※若干独自の解釈・設定を含んでおります。
この話は霖之助と慧音が昔馴染みだったら、という話です。
書き方を少し変えてみました。読みづらいようでしたらご指摘お願いします。
「おや? 霖之助じゃないか?」
私が里の中を歩いていると珍しい相手に出会った。
森近霖之助。魔法の森と人間の里の境に店を構える変わり者。
店から出ることなどほとんどなかったはずだが・・・・・。
「慧音じゃないか。寺子屋の仕事はいいのかい?」
今は昼時、子供達は揚々と遊びまわっている時間だ。
私の管理すべき時間ではないだろう。
「今日の寺子屋は朝から太陽がてっぺんに登るまでだったんだよ」
「太陽が昇るまで、とは曖昧なものだね。正午とでも言えばいいものを」
霖之助は紙袋を片手にやれやれとつぶやく。
「歴史を司る君にとって時間は重要なものだろう? なぜそんな曖昧な言い方をする?」
「子ども達にはそれが一番わかりやすいのさ。窓から太陽を見て時を知る。それによって自然に興味を持てる。素晴らしいことじゃないか?」
霖之助は私を見て、
「窓の外を見ている限りは君の授業を受けている子どもはいないんじゃないのかな?」
と指摘してくる。
この男は昔からそういうやつだ。
自分の考えを隠そうともしない。
まぁそれが彼のいいところなのだろうが。
そういえば似たような会話をしたような気がするな。
だが最近はそのころに比べ幾分かその言葉も和らいだ気がする。
私は彼の持っている紙袋に目をやりながら問う。
「ところで何か買い物か? わざわざ里に下りて来てまで買うものがあるのか?」
あの博麗の巫女といい、白黒の魔法使いといい、彼女らは里に下りる必要がないほどに妖怪などの恩恵を得ている。魔法の森のキノコや妖怪が持ち込む酒なんかがいい例だ。
そのため彼を含め、里に下りてくるというのは珍しいことだ。
「店は空けても大丈夫なのか?まぁ繁盛していると聞いた覚えはないが・・・・・・」
「生活ができるくらいには儲けているさ。それに今日は店には休業と看板を立てておいたよ」
「そうか。しかしなんでまでまた里に? 一体何を買ったんだ?」
私が問うと霖之助は紙袋を持ち上げこちらに見せる。
「買ったのは本さ。読書に必要な本。まぁ見識も深まらない物語ではあるけどね」
本? 紙袋の中を覗き込む。
すると確かに何冊かの本が入っている。
里の人間が書いた本のようで、少々歪な印刷方式となっている。
その本を手に取りつつ、
「霖之助。君ならあの魔法使いに頼めば紅魔館から欲しい本をせしめられるんじゃないのか?」
と皮肉気に訊くと、霖之助は複雑そうな顔をして、
「僕が魔理沙に泥棒をさせてるとでも言うのかい?それは濡れ衣というものだろう」
それに、と一息つけて。
「この本は僕が直接買うべきだと思ったんだよ。慧音、わからないかい?」
霖之助は本のうちの一冊を私に見せた。
その本の題名こそ聞いたことはなかったが。
作者名には見覚えのある文字が記されていた。
「『佐野助』の新作なんだ。里に戻らないうちに2,3冊貯まっていたようでね」
佐野助。その名前を聞いては私はあることを思い出した。
少し昔の話。私たちにとってほんの少し昔の話。
「佐野助は元気なんだろう? まぁ君は寺子屋で忙しいだろうから会う機会はなさそうだけど」
「あぁ。最後に会ったのは四年前だった気がする。机に齧りついて文字を書いていたよ」
そういうと霖之助は笑い、
「想像がつくね。全くあの子らしい」
本をペラペラと捲る。
この表現は間違いなく彼だ、と霖之助は呟いた。
佐野助。私が教えた生徒の一人。
そろばんや会話は苦手であったが、書道や文学の理解は教え子の中で群を抜いていた生徒。
そして一時的に霖之助の生徒でもあった生徒だ。
物語を描きたいと霖之助に指導を受け、彼の言葉を吸収し成長した男。
今は仕事の傍ら伝記物と娯楽用の物語を書いて暮らしているという。
私が思い出したのはその頃のこと。
まだ佐野助が文字を書くことに必至で。
霖之助がまだ霧雨店で修業をしていたころ。
こいつが今より少し無愛想で。
私がやっと教師に慣れ始めたころ。
あの時も私と彼は里の真ん中で偶然出くわしたのだったな――――
○●○
数十年前の人間の里にて
「霖之助。何をしている? こんなところで」
「見ての通り。本を読んでいるのさ」
彼は里の広場の椅子に腰かけて本を読んでいた。
真昼間からこれだ。恐らく朝からいたのだろう、食べた握り飯の袋がある。
真夏の炎天下の中、しかもこんな場所で、
周りで子供が走り回っているのによくも本を読めるものだ。
「霧雨店にいなくてもいいのか?」
「君こそ寺子屋はどうしたんだい? まだ終わるような時間じゃないだろう?」
本から目も背けずこちらに問う。
見たところ歴史書だろうか?稗田家あたりから借りてきたのだろう。
「今日は臨時講師を呼んでいてね。私はお役御免というわけだ」
「臨時講師?」
興味を持ったのか本から目を外しこちらを向く。
「あぁ、大工の棟梁さんが一役買ってくれてね。今日は寺子屋の前で本棚を作っているよ」
木材については私が手配した。
とはいっても数本木を折ってもってきただけだが。
「大工仕事は寺子屋で習うべきことなのかい?」
目を本に戻して一枚めくる。興味がない内容だったようだ。
稗田家の当主でも来ると思ったか。
この男は知識欲の塊だからな。そうであったなら小さい子供の中に恥も知らずに入り込むことだろう。
「しかし珍しいじゃないか。こんな時間に外にいるなんて。何かあったのか?」
私が問うと彼はばつの悪そうな顔をして、
「少しへまをやらかしてね。逃げてきたところなのさ」
「へま? お前がそういうことをする人間とはな」
彼はなんだかんだで優秀なイメージがある。
霧雨店に行ったことはあるがうまくやっていたと思うが。
一体何をしたというのか。
「なに簡単なことさ。君も経験はありそうなものだが」
本をめくる。こちらを見て話せと言いたいがそこは大目に見てやろう。
私にも経験のあることとはどういうことだろうか?
そう考えていると霖之助はため息をひとつついた。
「朝方来たお客が大の妖怪嫌いでね。半妖の僕を受け付けないのだそうだ」
――――――。
思考が停止する。
体が震えたのがわかる。
炎天下なのに体が冷える。
周りでは子供が走り回っている。
霖之助は私の心情を察したのか笑い事にしようと微笑んで
「別に珍しいことじゃない。この里にも妖怪はいる。酒場に行けば揚々と酒を飲み交わしていたりもするだろうが・・・・・・」
こちらを見ているのはわかるが反応ができない。
「妖怪を恐れる人間も少なくない。これは変えようのない事実だ。実際今日来たお客は息子を妖怪に食べられたらしくてね。僕の素性を知るなり店奥の親父さんまで呼び出しての大騒ぎだった」
笑っている。彼は自らを否定されたことを笑っているのだ。
私は思考を続けることができなかった。
「まぁそのお客も相当な頑固者でね。霧雨店に来たのも偶然なんだそうだ。いつもは近くに他の店があるらしくてね。とりあえずは彼の前で僕を店から追い出して話を済ませたというわけだ」
これはそこの店で買ったんだ、と屋台を指さすとまた本に目を向ける。
指さした先の屋台では握り飯などの軽い食事が置いてあった。
「それで・・・・・・お前は何か言ったのか?」
なんとか言葉をひねり出す。
正直に言えば今の私はかなり滑稽だろう。
真夏の炎天下の中、子供の遊ぶ広場の真ん中で直立に立って震えているのだから。
それも目の前には本を読んでいる男。
傍から見れば無視でもされて怒り震えているようにも見えるだろう。
私の言葉に霖之助は不思議そうに
「何か? 何か言うことがあるのかい?」
と私に問う。まったくわからない、といった感じで。
「お前は・・・・・・・悔しくないのか? つらくないのか?」
自分を否定されて。
とはあえて言わなかった。言わずとも伝わるだろう。
半妖という自分を否定された苦しみは。
霖之助はふうと息を吐くと言った。
「自らを非難されたことに怒りを感じているうちは商人にはなれないさ」
本を読み進めながら彼はなんでもないように続ける。
「商店は常に人々と出会う。その出会う人の一人一人に怒りを感じていては店などやれはしないだろう?事実霧雨店だって裏で小言を言われているんだ。それに対しすべて対応しては時間が足りないさ」
「だがな!」
私は何故か激昂していた。
体は震えたまま、絞り出すように声を出す。
「私達だって人間だろう?」
例え半分であっても。
「そうも思わない人間もいる。それだけのことさ」
「だからって割り切れるのか?」
そう聞くと霖之助は本を閉じて空を見上げた。
「割り切れるものではないだろうが、これは一生付いて回ることだ。今さら考えることでもないさ」
それに、と一息入れて私のほうを見る。
「君だって非難されたことがないわけではないだろう?僕よりも顕著な変化なのだから」
満月の時の私を言っているのだろうか。
あの姿は正直見られたくはない。
どう見てもあの姿は妖怪そのものだから。
事実あの姿で人間の前に出れば畏怖の念で見られてしまう。
この時私はまだそのことに慣れてはいなかった。
「ないわけじゃない。だが私はお前のように思えないよ」
「僕は君のように畏怖の念で見られたことはないからね。少々都合が違うのかも知れない」
次の日も彼は広場で本を読んでいた。
また何かあったのだろうか?
聞いてみると霖之助はため息をついてこう言った。
「昨日話したお客が大口の買い物をすると言いだしたらしくてね」
聞くと霧雨店の経営に影響が出るほどの大金がかかった話らしい。
「無論親父さんとしては交渉をうまく終わらせたいわけだ。そのためには僕が霧雨店にいるわけにはいかないのでね」
そう言いながら懐から袋を取り出した。
音から察するに路銀でも入っているのだろう。
「交渉が終了するまで宿場に隠れていろ、とのことだ。数日で終わる交渉のようだけれど」
「ならなんで里のど真ん中の広場で本を読んでいるんだ?」
問うと霖之助はすこし考える素振りをして、
「別に広場で本を読もうと彼のご老人に否定されるいわれはないのでね」
本なら宿場で読めばいいものを。
わざとここで読んでいるあたりわざとなのだろう。
彼なりに反抗しているのかもしれない。
自分は縛られない、ということを。
「ということは暇なのか? しばらくは店の手伝いもないだろう?」
同じ椅子に腰かけ彼の目を見据える。
すると彼は本から目を外す。
「暇、と言えば暇だが・・・・・・何故だい?」
その言葉に私はニヤリと笑い、
「うちの寺子屋に来ないか? わざわざ宿場を取るまでもない。寺子屋に泊まるといい」
その言葉に不思議そうな顔をする霖之助。
妖怪扱いされて心が痛んでいるだろうからいつもと違うことをするのもよかろう。
「交渉の間、寺子屋の先生をやらないか?」
「僕がかい?」
「あぁ。ちょうどいい息抜きになるんじゃないか?」
そういうと霖之助は本を閉じて少し悩むと、
「そういうことならやってみようかな。ただし、教えることは僕が勝手に決めさせてもらうよ」
と言って立ち上がった。
そして夕刻。
私と霖之助は寺子屋の教室で座り込んでいた。
「霖之助。私はお前には教師の才があると思って誘ったが・・・・・・見込み違いだったようだ」
「どうしてだい? 実にわかりやすい授業だったと思うけれどね」
「あぁ確かにわかりやすかった。説明もしっかりしていたし、質問にも答えていたな」
「そうだろう? 君だって頷いていたじゃないか」
私が出したお茶を啜る霖之助。
酒を求めてきたもののここは寺子屋だ。そんなものはない。
私はそののんきな姿を見てため息をついた。
「確かに教えることは任せると言ったが・・・・・・」
霖之助が持ってきた『資料』とやらを手に取り見せる。
「論語はさすがに早すぎるんじゃないか?」
「そうかい? 教養として幼いうちにと思ったのだけど」
「幼いにも限度があるだろう。相手は読み書きもままならない子供だぞ?」
「耳は聞こえるだろう? 言葉の意味を教えれば読めず書けずでもわかることだ」
「まぁ案の定子供達はほぼ全員太陽か地面を見ていたがな」
「自然の勉強になるんだろう?」
「いや、子供達は船乗りになるだろうさ」
そうかい、と呟き持ってきた論語の本を読み始める霖之助。
相変わらず無愛想なやつだ。
まぁ授業では愛想よくしていたためその点はよかったが。
「その辺は弁えるさ。霧雨店で僕が無愛想に店番をしているとでも?」
「そうではないが、最低限人と話している最中に本を読むのはやめたほうがいい」
「大丈夫だよ。気の許す相手以外には基本愛想がいいんだ僕は」
「私に気を許してくれているのはありがたいが、正直気分が悪いぞ? 早めに直すといい」
「気づいている欠点だ。正す機会はいくらでもあるだろう?」
「『過ちて改めざるを、これ過ちという』。霖之助、君が今日教えていたことだぞ?」
過ちを改めないことが最大の過ちである、という言葉らしい。
私が言うと霖之助は一本取られたといった感じで頭をかいて、
「しっかり授業を聞いていたようだね慧音君」
「あぁ、大変勉強になったよ森近先生」
と笑いあった。
なんだかんだで彼は教えたかっただけだ。
自らの知識を伝えたかっただけだ。
ただそれが不器用なだけ。
正しく伝えることができたなら。
私の隣で教鞭を取ってくれるのかもしれない。
「そういえば慧音、あの子はなんという子だい?」
「あの子?」
一しきり話したあと霖之助が唐突に聞いてきた。
手には子供の名が記された名簿がある。
「船乗りを目指さずにこちらを見てきた子のことさ」
・・・・・・眠らずに授業を真面目に受けていた子供か。
雪は語学に興味あったから最初は聞いていたが・・・・・・後半は虚ろだったな。
彼女は親の読む天狗の新聞に興味津津だったから。
弥七は起きてはいたがそろばんを打っていたな。
何を学んでいるやら。商人に憧れるのはわかるんだが。
「弥七じゃないさ。彼は霧雨店によく来るから顔はわかる。ちなみに霧雨店の弟子入り志願者だ」
「ほう? なら弟分だったわけか。ならば・・・・・」
他に起きていた子供。そうなるといたのは、
「佐野助か。あの子は物語に興味があるらしくてね」
「佐野助・・・・・・か。家は少し遠いんだな、里のはずれじゃないか。だから霧雨店で見かけないのか」
霖之助は腕組むと何か悩んだようにしている。
佐野助について何か思うことでもあるのだろうか?
「彼は特別頭がよかったりするのかい?」
「いいや。正直そろばんはうちの寺子屋では下から数えたほうが早いほどだ。読みはできるものの書きも決していいわけじゃないが? それに少々言葉が足りないところがあるが」
そうか、と呟き霖之助は思わぬことを言った。
「彼は僕の授業を理解していたんだよ。理解した上で授業のあとで僕に頼みごとをしてきた」
「本当か? すごいじゃないか。教訓だけとはいえ論語を理解できるなんて。それで? 頼みごととはなんだい?」
というより自分の授業が子供にわからないとわかっていたのか?
そう考えていると霖之助はこちらを見て
「『僕に文学を教えてください』だそうだ。文学という言葉を言ったのに驚いたが文字も読めない子供にそんなことを頼まれるとはね。というか論語は教本であって文学ではないんだが」
「佐野助はそんなやつだったかな? まぁこの寺子屋じゃ読み書きそろばん、歴史が主だ。物語に興味がある佐野助のことだ。私では教えてもらえないと思ったのだろう」
「教える、ということは彼は物語を書きたいだろうか?」
「それもあるだろうが、理解したいんじゃないか?物語に込められた意味などを」
童話に存在する教訓や真意などを知りたいのかも知れない。
事実彼は一度桃太郎を聞かせたところものすごく食いついたな。
私はそんなことを思い返しながら霖之助に
「それで返事はどうしたんだい?」
と訊いた。すると霖之助はけろりと
「僕が教えられる限りなら、と答えておいたさ」
と答えた。
おそらく自分に似たなにかを感じたのかも知れない。
それから霖之助は佐野助の勉強に付き合うことになった。
内容としては最初は単純なものだった。
ただ物語を読むだけ。ただそれだけだ。
理解するにしろ、物語を書くにしろ、物語に触れることが必要だと考えたかららしい。
霖之助が霧雨店にこっそり戻って借りてきた本を見せると佐野助は目を輝かせていた。
必死に童話や物語を読む様は微笑ましいものを感じた。
それが3日過ぎると今度は物語の意味を考え始めた。
何故このような物語になったのか。
どういうことを伝えたかったのかを考え始めるようになっていた。
一つ一つの物語をじっくり考察していく。
そして一つわかるごとに目を爛々と輝かせて次の本に行く。
私の制止も聞かずそろばんや書道をそっちのけでその作業を続けていた。
正直その姿には関心も覚えたものの若干の不安もあった。
そんなことをお構いなしに霖之助は『授業』とやらを続けていった。
彼が話す話を熱心に聴き、質問を続ける佐野助は生き生きとしていたが・・・・・・。
霖之助の知識が間違っていることに気づかないあたり、後が不安だ。
気づいた時手遅れでないことを祈るばかりである。
「やっぱり子供はわからないものだね。人にものを教える楽しみを再確認したよ」
「店の手伝いより楽しいんじゃないか?」
「それはそれさ。教鞭を振るうことも嫌いではないけれど僕が目指しているものじゃないさ」
「店を持つというのはそんなにすごいことなのか?」
そう問うと霖之助は今日もってきた資料・・・・・・『源氏物語』(相も変わらず子供にはわからないものばかりだ)を読みながら、
「一つの店を持ち、町の中に根付き生きていくというのは商人の夢だろう?」
と答えた。後に町の外に店を構えるわけだが。
「それは商人としての夢だろう?霖之助は生まれてからの商人でもなかろうに」
「確かにそうだが・・・・・・まぁいつの間にやらの商人になっていたのさ」
「なら教師になってみる気はないか?多少は慣れてきたじゃないか」
「遠慮するよ、厳しい先輩に苛められそうなんでね」
と言ってニヤリと笑った。
霖之助が寺子屋に居ついていつのまにやら半月も経とうとしていた。
買い物を終え、今は夕刻。
実の所霧雨店の交渉と買付は終わっており、本来なら霖之助は店に戻るべきなのだろう。
「しかし、親父さんがあんなことをいうとはね」
「察してくれたのだろうさ」
「何をだい?僕が教師を目指しているとでも?」
「いいや、私のお前を懇願する瞳をな」
数日前、交渉がすんだと聞き霧雨店に戻った霖之助が言われたのは『しばらく寺子屋での生活を続けろ』とのことだった。
それ聞いた霖之助の顔は今も忘れられない。
抗議はしたようだったが聞いてもらえず渋々戻ってきたのだった。
「僕を必要としてくれているのかい? あれだけ授業に文句をつけておいて」
ペラペラとめくりながらムスリとした顔をする。
「助かっているとも。少なくとも霖之助が授業をしている間、私は休めるだろう?」
私の言葉に彼は肩を落とす。
相当親父さんの言葉に傷ついたようだ。
「自惚れていたかな・・・・・・まだまだ半人前ということか」
落ち込んでいるが真相はそうではない。
実は霧雨店に出入りしているらしい寺子屋の生徒、弥七に頼んで事情を説明しておいたのだ。
彼がうちの寺子屋に泊まっていること。
生徒の一人が世話になっていること。
おそらく交渉が終われば帰ってしまうだろうということ。
それを含めて霖之助には生徒への教育を終わらせるように言ってほしいこと。
そのようなことを書いた手紙を霧雨店の店主に渡したところ、口裏を合わせてくれると約束してくれたのだ。
霖之助には悪いが生徒が自主的に学ぼうとしているのだ。
協力してもらわなければ。
まだ落ち込んでブツブツと話している霖之助に話を変えるために声をかけた。
「そういえば佐野助はどうなんだ? お前の授業を真面目に受けているようだが」
その言葉に霖之助は読書をやめ、少し考えると
「子供は純粋だからね。どんな知識もどんどん吸収する。それが興味あるものなら尚更だ」
立ちあがって教室の隅の箱を探り始めた。
確かあれは霖之助が佐野助への授業を始める際に持ってきたものだったな。
何が入っているやら。中を見せてもらったことがなかったが。
「読んだ物語、聞いた話、そのすべてをありのままに心に思い描くことができるのは子供の特権だね。普通は自分の価値観や思考で捻じ曲げてしまうというのに」
「わからないでもないが・・・・・・佐野助は少々捻くれた性格だったような気がするが」
悪く言うのも何だが佐野助は口数が少ない。
言葉を知らないと思っていたが。
「口数が少ないのと言葉の数は一致しないだろうさ。沈黙を愛する子供が皆愚かだというのかい? 慧音はそんな偏見を持った教師だとは思えなかったが」
「そういうわけじゃない。しかし私としては子供はもう少し活き活きとしてほしいだけだ」
「それは押しつけだろう。僕が周りと戯れているところを知っているかい?」
「生憎だが記憶にないな。昔からお前は本の虫だったからな」
「なら心配ないじゃないか。こうも『しっかりした大人』になっているのだから」
「お前は『しっかりした大人』とは程遠いだろう。その愛想の悪さは昔からじゃないか」
霖之助は肩をすくめるとまた箱の中身を探り始めた。
「僕の過去の素行はともかく、あの子・・・・・・佐野助には驚かされたよ」
そういうと霖之助は数枚の冊子を取りだして手渡してきた。
書かれた文字は拙いもので子供の文字だ。
おそらく佐野助のものだろう。
しかし何で書いたのか筆とは違う細い文字だ。
同じ太さでまっすぐにひかれている。
「あぁ、それは僕の持ち込んだ品物で書いたものだよ。『ボールペン』というらしいが」
「ボールペン? 外の世界の品物か」
聞くに無謀にも無縁塚に行って持ってきたとか。
あそこは妖怪も行かない危険地帯だというのに。
力も弱いのになんでそういうところに向かうのか。
まぁそれはともかく冊子に目を通す。
「これは・・・・・・御伽噺か?」
「あぁ、佐野助の創作だ。物語を読んで得た知識を使ったらしい」
正直いいとは言い難い内容ではあった。
状況がわかりにくく、人物の言葉も少ない。
言ってしまえば日記にも近い文体で綴られた拙い物語だ。
「これの登場人物は創作じゃないな」
「彼曰く御伽噺の『その後』だそうだ」
行動とその結果だけが書かれた物語で人物はわかりづらかったがそれは間違いなく有名な物語だった。
誰しも一度は考えるものだ。御伽噺にしろ、歴史にしろ、書かれた物語のその後を想像する。それを子供想像の赴くままに写した作品。
「これは『竹取物語』じゃないか?」
そういうと霖之助はうんと頷いて
「その通り、指摘したら『そうです』と一言言って帰ってしまったんだよ。読んで感想を聞かせろということなのだろうが」
数枚の冊子ではあったが子供の話だ。
字も大きくあまり長くもなかった。
内容を簡単に話してしまえばこういう話になる。
月に帰ったかぐや姫は翁からの恩を忘れられず月から地上に帰ってくる。
すると翁に会う前にかつて自分が課した難題によって恥をかいた貴族の子孫が彼女を殺しにかかるというものだ。
しかしかぐや姫は物語の通り不老不死のため死ぬことはない。
そのためかぐや姫と貴族の子孫は殺せぬ死ねぬと苦しみ続けている。
「なんとも言い難いが・・・・・・暗い物語だな」
「誰も救われていないからね。正直子供の書く物語とは思えなかった」
貴族のその後、というのは考えたことはあったが恨み晴らしの物語とはな。
子供が考え付くものではないだろうに。
佐野助は霖之助の知識を無駄につけすぎたのかもしれないな。
「しかし内容から察するにこの話には続きがある。事実貴重な紙を隠れて数枚持って行ってしまってね」
残念そうに言ってはいるもののその顔は別の感情が見て取れる。
「楽しみなのだろう? 自分の生徒の成長を見れるのは」
「ばれていたかい。まぁそうだね、成長を見れるのは嬉しいことだ」
「それが教師の醍醐味というものだ。わかるなら教師を目指してみてはどうだ?」
霖之助は怪訝な顔をして
「先ほどから妙にその話の持ち込むな。そんなに僕の商人姿が似合わないかい?」
と苦笑いする。
「いや、私達ならば共に教鞭を振るっても諍いは起きないだろうと思ってな」
「諍い?」
不思議そうな顔で私を見る霖之助。
私が急に窄めた声に違和感を持ったのだろう。
「教鞭を振るっているとな、子供との交流ばかりだろう?」
「あぁそうだろうね。まぁ完全にとは言えないが」
「そうなるとな。今度は大人の目がわからなくなるんだ」
「目、というと大人からの評価や噂のことかい?」
子供の前では大人は素顔は見せはしない。
賛辞を述べる言葉を受け、時折もらう品物に感謝する。
それすらも。
「嘘に見える。お前と逆だ。私は教師になって子供の心がわかるようになった。だが気づけば子供の心を思うあまりにその数倍にいる大人の心がわからなくなった」
「僕は商人だ。利益や客の後のために言い方は悪いが客の心を見透かし、知り、客のために動く必要がある。だから僕は君の言う大人の心が多少なりとも読める」
霖之助はすかした顔で暗い顔の私を見た。
私の話す内容を理解した上でまだそんな顔をする。
「僕から言わせれば純粋無垢な子供の心なんてものは僕にはわからないしわかるのはその親くらいなものだろう。君は十分すごいと思うけどね」
「だが私は怖いんだ。私達は半妖だろう? 私達は人とは生きる時間が違う」
「それはそうだろう。今教えている子供たちが年老いて死ぬ時にも僕たちは生きているだろうからね」
「長く生きる不気味さに恐れるものもいる。ましてや半分は妖怪なんだ。この前のお前のように恐れ忌み嫌われることもある」
「それについてはあの時に話しただろう? 深く考えることじゃない。いつか割り切れる」
「そのいつかが来る前に・・・・・・里の人間の意識に私が恐ろしいと思われるのが私は嫌だ。わかるか? 子供達に自分で教えるんだ、『妖怪は危険である可能性がある』と!」
いつの間にか大声を出している。
だが一度ついた言葉の勢いは止まらなかった。
霖之助は椅子に座ってただ何も言わずにこちらを見ている。
まだ言い足りないだろうと言わんばかりに。
「わかるか? 妖怪に襲われる事件が起こるたびに私の噂が流れるんだ。満月の私の噂が。だから満月の日の近くには子供を寺子屋に近づけない親だっているんだ。私が人を喰うなどするわけないじゃないか・・・・・・傷つけることなどするわけがないじゃないか」
嗚咽にも近い言葉だ。経験の独白で意味すら持たない愚痴に似た言葉だ。
「・・・・・・妖怪のことを話すと毎度子供達はこういうんだ」
『慧音先生は怖い妖怪なんですか?』
その言葉を聞く度に心臓が握られているような感覚になる。
この子が大人になったら私を恐れるのだろうか。
私をその純粋な目で見なくなるのだろうか。
その心に霞をかけるのだろうかと。
「人は心で何を思うかわからない。私はこの里の、この幻想郷の歴史を見てきたんだ。人に裏切られてたり退治された妖怪のこともわかる。だから怖いんだ」
見えなくなった大人の心と、
言葉次第でどうにでも回る子供の心が。
私をいかに思い、
いつ私を悪しきと考えてしまうのか。
私が言葉を止めると霖之助は少し考えるといつもと変わらぬ顔で
「悩むことではないだろう?」
とさらり言ってのけた。
「な・・・・・・え?」
「慧音の意見は確かにわかるが少々卑屈じゃないかい? 君がこの里で非難を受けているところは見たことがないが。まぁ先ほどの満月の件はわからないでもないがね」
霖之助の言葉はあくまで淡々としていた。
私はその態度に反応すらできずに呆けた顔をしていた。
「半妖だろうが、妖怪だろうが、ましてや人間であっても人を傷つける。子供の言葉が恐ろしいならば付け加えるといい、『人間も人間を殺す』と。子供の心ならば君が自分を傷つけないことくらいわかるだろうに」
立ち上がり窓を開ける霖之助。
涼しい風が流れてくる。
「考えることだ。君が受け持った言葉は君に恐怖を持ったままにこの寺子屋を出て行ったのかい? おそらくそんな子供はいないだろう?」
慧音は熱心だからね、と付け加える。
なんだろう?慰めてくれているのか?
霖之助はクスリと笑うと、
「もし慧音がこのまま教師を続けるのであれば、その恐怖は必要ないだろう」
「どういうことだ?」
「何、簡単なことだ。さっきも話した通りさ」
熱くなった身が、心が風で冷やされる。
落ち着きを取り戻す。
「君の受け持った子は君を恐れない。ならば慧音の教えた子が大人になり、年を取ったなら、その時里に君を恐れる人間はいないじゃないか」
あまりに単純な考えだ。
心変わりということを考えないあまりに単純な計画。
だがその時私はその計画が最良に見えた。
「慧音は歴史を見るあまりに後を見ることを忘れているんだよ。ただそれだけのことだ」
と霖之助は言うとまた本を読み始めた。
数日が過ぎた。
今日は霖之助が教鞭を取っていた。
相変わらず子供を船乗りにしたいらしく一人で話し続けている。
まぁ適度に説明を入れるようになったあたりましになっただろうか。
聞くと弥七は本格的に弟子入りするらしく兄弟子に当たる彼の言葉を必死に聞いていた。
佐野助はいつのまにやら霖之助の目の前で一言も聞き逃すまいと座り込んでいる。
雪は何かあったか起きながらも虚ろに何かを考えていたようだが・・・・・・。
他の子供はと言えば。
ほとんどいなかった。
寺子屋には私を含め手で数えられるほどしかいない。
がらりと空いた教室は物悲しさを感じさせる。
子供がいないその理由は簡単なことだった。
『今日は満月だから』
それと妖怪に人が襲われる事件が発生し里の人間を不安にさせた。
この2つの理由が重なってしまったことが原因だ。
それだけだからこそ私は再び傷ついた。
いつもはいるはずの子供までいない。
「恐らくあの商人だろうね。確か僕が来てから来た子供がいたじゃないか」
「あぁ・・・・・・清のことか」
一時的に置いてくれと来た子供がいたのだ。
彼の名前は清。聞くと河童の技術に興味があるらしい。
事実彼は毎日里の中心の天気予報の像を見つめていた。
その彼が霖之助を非難した商人の息子なのだという。
「恐らくは僕が半妖だと言いまわったのだろうね。正直君の寺子屋に来るような子供は僕が霧雨店で手伝いをしていることくらいはわかるものだろうが」
ため息をついて霖之助が続ける。
「疑心暗鬼というやつだ。半妖が2人集まれば人間1人と妖怪1匹ができるかもとでも言いふらしたかな?」
あり得ない話だ。
だがその商人は息子を妖怪に食べられたのだという。
ならば清は二人目の子供なのだろう。
それで私が半妖であること、霖之助がいたことを聞いて悪評を流したと。
満月に妖怪の外観になる私を知っている以上多少なりとも心配はあったのだろう。
子供達の親はここに来させなかったというわけだ。
「まぁここまで顕著だと清々しいものだね。しかし皮肉なことにその清は来てるわけだが」
「笑いごとじゃないだろう」
そう話している教室の扉が開いた。
今は自習をさせていたところだったのだが。
「森近先生」
出てきたのはムスリとした顔の子供。
他の子供より少し小さく体も細い。
この子供が佐野助だ。
佐野助は私が用意した計算の問題の紙を渡すと霖之助の方へ向いた。
「佐野助。どうしたんだ?」
「明日。渡しますので」
それだけ言うと寺子屋の出口へ向かう。
「完成を楽しみにしてるよ」
と霖之助が返すと、佐野助は振り向いた。
「期待しないでください、あと」
佐野助は私の方を向くと、
「僕は怖くありませんので。慧音先生」
と言って出て行った。
夕刻私は答案の採点をし、霖之助はまた持ってきた教材を読んでいた。
外は暗く、そろそろ月が出てくるころだ。
「何を恐れているんだろうな私は」
「なんだい?また何か不安なのか?」
霖之助は本から目を外しこちらを見た。
このひと月で大分本を読み続ける癖も治ってきたようだ。
「ああいった話をしたからだろうな。月が昇るのが怖いよ」
「話の内容は独白とそれへの見解だけだった気もするがね」
月が昇る。
角が生え、体色も変わり私の姿が変わる。
その姿を見た霖之助の感想は
「相変わらず不思議な光景だ」
なんとも中性的な意見だった。
私は里の外へ出た。
ここからは正直思い出すのも嫌なことだ。
私が里の外を見周りをしていると子供の悲鳴が聞こえた。
急いでそこに向かうと案の定子供が妖怪に襲われていたのである。
私は急いで妖怪と子供の間に割込み妖怪の相手になった。
その妖怪、名は聞いたことはなかったものの弾幕に近い攻撃をしてきたために、弾幕勝負のような戦いになってしまった。
無論里に被害が出ないように手加減をしての行動だった。
だがその様子はその子供・・・・・・佐野助には恐怖の対象でしかなかった。
弾幕が着弾した地面は壊れ、暗いはずの夜が眩しく光る。
私は相手の弾幕から里を守りながら戦い続けた。
そして妖怪がそろそろ退治できようとしていたその時に。
『私の弾幕』が佐野助に当たった。
ここから先はよく覚えていない。
妖怪を撃退したところまでは覚えているが。
佐野助は逃げている途中に何を落としたらしくそれを取りに行ってしまっていた。
それに気付かなかった私が弾幕を打ち続け、それが偶然佐野助に当たった。
咄嗟に腕で庇ったらしく両腕に傷ができていた。
幸いにも大きな傷ではなくさほど血も出ていなかった。
相手の妖怪を撃退するために放った弾幕だったため殺傷力は低い。
だがそれは妖怪から見ての話だ。
もし直撃していたら佐野助は死んでいただろう。
大丈夫かと佐野助に近寄り、薬を塗ろうとすると。
佐野助は薬を奪うと踵を返し里の方へ走っていってしまった。
頭が真っ白のまま寺子屋に戻ってきた。
戻ってきた道は覚えていない。
もしかしたら里の真ん中を歩いてきたかもしれない。
本当に頭が真っ白な状態だった。
「どうしたんだい慧音? 顔が真っ青だ」
霖之助が心配そうに私を見る。
声が出ない。
言わなければ。言わなければ。
「わた・・・・・・しは」
「慧音?」
「私は・・・・・・なんてことを・・・・・・」
そのあとは言葉にならなかった。
涙8割声が2割ともいかない割合で事情を話す私の言葉に霖之助は急かすことなくただ聴き続けてくれた。
私がやってしまった罪。
人間を、里の子供を、それも教え子を傷つけた。
妖怪から守ったなんて言い訳にもなりはしない。
私は私の手で教え子の命を刈り取るところだった。
「なるほど。まぁ理解したよ。君が動揺するのも無理はない」
なんとかすべてを話したころには丑の刻を過ぎており、月も頂点から沈み始めていた。
「私はなんということを・・・・・・」
まだ私は言葉をうまく紡げないでいた。
どうしようとどうすればと悩み続けていた。
そして怖れていた。
その私の姿を見て霖之助は椅子に深く腰掛けてこういった。
「それで・・・・・・慧音。君は僕にどうして欲しいんだい? 慰めてほしいのか。断罪してほしいのか。それとも懺悔を聞いてほしいのか」
その言葉は先日とは違う冷たいものだった。
純粋な質問。
優しさもなければ悪意もない。
単純な質問。
「慰めてほしいならこの身を貸そう。いくらでも泣きつけばいいさ。優しい言葉をいくらでもかけよう。だが慧音はそれを望んでないだろう?」
「霖之助?」
「だが断罪も懺悔も。君が求める僕への願いじゃないだろう?断罪は里の人間がするだろうし、懺悔なら心の中でいくらでもしたはずだ」
言葉が詰まる。
私は。
「私は・・・・・・どうすればいい? 霖之助」
わからなかった。
混乱していたのだ。どうすればいいか。
何をすればいいのか。
それすらわからない。
「まぁ僕から言わせてもらえば慧音がすべきことは」
一息いれる。
私はその顔を凝視していた。
すがる子供のように。ただ言葉を待っている。
そんな私へ霖之助の言葉が刺さった。
「『何もない』ね。このまま朝を待つか、眠るしかないだろう」
その言葉に私は何も言えなかった。
ただ泣きじゃくったボロボロの顔で
「何もない・・・・・・の?」
と鸚鵡返しに聞き返すだけだった。
「あぁ何もないね。だってそうだろう? その姿で佐野助の家に謝罪にでも行く気かい?もしくは元凶となった妖怪を跡形もなく退治してみせるかい?前者は状況を悪化させるだけ。後者は自己満足でしかない」
「だって私は許されないことをして」
「だからすべきことをすれば事は収まると思っているのかい? 結果は変わらない」
冷たい言葉だ。
言ってしまえば大人の意見。
つかむ藁もない言葉だ。
「怖い・・・・・・怖いんだ霖之助。朝になったらきっと佐野助は私を恐れる。それどころか私は悪い妖怪として退治されてしまうかもしれないんだ」
「そうなったらそうなったで受け入れることだ。僕は結果論しか話さないよ」
「私は・・・・・・佐野助を攻撃する気なんて全然なくて」
「だとしても佐野助は傷ついた。二度も言わせないでくれ。結果は変わらないよ」
霖之助は突き放すような口ぶりで私を見て、
「なるようにしかならないさ。それとも君の能力でこの歴史を食べてしまうのもありかもしれないね」
「それは・・・・・・いやだ」
「何故だい?食べてしまえば気に病む必要もないだろう?」
「いやなんだ」
子供が駄々をこねるような言い方だ。
我ながら情けない。
「怖い。怖い。嫌だ。嫌われるのは嫌だ。恐れられるのも嫌だ。こんな姿大嫌いだ。なんでこんな・・・・・・こんな化け物みたいな姿なんだ・・・・・・」
「慧音?」
「霖之助・・・・・・私は一人になってしまう。皆が私を恐れて、私は里には居られなくなる。嫌だ・・・・・・怖いよ」
目の前にいる男に縋ることしかできなくて。
彷徨う手は何かを掴みたくて。
震える足は支えが欲しくて。
私はいつの間にか霖之助に泣きついていた。
胸に顔を埋めて声をあげる。
まるで子供のように。
「大丈夫だ。どんな結果に転ぼうと変わらないことはある」
霖之助は子供をあやすように手を頭に載せてなでる。
傍から見れば随分と変わった光景だ。
私と霖之助はさほど背丈も変わらないのでものすごくアンバランスだ。
私は霖之助の言葉に聞く。
「僕と慧音の縁はとりあえず切れないさ。半妖の僕に批判する権利はないからね」
結局慰めてもらっている自分が情けなくて仕方なかった。
朝が来た。無論夜が続くなんてことは起こらなかった。
子供達が来るならばそろそろ来そうな時間だ。
私はビクビクと内心怯えながら寺子屋の入り口に立って、
いなかった。
寺子屋の裏でずっと座っていたのだ。
ここからでも子供達が来たなら声が聞こえるはずだ。
霖之助に入り口にいてもらい裏で一人蹲っていた。
すると声が聞こえてきた。二人だと思うが。
大人の声・・・・・・!?
「おや? 今日はあんたが待ってたのか? 先生はどうしたんだい?」
「頼まれまして。奥にいると思いますが?」
「いや、忙しいようなら改めて来るまでだ。伝えといてくれないか?」
「構いませんよ?」
次に出る言葉が怖かった。あの声は佐野助の父親だ。
恐らく佐野助のことで来たに違いない。
1秒が数分にも感じる中でその言葉は私の耳に届いた。
「『ありがとう』って伝えてくれ。佐野助を守ってくれたんだろ?」
思考が止まる。
体の震えが止まる。
怯えて冷えていた心に熱が灯る。
「何かあったのですか?」
と白々しく霖之助が問う。
すると佐野助の父親は笑いながらにこう言った。
「息子が里を抜け出したとき妖怪に襲われたらしくてね。なんか迷いの竹林に行こうとしていたらしいんだが。そこを慧音先生が助けてくれたって言うじゃないか。両腕に怪我をしていたからどうしたかと訊いたんだが転んだの一点張りで話しやしない。里の外で派手な争いがあったってのは聞いちゃいたからそりゃ驚いたもんだったよ。まさか息子がそこで妖怪に襲われて、その上恩師に助けられていたんだ」
興奮しているのか言葉の順番は滅茶苦茶だったけれど彼の感謝の心が伝わって涙が流れた。
夜の間に泣きつくしたと思っていたのに。
「先生は半妖だって言うけれど先生がいなきゃ佐野助は死んでたんだ。感謝してもしきれないさ。また明日くるよ。先生によろしく」
「はい、『一言一句』しっかり伝えておきますよ」
わざとらしく大きな声で返事をする霖之助。
私は霖之助と佐野助の父親に心の中で感謝の言葉を言った。
本当の礼は明日すればいい。
蹲り静かに、ばれないように泣き続けていると。
被っていた帽子が取られた。
顔を持ち上げるより先に声が届く。
「角、生えてないですね」
「佐野助・・・・・・?」
帽子を取ったのは両腕に包帯を巻いた佐野助だった。
相変わらずの無表情で私を見ていた。
「泣いているんですね。悲しいことでも?」
「怖くないのか?」
「誰が誰をです?」
全くわからないといった顔でキョトンとする佐野助。
まるで昨日のことがなかったかのように。
「だって私はお前を傷つけて・・・・・・」
「ありがとうございます」
遮るように礼を言うと佐野助は入り口の方へ歩いていってしまった。
「森近先生。これ」
「おぉ、続きができたのかい」
「えぇ。いままでありがとうございました」
そっと入り口側を見ると佐野助が数枚の紙を霖之助に渡していた。
「おや。勝手に授業を終了させる気かい?」
「弥七から聞きました。私のためにここに来て下さっていたこと」
「そうかい。君が望むなら続けてもいいんだがね」
「いえ。もう大丈夫です」
そういうと彼が中に入っていくのがわかった。
そして、
「私はもうわかりましたから」
という聞いたこともない明るい声が聞こえた。
あれは・・・・・・佐野助の声だったのか?
○●○
現在
「そうだったな。そういう話だった」
霖之助が椅子に座り感慨深く頷いた。
ちなみに今いるところは最初に会った広場だ。
「あぁ。あの時のことは今でも怖くてな」
「それはそうだろうね。今は平気なんて言われたらあの時胸を貸すまでもない出来事じゃないか」
「あ、あれは忘れてくれ! 気の迷いだ!」
「まぁ気の迷いだろうね。錯乱していたようだったし」
佐野助の本をペラペラと捲る霖之助。
「読まないのか?」
「店に戻ってからゆっくり読むさ」
「読み終わったら私に貸してくれないか?」
「それは構わないが・・・・・・」
「そしてその時は臨時講師をお願いしよう」
「前言撤回だ。貸すのはなしだ」
「なんでだ。嬉々としてやればいいじゃないか」
「いや。僕はもう講師はしないよ」
事実あの日以降霖之助は教鞭を取っていない。
何か踏ん切りかついたのか、それとも何か事情があるのか。
私にはわからない。
だが彼は今一商人と生活している。
それの邪魔をするのは野暮というものだろう。
「しかし・・・・・・あの佐野助の物語、どこかで聞いたような気がするんだが」
「あぁ、それは・・・・・・」
物語について話そう。
あの後佐野助が渡した物語はこういうものだった。
貴族の子孫とかぐや姫は別々の日に同じ一人の不思議な人間に出会う。
人間は人よりも数倍の時を生きるが決して不老ではなく。
人間は人よりも数倍頑丈だったが決して不死ではなかった。
貴族の子孫は人間と話すことで老いぬ苦しみ、死ねぬ苦しみを知り、自らがかぐや姫に行ってきた仕打ちを深く反省する。
かぐや姫は自らが知りえない逆らえない時間の流れ、目的を果たせずに死ぬ無念さを知り自らの行いを反省する。
そしてその人間が間を取り持つことで貴族の子孫とかぐや姫は仲良くなることができた。
とのことだ。
何かと重なるものがあるだろう。
まぁ違う点と言えば貴族の子孫も不死だということだろうか。
この話からすれば私はあの二人の間を取り持つ必要があるようだ。
私の命が続く限りやってみせようじゃないか。
ではないかと
ただ、文章の過去と現在の繋がりが薄く、現在→過去→現在、と
パートを分ける必要性が私には感じられませんでした。
過去の話として話を始めて、現在の話は最後に少し付け足すだけにしたほうが、
文章としてのまとまりが出ると思います。
しっかし、霖之助はそのまま教鞭をとり続ければ立派な魔法使いになれたでしょうねぇ。
ラリホーの。いや、ラリホーマw
なるほどなぁ、とSSながら興味を引かれました。
>妖怪扱いされて心が痛んでいるだろうだからいつもと違うことをするのもよかろう。
「だろう」と「だから」のいずれかで良いと思います
>それのようなことを書いた手紙を霧雨店の店主に渡したところ、口裏を合わせてくれると約束してくれたのだ。
そのようなこと
>「子供は純粋だからね。どんな知識をどんどん吸収する。それが興味あるものなら尚更だ」
どんな知識も
>「生憎だが記憶ないな。昔からお前は本の虫だったからな」
生憎だが記憶に
>不思議そうな顔を私を見る霖之助。
不思議そうな顔で
>私をその純粋な目を見なくなるのだろうか
その純粋な目で
>言葉次第でどうにも回る子供の心が。
どうにでもなる
>傍から見れば随分とへ変わった光景だ。
随分と変わった
>と白々しく霖之助にが問う。
白々しく霖之助が問う
全体的に、地の文が箇条書きに思えました
技法としては確かにアリだとは思うのですが、全体的に使うと読み難く効果としては逆にマイナスです
また、現在と過去の視点も入り交じっており、把握に苦労しました
地の文について意外にも、「?」の多用や、過去形の多用は文章としての見辛さを上げてしまうため、もう少し頻度を下げても良いと思います
句読点に関しては好みの部分もありますが、台詞に入り前の読点などがところどころになく引っかかりを覚えます
子供に対して誤射してしまった後の慧音と霖之助のやりとりは面白かったですが、それ以外は冗長に感じます
場面転換も、大体は分かりましたがもう少し分かりやすい方法で区切った方が親切だと思いました
幻想郷に生きる人間にとって、この判断基準は大抵の場面において正しいのでしょう。
それこそ、『人間も人間を殺す』という重大な事実が、取るに足らない極論として片付けられてしまう程には。
しかしそんな逆風吹き荒れる中にあっても、人として生きようとする、妖怪の流れを汲む者達。
とても興味を惹かれるテーマでした。
半分が妖怪である事を嘆き、割り切れない感情と不安に苦悩しながらも模範的に生きようとする慧音と、
半分が妖怪である事を受け入れ、飄々とした風をしながらも、半妖の憂いを誰よりも理解している霖之助。
正反対の様でありながらも、根源的には同じ苦悩を抱える二人の対比がうまく書かれていたと思います。
おもしろかったです。
生徒の詳しいパーソナリティは多少省いてしまっても問題なく感じられます
基本的に、余計な情報が入れば入るだけ物語の焦点はぼやけてしまいます
冒頭にも述べたとおり寂しい話になりますが、少し削った方がよいと感じました
また地の文について補足すると、接続詞を増やして良いと思います
使えば良いというものではないですが、ある程度は使った方が効果的です
幻想郷を考える上ではやっぱり欠かせないテーマだよなぁ……