Coolier - 新生・東方創想話

こがれん

2009/12/09 00:37:38
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 ☂
 月の明るい夜である。時折、流れる雲がその姿を朧にする程度であり、今宵の幻想郷が暗闇に覆い尽くされることはない。しかし、地上のある一点を眺めてみると、そこだけ不自然に暗い。その暗さを創り出しているのは、空中に佇む一人の少女であった。空色の髪をもち、左右で異なる色の瞳が特徴的である。また、雨が降っているわけでもないのに、傘を差している。傘を差しているが、月光を遮ってはいない。空中で何をするでもなく、ただ月を見つめていた。
「夜でもかなわなかったかぁ」
 そう呟いたが、声はむしろ晴れやかさを感じさせる。ややあって、くるり、と体勢を変え何処へかと向かい始めた。
 進んでゆく方角に迷いがないので、目的がはっきりしているのであろう。しかし、急ぐ風ではまったくない。ふよふよと漂いながら、眼下の景色を楽しんでいるように見える。一部の例外はあるものの、この幻想郷においては、夜を恐れぬ者は人ならざる者である。もっとも、彼女から何らかの危険を感じ取ることは難しい。夜を従えるでもなく、操るでもなく、ただ戯れるのみ。言うなれば、彼女は夜を愉しむ者である。
 見渡す限りに人影などはなく、動物も寝静まっているのか、自然の音しか聞こえない。その中を、少女は相変わらずゆっくりと進む。それどころか、しばしば寄り道をした。樹々の近くに降りてゆき、巣に眠る小鳥などを見つけては、驚かさぬように息を潜めてじっと見つめたりしていた。木陰にて月明かりは届かなくとも、瞳の輝きが失われることはなかった。
 時間をたっぷりと費やした後に見えてきたのは、人里である。その外れに、寺が建っていて、どうやらこれが彼女の目的地のようであった。徐々に高度が下がってゆき、近くに降り立つと、慎重に近づく。勝手が判らない様子で、足取りには迷いがみてとれるが、塀の周りを巡っていると、やがて三門が姿を現した。
 ☂
 さほど大きくない寺院ということもあってか、三門も小振りな造りをしている。見ると、命蓮寺、と書き付けられた板が掛かっている。門の前までやってきた少女は、そこで足を揃え、右足から敷居を跨いだ。この門には、扉がない。にもかかわらず、一歩足を踏み入れるだけで、それまでとは異なる静寂さに包まれる。心音ですら響いてしまいかねないような静けさは、しかし、すぐに破られることになった。
「こんな時間に何用ですか」
 うら若い乙女の声である。しかし、その声のする方には、どうやっても頑固親父にしか見えない入道がいた。外見と声とのあまりの違いに、声を掛けられた少女は反応ができずにいる。
「ふふ。何も言わないと賊に間違えられても文句は言えませんよ」
 そう言うと、入道は自らの拳を発射した。この入道は雲で出来ているようで、射出したはずの拳もすぐに元どおりになる。流石に少女も我に返り、ひらりひらりと拳を避けてゆく。もっとも、散発的に拳を飛ばすだけで、当てる意思は感じられない。きちんと疎通が取れているのか、避けるほうもまるで舞っているかのようであった。しかし、無音の演奏会にも、やがて幕が下りる。
「もう雲山を見た程度ではそんなに驚いてもらえないわね。ちょっと考えないと」
 いつの間にか入道の横に、声に見合った外見の少女がいた。
「私は雲居一輪。それで、こっちが雲山」
「多々良小傘よ」
「あらためて聞きますが、こんな時間に何用でしたか」
「最近、ここに寺を建てた人間がいると聞いて、ちょっと驚かせに来たんだけど」
「あら」
 一輪が言葉を切って、少し困ったような顔をした。小傘は、自分の言葉の何が一輪を困らせたのかを判っていないとみえて、ただ次の言葉を待っている。
「たぶん姐さんのことだと思うのですが、『元』人間なんですよ」
「あら」
 今度は小傘が困ったような顔をする番だった。人間を驚かせにきたはずが、目当ての者は妖の類であったなれば、無駄足となってしまう。一輪は、自分の言葉の何が小傘を困らせたのかよく判っている様子で、助け船を出した。
「まぁまぁ、とりあえず中へ入ってみたらどうですか」
「あれ? 入っていいの?」
「もちろんです。姐さんは来る者を拒みはしませんから。ささ、お堂へどうぞ」
 ☂
 雲山に案内された先が本堂とのことであったが、一見する限りでは、そのようには見えない。あるべきはずの、本尊がないのである。ただし、建物にも気格があるのなら、ここが本堂だと言わざるを得ない。空気が凛としている。
 小傘が落ち着かない様子で漆塗りの欄干を眺めていると、妙齢の女性が音もなくやってきた。
「貴方が小傘さんですね。私の名は白蓮、よろしくお願いします」
 慌てて正座をしようとする小傘を制する。
「大丈夫、楽にしてください」
「そう言いながら正座されると、やっぱり私も正座しないといけないかな~とか」
「いえいえ、私はこれで楽にしているのです」
 その言葉に嘘はないのだろう。座りし姿はあまりに自然で、まるで彫像のように姿勢に崩れがない。
「うーん、確かにそんじょそこらの人間には辿りつけない境地だねぇ。やっぱり驚かすなら人間じゃないと」
「貴方は人間を驚かしているのですね。どうしてか、聞いてもいいですか」
「トラウマなんだけどね……」
 そうは言いながらも、小傘が口をつぐむことはなかった。彼女は元々は忘れ物の傘だったのだが、配色が不人気で誰からも拾われることなく、雨風に飛ばされているうちに妖怪になった者である。本当のところ、忘れられたのか、捨てられたのかも定かではない。とにかく、人間を見返してやろうとして妖怪にまでなったのだ。何も肉を喰らうだけが妖怪ではなく、心を喰らう者もいる。故に彼女は、人間を驚かす。
 小傘は遠くを見つめ、淡々と語る。怒りに任せぬが故に、心に沁み入るのかもしれない。白蓮は時折、眉を顰めていた。
「道具なしには何もできないというのに、人間は何を勘違いしているのやら。誠に無知で、傲岸不遜である」
「あ、そこまで怒ってないよ」
「ああ、貴方は優しい。私もかつて人間に失望した身でして、たまに辛口になってしまうのです」
 白蓮も元は人間であった。彼女は力をもっていて、妖怪たちの不憫な過去を知ってからは、妖怪のために力を使っていたのだ。しかし、人間たちは力のある彼女に期待を寄せ、それは当然、妖怪を退治することを望むものであった。彼女の思いと人々の期待はすれ違い、やがて悲劇を生んだのだ。彼女は封印され、そして人間であることを辞めた。
「私なんかよりずっと不幸じゃないのよ……」
「そんなことありませんよ。私のような者を慕ってくれる妖怪たちもいましたし」
「それで、今は妖怪のために寺を開いているの?」
「妖怪と、人間のために、ですね。妖怪は人を襲わず、人は妖怪を退治せずが理想です。小傘さんは、どう思われますか」
 問われた小傘は、しばし逡巡する様子をみせる。言いにくそうにしながら、それでも、口を開いた。
「いやあ、私はやっぱり人を襲うし、退治されても構わないわねぇ。さっきもやられてきたし」
「そうですか、意見が合わず残念です」
 白蓮は心から残念だと思っているような感じであり、小傘は慌ててフォローに入る。
「とても良い意見だとは思うんだけど、私にはまだ早いかなーって」
「早い、とは?」
「だって、妖怪は人間を襲うものでしょう。私は普通の傘を辞めちゃったけど、普通の妖怪まで辞めるのは早い気がするのよね」
「いつまでも昔からの考え方に囚われる必要はないと思いますけど」
「なんと、わちきが時代遅れともうすか」
「流石にそれはちょっと……」
 苦笑する白蓮。
「ま、時代遅れでもいいのよ。人間はまだ、私の相手をしてくれる。誰からも相手にされなくなったら、そのときに考えるわ」
「強いのですね」
「そんなことないのよ。現に今だって、地味に足が痺れて動けなくなってるし」
「あらあら」
 口では大丈夫かしら、なんて言いながらも、白蓮は指先を小傘の足に沿わせて反応を見る。初めは我慢していた小傘も、やがて身悶え始める。一度悶えると、それが新たな痺れを体にもたらすことになり、またそれに身悶えるという地獄から抜け出せなくなるのだ。白蓮の手指が優しく小傘の足を撫でまわしてゆき、感覚が鋭敏になっている小傘はそのいちいちに反応してしまう。白蓮はさらに大胆になり、小傘の白い肌が桜色に染まり始める。二人の視線が交錯する。
 しかし、
「お茶持ってきましたよ……って、何やってるんですか」
 やってきたのは一輪である。少々呆れたような声によって、白蓮は名残惜しそうに小傘の傍を離れた。
「小傘さんの足に怨霊が取りついていたので、ちょっと除霊していたのです」
「そういう子供みたいな言い訳しないでください、って雲山が言ってます」
「まぁ子供みたいだなんて嬉しい」
「じゃあ言い直すぞ、ガキみたいなことすんな、と雲山が申しております」
「まぁ雲山たら何て酷いのかしら」
 よよと泣き崩れる真似をする白蓮に、物凄い勢いで首を横に振る雲山。一輪はといえば、小傘を助け起こしていた。
「姐さんはすぐふざけるから、ごめんなさいね」
「構わないよ。ちょっと楽しかったし」
「そう言ってもらえると頑張って除霊した甲斐があります」
 冷たい視線も何のその、白蓮は温かいお茶を手に和んでいた。小傘も、そしてなぜか一輪までもが相伴にあずかっている。しばし、茶をすする音が輪唱していた。
 小傘の足の痺れが取れたところで、今日はお開き。
「それでは小傘さん。たまには遊びに来てくださいな」
「驚かせに、だったらね」
 言葉を残して、体はふわり、宙に浮く。そのまま、まるで月まで出かけてくるかのような浮遊感を漂わせながら、徐々に高度を上げてゆく。姿がだんだんと小さくなるさまを、白蓮は飽きもせず眺めていた。やがて、ふっと息をつく。
「行っちゃいましたねぇ」
「まったく、一輪は策士ね。それじゃ、お片付けしましょうか」
 ぱん、と手を鳴らして本堂に戻ってゆく。一輪は、さらに少しだけ空を眺め、それから白蓮の後を追いかけた。
 ☂
 月の明るい夜であった。風もそこまで吹いてはおらず、雲がさほど動くことはない。月明かりに照らされて、少女が一人、空をゆく。傘を上げれば、空色の髪。顔を上げれば、オッドアイ。
「明日は神社にでも行こうかなぁ」
 彼女は気ままな妖怪である。通りすがりに撃墜された、緑髪の巫女を思い浮かべてか、明日の獲物を見定める。不意に風が小傘の頬を撫でてゆき、彼女は気持ちよさそうに目を閉じたまま、すいと飛びゆく。まこと月夜が良く似合う、その姿は、夜空の飛行幻想とでもいうべきであっただろうか。
 
 (了)
 
 
  私作者だけどこがさな派だった。。

     ∧_∧
     ( ゚ω゚ ) 小傘の命蓮寺入りフラグなんてこうしてやるー
 バキバキC4l丶l丶
     /  (   ) やめて!
     (ノ ̄と、 i
        しーJ
 
他の投稿作品はこちら(作者:guardi)
guardi
[email protected]
http://guardi.blog11.fc2.com/
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コメント



0.680簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
こがれんがすきです
でもこがさなのほうがもっとすきです
3.100奇声を発する程度の能力削除
こがれんも結構良いんじゃない?
6.100煉獄削除
小傘と白蓮の会話とかも面白かったですし、静かな雰囲気を感じるお話でした。
一輪と雲山も良かったです。
8.90えび削除
 素敵な小説でした。夜の「人ならざる者たち」の会話に似合う静謐な筆致も良かったです。
 こがさかわゆす。
14.100名前が無い程度の能力削除
俺白ぬえ派なんだ…
でもこがれんはありな気がする。
16.100名前が無い程度の能力削除
全体的に落ち着いた雰囲気(文体もストーリーもキャラ達も)が良いですね。
情景描写も丁寧で、映像が眼に浮かんでくるようでした。
18.100名前が無い程度の能力削除
こがさな派ですが、こがれんいいですね。一輪や雲山とのやりとりも楽しい。とても静かで綺麗なお話だと思いました。