私は今、両足を枷によって拘束されている。上物の油揚げの匂いに誘われてこんな辺鄙な場所まで来てしまった挙句がこれだ。いい加減足が痺れてきた。力を使えば簡単に壊せるだろうが、すぐ隣に『香霖堂』と書かれた店が立っているため加減を間違えると店まで壊してしまうかもしれない。・・・どうしようか。
十数分程このままの状態だったが流石にいつまでも動けないままでいるワケにもいかないので慎重に枷だけ破壊しようと右腕に意識を集中する・・・その時だった。突然扉が開かれ一人の男が現れた。森近霖之助・・・ちょっと変わった名前だったが事情を説明するとすぐに罠を外してくれたので悪い輩ではないようだ。
その後、快く店内に入れてもらった。どっちもどっちの事だったが何か礼をせねばと思い、店内の商品を漁っているとある物を見つけた。
---そしてソレを見た瞬間、今まで眠っていた一つの記憶が蘇った。
「店主殿・・・これは・・・」
近年問題の温暖化など歯牙にもかけない程の真冬の昼下がり。先日、店前に置いた油揚げを盗んだ犯人を探し当てようと罠を仕掛けたところ、九尾の狐が見事に引っ掛かっていた。罠を外してやると本人曰く「油揚げの匂いに誘われて近寄ってしまったら、つい掛かってしまった」らしい。ちなみに自分は物を盗むほど落ちぶれてはいないそうで、なんと本物の九尾らしく妖獣の中でも最強の異名を持っているらしい。名を八雲藍といい八雲紫の式とのこと。紫の身内だと聞いた時は『なんで犯人探しなんてしたのだろうか』などと後悔したがいつもの常連連中とは違い、とても礼儀正しく既に商品を2つも購入してもらっている。これは上手くいけば咲夜以来の上客になるかも・・・閑話休題、彼女は今・・・商品棚の一番中央にある動物の置物を手に取っている。
「悪いな、ソレは非売品・・・いや、そのさらに上だから売れないんだ」
「・・・ふむ・・そこまで価値のある物には見えないが?」
言いながら自らの手に持った≪狐の置物≫を摩る藍。元々は美しい光沢を放つ大層な置物ようだったが、もう何十年も経っているらしく所々に傷があり埃まみれでその上、加工していない為その傷を中心に酸化が起こっているおり、お世辞にも物としての価値がありそうには見えなかった。
「だろうね。だがソレには色々と思い出があってね・・・いわゆる宝物なんだよ」
「・・・そんな大事な物をこんな所に置いておいて良いのか?」
「そんなボロボロの置物を買うヤツなんていないし・・・」
藍が持っている置物を見つめながら続ける。
「それに・・・それはある人が此処に来るまで、そこにあるべき物なんだ」
※※※
---物心ついた時には独りだった。
別にソレを気にしたことはない。鳥だって生まれた時から飛べるが人間は飛べないことが当たり前だと思っている。それと同じ・・・最初から自分にないものをどう気にするのだろうか・・・。そんなことを思いながら当てもなく歩き続けていると、いつの間にか自分が魔法の森に迷い込んでいることに気付いた。が、半妖であるため1ヶ月以上絶食しても何の問題もないし、そもそも帰る家がない。「まぁ、いいか・・・」と再び歩を進めた。
1時間ほど歩いただろうか・・・人が近寄らない土地のためか大量のきのこや木の実を見つけた。妖怪さえいなければある意味、人里より住みやすいかもしれない。
「おや、珍しい。こんな場所で人間の子を見たのは久しぶりだ」
突然後ろから女性の声が聞こえ思わず振り返る。噂をすればなんとやら・・・尻から九本の尻尾を生やした女・・・種族は分からなかったがとりあえず妖怪の類である事は分かった。その目の前の妖怪が急に何を不審に思ったのか、怪訝そうな顔でこちらに近づいてくる。そして今にも鼻と鼻がくっつきそうな距離で納得したように呟いた。
「ああ・・・なるほど、半妖か。何故こんな場所にいるのに子供一人で襲われた形跡もないと思ったら・・・」
よく分からないが一人で自己完結したようなのでその横を無視して通りすぎる。別に後ろから襲われて殺されても、構わないとその当時は本気で思っていたために危険な妖怪に遭遇しても怖がる・・・ということはなかった。
「・・・!」
案の定、後ろから服の首根っこの部分を掴まれ持ち上げられた。そのまま丸呑みされるんじゃないかとも思ったがどうやら違うようだ。
「つれないなぁ・・・。なんか、こう・・・『どうして半妖だって分かったの!?』とか『お姉さん誰?』くらいの反応はしてくれても良かったんじゃないか」
とりあえず30キロ弱ある自分の身体を片手で持ち上げたまま軽々と静止できるぐらい腕力があることは分かった。
「私の名前は八雲藍。主人に代わって昨日から始めて1ヶ月、ここの調査を行っている。君の名前は?というか家は?」
どうやらこちらが答えるまで降ろす気はないようだ。別に隠していることでも言いづらいことでもないので素直に言答えることにする。
「・・・ない」
これを答えと呼ぶのかどうかは分からない。だがそれ以外の答えがなかった。『舐めてるのかこの餓鬼は』的な顔をされるのかと思ったが、本人は実に気まずそうな顔をしていた。持ち上げたときと同じような感じで、軽々と下に降ろされた。
「いや・・・まぁ、こんな所にいる上に半妖だから・・・そうか・・すまなかった」
また自己完結して勝手に謝ってきた。今まで見てきた妖怪の中では変わってるな・・・と思ったが同時に良いヤツだとも思った。生まれて初めてこんな奴もいるんだなと思えた気がした。今度こそ彼女の横を通り抜けて道なき道を進む。
「・・って、あ!いや、ホントに悪かったって!!お願いだから無視しないで!!」
どうやら無言で彼女の横を通り抜けたことを、怒ってしまったのかと勘違いしているらしい。後ろを振り返り「何も気にしていない」と言ってやった。
「ホントか!?ホントに気にしてないか!?」
一体、こんな小汚い半妖に何を気遣う必要があるのか・・・その後もしつこく別に自分は気にしていないことを言ってやると、20,30分してようやく帰っていった。
---今日ほど喋った日は生まれて初めてだったと思う。そもそも今までは喋る相手も喋る必要もなかったからだ。・・・叶うなら、また会いたい。そう思える自分が妙に嬉しかった。
「やあ、また会ったな」
普通に叶った。というか昨日と同じく偶然会ったような台詞だが空から息切らして目の前に急降下してきたの考えると確実に狙っていたと思われる。何故また来たのかと聞くと、「仕事を手伝ってもらおうと思ってな」と言われた。何故手伝わなければならないのか聞くと、「どうせやる事なんてないだろう」と言われた。色々おかしかったがとりあえず間違ってはいなかった。どうせ断っても強制連行されるのがオチなので素直に従うことにした。
---そして、その日から変わった妖獣と自分の妙な生活が始まった。
初めて会った時は魔法の森の調査がどうのこうの言っていたのに明らかに二人での探検になっていた。毒茸や食べられる木の実についても色々教えてもらい、尊敬語や謙譲語など、周りに馴染むために必要な知識なども知らず知らずの内に覚えていた気がする。そして彼女と出会ってから一番重要なことを覚えた。
彼女と出会ってから2週間・・・自分は笑うことを覚えた。初めて笑ったときの彼女の驚いた顔、その後のとても嬉しそうに自分の頭を撫で続けた時の記憶はこの先何百年経っても忘れることはないだろう。
---時間はあっという間だった。
気がつけば彼女と出会ってから1ヶ月が経っていた。彼女曰く此処に来るのも今日が最後らしい。
「さて、と・・・私が明日からココに来なくなる。というより他の仕事が山積みで少なくとも20年は来れないだろう。だから最後に2つだけ君にプレゼントを贈ろうと思う」
1ヶ月も遊んでいた奴の台詞とはとても思えない・・・そう言ってやると「それもそうだ」と笑い、不意に後ろから抱きかかえ上げられた。それと同時に今まであった筈の地面の感触が消える。
「ほら、一つ目だ」
気がつくと今にも手が雲に届きそうな位置まで上がっており自分が今どこにいるのか分かった後、下を見てみた。
あまりにも壮大だった。あれだけ広かったはずの森が酷く小さく見えた。自分が今までどれだけ狭い世界で生きてきたのか思い知らされた気がした。
呆気に取られていた自分を静かに見ていた彼女が呟いた。
「広いか?こうして見下している景色もさらに上から見ればもっと大きく、広くなるんだぞ」
彼女はこれでもまだ世界の一部の中のさらに一部だと言った。思えばその時からだった気がする・・・自分が外の世界に憧れるようになったのは。
「よいっしょ、と」
しばらく空の散歩をした後、魔法の森の入り口に降ろされた。
たった2、30分しか離れていなかった地面の感触がやけに久しく感じた。パンパンッと地面に落ちた時に付いた砂埃を払う。
「さぁ、これが最初で最後のプレゼントだ」
彼女が急に自分の腕の袖の中をゴソゴソ漁ったかと思うと、中から手のひらサイズの狐の置物を取り出し、ソレをこちらに差し出してきた。近くで見ると、太陽の光をその身、全体で反射した狐が光を放っているように見えて本物の守り神のように感じた。これはお守りなのかと聞くと彼女は首を横に振った。
「おまじないだよ」
「?」
「君が成長して大人になって自立して・・・何百年経っても・・・また出会うことが出来るっていうね」
「ふぅ~、やっと終わったな・・・」
ようやく新しく店を建てることが出来た。そもそも外の世界の道具を集めに行くのにわざわざ幻想郷の一番端まで行かなければならないのが非常にだるい作業だった。新しく出来たばかりの自分の店に入る。整理されていない謎の道具や埃まみれの本・・・そして、その中心に置かれる一つの置物、まだ開店したばかりなのでお世辞にも興味を引くような道具が揃っているとは言い難いが、それでも自分の心は達成感と満足感で満たされた。
これから死ぬまで付き合うことになるだろう自分の店を見て唐突に閃いた。
「よし、決めた!この店の名前は---」
※※※
「ふむ、『香霖堂』か・・・覚えておこう」
言いながら持っていた置物を元の位置に戻し、扉の方へと自らの向きを変える。
「またのご来店を」
彼女の背中を見ながら霖之助が一礼する。
---カラン、カラン。
古めかしい音を立てて扉が閉じられる。
「(流石、妖獣だけあって姿は昔と変わらないな。・・・ま、もうアレから100年近く経っているから忘れていても仕方ない・・・か)」
「(随分と大きくなったなぁ・・・。アレからどこかで死んでいないか心配だったが・・・。私のことは流石に覚えていなさそうだったが、まさかずっと持っていてくれたとは・・・)」
溜息が混じった呟きが無音の空と地上に静かに響く。
「「まぁ、ゆっくり思い出してくれるのを待つか・・・」」
二人の再会はまだまだまだ先のようだ。
完
十数分程このままの状態だったが流石にいつまでも動けないままでいるワケにもいかないので慎重に枷だけ破壊しようと右腕に意識を集中する・・・その時だった。突然扉が開かれ一人の男が現れた。森近霖之助・・・ちょっと変わった名前だったが事情を説明するとすぐに罠を外してくれたので悪い輩ではないようだ。
その後、快く店内に入れてもらった。どっちもどっちの事だったが何か礼をせねばと思い、店内の商品を漁っているとある物を見つけた。
---そしてソレを見た瞬間、今まで眠っていた一つの記憶が蘇った。
「店主殿・・・これは・・・」
近年問題の温暖化など歯牙にもかけない程の真冬の昼下がり。先日、店前に置いた油揚げを盗んだ犯人を探し当てようと罠を仕掛けたところ、九尾の狐が見事に引っ掛かっていた。罠を外してやると本人曰く「油揚げの匂いに誘われて近寄ってしまったら、つい掛かってしまった」らしい。ちなみに自分は物を盗むほど落ちぶれてはいないそうで、なんと本物の九尾らしく妖獣の中でも最強の異名を持っているらしい。名を八雲藍といい八雲紫の式とのこと。紫の身内だと聞いた時は『なんで犯人探しなんてしたのだろうか』などと後悔したがいつもの常連連中とは違い、とても礼儀正しく既に商品を2つも購入してもらっている。これは上手くいけば咲夜以来の上客になるかも・・・閑話休題、彼女は今・・・商品棚の一番中央にある動物の置物を手に取っている。
「悪いな、ソレは非売品・・・いや、そのさらに上だから売れないんだ」
「・・・ふむ・・そこまで価値のある物には見えないが?」
言いながら自らの手に持った≪狐の置物≫を摩る藍。元々は美しい光沢を放つ大層な置物ようだったが、もう何十年も経っているらしく所々に傷があり埃まみれでその上、加工していない為その傷を中心に酸化が起こっているおり、お世辞にも物としての価値がありそうには見えなかった。
「だろうね。だがソレには色々と思い出があってね・・・いわゆる宝物なんだよ」
「・・・そんな大事な物をこんな所に置いておいて良いのか?」
「そんなボロボロの置物を買うヤツなんていないし・・・」
藍が持っている置物を見つめながら続ける。
「それに・・・それはある人が此処に来るまで、そこにあるべき物なんだ」
※※※
---物心ついた時には独りだった。
別にソレを気にしたことはない。鳥だって生まれた時から飛べるが人間は飛べないことが当たり前だと思っている。それと同じ・・・最初から自分にないものをどう気にするのだろうか・・・。そんなことを思いながら当てもなく歩き続けていると、いつの間にか自分が魔法の森に迷い込んでいることに気付いた。が、半妖であるため1ヶ月以上絶食しても何の問題もないし、そもそも帰る家がない。「まぁ、いいか・・・」と再び歩を進めた。
1時間ほど歩いただろうか・・・人が近寄らない土地のためか大量のきのこや木の実を見つけた。妖怪さえいなければある意味、人里より住みやすいかもしれない。
「おや、珍しい。こんな場所で人間の子を見たのは久しぶりだ」
突然後ろから女性の声が聞こえ思わず振り返る。噂をすればなんとやら・・・尻から九本の尻尾を生やした女・・・種族は分からなかったがとりあえず妖怪の類である事は分かった。その目の前の妖怪が急に何を不審に思ったのか、怪訝そうな顔でこちらに近づいてくる。そして今にも鼻と鼻がくっつきそうな距離で納得したように呟いた。
「ああ・・・なるほど、半妖か。何故こんな場所にいるのに子供一人で襲われた形跡もないと思ったら・・・」
よく分からないが一人で自己完結したようなのでその横を無視して通りすぎる。別に後ろから襲われて殺されても、構わないとその当時は本気で思っていたために危険な妖怪に遭遇しても怖がる・・・ということはなかった。
「・・・!」
案の定、後ろから服の首根っこの部分を掴まれ持ち上げられた。そのまま丸呑みされるんじゃないかとも思ったがどうやら違うようだ。
「つれないなぁ・・・。なんか、こう・・・『どうして半妖だって分かったの!?』とか『お姉さん誰?』くらいの反応はしてくれても良かったんじゃないか」
とりあえず30キロ弱ある自分の身体を片手で持ち上げたまま軽々と静止できるぐらい腕力があることは分かった。
「私の名前は八雲藍。主人に代わって昨日から始めて1ヶ月、ここの調査を行っている。君の名前は?というか家は?」
どうやらこちらが答えるまで降ろす気はないようだ。別に隠していることでも言いづらいことでもないので素直に言答えることにする。
「・・・ない」
これを答えと呼ぶのかどうかは分からない。だがそれ以外の答えがなかった。『舐めてるのかこの餓鬼は』的な顔をされるのかと思ったが、本人は実に気まずそうな顔をしていた。持ち上げたときと同じような感じで、軽々と下に降ろされた。
「いや・・・まぁ、こんな所にいる上に半妖だから・・・そうか・・すまなかった」
また自己完結して勝手に謝ってきた。今まで見てきた妖怪の中では変わってるな・・・と思ったが同時に良いヤツだとも思った。生まれて初めてこんな奴もいるんだなと思えた気がした。今度こそ彼女の横を通り抜けて道なき道を進む。
「・・って、あ!いや、ホントに悪かったって!!お願いだから無視しないで!!」
どうやら無言で彼女の横を通り抜けたことを、怒ってしまったのかと勘違いしているらしい。後ろを振り返り「何も気にしていない」と言ってやった。
「ホントか!?ホントに気にしてないか!?」
一体、こんな小汚い半妖に何を気遣う必要があるのか・・・その後もしつこく別に自分は気にしていないことを言ってやると、20,30分してようやく帰っていった。
---今日ほど喋った日は生まれて初めてだったと思う。そもそも今までは喋る相手も喋る必要もなかったからだ。・・・叶うなら、また会いたい。そう思える自分が妙に嬉しかった。
「やあ、また会ったな」
普通に叶った。というか昨日と同じく偶然会ったような台詞だが空から息切らして目の前に急降下してきたの考えると確実に狙っていたと思われる。何故また来たのかと聞くと、「仕事を手伝ってもらおうと思ってな」と言われた。何故手伝わなければならないのか聞くと、「どうせやる事なんてないだろう」と言われた。色々おかしかったがとりあえず間違ってはいなかった。どうせ断っても強制連行されるのがオチなので素直に従うことにした。
---そして、その日から変わった妖獣と自分の妙な生活が始まった。
初めて会った時は魔法の森の調査がどうのこうの言っていたのに明らかに二人での探検になっていた。毒茸や食べられる木の実についても色々教えてもらい、尊敬語や謙譲語など、周りに馴染むために必要な知識なども知らず知らずの内に覚えていた気がする。そして彼女と出会ってから一番重要なことを覚えた。
彼女と出会ってから2週間・・・自分は笑うことを覚えた。初めて笑ったときの彼女の驚いた顔、その後のとても嬉しそうに自分の頭を撫で続けた時の記憶はこの先何百年経っても忘れることはないだろう。
---時間はあっという間だった。
気がつけば彼女と出会ってから1ヶ月が経っていた。彼女曰く此処に来るのも今日が最後らしい。
「さて、と・・・私が明日からココに来なくなる。というより他の仕事が山積みで少なくとも20年は来れないだろう。だから最後に2つだけ君にプレゼントを贈ろうと思う」
1ヶ月も遊んでいた奴の台詞とはとても思えない・・・そう言ってやると「それもそうだ」と笑い、不意に後ろから抱きかかえ上げられた。それと同時に今まであった筈の地面の感触が消える。
「ほら、一つ目だ」
気がつくと今にも手が雲に届きそうな位置まで上がっており自分が今どこにいるのか分かった後、下を見てみた。
あまりにも壮大だった。あれだけ広かったはずの森が酷く小さく見えた。自分が今までどれだけ狭い世界で生きてきたのか思い知らされた気がした。
呆気に取られていた自分を静かに見ていた彼女が呟いた。
「広いか?こうして見下している景色もさらに上から見ればもっと大きく、広くなるんだぞ」
彼女はこれでもまだ世界の一部の中のさらに一部だと言った。思えばその時からだった気がする・・・自分が外の世界に憧れるようになったのは。
「よいっしょ、と」
しばらく空の散歩をした後、魔法の森の入り口に降ろされた。
たった2、30分しか離れていなかった地面の感触がやけに久しく感じた。パンパンッと地面に落ちた時に付いた砂埃を払う。
「さぁ、これが最初で最後のプレゼントだ」
彼女が急に自分の腕の袖の中をゴソゴソ漁ったかと思うと、中から手のひらサイズの狐の置物を取り出し、ソレをこちらに差し出してきた。近くで見ると、太陽の光をその身、全体で反射した狐が光を放っているように見えて本物の守り神のように感じた。これはお守りなのかと聞くと彼女は首を横に振った。
「おまじないだよ」
「?」
「君が成長して大人になって自立して・・・何百年経っても・・・また出会うことが出来るっていうね」
「ふぅ~、やっと終わったな・・・」
ようやく新しく店を建てることが出来た。そもそも外の世界の道具を集めに行くのにわざわざ幻想郷の一番端まで行かなければならないのが非常にだるい作業だった。新しく出来たばかりの自分の店に入る。整理されていない謎の道具や埃まみれの本・・・そして、その中心に置かれる一つの置物、まだ開店したばかりなのでお世辞にも興味を引くような道具が揃っているとは言い難いが、それでも自分の心は達成感と満足感で満たされた。
これから死ぬまで付き合うことになるだろう自分の店を見て唐突に閃いた。
「よし、決めた!この店の名前は---」
※※※
「ふむ、『香霖堂』か・・・覚えておこう」
言いながら持っていた置物を元の位置に戻し、扉の方へと自らの向きを変える。
「またのご来店を」
彼女の背中を見ながら霖之助が一礼する。
---カラン、カラン。
古めかしい音を立てて扉が閉じられる。
「(流石、妖獣だけあって姿は昔と変わらないな。・・・ま、もうアレから100年近く経っているから忘れていても仕方ない・・・か)」
「(随分と大きくなったなぁ・・・。アレからどこかで死んでいないか心配だったが・・・。私のことは流石に覚えていなさそうだったが、まさかずっと持っていてくれたとは・・・)」
溜息が混じった呟きが無音の空と地上に静かに響く。
「「まぁ、ゆっくり思い出してくれるのを待つか・・・」」
二人の再会はまだまだまだ先のようだ。
完
こういうほのぼのとした過去話は大好きです。
人間と違って、すれちがってもまた
再び出会える余裕が十二分にあるのが、暖かいですね
つい顔がにやけてしまいました。
なんかこう、ウズウズしますね!
ああ、なんか顔が笑いの形に固定されてしまう…!