく、何かを耐えるような、そんな表情であるということに。
「お燐、何が」
「……っ」
しかし、それについて、どうしたのかと尋ねる前に、燐が飛び込むようにして空の体に抱きついてきた。
「お燐?」
抱きついて、頭を少し下げて空の胸のあたりに顔を押しつけながら、燐はぎゅっと空の体に自分をくっつける。
不思議そうな声を出す空に、もう一度だけ、
「……ばか」
そう言って、燐は黙り込んだ。黙り込んだまま、その体はくっついて離れない。
「……」
空は、もうとりあえず何も聞かないことにした。お燐の顔も、馬鹿馬鹿言われる理由も、こんな風に抱きついてくるのはどうしてかというのも、とりあえずは全部後でいい。
綺麗な赤毛のこの猫が、好きなだけ自分にあたって、落ち着いてからでいい。
そうして無言のまま空はゆっくり手を動かして、目線の少し下にある燐の頭を優しく撫でる。
こんな風に出来るなら、とりあえずこの大きな体も無駄じゃなくて良かったなぁと思いながら。
とても心温まる話でした。
太陽なんてメじゃないね
本当にお空は良い子ですね。
だがそれがいい!
天測のお空は本当に「黙っていれば美人」だなぁ
性的な意味で! ごめんなさい! 大切な人を守る為の素晴らしいボディを読ませて頂きました!
そんなギャップのある空の魅力をこの作品で思い知らされました。
大きいことは良いことだ!