おや?
やぁやぁ、いらっしゃい、天狗。
――何々、「新聞のネタを探してる」って?
なら私のとっておきの話を聞かせてあげようじゃないの。これを記事にすれば、あんたの新聞の評判も守矢の信仰もうなぎのぼりの一石二鳥間違いなし!
さぁ、遠慮せずに。
これは私が見てきた神奈子の素顔。題して――『風神録』! 心して聞きなさい。
○喜ぶ神奈子
昔、私は自分の国を持っていてね。ある時やってきた侵略者、それが神奈子だったのさ。
「降参だよ」
「あら、随分潔いのね」
「相手の力量を測れない程弱くはない。私はあんたに勝てない。これ以上やって無用な被害を出すくらいなら、潔くもなるさ」
私の技は神奈子の前に破れた。まだまだ他にも手はあったけど、それが通用するとは思えなかったのさ。
「ホントに私の勝ちでいいのね?」
「くどい。あまり何度も敗北を口にさせ……」
「ぃやったー! あの洩矢の神に勝ったー! これで私がこの国の主よ、凄いわ私っ!」
突然大声で、諸手を上げて大喜びする神奈子には正直ビックリしたよ。
「ちょ、ちょっと、あんたはしゃぎ過ぎ」
「何言ってるのよ、当然じゃない。私がずっと尊敬して、目標にしていた洩矢の神を超えたのよ? 喜ばずにはいられないわ!」
「尊敬? 目標?」
「はっ……お、おほんっ、……い、今のは無しね。さぁ、敗北者よ、我に跪けぃ!」
「……なんだかなぁ」
闘ってる最中はもの凄い神気に圧倒されかけた程だけど、いざ決着がついたらこのありさま。この頃は神奈子もまだまだ青かったのよね。おかげで私はすっかり気が抜けちゃったわ。
○カッコイイ神奈子
けじめはけじめだからね。国を賭けた戦で敗れた以上、敗北者は死ぬか殺されるかしかない――筈だった。
「さぁ、さっさと殺しなさい。願わくば苦痛の無いようすっぱりとやって欲しいわ」
そう言った私に、神奈子は心底ビックリしたみたいでね。
「そんなつもりはないんだけど。……あなたは自分の国の往く行く末が気にならないの? 本当に私なんかに任せられるの?」
「侵略しといて何を言う」
「私は不安だわ。あなた程の人が治めていたような国を、私がちゃんと継げるだろうか、ってね」
「……」
「民もあなたには生きていて欲しい筈よ、うん。あなたがいれば絶対喜ぶわ、だから殺さない。それに折角なんだから色々教えてよね、諏訪子先輩」
そしてふざけたような不敵な笑みでもってそう言ったかと思えば、次の瞬間には信じられないぐらいキリッとした表情で、「私の傍にいて欲しいの」なんて言ってきやがったのよ。
(何を言っているんだか、冗談じゃない。あんたになら安心してこの国を任せられるような気がしちまったよ、ちくしょう。でも敢えてあんたの言う通りにしてやるよ。この国を案じてじゃない、ただ私自身があんたの――神奈子の傍にいたくなったからね)
――そんな訳ですっかり神奈子のカリスマにあてられてね。……正直、惚れたわ。
でも後悔はしてない、したことない、っていうかするわけないじゃない文句ある?
○だらしない神奈子
最初にして最大の問題はすぐに起こったわ。
「民はミシャグジの祟りを恐れて他の神を受け入れてくれないわ。だからあなたには改めて国を治めて欲しいのよ」
「何だって?」
「国内では今まで通り諏訪子が指揮をして、国外には私が治めてるように見せて欲しいのよ」
これまた随分と神奈子に都合の良い話じゃない? また新しく神も立て直さなきゃいけないらしいし、私はもちろん断ろうとしたよ。
でもね、
「そんな話……」
「他に方法が無いの。お願いっ、諏訪子先輩」
割とプライドの高い神奈子が、手を合わせて頭を下げたんだよね。その時、私には見えたんだよ。――垂れた猫耳と尻尾がね。
もちろん実際にそんなものは生えてない。あくまでものの喩えだよ。
それにしたって、私の僅かな意地を崩すには十分過ぎる破壊力だったわ。
「……しょうがない」
「ごめん諏訪子~」
思えばこの時からもう、私は神奈子にあまかったかもね。惚れた弱み、とも言えるかな。
「ごめん……ちょっと、力が……」
「!?」
どうやら私が思ってたより事態は深刻だったみたいでね。私に勝ってから、信仰の供給をその国からの一本に絞った神奈子は、その国で信仰を得られなかったらもうお終いだったんだよ。
なんでそんなことをしたかっていうと、「この国のことに集中したいから」だってさ。全く、頭は良いのに変なとこで天然入ってるんだから。どうせだったらまず安定した信仰を得て、安全を確保してから他からの信仰を絶てば良いのに。
ま、そんなところもひっくるめて好きなんだよ。
「休んでなよ。しばらく私一人でやるから」
「ん、ありがとう、――頼んだわ」
○可愛い神奈子
「聞いて、諏訪子、新しい政策を思い付いたわ! これでこの国はもっと豊かになる!」
嬉々として私に語りかけてくる神奈子は、凄く生き生きしてた。初めはまだ落ち着き無かったからねぇ。
「良かったじゃない。でもこの国はもうあんたのもの、いちいち私に報告しなくてもいいんだよ?」
「いや、だって……」
そこで神奈子は少しだけためらって、でもすぐにまた私に向かって、
「ここは“私たち”の国でしょ」
――はっきりそう言ったの。
その顔がまた随分と赤くなってたもんだから、私までつられて赤面しちゃったのは、不可抗力ってやつでしょ?
○優しい神奈子
新しい体制も上手くいって、数十年もしたらそれが自然になったわ。
それに神奈子は本当に国の為、民の為を思ってたからね、反発も無かった。私の“ミシャグジ様を使った恐怖政治”の方がもっと簡単だったろうけど、神奈子は実力で信頼を築いたの。
まぁ、形式上はやっぱり私が治めたままだったけど、神奈子も「今さら訂正する必要も無いわ」って言ってね。
とにかく私と神奈子の能力は、信仰を得るにはこの上なく相性が良かったのは確かね。
私が地を耕して、神奈子が天候を操れば、作物はよく育つ。飢饉とは縁遠いわ。
本当は、たまにはわざと作物を減らして、神の尊厳を知らしめるのも必要なんだけど、「そんなことで民をいちいち苦しませたくない」とかなんとか言っちゃってさ。
あと、他の国にも収穫で余ったのを分けてあげたりして、なんだかんだ信仰を高めていったの。
早苗には――ていうか東風谷の一族には特に甘かったんだよ、神奈子は。
まぁ、確かに私と神奈子の子孫……ぐぇっふぉげふぉげふぉっ、ぅをっほん! えーと、なんだ、……とにかく大事な風祝の家系だから、わからないでもないんだけどね。
「どこどこに行ってみたーい」なんて言われたらすぐに連れてってあげちゃうんだから。「なになにしたーい」って言われて何でも叶えてあげようとしてね。おかげで東風谷の一族は生粋の“神奈子っ子”よ、カナコッコ。ちなみに私もカナコッコ。
いや、もちろん私だってちゃんと民からも風祝からも慕われてたよ? そこ疑っちゃいけないわ。
○怒る神奈子
「大変よ」
「どうしたの?」
怒りの形相を携えて私に話しかけてきた神奈子。こんなに激情をあらわにするなんて珍しい。
「うちの民がやられたわ、他の国のやつらに。おそらくは内情を聞き出す為ね」
「まさか、私たちの目を抜けるなんてっ」
ありえない。私と神奈子は数多くいる神々の中でも最高位の実力。国全体に行き届く私たちの目を掻い潜る隙なんて無い。
「国の外に商売に出てたのよ。その帰りに襲われたみたい」
「……そう」
「私たちの言いつけを破って、勝手に国の外に出たのはいけなかったわ。でもだからと言って――」
「身内に手を出されて、黙ってるわけにはいかないね」
それから私と神奈子は、その相手の国を攻め落とした。
国全体を高さ数メートルの岩の壁で囲って、嵐の中に閉じ込めてやったのよ。なるべく一般人には被害が出ないようにしてね。そしたら三日ともたずに降参したわ。
でも殺された民は戻らないからね。民思いの神奈子はしばらく治まらなかったよ。もちろん私のミシャグジも崇り神の本領発揮ね。
この事件は決してあって良かったわけではないけれど、平和慣れしてきてた民の意識を改めさせて、他国への見せしめとしてはかなり効果があったわ。これ以降は特に目立った戦も減ったしね。
○哀しむ神奈子
初めての風祝が死んだ時、神奈子ったらボロボロ泣いたわ。声も上げずに歯を食いしばって、その分盛大に涙を流してたの。
神奈子にとって、自分を特別に祀ってくれる存在ってのは、私の国を奪ってから初めて出来たんだって。
それまでは他の神々と纏めて信仰を受けてたから、自分っていう特定の神に就く風祝の存在が凄く嬉しくて、好きだったのよ。
だったら「やっぱり神として生んであげた方が良かったんじゃない?」って言ったんだけど、神奈子はそれを否定したわ。神を祀る存在は、やっぱり人であって欲しいんだってさ。
まぁ納得だよ。その方が下克上される恐れも無いしね。――って、これは流石に情に欠けた考えかな? でも現実はこんなもんよ。
それにね、その初代風祝はちゃんと笑顔で逝ったよ。私たちに「お二人に仕えられて幸せでした。ありがとうございます」って言ってね。
……ごめん、白状すると、実は私もちょっと泣いたよ。
それまで信頼じゃなく力による統治しかしてなかった私は、誰かからそんな風に言われたことは無かったからね。
私も随分変わったもんだよ、良い意味でね。
○怖い神奈子
時代は飛んで――まぁ、他の大陸からの干渉とか人間たちの文明の発達とかあって色々変わっちゃったんだけど、今回はそこは省かせて頂戴。私もあまり思い出したくないから――あれは早苗が幼い頃のことよ。
覚えたての祭儀を何とかやってみせてる早苗に、集まった周りの参拝客が「拙いところも可愛い」とか「一生懸命頑張ってて偉いねー」って、声を掛けててね。
その様子を上空から眺めてた私たちなんだけど、神奈子ったらしかめっ面しちゃってさ。
「本人は本気でやってるのに、その姿を見てバカにしてるのかしら」
「いやいや、子供の頑張る姿が純粋に微笑ましいんだよ」
「……『子供だから』と侮って、対等に見てないんだわ」
「もう、神奈子ったら過保護だねぇ」
呆れる素振りを見せたけど、私だって神奈子の気持ちはわからないでもなかったよ。
でも早苗の両親が私たちを見つけて、神奈子のその表情を見た途端に固まっちゃったんだから、私もなんとか雰囲気を和ませようとしたのさ。
神奈子だって、まさか参拝客に手を出すわけにもいかないからね。とにかく私がしっかりしないと。
○落ち込む神奈子
もう人間に神は必要無いのね――これが幻想郷に来るほんの少し前の神奈子の口癖。
そして日増しに落ち込んでいく神奈子に、気が滅入っちゃってね。正直、私も余裕が無かったのよ。
神奈子には明るく堂々とした姿が似合ってる。なのに私の力不足で神奈子の笑顔も護ってやれない。そんな自分にイライラする。
お互い、八つ当たりみたいな形で久しぶりに喧嘩したよ。そしてそのせいでまた余計に神奈子を落ち込ませて、それに私も落ち込んで、――何やってたんだろうね、私たちは。
でもね、
「諏訪子……私、やっぱり諦めたくないわ」
その夜、神奈子が私に告げたそのたった一言二言に、昔みたいな確かな力強さを感じたんだよね。そしてそれは間違いじゃあなかった。流石に長年連れ添っただけのことはあるでしょう?
○切ない神奈子
これは幻想郷に来た直後に、神奈子が私に吐いた弱音だよ。神奈子の弱音なんて、ここ数百年で数える程も聞いてないのに。信仰の減退に関しては、弱音、って言うよりただ呆然と状況を呟いてただけだからね。
早苗が眠った後、二人で満月を眺めて静かに酒を飲んでた時さ。
「外の皆は元気かしら」
「何さ、今さら。もしかして早苗?」
「……ちょっと、ね」
どうやら早苗がちょっとホームシックになっちゃったみたいで、つられて神奈子も感傷的になったんだね。
「大丈夫だって。東風谷の一族は私たちの血を引いてるんだ、強運の家系だよ」
「そう、ね。注連縄を編んでくれて、御柱も建てて、皆で見送ってくれて……っ」
「あー、よしよし」
静かに涙を流す神奈子の頭を私は片腕で抱えて、優しく撫でてあげた。
「あの子らは大丈夫。早苗も外にいた頃から、ずっと天真爛漫で図太く育ってくれたよ。そして神奈子には私がいる。万事オーケーじゃない?」
「……そう、ね」
神奈子が弱みを見せてくれるのはこの私にだけ。随分と役得なことだわ。
だから私には神奈子を支える義務があるのさ。幻想郷に来る直前はダメダメだったけど、もう大丈夫、迷わないよ。
○楽しむ神奈子
麓の巫女や魔法使いの人間が来て神遊びをした時だよ。
まるで子供みたいにはしゃいじゃって、終わってからもしばらくは「やっぱり幻想郷は良い所だわ! 神も人間も妖怪も、皆が共存出来る郷――八雲の築いた楽園は素晴らしいわね」とかなーんて、目を輝かせて言っちゃって。
(ちょっと前まで落ち込んでた癖にさ、フンッ)
それで私も大人気なく拗ねちゃったんだけど、……私も人間と神遊びしたら久々に興奮しちゃってね、人の事言えなかったわ。
まぁ何はともあれ、神奈子のあんなに楽しそうな顔を見たのも久しぶりだったからね。良しとしようじゃないか。
○綺麗な神奈子
麓の巫女とも和解して、山の妖怪たちとも打ち解けて、――半月もすれば私たちも随分幻想郷に溶け込んだじゃない?
神奈子もまた余裕が出てきて、この郷に吹く風を楽しむようになったわ。
「ここの風は良いわ。風は世界中を循環して一所に留まらず、良くも悪くも色んな空気と混ざってしまって安定しない。でもこの郷の風は常に澄んでいる」
「そうだね。大地もいい塩梅だよ。外の世界の薬漬けの不っ味いのや、劣化した貧相なのより、よっぽど良い作物が育つよ」
守矢神社の上空で会話する私たちの眼科には妖怪の山、その麓に紅い館、その近くに大きな湖、その向こうに生い茂る林、さらにいって博麗神社、……、幻想郷が広がってたわ。
ここにもとから住んでた者たちには見慣れた光景。でも私たちには、新鮮なのにどこか懐かしいその光景が、これからの輝かしい未来を約束してくれてるようで凄く清々しい気分になったの。その日は朝から晩まで、一日中そうやって郷を眺めてた。
神奈子は頭の飾りを外して、解いた髪を風になびかせてたんだけど、その姿を見た事ある?
無いならそれは非常に勿体ないわね。えぇ、得してないどころか損してるわよ、意地でも見た方が良いわ。超、神徳あるから。
朝日、夕日、月――それぞれの光を反射して輝く髪と、その滑らかな青の糸を纏う神奈子のものおもいに耽る姿は、まさに神さびてるわ。
それはもう、この私が郷の美しさそっちのけで、神奈子の方ばっかり見てしまう程にね。
郷を眺める神奈子を眺める私は、ちゃんと郷を眺めたことにもなるのよ。これ、神の常識、神理論。
○のどかな神奈子
「いつもありがとう、静葉。早苗も本のしおりなんかに使わせて貰ってるわ」
「いえいえ、お安い御用よ。それにこんなに感謝して貰えるなら、私としても鼻が高いから」
神奈子の頭の紅葉は、静葉が特別良いのを選んで持ってきてくれてるの。流石、神奈子の美しさを引き立ててくれるわ。
「ちょっと静葉、あんまり調子に乗らないでよ?」
「あら穣子、自分が美しくないからってひがまないで頂戴」
「だから調子に乗らないでって言ってるでしょ、虫食い静葉っ」
「あんたこそ負けを認めなさいよ、芋くさい妹の分際でっ」
「あんだってー!?」
「何よー!?」
まただよ。喧嘩する程仲が良いって言うけど、もうちょっと落ち着いた方が信仰も増えように。ま、今でも十分みたいだし、神奈子も二人の様子を見て笑ってるから、いいんだけどね。
神奈子がこうして穏やかに過ごせてる。――それが私にとって何よりも大切なことなんだから。
○夜の神奈子
薄暗い部屋の中で、蒲団は一つ、枕は二つ。私に組み敷かれて、見上げてくる可愛いのが神奈子。ニヤニヤしてるのが私。
「ねぇ諏訪子。その、……久しぶりなんだし、もっとゆっくりしない?」
「久しぶりだから、激しくするんだよ」
私が体重をかけると、当然お互いの距離は縮まって、重なるのは体と唇……
おっといけない、これ以上はダメだ。
ここから先は、私と神奈子の密な蜜のひと時。他人に教えてやるのは勿体ないわ。――なんてね。
なぜ止めるっっ!!!
まさかのかにゃこさまお母さん説!! かにゃこさまはやはりネコだったのですね。
貴方のおかげでその心配もなくなりました。
妖怪・砂糖漬け人間。いっちょあがり
この妖怪を祓いたければ続きを書くか、幻想郷への行き方を記しなさい
すわかなひゃっほぉぉおぉぃ!
哀しむ神奈子の辺りをもっと掘り下げて書いて欲しいなと言ってみる