サワサワと穏やかな風が僅かに残った葉を撫でる。
むき出しになった木の肌と、地面に落ちた紅葉の残滓が間近に迫った冬の訪れを告げていた。
晩秋の夜は長く寒く……そして静かだ。
人も妖怪も冬に備え、せわしく動き回るのは日中だけ。
日が沈んでしまえば、その冷え込みに自らの巣へと帰っていく。
夏はあれ程騒がしかった虫達さえも、最早何処かに消えていってしまった。
この世に存在するのは自分だけではないかと錯覚させるほどの静寂。
夜空の星々をまるで珠玉の宝石のように煌かす澄んだ空気。
月の兎達も観察できてしまうのではないか、それほどに見事な満月。
世界はどこまでも美しかった。
そんな美しき世界に―――――彼女達は佇んでいた。
互いがそこに居るのが当然のように。
始めから、共に存在しているかのように。
そう、その姿はまるで――――
――――――――かがみうつし―――――――
「いい夜ね、妹紅」
「いい夜ね、輝夜」
少女達は目の前の不死者の名を呼び、目を細める。
満開に輝く月の下、向かい合うは蓬莱山輝夜、そして藤原妹紅。
互いは互いにとって好敵手……などという言葉では生ぬるい、純粋な殺し合いの相手役であった。
無論、今宵彼女達が出会ったのも偶然などではない。
それはただ単純に互いを殺しつくす為、その体内に流れる紅を鮮やかに咲き乱れさせる為の必然の筈であった。
そう、その筈だったのだが……
宵の闇よりも深い黒髪をなびかせる少女、蓬莱山輝夜はくすっと薄く笑むと、自身の目の高さまで徳利を持ち上げた。
「たまには月見酒でも如何かしら」
とぷんと言う液体の音が宵の静寂にこだまする。
日の光より明るい白い髪を揺らす少女、藤原妹紅は輝夜の問いかけに対して、やはりくすっと薄く笑む事で応えた。
「たまには月見酒も悪くない」
それが自然であるかのように。
向かい合っていた少女達は、隣りあわせとなって腰を下ろす。
幾度と無く殺し合った二人は互いに酒を注ぎ合い、月を肴に盃を交えた。
「思えば、こんな風に二人きりで飲むのは」
「ええ、初めてだったわね」
果てが無いように続く、夜空へと視線を送る。
「私達ったら顔を合わる度に殺し合いの繰り返し。全く不毛ったらないわ」
「そしてこれからも繰り返すんでしょうね。嗚呼、全く不毛ったらない」
これまで二人の間で行われた数え切れぬほどの殺し合い。
そしてこれからも二人の間で行われるであろう数え切れぬほどの殺し合い。
全く不毛で、本当に素晴らしい時間に思いを馳せながら、二人はくっくと喉を鳴らした。
そんな二人の笑い声に同調するかのように、冷たくも穏やかな風がサァッと木々を揺らす。
騒々しい夏のオーケストラとは違う、寂しげな静寂の音色は彼女達に世俗の事を忘れさせるには十分だった。
そうしてどれ程の時間が経ったのだろう。
まるで世界に二人きりで居るかのような、そんな静かで楽しくて、けれども寒気がするような時の後、不意に輝夜は口を開いた。
「ねぇ、妹紅」
「なに、輝夜」
二人は名前を呼び合うが、その視線は月を仰ぎ見たまま戻さない。
親友、或いは恋人のような距離感の中で、輝夜はその双眸をゆっくりと閉じながら殺し相手に言葉を投げかけた。
「私のこと、嫌い?」
妹紅が輝夜の言葉で思い出すのは過去の自分。
ただ恨みだけで、ただ怒りだけで輝夜を殺そうと躍起になっていた妹紅自身であった。
そんな記憶の片隅に微かに眠っている昔の自分を思い出すと、妹紅は思わず自嘲めいた笑みを浮かべてしまう。
「嫌いだった。そうね、確実に嫌いだったよ。それはお前だって同じでしょ?」
互いに殺し合っていたほどだ、それは間違いなかったのだろう。
輝夜は薄く笑みながらこくりとその首を縦に振り、そのまま妹紅の先を促す。
「今は?」
「多分、お前と同じよ」
楽しそうに、けれども意地悪く。
妹紅はその唇の端を歪めて輝夜の質問に応える。
その答えに満足したのか、輝夜は手元の徳利を空になった妹紅の盃へと差し出した。
残された最後の酒を二人は均等に注ぎあう。
そうして数泊の静寂の後。
先程の輝夜と同じように、今度は妹紅が隣に座る少女の名前を呼んだ。
「ねぇ、輝夜」
「なに、妹紅」
やはり、視線は戻さない。
「私が不死じゃなかったら、お前は私と殺しあってくれた?」
その言葉に輝夜もまた、自身の過去を思い返す。
そしてやはり、導かれる答えも同じであった。
「きっと、貴女と同じよ」
先程のお返し、とばかりに唇の端を歪めながら、輝夜はくいっと盃の中身を飲み干す。
その様子をちらりと仰ぎ見た妹紅は、「違いない」と誰にも聞こえないであろう声で呟いた。
月の光が、彼女達の笑顔を照らす。
二人は同時に空になった盃を見つめると、この一瞬の時間を名残惜しむようにゆっくりと口を開いた。
「やっぱり、貴女との時間が一番退屈しないわね」
「全く。お前が居ないとこの永遠は長すぎる」
それは、彼女達の心よりの言葉。
悠久の時を生きる彼女達。その至極早い時の流れの中で。
とりたて、二人で過ごす永遠のような一瞬は本当に短く感じられた。
彼女が居れば、どれだけ長い生でも楽しめる。
彼女が居なければ、どれだけ短い生でもきっと退屈なのだ。
そう思うと、隣に座る少女が不死でよかったと。
心よりこの皮肉な運命に感謝をしてしまう。
二人は二人とも同じ考えにいたったのであろう。
輝夜と妹紅は打ち合わせたわけでもなく、自然に顔を見合わせた。
「私が死ぬまでは死なないでね、妹紅」
「私が死ぬまでは死なないでよ、輝夜」
今宵の月よりも、ずっと満開の笑顔で。
舞台照明のように彼女達を照らす月の下。
空になった徳利を地面へと置いたまま、二人はその場へと立ち上がる。
彼女達にはこれから、悠久の楽しい時間が待っている。
永遠とも思える時の中で恨みも怒りも磨耗され、残っているのは行動だけ。
それはもはや、互いが互いを繋ぎ止める歪な鎖にして、退屈な日常に彩を加える遊びだった。
「さて、そんじゃ……ま」
「殺し合うとしますか」
むき出しになった木の肌と、地面に落ちた紅葉の残滓が間近に迫った冬の訪れを告げていた。
晩秋の夜は長く寒く……そして静かだ。
人も妖怪も冬に備え、せわしく動き回るのは日中だけ。
日が沈んでしまえば、その冷え込みに自らの巣へと帰っていく。
夏はあれ程騒がしかった虫達さえも、最早何処かに消えていってしまった。
この世に存在するのは自分だけではないかと錯覚させるほどの静寂。
夜空の星々をまるで珠玉の宝石のように煌かす澄んだ空気。
月の兎達も観察できてしまうのではないか、それほどに見事な満月。
世界はどこまでも美しかった。
そんな美しき世界に―――――彼女達は佇んでいた。
互いがそこに居るのが当然のように。
始めから、共に存在しているかのように。
そう、その姿はまるで――――
――――――――かがみうつし―――――――
「いい夜ね、妹紅」
「いい夜ね、輝夜」
少女達は目の前の不死者の名を呼び、目を細める。
満開に輝く月の下、向かい合うは蓬莱山輝夜、そして藤原妹紅。
互いは互いにとって好敵手……などという言葉では生ぬるい、純粋な殺し合いの相手役であった。
無論、今宵彼女達が出会ったのも偶然などではない。
それはただ単純に互いを殺しつくす為、その体内に流れる紅を鮮やかに咲き乱れさせる為の必然の筈であった。
そう、その筈だったのだが……
宵の闇よりも深い黒髪をなびかせる少女、蓬莱山輝夜はくすっと薄く笑むと、自身の目の高さまで徳利を持ち上げた。
「たまには月見酒でも如何かしら」
とぷんと言う液体の音が宵の静寂にこだまする。
日の光より明るい白い髪を揺らす少女、藤原妹紅は輝夜の問いかけに対して、やはりくすっと薄く笑む事で応えた。
「たまには月見酒も悪くない」
それが自然であるかのように。
向かい合っていた少女達は、隣りあわせとなって腰を下ろす。
幾度と無く殺し合った二人は互いに酒を注ぎ合い、月を肴に盃を交えた。
「思えば、こんな風に二人きりで飲むのは」
「ええ、初めてだったわね」
果てが無いように続く、夜空へと視線を送る。
「私達ったら顔を合わる度に殺し合いの繰り返し。全く不毛ったらないわ」
「そしてこれからも繰り返すんでしょうね。嗚呼、全く不毛ったらない」
これまで二人の間で行われた数え切れぬほどの殺し合い。
そしてこれからも二人の間で行われるであろう数え切れぬほどの殺し合い。
全く不毛で、本当に素晴らしい時間に思いを馳せながら、二人はくっくと喉を鳴らした。
そんな二人の笑い声に同調するかのように、冷たくも穏やかな風がサァッと木々を揺らす。
騒々しい夏のオーケストラとは違う、寂しげな静寂の音色は彼女達に世俗の事を忘れさせるには十分だった。
そうしてどれ程の時間が経ったのだろう。
まるで世界に二人きりで居るかのような、そんな静かで楽しくて、けれども寒気がするような時の後、不意に輝夜は口を開いた。
「ねぇ、妹紅」
「なに、輝夜」
二人は名前を呼び合うが、その視線は月を仰ぎ見たまま戻さない。
親友、或いは恋人のような距離感の中で、輝夜はその双眸をゆっくりと閉じながら殺し相手に言葉を投げかけた。
「私のこと、嫌い?」
妹紅が輝夜の言葉で思い出すのは過去の自分。
ただ恨みだけで、ただ怒りだけで輝夜を殺そうと躍起になっていた妹紅自身であった。
そんな記憶の片隅に微かに眠っている昔の自分を思い出すと、妹紅は思わず自嘲めいた笑みを浮かべてしまう。
「嫌いだった。そうね、確実に嫌いだったよ。それはお前だって同じでしょ?」
互いに殺し合っていたほどだ、それは間違いなかったのだろう。
輝夜は薄く笑みながらこくりとその首を縦に振り、そのまま妹紅の先を促す。
「今は?」
「多分、お前と同じよ」
楽しそうに、けれども意地悪く。
妹紅はその唇の端を歪めて輝夜の質問に応える。
その答えに満足したのか、輝夜は手元の徳利を空になった妹紅の盃へと差し出した。
残された最後の酒を二人は均等に注ぎあう。
そうして数泊の静寂の後。
先程の輝夜と同じように、今度は妹紅が隣に座る少女の名前を呼んだ。
「ねぇ、輝夜」
「なに、妹紅」
やはり、視線は戻さない。
「私が不死じゃなかったら、お前は私と殺しあってくれた?」
その言葉に輝夜もまた、自身の過去を思い返す。
そしてやはり、導かれる答えも同じであった。
「きっと、貴女と同じよ」
先程のお返し、とばかりに唇の端を歪めながら、輝夜はくいっと盃の中身を飲み干す。
その様子をちらりと仰ぎ見た妹紅は、「違いない」と誰にも聞こえないであろう声で呟いた。
月の光が、彼女達の笑顔を照らす。
二人は同時に空になった盃を見つめると、この一瞬の時間を名残惜しむようにゆっくりと口を開いた。
「やっぱり、貴女との時間が一番退屈しないわね」
「全く。お前が居ないとこの永遠は長すぎる」
それは、彼女達の心よりの言葉。
悠久の時を生きる彼女達。その至極早い時の流れの中で。
とりたて、二人で過ごす永遠のような一瞬は本当に短く感じられた。
彼女が居れば、どれだけ長い生でも楽しめる。
彼女が居なければ、どれだけ短い生でもきっと退屈なのだ。
そう思うと、隣に座る少女が不死でよかったと。
心よりこの皮肉な運命に感謝をしてしまう。
二人は二人とも同じ考えにいたったのであろう。
輝夜と妹紅は打ち合わせたわけでもなく、自然に顔を見合わせた。
「私が死ぬまでは死なないでね、妹紅」
「私が死ぬまでは死なないでよ、輝夜」
今宵の月よりも、ずっと満開の笑顔で。
舞台照明のように彼女達を照らす月の下。
空になった徳利を地面へと置いたまま、二人はその場へと立ち上がる。
彼女達にはこれから、悠久の楽しい時間が待っている。
永遠とも思える時の中で恨みも怒りも磨耗され、残っているのは行動だけ。
それはもはや、互いが互いを繋ぎ止める歪な鎖にして、退屈な日常に彩を加える遊びだった。
「さて、そんじゃ……ま」
「殺し合うとしますか」
素晴らしい空気感を感じました
こういう話を書ける人は羨ましいです
>こういう二人の関係もいいよね! ね!
いいですとも!
こういう関係はなんと言えばいいんでしょうね
敵とも友人とも恋人とも好敵手とも違う
ただの信頼でもない、殺しあう不死者の関係
これはきっと何よりも堅い絆なんでしょう
ありがとうございました!
2人の関係を面白く描いていて素晴らしいと思います
>こういう二人の関係もいいよね! ね!
ありだー!と叫ばざるを得ない
素晴らしい!!!
次も期待してます
これはまた俺のジャステゥス!
感じがすごく良かったです。