「咲夜と美鈴が?」
血相を変えて図書館へと舞い戻ってきた小悪魔から報告を受け、パチュリーは、思わず首を傾げる。
「はい。確かに聞きました」
咲夜と美鈴の様子を、子細余さず報告した小悪魔は、未だ頬を赤らめていた。
にわかに信じ難い内容ではある。
まさか、よりにもよってあの二人が恋仲にあるなど。
「何かの間違いではないの? 大方、二人でロミオとジュリエットの練習でもしていたんでしょう。ほら、あったでしょう。マンチュアへと追放されるロミオが、最初で最後と、ジュリエットと結ばれる一幕。あの場面よ」
パチュリーは流石と言うべきか、小悪魔の言を、頭から信じるような事はしない。
半ば、真実を言い当てて見せる。
「いいえ、練習と言った雰囲気では無かったです。美鈴さん、咲夜さんの部屋でシャワーを浴びていましたし。それに……」
言い淀む小悪魔の言葉の先を、パチュリーは無言のままに促した。
「その……お二人とも、初めてだそうです。今夜が……」
「……そう」
“ふむ”と、パチュリーは目を伏せて考える。
小悪魔の報告に間違いがなければ、確かに舞台の練習と言った雰囲気では無い。
「でもねぇ……レミィが気まぐれに舞台を見たいと言い、ロミオとジュリエットの役に、それぞれ咲夜と美鈴が納まった、その日の夜に、当の二人が初夜を迎える? 少し、出来過ぎているわよ」
最も、紅魔館の主たるレミリアの能力は、運命を操る程度の能力。
その能力のもとでは、どのような数奇な運命でさえ、実際に起こり得る可能性へと貶られる。
レミリアの気まぐれの要望に、主役という形で大きく関わった咲夜と美鈴の二人が、何らかの干渉を受けた可能性とて否定は出来ない。
もし、そうだとするのであれば。
「咲夜と美鈴が恋仲になっても、おかしくは無いのかしら? レミィの能力は、私でもその全容を把握仕切れていないし……」
思考に没頭するパチュリー。
「あの……これは想像なのですが……ロミオとジュリエットになったからこそ、お二人の仲が進展したのでは無いですか?」
ふと思い付いたように、小悪魔が言った。
「どういう事?」
興味を引かれ、パチュリーが問いかける。
「はい。今までお二人の関係に関して、そのような話が、話題に上ったことはありません。つまり、今までお二人の間には、本当に何も無かったのです。これは、仮にの話なのですが……もしお二人が、自分たちですら気づかぬままに、以前から、密かに思い合っていたとしたらどうでしょうか?」
「ふむ。面白い説ね。続けて」
「はい。今回、言うまでもなくお嬢様の気まぐれから、咲夜さんと美鈴さんはロミオとジュリエットを……結ばれぬ恋人同士の役目を、舞台の上で演じる事になりました。私は、ロミオとジュリエットの境遇が、お二人に通じるところがあると思えるのです」
「咲夜と美鈴に、ロミオとジュリエットに通じるところがある?」
小悪魔が、半ば確信を持って頷く。
「言うまでもなく、妖怪である美鈴さんと、人間である咲夜さんの間に横たわる最大の障害は、種族の差から来る寿命の違いです。同性同士と言う問題も無くな無いですが、それは些細なものですので、この際、無視しても良いでしょう」
決して軽んじてはならない問題のような気もするが、パチュリーは、あえてそこには触れなかった。
実際、外の世界では近年、同性間の結婚を認める傾向にあるらしいし、歴史を紐といても、同性同士の恋愛は、さして珍しい話でも無い。
かく言うパチュリーとて、昔は友人であるレミリアと――本件に関係ない話なので、これは割愛する。
「まあ、私たちと咲夜とでは、流れる時間が違うのは認めるわ」
「ええ。そして、美鈴さんも咲夜さんも、その事に気づいていない筈がありません。なら、どうして自分の気持ちを素直に認める事が出来るでしょう。逃れ得ぬ別れが待っていると判っていて、どうして。人間に恋をした妖怪と、妖怪に恋をした人間。互いに、必死で自分の本当の気持ちに気付いてしまわぬよう、心に蓋をして、あくまでただの友人として接していた筈です。出会った時には既に、家同士の確執から、結ばれる事を許されなかったロミオとジュリエット。互いに思い合いながらも、種族の違い故に、自分の思いから目を背けた美鈴さんと咲夜さん。私には、お二人の姿が、そのままロミオとジュリエットへと重なって見えるのです」
最早、小悪魔の中では、仮にでも何でもなく、咲夜と美鈴が以前から、お互いを思い合っていたと言う事が確定してしまっていた。
あげく、二人が種族の違いから来る寿命差に怯え、自分の本当の思いに気付かないようにしていたと言う、一大駄目耽美ストーリーが出来上がってしまっている。
「ふむ。そう言われて見れば、有り得ない話では無いわね」
小悪魔作、咲夜と美鈴の、的外れな耽美物語に感化された最初の犠牲者が、パチュリーだった。
「でしょう? パチュリー様から、ロミオとジュリエットのあらすじを聞かされた時、美鈴さんは、確かに言っていました。己の命すら省みない、一途な愛に憧れると。恐らく、言葉にはしませんでしたが、咲夜さんとて同じ思いであった筈です。私の予想が正しければ……二人は、あの時気付いてしまったのです。ロミオとジュリエットの物語が、外ならぬ自分たちの境遇の鏡写しである事を。そして、秘めてきた自分の心に――ああ、何と言う悲劇! 偶然にせよ、そのロミオとジュリエットの役割を、自分たちが演じる事になってしまった! 必死に隠してきた、自分の本当の気持ちに気付いてしまったばかりのお二人にとって、こんな残酷な仕打ちがあるでしょうか? いいえ、ありません!」
反語表現。
語っている内に、とうとう自分の世界に入り込んでしまった小悪魔。
推察、憶測ですらなく自分の妄想を語る小悪魔の言葉には、異常な熱が込められている。
「なるほどね。戯曲の主人公たちに自己を投影した二人は、隠して来た思いに気付いてしまった。その結果が、貴女の聞いた、咲夜の部屋での密会だと。一応、それならば話の筋は通るわね」
パチュリーは、静かに目を閉じた。
「妖怪と人間の恋物語か。先には、確かに悲劇しか待ち受けてなさそうね。個人的には応援してあげたいけれど……今はまだ、あの二人が幸せであることを祝福しましょう」
はや、パチュリーさえ、小悪魔の話が事の真相だと錯覚している。
「これから、どうしましょうか、パチュリー様?」
「そうね。一応、当人たちの問題ではあるけれど。レミィの耳には、入れるだけは、入れておきましょうか。とりあえず今夜は、ようやく結ばれた二人の初夜だと言う話だし。二人っきりにさせてあげましょう。小悪魔。出歯亀は駄目よ。部屋に戻る時は、咲夜の部屋を避けてあげなさい」
いらぬ気を利かせるパチュリー。
「はい、承知致しました。好きな人との初めての夜は、特別ですものね。そんな野暮はしませんよ」
寧ろこの場合、野暮をしてくれた方が誤解も解けて、万事丸く納まったのであるが、そのような事、パチュリーや小悪魔に判りよう筈も無い。
かくて少なくない疑念は、種族の差を乗り越えてようやく結ばれた二人という、耽美な物語によって覆い隠され、清々しく無視された。
真相を誤った方向へと作り替えた張本人こと小悪魔は、心から咲夜と美鈴の幸福を願っている。
何事も自覚が無いのが、一番、質が悪いと言う典型だった。
翌日。
咲夜がベッドの上で目を覚ました時、傍らに人肌の温もりを感じた。
見れば、隣では霰もない格好をしている美鈴が、穏やかな寝息を立てている。
どうやら、何時の間にか眠ってしまっていたらしい。
自分の格好も、美鈴と似たようなものだった。
一糸纏わぬ姿で、ベッドの上で抱き合って眠る二人の少女。
別段、いかがわしい事をしたわけではないが、さすがに恥じ入るように、シーツを引き上げ裸身を隠す。
「……二人で裸になって、一つの蒲団で官能小説を読むのは、十分にいかがわしい事のような気がするわね」
誓って言うが、お互いに変わった事はしていない。
互いの肌にも必要最低限しか触れていないし、口づけなど持っての他。
最も、触れ合える程近くに人肌の温もりがある状態で、官能小説を読んでいた訳だから、さすがに無反応ではいられない。
あまつさえ、その本が普段、自分が密かに楽しんでいるものであり、また見せている相手が、自分の良く見知った相手であるのならば、尚更の事。
咲夜からして見れば、秘め事を美鈴に盗み見られているような、一種、背徳的な昂ぶりを覚えていた。
「……そう言うところは、女よね。私も。どうしようも無く」
“ちらり”と、隣で寝ている美鈴を盗み見る。
幸せそうな寝顔が、そこにあった。
意味もなく、腹が立つ。
「……全く、貴女は。人のベッドで、よくもまあ幸せそうに眠れるわね」
“はあ”と、溜息を一つつく。
「……襲ってやろうかしら」
ぽつりと、何とは無しに呟いた。
「んっ……咲夜さん……」
不意に名前を呼ばれ、咲夜の心臓が、“どきり”と高鳴る。
「な、何……?」
上擦った声で返すも、当の本人から返答は無い。
変わらぬ寝息が聞こえるのみ。
どうやら、単に寝言であったらしい。
“ほっ”とすると同時、“ふつふつ”と怒りが沸いて来た。
「この……いい加減、起きなさい!」
「えっ……きゃあっ!?」
咲夜にベッドから蹴り落とされ、美鈴は、存外、可愛らしい悲鳴を上げて転げ落ちる。
「えっ、えっ? 咲夜さん!? 私は一体……」
今だ状況が把握できていないのか、目に見えて狼狽する美鈴。
その様子が愉快で、少しは溜飲が下がってくれた。
「起きた? なら早く着替えて、出て行きなさい。誰かに見られたら、誤解されるでしょう?」
「あっ、はい……」
美鈴が自分の姿と、咲夜の姿とを交互に見つめ、頬を赤らめて頷く。
どうやら、ようやく現状を把握できたらしい。
美鈴のそれに負けないくらい、きっと自分の頬は朱に染まっているのだろうなと思いつつ、咲夜はベッドから立ち上がる。
「貴女の服、もう乾いているでしょう。私が戻るまでに、最低限の身仕度はしておきなさいよ」
「はい、ありがとうございます。咲夜さんは、どちらへ?」
「朝のシャワーよ。一緒に、浴びる?」
「えっ!?」
目に見えて赤くなる美鈴を見つめ、咲夜は急に気恥ずかしくなった。
「馬鹿ね……冗談よ」
咲夜は、それだけを言って、美鈴の視線から逃げるように、シャワールームへと入る。
心臓の鼓動は、先にも増して高鳴っていた。
“ざぁ”と、勢い良く頭の上から、暖かい湯を被る。
流れる水の音が鼓膜を揺するも、それ以上の大きな音が、身体の内から響いていた。
心臓の鼓動が、鳴り止まない。
咲夜は頬を朱に染めながら、しなやかな身体を、シャワーの湯に打たせるままとしている。
一緒に浴びるかと、美鈴を誘った言葉が、頭の中で繰り返し響く。
「私……どうしてあんな事を……」
ただの冗談の心算だった。
まさか、美鈴があんな反応を返すだなんて、思いもしない。
今日の自分は、何かがおかしい。
言い知れぬ不安だけは募るものの、その正体が何やら判らない。
こんな事は、初めてに近い。
手元で洗剤を泡立てて、ゆっくりと身体を洗い始める。
きめ細やかな泡が、優しく、咲夜の身体を白に包んでいった。
タオルを使って身体を洗うと、肌あれの基となる。
咲夜は、掌にのせた泡を、ゆっくりと身体の上に伸ばしていった。
咲夜の掌が、自身の、慎ましやかな乳房へと触れる。
普段であれば、気にも留めず、そのまま泡を伸ばす所。
しかし、今日に限っては、事情が違う。
「……っ……」
咄嗟に漏れそうになった甘い声を、唇を噛むことで、何とか噛み殺した。
シャワールームに満ちる水音に紛れ、その声が、外へと響いた心配は無いだろう。
しかし、理屈ではそうと判っていても、羞恥の感情は、拭い去れるものでは無い。
自身の掌が乳房へと触れた瞬間、咲夜の身体を走りぬけた言い知れぬ感覚。
その感覚が、咲夜の身体と思考を支配する。
頭から浴びているシャワーの湯が、“とろり”とした蜜へと変じたようだ。
思考に霞がかかり、吐き出す吐息にも、熱が篭る。
「本当……おかしいわね……今日の、私は……」
その感覚に襲われたのは、何も初めての事では無い。
例えば、一人、寝所にて、昨日、美鈴と共に読んだ物語を読んでいる時。
或いは、年頃の娘ならば、必ずと言っていい程に持っている、ある種の昂ぶりに襲われた時。
幾度と無く、経験していた。
無論、その感覚に対し、どのような対処を試みればよいかなど、誰よりも良く知っている。
他ならぬ自分の身体が、手が、指が。
思えば、昨晩、美鈴と蒲団の中で、その物語を読んでいる時。
隣に美鈴の温もりを感じる、何時もとは異なった状況で、確かに自分は、それを求めていた。
仕方の無い事だとは思う。
あの状況で、反応しない者がいるものか、とも。
しかし、だからと言って、一時の欲望に身を任せるわけにはいかない。
まして、隣に美鈴がいる状況で、まかり間違っても、そんな真似が出来るはずも無い。
必死になって堪え、ようやくの事で眠りに身を委ねられたのだ。
それで終ったのだと、内心、安堵していた。
しかし今、他ならぬ、その感覚に襲われている。
一人っきりの、シャワールームで。
咲夜は、自分の身が、既にそれに囚われていることを知った。
シャワールームの外には、いまだ美鈴がいるだろう。
それでも、その衝動から逃れる術を、咲夜は他に持ち合わせてはいない。
堕ちる。
ただ、そう思った。
目を閉じて、願う。
それだけで、世界を流れる時は止まる。
咲夜の意のままに、世界は、咲夜を残して静止する。
あれほど五月蝿かったシャワーの水音も、もう聞こえない。
誰にも見られる心配も、聞かれる心配も無い。
外にいる、美鈴にさえも。
咲夜は、よろよろと湯船の中に座り込んだ。
寒いとは感じない。
ただ、身体の内に篭る熱だけが、咲夜の吐息に濃く宿され、甘やかな声と共に外に漏れ出していく。
止まった時の中、何者にも聞かれる心配のないはずの声を、それでも、唇を強く噛んで堪える。
本当、今日の自分は、どうかしている。
その困惑さえ、やがて、全身に広がる甘い痺れと共に、意識の彼方へと葬り去られる。
時の止まった世界。
その一角、水音の絶えたシャワールームにだけ、密やかな水音と、少女の吐息の旋律とが混じり合い、響いていた。
「……あっ……」
少女の秘め事に気付いた者は、誰もいない。
「……」
無言でシャワールームから出てきた咲夜を、身支度を整えた美鈴が出迎える。
咲夜は、頭からバスタオルを被っていた。
白く柔らかな厚手の布に隠されて、その表情を、窺い知る事は出来ない。
「……着替えたなら、早く出て行きなさい、もうすぐ、他のメイドも起きてくるわよ。誤解されても、知らないからね」
そっけない態度で、それだけを言われる。
「あっ……はい」
美鈴は、咲夜の態度が、なにやらおかしいと感じはしたが、深く踏み込むのは憚られた。
それが、お互いの為だと思う。
咲夜に見送られ、美鈴が、咲夜の部屋から、廊下へと出る。
「咲夜さん。それじゃあ――」
一時の別れの挨拶を告げようとして、不意に、美鈴は、咲夜にその腕を掴まれた。
「咲夜さん……?」
困惑する美鈴に対し、咲夜が告げる。
「『巡礼様。それは貴方のお手に対して、余りにも悲怒い仰りよう。この様に貴方の手は、しっかりと信心深さを表していらっしゃるではありませんか。もとより聖者の手は、巡礼が触れる為のものです。それこそ手のひら同士の口づけというものですわ』」
咲夜に不意に告げられた台詞には、覚えがあった。
ロミオとジュリエットの中の、一幕のもの。
美鈴は咄嗟に、付け焼刃で覚えた台詞を返す。
「で、『ですが唇は聖者にも巡礼にも、ちゃんとした本物があると言うものです』」
「『いいえ、巡礼様。その唇は祈りを紡ぐ為のもの――』」
「『ああ、では我が聖女様。手の口づけをお許し頂けるならば、どうぞ唇にもお許し頂けませんか――どうかお許しください。私のこの信仰を、絶望に変えてしまわぬように……』」
「『たとえ祈りに絆されても、聖者の心は動きませんわ――』」
昨日、初めてその内容を知り、一度だけ脚本に目を通しただけの物語。
それでも、自然と、言葉を唇をついて溢れ、身体は動いた。
美鈴の腕が、咲夜の両肩を抱きしめる。
「『では、どうか動かずにいてください。祈りの験を頂く間だけ――』」
脚本では、この次の瞬間、ロミオをジュリエットに口づける。
他ならぬ、唇に。
咲夜の唇に、自身のそれを、そっと近づけ、互いの吐息がかかる距離となった瞬間。
美鈴の動きが静止する。
凍りつく美鈴を見上げ、咲夜が、うっすらと頬を染めたままに呟いた。
「……しないの?」
「あっ……そのっ……」
顔が熱い。
まともに、咲夜の顔を見られない。
視線を彷徨わせる美鈴を見つめ、咲夜は、“くすり”と微笑む。
「……冗談よ。でも、初めてにしては上手いじゃない。美鈴」
「……もう、咲夜さん。からかわないでくださいよ……心臓に悪いです……」
「ごめんなさい。つい、ね。さて、それじゃあ……」
咲夜の手が、掴んでいた美鈴の手を解放する。
咲夜は、美鈴に背を向けた。
「門番の仕事、頑張りなさいよ。あと、本番までには、もう少し、顔を近づけられるようになりなさい。そればかりは、練習あるのみね。お互いに。別に練習中の事故で、少しぐらい唇が触れ合っても、私は気にしないから。今度は、もうちょっと頑張りなさい」
“さらり”と言ってのけた咲夜の言葉に、美鈴の困惑が頂点に達する。
「あ、あの……咲夜さん? それは、どういう……?」
無粋な質問をしてくる美鈴に対し、咲夜は、後ろ手に部屋の扉を閉めながら、答える。
「……さぁ? 自分で考えなさい」
「あっ、咲夜さん。ちょっと――」
無慈悲にも、伸ばした美鈴の手は、閉ざされた扉によって阻まれた。
美鈴は、しばしその場に立ち尽くした後、歩き去る。
頭の中を、多くの困惑で埋め尽くして。
その困惑の最中には、全て、咲夜の姿がちらついていた。
「あれ……? 私……変ですね。どうして、こんなにもドキドキしているんでしょう……?」
美鈴の呟きを聞きとがめた者は、誰一人として無く、その言葉に答える者も、また存在しなかった。
「咲夜と美鈴が?」
「ええ。小悪魔の話よ。信憑性は高いと、私は判断したわ」
「……にわかには信じがたい話だけれど」
パチュリー・ノーレッジからの報告を受け、紅魔館の主、レミリア・スカーレットは考え込む。
「そうね。まずは本人たちに、それとなく確認をとってみよう。もし、本当に二人が愛し合っているというのであれば、紅魔館の主として、私にも考えがある」
レミリアは、自分の従者と、館の門番の事を思い、“くすり”と微笑んだ。
「しかし、水臭いね。そういう事情なら、まずは主である私に相談して然るべきだろうに。まぁ、いい。可愛い従者たちの運命を左右する、重大な問題だ。悪いようにはしない。大人の恋愛というものを知り尽くした、この永遠に紅い幼き月が、初心な二人を祝福してやろう」
「どうするの、レミィ?」
「ふふん。パチェ。この私の膝元で、悲劇的な結末など許さないわ。紅魔館のロミオとジュリエットに、これ以上無いほどのハッピーエンドを用意してあげるよ。まぁ、見ていなさい。運命は、この私の足元に跪く。妖怪と人間との種族差なんか、乗り越えて見せるわ」
意味も無く尊大なレミリアを見つめ、パチュリーは、“はぁ”と溜息を一つつく。
「あまり、無茶はしないでよ?」
言っても聞き届けないだろうなと思いつつ、一応、釘だけは刺して置くパチュリー。
「判っているよ。とりあえず、何人かのメイドに、こっそりと、二人の結婚式の準備をさせようか」
案の定、全然、判っていない。
「待ちなさい。さすがに話が飛びすぎよ」
パチュリーの指摘にも耳を貸さず、レミリアは、不敵に笑う。
「ふふん。大丈夫よ。遅かれ早かれ、絶対に、その準備は必要になるから。いいから、私に全て任せておきな」
こうなったレミリアは止められない。
過去の経験から、そう察したパチュリーは、再び、大きな溜息をついた。
血相を変えて図書館へと舞い戻ってきた小悪魔から報告を受け、パチュリーは、思わず首を傾げる。
「はい。確かに聞きました」
咲夜と美鈴の様子を、子細余さず報告した小悪魔は、未だ頬を赤らめていた。
にわかに信じ難い内容ではある。
まさか、よりにもよってあの二人が恋仲にあるなど。
「何かの間違いではないの? 大方、二人でロミオとジュリエットの練習でもしていたんでしょう。ほら、あったでしょう。マンチュアへと追放されるロミオが、最初で最後と、ジュリエットと結ばれる一幕。あの場面よ」
パチュリーは流石と言うべきか、小悪魔の言を、頭から信じるような事はしない。
半ば、真実を言い当てて見せる。
「いいえ、練習と言った雰囲気では無かったです。美鈴さん、咲夜さんの部屋でシャワーを浴びていましたし。それに……」
言い淀む小悪魔の言葉の先を、パチュリーは無言のままに促した。
「その……お二人とも、初めてだそうです。今夜が……」
「……そう」
“ふむ”と、パチュリーは目を伏せて考える。
小悪魔の報告に間違いがなければ、確かに舞台の練習と言った雰囲気では無い。
「でもねぇ……レミィが気まぐれに舞台を見たいと言い、ロミオとジュリエットの役に、それぞれ咲夜と美鈴が納まった、その日の夜に、当の二人が初夜を迎える? 少し、出来過ぎているわよ」
最も、紅魔館の主たるレミリアの能力は、運命を操る程度の能力。
その能力のもとでは、どのような数奇な運命でさえ、実際に起こり得る可能性へと貶られる。
レミリアの気まぐれの要望に、主役という形で大きく関わった咲夜と美鈴の二人が、何らかの干渉を受けた可能性とて否定は出来ない。
もし、そうだとするのであれば。
「咲夜と美鈴が恋仲になっても、おかしくは無いのかしら? レミィの能力は、私でもその全容を把握仕切れていないし……」
思考に没頭するパチュリー。
「あの……これは想像なのですが……ロミオとジュリエットになったからこそ、お二人の仲が進展したのでは無いですか?」
ふと思い付いたように、小悪魔が言った。
「どういう事?」
興味を引かれ、パチュリーが問いかける。
「はい。今までお二人の関係に関して、そのような話が、話題に上ったことはありません。つまり、今までお二人の間には、本当に何も無かったのです。これは、仮にの話なのですが……もしお二人が、自分たちですら気づかぬままに、以前から、密かに思い合っていたとしたらどうでしょうか?」
「ふむ。面白い説ね。続けて」
「はい。今回、言うまでもなくお嬢様の気まぐれから、咲夜さんと美鈴さんはロミオとジュリエットを……結ばれぬ恋人同士の役目を、舞台の上で演じる事になりました。私は、ロミオとジュリエットの境遇が、お二人に通じるところがあると思えるのです」
「咲夜と美鈴に、ロミオとジュリエットに通じるところがある?」
小悪魔が、半ば確信を持って頷く。
「言うまでもなく、妖怪である美鈴さんと、人間である咲夜さんの間に横たわる最大の障害は、種族の差から来る寿命の違いです。同性同士と言う問題も無くな無いですが、それは些細なものですので、この際、無視しても良いでしょう」
決して軽んじてはならない問題のような気もするが、パチュリーは、あえてそこには触れなかった。
実際、外の世界では近年、同性間の結婚を認める傾向にあるらしいし、歴史を紐といても、同性同士の恋愛は、さして珍しい話でも無い。
かく言うパチュリーとて、昔は友人であるレミリアと――本件に関係ない話なので、これは割愛する。
「まあ、私たちと咲夜とでは、流れる時間が違うのは認めるわ」
「ええ。そして、美鈴さんも咲夜さんも、その事に気づいていない筈がありません。なら、どうして自分の気持ちを素直に認める事が出来るでしょう。逃れ得ぬ別れが待っていると判っていて、どうして。人間に恋をした妖怪と、妖怪に恋をした人間。互いに、必死で自分の本当の気持ちに気付いてしまわぬよう、心に蓋をして、あくまでただの友人として接していた筈です。出会った時には既に、家同士の確執から、結ばれる事を許されなかったロミオとジュリエット。互いに思い合いながらも、種族の違い故に、自分の思いから目を背けた美鈴さんと咲夜さん。私には、お二人の姿が、そのままロミオとジュリエットへと重なって見えるのです」
最早、小悪魔の中では、仮にでも何でもなく、咲夜と美鈴が以前から、お互いを思い合っていたと言う事が確定してしまっていた。
あげく、二人が種族の違いから来る寿命差に怯え、自分の本当の思いに気付かないようにしていたと言う、一大駄目耽美ストーリーが出来上がってしまっている。
「ふむ。そう言われて見れば、有り得ない話では無いわね」
小悪魔作、咲夜と美鈴の、的外れな耽美物語に感化された最初の犠牲者が、パチュリーだった。
「でしょう? パチュリー様から、ロミオとジュリエットのあらすじを聞かされた時、美鈴さんは、確かに言っていました。己の命すら省みない、一途な愛に憧れると。恐らく、言葉にはしませんでしたが、咲夜さんとて同じ思いであった筈です。私の予想が正しければ……二人は、あの時気付いてしまったのです。ロミオとジュリエットの物語が、外ならぬ自分たちの境遇の鏡写しである事を。そして、秘めてきた自分の心に――ああ、何と言う悲劇! 偶然にせよ、そのロミオとジュリエットの役割を、自分たちが演じる事になってしまった! 必死に隠してきた、自分の本当の気持ちに気付いてしまったばかりのお二人にとって、こんな残酷な仕打ちがあるでしょうか? いいえ、ありません!」
反語表現。
語っている内に、とうとう自分の世界に入り込んでしまった小悪魔。
推察、憶測ですらなく自分の妄想を語る小悪魔の言葉には、異常な熱が込められている。
「なるほどね。戯曲の主人公たちに自己を投影した二人は、隠して来た思いに気付いてしまった。その結果が、貴女の聞いた、咲夜の部屋での密会だと。一応、それならば話の筋は通るわね」
パチュリーは、静かに目を閉じた。
「妖怪と人間の恋物語か。先には、確かに悲劇しか待ち受けてなさそうね。個人的には応援してあげたいけれど……今はまだ、あの二人が幸せであることを祝福しましょう」
はや、パチュリーさえ、小悪魔の話が事の真相だと錯覚している。
「これから、どうしましょうか、パチュリー様?」
「そうね。一応、当人たちの問題ではあるけれど。レミィの耳には、入れるだけは、入れておきましょうか。とりあえず今夜は、ようやく結ばれた二人の初夜だと言う話だし。二人っきりにさせてあげましょう。小悪魔。出歯亀は駄目よ。部屋に戻る時は、咲夜の部屋を避けてあげなさい」
いらぬ気を利かせるパチュリー。
「はい、承知致しました。好きな人との初めての夜は、特別ですものね。そんな野暮はしませんよ」
寧ろこの場合、野暮をしてくれた方が誤解も解けて、万事丸く納まったのであるが、そのような事、パチュリーや小悪魔に判りよう筈も無い。
かくて少なくない疑念は、種族の差を乗り越えてようやく結ばれた二人という、耽美な物語によって覆い隠され、清々しく無視された。
真相を誤った方向へと作り替えた張本人こと小悪魔は、心から咲夜と美鈴の幸福を願っている。
何事も自覚が無いのが、一番、質が悪いと言う典型だった。
翌日。
咲夜がベッドの上で目を覚ました時、傍らに人肌の温もりを感じた。
見れば、隣では霰もない格好をしている美鈴が、穏やかな寝息を立てている。
どうやら、何時の間にか眠ってしまっていたらしい。
自分の格好も、美鈴と似たようなものだった。
一糸纏わぬ姿で、ベッドの上で抱き合って眠る二人の少女。
別段、いかがわしい事をしたわけではないが、さすがに恥じ入るように、シーツを引き上げ裸身を隠す。
「……二人で裸になって、一つの蒲団で官能小説を読むのは、十分にいかがわしい事のような気がするわね」
誓って言うが、お互いに変わった事はしていない。
互いの肌にも必要最低限しか触れていないし、口づけなど持っての他。
最も、触れ合える程近くに人肌の温もりがある状態で、官能小説を読んでいた訳だから、さすがに無反応ではいられない。
あまつさえ、その本が普段、自分が密かに楽しんでいるものであり、また見せている相手が、自分の良く見知った相手であるのならば、尚更の事。
咲夜からして見れば、秘め事を美鈴に盗み見られているような、一種、背徳的な昂ぶりを覚えていた。
「……そう言うところは、女よね。私も。どうしようも無く」
“ちらり”と、隣で寝ている美鈴を盗み見る。
幸せそうな寝顔が、そこにあった。
意味もなく、腹が立つ。
「……全く、貴女は。人のベッドで、よくもまあ幸せそうに眠れるわね」
“はあ”と、溜息を一つつく。
「……襲ってやろうかしら」
ぽつりと、何とは無しに呟いた。
「んっ……咲夜さん……」
不意に名前を呼ばれ、咲夜の心臓が、“どきり”と高鳴る。
「な、何……?」
上擦った声で返すも、当の本人から返答は無い。
変わらぬ寝息が聞こえるのみ。
どうやら、単に寝言であったらしい。
“ほっ”とすると同時、“ふつふつ”と怒りが沸いて来た。
「この……いい加減、起きなさい!」
「えっ……きゃあっ!?」
咲夜にベッドから蹴り落とされ、美鈴は、存外、可愛らしい悲鳴を上げて転げ落ちる。
「えっ、えっ? 咲夜さん!? 私は一体……」
今だ状況が把握できていないのか、目に見えて狼狽する美鈴。
その様子が愉快で、少しは溜飲が下がってくれた。
「起きた? なら早く着替えて、出て行きなさい。誰かに見られたら、誤解されるでしょう?」
「あっ、はい……」
美鈴が自分の姿と、咲夜の姿とを交互に見つめ、頬を赤らめて頷く。
どうやら、ようやく現状を把握できたらしい。
美鈴のそれに負けないくらい、きっと自分の頬は朱に染まっているのだろうなと思いつつ、咲夜はベッドから立ち上がる。
「貴女の服、もう乾いているでしょう。私が戻るまでに、最低限の身仕度はしておきなさいよ」
「はい、ありがとうございます。咲夜さんは、どちらへ?」
「朝のシャワーよ。一緒に、浴びる?」
「えっ!?」
目に見えて赤くなる美鈴を見つめ、咲夜は急に気恥ずかしくなった。
「馬鹿ね……冗談よ」
咲夜は、それだけを言って、美鈴の視線から逃げるように、シャワールームへと入る。
心臓の鼓動は、先にも増して高鳴っていた。
“ざぁ”と、勢い良く頭の上から、暖かい湯を被る。
流れる水の音が鼓膜を揺するも、それ以上の大きな音が、身体の内から響いていた。
心臓の鼓動が、鳴り止まない。
咲夜は頬を朱に染めながら、しなやかな身体を、シャワーの湯に打たせるままとしている。
一緒に浴びるかと、美鈴を誘った言葉が、頭の中で繰り返し響く。
「私……どうしてあんな事を……」
ただの冗談の心算だった。
まさか、美鈴があんな反応を返すだなんて、思いもしない。
今日の自分は、何かがおかしい。
言い知れぬ不安だけは募るものの、その正体が何やら判らない。
こんな事は、初めてに近い。
手元で洗剤を泡立てて、ゆっくりと身体を洗い始める。
きめ細やかな泡が、優しく、咲夜の身体を白に包んでいった。
タオルを使って身体を洗うと、肌あれの基となる。
咲夜は、掌にのせた泡を、ゆっくりと身体の上に伸ばしていった。
咲夜の掌が、自身の、慎ましやかな乳房へと触れる。
普段であれば、気にも留めず、そのまま泡を伸ばす所。
しかし、今日に限っては、事情が違う。
「……っ……」
咄嗟に漏れそうになった甘い声を、唇を噛むことで、何とか噛み殺した。
シャワールームに満ちる水音に紛れ、その声が、外へと響いた心配は無いだろう。
しかし、理屈ではそうと判っていても、羞恥の感情は、拭い去れるものでは無い。
自身の掌が乳房へと触れた瞬間、咲夜の身体を走りぬけた言い知れぬ感覚。
その感覚が、咲夜の身体と思考を支配する。
頭から浴びているシャワーの湯が、“とろり”とした蜜へと変じたようだ。
思考に霞がかかり、吐き出す吐息にも、熱が篭る。
「本当……おかしいわね……今日の、私は……」
その感覚に襲われたのは、何も初めての事では無い。
例えば、一人、寝所にて、昨日、美鈴と共に読んだ物語を読んでいる時。
或いは、年頃の娘ならば、必ずと言っていい程に持っている、ある種の昂ぶりに襲われた時。
幾度と無く、経験していた。
無論、その感覚に対し、どのような対処を試みればよいかなど、誰よりも良く知っている。
他ならぬ自分の身体が、手が、指が。
思えば、昨晩、美鈴と蒲団の中で、その物語を読んでいる時。
隣に美鈴の温もりを感じる、何時もとは異なった状況で、確かに自分は、それを求めていた。
仕方の無い事だとは思う。
あの状況で、反応しない者がいるものか、とも。
しかし、だからと言って、一時の欲望に身を任せるわけにはいかない。
まして、隣に美鈴がいる状況で、まかり間違っても、そんな真似が出来るはずも無い。
必死になって堪え、ようやくの事で眠りに身を委ねられたのだ。
それで終ったのだと、内心、安堵していた。
しかし今、他ならぬ、その感覚に襲われている。
一人っきりの、シャワールームで。
咲夜は、自分の身が、既にそれに囚われていることを知った。
シャワールームの外には、いまだ美鈴がいるだろう。
それでも、その衝動から逃れる術を、咲夜は他に持ち合わせてはいない。
堕ちる。
ただ、そう思った。
目を閉じて、願う。
それだけで、世界を流れる時は止まる。
咲夜の意のままに、世界は、咲夜を残して静止する。
あれほど五月蝿かったシャワーの水音も、もう聞こえない。
誰にも見られる心配も、聞かれる心配も無い。
外にいる、美鈴にさえも。
咲夜は、よろよろと湯船の中に座り込んだ。
寒いとは感じない。
ただ、身体の内に篭る熱だけが、咲夜の吐息に濃く宿され、甘やかな声と共に外に漏れ出していく。
止まった時の中、何者にも聞かれる心配のないはずの声を、それでも、唇を強く噛んで堪える。
本当、今日の自分は、どうかしている。
その困惑さえ、やがて、全身に広がる甘い痺れと共に、意識の彼方へと葬り去られる。
時の止まった世界。
その一角、水音の絶えたシャワールームにだけ、密やかな水音と、少女の吐息の旋律とが混じり合い、響いていた。
「……あっ……」
少女の秘め事に気付いた者は、誰もいない。
「……」
無言でシャワールームから出てきた咲夜を、身支度を整えた美鈴が出迎える。
咲夜は、頭からバスタオルを被っていた。
白く柔らかな厚手の布に隠されて、その表情を、窺い知る事は出来ない。
「……着替えたなら、早く出て行きなさい、もうすぐ、他のメイドも起きてくるわよ。誤解されても、知らないからね」
そっけない態度で、それだけを言われる。
「あっ……はい」
美鈴は、咲夜の態度が、なにやらおかしいと感じはしたが、深く踏み込むのは憚られた。
それが、お互いの為だと思う。
咲夜に見送られ、美鈴が、咲夜の部屋から、廊下へと出る。
「咲夜さん。それじゃあ――」
一時の別れの挨拶を告げようとして、不意に、美鈴は、咲夜にその腕を掴まれた。
「咲夜さん……?」
困惑する美鈴に対し、咲夜が告げる。
「『巡礼様。それは貴方のお手に対して、余りにも悲怒い仰りよう。この様に貴方の手は、しっかりと信心深さを表していらっしゃるではありませんか。もとより聖者の手は、巡礼が触れる為のものです。それこそ手のひら同士の口づけというものですわ』」
咲夜に不意に告げられた台詞には、覚えがあった。
ロミオとジュリエットの中の、一幕のもの。
美鈴は咄嗟に、付け焼刃で覚えた台詞を返す。
「で、『ですが唇は聖者にも巡礼にも、ちゃんとした本物があると言うものです』」
「『いいえ、巡礼様。その唇は祈りを紡ぐ為のもの――』」
「『ああ、では我が聖女様。手の口づけをお許し頂けるならば、どうぞ唇にもお許し頂けませんか――どうかお許しください。私のこの信仰を、絶望に変えてしまわぬように……』」
「『たとえ祈りに絆されても、聖者の心は動きませんわ――』」
昨日、初めてその内容を知り、一度だけ脚本に目を通しただけの物語。
それでも、自然と、言葉を唇をついて溢れ、身体は動いた。
美鈴の腕が、咲夜の両肩を抱きしめる。
「『では、どうか動かずにいてください。祈りの験を頂く間だけ――』」
脚本では、この次の瞬間、ロミオをジュリエットに口づける。
他ならぬ、唇に。
咲夜の唇に、自身のそれを、そっと近づけ、互いの吐息がかかる距離となった瞬間。
美鈴の動きが静止する。
凍りつく美鈴を見上げ、咲夜が、うっすらと頬を染めたままに呟いた。
「……しないの?」
「あっ……そのっ……」
顔が熱い。
まともに、咲夜の顔を見られない。
視線を彷徨わせる美鈴を見つめ、咲夜は、“くすり”と微笑む。
「……冗談よ。でも、初めてにしては上手いじゃない。美鈴」
「……もう、咲夜さん。からかわないでくださいよ……心臓に悪いです……」
「ごめんなさい。つい、ね。さて、それじゃあ……」
咲夜の手が、掴んでいた美鈴の手を解放する。
咲夜は、美鈴に背を向けた。
「門番の仕事、頑張りなさいよ。あと、本番までには、もう少し、顔を近づけられるようになりなさい。そればかりは、練習あるのみね。お互いに。別に練習中の事故で、少しぐらい唇が触れ合っても、私は気にしないから。今度は、もうちょっと頑張りなさい」
“さらり”と言ってのけた咲夜の言葉に、美鈴の困惑が頂点に達する。
「あ、あの……咲夜さん? それは、どういう……?」
無粋な質問をしてくる美鈴に対し、咲夜は、後ろ手に部屋の扉を閉めながら、答える。
「……さぁ? 自分で考えなさい」
「あっ、咲夜さん。ちょっと――」
無慈悲にも、伸ばした美鈴の手は、閉ざされた扉によって阻まれた。
美鈴は、しばしその場に立ち尽くした後、歩き去る。
頭の中を、多くの困惑で埋め尽くして。
その困惑の最中には、全て、咲夜の姿がちらついていた。
「あれ……? 私……変ですね。どうして、こんなにもドキドキしているんでしょう……?」
美鈴の呟きを聞きとがめた者は、誰一人として無く、その言葉に答える者も、また存在しなかった。
「咲夜と美鈴が?」
「ええ。小悪魔の話よ。信憑性は高いと、私は判断したわ」
「……にわかには信じがたい話だけれど」
パチュリー・ノーレッジからの報告を受け、紅魔館の主、レミリア・スカーレットは考え込む。
「そうね。まずは本人たちに、それとなく確認をとってみよう。もし、本当に二人が愛し合っているというのであれば、紅魔館の主として、私にも考えがある」
レミリアは、自分の従者と、館の門番の事を思い、“くすり”と微笑んだ。
「しかし、水臭いね。そういう事情なら、まずは主である私に相談して然るべきだろうに。まぁ、いい。可愛い従者たちの運命を左右する、重大な問題だ。悪いようにはしない。大人の恋愛というものを知り尽くした、この永遠に紅い幼き月が、初心な二人を祝福してやろう」
「どうするの、レミィ?」
「ふふん。パチェ。この私の膝元で、悲劇的な結末など許さないわ。紅魔館のロミオとジュリエットに、これ以上無いほどのハッピーエンドを用意してあげるよ。まぁ、見ていなさい。運命は、この私の足元に跪く。妖怪と人間との種族差なんか、乗り越えて見せるわ」
意味も無く尊大なレミリアを見つめ、パチュリーは、“はぁ”と溜息を一つつく。
「あまり、無茶はしないでよ?」
言っても聞き届けないだろうなと思いつつ、一応、釘だけは刺して置くパチュリー。
「判っているよ。とりあえず、何人かのメイドに、こっそりと、二人の結婚式の準備をさせようか」
案の定、全然、判っていない。
「待ちなさい。さすがに話が飛びすぎよ」
パチュリーの指摘にも耳を貸さず、レミリアは、不敵に笑う。
「ふふん。大丈夫よ。遅かれ早かれ、絶対に、その準備は必要になるから。いいから、私に全て任せておきな」
こうなったレミリアは止められない。
過去の経験から、そう察したパチュリーは、再び、大きな溜息をついた。
やっぱりめーさくはいいな!w
しかしエロスw
アチラとの境界が見えるwww
しかし描写がエロいなww
上手い。
へたな官能小説よりよっぽどエロい
いいぞもっとやれ
いや、めーさくを執筆してるだけですヨ?
まさかまだ続きが読めるとは!期待期待!
そして次回のタイトルがどうなるのかひそかに期待w
終わらないことをこれほど喜んだことはないw
ニヤニヤどきどき忙しい話だぜw
だがそれがいい
ちょっwなにやってんスかパッチェさんw
続き、楽しみにしています!
続きにwktk
続き期待してます
冷静な指摘約なパチュリーの疑問持つ部分としては疑問
いいぞもっとやれ!
本人たちの意思にそぐわずに、状況が回り始める所は、
まるで物語のようだww
詳 し く