時は、少し遡る。
紅魔館、門前。
一人、従者を伴わず外出するレミリアを見送った後。
美鈴は頬を朱に染め、大きく溜息をついた。
――咲夜は……どうもロミオには、もっと積極的になって欲しいそうよ。
頭の中で、レミリアの言葉が幾重にも反響する。
――今度は、咲夜に貴女が思うことをしてあげなさい。
「私が……思うこと……」
“ぽつり”と、呟いてみた。
もう幾度となく思い返した今朝の一幕が、再び脳裏をよぎる。
知らず、指先で自分の唇をなぞっていた。
「美鈴」
不意に、背後から声がかけられる。
声の主が誰であるかなど、振り返らずとも知れた。
良く聞き知った声であったから。
しかし、その日に限り、なぜか声の響きを耳にするだけで、美鈴の心は麻のように乱れる。
鼓動が高鳴り、息がつまりそうになった。
「何ですか、咲夜さん?」
内心の動揺を気取られぬよう、ゆっくりと振り返る。
そこには、何時もと同じように澄ました顔のまま、僅かに頬を染めている咲夜の姿があった。
「お嬢様から、貴女と過ごすように言われてね。ほら、ロミオとジュリエットの件で。どうやら、よほど楽しみにしているみたい。もっと、絆を深めるようにですって」
「そ、そうなんですか」
見知った顔だと言うのに、何やら変に意識してしまい、上手く言葉が出てこない。
「ええ。だから……」
咲夜は、手にした脚本を“ぱたぱた”と振って見せる。
「練習……しましょうか? 折角、お嬢様が時間をくれたわけだし」
「……そうですね。その、お相手させていただいても構いませんか?」
咲夜は、美鈴の言葉に、僅かに拗ねたように唇を尖らせた。
「馬鹿ね。パートナーがいなくて、どうして練習が出来るのよ」
「あ、そうですよね。すいません。じゃあ……一緒に、しましょうか?」
「……うん」
二人は、互いに言うべき言葉を探りあっているかの様に、口数も少なく近付いていく。
「どのシーンから、練習しましょうか?」
何時もならば美鈴の問い掛けに対し、咲夜は、率先して主導権を握り、適切な指示を下す筈。
しかし、今日に限っては様子が違う。
「……貴女の好きなシーンでいいわよ」
美鈴から目をそらし、消え入りそうな声で呟く咲夜。
咲夜の様子を不自然だと思いつつも、美鈴には、ある一種の予感がある。
――咲夜は、貴女を待っているわ。
百年を生きてきて初めて覚えた、胸の奥を甘く痺れさせる様な、切なさの入り混じった、この気持ち。
自分が咲夜に対して抱いている、この名も知らぬ感情を、或いは、咲夜も自分に対して抱いてくれているのならば。
そのような事、自分にとって都合のいい、ただの幻想に過ぎないのかも知れない。
それでも、もし万が一、その幻想が真実であれば、どんなにか幸福だろうと思ってしまう。
美鈴は、頭の中で幾つか、ロミオとジュリエットの中の印象的な場面を辿って見せる。
今、自分が本当に、咲夜と演じたいと思う場面。
そのようなものは今更、問うまでもなく決まりきっていた。
「ロミオとジュリエットの出会いの場面を……今朝の、あの一幕をお願いします」
美鈴の答えに、咲夜は頷くでもなく、ただ瞳を見開いてみせる。
咲夜の澄んだ蒼い瞳の中で、困惑と戸惑いの感情が、“ゆらゆら”と陽炎のように揺らめいた。
美鈴が、咲夜の手を握り締める。
今朝は、咲夜から美鈴の手を、ジュリエットからロミオの手を取った。
本来であれば、あの場面は、ロミオからジュリエットの手を取るのが正しい流れ。
美鈴の唇から、とうとうと泉のように言葉が溢れ出た。
「『……あまりにも美しかったので、つい貴女の腕を掴んでしまいました。ああ、美しく尊い貴女のお手。それを私の手が汚してしまったというならば、その償いはこの唇が致しましょう。聖者に巡礼するが如く、どうか口づけで清めることをお許し頂きたい』」
脚本に一切目は通さず、けれども演技は、一言一句違える事は無い。
美鈴は跪き、咲夜の手の甲に口づけをする。
唇に触れた咲夜の肌は、上質の絹のように滑らかだった。
「『巡礼様。それは貴方のお手に対して、余りにも悲怒い仰りよう。この様に貴方の手は、しっかりと信心深さを表していらっしゃるではありませんか。もとより聖者の手は、巡礼が触れる為のものです。それこそ手のひら同士の口づけというものですわ』」
「『ですが唇は聖者にも巡礼にも、ちゃんとした本物があると言うものです』」
「『いいえ、巡礼様。その唇は祈りを紡ぐ為のもの――』」
「『ああ、では我が聖女様。手の口づけをお許し頂けるならば、どうぞ唇にもお許し頂けませんか――どうかお許しください。私のこの信仰を、絶望に変えてしまわぬように……』」
「『たとえ祈りに絆されても、聖者の心は動きませんわ――』」
震える声で、咲夜が告げる。
美鈴の腕が、咲夜の両肩を抱きしめた。
ここまでは、今朝の一幕と同じ。
「では、どうか動かずにいてください。祈りの験を頂く間だけ――』」
美鈴が、咲夜へと顔を近づける。
そこで、美鈴は気付いた。
何時もは気丈な咲夜が、抱きしめた自分の腕の中で、僅かに震えている。
互いの吐息がかかるほどの距離に近づいた時、美鈴の頭の中で、僅かに囁く声があった。
確信めいた予感がある。
その一歩を踏み出してしまえば、もう元には戻れないだろうという事は判っていた。
それでも。
目の前には頬を染め、目を閉じて、身を震わせている咲夜の姿がある。
いまだ誰にも触れられた事の無い唇は、密やかな花の蕾のように色づいていた。
美鈴は思う。
この無垢な処女雪に、最初の足跡を刻みたいと。
――咲夜は、貴女の全てを受け入れてくれるよ。
主と仰いだ悪魔、永遠に紅い幼き月の言葉が、最後に、美鈴の背を一押しする。
もしも、本当に目の前の少女が、この邪な想いさえ受け入れてくれると言うのであれば、自分は喜んで、花開く前の蕾を手折ろう。
冬の日の弱い陽光に下、地に伸びた二人の少女の影が、一つとなった。
肌寒い空気の中、触れ合った唇は、互いの温もりを伝え合う。
永遠にも感じられる刹那の後、二人の唇が離れる。
二人、気恥ずかしそうに見つめ合う。
後に続ける演技も台詞も、二人とも、どこへやら消え失せてしまっていた。
「……私が、言ったのよね。別に練習中の事故で、少しぐらい唇が触れ合っても、気にしないと」
「……はい」
「事故だもの……仕方、無いわよね?」
「……いいえ」
「えっ?」
「事故じゃ、ないです」
咲夜の言葉を、美鈴は否定する。
「……いいえ。事故だわ」
怯えたように、咲夜が言う。
「違います」
その言葉さえ、美鈴は否定した。
咲夜の逃げ道を塞ぐように、静かに、決意を込めて言う。
「だって、私……初めてで……」
「……私もです」
咲夜の不意をつき、再び美鈴が、顔を近づける。
「――ッ!?」
時を止める、お得意の瞬間移動のイリュージョンも、間に合わない。
気付いた時には、もう一度、唇で美鈴の熱を感じとっていた。
再び唇が離れた時、咲夜は、もう己を誤魔化す逃げ道が無くなってしまったのだと理解する。
「……これでも、ですか?」
「……馬鹿」
頬を染めて、今にも泣き出しそうな表情で俯く咲夜を、美鈴がそっと抱きしめる。
「……ごめんなさい」
「……今更、謝らないでよ。本当に……この、馬鹿っ!」
「えっ……きやぁっ!?」
呆れたように、怒ったように咲夜が言うと同時、美鈴の視界が、“くるり”と一回転する。
天と地が逆さまになった世界で、いやに蒼い空が目に飛び込んできた。
どこか、咲夜の瞳の色を思わせる。
背中に、覚悟したような衝撃は無かった。
直前に、勢いを殺してくれたのだろう。
不意を打たれ、見事に投げ飛ばされた美鈴の身体。
地面に大の字になって寝転がる美鈴の身体の上に、咲夜はのし掛かる。
「……本当に貴女は。人の初めてを奪っておいて、よりにもよって御免なさい、ですって? ふん。それぐらいで許して貰えて、良かったわね。私の寛大さに、感謝しなさい」
こちらを見下ろしてくる咲夜の、本気で怒っているような表情を見てとって、美鈴はようやく、自分の現状を理解した。
「全く。少しは積極的になったかと思ったのに。最後の最後で、やっぱり怖気づくんだから。どうせなら、そのまま押し倒すくらいの甲斐性、見せてみなさいよ」
「えっ? えっ?」
何が何やら判らないといった表情で困惑する美鈴に対し、咲夜は、大きな溜息を一つ、ついてみせる。
そして、ゆっくりと美鈴の耳元で、囁くように言った。
「……やられっぱなしだなんて、私の誇りが許さないわ。美鈴。人から口づけをされたのは、今のが最初よ。だから……私のもう一つの初めても、貴女にあげるわ」
咲夜は美鈴を組み敷いた姿勢のまま、強引に、その唇を奪う。
唇を離し、美鈴を正面に見据え、瀟洒に微笑んで見せる。
「私から誰かに口づけをしたのも、今のが最初よ。美鈴。他に私の初めてで、貴女が欲しいものは、あるかしら?」
「それは……たくさん、ありますけれど……」
「なら、ちゃんと言葉にして言いなさい。何時までも優柔不断なロミオのままでは、ジュリエットは、逃げ出してしまうわよ?」
恥じ入るように明後日の方向を見つめ、頬をかく美鈴を見つめ、咲夜はからかう様に言った。
「……えっと、じゃあ……」
はにかむように、美鈴が言う。
「とりあえず、全部で」
「この欲張り」
少女たちの影が、悪魔の館の門前で、今一度、一つに重なり合った。
誰に咎められる心配も無い、冬空の下、二人きりの逢瀬。
咲夜と美鈴は気付かなかった。
一連のやり取りを途中から覗き見ていた、虚空に開いた小さな空間の裂け目の存在に。
「うわー、何だか、恋愛映画を見ているみたいでした」
顔を真っ赤にして、東風谷早苗が、紫の生み出した空間の裂け目から目を背ける。
「……覗き見とは、やはり褒められた行為では無いと思うのだが」
“おほん”と、咳払いを一つして、上白沢慧音が、やはり頬を染めたままに意見を述べた。
「そう言いながらも貴女、しっかりと覗いていたじゃないの」
風見幽香が、含みのある笑みを浮かべ、慧音を見る。
「うーん。回りくどい事してるね。惚れた相手なら、その場で口説いて、押し倒すのが礼儀だろうに」
物足りなそうに瓢箪の酒を煽る、伊吹萃香。
「いいじゃない。初々しくて、可愛いと思うわよ」
「そうね。昔は私にも、あんな乙女な時代があったわ」
八意永琳と蓬莱山輝夜の二人が、“ころころ”と笑いながら、見つめ合う。
「でも今の季節、外でするのは寒いわよねぇ。お蒲団ですればいいのに」
“さらり”と、下世話な事を言い放つ西行寺幽々子。
「私としては、外でしてくれた方が取材もしやすくて、ありがたいのですがね。でも、それは別として、私はどっちかと言うと開放感のある外の方が……」
射命丸文が、幽々子の言葉に、駄目な観点から口を挟む。
「あんたたち、少し下品すぎるわよ」
博麗霊夢が、呆れたように呟いた。
「まあ、いいのではないかしら。こういう事は、本人たちの自由にさせてあげるのが一番よ」
やんわりと諭すように、八雲紫が言った。
「倫理的観点から見ると問題ばかりなのですがね。ですが、あの二人の間にある絆は疑いようも無く白です。浄玻璃の鏡を使えば、もう少し詳しく判断できますが。それは、さすがに野暮でしょう」
四季映姫・ヤマザナドゥが、珍しく表情を緩めながら、空間の裂け目から目を離す。
全員が目を離した事を確認した後、紫は、自らの能力によって開けた覗き窓を閉ざす。
「どうかな。うちの咲夜と美鈴の仲は。そこの閻魔が言ったとおり、あの二人の愛は本物だよ。私としては是非、祝福をさずけてやりたいと思うのだが?」
レミリアの問いに、一同は顔を見合わせる。
「そうね。まぁ、確かに紫が言ったとおり、あれこれと語り合うよりも、実物を見た方が早かったわ。あそこまで疑いようなく愛し合われれるとね。私から言えることはないわよ」
「私も賛成です。二人が幸せなら、良いのではないでしょうか?」
霊夢の言葉に、早苗が同意を示す。
「ふふ……それで、亡霊と人間の結婚は認められるのかしら? 別に亡霊と妖怪でもいいけどね。もちろん、私は賛成ー」
暢気な声で挙手をする幽々子。
「植物だって素敵よ? 向日葵なんか、皆優しくて気配りが出来て、おまけに油もとれる、まさしく理想の伴侶じゃないの。この際、本当に植物との結婚も認めなさい。あ、賛成で」
次いで、幽香が賛成に一票を投じる。
「花嫁衣裳を纏った向日葵の絵図は、曰く言いがたいものがありますな。無論、私も賛成です。これは、天狗の総意と受け取って頂いても構いませんよ」
「ふむ。個人的に、これから妖怪と人間の関係がどう変化していくか、非常に興味深くはあるな。人間の里の代表として、賛成に一票だ」
文と慧音が、二人、同時に挙手をした。
「その混沌とした状況も、地上らしくて良いのではないかしら。賛成」
「輝夜がそう言うのなら、私も賛成で」
輝夜と永琳も、また同時に手を上げる。
「反対する理由が無いね」
瓢箪の酒を煽りながら、萃香が言う。。
「私個人としては賛成です。ですが立場上、地上の意思決定に、関与することは許されていません。非常に残念ですが棄権します」
心から悔しそうに、映姫が引き下がった。
「私は勿論のように賛成だ。そも私が提出した議題だしね」
勝利を確信し、高々と手を掲げるレミリア。
この時点において、賛成は九票、無効票は一票。
疑いの余地は無い。
満を持して、紫が手を上げる。
「賛成。さて……それでは、そろそろ話を纏める時が来たようです。博麗の巫女。博麗大結界の管理者として、宣言をどうぞ」
紫の言葉に、その場に集った者たちが一斉に、霊夢を見た。
霊夢は、口元に“くすり”とした笑みを浮かべ、手を掲げ、宣言する。
「私も、賛成。それではここに、幻想郷の新たな法律を認めるわ! ただ今を持って、幻想郷では妖怪と人間、及び、同性間での結婚を、認めるものとする!」
博麗神社の一角に、歓声が響き渡る。
スペルカード・ルール以来の、大きな変革が幻想郷に訪れた、記念すべき一幕だった。
それからの日々は、慌ただしく、しかし静かに過ぎていく。
博麗神社にて可決された新たな法案はその日の内に、幻想郷中に、『文々。新聞』によって広められた。
しかし、事の中心にいる咲夜と美鈴には、その変革が知らされる事は無い。
周囲が、必死になって隠し通したから。
咲夜と美鈴は、まさか自分たちの逢瀬が広く知れ渡っている等とは夢にも思わず、表面上は、何時もの関係を装っていた。
何とも形容しがたい妙な関係のまま、二人は、日々を過ごしていく。
恋人同士と言ってしまうには、二人とも、少なくない抵抗がある。
それでも、人目を忍んで合う回数は増えていた。
口づけの回数も、徐々に増える。
やがて、一週間が過ぎた。
その頃には、咲夜と美鈴も、互いに初心な少女よりは一歩だけ前に進んだ大人になる。
互いの身体に、互いの指と唇が触れていない場所など、無くなった。
そして、ある日。
咲夜と美鈴の二人は、共にレミリアに呼び出され、そこで、いきなりに手渡されたのだ。
祝福の言葉と、婚礼の衣装を。
「あの、お嬢様? これは一体……?」
半ば無理矢理、真っ白なウェディングドレスに着替えさせられた咲夜は、困惑の声を上げる。
「良く似合っているわよ、咲夜。アリスの奴、思った以上に良い仕事をするわね。幻想郷一手先が器用との看板は、伊達ではないと見える」
レミリアが、見惚れるように呟いた。
「いえ、ですからこれは一体……」
「おっと、花婿がやって来たようだ。それでは、邪魔者は退散しよう」
「あ、ちょっとお嬢様……!?」
そそくさと、その場を辞するレミリアと入れ替わりに、黒のロングタキシードに身を包んだ、美鈴が現れる。
「綺麗です、咲夜さん……」
美鈴は、“うっとり”と見惚れたように呟いた。
「ありがとう、美鈴」
美鈴の言葉に思わず、はにかむようにして、咲夜が微笑みを返す。
“りんごーん”、“りんごーん”と、鐘楼の鐘の音が、二人を祝福するかのように鳴り響いていた。
「咲夜さん……」
「美鈴……」
少女たちは互いに見つめあい、感極まったように呟く。
「ああ、一体……」
「……どうして、こんな事に?」
困惑のまま、二人は言う。
「どうも……私たちの結婚式らしいです。その、幻想郷のあちこちからも大勢、紅魔館に招かれているようです。私たちの事……お嬢様たちに、ばれてたみたいですね……」
「ばれてたみたいって……えっ!? ちょっと、お嬢様は本当に私たちを結婚させる心算なの!?」
「そう見たいです……何でも、もう一週間も前から、こっそりと計画してたとかで……」
一週間前と言うと、丁度、二人が初めて口づけを交わした日。
幾らなんでも、早すぎる。
「と、とにかくお嬢様に詳しい話を……幾らなんでも、いきなり結婚だなんてっ!」
慌てふためく咲夜を見つめ、美鈴が、諦めきったように呟いた。
「どうするんです? もう大勢、紅魔館に到着されていますよ。さすがに、言い出せる雰囲気では無いです。それに今から取り止めるとなると……多分、お嬢様の評判は地に落ちてしまいます」
咲夜は、目の前が暗闇に閉ざされる感覚に襲われる。
「……つまり、もう結婚する以外に道はないと? 私と、貴女が……?」
「みたいですね……」
咲夜と美鈴は互いに見つめあい、いたたまれなくなって、やがて、どちらとも無く目をそらす。
「私……人間よ。この先、人間を止める予定もないわ」
「知っています」
「貴女より、早く死ぬわよ。おばあちゃんにもなるし……多分、貴女の命から見たら一瞬のこと」
「判っています」
「後悔するわよ」
「しません」
はっきりと咲夜を正面から見据え、美鈴は、その決意を形にする。
「どうして?」
咲夜の求めている言葉など、判りきっていた。
ただ、それをはっきりと伝える勇気が、今までは持てなかっただけ。
互いに、その言葉を望み身体を重ねながらも、心のどこかで臆病になっている。
乗り越えるならば、今だろう。
ここまで追い詰められて、ようやく素直になれるだなんて、本当に自分は不甲斐ないと思う。
「私……好きでもない人に初めてを上げたり、貰ったりはしませんよ」
美鈴の真直ぐな想いに、咲夜は言葉を詰まらせる。
「咲夜さんは?」
「……馬鹿」
頬を染めてうつむき、咲夜は、ようやくの事でそれだけを言った。
咲夜が、ゆっくりと手を、美鈴の方へと差し出す。
「まだ、ちゃんと聞かせてもらっていませんよ?」
差し出された手を取ることもせず、美鈴は、咲夜を見つめ続ける。
「……意地悪ね」
「そうですか?」
「そうよ」
拗ねたように、唇をとがらせた。
咲夜は消え入りそうな声で、美鈴へと、素直な想いを形にする。
「……好きよ」
ただ、一言だけの不器用な告白。
それでも美鈴には、十分だった。
花のような笑顔を浮かべ、ロミオは、ジュリエットの腕をとる。
物語の中のロミオとジュリエットは悲劇に終った。
ならばせめて、こちらの物語くらい、幸福のままに幕を閉じても良いだろう。
否、ここから始めるのだ。
二人の、戯曲にも負けない、脚本の存在しない幸福の物語を。
美鈴は咲夜の腕を引き、自分たちを待っていてくれているであろう人々のもとへと向かい、歩き出す。
始まりは些細な勘違いと、すれ違いから。
二人の周囲がそれに踊らされ、勝手に盛り上がっていただけに過ぎない。
やがて、そのすれ違いは運命に導かれるように真実となり、ここに、一つの恋の舞台の幕を上げる。
幻想郷にもたらされた大きな変革と、その変革の象徴する、始まりの恋人たち。
幸福のままに始まり、やがては訪れる悲劇すら乗り越え、幸福のままに幕を閉ざすであろう、紅魔館のロミオとジュリエット。
これが、後の世まで幻想郷に語り継がれる事となった、ある少女たちの恋の異変の顛末だ。
なお、これは余談であるが。
二人の結婚式の後開かれた宴会は昼夜を問わず一週間かけて続けられ、幻想郷中の人間、妖怪、亡霊、宇宙人を問わず、宴が終った後、地獄の二日酔いならぬ三日酔いへと叩き込んだと言う。
祭り好きな幻想郷の住人たちの前では、人生の門出を祝う厳かな儀式さえも、飲めや喰えやの酒宴へと変ってしまうのだった。
紅魔館、門前。
一人、従者を伴わず外出するレミリアを見送った後。
美鈴は頬を朱に染め、大きく溜息をついた。
――咲夜は……どうもロミオには、もっと積極的になって欲しいそうよ。
頭の中で、レミリアの言葉が幾重にも反響する。
――今度は、咲夜に貴女が思うことをしてあげなさい。
「私が……思うこと……」
“ぽつり”と、呟いてみた。
もう幾度となく思い返した今朝の一幕が、再び脳裏をよぎる。
知らず、指先で自分の唇をなぞっていた。
「美鈴」
不意に、背後から声がかけられる。
声の主が誰であるかなど、振り返らずとも知れた。
良く聞き知った声であったから。
しかし、その日に限り、なぜか声の響きを耳にするだけで、美鈴の心は麻のように乱れる。
鼓動が高鳴り、息がつまりそうになった。
「何ですか、咲夜さん?」
内心の動揺を気取られぬよう、ゆっくりと振り返る。
そこには、何時もと同じように澄ました顔のまま、僅かに頬を染めている咲夜の姿があった。
「お嬢様から、貴女と過ごすように言われてね。ほら、ロミオとジュリエットの件で。どうやら、よほど楽しみにしているみたい。もっと、絆を深めるようにですって」
「そ、そうなんですか」
見知った顔だと言うのに、何やら変に意識してしまい、上手く言葉が出てこない。
「ええ。だから……」
咲夜は、手にした脚本を“ぱたぱた”と振って見せる。
「練習……しましょうか? 折角、お嬢様が時間をくれたわけだし」
「……そうですね。その、お相手させていただいても構いませんか?」
咲夜は、美鈴の言葉に、僅かに拗ねたように唇を尖らせた。
「馬鹿ね。パートナーがいなくて、どうして練習が出来るのよ」
「あ、そうですよね。すいません。じゃあ……一緒に、しましょうか?」
「……うん」
二人は、互いに言うべき言葉を探りあっているかの様に、口数も少なく近付いていく。
「どのシーンから、練習しましょうか?」
何時もならば美鈴の問い掛けに対し、咲夜は、率先して主導権を握り、適切な指示を下す筈。
しかし、今日に限っては様子が違う。
「……貴女の好きなシーンでいいわよ」
美鈴から目をそらし、消え入りそうな声で呟く咲夜。
咲夜の様子を不自然だと思いつつも、美鈴には、ある一種の予感がある。
――咲夜は、貴女を待っているわ。
百年を生きてきて初めて覚えた、胸の奥を甘く痺れさせる様な、切なさの入り混じった、この気持ち。
自分が咲夜に対して抱いている、この名も知らぬ感情を、或いは、咲夜も自分に対して抱いてくれているのならば。
そのような事、自分にとって都合のいい、ただの幻想に過ぎないのかも知れない。
それでも、もし万が一、その幻想が真実であれば、どんなにか幸福だろうと思ってしまう。
美鈴は、頭の中で幾つか、ロミオとジュリエットの中の印象的な場面を辿って見せる。
今、自分が本当に、咲夜と演じたいと思う場面。
そのようなものは今更、問うまでもなく決まりきっていた。
「ロミオとジュリエットの出会いの場面を……今朝の、あの一幕をお願いします」
美鈴の答えに、咲夜は頷くでもなく、ただ瞳を見開いてみせる。
咲夜の澄んだ蒼い瞳の中で、困惑と戸惑いの感情が、“ゆらゆら”と陽炎のように揺らめいた。
美鈴が、咲夜の手を握り締める。
今朝は、咲夜から美鈴の手を、ジュリエットからロミオの手を取った。
本来であれば、あの場面は、ロミオからジュリエットの手を取るのが正しい流れ。
美鈴の唇から、とうとうと泉のように言葉が溢れ出た。
「『……あまりにも美しかったので、つい貴女の腕を掴んでしまいました。ああ、美しく尊い貴女のお手。それを私の手が汚してしまったというならば、その償いはこの唇が致しましょう。聖者に巡礼するが如く、どうか口づけで清めることをお許し頂きたい』」
脚本に一切目は通さず、けれども演技は、一言一句違える事は無い。
美鈴は跪き、咲夜の手の甲に口づけをする。
唇に触れた咲夜の肌は、上質の絹のように滑らかだった。
「『巡礼様。それは貴方のお手に対して、余りにも悲怒い仰りよう。この様に貴方の手は、しっかりと信心深さを表していらっしゃるではありませんか。もとより聖者の手は、巡礼が触れる為のものです。それこそ手のひら同士の口づけというものですわ』」
「『ですが唇は聖者にも巡礼にも、ちゃんとした本物があると言うものです』」
「『いいえ、巡礼様。その唇は祈りを紡ぐ為のもの――』」
「『ああ、では我が聖女様。手の口づけをお許し頂けるならば、どうぞ唇にもお許し頂けませんか――どうかお許しください。私のこの信仰を、絶望に変えてしまわぬように……』」
「『たとえ祈りに絆されても、聖者の心は動きませんわ――』」
震える声で、咲夜が告げる。
美鈴の腕が、咲夜の両肩を抱きしめた。
ここまでは、今朝の一幕と同じ。
「では、どうか動かずにいてください。祈りの験を頂く間だけ――』」
美鈴が、咲夜へと顔を近づける。
そこで、美鈴は気付いた。
何時もは気丈な咲夜が、抱きしめた自分の腕の中で、僅かに震えている。
互いの吐息がかかるほどの距離に近づいた時、美鈴の頭の中で、僅かに囁く声があった。
確信めいた予感がある。
その一歩を踏み出してしまえば、もう元には戻れないだろうという事は判っていた。
それでも。
目の前には頬を染め、目を閉じて、身を震わせている咲夜の姿がある。
いまだ誰にも触れられた事の無い唇は、密やかな花の蕾のように色づいていた。
美鈴は思う。
この無垢な処女雪に、最初の足跡を刻みたいと。
――咲夜は、貴女の全てを受け入れてくれるよ。
主と仰いだ悪魔、永遠に紅い幼き月の言葉が、最後に、美鈴の背を一押しする。
もしも、本当に目の前の少女が、この邪な想いさえ受け入れてくれると言うのであれば、自分は喜んで、花開く前の蕾を手折ろう。
冬の日の弱い陽光に下、地に伸びた二人の少女の影が、一つとなった。
肌寒い空気の中、触れ合った唇は、互いの温もりを伝え合う。
永遠にも感じられる刹那の後、二人の唇が離れる。
二人、気恥ずかしそうに見つめ合う。
後に続ける演技も台詞も、二人とも、どこへやら消え失せてしまっていた。
「……私が、言ったのよね。別に練習中の事故で、少しぐらい唇が触れ合っても、気にしないと」
「……はい」
「事故だもの……仕方、無いわよね?」
「……いいえ」
「えっ?」
「事故じゃ、ないです」
咲夜の言葉を、美鈴は否定する。
「……いいえ。事故だわ」
怯えたように、咲夜が言う。
「違います」
その言葉さえ、美鈴は否定した。
咲夜の逃げ道を塞ぐように、静かに、決意を込めて言う。
「だって、私……初めてで……」
「……私もです」
咲夜の不意をつき、再び美鈴が、顔を近づける。
「――ッ!?」
時を止める、お得意の瞬間移動のイリュージョンも、間に合わない。
気付いた時には、もう一度、唇で美鈴の熱を感じとっていた。
再び唇が離れた時、咲夜は、もう己を誤魔化す逃げ道が無くなってしまったのだと理解する。
「……これでも、ですか?」
「……馬鹿」
頬を染めて、今にも泣き出しそうな表情で俯く咲夜を、美鈴がそっと抱きしめる。
「……ごめんなさい」
「……今更、謝らないでよ。本当に……この、馬鹿っ!」
「えっ……きやぁっ!?」
呆れたように、怒ったように咲夜が言うと同時、美鈴の視界が、“くるり”と一回転する。
天と地が逆さまになった世界で、いやに蒼い空が目に飛び込んできた。
どこか、咲夜の瞳の色を思わせる。
背中に、覚悟したような衝撃は無かった。
直前に、勢いを殺してくれたのだろう。
不意を打たれ、見事に投げ飛ばされた美鈴の身体。
地面に大の字になって寝転がる美鈴の身体の上に、咲夜はのし掛かる。
「……本当に貴女は。人の初めてを奪っておいて、よりにもよって御免なさい、ですって? ふん。それぐらいで許して貰えて、良かったわね。私の寛大さに、感謝しなさい」
こちらを見下ろしてくる咲夜の、本気で怒っているような表情を見てとって、美鈴はようやく、自分の現状を理解した。
「全く。少しは積極的になったかと思ったのに。最後の最後で、やっぱり怖気づくんだから。どうせなら、そのまま押し倒すくらいの甲斐性、見せてみなさいよ」
「えっ? えっ?」
何が何やら判らないといった表情で困惑する美鈴に対し、咲夜は、大きな溜息を一つ、ついてみせる。
そして、ゆっくりと美鈴の耳元で、囁くように言った。
「……やられっぱなしだなんて、私の誇りが許さないわ。美鈴。人から口づけをされたのは、今のが最初よ。だから……私のもう一つの初めても、貴女にあげるわ」
咲夜は美鈴を組み敷いた姿勢のまま、強引に、その唇を奪う。
唇を離し、美鈴を正面に見据え、瀟洒に微笑んで見せる。
「私から誰かに口づけをしたのも、今のが最初よ。美鈴。他に私の初めてで、貴女が欲しいものは、あるかしら?」
「それは……たくさん、ありますけれど……」
「なら、ちゃんと言葉にして言いなさい。何時までも優柔不断なロミオのままでは、ジュリエットは、逃げ出してしまうわよ?」
恥じ入るように明後日の方向を見つめ、頬をかく美鈴を見つめ、咲夜はからかう様に言った。
「……えっと、じゃあ……」
はにかむように、美鈴が言う。
「とりあえず、全部で」
「この欲張り」
少女たちの影が、悪魔の館の門前で、今一度、一つに重なり合った。
誰に咎められる心配も無い、冬空の下、二人きりの逢瀬。
咲夜と美鈴は気付かなかった。
一連のやり取りを途中から覗き見ていた、虚空に開いた小さな空間の裂け目の存在に。
「うわー、何だか、恋愛映画を見ているみたいでした」
顔を真っ赤にして、東風谷早苗が、紫の生み出した空間の裂け目から目を背ける。
「……覗き見とは、やはり褒められた行為では無いと思うのだが」
“おほん”と、咳払いを一つして、上白沢慧音が、やはり頬を染めたままに意見を述べた。
「そう言いながらも貴女、しっかりと覗いていたじゃないの」
風見幽香が、含みのある笑みを浮かべ、慧音を見る。
「うーん。回りくどい事してるね。惚れた相手なら、その場で口説いて、押し倒すのが礼儀だろうに」
物足りなそうに瓢箪の酒を煽る、伊吹萃香。
「いいじゃない。初々しくて、可愛いと思うわよ」
「そうね。昔は私にも、あんな乙女な時代があったわ」
八意永琳と蓬莱山輝夜の二人が、“ころころ”と笑いながら、見つめ合う。
「でも今の季節、外でするのは寒いわよねぇ。お蒲団ですればいいのに」
“さらり”と、下世話な事を言い放つ西行寺幽々子。
「私としては、外でしてくれた方が取材もしやすくて、ありがたいのですがね。でも、それは別として、私はどっちかと言うと開放感のある外の方が……」
射命丸文が、幽々子の言葉に、駄目な観点から口を挟む。
「あんたたち、少し下品すぎるわよ」
博麗霊夢が、呆れたように呟いた。
「まあ、いいのではないかしら。こういう事は、本人たちの自由にさせてあげるのが一番よ」
やんわりと諭すように、八雲紫が言った。
「倫理的観点から見ると問題ばかりなのですがね。ですが、あの二人の間にある絆は疑いようも無く白です。浄玻璃の鏡を使えば、もう少し詳しく判断できますが。それは、さすがに野暮でしょう」
四季映姫・ヤマザナドゥが、珍しく表情を緩めながら、空間の裂け目から目を離す。
全員が目を離した事を確認した後、紫は、自らの能力によって開けた覗き窓を閉ざす。
「どうかな。うちの咲夜と美鈴の仲は。そこの閻魔が言ったとおり、あの二人の愛は本物だよ。私としては是非、祝福をさずけてやりたいと思うのだが?」
レミリアの問いに、一同は顔を見合わせる。
「そうね。まぁ、確かに紫が言ったとおり、あれこれと語り合うよりも、実物を見た方が早かったわ。あそこまで疑いようなく愛し合われれるとね。私から言えることはないわよ」
「私も賛成です。二人が幸せなら、良いのではないでしょうか?」
霊夢の言葉に、早苗が同意を示す。
「ふふ……それで、亡霊と人間の結婚は認められるのかしら? 別に亡霊と妖怪でもいいけどね。もちろん、私は賛成ー」
暢気な声で挙手をする幽々子。
「植物だって素敵よ? 向日葵なんか、皆優しくて気配りが出来て、おまけに油もとれる、まさしく理想の伴侶じゃないの。この際、本当に植物との結婚も認めなさい。あ、賛成で」
次いで、幽香が賛成に一票を投じる。
「花嫁衣裳を纏った向日葵の絵図は、曰く言いがたいものがありますな。無論、私も賛成です。これは、天狗の総意と受け取って頂いても構いませんよ」
「ふむ。個人的に、これから妖怪と人間の関係がどう変化していくか、非常に興味深くはあるな。人間の里の代表として、賛成に一票だ」
文と慧音が、二人、同時に挙手をした。
「その混沌とした状況も、地上らしくて良いのではないかしら。賛成」
「輝夜がそう言うのなら、私も賛成で」
輝夜と永琳も、また同時に手を上げる。
「反対する理由が無いね」
瓢箪の酒を煽りながら、萃香が言う。。
「私個人としては賛成です。ですが立場上、地上の意思決定に、関与することは許されていません。非常に残念ですが棄権します」
心から悔しそうに、映姫が引き下がった。
「私は勿論のように賛成だ。そも私が提出した議題だしね」
勝利を確信し、高々と手を掲げるレミリア。
この時点において、賛成は九票、無効票は一票。
疑いの余地は無い。
満を持して、紫が手を上げる。
「賛成。さて……それでは、そろそろ話を纏める時が来たようです。博麗の巫女。博麗大結界の管理者として、宣言をどうぞ」
紫の言葉に、その場に集った者たちが一斉に、霊夢を見た。
霊夢は、口元に“くすり”とした笑みを浮かべ、手を掲げ、宣言する。
「私も、賛成。それではここに、幻想郷の新たな法律を認めるわ! ただ今を持って、幻想郷では妖怪と人間、及び、同性間での結婚を、認めるものとする!」
博麗神社の一角に、歓声が響き渡る。
スペルカード・ルール以来の、大きな変革が幻想郷に訪れた、記念すべき一幕だった。
それからの日々は、慌ただしく、しかし静かに過ぎていく。
博麗神社にて可決された新たな法案はその日の内に、幻想郷中に、『文々。新聞』によって広められた。
しかし、事の中心にいる咲夜と美鈴には、その変革が知らされる事は無い。
周囲が、必死になって隠し通したから。
咲夜と美鈴は、まさか自分たちの逢瀬が広く知れ渡っている等とは夢にも思わず、表面上は、何時もの関係を装っていた。
何とも形容しがたい妙な関係のまま、二人は、日々を過ごしていく。
恋人同士と言ってしまうには、二人とも、少なくない抵抗がある。
それでも、人目を忍んで合う回数は増えていた。
口づけの回数も、徐々に増える。
やがて、一週間が過ぎた。
その頃には、咲夜と美鈴も、互いに初心な少女よりは一歩だけ前に進んだ大人になる。
互いの身体に、互いの指と唇が触れていない場所など、無くなった。
そして、ある日。
咲夜と美鈴の二人は、共にレミリアに呼び出され、そこで、いきなりに手渡されたのだ。
祝福の言葉と、婚礼の衣装を。
「あの、お嬢様? これは一体……?」
半ば無理矢理、真っ白なウェディングドレスに着替えさせられた咲夜は、困惑の声を上げる。
「良く似合っているわよ、咲夜。アリスの奴、思った以上に良い仕事をするわね。幻想郷一手先が器用との看板は、伊達ではないと見える」
レミリアが、見惚れるように呟いた。
「いえ、ですからこれは一体……」
「おっと、花婿がやって来たようだ。それでは、邪魔者は退散しよう」
「あ、ちょっとお嬢様……!?」
そそくさと、その場を辞するレミリアと入れ替わりに、黒のロングタキシードに身を包んだ、美鈴が現れる。
「綺麗です、咲夜さん……」
美鈴は、“うっとり”と見惚れたように呟いた。
「ありがとう、美鈴」
美鈴の言葉に思わず、はにかむようにして、咲夜が微笑みを返す。
“りんごーん”、“りんごーん”と、鐘楼の鐘の音が、二人を祝福するかのように鳴り響いていた。
「咲夜さん……」
「美鈴……」
少女たちは互いに見つめあい、感極まったように呟く。
「ああ、一体……」
「……どうして、こんな事に?」
困惑のまま、二人は言う。
「どうも……私たちの結婚式らしいです。その、幻想郷のあちこちからも大勢、紅魔館に招かれているようです。私たちの事……お嬢様たちに、ばれてたみたいですね……」
「ばれてたみたいって……えっ!? ちょっと、お嬢様は本当に私たちを結婚させる心算なの!?」
「そう見たいです……何でも、もう一週間も前から、こっそりと計画してたとかで……」
一週間前と言うと、丁度、二人が初めて口づけを交わした日。
幾らなんでも、早すぎる。
「と、とにかくお嬢様に詳しい話を……幾らなんでも、いきなり結婚だなんてっ!」
慌てふためく咲夜を見つめ、美鈴が、諦めきったように呟いた。
「どうするんです? もう大勢、紅魔館に到着されていますよ。さすがに、言い出せる雰囲気では無いです。それに今から取り止めるとなると……多分、お嬢様の評判は地に落ちてしまいます」
咲夜は、目の前が暗闇に閉ざされる感覚に襲われる。
「……つまり、もう結婚する以外に道はないと? 私と、貴女が……?」
「みたいですね……」
咲夜と美鈴は互いに見つめあい、いたたまれなくなって、やがて、どちらとも無く目をそらす。
「私……人間よ。この先、人間を止める予定もないわ」
「知っています」
「貴女より、早く死ぬわよ。おばあちゃんにもなるし……多分、貴女の命から見たら一瞬のこと」
「判っています」
「後悔するわよ」
「しません」
はっきりと咲夜を正面から見据え、美鈴は、その決意を形にする。
「どうして?」
咲夜の求めている言葉など、判りきっていた。
ただ、それをはっきりと伝える勇気が、今までは持てなかっただけ。
互いに、その言葉を望み身体を重ねながらも、心のどこかで臆病になっている。
乗り越えるならば、今だろう。
ここまで追い詰められて、ようやく素直になれるだなんて、本当に自分は不甲斐ないと思う。
「私……好きでもない人に初めてを上げたり、貰ったりはしませんよ」
美鈴の真直ぐな想いに、咲夜は言葉を詰まらせる。
「咲夜さんは?」
「……馬鹿」
頬を染めてうつむき、咲夜は、ようやくの事でそれだけを言った。
咲夜が、ゆっくりと手を、美鈴の方へと差し出す。
「まだ、ちゃんと聞かせてもらっていませんよ?」
差し出された手を取ることもせず、美鈴は、咲夜を見つめ続ける。
「……意地悪ね」
「そうですか?」
「そうよ」
拗ねたように、唇をとがらせた。
咲夜は消え入りそうな声で、美鈴へと、素直な想いを形にする。
「……好きよ」
ただ、一言だけの不器用な告白。
それでも美鈴には、十分だった。
花のような笑顔を浮かべ、ロミオは、ジュリエットの腕をとる。
物語の中のロミオとジュリエットは悲劇に終った。
ならばせめて、こちらの物語くらい、幸福のままに幕を閉じても良いだろう。
否、ここから始めるのだ。
二人の、戯曲にも負けない、脚本の存在しない幸福の物語を。
美鈴は咲夜の腕を引き、自分たちを待っていてくれているであろう人々のもとへと向かい、歩き出す。
始まりは些細な勘違いと、すれ違いから。
二人の周囲がそれに踊らされ、勝手に盛り上がっていただけに過ぎない。
やがて、そのすれ違いは運命に導かれるように真実となり、ここに、一つの恋の舞台の幕を上げる。
幻想郷にもたらされた大きな変革と、その変革の象徴する、始まりの恋人たち。
幸福のままに始まり、やがては訪れる悲劇すら乗り越え、幸福のままに幕を閉ざすであろう、紅魔館のロミオとジュリエット。
これが、後の世まで幻想郷に語り継がれる事となった、ある少女たちの恋の異変の顛末だ。
なお、これは余談であるが。
二人の結婚式の後開かれた宴会は昼夜を問わず一週間かけて続けられ、幻想郷中の人間、妖怪、亡霊、宇宙人を問わず、宴が終った後、地獄の二日酔いならぬ三日酔いへと叩き込んだと言う。
祭り好きな幻想郷の住人たちの前では、人生の門出を祝う厳かな儀式さえも、飲めや喰えやの酒宴へと変ってしまうのだった。
すごく良い終わりでした。楽しかったですw
そして、ありがとうございます。
心理描写や言葉の一つ一つにもどかしさが溢れていて、読んでるこっちがドキドキしてしまうようでした。
文句なし。
なのに甘いや
まぁなにはともあれ完結お疲れ様です!とても面白かったです!
私は分けられてるからこそこう、テレビドラマのように楽しめたって感じがしました。
どの話も次がとても気になるような終わり方でしたし。
何はともあれお疲れ様でした。
めーさくは永遠です!!
ごちそうさまでした!!
すばらしいめーさくでした!
しかし、甘ぇぜ。
欲を言えばもう少しもどかしい二人を見ていたかった
ありがとうございました^^
長編お疲れ様でした。凄く良かった。最高!
映画やドラマのようでした。本当に面白かったです。
ありがとうございました。
ロミジュリがテーマだなんて、悲劇しか待ってないだろう…
そう思っていましたが、良い意味で裏切られてよかった。
咲夜さんが可愛い乙女で、読んでて気恥ずかしい気持ちにさせられました。
あと、幽々子さまがしつこいくらいに人間との結婚を認めるよう言っているのは、そろそろ同居からステップアップしたいからでしょうかw
…ところで、虫と花の結婚は認めてもらえるのでしょうか?w
あと、分々。新聞→文々。新聞の誤字かなとつけたし。
GJ!
GJ!!!
この作品は勘違いが幸運をもたらしたわけですね。
あれ、グッドエンドなはずなのに泣けてきた・・・
…2828うめぇ!!!」
甘美なる偶然のような必然に祝福を込めて。
……あーもー、終わったら2828が収まると信じてたのに!
四話で終わらなかったときといい
いつもいい方向で裏切られてばっかりだ!
幸せで甘々な完結編、とてもおいしくいただきました。
もうなんと言うかご馳走様というか
とにかくこのような素晴らしい作品
ありがとうございます!!!
ここで終わるのが美しい形だが是非ともアフターみたい。
面白かったです
でないと最初のほうの勘違いうんぬんの設定があんまり生かされてない感じが・・・
目指してる方向が違ったからしょうがないかな
乙です
異性愛も同性愛も関係なく、等しく侵しがたいものですね。
100点でないのは、劇の場面も入れてほしかったというところに起因します。
ほんとは99点とかにしたいんですが。
最後に品のない話で申し訳ありませんが、童貞は、本当に好きな人に捧げようと思いました。この一文を入れるだけで雰囲気台無しw
めーさくはインフェニットジャスティス
良きかな良きかな。
めーさくはもちろんのこと、従者想いのお嬢様も素敵でした。
ギャグオチになると思ってたので予想外だったなあ
末永くお幸せに!w
末永く幸せになれ