さとり様、さとり様。あのね、綺麗な花が咲いていました。
すごく綺麗でした。赤とか黄色とかピンクとか。
それから空! 蒼くて高くて、風が吹いてて気持ちよかった!
そう言って、空が広げた心象風景は、彼女の言葉通りに素晴らしいものだった。
じゃれつく空をなだめながら、さとりは彼女の心象風景に心を傾ける。
綺麗ねぇ、と感嘆すると、空は日なたの猫のように目を細めて笑った。
(もっと見て。さとり様)
嬉しくて嬉しくて仕方がないんだと、身体も精神も喜色満面で訴えかける。
(さとり様。大好き)
だって全部わかってくれるから。
言葉にするのは下手だから、そのままの気持ちでわかってもらえて嬉しい。
さとり様がさとり様でよかった。
(ええ、そうね空)
本音を言うと。
さとり自身もそう思っていたのだ。
私が私でよかったと。
けれど手放しでその台詞に頷くには、世界はあまりにも冷酷だった。
覚りという種族にとって心を読む行為は、魚が水を泳ぐ行為に等しかった。
誰に教わるでもなく、生まれたときから備わっていたもの。
魚が水を泳ぐように、人が息をするように、覚りは心を読んだ。
何故心を読むのかと問われても、理屈など解らない。
覚りは覚りなのだから。
きっとそれが答えだった。
歩き方を意識して学習した者など居ないし、
息の仕方を教わった者など居ないだろう。
だから「息をするな」と言われて、許容できるものが幾人いるだろうか。
けれどもさとりが「息をする」と、傷つく者が居るのだという。
「息をするな」と言われても「息をすること」を止めないさとりを、周囲は糾弾し、
そうして彼女は嫌われていった。
「……さとり様?」
抱きついている空が不思議そうにさとりの顔を覗き込む。
主人の様子を敏感に察したのだろう。
空の心象は、疑問と不安で満たされていた。
安心させるように、さとりは笑いかけ、ゆっくりと彼女の黒髪を梳く。
この地獄鴉は本当に素直だ。
脳内で、たった一言がぐるぐると駆け巡っている。
どうしたの? どうしたの? どうしたの?
しばらくすれば、その一言が凝縮して、彼女の中で爆発をするのだろう。
悲しみに暮れるかもしれない。
取り乱すかもしれない。
もしかしたら、太陽の化身に相応しく、怒りだすかもしれない。見えないさとりの敵に向かって。
そうならないように、さとりは空を撫でながら、
「空」
「うにゅ?」
「なんでもないの」
「なんでも?」
「ええ。なんでもないのよ」
空の心象が、落ち着いてゆく。
そうよ、空。なんでもないの。
仕様のないことなのだから。
諦観は、さとりの精神に巣つくう、最も古い友の一人だった。
仕様のないことなのだ。
抜き身の刃を携えた見知らぬ者を、招き入れる愚か者など居はしない。
ありのままの自分を受け入れて欲しいという望みは、きっと覚りには縁遠いものなのだ。
覚りではないものに覚りを理解できないように、 覚りにも覚りではないものの気持ちを、本当の意味では理解できないのだろう。
たとえ心を覗いたとしても。
水を泳げない者に、水泳の楽しさはわからない。
水泳を楽しんでいる誰かの心を覗いたとしても、そこで解るのは、その者の感じ取った「結果」でしかない。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
何もかもが誰かのフィルターを通したものだ。
さとりが直に感じたものではない。
それはとても素晴らしいものではあるのだが、さとり自身の五感で得られたものではない心象たちは
どこか映画を見ているような感覚を与えてくれた。
彼女であれば笑わない場面で、笑う誰かの心。
彼女であれば悲しまない場面で、悲しむ誰かの心。
彼女であれば驚かない場面で、驚く誰かの心。
……それらを眺めるのが好きだった。
すべてを解ることは出来ないけれど、大半の気持ちは汲み取ることが出来る。
先ほどの空にしてあげたように。
嫌われたくはないけれど、手中の能力を手放すことも出来なかった。
何故なら、気持ちを汲み取れる自分自身を、本当は――
空が腕に力を込める。
少し痛いぐらいの強さだった。
心配げな心象が浮かんでいる。苦しくて張り裂けそうな空の心。
ああ、まったく。
湧き上がる感情が、身体を震わせた。
心からの感謝を込めて、さとりは空を抱きしめ返した。
覚りの力。
彼女の能力。
水を泳ぐこと。息をすること。
心を共有する喜びをもたらす、彼女の大切な……宝物。
私が私でよかったと、心から思えればいいのに。
すごく綺麗でした。赤とか黄色とかピンクとか。
それから空! 蒼くて高くて、風が吹いてて気持ちよかった!
そう言って、空が広げた心象風景は、彼女の言葉通りに素晴らしいものだった。
じゃれつく空をなだめながら、さとりは彼女の心象風景に心を傾ける。
綺麗ねぇ、と感嘆すると、空は日なたの猫のように目を細めて笑った。
(もっと見て。さとり様)
嬉しくて嬉しくて仕方がないんだと、身体も精神も喜色満面で訴えかける。
(さとり様。大好き)
だって全部わかってくれるから。
言葉にするのは下手だから、そのままの気持ちでわかってもらえて嬉しい。
さとり様がさとり様でよかった。
(ええ、そうね空)
本音を言うと。
さとり自身もそう思っていたのだ。
私が私でよかったと。
けれど手放しでその台詞に頷くには、世界はあまりにも冷酷だった。
覚りという種族にとって心を読む行為は、魚が水を泳ぐ行為に等しかった。
誰に教わるでもなく、生まれたときから備わっていたもの。
魚が水を泳ぐように、人が息をするように、覚りは心を読んだ。
何故心を読むのかと問われても、理屈など解らない。
覚りは覚りなのだから。
きっとそれが答えだった。
歩き方を意識して学習した者など居ないし、
息の仕方を教わった者など居ないだろう。
だから「息をするな」と言われて、許容できるものが幾人いるだろうか。
けれどもさとりが「息をする」と、傷つく者が居るのだという。
「息をするな」と言われても「息をすること」を止めないさとりを、周囲は糾弾し、
そうして彼女は嫌われていった。
「……さとり様?」
抱きついている空が不思議そうにさとりの顔を覗き込む。
主人の様子を敏感に察したのだろう。
空の心象は、疑問と不安で満たされていた。
安心させるように、さとりは笑いかけ、ゆっくりと彼女の黒髪を梳く。
この地獄鴉は本当に素直だ。
脳内で、たった一言がぐるぐると駆け巡っている。
どうしたの? どうしたの? どうしたの?
しばらくすれば、その一言が凝縮して、彼女の中で爆発をするのだろう。
悲しみに暮れるかもしれない。
取り乱すかもしれない。
もしかしたら、太陽の化身に相応しく、怒りだすかもしれない。見えないさとりの敵に向かって。
そうならないように、さとりは空を撫でながら、
「空」
「うにゅ?」
「なんでもないの」
「なんでも?」
「ええ。なんでもないのよ」
空の心象が、落ち着いてゆく。
そうよ、空。なんでもないの。
仕様のないことなのだから。
諦観は、さとりの精神に巣つくう、最も古い友の一人だった。
仕様のないことなのだ。
抜き身の刃を携えた見知らぬ者を、招き入れる愚か者など居はしない。
ありのままの自分を受け入れて欲しいという望みは、きっと覚りには縁遠いものなのだ。
覚りではないものに覚りを理解できないように、 覚りにも覚りではないものの気持ちを、本当の意味では理解できないのだろう。
たとえ心を覗いたとしても。
水を泳げない者に、水泳の楽しさはわからない。
水泳を楽しんでいる誰かの心を覗いたとしても、そこで解るのは、その者の感じ取った「結果」でしかない。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
何もかもが誰かのフィルターを通したものだ。
さとりが直に感じたものではない。
それはとても素晴らしいものではあるのだが、さとり自身の五感で得られたものではない心象たちは
どこか映画を見ているような感覚を与えてくれた。
彼女であれば笑わない場面で、笑う誰かの心。
彼女であれば悲しまない場面で、悲しむ誰かの心。
彼女であれば驚かない場面で、驚く誰かの心。
……それらを眺めるのが好きだった。
すべてを解ることは出来ないけれど、大半の気持ちは汲み取ることが出来る。
先ほどの空にしてあげたように。
嫌われたくはないけれど、手中の能力を手放すことも出来なかった。
何故なら、気持ちを汲み取れる自分自身を、本当は――
空が腕に力を込める。
少し痛いぐらいの強さだった。
心配げな心象が浮かんでいる。苦しくて張り裂けそうな空の心。
ああ、まったく。
湧き上がる感情が、身体を震わせた。
心からの感謝を込めて、さとりは空を抱きしめ返した。
覚りの力。
彼女の能力。
水を泳ぐこと。息をすること。
心を共有する喜びをもたらす、彼女の大切な……宝物。
私が私でよかったと、心から思えればいいのに。
俺もさとりは自分の能力を誇りに思ってるんじゃないかと。
ていうか原作のさとりって結構性格いやらしいですよねw
空の純粋な優しさが胸に沁みました。