Coolier - 新生・東方創想話

突飛な主と不運な従者

2009/12/21 00:43:06
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占いを、普段から信じているわけではないのだけれど。
もし今、私の元に突然占い師が現われて「不運から脱出できる方法を教えます」なんて言われたら、私はいくらかお金を払ってしまったかもしれない。
だって、何だかとてもじゃないけど運が悪すぎて、流石に嫌になってしまったから。
そのぐらい、今日の私はとことんついていなかった。

そもそもが、一日の始まりである朝からして、我ながら悲惨なものだった。
というのも、主である幽々子様を起こしに寝室に行ったところ、寝ぼけた幽々子様に肉まんと勘違いされて、頭をかじられたからだ。
割と全力で噛まれたんだと思う。血も結構だらだら出てたし。痛かった。
その挙句、幽々子様から「貴女って美味しくないわね」なんてことを言われた。美味しいわけがない。だって、私の頭は食べ物じゃないもの。
そんなスプラッターな朝を迎えた段階で、何となく、今日という日に対して嫌な予感はひしひしとしていた。そして、それは見事に当たることになる。

お昼に居間を掃除していた際も、普段ならまずしない失敗があった。
雑巾がけの最中、妙に滑りが悪い場所があり、バランスを崩して思い切り転倒してしまったのだ。
これはそんなに痛いわけじゃなかったけれど、ひたすら恥ずかしかった。頑張りすぎて雑巾がけ中に転んじゃうとか、どんな子供だ。
しかも、運悪く転んだところを文さんに激写された。その顔を見たらすごくニヤニヤしてて、私にしては珍しく、思い切り腹を立ててしまった。
何であんなときに限ってあそこにいたというのか……もう、タイミングが悪すぎるとしか言い様がない。
一応追いかけたけど、やっぱり幻想郷最速の名はダテじゃないみたいで、あっさりと逃げきられた。
近い内には、あの写真が載った新聞が色々なところに配られるのだと思うと、ちょっと泣きたくなった。

やっと迎えた夕方には、人里の店まで行った際に、やってしまった。
買出しを済ませて店を出ようとしたとき、戸が閉まっていることに気付かず、思い切り激突してしまったのだ。
ガツンという大きな音が響き渡り、私の顔は色んな意味で真っ赤になった。
もう、痛いし、恥ずかしいし、すごく気まずいしの三重苦だった。あの店のおじさんには早く忘れて欲しいけど、無理なんだろうな。
そもそもが店数の多くない幻想郷。どの店も、客は誰も彼もがお得意さんで、私の顔も、前から皆知ってるんだから。

あーあ。まったく、今日は色々とひどい日だ。

「もう、あれはどこいったのよ……」
そして、夕飯を作り終えた今。またも私はついてない事態に直面していた。
煮物をよそいたいのに、おたまが無い。いつも台所関係の小物を入れている引き出しは何度も調べたし、他のしまってそうな場所も一通り探したというのに、全くある気配が感じられない。ここに見えなければ、一体どこにあるというのか。
(困ったなあ)
当然だが、おたまがなければ煮物をよそうのは難しい。
さじを使ってよそおうかとも一瞬思ったが、どう考えても効率が悪すぎる。そもそも、大きな具材はよそえない。
かといって、このまま探しても、ちょっとおたまが見つかるとは思えない。
探し物は無闇に探さないほうが見つかるともいうし、ここは一度退くべきか。
「しょうがない、お風呂を先に沸かしちゃおう……」
出来立てのおかずが冷めてしまうのは忍びなかったが、まあ仕方あるまい。
時間だって限られているのだから、有効活用するに越したことはないし。
それに、もしかしたら、お風呂場に探しているおたまが置いてあるかもしれないではないか。
(なんてね。いくらなんでもそれはないか)
おどけた自らの考えにため息を吐くと、私は風呂場へと足を運んだ。

「あれ?」
風呂場へと辿りついた私は、思わずそんな声を出してしまった。
明かりがついている。まだ風呂を沸かしていないのだから、誰もいないはずなのに、だ。
(何で?)
初めて目にする現象をどうにか理解しようと、私は色々な可能性について思いを巡らした。
考えられるのは、幽々子様が自らお風呂を沸かし、今まさに入っている最中だということ。
あるいは、昨日消し忘れた明かりが、ずっと付きっぱなしだったということ。
しかし、幽々子様が自らお風呂を沸かしてくれたことは、今までに一度もない。それに、明かりは風呂場を出るとき必ず消すようにしているから、付けっぱなしにしていたということも考えにくい。では、これは一体どういうことか。

この場で考えるよりも、戸を開けるほうが早いだろう。
そう判断を下した私は、念のため「失礼します」と一声かけると、勢いよくがらりと風呂場の戸を開けた。

するとそこには、床に散らばった大量の空き袋と、おたまを片手に、一心不乱に浴槽に向かう幽々子様の姿があった。

「ゆ、幽々子様?」
私がそう声をかけると、幽々子様はビクっと大きな反応を見せた。
大げさにも思えるその反応に、私は何か嫌な予感を覚えつつも、出来るだけ冷静な風を装って訊ねる。
「そんなところで、何をなさってらっしゃるんですか?」
「あ、あら、妖夢。見つかっちゃったかしら……」
幽々子様は、まるで悪戯が見つかった子供のような、バツの悪そうな表情を浮かべながら振り返った。
その顔から、私は幽々子様が、また何かとんでもないことをしてくれたのだと覚る。
私は、思わずため息を一つ吐きそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。

「幽々子様。一体、何をなさってらっしゃるんですか?」
出来るのならば見なかったことにしたいけれど、そういうわけにもいくまい。
決意を固めた私は、もう一度幽々子様に訊ねてみた。
すると、幽々子様からは、思いもかけない意外な返事が返ってきた。
「あはは……たまには、気分を変えて、お風呂場でお菓子を食べるのも、悪くないかなって」
「は?」
『風呂場』と『お菓子』という単語が結びつかず、私は思わずそんな声を上げてしまう。
いくら気分を変えたいといっても、わざわざ風呂場にお菓子を持ち込む必要はないだろう。
「どういうことですか?幽々子様」
「気にしなくていいわよ。あとは私が一人で片付けておくから」
「いえ、片付けなら私がやりますから。まずは事情をお聞かせ下さい」
「う。一人で大丈夫よ」
「そういう訳にはいきませんよ」
「と、とにかく、妖夢は出て行って頂戴!」
「な、何なんですか……」
やっぱり変だ。明らかに普段と違う様子の幽々子様を見て、私は主が何かを隠しているということを確信した。

「本当に、何して……って、うわぁぁ!!」
ふと浴槽に目をやった私は、思わず悲鳴を上げてしまった。
浴槽の中が、何か黄色いもので埋め尽くされている。さらに、その上には、茶色いどろっとした液体がたっぷりとかかっている。
そのあまりの惨状を目の当たりにし、私は先程の冷静さなどかなぐり捨て、自らの主に向かって怒鳴り声を上げた。
「幽々子様!一体どういうことですか!」
「ち、違うのよ妖夢!聞いて!これは貴女が、福引で牛乳1年分当たって困ったって言ってたから!」

幽々子様の言葉を聞き、私は先日のことを思い出す。
里で買い出しをしていたとき、店のおばさんから何かの券をもらったのだ。
話によると、その券は2枚で1回引ける『年末福引券』とのことだった。
そして、福引に参加した私は、見事3等の『牛乳1年分』というとんでもない重さの景品を引き当て、苦労しいしい持ち帰ったのだ。
そのとき、いくら幽々子様がよく食べる方とはいえ、二人でこんなに飲みきれるわけがない、と思わずこぼしたのも事実である。

でも、それとこれとに一体何の関係があるというのか。
そこまで考えて、私ははっと気付く。
「もしかして、これ」
「……いわゆるバケツプリンというやつよ。機会があれば一度やってみたかったの」
「バケツじゃなくて浴槽じゃないですか……」
私はがっくりと項垂れた。
なるほど、確かにこの方法なら一気に大量の牛乳を消費することが出来るだろう。何しろ、浴槽はバケツなどと比べものにならないほど、大きな規模のものなのだから。そういう意味では、画期的な方法だと思えなくも無い。
しかし、食べ終えたあとの掃除をしなければならないということを考えると、牛乳の使用用途に悩んでいたほうがよほどマシだったと思える。
(これ、絶対浴槽中ベトベトになってるよね。全部洗い終わるまでに、普段の二倍……いや、三倍は時間がかかるかな?)
そう考えた瞬間、くらりと眩暈がして、思わず倒れそうになってしまった。

ふと私は、何故幽々子様がおたまを持っていたかという点について気付く。
「……浴槽一杯のプリンを食べるために、おたま持ち出してたんですね」
力なくそう言うと、主は何故か笑顔で答える。
「ええ。流石にこれだけの量を、ちまちまさじで食べてたら、馬鹿みたいでしょ?」
いえ、こんな発想を出来る時点で十分……うっかりそんなことを言いかけたが、その言葉は飲み込んだ。
流石に、自らの仕える主に対してそんな失礼な態度を取るわけにはいかない。

うう、ゆゆさまのばかあ。

本当の事を言えば、既にあれこれ牛乳の使い道は考えてあった。人伝に聞いた牛乳風呂も試してみたかったし、幻想郷ではあまり売っていないバターやアイスクリームも作ってみたいと思っていた。それでも残ったら、神社や寺子屋にでもお裾分けすればいい。感謝されこそすれ、嫌がられることはまずないはずだ。

しかし、この広い浴槽一杯に作られたプリンを見るに、もう牛乳は残っていないだろう。

今回の件は、私が悪い。だって、幽々子様にちゃんと「牛乳をこんな風に使いたいんです」ということを、言わなかったのだから。
そう考えて、私は無理やり自分自身を納得させた。

「それにしても、こんな量のプリン、どうやって作ったんですか?」
さっきから気になっていたことを聞いてみた。プリンを作るには卵や砂糖も必要だが、そんなに沢山の材料は、うちには無かったはずだ。
では、一体どのようにして作ったというのか。
私の投げかけたその問いに対し、幽々子様は事もなげに答えてみせた。
「紫に頼んで、外の世界から『魔法の粉』を用意してもらったのよ」
「魔法ですか?」
「ええ。それを使えば、卵も砂糖も入れなくても、牛乳を用意するだけでプリンが出来るっていう粉」
「そんなものがあるんですか?」
私は思わず目を丸くした。本来必要な材料がなくても、きちんとしたものが作れてしまうなんて、まさしく魔法と呼ぶしかないではないか。
外の世界の不思議に感動する私。しかし、すぐにもう一つ疑問が浮かぶ。
「それにしたって、一人で作られるのは大変でしたでしょうに」
そう口にすると、幽々子様から意外な者の名前が上げられ、私を大いに驚かせた。
「一人じゃないわ。ちょっと、氷精の所まで行ってね。それで、火を焚いてもらったり、冷気でプリンを固めるのを手伝ってもらったりしたのよ。あの子、初めは渋ってたけど、あめ玉あげたら喜んでついてきてくれたわ」
……ああ、全く。何をやってるんですか、もう。それじゃあ、ちょっとした誘拐犯じゃないですか。
プリンを固めるため、風呂場でボーッとあめ玉を舐めているチルノ。想像したら、何だかおかしくて思わず笑いそうになってしまった。
「それで、プリンはあげたんですか?」
「勿論よ。お腹一杯になるまで食べていったわ」
幽々子様のその言葉を聞いて、私はひとまず安心感を覚えたのだった。とりあえず、チルノには後で改めて礼を言いに行こう。

それはともかく。
「でも、どうするんですか?これじゃあ、お風呂が使えないじゃないですか」
私は思わずそう文句を言った。この様子では、少なくとも今夜は間違いなく風呂を沸かすことは出来ないだろう。
底冷えする気温の最中、お風呂で温まれないのは少々辛いものがある。
すると、幽々子様は、急にすまなそうな口調になって、私に対してこんな事を言ってきた。
「ごめんなさい。本当は、貴女に迷惑をかけまいと思って、昼間に作って食べてしまうつもりだったのよ。それで、勿論後片付けまできっちりやっておくつもりで……。でも、やっぱり氷精に手伝ってもらっても、中々固まらなくて……」
それはそうだろうなと思う。いくら今が師走で元々寒く、その上チルノに来てもらったからといっても、この量は半端ではない。
正直、よく夜までに固まったなあ、というのが私の感想だ。

どうしようかと考えていると、不意に、幽々子様は、何かを決意するように言った。
「食べ終えたら、ここは私が掃除しておくから。妖夢は夕飯の支度をしていて頂戴」

その言葉を聞き、私は何故だかおかしくて、笑いがとめられなくなってしまった。

「……妖夢?」
「す、すみません、幽々子様……。ですが、夕飯の支度はできません」
「え?どうして?」
ポカンとした幽々子様の表情が何だか可愛いなどと、思わず不謹慎なことを考えてしまいながらも、私は言った。
「だって、幽々子様がおたまを独占してしまってますから。煮物がよそえそうにもないんです」
「あら」
「いいですよ。私は従者ですから、ここの掃除も私がしますから」
「そんな、流石に悪いわよ」
「いえ、その代わりに」
そこまで言うと私は、踵を返して台所へと向かうことにした。
今夜の煮物は、明日に回すことにしよう。どちらにしても、今日はちょっと食べられそうに無い。

(本当、今日は、何をやってもうまくいかないな)
そんなことを思いって苦笑する。いくらついてないと言っても、限度というものがあるだろう。
それに、我が主にも困ったものだ。朝一で噛み付いてくるし、こんな突拍子もないことはしてくれるし。
(でも、私のためだったりもするんだよね)
そう思うと、喜べばいいのか悲しんでいいんだか分からない、何とも言えない気分になった。
(ま、ともかく。掃除はあとで頑張りますか)
こういう時こそ、従者の腕の見せ所だろう。むしろ普段より早く終わらせるぐらいの勢いで掃除してやると、私は決意を固める。

台所からさじと器を持った私は、再びお風呂場へと向かった。
これだけの量があるのだ。少しくらいお裾分けを頂いてもバチは当たるまい。私だって、甘いものは大好きなのだ。
そんなことを考えつつ、私は、私思いの主に向かって問いかけた。
「幽々子様、折角ですから、ご相伴に預かってもよろしいですか?」

そう問いかけると、主は、いつになく優しい声で「ええ、勿論。折角だし、二人で食べた方が美味しいもの」と言ってくれたのだった。
浴槽プリンは食べたいと思わないけど、バケツプリンは一度食べてみたい。甘味好きなワレモノ中尉です。
前回コメント下さった方々、ありがとうございました。おかげさまで、自分一人では見えなかった点が分かりました。精進したいと思います。

今回は「幽々子様だったらスプーン代わりにおたま使っててもおかしくないな」なんて発想から書いてみた話です。食べ辛いとは思うけど、むしろ似合う気すらするんだよなあ。割と本気で。
あと、妖夢には可哀想なことをしました。ついてなさすぎたね、いくら何でも。
というか、初めてちゃんと書いた白玉楼組の話がこれってどうなの……。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。それでは。
ワレモノ中尉
http://yonnkoma.blog50.fc2.com/
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コメント



0.1000簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
まぁ、山盛りのプリンは 子供の頃の夢ですよね
しかし、いつのまにか忘れてしまってましたが……
やはり幻想になっていましたかー。
僕らの夢を実現……じゃない、完成させてくださった幽々子様に拍手を
そして妖夢にいたわりの言葉を
3.100名前が無い程度の能力削除
浴槽プリン・・・
食べてみたい気がするがしばらくプリンを
見るのもいやになりそう。
幽々子様はともかく妖夢は胸焼けしそう
5.100煉獄削除
浴槽プリンですか……幽々子様なら完食できるでしょうねぇ。
妖夢の不運がちょっとかわいそうでしたけど面白かったです。
6.90葉月ヴァンホーテン削除
マンゴープリン13杯を制した私が通りますよ。
私は、白玉楼組は難しいから避けているのですが、これは自然でいいですねー。
お手本にしたいところです。
12.90ずわいがに削除
プリン風呂って入ったら凄く気持ち……いいかなぁ?
16.100名前が無い程度の能力削除
ファミマの大プリンで苦戦した俺にゃきつい話だ・・・
おつかれようむ
29.100ルカ削除
幻想郷のカー○ィと呼ばれるゆゆ様なら完食できる筈だ…