――――――……一年前。
* * * * * * *
〈side.地〉
「最悪。ああ、もう最悪ね」
腹が立っていた。
家族(ペット)をまるで駒のように使い、斯の身に余る莫大な力を与えたあの山の神に。新参だか何だか知らないが好き勝手やりやがって、あの年増。
加え厄介なことに妹が頻繁にあいつ等の神社に遊びに行っているらしい。
ああ、父さん、母さん……私はどうしたらいいのでしょう。
考える度に頭が痛くなる。
旧地獄の管理妖―――古明地さとりは偶にしか逢うことのできない自身の両親に問うてみた。無論、返事など無いのだが。
ただでさえ自分の能力は頭を使うのに、これ以上問題事を詰め込んだらジャンクになりかねない。
溜息、そしてペットが淹れてくれたココアで一息ついた。
『さとり様。最近働き過ぎですよ』
「心配してくれるのは嬉しいけど……大半が貴女達のやらかした事のツケなの」
『あ、あはは』
ペットの火車―――火焔猫燐がにゃーんと俯いた。さとりは言葉、燐は心での会話だ。
今は猫型になり主の膝の上で丸くなっている。
『ま、まあ折角外との交流が活発になってきましたし、さとり様も行きましょうよ。外』
「気が向いたらね。ところで、お空は?」
『え? 今は……釜の方では」
人型へトランス。ポケットから手帳を取り出す。
「あれ?」
「あの子、非番のはずよ。部屋には?」
見てきますと駆けていく燐。数十秒後……
「さとり様ぁ」
「どうでし……はぁ」
聞く前に分かってしまうと悲しい。しかも、能力ではなく視覚で。
【じんじゃに行ってきます。 おくふ】
「書き残しが」
「ええ。お燐、頭痛薬取って来て」
「ダメですよ。最近薬に頼り過ぎですって」
「……はぁ」
問題児(ペット)―――霊烏路空。
最近のブームは、外から流れて来た核廃棄施設の写真集集め。
「せめて『山』じゃなくて『東』の神社であって欲しいわね」
立ち上がりテーブル上の小ビンに手を伸ばす。
が、ペットに取り上げられた。
「ダメ、です」
「私の給料で買ったモノよ」
「ダメ。ゼッタイ」
「……チッ」
とあるルートで竹林の薬師から買っている頭痛薬。とても良い薬だ(あくまで使用者目線)。
薬師自身は心を読めない上、逆に侵入してこようとするので恐ろしい存在なのだが。
「仕方ない。少々仮眠を取ります」
「ええ、そうなさってください」
促す燐。それもそのはず。ここ何日かで6時間も寝てないのだ。
「変な事、しないのよ」
「はいはい……前科持ちは辛いなぁ。はは」
「ふふ、冗談よ。何かあったら起こしてね」
エントランスホールから階段を上り自室へと―――
ドオオオオオオオォンッ!!
―――……行けなかった。
地震、いや地鳴り。膝をつくさとりの傍に燐が飛んでくる。
「さとり様! 大丈夫ですか!?」
「……何事よ」
二妖は屋上へ向かった。途中、燐のゾンビフェアリーが報告に来る。
内容は……薬の数が増えそうなものだった。
「我々(地霊殿)の管轄外ですが。どうしますか?」
「そういうわけにもいかないでしょう……」
事は旧都方面で起こっているらしい。
そうなると旧地獄跡付近轄―――地霊殿(此処)の問題では無いのだが、無視はできない。
「さとり!」
屋上に着くと同時に、丁度良く旧都の方から一本角鬼―――星熊勇儀が飛んで来た。
かなり焦った様子。
「状況は……最悪、ですか」
「ああ、ヤバいな。よりにもよって『禁止区画』の『船』が浮かんだようだ」
「ったく。お燐、伝言を」
即座に妖力で手紙を書く。火車はそれを受け取り駆けていった。
旧都の方を見る。どうやら暴動が始まったようだ。
「喧嘩ならいつもの事だが……今回ばかしは勘弁だな」
「まったくです」
やれやれとポケットから小ビンを取り出す。先程、燐からくすねたモノだ。速効性の簡易頭痛止め(もやし炒め味)。
隣で鬼が呆れていた。
「褒められたもんじゃないねぇ、『ソレ』。都長は知ってんのかい?」
「貴女のお酒と同じですよ。まあ、母さんには黙っておいて貰えると助かります」
溜息を吐く鬼。アル中がジャンキーを叱るなっちゅうの。
「ケッ……ま、今はそれどころじゃないか。
まさか『アレ』、都燃やすつもりじゃなかろうね。何が目的だ?」
「あのマーク……輦に蓮。仏門?」
あ、と声を上げ顔を見合わせる。
「「命蓮教!」」
つまり宗教過激派運動といったところだろうか。
「何にしろ、事を起こす前に止めに行かなきゃな」
「……二次災害はゴメンです」
一妖一鬼は宙に浮かぶ巨大船に向かって飛翔した。
* * * * * * *
〈side.星〉
「一輪! そろそろ追手が!」
「分かってる!」
旧都上空(尤も空など無いが)、彼女達は浮かんでいた。
本来封印されている筈の『聖輦船』。先日の間欠泉異変のおかげで封が解け、現在の蜂起に至っている。
船のコントロールに集中しなくてはならないはずの聖輦船船長―――村紗水蜜は追手の恐怖に頭を掻き乱されていた。
迎撃の準備をする入道使い―――雲居一輪も追手には脅えていたが、ここで失敗するわけにはいかないと監視に勤しむ。
望遠鏡で下と地霊殿の方を確認。未だ影無し。
「星からの連絡は!?」
「もうちょいで『穴が開く』。そしたら勝ちだよ!」
「よぉし!」
水蜜は艦内放送で船に乗る妖達に激を飛ばす。
『艦内に告ぐ。風は近い! ただし気を抜くな! 嵐ももうすぐ来るぞ!』
妖は息を飲む。誰も彼も『聖母』の信徒であった。
皆、『彼女』の帰りを望んでいた。
「船長(キャプテン)! 星様からの伝言です!」
「どうした!?」
一匹の鳥人が息を切らして飛んできた。
「『風は吹いた』! 突入を!」
一輪と水蜜は顔を見合わせ、頷いた。
「よし……後は、例のネズミさんが上手くやってくれてるはずだが」
「一輪。その露公妖怪、信じていいの?」
最近、仲間になった鼠妖。手腕は中々だが……謎が、いや隠し事が多すぎる。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないの。私達がまともに鬼や神の鴉(空)とやりあったら……
信じるしかないのよ。ここまでは手筈通りなんだから」
「……ん。わかった」
悔しいが、鬼が本気で船を潰しにかかれば一溜りも無い。
星が雇ってきた鼠妖の『策』とやらに賭けるしかないのだ。
「このまま行けば奴らとは衝突せずに―――」
「ッ!! ムラサ……来たよ……」
「え……」
一輪の入道―――雲山が『奴ら』を捉えた。
旧都の顔役、星熊勇儀。そして地霊殿主、古明地さとり。
ヤバい……ネズミは何をやってるんだ。水蜜は目を瞑り、一輪に頼んだ。
「了……『艦内。ここまでは上手く行った。順風だ』」
信徒達が甲板に上がってくる。
「『行く手を阻む悪鬼共。奴らは強い。おそらく我々は肉塊と化すだろう。
だが、それがなんだ! 全ては姐さんの為! 諸君、武器を持て!』」
―――オオオオオオオオオオォッ!!
「構えろ! 準備はいいか!」
各々攻撃態勢に入る。これは『ごっこ』では無い。
彼らにとっては言葉通り『聖戦』なのだ。
「野郎共! 撃―――」
刹那―――
* * * * * * *
〈side.???〉
「―――以下の手筈道理に」
「……わかった」
* * * * * * *
―――ドオオオオオオオォンッ!!
「な、なんだ?!」
一妖一鬼が振り返る。突如、旧都奥から火の手が上がった。
動揺する一同。しかし、とあるクルーの大目玉が叫んだ。
「き、北区……反乱軍です!」
「やってくれたのね!」
この騒動に乗じて『彼ら』が動き出したのだ。流石、外の凄腕妖怪。雇って正解だった。
歓声を上げる船の妖達。さとりと勇戯は顔を見合わせた。
こんな時に……反乱軍だと……
「勇儀さん。優先順位はあちらです……この場は」
「チッ」
唇を噛む。ギッ!と船の方を睨み、鬼は怒鳴った。
「貴様ら! この場は見逃す! しかし、『アレ』の落とし前も含め……何れ取って貰うぞッ!!」
「……行きましょう」
雷の如き怒声。クルー一同は一瞬慄いたが、二人が火の手の方に向かうのを確認し安堵した。
「終わった、の?」
「ムラサ! 気を抜かないで。このまま一気に貫けるのよ」
「あ、アイ・マム!」
船は地上へ向かう。
途中、御神体(代理)―――寅丸星と合流し、安全を確保した間欠泉から脱出。その後、工作妖の鼠妖怪―――ナズーリンも加わり、事が起こる。
おまけに封印指定の正体不明―――封獣ぬえまで逃げ出した。
これが『星蓮船異変』であり―――『水霊(聖輦)船事件』であった。
* * * * * * *
――――――……現在。
「ここ、ですね」
薄い雪化粧を纏った人里。その一画にできた新参寺―――命蓮寺に普段は決して見る事の無い顔が二つあった。
「さて行くか」
「できるだけ穏便に、ですよ」
「わーてるって。お前こそ、莫迦なことするなよ……」
「……」
門を叩いた。
* * * * * * *
一方、里に腰を置いて半年。人妖供に増えつつある。。
「皆のおかげね」
命蓮寺住職(リーダー)―――聖白蓮は笑みをこぼした。
現在、珍しく顔を出しているお天道様を縁側で拝んでいたところだ。
「私は何もしてないけどねー」
「ふふふ、いいの。一緒に居るだけで」
「えへへ」
膝の上に座る正体不明の妖怪少女も自然と笑みが出た。
「こら、ぬえ。姐さんに座るなんて!」
「いいのよ、一輪」
「いいってさ」
やれやれうらや……もとい、けしからん。溜息をつく妖怪尼。
この日は皆、何の予定も無く寺内で暇を余していた。
何気無い日。
そんな当たり前が幸せだった。
しかし―――
「頼もうッ!!」
―――平穏は続かない。
「はいはい。どなたさ……」
長袖長ズボンの水兵服(冬着)の元・聖輦船船長は入信希望の人妖かと、軽い足取りで玄関に向かった。
だが……そこに居たのは、最も、忌み恐れる存在だった。
「あ、あ、な、ん」
「『何であんたらが……』ですか。まず、そう思いますよね」
「莫迦、心読むな。脅かしてどうする」
「ふむ、そうでしたね」
力無くペタリと座り込む水蜜。
まるで手前の顔らを、死神を見るかのように脅え震えた。
いや、彼女に……彼女達にとってはそうなのだろう。きっと我々に然るべき処置を下しに来た。そうに違いない。
「どうしたんだい、船長。お客が……おや」
何時までも戻ってこない水蜜の様子を見に来た鼠妖。
座り込んでいる水霊。そして困った顔をしている鬼、知らん顔の覚妖がいた。
「これはこれは……鬼と少女が、何用で」
極めて冷静なナズーリン。勇儀は苦笑しながら用件を伝えた。
「ああ、ちょっと大事な話を。言わなくても……分かるよな」
「……ふむ。何分、私は新参でね」
半分嘘。分かりきっている。
「そうか……なぁ、水霊」
「ひっ」
未だにへタれている元船長。やれやれとナズーリンが肩を貸した。
「とりあえず、客室へ。立ち話も何でしょう」
一妖一鬼は頷き、鼠妖の後に続いた。
* * * * * * *
「『帰れよ!』ですか。ふふふ」
「……そういう事、口にするな」
嫌でも見えるんですもの、とさとりはぼやく。
メンバー達(元地底組)は居間で待たされている二名を覗き見た。
一輪、水蜜、ぬえは震え縮こまって、星は平静を装っているが、内心張ち切れそうだった。
「……私達、どうなるの?」
声を振わせ呟くぬえ。誰もが無言だった。答えてしまえば、それが真になってしまう気がして、恐ろしかった。
「畜生……戻りたくないよぉ……」
「止めて、ムラサ……ぬえも……お願い」
終いには啜り泣き出す。目の前の『化け物』を直視できなかった。
逆に座っていた鬼にとってははバツが悪いことこの上ない。
「嫌われたもんだね。ったく、取って喰おうってわけじゃあるまいし」
「ゾクゾクしますね」
「……良い趣味してるよ、お前」
溜息。
確かに旧都の顔役である自分は、罪意識が有る彼女達にとって畏怖の権化かもしれない。しかし、執行人になった覚えは無いし、争いを持ってきたわけでもない。
「ああ、もうごめんだよ。帰りに夜雀の所で一杯ひっかけて帰りたいもんだな」
「うふふふふ」
黒い笑みを浮かべるさとり。
最近、妹に『お姉ちゃん老けたね』と言われた姉さとり。
ペットに『うにゅ! なんで入ってくるの!?』とお風呂を拒否された主(パパ)さとり。
母親に『アナタ、さとりが薬なんかに手を……うう……』と泣かれ、父親に『薬くらい良いだろう……男は許さんが』と過保護にされてる(不良)少女さとり。
地底の嫌われモノの象徴―――覚・さとり。
(まあ、慣れたモノです。しかし……)
一妖、イケ好か無いのがいた。あのネズ耳……心を読ませない。要注意、か。
「さて、何時来るのでしょう。『責任者』さんは」
「さぁね……ややこしくするなよ」
「善処しますよ」
あくまで話し合い。何も一方的に押し付けようってんじゃない……まぁ、退けない事もあるのだが。
それにしても、遅い。
勇儀はふと、台所の方を向いた。
「……」
「「「「ひっ!」」」」
目が合う事がこんなにも気まずいのは久しい感覚だ……さとりパパ以来。
あからさまにビビる連中。
「そ、そんなに脅えんでくれ……えっと、リーダーさんはまだかい?」
引っ込む三名。代表して星が答えた。
「い、今……部下が呼びに行っている。もう少し、待ってくれ」
「ん、そうか」
静かに茶を飲み出した鬼を見てホッとする毘沙門天の弟子。何事も無くてよかったと冷や汗を拭った。
「ふふ、楽しい。勇儀さん、まるで幽香と同じ扱いですね」
「勘弁してくれ……嗜虐思考なんぞ無いって」
「じゃあ~♪ 私と~貴女~で♪ U・S・Cぃ~♪」
「歌うな! あと、なんだその歌?!」
「さとりfeat.ゆーぎ。『弩S×パワー=USC』です。絶賛発b」
「売れない!! 止めい!!」
ダメだこいつ……薬でイカレやがったか。
鬼は頭を抱えた。まともな話し合いになればいいが。
まぁ、その時になればシャキッとしてくれるだろう。このロリスマ(ロリ×カリスマ)も。
* * * * * * *
賢将は白蓮に成り行きを説明していた。
地底のお偉いさんが来た……恐らく、聖輦船地底脱出の件だろう。
二名は居間へ向かった。
「ツケですか?」
「そんな優しいモノならいいがね」
あの子達は『その件』を詳しく話そうとしない。きっと後ろめたさが有るのやもしれない。
しかし、迷惑をかけたのであればケジメは必要だろう……
「ナズーリン、貴女も同席して下さい」
「……何でだい?」
「お金の話もあるでしょう。経理はお任せします」
命蓮寺経理部(一名)部長。他の連中にはお金を預けられません。色々な意味で。
「御主人の同席は」
「酷でしょうに。それも含め貴女に」
「やれやれだな」
「非常時は……『神様』の名前を使って下さい」
止まるナズーリン。雰囲気が、変わる。
「……『彼』は、『この件』には無関与ですわ」
「そう」
髪を掻き揚げ、睨む賢将。
「ですが『我々』の総意としては、ここで貴女方に消えて頂くのは都合が悪い」
「ったく……トンだ道化ね」
「少なくとも、『味方』ですわ」
クククと微笑む妖。
「仕方ないわね……」
「ですが―――」
俯く。髪を戻す。
「―――……個人的には、仲間だよ。信用してくれて構わない」
「信頼するな、ってことね。まあ、仕事の腕は買うわよ……多重『スパイ』さん」
「ふふふ、ああ、任せてくれ」
互いに個人的には好きだ。しかし、表裏は別。
白蓮はナズーリンの『正体』を早いうちに見破った。対するナズーリンは、それを予見していたかのように『そうかい』と流した。
聡明な彼女(白蓮)のことだ。自分が怪しいことに気付かないわけがない。ただ、もし自分の正体をばらすのであれば……
案の定、それは無かった。しかし、もっとオッカナイ事を吹っ掛けてきやがった。
『それでは、私の為にも一役働いて貰いましょう』
アンタ本当に僧侶かと……まぁ、嫌いじゃない。そういうの。
「じゃあ、行きますか……『クライアント』殿」
「ええ、お願いね……『ネゴシエイター』さん」
そして、一僧二妖一鬼は対面した。
私はただ次回に向けて期待するのみ、です。
もーちょっと書き込んでもよいかと
……フフ、これで前篇だからの伏線じゃなくて全体の伏線だったらどうしよう。
続きが楽しみだなぁ。
ぬえがかわいすぎて生きるのが楽しい
次回の聖たちを交えての話とか楽しみですね。
SatoriのSはドSのS……!
その一文が何故か、すっごい気に入った。
いや、さとりが中毒者、――――新しい!って、思いました。
いいぞもっとやれ、やって下さい
さとりパパ、お空とフロに入ろうとすんなww俺とかわ(ry
『雲山と天満の一夜』を希望ww
・冬。様> さとりんは苦労妖です。主に守●矢の所為です……あ、別に私が守矢組嫌いってわけじゃないですよ。設定上、設定上。
・20番様> ナズもですが、ルミャとかレティとか……私の中ではカリスマです。
・21番様> 空ちゃんは思春期なので迂闊に一緒に入ろうとすると蒸発しますよ? 天満は誰かに家を貸す度、『何処か』に泊りに行きます。何処でしょうね?