「はーい、有罪です。次の方どうぞー」
スピーディな判決に定評のある四季映姫・ヤマザナドゥは、今日も今日とてバサバサと死者を裁いていた。
その速さたるや、閻魔達の平均のなんと二倍である。非常に速い。
「はい、こんにちはー。今日はどうされましたー? はぁ、溺死ですか」
あたかも被告――死者――と会話をしているようだが、会話は成り立っていない。彼女が一人でしゃべっているだけだ。
幽霊は喋らないし、喋れたとしても手元にある浄玻璃の鏡で全部筒抜けなので、同じ事である。
それでも会話しているかのように振る舞うのは、そうでもしないと何か寂しいからだ。
「はい、口開けてくださーい……あぁ無罪ですね。次の方ー」
余りの速さに驚くかも知れないが、これは、実は無理もないことなのだ。
死人はとても多く、絶えずやってくるのである。それはつまり、一日に相当な数の死人を裁かなくてはならないという事だ。渋滞を起こさないためには、どうしても、スピーディーかつベルトコンベアー式にならざるを得ないわけだ。
「どうしましたー? はぁ、転落死。じゃあちょっと人生見ますんで、あーんしてくださいねー……あー、喉が有罪気味ですねぇ、判決文出しとくんで朝と夕の食後に読んでくださいねー、それが今のあなたに積める唯一の善行です」
お大事にー、という言葉を背中に受けつつ、幽霊は法廷を出て行った。この後彼は受付で判決文をもらうことになる。
なお、あくまでこれは裁判であり、ここは法廷である。これが他の施設の様子に見えてしまったとしても、それは気のせいに過ぎない。
「次の方」
ところてん的感覚で幽霊が出入りする。出たら入って出たら入って、である。休む暇は無い。
次から次へ命は巡っているのである。裁判が滞ると、その流れも滞ってしまうのだ。
「……焼死ですか。じゃあちょっと祇園精舎の鐘の声聞くんで服の前たくし上げてくださーい……はい諸行無常ー、はい、盛者必衰ー……お、音がしない! 死んでるッ!?」
これは裁判である。あくまで裁判である。決して一人芝居や悪ノリではない。そう見えたとしてもそれは気のせいにすぎない。
閻魔だって退屈するのである。ルーチンワークの中に刺激をもとめるのである。ただそれだけの話だ。
「それじゃあ、お大事にー……ふぅ」
小さな閻魔は、先ほどの患者もとい幽霊の情報を、カルテもとい判決文に書き込んで、一息ついた。
法廷に入ってから延々続いてきた幽霊達の流れが、ようやく途絶えた。とはいえ、またすぐに新しい幽霊がやってくるので、休憩と呼べるほどのものではない。
ところで、映姫には今、気になることがあった。といっても、ちょっと増えた体重のことだとか、伸びない身長のことだとか、事務室で働いてるちょっとイケメンの死神のことだとか、そんなことではない。
妙な匂いがするのである。
なんというか、例えようもなく、妙な匂いとしかいいようがなかった。嗅いだことのあるような、ないような、そんな酸っぱい匂いだ。
どこから漂っているのか。基本的に、法廷内へは物を持ち込めない決まりになっているので、この匂いは法廷の外から流れ込んできていることになる。
映姫は、さっきからその匂いが気になっているのだが、まさか仕事中に席を外すわけにもいかない。何の匂いか調べることもできず、若干悶々としていた。
だが、いくら悶々としているとはいえ、仕事は仕事である。まして彼女の仕事は幻想郷の基本的な仕組みに関わってくる重要なものである。そうそうホイホイ抜け出して良いものではないのだ。
とはいえ、大した事ではない。映姫は仕事に専念することにした。ちょうど、新しい幽霊がやってきていた。
「はい、どうなさいましたー? ……はぁ、腹上死ですか、それはそれは……」
「……んぁあっ……」
ようやく昼休みとなった。四季映姫は今、閻魔控え室に備え付けの旧式マッサージチェアで首と肩のコリを解しているところだった。どことなくセクシーな声は、彼女があげる法悦の声だ。
閻魔の仕事は朝五時に始まって昼まで全く休みなしである。この仕事は、ハードかつ割りに合わない、好きでもなきゃやっていられない職業である。
その証拠に、閻魔の生涯賃金は死神よりもかなり高く、死神から閻魔というのが出世ルートであるにもかかわらず、閻魔を希望する死神は少ないのだ。ものすごく。逆にいえば、それが閻魔職の重労働っぷりに拍車をかけている一面もあったりと、問題は多い。
まあ、それはともかく、だ。四季映姫は閻魔控え室で休んでいた。激しくて疲れるくせに退屈な一日のうちの、僅かな至福の時間である。
ただ、それに水を差す不埒なものがあった。例の妙ちくりんな匂いである。それはここでも漂っていた。
「まったく」
一体なんなのだと、映姫は少しばかり腹を立てた。貴重な休憩を邪魔しないでほしかったのである。
法廷と控え室は離れている(どう考えても建物の設計ミスであった)。それなのに同じ匂いがするということは、どうも外からやってきているらしかった。
ぼろいマッサージチェアで一通り首の筋肉を解し終えた映姫は、控え室の窓を開けてみた。外の方が匂いが強い。ということは、やはり、この奇妙な香りは外から漂っているらしかった。
何の匂いなのか――映姫は時計を見る。仕事までまだ十分な時間がある。昼休みだけは無駄に長いのだ。現場を知らない是非曲直庁上層部のせいである。が、今回だけは少し感謝できそうだった。
映姫は窓を閉めると、閻魔控え室を出た。目的は一つ。何の匂いか調べにいくのである。
……ぐぅ。
「……あー」
その前に、多少の腹ごしらえが必要なようではあったが。
「ふぅ」
腹ごしらえを終えた映姫は、匂いの原因調べのために、三途の川へと向かっていた。
是非曲直庁舎の周りは殺風景極まりなく、何も無い。無理もない。是非曲直庁周辺で店でも始めようものなら、口煩い、もとい有り難いお説教を毎日受ける羽目になるのである。どう考えても大損だ。儲けはともかく精神的に。
そんなわけで、是非曲直庁舎――先ほどまで映姫が居た建物のことだ――周辺は、とても見晴らしがいい。そして、この匂いの原因になりそうなものは、何も無かった。ここに無いとしたら、次は三途の川である。
そういうわけで、映姫は今、三途の川へと移動中なのだ。三途の川から是非曲直庁まではそこそこ距離がある。川を渡ってきてから庁舎に来るまでに、繁華街を設ける予定だったのだそうだ。結局、店舗誘致に失敗してパァになった。見事な企画ミスである。
まあそれはともかく、庁舎から川までは距離があるので、匂いが三途の川から流れてきているのだとしたら、原因は中々に、大がかりなものということになる。
その仮説を裏付けるかのように、川に近づくにつれ、匂いは濃くなっていくのだった。
鼻を突くような、微妙に酸っぱい香り。どこかで嗅いだことはあるのだ。既視感ならぬ既嗅感である。しかし、映姫はどうしても、その匂いを思い出すことができずにいた。
「おわッ! 四季様! いや働いてますご覧の通り! マジで!」
もうじきに三途の川というところで、映姫は急に声をかけられた。誰かと思って振り向けば、小町だった。映姫は彼女の存在に気づいていなかったので、どう考えても彼女の自爆である。
とはいえ、映姫の見立ての限りでは、小町は「珍しく」「本当に」働いているようだった。明日は雨であろうと映姫は覚悟した。映姫の関節は、雨の日は痛む。悲しい兆候である。
「そのようですね。いいことです。――ところで小町、気になることがあるのですが」
「はっ、はいッ! 何でしょう、タイムカードの出勤と帰宅の時間なら別に弄ってなんか無いですよッ!?」
とんでもない事を聞いた気がしたが、映姫は受け流すことにした。とりあえず今調べるべきことは別にある。部下の怠慢については、それが終わってから存分に調べればいい。
「この匂いなのですが、一体何なのです? 三途の川の方から流れてきているようですが」
「へっ? ……あ、あー! そういうことですか! 何だ、四季様知らなかったんですか? ワーカホリックは大変だ!」
小町はいったん疑問の表情になり、安堵の表情を見せると、悪戯っぽく笑った。忙しい死神だ。感情表現だけが。仕事もこれくらい忙しそうにしてればいいのにと、映姫はつくづく思った。
そして小町は映姫の手を引っ掴むと、三途の川へとずんずんと歩き出した。
「ちょ、ちょっ、小町!」
「四季様も是非ご覧になるといいですよ、是非曲直庁主催、彼岸の一大イベント。っまー、まさか知らなかったとは思ってなかったですけどね!」
ケラケラと笑いながら、小町は映姫の手を引く。
歩幅の差があるので、映姫は歩調を速めざるを得ない。慌ただしく歩きながら、映姫は心の中で、こういう細かい心遣いのできない奴はモテないぞと怨嗟の声を呟いていた。
三途の川が見えてきた。一大イベントなどと言いながらも、いつもと変わらないように見えた。しかし、映姫はどこかに違和感を覚えた。
妙ちくりんな酸っぱい匂いは、いよいよ強さを増していく。
「小町、一体なんなのです? もったいぶらなくても良いでしょうに」
「まぁまぁ、こういうのはアレですよ、……えー、と、ナンタラはカンタラにしかず?」
「……小町、あなた、少し本を読んだ方がいい」
部下の事を本気で心配しながら、映姫は小町の歩幅に合わせて歩く。
三途の川の岸辺に着いた。もういい加減、映姫は、川に抱いた違和感の正体に気づいていた。
コガネ色なのである。三途の川が。彼女が知る限り、こんな事は今まで一度もなかった。なるほど、これが小町の言うところの、「是非曲直庁主催、彼岸の一大イベント」なのだろう。
だが、一体コレは、何だ?
「ちょっと、こまっちゃーん! 調合間に合わないから手伝ってーっ!」
「あいよーっ、ちょっと待っとくれよー!」
小町の同僚が、川上から小町に声をかける。どうも、何かの作業をしているらしかった。
調合という言葉を、映姫は訝しむ。何を混ぜるというのか?
分からなければ、人に聞くしかない。映姫は、小町に尋ねる。
「……小町? いい加減教えてくれても良いでしょう。一体これは、なんなのです?」
「あー、そうですね、お呼びもかかっちゃいましたから、お教えしましょう。これこそ彼岸の一大イベントですよ――」
そして小町は、自信満々と言った表情で、言った。
「名付けて、『三途の川ならぬ三杯酢の川ツアー!』です!」
「うわホントだ酸っぱい!?」
って叫びたくなった。
これだけ前振りあってこれかよみたいな、脱力系だじゃれネタはこうであるべきだ。
そして、すいません。後書のネタわかんねッス
いや、オチ見ても分かる人いるのかこれ。
ダメだ、後書きで吹くw
ところで水質汚染とかは大丈夫なのかしらん。
14番さんが先に書いてた…orz
バルサミコ酢!!!(ヤケクソ
バルス(略
お前の勝ちだ。コイツ(100点)をもってけ。
そして誰もつっこまないが腹上死www
そしたらオチで脱力もせず、失笑もせず、感動もしなかったんだ。
本当にごめんなさい…………orz
あたしでした。