はぁ~、と僕は少しだけ冷えた指を温めた。
やはり手足の末端は心臓から一番遠いだけに、血液と体温が伝わり難い。
末端冷え性などという病気もあるそうだが、そうでなくても冬は冷たくなるものだ。
それに冷えたのなら温めれば良い。
僕の店には、ストーブもあるし、一般家庭では囲炉裏にでも火をおこせば暖まる事は出来る。
などと思いながら、僕はまた人差し指を1本立てて、先程の続きを説明し始めた。
「と、いう訳だ。そして、クリスマスツリーにモミの樹が使われるのは、常緑樹だからさ」
「常緑樹?」
僕の言葉に、少女は鸚鵡返しに聞いて来た。
黒のハットに白のブラウス。
そして黒のロングスカートで、なにやら白黒を連想してしまうのは、僕の悪い癖だろうか。
まぁ、あんな迷惑な魔法使いは幻想郷史上1人で充分だ。
「1年中、紅葉や枯葉とならない樹だよ。冬の間も緑が保たれるからね、強い生命力を象徴するのさ」
「ふ~ん……だから、クリスマスツリーに選ばれたのかな?」
黒ハットの少女は、もう一人の少女に言葉を投げかける。
彼女は紫色のワンピースに、幻想郷で流行りのふわふわ帽子。
こちらも紫を主としているせいか、あの胡散臭いスキマ妖怪を連想してしまう。
もっとも、この少女とあの妖怪を連結させてしまうには、この少女がかわいそうだ。
「どうですか、霖之助さん?」
彼女達の視線に答えて、僕はまた知識を披露する。
「実際には、中世に降誕祭で行われた舞台劇の序幕に使われたのがはじまりさ。アダムとイヴの堕罪……いわゆる知恵の樹さ。林檎の樹の代わりに使われた訳だよ。冬には林檎の樹に葉っぱなどついてないからね」
「大した意味は無いのね」
「物事の本質というのは、複雑そうであるが、実は単純なのさ。例えば、クリスマスツリーの赤く丸い飾り。それの意味は、林檎だ。知恵の樹だからね」
なるほどね、と二人は頷く。
珍しくも、僕の話をちゃんと聞いてくれる少女達。
彼女らが香霖堂にやって来たのは、ちょうど昼食が終わった頃だった。
どうやら、妖怪に出会ってしまったらしい。
慌てて逃げ込んで来たのが、この香霖堂だった訳だ。
お客さんではない事にがっかりしたが、まさか出て行けと言う訳にもいくまい。
僕はこれでも半分人間な訳で。
藤原妹紅ではないが、助けを求められれば助けるのが人情というやつだ。
情けは人の為ならず、とも言うしね。
彼女達はお客さんではなかったが、外の世界の道具には興味を示してくれた。
そういう理由で、僕は彼女達と会話を交わす事にしたのだ。
「じゃ、この天辺の星の意味は何?」
黒いハットの少女……宇佐見蓮子という名前らしい……彼女が僕に聞いてくる。
彼女は何とも明るい性格の様で、その暴走を止めるのがもう一人の少女、マエリベリー・ハーンの様だ。
二人して何やら秘封倶楽部と名乗っているらしいが、まぁ、少女特有のごっこ遊びの類だろう。
「それは救世主の誕生を知らせた『ベツレヘムの星』と呼ばれている」
蓮子が眉根を寄せた。
ベツヘレムという単語が聞き取り難かったんだろう。
聞きなれない単語というのは、聞き取り難い。
これは言霊の能力不足から起こる結果だ。
普段から使う言語は、もう幻想郷中に溢れている。
ところが、こういった特殊な単語は『薄い』のだ。
僕の口から発せられた言霊は、彼女の耳に届くまでに分散してしまう。
だから、聞き取り難い。
「ベツヘレム。都市の名前ですね」
蓮子には届かなかったが、どうやらマエリベリーには届いた様だ。
それも、単語の意味を理解している。
彼女はなかなかに優秀だ。
「その通り。ベツヘレムの星とは、賢者達に救世主の誕生を知らせたそうだ。そして賢者達はこの星の出現と共に『東方』から旅を始めたそうだ」
「有名だった宗教よ。知らないの、蓮子」
どうやらマエリベリーは元々に知識を有しているらしい。
まぁ、クリスマス事態が宗教的な行事の様で、幻想郷では東風谷早苗が流行させたものだ。
僕はそれから調べたに過ぎないが、マエリベリーもそうなのだろうか。
「マエリベリー、君も知識欲が旺盛そうだね」
「そんな事ないですよ。知っている事は知っている、知らない事は調べる、程度で」
それを知識欲旺盛というのだが……まあ、本人が否定しているのだから、そういう事にしておこう。
「ちなみにベツヘレムとはアラビア語で『肉の家』、ヘブライ語で『パンの家』という意味らしい。肉の家と言われると、不気味な感じがするが、パンの家はやわらかいイメージだな」
「あっ」
それまで大人しくクリスマスツリーを見ていた蓮子が急に声をあげた。
なんだ、と彼女を見ると、お腹をおさえて訴える。
「お腹すいた」
なんともストレートな意見だ。
蓮子の言葉に、僕は窓から外を見る。
冬はすぐに太陽が山に隠れてしまう。
先日に冬至を迎えたばかりだから、まだまだ1日が短いのは変わらない。
蓮子も窓から空を見上げた。
「18時12分47秒。もう夕飯の時間だわ」
まるで出鱈目の様に、彼女は時間を読み上げる。
ちらりと僕は河童が作った時計を見た。
誤差2秒。
いや、2秒経ったのか。
「星の位置から、時間が分かるのかい?」
「え、なんで知ってるの!?」
僕の言葉に、蓮子は驚いた様子でこちらを見た。
それ位は観察していれば分かる。
しかし、驚くのはこっちの方だ。
星の位置を読み取り、それを時間に置き換えている訳だ。
なかなかどうして、複雑な星達を読み解く能力を有しているらしい。
恐らく星の位置や角度を読み取り、計算をしているのだが、その作業は脳ではなく眼が請け負っているのだろう。
僕と同じ、『眼』を使用する能力者……
「気味悪い能力でしょ」
そんな蓮子を茶化す様にマエリベリーは笑う。
「なにさ、結界が見えるメリーだって気味悪いじゃない」
どうやら、マエリベリーも特殊な能力を持っている様だ。
が、しかし、境界が見える、だって?
あの八雲の大妖以外にも境界に関する能力者がいるとは……
そして彼女も『眼』を使用する訳か。
ふむ。
「君達、クリスマスイヴにこんな事を言っては誤解されるかもしれないが……」
僕の言葉に、二人は不思議そうにこちらを見た。
「一緒に食事にでも行かないかい?」
あぁ、誤解しないで欲しい。
僕はただ、知的好奇心を満たす為に、彼女達からもう少し話を聞く為に誘った訳だ。
決してナンパではない事を、ここで宣言しておきたい。
~☆~
「ほぅ、やっぱり君たちは外から来たのか」
暗がりの中、僕達はゆっくりと夜道を歩く。
やはり年の瀬も近いこのクリスマスイヴ。
吹き抜ける風はとても冷たくて、僕達は少しだけ背中を丸めながら歩みを進めて行った。
「えぇ。博麗神社の結界を通って」
「なるほどね」
マエリベリーの、結界の境目が見える程度の能力。
なるほど、確かに結界が見えるのなら、綻んでいる場所、又は穴が見えるはずだ。
しかも結界に触れる事もないので、八雲紫に見つかる可能性が低い。
もっとも、彼女はただいま冬眠中だ。
見つかったとしても、代わりに狐がやって来るだろう。
そちらの方が幾分かはマシだ。
「ところで、僕の店に置いてあった道具は、ほとんどが外の世界の物なんだが……どれか使い方が分かったりした物はないかい?」
僕の言葉に、蓮子もマエリベリーも首を傾げた。
「見た事ないのばっかりだったよ」
「えぇ。私も知らないものばかりです」
そうか、と僕は声のトーンを落とした。
そういえば、彼女達はクリスマスツリーも知らなかったのだ。
よくよく考えれば、外の世界から来た彼女達が分かるはずがないのかもしれない。
なぜなら、僕の店にある外の世界の道具とは『幻想入り』した物だからだ。
つまり、外の世界で必要とされなくなり、忘れられた物だから、ここ幻想郷に存在する訳だ。
「ところで、霖之助さん」
「なんだい?」
蓮子が僕に聞いてきた。
「外の世界の道具なんて、売れるんですか?」
「いや、さっぱり売れないな」
えぇ~、と二人は驚く。
「そんなんで生きていけるんですか?」
「まぁ、僕は半人半妖なんでね。人間らしい生活をおくれなくても、多少は大丈夫なんだよ」
「半人半妖!?」
蓮子がなにやらワザとらしくびっくりした声をあげる。
「どうしよメリー。私達食べられるよ」
「食べるんだったら、店の中で襲われてるわよ」
「……あ、なるほど」
「信用してもらえるかい?」
僕の言葉に、蓮子はじ~っとこちらを見てくる。
「別の意味で襲ったりしない?」
「はぁ……僕がそんな男に見えるかい?」
質問に質問で返す。
蓮子はニヤリと笑いながら答えた。
「『クリスマスイヴ』だっけ? こんな素敵な夜に女の子を誘う男なんて、下心以外の何があるのよ」
……しまった。
そうだった。
こと状況だけを見たら、僕は彼女達をナンパした事になる。
それは間違いない。
「あぁ、下心はあるね」
「やっぱり」
「知的好奇心を満たしたくてね。君達を誘った訳さ」
「なによそれ」
なんだ、とばかりに蓮子は肩を落とした。
「あら、蓮子。霖之助さんに襲ってほしかったの?」
今度はニヤリとマエリベリーが笑う。
どうやら友人をからかう手段が出来た様だ。
「な!? そんな訳ないじゃない。私は身の危険を少しでも減らそうとしているの。もし少しでも危険があるのなら、排除しないと危ないじゃない」
「貞操が?」
「貞操じゃない! あくまで身の危険!」
「可愛い友人でしょ、霖之助さん」
「まぁ、確かに」
僕が同意すると、蓮子は赤くなって俯いてしまった。
まぁ、この様子だと男と交際した事もないのだろう。
初々しいという感じだ。
「マエリベリー、君は大人だな」
「へ?」
僕の一言で、今度はマエリベリーが真っ赤になってしまった。
なにを深読みしたのだろうか。
まったく。
どうやら、二人ともお子様の様だ。
今日は、楽にお酒が呑めるかもしれないな。
~☆~
いつもの竹林沿いの、いつもの赤提灯。
ぼんやりと遠くに赤い光が見えてくれば、寒い夜道も幾分かは苦労が報われてくるというもの。
光というのは、同時に温かさと落ち着きを人に与えてくれる。
安心という感情もそうだろう。
だから、蓮子とマエリベリーも少しだけ表情が緩んだのは、当たり前だ。
「めーりさんのひつじ~、ひつじ~、ひつじ~♪ めーりさんのひつじで、く~りすま~す~♪」
いつものミスティアの妙な歌もしっかりと聞こえてきた。
なにやらメリー違いな気がすが……
「私?」
マエリベリーが自分を指差した。
蓮子がマエリベリーの事をメリーと呼んでいるからだろうか。
「クリスマスには、『メリークリスマス』と祝うんだよ。そのメリーと『メリーさんの羊』をかけてるんだろう」
と、僕が説明すると納得した様だ。
足早に屋台へと近づくと、どうやら僕達が今日1番目の客のようで、ミスティアが迎え入れてくれた。
「いらっしゃい霖之助、と、美味しそうなお客さん」
「うわぁ、やっぱり食べる気だ!」
まぁ、翼の生えてるご機嫌な歌を披露している不思議人間なんていないからな~。
夜雀を見て、逃げ出そうとする蓮子の襟首をつかんで、椅子に座らせる。
マエリベリーは動じる事なくそのまま座った。
「いらっしゃい、香霖堂。まさかあなたがクリスマスイヴに来るなんて思わなかったわ」
そして、アルバイトの蓬莱山輝夜が屋台の横からやって来た。
どうやら隣の長机で作業をしていたらしい。
「どうしてだい?」
「だって、今日は恋人同士が1年で1番盛り上がる日だもの。香霖堂は、おうちでラブラブするんだと思ってた」
「はぁ~……僕には恋人なんていないよ」
「じゃ、隣の可愛らしい少女は何なのよ」
輝夜が僕の頬をつねる。
痛い。
辞めてほしい。
これじゃ喋れないし。
「宇佐見蓮子だよ」
「マエリベリー・ハーンです」
僕の視線に気づいて、二人は自己紹介してくれる。
「ひゃのひょらはぼくのおひゃひゅなんだひょ」
「何言ってるのか分からないわ」
ニヤニヤしながら僕の頬を引っ張る輝夜。
まったく。
理解なんかしないくせに。
「霖之助さんにナンパされました」
や~い怒られてやんの、って感じで蓮子が輝夜に報告した。
余計な言い回しをしてくれるが、どう言おうが、輝夜の対応は同じだろう。
「私という愛しい恋人が居ながら、香霖堂はいっつもいっつも浮気ばっかりして」
これだ。
相変わらず、彼女は僕をからかい続ける。
それが演技なのか本気なのか……まぁ、演技なんだろうけど。
輝夜は頬から指をはなすと、パチンと僕の額を叩く。
はぁ……調子のいいお姫様だ。
「誰が誰の恋人だって?」
「冗談よ。あなたがどうしてもって言うなら、愛人になってあげてもいいわ」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。君が泣いて謝るなら、あの夜の事は忘れてあげよう」
僕が得意げに言った瞬間、ポカリと輝夜に叩かれた。
むぅ……暴力に訴えるとは卑怯だ。
その方法だと、僕に仕返しは不可能となる。
「とっても仲が良さそうですけど……付き合ってないんですか?」
マエリベリーの質問に、僕と輝夜は同時に『当然』と答えた。
「あはは、ヘタレだ」
蓮子が僕を指差す。
僕に呪いでもかけるつもりだろうか。
やめてもらいたい。
「はいはい、お客さん達。注文してくれなきゃ私の意味がないよ」
ミスティアは蓮子とマエリベリーにメニューを渡す。
今日のおすすめが載ったその日限りのメニュー表。
僕は常連だから、メニューをもらえない。
まぁ、もらったとしても注文するものは決まってるんだけどね。
「僕は筍ご飯と竹酒。あと、八目鰻ももらえるかい」
『はい、喜んで~♪』
ミスティアと輝夜が歌う様に答える。
「筍!? 筍食べたい!」
「あら、本当。筍があるなら、私もそれで」
なにやら二人は筍に反応している。
好物なのだろうか。
何にしても嬉しそうだ。
やはり好物というものは、人に喜びと幸福を与えてくれる。
それだけを目標に生きていっても問題ないだろう。
「筍料理ね。任せといて」
輝夜は喜んで、と屋台の奥へと引っ込んだ。
ミスティアは竹酒用の竹でつくった容器を3つ僕達の前に置いてくれる。
「はい、まずは筍ご飯ね」
お盆に3つのお茶碗を乗せて輝夜が戻ってきた。
少し多めに盛ってくれた筍ご飯だ。
それらを受け取ると、蓮子とマエリベリーは感動したかのように、おぉ、と呟いた。
「はい、まずは乾杯」
輝夜が竹筒を差し出す。
僕は慣れたもので、竹の容器にお酒を注いでもらう。
それにならって、蓮子とマエリベリーも注いでもらった。
で、相変わらずの輝夜とミスティアは自分のグラスに手酌している。
僕のお金なんだけどなぁ……
「それじゃ、何に乾杯する?」
「もちろんクリスマスといえば、サンタクロースでしょ」
輝夜の言葉に、なるほど、と僕は頷いた。
「サンタクロースって誰?」
「さぁ……私も知らない」
「おや、知らないのかい?」
どうやら二人は知らないらしい。
クリスマスを知らなかったのだから、当然か。
「クリスマスイブの夜に、赤鼻のトナカイを連れ、ソリに乗ってやってくるお爺さんさ。彼は子供にプレゼントを配って廻る、いわゆる御伽噺のヒーローだよ」
もちろん、幻想郷にサンタクロースは来てくれない。
彼の存在は、もちろん幻想だ。
だが、小さい子供は信じている者が多い。
空飛ぶ赤い鼻のトナカイに、空を飛ぶソリ。
外の世界でも多少は認知されている幻想。
それが許されるのが、クリスマスという事らしい。
有り得ない存在も、クリスマスだけは許されるそうだ。
「さんた・くろーす、ね」
「ハーフなのかしら。三男とか?」
まぁいいわ、と二人は容器を掲げる。
まぁ、納得したのなら何も問題はあるまい。
僕達5人は、それぞれの容器をぶつけて、サンタクロースに乾杯した。
「ん~、美味しい!」
乾杯の後は、多少は中身を減らすのが礼儀。
だが、蓮子は竹酒を気に入ったらしい。
一気に半分ほど呑んで、ぷは~っと息を吐いた。
「これが本物の筍なのね。凄いわ」
マエリベリーは早速とばかりに筍ご飯を味わっている。
僕も筍ご飯を頬張る。
うん、いつも通りの美味しさ。
コリコリとした食感は、やはり噛み応えがあり、自分が食事をしているという事を嫌でも分からせてくれる。
「はい、筍サラダに、筍の天ぷら。えぐみが強いけど、筍の丸焼き」
と、ここで輝夜が色々と筍料理を運んできた。
二人はやはり、おぉ~、と歓声をあげている。
「そんなに筍が好きなのかしら?」
「外の世界から来たそうだからね。もしかしたら、外の世界には筍がもう無いのかもしれない」
「ふ~ん……それは悲しい世界よね。私の事は知っているかしら?」
あぁ、かぐや姫の物語は童話になっている位だからな。
筍が無くなった世界で、かぐや姫はどう伝わるのか。
ふむ、興味深い。
「二人とも、かぐや姫って知ってるかい?」
早速とばかりに、僕は二人に聞いてみたのだが……
「え、幻想郷のお姫様か何か?」
「聞いた事ないですね」
どうやら知らないらしい。
「どうやら君もサンタクロースと同レベルらしいね」
「光栄だわ。子供達が慕うお爺様と同レベルなんだもの」
輝夜と僕は苦笑する。
いつになっても、かぐや姫の物語を知る者は増えない。
物語と実際のギャップを楽しめる友人を出来れば持ちたいものだが。
「で、誰なんですか、かぐや姫って」
「あぁ、醜い宇宙じあいたっ!」
眼鏡の上から輝夜に叩かれた。
まったく……暴力に訴えるのは卑怯だというのに、このお姫様は。
「それはそれは美しい、罪だらけのお姫様よ」
「それが、輝夜さんですか?」
マエリベリーの言葉に輝夜は口元を隠して笑う。
「へぇ~、どんな罪なの?」
蓮子の質問。
輝夜は、さて何だったかしら、と一呼吸置いた。
「まぁ、そうね。男達をもてあそびすぎたかしらね」
ニヤリと笑う輝夜。
「香霖堂も私の魅力の虜なのよ」
「いや、そんな事はないぞ」
「何よ。そこは素直に頷いておくものよ。ほら、あぁ輝夜様、どうぞ私を下僕にしてくださいって誓ったのは嘘なの」
「その言葉が嘘じゃないか」
「あら、私のお尻をず~っと触ってたくせに」
「負ぶっただけじゃないか。心外だ」
「侵害ね。私の領域を侵したわ」
「僕はそんな冒険を冒さないよ」
「じゃ、犯してみなさいよ」
「ネガティブだね。僕は淑女が好きなんだ」
「淑女? 転じて縮小かしら。そういえばあなた、チルノに首輪をつけてたっけ。ロリコン」
「無理がある改変だね。君の負けだ」
「ペドフィリア!」
「負けを認めろよ!」
まったく。
「途中、何を言ってたのか、よく分からないんだけど?」
「漢字に変換すれば分かるわ。活字で文句を言い合う珍しいタイプよ」
「何にしても仲がいいのね~」
「羨ましい限りです」
蓮子とマエリベリーが何か言っているが、僕は竹酒を呑み干して空を仰いだ。
息は白く空へと解けていく。
まったく……本当、幻想郷に淑女はいないのものなのか。
~☆~
「あはははは! この人最強だって、サイキョー!」
「こらこら蓮子。人……じゃなかった、妖怪の頭は叩くものじゃないわ」
どうやら、あの二人、相当に酔っ払ってしまったらしい。
今は長机側に移り盛り上がっている。
ちなみに蓮子が最強サイキョーと叩いているのは、風見幽香である。
最強じゃなく、最恐だ。
長机側にいるミスティアの笑顔がどんどんと引きつっていくのは、なかなか見物である。
「無知は罪、よね……」
「あぁ……僕は今、恐ろしい気分だよ」
当の本人、幽香はニコニコとお酒を呑んでいてくれてるが……やはり、強者の笑顔というのは、恐いものだ。
幻想郷縁起は間違ってはいない。
「どう? 外の世界の話は聞けた?」
「いや、どうやら時間軸が捻れてるようでね。僕が憧れる世界とは少し違う様だ」
宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの話はどこか『現代』と離れている。
もちろん、それは時間の経過も関係するだろう。
だが、どこかしら彼女達の時間とこの幻想郷の時間には乖離がある気がする。
彼女達についていっても、僕の望む世界は見れないだろう。
何せ、クリスマスも筍も知らない世界なのだ。
もしかしたら、海もなくなっているのかもしれない。
「ふ~ん、海ねぇ。幻想郷を捨ててでも見てみたい?」
「さて、どうかな。僕にはそれ程に価値があるのかもしれないよ」
「じゃ、私を捨ててでも見てみたい?」
輝夜は空っぽのグラスを僕に向ける。
「君は別にいらないな。僕の人生に色を添えてくれそうにない」
竹筒をとり、輝夜のグラスにお酒を注ぐ。
「居ろ、って言ってくれてもいいのに」
「遠慮するよ。君の心は、射ろと言われても、射れそうにない」
「相容れない仲なのね」
「愛いれない仲だね」
僕と輝夜は満足そうに笑った。
突発的な会話の妙。
これが楽しめるのは、今のところ輝夜しかいないだろうか。
八雲紫なら出来そうだが、僕が嫌いだから却下だ。
うん、それがいい。
「さんた、くろーず。閉める、三太!」
「だから、幽香さんの頭を叩かないの」
蓮子とマエリベリーはまだやっている。
幽香も酔っ払いの絡み酒と我慢してくれているのだろうか。
時々は、会話を交わしている様だ。
「ぎなた読みね」
「ん? 何がだい?」
「蓮子の言葉よ。さんた、くろーす」
「あぁ、『弁慶がなぎなたを持って』というやつだね」
要は句点の位置をズラす事による言葉遊び。
『弁慶が、薙刀を持って』と区切るところを、『弁慶がな、ぎなたを持って』と読み間違えた所から生まれたらしい。
別名を弁慶ぎなた式とも言って、間違いから生まれた手軽に出来る遊びだ。
「宇佐見蓮子。どうにもぎなた読みをくすぐる名前だわ」
「確かにね。一勝負するかい?」
賭けはお酒一杯。
僕が勝てば、輝夜が呑んだ一杯分は奢りじゃなくなる。
輝夜が勝てば、無条件にもう一杯奢る。
僕と輝夜は腕を組んだ。
ここからは、思考の速度勝負。
うさみれんこ、うさみれんこ。
う~ん……どうしても鈴仙の耳がチラついてしょうがないな。
いや、あえてそこから離れよう。
…………よし、閃いた。
「宇佐見蓮子……う~、さみ、連呼」
う~、寒い寒い、と連呼する様な状況だ。
ふむ、綺麗にまとまって良い感じじゃないか。
「あぁ、先に言われたわね。う~ん……うどんげが~」
ブツブツと呟く輝夜。
どうやら彼女も鈴仙の耳に思考を邪魔されているらしい。
「宇佐見蓮子……ウサ! 未練! こらしめろ!……宇佐見蓮子ら絞めろ」
「……物騒だな」
「まぁ、意味は通るし、引き分けじゃない? それとも蓮子達を絞める?」
どうやら、輝夜は負けを認めないらしい。
そもそも最初の『ウサ!』って何だよ。
思い切り鈴仙かてゐに思考を乗っ取られてるじゃないか。
「絞める、という意見に賛成するわ」
気づけば幽香が真横にいた。
首には蓮子が絡み付いている。
それを物ともしないで歩いてる様は、流石というか何というか。
「森近さんの連れでしょ? 何とかしてくださらない?」
「おいおい、蓮子……少し呑みすぎだ。マエリベリーは……潰れたか」
長机の方で、突っ伏している。
ミスティアが両手をクロスしたポーズを取った。
×印なんだろうな。
「不味そうな人間だけど、森近さんも一緒に食べる?」
「いや、遠慮するよ。食べないのなら、僕が預かるけど?」
そうしてちょうだい、と幽香は蓮子を引き剥がして僕の膝の上の乗せた。
そのまま蓮子は僕にしがみついてくる。
絡み酒というが、物理的に絡まる人間など初めて見たよ。
「あら、その席は私の予約済みなのに」
「悪いが、この席は特別料金だよ」
「おいくら?」
「そうだな……君のもつ全財産かな」
そこで輝夜はニヤリと笑った。
「だったら簡単ね。お嫁に行けば、座れるんだもの」
全財産を僕に預けるが、尻にしくぞ……という事か。
脅迫にも近い。
はぁ……
「まったく……色気のない話だ」
これはこれで、森近霖之助と蓬莱山輝夜らしいといえば、らしいんだけどね。
やはり手足の末端は心臓から一番遠いだけに、血液と体温が伝わり難い。
末端冷え性などという病気もあるそうだが、そうでなくても冬は冷たくなるものだ。
それに冷えたのなら温めれば良い。
僕の店には、ストーブもあるし、一般家庭では囲炉裏にでも火をおこせば暖まる事は出来る。
などと思いながら、僕はまた人差し指を1本立てて、先程の続きを説明し始めた。
「と、いう訳だ。そして、クリスマスツリーにモミの樹が使われるのは、常緑樹だからさ」
「常緑樹?」
僕の言葉に、少女は鸚鵡返しに聞いて来た。
黒のハットに白のブラウス。
そして黒のロングスカートで、なにやら白黒を連想してしまうのは、僕の悪い癖だろうか。
まぁ、あんな迷惑な魔法使いは幻想郷史上1人で充分だ。
「1年中、紅葉や枯葉とならない樹だよ。冬の間も緑が保たれるからね、強い生命力を象徴するのさ」
「ふ~ん……だから、クリスマスツリーに選ばれたのかな?」
黒ハットの少女は、もう一人の少女に言葉を投げかける。
彼女は紫色のワンピースに、幻想郷で流行りのふわふわ帽子。
こちらも紫を主としているせいか、あの胡散臭いスキマ妖怪を連想してしまう。
もっとも、この少女とあの妖怪を連結させてしまうには、この少女がかわいそうだ。
「どうですか、霖之助さん?」
彼女達の視線に答えて、僕はまた知識を披露する。
「実際には、中世に降誕祭で行われた舞台劇の序幕に使われたのがはじまりさ。アダムとイヴの堕罪……いわゆる知恵の樹さ。林檎の樹の代わりに使われた訳だよ。冬には林檎の樹に葉っぱなどついてないからね」
「大した意味は無いのね」
「物事の本質というのは、複雑そうであるが、実は単純なのさ。例えば、クリスマスツリーの赤く丸い飾り。それの意味は、林檎だ。知恵の樹だからね」
なるほどね、と二人は頷く。
珍しくも、僕の話をちゃんと聞いてくれる少女達。
彼女らが香霖堂にやって来たのは、ちょうど昼食が終わった頃だった。
どうやら、妖怪に出会ってしまったらしい。
慌てて逃げ込んで来たのが、この香霖堂だった訳だ。
お客さんではない事にがっかりしたが、まさか出て行けと言う訳にもいくまい。
僕はこれでも半分人間な訳で。
藤原妹紅ではないが、助けを求められれば助けるのが人情というやつだ。
情けは人の為ならず、とも言うしね。
彼女達はお客さんではなかったが、外の世界の道具には興味を示してくれた。
そういう理由で、僕は彼女達と会話を交わす事にしたのだ。
「じゃ、この天辺の星の意味は何?」
黒いハットの少女……宇佐見蓮子という名前らしい……彼女が僕に聞いてくる。
彼女は何とも明るい性格の様で、その暴走を止めるのがもう一人の少女、マエリベリー・ハーンの様だ。
二人して何やら秘封倶楽部と名乗っているらしいが、まぁ、少女特有のごっこ遊びの類だろう。
「それは救世主の誕生を知らせた『ベツレヘムの星』と呼ばれている」
蓮子が眉根を寄せた。
ベツヘレムという単語が聞き取り難かったんだろう。
聞きなれない単語というのは、聞き取り難い。
これは言霊の能力不足から起こる結果だ。
普段から使う言語は、もう幻想郷中に溢れている。
ところが、こういった特殊な単語は『薄い』のだ。
僕の口から発せられた言霊は、彼女の耳に届くまでに分散してしまう。
だから、聞き取り難い。
「ベツヘレム。都市の名前ですね」
蓮子には届かなかったが、どうやらマエリベリーには届いた様だ。
それも、単語の意味を理解している。
彼女はなかなかに優秀だ。
「その通り。ベツヘレムの星とは、賢者達に救世主の誕生を知らせたそうだ。そして賢者達はこの星の出現と共に『東方』から旅を始めたそうだ」
「有名だった宗教よ。知らないの、蓮子」
どうやらマエリベリーは元々に知識を有しているらしい。
まぁ、クリスマス事態が宗教的な行事の様で、幻想郷では東風谷早苗が流行させたものだ。
僕はそれから調べたに過ぎないが、マエリベリーもそうなのだろうか。
「マエリベリー、君も知識欲が旺盛そうだね」
「そんな事ないですよ。知っている事は知っている、知らない事は調べる、程度で」
それを知識欲旺盛というのだが……まあ、本人が否定しているのだから、そういう事にしておこう。
「ちなみにベツヘレムとはアラビア語で『肉の家』、ヘブライ語で『パンの家』という意味らしい。肉の家と言われると、不気味な感じがするが、パンの家はやわらかいイメージだな」
「あっ」
それまで大人しくクリスマスツリーを見ていた蓮子が急に声をあげた。
なんだ、と彼女を見ると、お腹をおさえて訴える。
「お腹すいた」
なんともストレートな意見だ。
蓮子の言葉に、僕は窓から外を見る。
冬はすぐに太陽が山に隠れてしまう。
先日に冬至を迎えたばかりだから、まだまだ1日が短いのは変わらない。
蓮子も窓から空を見上げた。
「18時12分47秒。もう夕飯の時間だわ」
まるで出鱈目の様に、彼女は時間を読み上げる。
ちらりと僕は河童が作った時計を見た。
誤差2秒。
いや、2秒経ったのか。
「星の位置から、時間が分かるのかい?」
「え、なんで知ってるの!?」
僕の言葉に、蓮子は驚いた様子でこちらを見た。
それ位は観察していれば分かる。
しかし、驚くのはこっちの方だ。
星の位置を読み取り、それを時間に置き換えている訳だ。
なかなかどうして、複雑な星達を読み解く能力を有しているらしい。
恐らく星の位置や角度を読み取り、計算をしているのだが、その作業は脳ではなく眼が請け負っているのだろう。
僕と同じ、『眼』を使用する能力者……
「気味悪い能力でしょ」
そんな蓮子を茶化す様にマエリベリーは笑う。
「なにさ、結界が見えるメリーだって気味悪いじゃない」
どうやら、マエリベリーも特殊な能力を持っている様だ。
が、しかし、境界が見える、だって?
あの八雲の大妖以外にも境界に関する能力者がいるとは……
そして彼女も『眼』を使用する訳か。
ふむ。
「君達、クリスマスイヴにこんな事を言っては誤解されるかもしれないが……」
僕の言葉に、二人は不思議そうにこちらを見た。
「一緒に食事にでも行かないかい?」
あぁ、誤解しないで欲しい。
僕はただ、知的好奇心を満たす為に、彼女達からもう少し話を聞く為に誘った訳だ。
決してナンパではない事を、ここで宣言しておきたい。
~☆~
「ほぅ、やっぱり君たちは外から来たのか」
暗がりの中、僕達はゆっくりと夜道を歩く。
やはり年の瀬も近いこのクリスマスイヴ。
吹き抜ける風はとても冷たくて、僕達は少しだけ背中を丸めながら歩みを進めて行った。
「えぇ。博麗神社の結界を通って」
「なるほどね」
マエリベリーの、結界の境目が見える程度の能力。
なるほど、確かに結界が見えるのなら、綻んでいる場所、又は穴が見えるはずだ。
しかも結界に触れる事もないので、八雲紫に見つかる可能性が低い。
もっとも、彼女はただいま冬眠中だ。
見つかったとしても、代わりに狐がやって来るだろう。
そちらの方が幾分かはマシだ。
「ところで、僕の店に置いてあった道具は、ほとんどが外の世界の物なんだが……どれか使い方が分かったりした物はないかい?」
僕の言葉に、蓮子もマエリベリーも首を傾げた。
「見た事ないのばっかりだったよ」
「えぇ。私も知らないものばかりです」
そうか、と僕は声のトーンを落とした。
そういえば、彼女達はクリスマスツリーも知らなかったのだ。
よくよく考えれば、外の世界から来た彼女達が分かるはずがないのかもしれない。
なぜなら、僕の店にある外の世界の道具とは『幻想入り』した物だからだ。
つまり、外の世界で必要とされなくなり、忘れられた物だから、ここ幻想郷に存在する訳だ。
「ところで、霖之助さん」
「なんだい?」
蓮子が僕に聞いてきた。
「外の世界の道具なんて、売れるんですか?」
「いや、さっぱり売れないな」
えぇ~、と二人は驚く。
「そんなんで生きていけるんですか?」
「まぁ、僕は半人半妖なんでね。人間らしい生活をおくれなくても、多少は大丈夫なんだよ」
「半人半妖!?」
蓮子がなにやらワザとらしくびっくりした声をあげる。
「どうしよメリー。私達食べられるよ」
「食べるんだったら、店の中で襲われてるわよ」
「……あ、なるほど」
「信用してもらえるかい?」
僕の言葉に、蓮子はじ~っとこちらを見てくる。
「別の意味で襲ったりしない?」
「はぁ……僕がそんな男に見えるかい?」
質問に質問で返す。
蓮子はニヤリと笑いながら答えた。
「『クリスマスイヴ』だっけ? こんな素敵な夜に女の子を誘う男なんて、下心以外の何があるのよ」
……しまった。
そうだった。
こと状況だけを見たら、僕は彼女達をナンパした事になる。
それは間違いない。
「あぁ、下心はあるね」
「やっぱり」
「知的好奇心を満たしたくてね。君達を誘った訳さ」
「なによそれ」
なんだ、とばかりに蓮子は肩を落とした。
「あら、蓮子。霖之助さんに襲ってほしかったの?」
今度はニヤリとマエリベリーが笑う。
どうやら友人をからかう手段が出来た様だ。
「な!? そんな訳ないじゃない。私は身の危険を少しでも減らそうとしているの。もし少しでも危険があるのなら、排除しないと危ないじゃない」
「貞操が?」
「貞操じゃない! あくまで身の危険!」
「可愛い友人でしょ、霖之助さん」
「まぁ、確かに」
僕が同意すると、蓮子は赤くなって俯いてしまった。
まぁ、この様子だと男と交際した事もないのだろう。
初々しいという感じだ。
「マエリベリー、君は大人だな」
「へ?」
僕の一言で、今度はマエリベリーが真っ赤になってしまった。
なにを深読みしたのだろうか。
まったく。
どうやら、二人ともお子様の様だ。
今日は、楽にお酒が呑めるかもしれないな。
~☆~
いつもの竹林沿いの、いつもの赤提灯。
ぼんやりと遠くに赤い光が見えてくれば、寒い夜道も幾分かは苦労が報われてくるというもの。
光というのは、同時に温かさと落ち着きを人に与えてくれる。
安心という感情もそうだろう。
だから、蓮子とマエリベリーも少しだけ表情が緩んだのは、当たり前だ。
「めーりさんのひつじ~、ひつじ~、ひつじ~♪ めーりさんのひつじで、く~りすま~す~♪」
いつものミスティアの妙な歌もしっかりと聞こえてきた。
なにやらメリー違いな気がすが……
「私?」
マエリベリーが自分を指差した。
蓮子がマエリベリーの事をメリーと呼んでいるからだろうか。
「クリスマスには、『メリークリスマス』と祝うんだよ。そのメリーと『メリーさんの羊』をかけてるんだろう」
と、僕が説明すると納得した様だ。
足早に屋台へと近づくと、どうやら僕達が今日1番目の客のようで、ミスティアが迎え入れてくれた。
「いらっしゃい霖之助、と、美味しそうなお客さん」
「うわぁ、やっぱり食べる気だ!」
まぁ、翼の生えてるご機嫌な歌を披露している不思議人間なんていないからな~。
夜雀を見て、逃げ出そうとする蓮子の襟首をつかんで、椅子に座らせる。
マエリベリーは動じる事なくそのまま座った。
「いらっしゃい、香霖堂。まさかあなたがクリスマスイヴに来るなんて思わなかったわ」
そして、アルバイトの蓬莱山輝夜が屋台の横からやって来た。
どうやら隣の長机で作業をしていたらしい。
「どうしてだい?」
「だって、今日は恋人同士が1年で1番盛り上がる日だもの。香霖堂は、おうちでラブラブするんだと思ってた」
「はぁ~……僕には恋人なんていないよ」
「じゃ、隣の可愛らしい少女は何なのよ」
輝夜が僕の頬をつねる。
痛い。
辞めてほしい。
これじゃ喋れないし。
「宇佐見蓮子だよ」
「マエリベリー・ハーンです」
僕の視線に気づいて、二人は自己紹介してくれる。
「ひゃのひょらはぼくのおひゃひゅなんだひょ」
「何言ってるのか分からないわ」
ニヤニヤしながら僕の頬を引っ張る輝夜。
まったく。
理解なんかしないくせに。
「霖之助さんにナンパされました」
や~い怒られてやんの、って感じで蓮子が輝夜に報告した。
余計な言い回しをしてくれるが、どう言おうが、輝夜の対応は同じだろう。
「私という愛しい恋人が居ながら、香霖堂はいっつもいっつも浮気ばっかりして」
これだ。
相変わらず、彼女は僕をからかい続ける。
それが演技なのか本気なのか……まぁ、演技なんだろうけど。
輝夜は頬から指をはなすと、パチンと僕の額を叩く。
はぁ……調子のいいお姫様だ。
「誰が誰の恋人だって?」
「冗談よ。あなたがどうしてもって言うなら、愛人になってあげてもいいわ」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。君が泣いて謝るなら、あの夜の事は忘れてあげよう」
僕が得意げに言った瞬間、ポカリと輝夜に叩かれた。
むぅ……暴力に訴えるとは卑怯だ。
その方法だと、僕に仕返しは不可能となる。
「とっても仲が良さそうですけど……付き合ってないんですか?」
マエリベリーの質問に、僕と輝夜は同時に『当然』と答えた。
「あはは、ヘタレだ」
蓮子が僕を指差す。
僕に呪いでもかけるつもりだろうか。
やめてもらいたい。
「はいはい、お客さん達。注文してくれなきゃ私の意味がないよ」
ミスティアは蓮子とマエリベリーにメニューを渡す。
今日のおすすめが載ったその日限りのメニュー表。
僕は常連だから、メニューをもらえない。
まぁ、もらったとしても注文するものは決まってるんだけどね。
「僕は筍ご飯と竹酒。あと、八目鰻ももらえるかい」
『はい、喜んで~♪』
ミスティアと輝夜が歌う様に答える。
「筍!? 筍食べたい!」
「あら、本当。筍があるなら、私もそれで」
なにやら二人は筍に反応している。
好物なのだろうか。
何にしても嬉しそうだ。
やはり好物というものは、人に喜びと幸福を与えてくれる。
それだけを目標に生きていっても問題ないだろう。
「筍料理ね。任せといて」
輝夜は喜んで、と屋台の奥へと引っ込んだ。
ミスティアは竹酒用の竹でつくった容器を3つ僕達の前に置いてくれる。
「はい、まずは筍ご飯ね」
お盆に3つのお茶碗を乗せて輝夜が戻ってきた。
少し多めに盛ってくれた筍ご飯だ。
それらを受け取ると、蓮子とマエリベリーは感動したかのように、おぉ、と呟いた。
「はい、まずは乾杯」
輝夜が竹筒を差し出す。
僕は慣れたもので、竹の容器にお酒を注いでもらう。
それにならって、蓮子とマエリベリーも注いでもらった。
で、相変わらずの輝夜とミスティアは自分のグラスに手酌している。
僕のお金なんだけどなぁ……
「それじゃ、何に乾杯する?」
「もちろんクリスマスといえば、サンタクロースでしょ」
輝夜の言葉に、なるほど、と僕は頷いた。
「サンタクロースって誰?」
「さぁ……私も知らない」
「おや、知らないのかい?」
どうやら二人は知らないらしい。
クリスマスを知らなかったのだから、当然か。
「クリスマスイブの夜に、赤鼻のトナカイを連れ、ソリに乗ってやってくるお爺さんさ。彼は子供にプレゼントを配って廻る、いわゆる御伽噺のヒーローだよ」
もちろん、幻想郷にサンタクロースは来てくれない。
彼の存在は、もちろん幻想だ。
だが、小さい子供は信じている者が多い。
空飛ぶ赤い鼻のトナカイに、空を飛ぶソリ。
外の世界でも多少は認知されている幻想。
それが許されるのが、クリスマスという事らしい。
有り得ない存在も、クリスマスだけは許されるそうだ。
「さんた・くろーす、ね」
「ハーフなのかしら。三男とか?」
まぁいいわ、と二人は容器を掲げる。
まぁ、納得したのなら何も問題はあるまい。
僕達5人は、それぞれの容器をぶつけて、サンタクロースに乾杯した。
「ん~、美味しい!」
乾杯の後は、多少は中身を減らすのが礼儀。
だが、蓮子は竹酒を気に入ったらしい。
一気に半分ほど呑んで、ぷは~っと息を吐いた。
「これが本物の筍なのね。凄いわ」
マエリベリーは早速とばかりに筍ご飯を味わっている。
僕も筍ご飯を頬張る。
うん、いつも通りの美味しさ。
コリコリとした食感は、やはり噛み応えがあり、自分が食事をしているという事を嫌でも分からせてくれる。
「はい、筍サラダに、筍の天ぷら。えぐみが強いけど、筍の丸焼き」
と、ここで輝夜が色々と筍料理を運んできた。
二人はやはり、おぉ~、と歓声をあげている。
「そんなに筍が好きなのかしら?」
「外の世界から来たそうだからね。もしかしたら、外の世界には筍がもう無いのかもしれない」
「ふ~ん……それは悲しい世界よね。私の事は知っているかしら?」
あぁ、かぐや姫の物語は童話になっている位だからな。
筍が無くなった世界で、かぐや姫はどう伝わるのか。
ふむ、興味深い。
「二人とも、かぐや姫って知ってるかい?」
早速とばかりに、僕は二人に聞いてみたのだが……
「え、幻想郷のお姫様か何か?」
「聞いた事ないですね」
どうやら知らないらしい。
「どうやら君もサンタクロースと同レベルらしいね」
「光栄だわ。子供達が慕うお爺様と同レベルなんだもの」
輝夜と僕は苦笑する。
いつになっても、かぐや姫の物語を知る者は増えない。
物語と実際のギャップを楽しめる友人を出来れば持ちたいものだが。
「で、誰なんですか、かぐや姫って」
「あぁ、醜い宇宙じあいたっ!」
眼鏡の上から輝夜に叩かれた。
まったく……暴力に訴えるのは卑怯だというのに、このお姫様は。
「それはそれは美しい、罪だらけのお姫様よ」
「それが、輝夜さんですか?」
マエリベリーの言葉に輝夜は口元を隠して笑う。
「へぇ~、どんな罪なの?」
蓮子の質問。
輝夜は、さて何だったかしら、と一呼吸置いた。
「まぁ、そうね。男達をもてあそびすぎたかしらね」
ニヤリと笑う輝夜。
「香霖堂も私の魅力の虜なのよ」
「いや、そんな事はないぞ」
「何よ。そこは素直に頷いておくものよ。ほら、あぁ輝夜様、どうぞ私を下僕にしてくださいって誓ったのは嘘なの」
「その言葉が嘘じゃないか」
「あら、私のお尻をず~っと触ってたくせに」
「負ぶっただけじゃないか。心外だ」
「侵害ね。私の領域を侵したわ」
「僕はそんな冒険を冒さないよ」
「じゃ、犯してみなさいよ」
「ネガティブだね。僕は淑女が好きなんだ」
「淑女? 転じて縮小かしら。そういえばあなた、チルノに首輪をつけてたっけ。ロリコン」
「無理がある改変だね。君の負けだ」
「ペドフィリア!」
「負けを認めろよ!」
まったく。
「途中、何を言ってたのか、よく分からないんだけど?」
「漢字に変換すれば分かるわ。活字で文句を言い合う珍しいタイプよ」
「何にしても仲がいいのね~」
「羨ましい限りです」
蓮子とマエリベリーが何か言っているが、僕は竹酒を呑み干して空を仰いだ。
息は白く空へと解けていく。
まったく……本当、幻想郷に淑女はいないのものなのか。
~☆~
「あはははは! この人最強だって、サイキョー!」
「こらこら蓮子。人……じゃなかった、妖怪の頭は叩くものじゃないわ」
どうやら、あの二人、相当に酔っ払ってしまったらしい。
今は長机側に移り盛り上がっている。
ちなみに蓮子が最強サイキョーと叩いているのは、風見幽香である。
最強じゃなく、最恐だ。
長机側にいるミスティアの笑顔がどんどんと引きつっていくのは、なかなか見物である。
「無知は罪、よね……」
「あぁ……僕は今、恐ろしい気分だよ」
当の本人、幽香はニコニコとお酒を呑んでいてくれてるが……やはり、強者の笑顔というのは、恐いものだ。
幻想郷縁起は間違ってはいない。
「どう? 外の世界の話は聞けた?」
「いや、どうやら時間軸が捻れてるようでね。僕が憧れる世界とは少し違う様だ」
宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの話はどこか『現代』と離れている。
もちろん、それは時間の経過も関係するだろう。
だが、どこかしら彼女達の時間とこの幻想郷の時間には乖離がある気がする。
彼女達についていっても、僕の望む世界は見れないだろう。
何せ、クリスマスも筍も知らない世界なのだ。
もしかしたら、海もなくなっているのかもしれない。
「ふ~ん、海ねぇ。幻想郷を捨ててでも見てみたい?」
「さて、どうかな。僕にはそれ程に価値があるのかもしれないよ」
「じゃ、私を捨ててでも見てみたい?」
輝夜は空っぽのグラスを僕に向ける。
「君は別にいらないな。僕の人生に色を添えてくれそうにない」
竹筒をとり、輝夜のグラスにお酒を注ぐ。
「居ろ、って言ってくれてもいいのに」
「遠慮するよ。君の心は、射ろと言われても、射れそうにない」
「相容れない仲なのね」
「愛いれない仲だね」
僕と輝夜は満足そうに笑った。
突発的な会話の妙。
これが楽しめるのは、今のところ輝夜しかいないだろうか。
八雲紫なら出来そうだが、僕が嫌いだから却下だ。
うん、それがいい。
「さんた、くろーず。閉める、三太!」
「だから、幽香さんの頭を叩かないの」
蓮子とマエリベリーはまだやっている。
幽香も酔っ払いの絡み酒と我慢してくれているのだろうか。
時々は、会話を交わしている様だ。
「ぎなた読みね」
「ん? 何がだい?」
「蓮子の言葉よ。さんた、くろーす」
「あぁ、『弁慶がなぎなたを持って』というやつだね」
要は句点の位置をズラす事による言葉遊び。
『弁慶が、薙刀を持って』と区切るところを、『弁慶がな、ぎなたを持って』と読み間違えた所から生まれたらしい。
別名を弁慶ぎなた式とも言って、間違いから生まれた手軽に出来る遊びだ。
「宇佐見蓮子。どうにもぎなた読みをくすぐる名前だわ」
「確かにね。一勝負するかい?」
賭けはお酒一杯。
僕が勝てば、輝夜が呑んだ一杯分は奢りじゃなくなる。
輝夜が勝てば、無条件にもう一杯奢る。
僕と輝夜は腕を組んだ。
ここからは、思考の速度勝負。
うさみれんこ、うさみれんこ。
う~ん……どうしても鈴仙の耳がチラついてしょうがないな。
いや、あえてそこから離れよう。
…………よし、閃いた。
「宇佐見蓮子……う~、さみ、連呼」
う~、寒い寒い、と連呼する様な状況だ。
ふむ、綺麗にまとまって良い感じじゃないか。
「あぁ、先に言われたわね。う~ん……うどんげが~」
ブツブツと呟く輝夜。
どうやら彼女も鈴仙の耳に思考を邪魔されているらしい。
「宇佐見蓮子……ウサ! 未練! こらしめろ!……宇佐見蓮子ら絞めろ」
「……物騒だな」
「まぁ、意味は通るし、引き分けじゃない? それとも蓮子達を絞める?」
どうやら、輝夜は負けを認めないらしい。
そもそも最初の『ウサ!』って何だよ。
思い切り鈴仙かてゐに思考を乗っ取られてるじゃないか。
「絞める、という意見に賛成するわ」
気づけば幽香が真横にいた。
首には蓮子が絡み付いている。
それを物ともしないで歩いてる様は、流石というか何というか。
「森近さんの連れでしょ? 何とかしてくださらない?」
「おいおい、蓮子……少し呑みすぎだ。マエリベリーは……潰れたか」
長机の方で、突っ伏している。
ミスティアが両手をクロスしたポーズを取った。
×印なんだろうな。
「不味そうな人間だけど、森近さんも一緒に食べる?」
「いや、遠慮するよ。食べないのなら、僕が預かるけど?」
そうしてちょうだい、と幽香は蓮子を引き剥がして僕の膝の上の乗せた。
そのまま蓮子は僕にしがみついてくる。
絡み酒というが、物理的に絡まる人間など初めて見たよ。
「あら、その席は私の予約済みなのに」
「悪いが、この席は特別料金だよ」
「おいくら?」
「そうだな……君のもつ全財産かな」
そこで輝夜はニヤリと笑った。
「だったら簡単ね。お嫁に行けば、座れるんだもの」
全財産を僕に預けるが、尻にしくぞ……という事か。
脅迫にも近い。
はぁ……
「まったく……色気のない話だ」
これはこれで、森近霖之助と蓬莱山輝夜らしいといえば、らしいんだけどね。
久我さんとこの作品が大好きです!!
幽香の大人な対応と幽香を叩く蓮子に賞賛ww
霖之助と輝夜のやり取りもここでしか見れないので面白かったです!
これでまた続いていくんでしょうか?もしそうなら嬉しい限りです!
これからも応援してます!頑張ってください!!!!
リア充になんの恨みがwwww
ゆうかりん……後が怖いですね。
あと後書き。同感です。リア充爆ぜろ!
まあ、合理化と画一化した未来では有り得る話。これはこれでGJです!
秘封倶楽部のお二人は無事に帰られたのでしょうか?
クリスマスの事を知っていても可笑しくないけどな、言葉として意味はクリスマスは直訳なので
それに西洋の文化の一部に付いても原作で言及していたので-10
内容は凄く面白かったです。
リア充爆発しろってどんだけ恨みがあるんですかwww?
輝夜にとってはうどんもてゐもその他大勢の兎達も区別なく「いなば」だったんじゃ?
面白かったです。このシリーズ好きです。まだまだ続けてください。
それにしても ゆうかりん 大人~~~♪
あぁ、またこの続きが読めるなんて感激です……!
期待を裏切らない素晴らしい雰囲気でした。
誤字 膝の上に乗せた。
ゆーかりん叩くとか恐ろしすぎる
ちくしょう俺と変わってくれよう
良きかな
まあ無粋な考察はともかくいい話だったと思います。
しかし、輝夜が可愛い。とても可愛い。
さっさと霖乃助は輝夜とくっつけばイイヨ!