嫌われることには、慣れている。利用されることにも。私の瞳は危険で、便利だから。好きに使われるのは、面倒なことだけれど。
地霊殿。煉瓦を積み上げた暖炉の前で、私は溜息を吐いた。一通の手紙を、円卓の上に放った。山の神社からの封書だ。内容は頼み事。曰く、地上に新しくできた寺の主人が危なそうなので、内面を視てほしいそうだ。報酬は用意するという。
「別に物要りじゃないんだけど」
お金も物も間に合っている。目の前には林檎と蜜柑を満載した硝子の鉢や、白葡萄酒の入ったグラスがある。身体はソファに埋もれている。山の神様に恩や義理はない。ペットを勝手に改造された縁があるだけだ。
「断っちゃおうかしら」
ただ、寺の主人とやらには少し興味が湧いた。やりたい放題の山の神々が恐れるなんて、一体どんな相手なのだろう。彼ら以上に身勝手で、力ある存在だろうか。地霊殿を揺るがすほどに。それとも、彼らの早とちりだろうか。
寺を訪ねてみようか。久し振りに、外に出て。黙して考えていたら、
「ただいま、お姉ちゃん」
「その言葉を三日前に聞きたかったわ」
愛すべき我が妹が、雪を連れて帰ってきた。私の肩に両腕を回して、後ろから抱きついてくる。こいしは無断外泊を謝るどころか、
「ねえ、上はまだ明るいよ。たまにはお姉ちゃんも遊びに行こうよ」
「地霊殿の管理があるでしょう。急に留守にはできないわ」
「お燐がうまくやってくれるよ。面白いお店、見つけたんだよ」
元気一杯に、私の手を引いた。肩が外れるかと思った。この状態のこいしには、なかなか逆らえない。腕力でも気力でも、敵わない。
「行こうよ、お姉ちゃん。上も楽しいよ」
「仕方ないわね。余計なものをねだらないのよ。買わないから」
寺を訪問するには、丁度いいきっかけかもしれない。私は立ち上がると、自室に戻って白い厚手の上着を羽織った。丈は膝下まである。第三の目は見えるように、外に出した。周囲の者は嫌がるかもしれないが、別に構わない。見えなくなるほうが不便だ。手には上着と揃いの白手袋を。ヘアバンドは外して、ふわふわの白耳当てをつけた。こいしの格好を見て、同じ位の防寒対策にした。
部屋には灼熱地獄跡と直結の電話線がある。私は受話器を取ると、お燐を呼んで外出を告げた。物分りのいい彼女は、「夕飯に遅れても大丈夫ですから」と言ってくれた。妹の教育はともかく、ペットの躾は得意だ。
天井の高いエントランスを抜けて、粉雪の舞う地底世界に繰り出した。こいしが私の手を引いて、先導する。白銀の世界を、姉妹で飛んだ。
「そんなに急がなくてもいいでしょう」
「店主さんが気まぐれなんだよ。今日は冷えるから早めに閉めちゃうかも」
「その用が終わったら、一箇所寄ってもいいかしら」
「うん。どこ?」
「新しくできたっていうお寺」
こいしは白い息と一緒に、ああ、と声を上げた。
「知ってるの?」
「知らないの? 楽しい場所だよ。皆良くしてくれるの」
皆良くしてくれる? 地底育ちの、危なっかしい妹にも? なら、やはり山の神々の心配は杞憂ということだろうか。それとも、嘘や愛想の仲良しの関係を築いているだけなのだろうか。こいしの心は、私の瞳でも読めない。愉快そうに輝く両目を、私は黙って見詰めた。寺の人々が、妹を嫌わないでくれるといいと願った。
眼下には、鬼の都が広がっている。遠くから、囁くように思念が届いた。おい、あれを見ろ。地霊殿の奴らじゃないか。何をしに行くつもりだ。気付いてないといいな。こっち見てないか? いつも通りの、ささやかな敵意が肌を抓る。正々堂々を良しとする鬼でさえ、私の瞳には嫌悪感を示す。正々堂々の中に隠された、嘘や本音を明らかにしてしまうからだ。愉しいことではないだろう。嫌われるのは、仕方がない。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。すぐ着くから」
「そうね」
慣れている。
博麗神社の近くに出ると、こいしは魔法の森の方角へ歩を進めていった。人里からは離れていく。人の思念は届かない。こいしによると、寺があるのは人里の外れらしい。店から寺まで、ちょっとした大移動になりそうだ。
地上に雪は降っていなかった。曇天の道を、粉雪を落としながら歩いた。古木の間を抜け、木の根道を通って、こいしは私を案内した。
何里となかった。しばらくすると、暗い森には不似合いな、色とりどりの電飾が見えてきた。看板を縁取っている。配線が緩いのか、幾つかは光っていない。看板には下手とも上手ともつかぬ筆文字で、『香霖堂』とあった。
いかにもこいしが好きそうな、混沌とした店構えだった。店の外にまで、商品と思しきものが山積みになっていた。大きな焼き物の狸に、縁の厚い薬瓶。天狗の使うような羽ペン、用途不明の機械の箱、目の外れた人形、ドロップのような硝子球のついた指輪。希望や哲学のような、形のないものまで売っていそうな店だった。
「どう、面白い店でしょ」
「理解に苦しむ店ね」
こいしは私を連れて、店の中へ入った。ドアにつけられた鐘(ところどころ錆びている)が、濁った音を発した。中は外以上に散らかっていた。足の踏み場を探すのに苦労した。至る所に、奇奇怪怪な商品が散らばっていた。
だから、最初はその人のことも商品かと思った。
「霖之助さん、お姉ちゃん連れて来たよ」
「やあ、今は取り込み中だよ」
霖之助さん。こいしがそう呼ぶ店主の男と、こいしとの間に、人? が佇んでいた。袖に白いリボンの巻きついた、黒いコートを着て。金とも紫ともつかぬ、不思議な髪を揺らめかせて。
やましい思念のない女性だった。買い物に夢中になっているからではない。本当に、心が澄んでいた。満月を映す湖のように。直せるかしら、元に戻るかしら。炬燵。これがないと、お寺の皆が困るのに――お寺の皆? 彼女は、寺の一員なのだろうか。答えを探る前に、こいしが彼女の腕にもたれかかった。
「白蓮、こんにちは!」
「あら、こいし。こんにちは」
「お姉ちゃん、この人がお寺の一番偉い人だよ」
「お姉ちゃん?」
こいしは彼女の腰を掴むと、強引に私の方を向かせた。蜂蜜色の瞳が、私を捉えた。ちびでやせっぽちな身体も、胸元で瞬く赤い瞳も。ああ、また嫌われるのかと思った。違った。私を見て、彼女は最初に
「可愛い」
本物の声と心の声で、そう言った。嫌悪感を一切、滲ませることなく。私の目の力を、知らないのだろうか。
「可愛いお姉さんね。お名前は?」
「お姉ちゃん、自己紹介」
「古明地さとりです。人の心を読めます」
これでどうだ。私は浴びせられるであろう嫌悪の感情を予想して、身を縮めた。しかし、何時まで待ってもそんなものは来なかった。
「そう、心が読めるの。便利ね」
おっとりと、その人は微笑んだ。春の日差しのような笑みだった。壁の隙間から吹き込む寒風を、一時忘れた。
「私は聖白蓮。魔法使いです。命蓮寺の住職をしています。よろしくね、さとりさん」
握手を求めて、手が差し出された。おかしな人だ。私の目を前に、これほど動じないなんて。隣で機械炬燵の修理をしている店主は、厄介そうな客だと心で愚痴っているのに。嫌悪どころか、好意をぶつけてくる。真っ直ぐに。私は扱いに困って、握手をしながら目を逸らした。掌は温かく、外から来た私を労ってくれた。
「寺で使っていた炬燵が壊れちゃって。直せないか、試してもらってるの」
「配線を鼠が齧ったみたいだね。新しいものに取り替えれば直せるよ」
「ならそれでお願いします」
ナズーリンの鼠が噛んじゃったのかしら。白蓮はぼんやりと心を巡らせていた。ナズーリンと呼ばれる鼠の妖怪の姿が視えた。
こいしは白蓮に懐いて、腕を組んでいた。
「白蓮、またジャイアントスイングして」
「ここでは駄目よ、売り物が壊れちゃうわ。ただでさえ、私はものを壊し易いのに」
彼女は相当な力持ちらしい。大所帯用の炬燵を、余裕で振り回す像を視た。壊れた炬燵に気付いた彼女は、自分の所為だと思って此処に来たらしい。自力で運んで。寺には他の者も居るだろうに、自分で動くタイプのようだ。寺の面々には苦労をさせたくないのか。
と、冷静に観察していたら、笑みを向けられた。人の心を掴んで離さないような、優しい微笑を。何だか居心地が悪くて、私は店内の安楽椅子に腰を下ろした。視線を外した。好きの感情を与えられるのは、くすぐったかった。
何故、彼女はさとり妖怪を嫌わないのだろう。妖怪に対して、温かな思いしか持っていないのだろう。私は両目を逸らしながら、覚りの瞳で彼女を睨んだ。駄目だ、今の感情しか視えない。幾らこの店でも、是非曲直庁の浄玻璃の鏡は置いていないだろう。彼女の、過去を知りたい。
突然の好意に、私は戸惑っていた。人であれ妖怪であれ、さとり妖怪は苦手なのが普通だから。彼女の心の奥底にも、私への苦手意識があってほしかった。そうでないと、安心できなかった。嫌われていないと安心できないというのも、おかしな話だが。
「直ったよ、試してみよう」
炬燵の下で作業をしていた店主が、起き上がった。拡大鏡がついているのだろう、両目型のゴーグルを外した。一度店の奥に引っ込むと、丸めた布団を持ってきた。白蓮が受け取って、天板を持ち上げた。
「手伝おう、お姉ちゃん。お布団のそっち持って」
こいしが青い布団の端を私に渡した。正方形の炬燵に、バランス良く布団をかける。手を離すと、白蓮が天板で押さえた。
「これは此処で買った、電気で動く炬燵なの。炭の炬燵と違って、すぐに暖かくなるのよ。さ、入って。スイッチを入れてみましょう」
私、こいし、白蓮、店主が、正方形の四辺に足を潜らせた。店主が天板の裏のスイッチを押す。中の装置が、低い唸りを上げて動き始めた。ややあって、仄かな熱が布団の中を満たし始めた。冬風の中を飛んできた身には、心地良い。他人がいなかったら、身体まで埋めてしまいそうだ。現にこいしは首まで埋もれていた。
「お行儀悪しないの、こいし」
「だって気持ちいいんだもん。お姉ちゃんだって本当はしたいくせに」
「いいわね、姉妹仲が良くて」
言いながら、白蓮も胸まで布団に入っていった。長い髪が汚れるとか、服に埃がつくとか、全く考えていない。髪の先が、売り物だろう素焼きの徳利を撫でた。こいしと白蓮の脚が、左と前方から私に触れた。こそばゆかった。触れられるのにも、私は慣れていない。店主の男はゴーグルを眼鏡にかけ替えて、炬燵のぬくもりに浸っていた。石油ストーブよりもいいじゃないか、これは売るんじゃなかった……等と後悔している。
そのうちに、こいしの寝息が聞こえてきた。三日間遊び歩いた結果だ。幸せそうな顔で、睡魔に身を委ねている。あまり長居はしたくないのだが。
「こいし、起きて。起きなさい」
「んー」
「無理に起こす必要はないわ。炬燵は夕方までに運べればいいし」
白蓮の穏やかな声が、私を遮った。彼女もまた、眠ってしまいそうだった。寒風吹きすさぶ昼下がり、どうしたものか。お喋りの苦手な私は、店主と話すでもなく、店内を見回していた。白蓮の脚が、炬燵の中で私の足を突いた。
「ね、さとりさん、霖之助さん。あそこの砂時計、素敵ね」
まどろむ声で、指をさす。三段の棚の中段に、繊細な作りの砂時計が佇んでいた。店主が頷いて、炬燵の上に載せた。硝子の魚の絡みついた、砂時計。引っくり返して使うものだ。中の砂は、青味がかった金色。身を起こした白蓮が、砂時計を持ち上げた。
「これも何か、特別な力のあるものなの?」
「ああ、これは。貝殻を砕いて砂にした時計だよ。外の世界から流れ着いた品でね、昔は天辺に大きな貝がついていたはずだが。盗まれたかな」
砂時計にへばりついた身体の長い魚を、私は見詰めた。魚には疎い。海のない幻想郷の生まれで、しかも地底暮らしが長いから。滅多に魚を見ないし食べない。
「――この時計はね、過去をなかったことにできるんだ。一度引っくり返せば、ひとつ。消したい過去を消せる。海の中の水のように、どうでもいいことにできる」
心底楽しそうに、店主は説明を続けた。
「眉唾物でしょう」
私の否定にも、
「信じて使ってみれば、そうなる。魚が、過去を食べてくれる」
店主は応じなかった。
過去を、本当に食べてくれるとしたら。私はまず、こいしのことを治してもらうだろう。嫌われることへの恐れから、瞳を黒く閉ざした彼女を。そうして、新しい道を探すだろう。
彼女は、聖白蓮はどうだろうか。第三の瞳で、彼女を覗き込んだ。砂時計を持ち上げた彼女は、幾つもの想いをひらめかせていた。後悔。自責の念。間違っていないという確信。自分の信念への問いかけ。海のように、深く広い感情が渦を巻いていた。彼女はそれらの思念を、呼吸と共に吸い込むと、砂時計を置いた。
「私には、必要のないものね」
再び、横になった。
彼女の過去には、何があったのだろう。さとり妖怪を恐れない、彼女の秘密。閉ざされた記憶の、奥の奥。私は、この目で視たいと思った。
「君も、欲しくはないかい。売る気はないけれど」
「要りませんね。インテリアにはいいかもしれませんが」
そう聞いても、店主は砂時計を片付けなかった。私達を試しているかのようで、少々不愉快だった。
高い位置の窓から、光が差し込んできた。いきなりの眩しさに、瞳がすくみあがった。それで、思い出した。何も、浄玻璃の鏡がなくてもいい。私には、過去を、相手のトラウマを知る方法があるではないか。
私は炬燵で温まりながら、彼女が眠りに就くのを待った。
こいしは、眠っていた。今頃は無意識の世界にいることだろう。
店主も、炬燵に突っ伏して眠っていた。寝たふりのはずが、途中から本当に眠っていた。私のすることに興味があったのだろうか。
白蓮もまた、眠りの淵にあった。微かに、私の読める意識を残して。
私は炬燵を抜け出ると、眠る白蓮の傍らに腰を下ろした。閉ざされた瞳に、手をかざした。
「想起「テリブルスーヴニール」」
手の平から、目映い光を発した。不思議な髪色の女性は、ううんと寝言を捻らせた。
「さあ見せて、貴方のトラウマを」
レーザー光が、彼女の過去をこじ開けた。
独りの年老いた尼が、墓を掘っていた。泣きながら穴を掘っていた。最愛の弟を埋めるために。死への恐れが、彼女に絡み付いていた。死にたくない、永遠に生きていたい……強い思いが、彼女を魔法の道へと走らせた。
魔を学び、彼女は今の姿になった。紫と金の髪を、若い身体を手に入れた。力を失わないために、彼女は妖怪を崇めた。初めは、欲と打算から。後には、心から。人間に虐げられる妖怪を、彼女は何体も救ってきた。それが正しいことだと信じて。
彼女を警戒していた妖怪達も、心を開くようになった。彼女なら、助けてくれるから。妖怪の笑顔は、彼女にとっては宝物だった。
人からも、妖怪からも愛される魔法使いがいた。頼られ、縋られ、折れない魔法使いが。けれども、人間と妖怪は決して交わらないもの。彼女の妖怪救済を知ったとき、人間達は怒り狂った。あの女は魔女だ、異形の術で妖怪と交わっている。許してはおけない。
人から憎まれ、妖怪から愛される魔法使いがいた。封印の手が、彼女に迫っていた。寅の妖怪が、入道が、船幽霊が、彼女を守らんと立ち上がった。それぞれに、武器を手にして。
いいえ、もういいの。
彼女は、救いを拒んだ。人と妖怪は平和的に共存できる。妖怪は守られねばならない。自らの信念を曲げないまま、魔界の奥深くに封じられた。
「どうして」
元は人間なのだ。妖怪など、見捨てれば良かったではないか。そうすれば、人間と暮らしていけたはずだ。平和に、何事もなかったかのように。
彼女なら、きっと、さとり妖怪にも手を差し伸べただろう。握手を求めるように、至極簡単に。もしも自分の近くに、彼女がいたら。溢れんばかりの愛情に包まれて、幸せに過ごせたかもしれない。封印されそうな彼女を前に、他の妖怪と共に立ち上がったかもしれない。
胸の奥で、女の子が泣いていた。紫がかった金髪の、意思の強い瞳の女の子が。
――本当は、封印なんてされたくない。私のいなくなった後、あの子達がどうなってしまうのか。彼女達を守って逃げたい。でも、それはできない。私は、妖怪も人間も裏切れない。両者の橋でありたい。
――ねえ、私は間違っていた? 私の願いは、いけないことだったの?
「違う」
貴方は、きっと間違ってはいない。少し、理想が高すぎただけ。もう一度やれば、次は決して誤らない。賢い貴方のことだから。
ふと、炬燵の上に載った砂時計に目が行った。
――信じて使ってみれば、そうなる。魚が、過去を食べてくれる。
私が彼女のために使っても、効果はあるだろうか。もう一度、新しい道を用意してやりたい。最初から、やり直させてやりたい。聖白蓮は、間違えてなんかいないから。次はきっと、
「駄目だよ、お姉ちゃん」
砂時計に伸ばした手を、妹が掴んでいた。
「こいし」
「その砂時計の効果は知ってる。前に教わったから。でも、使っちゃ駄目」
「私は自分のためじゃなくて、白蓮のために」
「知ってる」
私も、視てたから。こいしは身体を起こしながら、そう言った。
「無意識の力で、白蓮と繋がってたの。お姉ちゃんが何かしそうだったから。予想通り、こじ開けちゃった。もう、やっちゃ駄目だよ」
「こいし。私はこの人に、もう一度やり直してもらいたいの。今度はうまくいくから、彼女なら」
「お姉ちゃん、私が目を閉じる前に戻りたい?」
「う」
「戻りたいんでしょ。でもね、それはいけないんだよ」
全てを覚ったような瞳で、こいしは語りかけた。
「過去は戻せないものだから、今を大事にしようって思えるの。過去をなかったことにするなんて、ずるいよ。そんなことするお姉ちゃんは、嫌い」
「うう……」
「私は目を閉じたこと、後悔してないよ。こうして、お姉ちゃんと新しい関係を築けたから。どんな過去だって、今に繋がってるんだよ」
本当に、この子は。覚りの瞳を閉ざしたくせに、覚ったことを言う。私は、砂時計に向けた手を下ろした。
「眉唾物かもしれないものね」
白蓮にかざしていた光も、小さく収縮させた。好奇心に任せて過去を視るなんて、いけないことをした。多分、もうしない。
「膝枕でもしてくれるの、さとりさん」
白蓮が、目を覚ました。傍らに私を認めて、笑いかける。
「あの、白蓮さん、私」
「とても幸せな夢を見たの。昔の夢。修行時代と、その後の暮らし。妖怪に囲まれて、幸せだったわ」
「いいよお姉ちゃん、謝らなくても。白蓮心広いもん」
「もう一回見られないかしら、懐かしい夢だったわ。私、凄く幸せだった」
最後に封印されてしまっても?
彼女は、優しい声で「ええ」と答えることだろう。
トラウマを全て、穏やかに受け入れる。私は、この人には敵わないと思った。何故だろう、顔が綻んだ。笑っていたら、店主が顔を上げた。
魚の砂時計は、使われなかった。
『香霖堂』を後にして、私とこいしは白蓮に続いて歩いた。白蓮は炬燵を楽々担いで、夕暮れの道を寺まで歩んでいく。今夜は寺に泊めてもらうことになった。お燐には申し訳ないが、白蓮とその仲間に会ってみたかった。たまの地上なのだ、少しは遊んでもいいだろう。
「さとりさん、何か食べたいものはある? 人里に寄って行きましょうか」
「さとりでいいですよ、白蓮。お構いなく」
「お姉ちゃん、お客様らしくおねだりしようよ。私はきつねうどんがいいな。白蓮の寺のおうどん、すっごい美味しいんだよ」
「きつねうどん! 誠に美味で、得意料理であるッ! いざ、南無三!」
「なむさーんっ!」
ジェットのように飛ぶ白蓮に、こいしが続いた。
心の中では、あの砂時計が傾いていた。もしも、さとり妖怪でない自分として、やり直せたら――考えて、止めた。やり直せたら、楽しい今日はない。私を嫌わないこの人に、出会えなかったかもしれない。
辛いことも、楽しいことも、過去から続いていることだから。私は心の中で、砂時計を置いた。
「待って、こいし、白蓮」
軽やかな心で、冬の空に飛び上がった。
山の神様には、後で手紙を送ろう。聖白蓮は、素晴らしい人だと。
おかえりなさいと言いたくなった。
細かい事だけれど"分類〟は「霖之助」じゃなく「香霖堂」のが雰囲気に合ってるかも
とても良かったです。
この二人の出会いに祝福の言葉をささげたい
そんなあたたかな物語でした
白蓮さんになつくこいしちゃんが可愛らしかったです。
もっと前に、さとりんと白蓮さんが会っていたらな、とふと思った。
これからいい付き合いをしていって欲しいですね。
素晴らしいお話でした
半分妖怪な霖之助の店でコタツに入って心を暖めると……いい話でした
3人が何処となく親子みたいに感じられましたね・・・
皆が仲良くしている様子を書くと、ほっとします。
少し、コメントに答えます。
>理想の白蓮
そう感じていただけたのなら何よりです。出すまで、ちょっと不安でした。
>もっと前に、さとりんと白蓮さんが会っていたらな
書いてみたいお話です。昔出会っていたら、どのような関係を築いたのでしょうか。
>きつねうどん
勢いで書かせていただきました。
過去を後悔せず、ただ素直に受け入れる。それが出来るのは本当に聖人くらいですよね。
こいしの素直さと白蓮の清純さが、とても気持ち良かったです。
素敵でした,ありがとうございます.
ほんと白蓮様はすごい人よ