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「油断したわ……」
冬も間近な幻想郷、寒空を見上げて紫はぽつりと呟いた。
「こほっこほっ」
口元を覆うのは扇子ではなくマスク、
身を包むのはあったかそうなちゃんちゃんこ、
どこからどう見ても死にかけた金髪のおばあさんである。
「外の風にあたってみたけど駄目ね、タミフルでも飲んで寝ましょう……こほっ」
インフルエンザに震える体を抱えながら、自室に戻ろうとする紫、
しかしその時、玄関からノックの音が聞こえる。
「来客なんて本当に珍しいわね、何かいいことでもあるのかしら?」
どこにあるかもわからない八雲邸に来訪者、紫はふらつく体を必死に支えながら、
ノックの音に急かされるように玄関の戸をガラリと開けた。
「八雲紫! 借りを返しに来てやったわよ!」
「(最悪だわ)」
戸の向こうでは天子がない胸を精一杯張りながら仁王立ちしていた。
「まったく、ここを見つけるのに七日七晩かかったわよ、責任取りなさいよね」
「(クリーニング代でも払えばいいのかしら?)」
天子の衣服はところどころ破け、泥にまみれている部分すらある、
本当に七日七晩かけて見つけ出したのだろうか、
しかし頭に霞がかかっている紫にそれを考える余裕はない。
「それで、何の用?」
「借りを返しに来たっていったでしょ」
「だから、何の用なの?」
紫は力を振り絞り、平静を装いながら尋ねる、
すると天子は少し顔を逸らし、懐に手を入れた。
「(スペルカード!)」
その行動を見て紫は戦闘だと判断すると、後ろ手に自らもスペルカードを発現させる。
「ほ、ほら、お詫びの品よ!」
「えっ?」
しかし天子が取り出したのはお饅頭であった、
ゆっくり堂のゆっくり饅頭である。
「って、なんかあんたの後ろに大きな隙間が……」
「隙間? 隙間饅頭? はじめて聞――」
白線の外側に出ないようご注意ください。
「な……なんで謝りに来て轢かれなきゃいけないのよ……」
「ごめんなさい、クリーニング隙間だけでいいかしら……?」
「ちょっとあんた、さっきから会話が噛み合ってないんだけど」
「あばばばばばばばば」
「なんか凄い脈打ってるーっ!!」
地面にうつ伏せになりながら高速でビタンビタンと脈打つ紫、
明らかに異常どころか、生命の危機すら感じさせる。
「大丈夫!? しっかりしなさい!」
「おぼぼぼぼ」
「わぁ、白目で泡吹いてる……」
「はっ! 駄目よ私! こんなところで倒れたら誰が幻想郷を維持するの!」
「復活した!?」
「蘇生薬! 蘇生薬!」
「それ饅頭だから! 薬じゃないから!」
「タミフルゥ!!」
「落ち着けぇ!!」
そして紫はピクリとも動かなくなった。
「えい、えい」
天子は紫の頬をつねったり、突っついたりするが反応はない。
「一体どうしたのよ」
色々と体を探ってるうちに、ふと天子の手が額に当たる。
「……凄い熱ね」
ようやく天子は紫の状態を理解する、
容態はましになったとはいえ、呼吸は荒く、顔も赤い。
「しょうがないわねー」
天子はやれやれといった表情を浮かべると、
紫を背中に背負い、八雲邸へと入っていった。
―――――
「どういうつもり?」
「何がよ」
「この状況のことよ」
「何かおかしいとこでもある?」
丁寧に敷かれた布団の中に、丁寧に寝かされている八雲紫、
その枕元には天子が座り、何度も何度も紫の額にのせたタオルを取り替えている。
「万年床放り出して新しい布団出してそこに寝かせてタオルのせてるだけじゃない」
「チャンスなのよ?」
「チャンス?」
「借りを返すって言ってたじゃない、今なら何でもできるわよ?」
「……そうね、じゃあ……異変起こしたり、神社弄ったりしてごめんなさい」
天子は一息整えると、丁寧に頭を下げた、
その光景を見て紫は言葉を失う。
「さっき謝りそこねたから、これでいいわね」
「…………」
「って、何惚けてるのよ」
「変なものでも食べたの?」
「食べてないわよ、悪いことをしたなら謝るのは当然でしょ」
「えぇー……?」
紫は心の中で頭を捻る、超がつくほどの我が侭娘からでた謝罪の言葉である、
これだけでインフルエンザが治ってもおかしくない。
「あ、そうだ、台所借りるわよ、お米ぐらいあるんでしょ?」
「何をする気なの?」
「そんなの決まってるじゃない、いいからゆっくり休んでなさい」
張り切って部屋を出て行く天子を見送って、紫は天井をぼんやりと見つめる、
彼女は我が侭である、やりたい事は自分も他人もかえりみずにやろうとする、
ただそのやりたい事が悪い事だけとは限らないようだ、と考えつつ。
「おかゆできたわよー」
「……ありがと」
しばらくの後、天子は満面の笑みで帰ってきた、
その手には要石から作られたであろう石鍋が素手で握られている、
彼女は紫を起こし、その横に座ると、レンゲを掴んで手渡したりはしなかった。
「はい、あーん」
「えっ?」
そして天子が取った行動があーんである、
紫は不意を突かれたのか固まって動けない。
「あっ、ごめんなさい、今冷ますわね」
さらに続けざまに取った行動がふぅふぅである、
冷めたおかゆを差し出すが、紫はさらに固まって動けない。
「どうしたの? 食べないと体が持たないわよ?」
「そうじゃなくて……」
「あっ! そういえば電車に轢かれて大丈夫なわけないわよね、任せて」
「えっ……えっ……ちょっと……」
天子は何か閃くと、すぐさまレンゲのおかゆを自らの口に放り込んだ、
途端、紫は嫌な予感がして隙間に逃げこもうとしたが、
それよりも早く天子の両の手が紫の頭をつかむ。
「んー」
「んーっ!!」
口移しである、天子の唇が離れたのは、
紫がおかゆを飲み込んだ音が聞こえてからのことであった。
「っぷは、これで食べれるでしょ」
「んう……」
「さ、まだまだおかゆはたーんとあるわよ」
「あっ! も、もうお腹いっぱいだから!」
「何言ってるのよ、天人みたいに丈夫じゃないんだから、しっかり食べないと治らないわよ」
「いや! もうやめ――んうっ」
天子は我が侭である、そんな我が侭な看病光景が終わるのには、
およそ四半刻もの時間を費やした。
「どう? 美味しかった?」
「(もうお嫁にいけない……ぐすっ)」
「良かったわ、久々に作ったからちょっと心配だったのよ」
天子は満面の笑みを浮かべながら紫の頭を撫でる、
天人特有の上から攻撃である、大妖怪であっても問題はない。
「じゃ、あとはあったかくして寝るだけね」
そして天子は上着を脱いだ。
「……なんで脱ぐの?」
「えっ」
紫の目が点になる、天子は声をあげながらもスカートを脱いで折りたたむ。
「温まるって言ったら人肌に決まってるじゃない」
「えっ」
「知り合いの天女だって皆こうするわよ?」
「知らない、私そんなの知らない……!」
「安心しなさい、しっかり温めてあげるから」
「や、やめてー!」
そして下着だけの姿になった天子は、紫の抵抗も何のそのに布団に潜り込む。
「ほらあなたも上着を脱いで、ああもう抵抗しないの! 風邪治らないわよ!」
「駄目ぇぇぇー……」
八雲紫のインフルエンザは天人の精魂込めた看病によって、
たったの一日で影も形も残さず綺麗に治ったそうな。
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眼福
いやあ眼副眼副
天子根は優しい子説に死角はなかった。
天子と紫、かぁ。新しい道をありがとうです。
くっ、携帯だからAAが分からないぜ……!
>口元を多う→口元を覆う、かしら?
天子は根は良い子です
こんな天ゆかもいいですね。
しかし、タグを見てから読み始めたのですが、藍さまが天子に化けて紫様の反応を楽しんでいるものとすっかり勘違いしながら読みましたw
こらははやる
あと一個だけツッコミ。
>白線の内側に入らないようご注意ください。
「白線の内側にお下がりください」が適当かと。
内側に入らない様にしたら、線路側に出ちゃいますぜwww
しかし、今俺は言葉にし難い幸福感に包まれている。これはいったい……?
天子を見る目が変わったかもしれない。
善意に基づいた我侭…すばらしき愛の押し付けでした
眼福眼福。
どうしてくれる
天子ちゃんマジええ子や