Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館のロミオとジュリエット異変 ~中~

2009/12/07 20:00:37
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 あろう事か、衆人環視の中での、美鈴の爆弾発言の後。
 咲夜は、ふってわいた艶話に盛り上がる妖精メイドたちを鎮め、自室へと戻る。
 元凶である、美鈴を伴って。
「それで? 一体、何をとち狂って、あんな事を口走ったわけ?」
 ベッドに女王様然として腰をかけ、手元で銀のナイフを弄びながら、床に正座させた美鈴を見下ろす咲夜。
 その眼差しには、剣呑な雰囲気が宿されている。
「は、はいっ! あ、あのですね……この脚本の事なんですが……」
 美鈴は恐る恐るといった風に、ロミオとジュリエットの台本を、咲夜へと差し出した。
「これが、どうかしたの?」
「あの……ですから……その……こ、ここに書かれているシーンを、どうやって演技していいか判らなかったもので……咲夜さんに演じ方を聞こうかなー、なんて……アハハ……」
 蛇に睨まれた蛙の如く、全身を硬直させる美鈴。
 咲夜の眼差しには、歴戦の拳士である美鈴を持ってしても抗いがたい、言い知れぬ迫力がある。
「一体、何を……」
 美鈴から脚本を受け取り、ざっと目を通す咲夜。
 美鈴が指し示す一連の場面の流れを読み込み、そして、咲夜もまた頬を朱に染めた。
「なっ……なんなの、これはっ!?」
「何って……その……だから、キスシーンと、ベッドシーンです」
「言われなくても、見れば判るわよ! えっ、これはつまり、貴女と私でベッドシーンを演じろって事? お嬢様の目の前で?」
「はい。脚本を読む限り、そうなっちゃいますね」
「じょ、冗談でしょう……?」
 咲夜が、困惑と狼狽の表情を見せる。
 真っ赤になって動揺する咲夜を見て、美鈴はふと、何やら嫌な予感を感じた。
「咲夜さん……ひょっとして、ロミオとジュリエットの詳しい内容を、知らなかったんですか?」
 美鈴の指摘に、咲夜は言葉を詰まらせる。
「パチュリー様が言ってたでしょう? 有名な物語ほど、得てしてその内容に触れる機会は少ないものよ」
「じゃあ、脚本に目を通したのも、今が……」
「初めてよ」
 開きなおったように言い放つ咲夜。
「あの、咲夜さん。つかぬ事をお伺い致しますが……その……咲夜さんは……えーと、誰かと口付けを交わした経験などは……?」
「……無いわよ」
「じゃあ、誰かと一夜を共にした経験も当然……?」
「あるわけ無いでしょ。私は、まだ処女よ」
 不躾な美鈴の質問に対し、咲夜は、自棄になったかのように、正直に答えた。
 咲夜の言葉を聞き、美鈴は意外そうな顔を見せる。
 十六夜咲夜。
 レミリアの信頼厚き、瀟洒なるメイド長。
 常に冷静沈着であり、どこか飄々とした態度を崩すことは無い。
 同性の目から見ても、目が覚めるような美貌を誇っていた。
 美鈴は、咲夜ほどの女性ならば、たとえ黙って佇んでいるだけでも、世の男たちが決してほうっては置かないだろうと常々思っている。
 過去に異性との付き合いの一つや二つ、あって然るべき。
 だが、その勝手な思い込みは、他ならぬ咲夜自身の口から否定された。
「本当よ。これまで、恋人なんて存在が欲しいと思ったことさえ無かったしね。美鈴は……って、聞くまでもないわね。私に相談しに来たくらいですもの」
「はい……私も、そういう方面の話は全然……」
 二人はしばし見詰め合い、“はぁ”と、重い溜息を一つつく。
「どうしましょうか?」
「……やるしか無いでしょう。お嬢様も楽しみにしているし。一度やりますと言ってしまった以上、もう後には引けないわ」
「そんな……今からでも、パチュリー様たちに主役を代わって貰う事は出来ませんか?」
「無理よ。パチュリー様の体調の問題があるわ。舞台に出て貰えるだけでも、かなりこちらの我侭を聞いて貰っているのに。それに……美鈴? 貴女、想像して御覧なさい。紅魔館のメイド長と門番が二人で、パチュリー様に頭を下げにいく。お願いします、ロミオとジュリエットの舞台、主役を交代してください、とね。パチュリー様は当然、不思議に思うでしょうね。そして私たちに理由を聞いてくる。何故、どうして、と。私たち二人は、そこで顔を真っ赤にして言うわけよ。実は、私たち二人そろって、まだ処女なんです。殿方との口付けさえ経験がありません。舞台の上で、お嬢様にキスシーンやらベッドシーンやらを披露するのに、満足頂ける演技をしてみせる自信がないんです、と。どう、美鈴? 貴女、パチュリー様に、正直に理由を告げる勇気がある?」
 咲夜の問いに、美鈴は顔を真っ赤にして答える。
「む、無理ですよ! 咲夜さんに相談するのさえ、顔から火がでるくらいに恥ずかしかったんですから……」
「でしょう? 私も、そんな恥辱は御免だわ。つまり私達には、見事、ロミオとジュリエットとして、お嬢様の前で、問題のキスシーンとベッドシーンをやってのける以外に、道は残されていないのよ。それも、完璧にね」
「か、完璧にっ……て。お嬢様は、別に子供のお遊戯レベルでもいいと……」
「お嬢様の目の前で、本当に子供のお遊戯見たく、たどたどしい演技をして見せて、万が一にでも私たちが何の経験も無いって事を看破されたらどうするのよ」
「咲夜さん。相手は、お嬢様ですよ。お嬢様だって、そんな経験があるとはとても……」
「美鈴。貴女、お嬢様が何の妖怪か知っている?」
 美鈴は、咲夜の唐突な質問の意図を計りかねた。
「え、お嬢様ですか? 吸血鬼ですけど……それが、どうかしましたか?」
 咲夜は、美鈴の答えに頷き、真剣な表情で、ある可能性を示唆する。
「そう。吸血鬼よ。人の生き血を啜る鬼。処女の血をことのほか好む、夜の貴族。その一員にして、500を越える永い年月を生きてきたお嬢様が、そういう、男女の機微に疎いとでも思っているの?」
「え、でも……まさか、あのお嬢様ですよ? そんな……」
 紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
 永遠に紅い幼き月との異名を持つ、吸血鬼。
 外見は確かに、咲夜、美鈴の両名よりも遥かに幼く見える。
 性格は外見に比例して、気紛れ且つ我侭であり、まさしく幼子のそれに近い。
 しかしその実、紅魔館に籍を置く者の中では、一番の年上の妖怪だ。
 生まれついての魔女であるパチュリーとて、まだ100歳そこそこであり、優にその5倍を越える年月を生きている。
「えっ……そんな……でも確かに……いや、まさか。お嬢様が……」
 “ぶつぶつ”と何事か呟きながら、有り得る可能性と、有り得ざる可能性の、二つの狭間で迷う美鈴。
「私だって信じたくはないわ。お嬢様が、何処の誰とも知らぬ輩に、易々と身体を許すとも思えないし。でも、私たちが知っているお嬢様の姿は、あくまで最近のものに過ぎないのよ。パチュリー様だって知っていて、せいぜいが100年と言った所でしょう。つまり、私たちが知る由も無い、400年という秘密のヴェールに覆われたお嬢様の過去に、どのような人物との出会いや交友があったのかは、憶測で語る以外に無い。ひょっとしたら、お嬢様の過去に、このロミオとジュリエットのようなロマンスの一幕があった可能性だって、捨てきれないのよ。そして、もし万が一にでも、お嬢様が私たちよりも女としての経験を多く積んでいると言うのであれば……私たちの演技から、私たちの人生において、未だ異性の影が皆無である事を、見破ってしまうかも知れない。美鈴。そんな恥辱に、貴女は耐えられる?」
 咲夜の言葉に、美鈴は首を横に振った。
「想像するだけで、頭から蒲団を被ってしまいたくなります……」
「私なんか、いっそ死んだ方がましとさえ思えるわよ」
 咲夜は疲れきった様子で、目を閉じる。
 心無しか、その表情は青ざめてさえ見えた。
「でも……どうしたらいいんですか? 八方手詰まりとは、この事ですよ。自分たちが経験した事も無いものを、誰の目から見ても完璧に演じて見せるなんて……」
「……練習するしか、無いでしょう」
 咲夜が、重々しい声で言う。
「練習って……私と、咲夜さんとですか?」
「他に誰がいると言うのよ」
「そんな、無茶ですよ!」
「無茶でも何でも、やり遂げるのよ。それ以外に道が無いのならね。何、美鈴? それとも貴女、今からでも人里に赴いて、どこかその辺りをうろついている殿方に声をかけてみる? お願いします。一晩だけ、抱いてくださいと? 冗談。私は、自分を安売りするような真似だけは御免だわ」
 咲夜は、自分の身体を抱き締め、“ぶるり”と震えて見せた。
「わ、私だって嫌です! そりゃ、今まで恋をしたことさえ無いですけど、それでも初めては自分の意思で、好きになった人とがいいです!」
「でしょう? それは私も同じ。だからこそ二人で練習するのよ。用は誰が見ても、それっぽく見える演技をマスターすればいいだけ。何も、難しく考える必要は無いわ。簡単な話よ」
 咲夜は、自分に言い聞かせるように呟く。
「でも咲夜さん? それっぽく見える演技を、一体どうすれば会得できるのでしょうか?」
 美鈴の問いに、咲夜は僅かに考えむそぶりを見せる。
 ややあって、咲夜は、美鈴へと問い返す。
「ねぇ、美鈴? こうなってしまった以上、私たちは一蓮托生よね? 今から見る事、聞く事、絶対にここだけの秘密に出来る?」
 咲夜の真摯な眼差しに、ただならぬ気配を感じ取り、美鈴は、真っ直ぐにその視線を受け止め、頷いて見せた。
「わかった。貴女を、信じるわ」
 咲夜は“すっ”とベッドから立ち上がり、自室に添えつけられた、執務用の机のもとへと歩いていく。
 引き出しを開け、ブックカバーに護られた、何冊かの文庫本を取り出す。
「これ」
 無造作に、美鈴へと手渡す。
 美鈴は、“ぱらぱら”と文庫本を開き、軽く内容に目を通す。
 たちまち美鈴の頬が、先程までとは違った理由で、朱に染まる。
「え? あ、あの、咲夜さん? この本……」
 咲夜に手渡された本の内容。
 それは、およそ目の前の、瀟洒と言う言葉が服を着て歩いているような美貌の持ち主が所持しているとは、到底考えられないようなものだった。
 俗に、官能小説と呼ばれる類の本。
「さ、咲夜さんでも、こういう本を持っているんですね……」
 美鈴は、ようやくの事で、それだけを言う。
 咲夜は、恥じ入るように、美鈴から目を背ける。
「一応ね。確かに恋人が欲しいと思った事は無いけれど、それと、そういった男女の秘め事に興味が無い事とは別だもの。私だって人並みに……その、そう言った欲求くらいは持っているわよ」
 咲夜とて、若い一人の女には違いは無い。
 そういった類の事に興味を抱くのも、普通の事だろう。
 まして、ここは人の世の歴史に当て嵌めれば、明治の頃に外の世界と隔絶し、独自の歴史を歩んできた幻想郷。
 もとが外の世界の出身である咲夜には当て嵌まらないかも知れないが、幻想郷においては、咲夜ぐらいの年齢で既に結婚し、子を授かっている娘も、決して少なくは無い。
 しかし、頭で理解する事と、心が納得する事とが別であるのも、また事実。
 どうしても美鈴の中で、目の前に佇む少女と、そういった欲求とが、イコールで結び付かない。
 咲夜の身体が、未だ汚れを知らぬ清らかな乙女である事を知った今、尚更に。
 思わず“ちらり”と、先まで咲夜が腰かけていたベッドを盗み見る。
 ふと脳裏を掠めた咲夜の艶やかな姿を、美鈴は、必死に振り払った。
「今、何を想像したかしら?」
「い、いいえ! 何も!」
 慌てふためく美鈴を見据え、咲夜は溜息を一つつく。
「いいわよ、別に。おおむね想像がつくしね。そういう想像をさせるような事をした、私が悪いんだし」
 咲夜は頬を染めたまま、あくまで平常心を装い告げる。
「はい……その、すいません……」
「馬鹿。謝らないの」
 咲夜の言葉を最後に、二人の間から会話が絶える。
 耳が痛くなる程の沈黙が、二人きりの部屋を支配した。
「あの……咲夜さん? それで、この本がどうかしたんですか?」
 横たわる沈黙に耐えかねたように、美鈴が言葉を紡いだ。
「……そうね。話を戻しましょう。用はベッドシーンの練習に使う資料よ。さすがに、この脚本に細かい演技指導が、懇切丁寧に記されているわけでもなし。更に言うなら、私たちは二人とも実体験がない。なら、フィクションをもとに練習する以外に、方法は無いでしょう。幸い、この本には微にいり細にいり、やり方が描写されているしね」
 美鈴は今一度、手元の小説に目を落とす。
 口に出す事すら憚られる、濃厚な愛の世界が広がっている。
 いくら造り物のお話とは言え、否、下手に造り物のお話だからこそ、そこに表現されている世界は、際限なく淫靡だった。
「た、確かに、もの凄く細かく描写されていますね」
「でしょう? それだけ濃密に描写出来るのですもの。きっと作者は、こういった方面に精通した人物であるはずよ。つまり、裏を返せば、この描写をもとに練習すれば、誰が見ても文句のつけようの無い、濃厚なベッドシーンが演じれるという事じゃない?」
 ここに、冷静に話を聞いている第三者がいれば、即座に待ったがかかりそうな強引な理論展開。
 最早二人とも、ロミオとジュリエット本編よりも、いかに上手く、その一幕に過ぎないベッドシーンを演じれるかという方向に、話が逸れている。
 しかし悲しいかな、羞恥により頭が沸騰している二人は、その事に気付いていない。
「それです! さすが咲夜さん。それなら、確かに完璧な演技が出来そうです!」
 美鈴は、咲夜の提案を、まさしく起死回生の妙案だと疑いもしない。
 咲夜もまた、美鈴の反応に、そうでしょう、と言わんばかりに頷いて見せる。
 二人は、自分たちが徐々に泥沼へと足を踏み入れている事になど、気付きもしなかった。
「良かったー。これで、当面の問題はクリアーですね。いや、咲夜さんが、こういう本を隠し持っていてくれて、助かりました」
「……何でしょう。素直に喜べないわね」
「いえいえ、本当に助かってますよ。あれ? でも、この本を使って、どう練習すればいいんでしょう?」
 ふと思いついたように、美鈴が呟く。
「何を言っているの。そんなの、簡単じゃない。貴女はロミオで、私がジュリエットでしょう? だから、まず貴女がその本に書かれている男の立場に立って、私に、その本の内容を実践してみれば自ずと互いの練習に……」
 はたと、咲夜が言いよどんだ。
 何か、今、自分はとんでも無い事を口走っているような気がする。
 嫌な予感がした。
 “ちらり”と、美鈴を見やる。
「あ……あの、それって……まさか……」
 そこには、窒息する魚のように、口を“ぱくぱく”とさせて、顔全体を朱に染めてこちらを見つめてくる、美鈴の姿があった。
 言うまでも無く、今回の問題は、二人がベッドシーンの演じ方が判らない事に端を発している。
 そして最終目標は、レミリアの目の前で、誰が見ても完璧と思えるようなベッドシーンを演じる事。
 咲夜は失念していた。
 幾ら知識があろうと、詳細な資料があろうと、それだけで完璧な演技が出来るわけでは無いと言う事を。
 練習は避けては通れぬ道であり、そして、ベッドシーンも、キスシーンも、一人で行うものでなく、相手がいてこそ初めて成り立つ演技であると言う事を。
 つまり、完璧な演技を求めるならば、美鈴との練習が不可欠となる。
「あ……そ、その……」
 その答えにようやく行き着き、咲夜もまた、顔を羞恥に染めた。
 顔が熱い。
 心臓が“どくどく”と、早鐘のように鳴り響いている。
 それは、美鈴も同じだろう。
 先の沈黙に倍する静寂が、重苦しい空気と共に、二人の間に横たわった。
 ややあって、“ぽつり”と、咲夜が呟く。
「し、仕方ないでしょう……ただの練習だし……それに、他に方法が無いんだから……」
「ちょっ、咲夜さん!?」
 美鈴が、さすがに狼狽し、声を上げる。
「別に本当に抱けと言っているのではないわ。ポーズ……そう、あくまでポーズの練習だけでいいの。身体に触れる必要さえ無いわ。用は、それっぽく見える様に演技出来たら、それでいいんだから……」
 他ならぬ自分に言い聞かせるように、咲夜が呟いた。
「でも……」
 目を、部屋のあちこちへと彷徨わせる美鈴を見つめ、咲夜は、静かに問い掛ける。
「この件に関して……私たちは一蓮托生でしょう? 美鈴」
 咲夜は、覚悟を決めたように、美鈴へと告げた。
「命令よ。私を抱きなさい」
 紅魔館の序列において、咲夜はメイド長と言う立場上、門番である美鈴よりも上位に位置する。
 咲夜の命令は、あくまで演技の上での話し。
「……はい」
 美鈴は、ようやくの事で、それだけを言った。
「じやあ……」
 咲夜へと近付こうとして、美鈴は不意に踏み出しかけていた足をとどめる。
 美鈴の服も身体も、今、泥に塗れ汚れていた。
 これでは、咲夜のベッドを汚しかねない。
 咲夜も美鈴の格好に気付き、しばし考える。
 紅魔館の、各メイドの部屋に添えつけてある、シャワールームの方をちらりと見た。
「……シャワー、浴びてくる? 美鈴」
 咲夜は、はにかむように言う。
「……はい。その……待っていてくださいね……」
「……うん」
 咲夜はベッドの方へ、美鈴はシャワールームの方へと、互いに背を向けて歩き出した。



「はあ、今日も疲れました。全く、パチュリー様ったら。密かに悪魔使いが荒いんですから」
 人気の絶えた紅魔館の廊下を、“ぶつぶつ”と独り言を呟きながら、赤い髪の少女が歩いている。
 背に、一対の蝙蝠の羽を持つ少女。
 パチュリー・ノーレッジの使い魔にして、紅魔館地下大図書館の司書を務める小悪魔だ。
 本日の業務の終了を主から告げられた小悪魔は、自室へと戻る途中。
 紅魔館の主、レミリア・スカーレットは寛大な心の持ち主。
 居候の身の友人の使い魔にさえ、こうして部屋を与えてくれている。
「さて……帰ったらシャワーを浴びて、寝ましょうか。明日も早いし……んっ?」
 小悪魔が、ふと歩みを止める。

――それに……ないんだから……

 その声は、偶然通りかかった、咲夜の部屋から漏れてきていた。
「あれ、この声は咲夜さんの? 珍しいですね。まだ、起きているんですか」
 咲夜は、時間を遵守する性格の持ち主。
 何時もならば、とうに床についている時間だと言うのに、今日に限っては、まだ部屋から話し声が聞こえてくる。
 その事が、小悪魔の興味を引いた。
「話し声と言うと……誰かと一緒なんですかね?」
 珍しくはあるが、偶にはそんな日もあるだろうと、小悪魔は気を取り直して歩き去ろうとする。
 しかし、そこで小悪魔の耳が、咲夜の、聞き捨てならない台詞を拾う。

――美鈴……命令よ。私を抱きなさい。

「えっ!?」
 一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと錯覚した。
「い、今……何かとんでも無い言葉が聞こえたような……!?」
 小悪魔は、慌てて耳を澄ましてみる。
 恐らくは、何かの聞き間違いに違いないと考えて。
 だが、次いで小悪魔の耳に届いたのは、聞き間違えようの無い、美鈴の声だった。 

……はい。

 更には、次から次へと、二人の会話が飛び込んでくる。

……じゃあ。

――シャワー、浴びてくる? 美鈴。

……はい。その……待っていてくださいね……

――うん。

「えっ? えっ!?」
 咲夜と美鈴の言葉を、一つ拾うたびに、小悪魔の脳裏が困惑で満たされていく。
 思わず、咲夜の部屋のドアに、耳を“ぴたり”とくっつける。
 傍から見れば変質者以外の何者でもない格好だが、そのような事は気にしてはいられない。
 息を潜め、内部の様子を伺う小悪魔の耳に届いたのは、ドアを開け、閉める音。
 “しゅっ”という衣擦れの音。
 やがて、“ざぁー”と、水の流れる音が響き渡る。
「えっ? 美鈴さん……本当に、咲夜さんの部屋でシャワーを浴びて……そんな、まさか……!」
 有り得ないと否定する心とは裏腹に、小悪魔の耳は、次から次へと、状況を裏付ける二人の声を、音を拾っていく。
 しばらく後、シャワーの水音が止んだ。
 再び、ドアが開き、閉じる音が響く。

……終りました、咲夜さん。

――そう。じゃあ……こっちに来て。

……あの、でも……私、服が……

――馬鹿ね。服を着たまま、出来ないでしょう?

……そう、ですね。ごめんなさい、咲夜さん。私、初めてで……

――そんなの、私だって同じよ。恥ずかしいんだから……何度も言わせないで……

……ご、ごめんなさい。その……まず、何をしたら……服、脱がせたらいいんですか……?

――馬鹿。こういう時は……まずはキスから……

「――ッ!?」
 そこまでを聞いて、小悪魔は顔を真っ赤にして、ドアから飛びのくようにして離れる。
 心臓の鼓動が、早まっていた。
 最早、疑いの余地は無い。
「まさか……本当に、咲夜さんと美鈴さんが……!」
 小悪魔は、しばし放心したように、その場に立ち尽くした後、慌てて、しかし足音を立てぬよう細心の注意を払い、足早に駆け出す。
「大変です……パチュリー様! 咲夜さんと美鈴さんが……!」
 使い魔として、たった今掴んだ重大事を、主へと報告する義務がある。
 小悪魔は、急ぎ地下の図書館へと向かい、来た道を引き返した。
どうも、早苗月翡翠です。
前回、完結しなかった『紅魔館のロミオとジュリエット異変』の中巻を、ここにお届け致します。
前回の後書きで、次が完結だと言うような事を書いていましたが、何のことは無い、宣言どおりには終りませんでした。
またも長くなってしまったので、分割致します。

それでは――読んでくださって、どうも有難うございました。
心から、感謝いたします。
早苗月翡翠
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コメント



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6.100名前が無い程度の能力削除
この咲夜さんはエロいな!(褒め言葉)
9.100名前が無い程度の能力削除
相変わらずの2828っぷり
11.100名前が無い程度の能力削除
ほんまいやらしわぁ…オッチャンもうたまらんでぇ、シュッ!シュッ!(注 左ジャブ)
13.90名前が無い程度の能力削除
努々省みるな、手遅れ故
訳(構わん、行け)
14.100名前が無い程度の能力削除
……ふぅ。

けしかるなぁ、まったく。
18.100名前が無い程度の能力削除
駄目だ…2828が止まらない…

宣言通りに行かなくてもいいじゃない!
24.100名前が無い程度の能力削除
どこから俺の個人情報が漏れた!
こっちの趣味をピンポイントでついてきやがる!
26.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔イヤーは地獄耳~
30.90名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤ( °∀ °)
31.90あか。削除
これはいかん。
けしからん。もっとやれ
34.100名前が無い程度の能力削除
だめだw ニヤニヤが止まらないw 
44.100名前が無い程度の能力削除
なんだろう。
「乙女二人の初めての保健体育」という言葉が思い浮かんだw
49.100名前が無い程度の能力削除
ああ、二人の間に砂糖が満ちる……
52.100名前が無い程度の能力削除
抱きなさいって随分な命令だなww