「霊夢さんって、どんなことされたら喜ぶんですか?」
いきなりそう問うてきた早苗に、魔理沙は煎餅をかじりながら、訝しげな目を向ける。
「……何で?」
「え、い、いや、その視線がむしろ何でですか?」
早苗は焦る、変なことを聞いたつもりはなかったのだが。
「いや、いやぁ……おかしいだろ、いきなり霊夢はどんなことされたら喜ぶのって……」
「そうですかねぇ……」
少し危ないよこの人……といった目で見てくる魔理沙に、早苗は首を傾げてみる。
別にそんなこともないんじゃないだろうか、とりあえず気を取り直して。
「そう、話戻しますけど、霊夢さんはどんなことされたら喜ぶんですかってことなんですが……」
「え、まだ聞くの……しつこくないですか……」
「何言ってるんですか、そのために神社に呼んで、お茶とお菓子も用意したんですから」
「もしかして私そんなことだけのために呼ばれたのか? え? マジで?」
「そうですよ、当たり前じゃないですか」
「帰っていいかな」
立ち上がりかける魔理沙へ、早苗は慌ててばっとしがみついて止める。
「そ、そんな殺生な! こんなにもてなしてるんですから、教えてください! 霊夢さんは、霊夢さんはナニされたら喜ぶんですか! 喜ぶんですかぁー!!」
「ええい、叫ぶなぁぁ!! わかった、わかったから落ち着いて!!」
掴まれた腰の辺りの乱れを直しながら、とりあえず早苗を突き飛ばして席に戻る魔理沙。ころころと転がりながら席に戻る早苗。
一口茶を飲んでから、一息ついて。
「とりあえず、何でその……そんなに霊夢を喜ばせたいんだ?」
「え、えーと、そのですね……」
魔理沙の疑問に、早苗は少し話しにくそうにしながらも、
「霊夢さんって、その……あんまり、激しく感情を表したりしないじゃないですか? 何かこう、いっつも超然としてるっていうか……」
「そうか? そうかぁ……?」
「そうですよ」
早苗の言葉に、魔理沙は自分の中の霊夢を思い返してみる。割と、というか常々怒ったり笑ったりの激しい女なような……。
「そう、そうかぁ……?」
「そうですよ、素直クールっていうか」
「そうだっけ!? 霊夢ってそんな変な属性だったっけ!?」
どっちかというと素直……素直横暴……?などと考えている魔理沙を無視して、早苗は話を続けていく。
「そういうわけで、そんな感情に乏しい霊夢さんですから、こう、何か激しくなってるところが見てみたいんですよ」
「はげし、激しく……? お前、もうちょっと言葉……」
「別に激しく怒ってる霊夢さんでもいいんですけど、やっぱり喜んでる方がいいじゃないですか」
「え? い、いや、まあ、うん、そうだよね……」
一度入り込んだらがつがつと話を突っ走らせていく早苗に若干疲れの色を浮かべながら、魔理沙は相槌を打つ。
「まあ、普段色々お世話にもなってますし、分社の件とか……だから、ここら辺で一つ霊夢さんを喜ばせてみようかなと、そういったわけなんですよ」
「ああ、うん、まあ大体わかった」
話の終わった早苗に、魔理沙は頷きながら茶を一口飲み、
「って、言ってもな、霊夢も木の股から生まれたわけじゃなし……生まれたわけじゃなかったよな、うん……別にみんながされたら嬉しいことで、普通に喜ぶと思うぞ」
「そりゃあ、そうかもしれませんけど……でも、やっぱり、本当に喜ぶことを知って、それをしてあげたいんですよ」
そう言って、恥ずかしそうに笑う早苗。それを見て、
(へえ……)
少し感心する魔理沙。まあ、こいつなりに真面目に考えた結果なのだろう。
かなりズレているかもしれないが……、そう考えながら、少し笑うと、
「そうか、まあそうだよな。だったらここで一丁付き合いの長い私が、一肌脱いでやるとしようか」
「わあ、ありがとうございます! いよっ、霊夢さんマスター!」
「何かそのセンスない呼び方やめて……協力する気失せるから……」
センスないですかー?、などと、またも首を傾げる早苗を無視して、魔理沙は記憶の糸を手繰る。
「そうだなぁ……」
霊夢がされて嬉しがってたことかぁ……。
「あいつは、んんー……おお、そうだな、私が意外だと思って、もしかして一番喜んでるんじゃないかって中では……」
「はい!」
宙を向いて思い出すように考え込む魔理沙に、早苗はぐいっと食いつく。
「中では……」
それから、
「結構暴力的にされるのが好きだな!」
魔理沙は溜めに溜めて、そう言い放った。
「……」
早苗はそれを聞いて、笑顔のまま一瞬止まり、
「暴力――!?」
どええええ、と言った感じの、山々に響き渡る驚愕の叫び声を上げた。
「なんかこう、何ものにも囚われたくないように見えて、実は結構理不尽に束縛されるのが意外と好きなんだよあいつは」
一遍無性にムシャクシャしている時に物凄い勢いで逆ギレしてみたら、何か知らんが嬉しそうだった。
混乱する早苗をようやく宥めすかして、疲れ果てた様子で魔理沙はそう弁解、もとい説明していた。
(そんな……)
早苗は横を向いて、霊夢の顔を見る。
「? 何よ?」
いつもの博麗神社、その縁側に座る二人。
はてなと、己を見つめる早苗へ首をかしげる霊夢を見ながら、心中で早苗は叫ぶ。
(んなわけあるかい――!!)
「?」
「あ、あはは、いや何でもないんですよー」
「そ、そう?」
無論、心の中だけで留めておいて、表には出さずに適当な愛想笑いを返しておいた。
そうしてから、静かに早苗は考え込む。
(暴力……理不尽……いやぁ、ありえぬでしょ……だって霊夢さんだよ、傍若無人が服を着て歩いているようなお人だよ……)
思い返すに、早苗の中の霊夢像はこれはこれである意味歪んでいるようにも思えたが……。
「あんた、何か今失礼なこと考えてない?」
「い、いえ!? そんなことは!?」
霊夢の勘は鋭かった。
慌てて弁解しつつ、またも思考の中にもぐりこむ。
(その霊夢さんが、実は自分が他人に対してやっているようなことを、自分がされて喜ぶだなんて……)
いや、逆に相手にそうするのは、自分もそうされたいという裏返しの心理……?
悶々と考え続けていると。
「いや、絶対何か変よ今日のあんた」
「いえ、いえ、そんなことは……」
「そ、そう……何か気味悪い……」
気味悪がられた。
少しへこむ早苗。
(まあ、魔理沙さんに担がれてるということもありえるけれど……)
それから、そう思い至って、それでも。
早苗は霊夢を、少しじっと見つめてみる。
「? だから何?」
「いえ……あ、そうだ、お茶いただきますね」
何かそうしてたら霊夢がいきなり不機嫌になりそうだったので、慌てて逸らした。
湯呑みを掴んでゆっくり口まで運びながら、
「どうぞ、まあいつも通りあんまりいいのではないけどね」
今度は意識させないように注意しながら、そっと、いつものように笑う霊夢の顔を見て、
(ありえるけど、やっぱり喜ばせたいし、喜んでるところ、見たいもんなぁ……)
この人のこと、喜ばせたいよ。
心の中でため息をついて、早苗は覚悟を決めた。
出来るかどうかはわからないけれど……。
意を決し、一口飲んだ茶を口から離して、霊夢の方を見た。
視線に気づいてこっちを向く霊夢を見たまま、
「まずっ」
最初に、顔を出来るだけ無表情に近付けてそう言い放った。
「……へ?」
言われた霊夢がきょとんとした顔で、少し間の抜けた、返事にもなってない声を出すのを、心をなるべく鬼に近付けながら無視すると、
「こんな腐ったような茶、私に飲めってんですか?」
視線を外へ向けて、茶を庭へと派手にぶちまける。
それから、また視線を戻し、いまだ状況の急激な変化についていけてないままの霊夢へ、精一杯冷たい声色を意識しながら、
「何ボーっとしてんの?」
「……え? え?」
そう問われ、焦ってちゃんとした返事を返せない霊夢を、イラついたように早苗は舌打ちして睨みつける。
「あーっ! もう、さっさとお茶淹れ直してこいって、これ以上私のこと怒らせないでください――」
睨みつけて、手に持った空の湯呑みを軽く振りかぶると、
「よっ!」
なるべく痛くないように、でも怒ってる感じが出るようにと、思う限り絶妙な力加減を加えて霊夢へ投げつけた。
「きゃっ!?」
何度目かのショック状態のまま霊夢は避けることもできずに湯呑みを体の辺りに命中させられ、そのまま、
「……」
何も言えずに、視線を床へ落として黙り込んだ。
「……」
早苗も視線を霊夢から外して外へ向けると、そのまま黙りこむ。というか、
(……や、やっべえええ……!!)
内心、死ぬほど焦っていた。
(ここまでやっといて何だけど、やっぱ絶対これはない!! ないでしょ!? ありえないよ、こんなことされて喜ぶ奴とかいるわけねえ!!)
服の内側に滝のような冷や汗をかきながら、早苗は心臓を発狂ピアノの如くかき鳴らす。
(と、というか、霊夢さんは一体この後どうなるんだろうか……少なくとも、これまで付き合ってきた経験上……)
同時に、嫌な思い出もフラッシュバックする。守矢神社の参道、立ちふさがる自分を好戦的な笑い顔で見つめる――。
(こ、殺される……!! やばい、私、ここで死んじゃうのかなぁ、思えば短い生涯だった……)
そう考えながら、恐る恐る振り返った先、その霊夢は……。
「は、はい……ごめんなさい……」
震えながら返事をする。けど、下を向いて、笑っていた。気づかれないくらいに小さく、だが、確実に笑っていた。
「あの……今すぐ、入れ直してきますから……」
誰の目にもわかるくらいの喜びを笑顔で表しながら、霊夢は立ち上がって奥の方へと小走りに向かっていった。
「……」
それから、早苗は視線をまた外へ戻し。
(なんで――……!?)
眉間を押さえて盛大なため息を吐いた。どっと疲れが来たような感じだった。
(え、霊夢さん、やっぱあれ、そういう人だったんですか――……!?)
早苗の中にあった、超然とした楽園の巫女のイメージが音を立てて崩れていく。
さようなら素敵な霊夢さん、こんにちは何だかよく理解できない霊夢さん。
(こっからどうすりゃいいんだ……)
そして、謎の疲れを抱えたまま、逃避するように早苗は空を仰ぐ。ズシッと肩に何か重いものが乗っけられたような疲労感だった。
(空、青いな……このまま逃げちゃおっかな……)
ボーっと、しばらくそんなことを考えている間に。
「あ、あの!」
「――!?」
早苗の後ろで上擦ったような調子の声が響いた。心臓を鷲掴みにされたような心地を感じる早苗。
「ちゃんと、淹れ直してきましたから……」
あっという間に、静々と霊夢が早苗の横へ来て正座したかと思うと、茶を注いで早苗へと、両手で丁寧に持って手渡そうとする。
「そーですか」
激しく動揺しつつも、一瞬で冷たい表情をかぶり直せた自分にある種の後悔を感じながら、早苗はそっけない返事と共に顔を向けずにそれを片手で受け取る。
受け取って、一口飲み。
「……ど、どうですか……?」
おずおずと、不安そうに上目遣いでそう尋ねてくる霊夢へ、早苗はゆっくりと口に含んだ茶を飲み干すと、
「やれば出来るんじゃないですか」
そう言って、静かに湯呑みを置いた。
しかし、ほっとしたような表情になる霊夢の首を、さっきまで湯呑みを持っていた手でいきなりガッと掴むと、能面のような顔を向ける。
「何で最初からやんないの?」
冷徹で、温もりなど欠片もない、人を何とも思わずに傷つけるためだけの声。そんな早苗の声を聞いて霊夢は、
「ご、ごめんなさいぃ……」
首を掴まれて息苦しそうにしながらも、蕩けた様な表情で、こらえきれない愉悦を混じらせた声で、早苗に向き合うのだった。
「……」
確かに、この人の喜ぶ姿が見たかった。この人を喜ばせたかった。
それは誰の目にも明らかなほどに、完璧な形で達成された。
だが、それでも、しかし、それでも、
(これはないわー……)
「あうっ……!?」
早苗は突き飛ばすようにして霊夢の首を離すと、がくっとうなだれる。
次は何をしてくれるんだろう……、といった感じの霊夢の熱い視線を意図的に無視しながら。
(もう嫌……)
早苗は深い、深いため息を吐いた。
後日、
文々。新聞、一面記事 『衝撃!! 白昼の神社で繰り広げられる、巫女二人の倒錯した関係!! 守矢の巫女は暴力亭主!?』
そんな見出しと共に、冷たい目をした早苗が何か笑顔の霊夢の首を片手で締め上げている写真が載せられていた。
「何してんのあの人……」
流し読みで記事を眺めながら、魔理沙は呆然と呟いた。記事の下には、『あの人は元々そういう気があったよ! わちきもやられたもの!』と目線を黒く塗りつぶした「K・T氏」は語るという写真と記事も載せられていた。
思わず魔理沙は険しい顔で目の間を押さえて、しばし現実逃避する。
「ま、私のせいじゃないだろ……」
言い聞かせるようにそう一人ごちると、新聞を机へぽんと投げ出した。
と、その時、
「魔理沙、はい紅茶」
「ん? おお、すまんな」
魔理沙の背後からやって来た咲夜が、魔理沙の前、机の上に紅茶をそっと置いた。
今二人がいるここは、紅魔館の地下図書館。いつものようにやって来て、閲覧机で新聞を読み始めた魔理沙に、咲夜が紅茶を持ってきたというわけだった。
「仕事いいのか?」
普段はあんまりないサービスに、魔理沙がそう尋ねかけると、
「休憩時間よ、私もお茶飲みたかったし、あなたのはついでだけどね。一人で休んでても面白くないし」
そう答えながら、咲夜は魔理沙の向かいに腰掛け、自分の分の紅茶をその前に持ってきた。
「そりゃ、どうも」
「いえいえ、どういたしまして」
笑いあう二人、と、
「あ、新聞もう読まないの?」
「ん? ああ」
「じゃ、もらうわよ」
咲夜は手を伸ばして、魔理沙の方の新聞を取ると、静かに読み始めた。
そんな咲夜を何とはなしにボーっと眺めながら、魔理沙は紅茶に手をつけずに、ふわふわと考え込む。
(何しよっかな……)
何となく今日も図書館に来てみたわけだが、別段目的があるわけでもなかった。今現在研究していることもないし、欲しい本もない。
研究成果の纏めでもやろうかしら、と、漂っていた視線を何となく再び咲夜へ向けて、
「……!?」
魔理沙は固まった。固まってしまった。何故か、それは……。
「へぇー……」
視線の先の咲夜が、ある記事を読みながら何故だかうっとりとした表情をしていたからだ。
魔理沙の背を、嫌な汗が一筋流れて落ちる。落ち着け、確か、私の記憶が確かなら、今咲夜が読んでいるあの記事は、
「いいなぁー、これ……」
早苗と霊夢の倒錯したゴシップ記事のはずだった。あの、もしかして、咲夜さん、その記事を読みながらそんな表情をするってことは……。
「素敵ねぇ……」
(あなたもそっち側の人だったんですか――!?)
もはや魔理沙の服の下を流れ落ちる汗は滝のようになっていた。心中で叫び出しながら、しかし魔理沙はかぶりをふる。
(いや、落ち着け、落ち着け!! たとえ咲夜がそういう趣味だからといって、私には何の関係もないはず! 別に軽蔑しないしな、少し距離は考えるが……)
そう考えて、心を落ち着けながら、魔理沙はもう一度咲夜を見た。そう、見てしまった、何かの期待を激しく込めた目でこちらを見つめている咲夜の顔を。
(ええー……)
力なくどうにか視線を逸らして、魔理沙はもう内心半泣きになりながらため息をつく。しかし、いや、何かの見間違いということもあるさ、と、もう一度気を取り直し、
「……」
やっぱり、変わらなかった。変わらず、咲夜は何か言いたげな、それでもどうしようかなと迷っているような、そんな表情を向けてきていた。
魔理沙はもう一度、さっと顔をそむけて額を押さえると、
(落ち着け、これ以上はないかもしれないが、もう一度、もう一度だけ落ち着いて考えよう……)
どうしろというのだ、私に……。
あれか、あれなんだろうか、やっぱり、新聞に書かれているようなことを私にもやって欲しいなぁってことなんだろうか。
咲夜さん、やっぱりそういうことなんですか、咲夜さん。
「……」
魔理沙は今一度ちらりと咲夜を見る。
「あっ……」
こっちを見た魔理沙に、咲夜は一瞬何かを言いかけたようだが、
「……っ」
しかし、何故だかいきなり目を伏せ、顔を少し赤くして黙り込んでしまった。
それを見てから、魔理沙も視線を外す。
(やっぱそうですよねー……言いたいけど、恥ずかしくて言えないって感じでしたものねぇー……)
何もしていないはずなのに、何故だか異常な疲れが襲ってきた。
がくっと落ちそうになる体を、気力で支えながら魔理沙は思う。しかし、
(しかしまあ、普段咲夜には世話になってるしなぁ……ここらで一丁、私から恩返しっていうのも……)
まあ、ありといえばありかなぁ。
思い返す、早苗の真っ直ぐに何かズレていた気持ちを。
それが通じたのかどうか、とにかく写真の中の霊夢は嬉しそうな顔だった。何に対してかはともかく……。
魔理沙は真っ直ぐと咲夜の方を向いて、見つめる。
「……?」
いきなり見つめられたことに、不思議そうな表情をする咲夜。魔理沙は思う。
(まあ、こいつのそういう顔を見てみるってのも、ありかぁ……)
まったく、私も早苗に影響されたかな……。
何とか自分の中でそう理由づけて、魔理沙は覚悟を決めた。
それから、咲夜が何かはっと気づいたように口を開く。
「あ、魔理沙……こ、紅茶、飲まないの? さっきから一口も飲んでないけど……」
「ん? ああ……」
何故だか恥ずかしそうに、少し言葉を詰まらせながら咲夜。
魔理沙は内心で、キタ!と思いながら緊張し、そして思い描いていた、咲夜が望んでいるであろう次のアクションを起こす。
「こんな冷めきったの、飲めるわけないだろ」
そう言い放って、魔理沙はカップを持つと自分の横へぐいいっと腕を伸ばし、逆さに向けて中身を床にぶちまけた。
「え……?」
咲夜があまりのことに呆然となるのを見ながら、魔理沙は無表情のまま一瞥して、
「淹れ直してこいよ」
カップを乱暴に、放り投げるようにして机に転がした。そして、冷たい顔のまま咲夜を見つめる。
内心、どや!と思いながら、自分の会心の演技を受けた咲夜の反応を心待ちにして。
そして、目の前の固まってしまった咲夜は、
「え……? え……」
咲夜は、そのままぽとり、ぽとりと目から雫をこぼし出し、
「え、えぇぇ……ふぅぇ……ええぇぇ……」
いきなりくしゃっと顔を歪めたかと思うと、静かに、子供のように泣き始めた。
「……」
魔理沙はそれを見ながら、一瞬無言のまま固まり。
(え、ええええぇぇ――!?)
「えええぇぇぇえぇぇ――!?」
心の中と外を思いっきりシンクロさせながら、図書館中に響くような声で叫んだ。
「え、えええ!? ええ!? ちょ、ちょっと咲夜さん!? 咲夜さん!?」
「えぐっ……えええぇぇ……うええぇぇ……」
それから慌てて、本当に慌てて咲夜へ声をかける魔理沙と、本格的にしゃくりあげながら、ぼろぼろと涙をこぼして答えられない咲夜。
魔理沙は思う。いかん、まさか、そんな、こんなはずでは。
「ちょ、ちょっと落ち着けって咲夜、冗談、ほら、なんというか冗談なんだよ!! お前がこうして欲しいんじゃないかと、いや、そのもう、何というか!?」
とりあえず咲夜の傍へ駆け寄り、しどろもどろにわけのわからない弁解をし始める魔理沙。
しかし、咲夜は全然聞く耳をもたずにぐすぐすと泣き続けるばかり。
と、そこへ、
「ちょっと、図書館では静かにしてくださいよ、一体何して――」
小悪魔がうんざりとした顔で現れ、
「ちょ、えええ、本当に何してんのあんたらぁぁ!?」
先の注意をどこかへ放り投げて自分も叫び声を上げた。
「いや、違う、待て!! 誤解!! 誤解なんだ!!」
「ごかっ……え、何が誤解!? 状況証拠だけで一発アウトじゃないですかあんた!! あー、もう、どけ!!」
叫ぶ魔理沙に、負けじと叫びながら小悪魔も咲夜の傍へ駆け寄り、魔理沙をどんと突き飛ばして、
「あー、もう、ほら、どうしたんですかー、咲夜さん、ほーらよしよし……」
「うっ……うっ……ひぅぅ……」
泣き続ける咲夜の頭を優しく撫でながら、宥め始める。
「ほらほら、落ち着いてー、落ち着いてー……どうしたんですか、一体……」
「うぇぇ……まっ、まりっ……まりさがぁ……」
「はいはい、ゆっくりでいいですからねー、魔理沙さんがどうしたんですかー」
ぽんぽんと咲夜の背中を優しく叩いて続きを促しながら、思いっきり魔理沙を睨みつける小悪魔。
いきなり陥ったあんまりの状況に、魔理沙は小悪魔の視線から目を逸らして、がっくり項垂れている。
「まっ……まりさがっ、こうちゃ、さめてて……のっ、のめないって、いきなり床に……うぅぁ……ばしゃってぇ……」
「あー、そうですかー、それは怖かったですね、よしよし、ちょっと驚いちゃったんですね咲夜さんは」
弁解の余地もなかった。状況はまったく咲夜の説明する通りだったのだから。
魔理沙が力なく、その光景を見つめる先、小悪魔は咲夜を抱き寄せてよしよしと落ち着かせつつ、にっこりと笑って口の動きだけで、
「ぶっ・こ・ろ・す・ぞ・お・ま・え」
「ち、違うんだー!! 違うんだよぉー!! 違わないけどぉー!!」
魔理沙はもはや床に跪いて嘆いた。と、また、そこへ、
「ちょっと、お前ら全員ロイヤルフレアで消滅させたら黙るのかしら、黙るわよね? 一体何やって……」
のそのそとこの図書館の主が不機嫌そうに現れ、その光景を見て、一瞬顔を顰める。
「状況説明」
「なんかー、魔理沙がー、咲夜さんのこと泣かせたみたいですー、てめえの紅茶なんか飲めるかとか言ってー」
主人の命令に、軽蔑しきった表情で魔理沙を見つつ、咲夜を抱いたまま小悪魔が答える。
それを聞いて、図書館の主、パチュリーは普段のジトっとした目つきを、さらに細めて、
「引くわー……」
「うっせええええええ!! むしろ、当事者の私もめちゃくちゃ引いとるわぁぁ!!」
床をドンと叩いて魔理沙が叫んだ。と、そこへ、図書館の扉がどかんと開いて、この館の主が、
「ちょっとぉぉぉぉ!! 何か咲夜の泣き声が聞こえた様な気がしたんでカメラとグングニル片手に飛んで来ましたぁぁぁ!!」
「もうどうにでもしろぉぉぉ!!」
魔理沙の「アッ――!!」という叫び声が、館中に響いたとか響かなかったとか。
ちなみに咲夜は、早苗と霊夢の記事の下にあった『人里に新しい甘味処オープン』の記事を読んで、あー行ってみたいなぁ、魔理沙誘って行こうかなぁ、などと考えていただけであった。
いきなりそう問うてきた早苗に、魔理沙は煎餅をかじりながら、訝しげな目を向ける。
「……何で?」
「え、い、いや、その視線がむしろ何でですか?」
早苗は焦る、変なことを聞いたつもりはなかったのだが。
「いや、いやぁ……おかしいだろ、いきなり霊夢はどんなことされたら喜ぶのって……」
「そうですかねぇ……」
少し危ないよこの人……といった目で見てくる魔理沙に、早苗は首を傾げてみる。
別にそんなこともないんじゃないだろうか、とりあえず気を取り直して。
「そう、話戻しますけど、霊夢さんはどんなことされたら喜ぶんですかってことなんですが……」
「え、まだ聞くの……しつこくないですか……」
「何言ってるんですか、そのために神社に呼んで、お茶とお菓子も用意したんですから」
「もしかして私そんなことだけのために呼ばれたのか? え? マジで?」
「そうですよ、当たり前じゃないですか」
「帰っていいかな」
立ち上がりかける魔理沙へ、早苗は慌ててばっとしがみついて止める。
「そ、そんな殺生な! こんなにもてなしてるんですから、教えてください! 霊夢さんは、霊夢さんはナニされたら喜ぶんですか! 喜ぶんですかぁー!!」
「ええい、叫ぶなぁぁ!! わかった、わかったから落ち着いて!!」
掴まれた腰の辺りの乱れを直しながら、とりあえず早苗を突き飛ばして席に戻る魔理沙。ころころと転がりながら席に戻る早苗。
一口茶を飲んでから、一息ついて。
「とりあえず、何でその……そんなに霊夢を喜ばせたいんだ?」
「え、えーと、そのですね……」
魔理沙の疑問に、早苗は少し話しにくそうにしながらも、
「霊夢さんって、その……あんまり、激しく感情を表したりしないじゃないですか? 何かこう、いっつも超然としてるっていうか……」
「そうか? そうかぁ……?」
「そうですよ」
早苗の言葉に、魔理沙は自分の中の霊夢を思い返してみる。割と、というか常々怒ったり笑ったりの激しい女なような……。
「そう、そうかぁ……?」
「そうですよ、素直クールっていうか」
「そうだっけ!? 霊夢ってそんな変な属性だったっけ!?」
どっちかというと素直……素直横暴……?などと考えている魔理沙を無視して、早苗は話を続けていく。
「そういうわけで、そんな感情に乏しい霊夢さんですから、こう、何か激しくなってるところが見てみたいんですよ」
「はげし、激しく……? お前、もうちょっと言葉……」
「別に激しく怒ってる霊夢さんでもいいんですけど、やっぱり喜んでる方がいいじゃないですか」
「え? い、いや、まあ、うん、そうだよね……」
一度入り込んだらがつがつと話を突っ走らせていく早苗に若干疲れの色を浮かべながら、魔理沙は相槌を打つ。
「まあ、普段色々お世話にもなってますし、分社の件とか……だから、ここら辺で一つ霊夢さんを喜ばせてみようかなと、そういったわけなんですよ」
「ああ、うん、まあ大体わかった」
話の終わった早苗に、魔理沙は頷きながら茶を一口飲み、
「って、言ってもな、霊夢も木の股から生まれたわけじゃなし……生まれたわけじゃなかったよな、うん……別にみんながされたら嬉しいことで、普通に喜ぶと思うぞ」
「そりゃあ、そうかもしれませんけど……でも、やっぱり、本当に喜ぶことを知って、それをしてあげたいんですよ」
そう言って、恥ずかしそうに笑う早苗。それを見て、
(へえ……)
少し感心する魔理沙。まあ、こいつなりに真面目に考えた結果なのだろう。
かなりズレているかもしれないが……、そう考えながら、少し笑うと、
「そうか、まあそうだよな。だったらここで一丁付き合いの長い私が、一肌脱いでやるとしようか」
「わあ、ありがとうございます! いよっ、霊夢さんマスター!」
「何かそのセンスない呼び方やめて……協力する気失せるから……」
センスないですかー?、などと、またも首を傾げる早苗を無視して、魔理沙は記憶の糸を手繰る。
「そうだなぁ……」
霊夢がされて嬉しがってたことかぁ……。
「あいつは、んんー……おお、そうだな、私が意外だと思って、もしかして一番喜んでるんじゃないかって中では……」
「はい!」
宙を向いて思い出すように考え込む魔理沙に、早苗はぐいっと食いつく。
「中では……」
それから、
「結構暴力的にされるのが好きだな!」
魔理沙は溜めに溜めて、そう言い放った。
「……」
早苗はそれを聞いて、笑顔のまま一瞬止まり、
「暴力――!?」
どええええ、と言った感じの、山々に響き渡る驚愕の叫び声を上げた。
「なんかこう、何ものにも囚われたくないように見えて、実は結構理不尽に束縛されるのが意外と好きなんだよあいつは」
一遍無性にムシャクシャしている時に物凄い勢いで逆ギレしてみたら、何か知らんが嬉しそうだった。
混乱する早苗をようやく宥めすかして、疲れ果てた様子で魔理沙はそう弁解、もとい説明していた。
(そんな……)
早苗は横を向いて、霊夢の顔を見る。
「? 何よ?」
いつもの博麗神社、その縁側に座る二人。
はてなと、己を見つめる早苗へ首をかしげる霊夢を見ながら、心中で早苗は叫ぶ。
(んなわけあるかい――!!)
「?」
「あ、あはは、いや何でもないんですよー」
「そ、そう?」
無論、心の中だけで留めておいて、表には出さずに適当な愛想笑いを返しておいた。
そうしてから、静かに早苗は考え込む。
(暴力……理不尽……いやぁ、ありえぬでしょ……だって霊夢さんだよ、傍若無人が服を着て歩いているようなお人だよ……)
思い返すに、早苗の中の霊夢像はこれはこれである意味歪んでいるようにも思えたが……。
「あんた、何か今失礼なこと考えてない?」
「い、いえ!? そんなことは!?」
霊夢の勘は鋭かった。
慌てて弁解しつつ、またも思考の中にもぐりこむ。
(その霊夢さんが、実は自分が他人に対してやっているようなことを、自分がされて喜ぶだなんて……)
いや、逆に相手にそうするのは、自分もそうされたいという裏返しの心理……?
悶々と考え続けていると。
「いや、絶対何か変よ今日のあんた」
「いえ、いえ、そんなことは……」
「そ、そう……何か気味悪い……」
気味悪がられた。
少しへこむ早苗。
(まあ、魔理沙さんに担がれてるということもありえるけれど……)
それから、そう思い至って、それでも。
早苗は霊夢を、少しじっと見つめてみる。
「? だから何?」
「いえ……あ、そうだ、お茶いただきますね」
何かそうしてたら霊夢がいきなり不機嫌になりそうだったので、慌てて逸らした。
湯呑みを掴んでゆっくり口まで運びながら、
「どうぞ、まあいつも通りあんまりいいのではないけどね」
今度は意識させないように注意しながら、そっと、いつものように笑う霊夢の顔を見て、
(ありえるけど、やっぱり喜ばせたいし、喜んでるところ、見たいもんなぁ……)
この人のこと、喜ばせたいよ。
心の中でため息をついて、早苗は覚悟を決めた。
出来るかどうかはわからないけれど……。
意を決し、一口飲んだ茶を口から離して、霊夢の方を見た。
視線に気づいてこっちを向く霊夢を見たまま、
「まずっ」
最初に、顔を出来るだけ無表情に近付けてそう言い放った。
「……へ?」
言われた霊夢がきょとんとした顔で、少し間の抜けた、返事にもなってない声を出すのを、心をなるべく鬼に近付けながら無視すると、
「こんな腐ったような茶、私に飲めってんですか?」
視線を外へ向けて、茶を庭へと派手にぶちまける。
それから、また視線を戻し、いまだ状況の急激な変化についていけてないままの霊夢へ、精一杯冷たい声色を意識しながら、
「何ボーっとしてんの?」
「……え? え?」
そう問われ、焦ってちゃんとした返事を返せない霊夢を、イラついたように早苗は舌打ちして睨みつける。
「あーっ! もう、さっさとお茶淹れ直してこいって、これ以上私のこと怒らせないでください――」
睨みつけて、手に持った空の湯呑みを軽く振りかぶると、
「よっ!」
なるべく痛くないように、でも怒ってる感じが出るようにと、思う限り絶妙な力加減を加えて霊夢へ投げつけた。
「きゃっ!?」
何度目かのショック状態のまま霊夢は避けることもできずに湯呑みを体の辺りに命中させられ、そのまま、
「……」
何も言えずに、視線を床へ落として黙り込んだ。
「……」
早苗も視線を霊夢から外して外へ向けると、そのまま黙りこむ。というか、
(……や、やっべえええ……!!)
内心、死ぬほど焦っていた。
(ここまでやっといて何だけど、やっぱ絶対これはない!! ないでしょ!? ありえないよ、こんなことされて喜ぶ奴とかいるわけねえ!!)
服の内側に滝のような冷や汗をかきながら、早苗は心臓を発狂ピアノの如くかき鳴らす。
(と、というか、霊夢さんは一体この後どうなるんだろうか……少なくとも、これまで付き合ってきた経験上……)
同時に、嫌な思い出もフラッシュバックする。守矢神社の参道、立ちふさがる自分を好戦的な笑い顔で見つめる――。
(こ、殺される……!! やばい、私、ここで死んじゃうのかなぁ、思えば短い生涯だった……)
そう考えながら、恐る恐る振り返った先、その霊夢は……。
「は、はい……ごめんなさい……」
震えながら返事をする。けど、下を向いて、笑っていた。気づかれないくらいに小さく、だが、確実に笑っていた。
「あの……今すぐ、入れ直してきますから……」
誰の目にもわかるくらいの喜びを笑顔で表しながら、霊夢は立ち上がって奥の方へと小走りに向かっていった。
「……」
それから、早苗は視線をまた外へ戻し。
(なんで――……!?)
眉間を押さえて盛大なため息を吐いた。どっと疲れが来たような感じだった。
(え、霊夢さん、やっぱあれ、そういう人だったんですか――……!?)
早苗の中にあった、超然とした楽園の巫女のイメージが音を立てて崩れていく。
さようなら素敵な霊夢さん、こんにちは何だかよく理解できない霊夢さん。
(こっからどうすりゃいいんだ……)
そして、謎の疲れを抱えたまま、逃避するように早苗は空を仰ぐ。ズシッと肩に何か重いものが乗っけられたような疲労感だった。
(空、青いな……このまま逃げちゃおっかな……)
ボーっと、しばらくそんなことを考えている間に。
「あ、あの!」
「――!?」
早苗の後ろで上擦ったような調子の声が響いた。心臓を鷲掴みにされたような心地を感じる早苗。
「ちゃんと、淹れ直してきましたから……」
あっという間に、静々と霊夢が早苗の横へ来て正座したかと思うと、茶を注いで早苗へと、両手で丁寧に持って手渡そうとする。
「そーですか」
激しく動揺しつつも、一瞬で冷たい表情をかぶり直せた自分にある種の後悔を感じながら、早苗はそっけない返事と共に顔を向けずにそれを片手で受け取る。
受け取って、一口飲み。
「……ど、どうですか……?」
おずおずと、不安そうに上目遣いでそう尋ねてくる霊夢へ、早苗はゆっくりと口に含んだ茶を飲み干すと、
「やれば出来るんじゃないですか」
そう言って、静かに湯呑みを置いた。
しかし、ほっとしたような表情になる霊夢の首を、さっきまで湯呑みを持っていた手でいきなりガッと掴むと、能面のような顔を向ける。
「何で最初からやんないの?」
冷徹で、温もりなど欠片もない、人を何とも思わずに傷つけるためだけの声。そんな早苗の声を聞いて霊夢は、
「ご、ごめんなさいぃ……」
首を掴まれて息苦しそうにしながらも、蕩けた様な表情で、こらえきれない愉悦を混じらせた声で、早苗に向き合うのだった。
「……」
確かに、この人の喜ぶ姿が見たかった。この人を喜ばせたかった。
それは誰の目にも明らかなほどに、完璧な形で達成された。
だが、それでも、しかし、それでも、
(これはないわー……)
「あうっ……!?」
早苗は突き飛ばすようにして霊夢の首を離すと、がくっとうなだれる。
次は何をしてくれるんだろう……、といった感じの霊夢の熱い視線を意図的に無視しながら。
(もう嫌……)
早苗は深い、深いため息を吐いた。
後日、
文々。新聞、一面記事 『衝撃!! 白昼の神社で繰り広げられる、巫女二人の倒錯した関係!! 守矢の巫女は暴力亭主!?』
そんな見出しと共に、冷たい目をした早苗が何か笑顔の霊夢の首を片手で締め上げている写真が載せられていた。
「何してんのあの人……」
流し読みで記事を眺めながら、魔理沙は呆然と呟いた。記事の下には、『あの人は元々そういう気があったよ! わちきもやられたもの!』と目線を黒く塗りつぶした「K・T氏」は語るという写真と記事も載せられていた。
思わず魔理沙は険しい顔で目の間を押さえて、しばし現実逃避する。
「ま、私のせいじゃないだろ……」
言い聞かせるようにそう一人ごちると、新聞を机へぽんと投げ出した。
と、その時、
「魔理沙、はい紅茶」
「ん? おお、すまんな」
魔理沙の背後からやって来た咲夜が、魔理沙の前、机の上に紅茶をそっと置いた。
今二人がいるここは、紅魔館の地下図書館。いつものようにやって来て、閲覧机で新聞を読み始めた魔理沙に、咲夜が紅茶を持ってきたというわけだった。
「仕事いいのか?」
普段はあんまりないサービスに、魔理沙がそう尋ねかけると、
「休憩時間よ、私もお茶飲みたかったし、あなたのはついでだけどね。一人で休んでても面白くないし」
そう答えながら、咲夜は魔理沙の向かいに腰掛け、自分の分の紅茶をその前に持ってきた。
「そりゃ、どうも」
「いえいえ、どういたしまして」
笑いあう二人、と、
「あ、新聞もう読まないの?」
「ん? ああ」
「じゃ、もらうわよ」
咲夜は手を伸ばして、魔理沙の方の新聞を取ると、静かに読み始めた。
そんな咲夜を何とはなしにボーっと眺めながら、魔理沙は紅茶に手をつけずに、ふわふわと考え込む。
(何しよっかな……)
何となく今日も図書館に来てみたわけだが、別段目的があるわけでもなかった。今現在研究していることもないし、欲しい本もない。
研究成果の纏めでもやろうかしら、と、漂っていた視線を何となく再び咲夜へ向けて、
「……!?」
魔理沙は固まった。固まってしまった。何故か、それは……。
「へぇー……」
視線の先の咲夜が、ある記事を読みながら何故だかうっとりとした表情をしていたからだ。
魔理沙の背を、嫌な汗が一筋流れて落ちる。落ち着け、確か、私の記憶が確かなら、今咲夜が読んでいるあの記事は、
「いいなぁー、これ……」
早苗と霊夢の倒錯したゴシップ記事のはずだった。あの、もしかして、咲夜さん、その記事を読みながらそんな表情をするってことは……。
「素敵ねぇ……」
(あなたもそっち側の人だったんですか――!?)
もはや魔理沙の服の下を流れ落ちる汗は滝のようになっていた。心中で叫び出しながら、しかし魔理沙はかぶりをふる。
(いや、落ち着け、落ち着け!! たとえ咲夜がそういう趣味だからといって、私には何の関係もないはず! 別に軽蔑しないしな、少し距離は考えるが……)
そう考えて、心を落ち着けながら、魔理沙はもう一度咲夜を見た。そう、見てしまった、何かの期待を激しく込めた目でこちらを見つめている咲夜の顔を。
(ええー……)
力なくどうにか視線を逸らして、魔理沙はもう内心半泣きになりながらため息をつく。しかし、いや、何かの見間違いということもあるさ、と、もう一度気を取り直し、
「……」
やっぱり、変わらなかった。変わらず、咲夜は何か言いたげな、それでもどうしようかなと迷っているような、そんな表情を向けてきていた。
魔理沙はもう一度、さっと顔をそむけて額を押さえると、
(落ち着け、これ以上はないかもしれないが、もう一度、もう一度だけ落ち着いて考えよう……)
どうしろというのだ、私に……。
あれか、あれなんだろうか、やっぱり、新聞に書かれているようなことを私にもやって欲しいなぁってことなんだろうか。
咲夜さん、やっぱりそういうことなんですか、咲夜さん。
「……」
魔理沙は今一度ちらりと咲夜を見る。
「あっ……」
こっちを見た魔理沙に、咲夜は一瞬何かを言いかけたようだが、
「……っ」
しかし、何故だかいきなり目を伏せ、顔を少し赤くして黙り込んでしまった。
それを見てから、魔理沙も視線を外す。
(やっぱそうですよねー……言いたいけど、恥ずかしくて言えないって感じでしたものねぇー……)
何もしていないはずなのに、何故だか異常な疲れが襲ってきた。
がくっと落ちそうになる体を、気力で支えながら魔理沙は思う。しかし、
(しかしまあ、普段咲夜には世話になってるしなぁ……ここらで一丁、私から恩返しっていうのも……)
まあ、ありといえばありかなぁ。
思い返す、早苗の真っ直ぐに何かズレていた気持ちを。
それが通じたのかどうか、とにかく写真の中の霊夢は嬉しそうな顔だった。何に対してかはともかく……。
魔理沙は真っ直ぐと咲夜の方を向いて、見つめる。
「……?」
いきなり見つめられたことに、不思議そうな表情をする咲夜。魔理沙は思う。
(まあ、こいつのそういう顔を見てみるってのも、ありかぁ……)
まったく、私も早苗に影響されたかな……。
何とか自分の中でそう理由づけて、魔理沙は覚悟を決めた。
それから、咲夜が何かはっと気づいたように口を開く。
「あ、魔理沙……こ、紅茶、飲まないの? さっきから一口も飲んでないけど……」
「ん? ああ……」
何故だか恥ずかしそうに、少し言葉を詰まらせながら咲夜。
魔理沙は内心で、キタ!と思いながら緊張し、そして思い描いていた、咲夜が望んでいるであろう次のアクションを起こす。
「こんな冷めきったの、飲めるわけないだろ」
そう言い放って、魔理沙はカップを持つと自分の横へぐいいっと腕を伸ばし、逆さに向けて中身を床にぶちまけた。
「え……?」
咲夜があまりのことに呆然となるのを見ながら、魔理沙は無表情のまま一瞥して、
「淹れ直してこいよ」
カップを乱暴に、放り投げるようにして机に転がした。そして、冷たい顔のまま咲夜を見つめる。
内心、どや!と思いながら、自分の会心の演技を受けた咲夜の反応を心待ちにして。
そして、目の前の固まってしまった咲夜は、
「え……? え……」
咲夜は、そのままぽとり、ぽとりと目から雫をこぼし出し、
「え、えぇぇ……ふぅぇ……ええぇぇ……」
いきなりくしゃっと顔を歪めたかと思うと、静かに、子供のように泣き始めた。
「……」
魔理沙はそれを見ながら、一瞬無言のまま固まり。
(え、ええええぇぇ――!?)
「えええぇぇぇえぇぇ――!?」
心の中と外を思いっきりシンクロさせながら、図書館中に響くような声で叫んだ。
「え、えええ!? ええ!? ちょ、ちょっと咲夜さん!? 咲夜さん!?」
「えぐっ……えええぇぇ……うええぇぇ……」
それから慌てて、本当に慌てて咲夜へ声をかける魔理沙と、本格的にしゃくりあげながら、ぼろぼろと涙をこぼして答えられない咲夜。
魔理沙は思う。いかん、まさか、そんな、こんなはずでは。
「ちょ、ちょっと落ち着けって咲夜、冗談、ほら、なんというか冗談なんだよ!! お前がこうして欲しいんじゃないかと、いや、そのもう、何というか!?」
とりあえず咲夜の傍へ駆け寄り、しどろもどろにわけのわからない弁解をし始める魔理沙。
しかし、咲夜は全然聞く耳をもたずにぐすぐすと泣き続けるばかり。
と、そこへ、
「ちょっと、図書館では静かにしてくださいよ、一体何して――」
小悪魔がうんざりとした顔で現れ、
「ちょ、えええ、本当に何してんのあんたらぁぁ!?」
先の注意をどこかへ放り投げて自分も叫び声を上げた。
「いや、違う、待て!! 誤解!! 誤解なんだ!!」
「ごかっ……え、何が誤解!? 状況証拠だけで一発アウトじゃないですかあんた!! あー、もう、どけ!!」
叫ぶ魔理沙に、負けじと叫びながら小悪魔も咲夜の傍へ駆け寄り、魔理沙をどんと突き飛ばして、
「あー、もう、ほら、どうしたんですかー、咲夜さん、ほーらよしよし……」
「うっ……うっ……ひぅぅ……」
泣き続ける咲夜の頭を優しく撫でながら、宥め始める。
「ほらほら、落ち着いてー、落ち着いてー……どうしたんですか、一体……」
「うぇぇ……まっ、まりっ……まりさがぁ……」
「はいはい、ゆっくりでいいですからねー、魔理沙さんがどうしたんですかー」
ぽんぽんと咲夜の背中を優しく叩いて続きを促しながら、思いっきり魔理沙を睨みつける小悪魔。
いきなり陥ったあんまりの状況に、魔理沙は小悪魔の視線から目を逸らして、がっくり項垂れている。
「まっ……まりさがっ、こうちゃ、さめてて……のっ、のめないって、いきなり床に……うぅぁ……ばしゃってぇ……」
「あー、そうですかー、それは怖かったですね、よしよし、ちょっと驚いちゃったんですね咲夜さんは」
弁解の余地もなかった。状況はまったく咲夜の説明する通りだったのだから。
魔理沙が力なく、その光景を見つめる先、小悪魔は咲夜を抱き寄せてよしよしと落ち着かせつつ、にっこりと笑って口の動きだけで、
「ぶっ・こ・ろ・す・ぞ・お・ま・え」
「ち、違うんだー!! 違うんだよぉー!! 違わないけどぉー!!」
魔理沙はもはや床に跪いて嘆いた。と、また、そこへ、
「ちょっと、お前ら全員ロイヤルフレアで消滅させたら黙るのかしら、黙るわよね? 一体何やって……」
のそのそとこの図書館の主が不機嫌そうに現れ、その光景を見て、一瞬顔を顰める。
「状況説明」
「なんかー、魔理沙がー、咲夜さんのこと泣かせたみたいですー、てめえの紅茶なんか飲めるかとか言ってー」
主人の命令に、軽蔑しきった表情で魔理沙を見つつ、咲夜を抱いたまま小悪魔が答える。
それを聞いて、図書館の主、パチュリーは普段のジトっとした目つきを、さらに細めて、
「引くわー……」
「うっせええええええ!! むしろ、当事者の私もめちゃくちゃ引いとるわぁぁ!!」
床をドンと叩いて魔理沙が叫んだ。と、そこへ、図書館の扉がどかんと開いて、この館の主が、
「ちょっとぉぉぉぉ!! 何か咲夜の泣き声が聞こえた様な気がしたんでカメラとグングニル片手に飛んで来ましたぁぁぁ!!」
「もうどうにでもしろぉぉぉ!!」
魔理沙の「アッ――!!」という叫び声が、館中に響いたとか響かなかったとか。
ちなみに咲夜は、早苗と霊夢の記事の下にあった『人里に新しい甘味処オープン』の記事を読んで、あー行ってみたいなぁ、魔理沙誘って行こうかなぁ、などと考えていただけであった。
魔理沙は…幼稚園ではよくある光景ですねw あの子が泣かしたーって
霊夢が凄く変態です…
あと咲夜さんかわいいんでもらっていっていいですか?
咲夜さんカワイソス(´・ω・`)
その内容もアレだしで困ったもんですねこの幻想郷はw
これは良いわぁ
咲夜さんが可愛過ぎです
しかしグングニルはともかくお嬢様カメラ片手にって・・・
点数入れ忘れました
すいません
泣き虫咲夜さんはGJ
咲夜さんマジかわいい。咲マリはやれ
ドM霊夢…ちょっと良いかも、と思ってしまったorz
霊夢、レイム、ルエイム
……!?
自分も早苗様に豚と罵られたいです
すごく素敵だな
霊夢にまずっていうくだりはゾクっときた
いいぞもっとやれ。
アレですよね、この魔理沙=ショタマリだから咲マリ成立するんですよね。
・・・え? 違う?
咲夜さんほら、あんみつ一緒に食べに行こう? だから泣き止んで。ね?
魔理沙をも屈服させる小悪魔のオーラがwww
パチュへの状況説明も微妙に悪くなってるしwww
ンギモッヂイイ!!
俺の中の何かが反応していた。主にSな部分
これを機に魔理沙もMに目覚めたりなんかしちゃったりして!
いぢめられて泣いちゃう霊夢さんと咲夜可愛い
サナレイの歴史に新たな①ページがww
俺が探していたものは、ここにあったんだな……
霊夢さんどうしちゃったんです?
Mだけは理解できないわー
新しい形のさなれいむ誕生の瞬間に立ち会えて美味しいです。