Coolier - 新生・東方創想話

Forgotten Umbrella

2009/12/06 05:44:08
最終更新
サイズ
34.23KB
ページ数
1
閲覧数
1338
評価数
15/46
POINT
2920
Rate
12.53

分類タグ


 ※微妙にオリ設定があります。蓮子とメリーの二人が結界を超えたことがあったりとかです。









(あー、またみごとに大雨ねえ)

 超統一物理学の講義中のこと。外から聞こえてきた音に私は思わず溜息をつきそうになる。小気味良く窓を叩いているそのリズムは、退屈な教授の講義よりも余程魅力的であるように私には思えたが、それでもこう何度も聞かされ続けていればさすがに飽きが来るというものだ。
 梅雨とは言え、こうも雨の日が続くとうざったいことこの上ない。しかも最近は同じ日に降ったり止んだりでコロコロ変わるから更にタチが悪い。非常に珍しく天気予報なるものを見ていたので一応傘は持ってきているが、正直言って雨自体余り好きではない。
 何故かって?秘封倶楽部の活動が出来なくなるからに決まっているではないか。いや、別に特に予定していた活動がある訳でもなし、雨が降ったら降ったで時間を潰すことも可能ではあるのだが。
 
(そういえば、メリーって傘持ってるのかしら?)

 今は別の講義を受けているであろう、我が相棒のことを思い出す。
 秘封倶楽部のパートナーにして一番の親友、マエリベリー・ハーン。呼びにくいので私はメリーと呼んでいる。外見はまるで西洋のお人形を思わせる容姿で、同姓の私から見ても見惚れてしまうほど。その上勉強も出来て、性格もちょっと変わってはいるが概ね温厚と付け入る隙がない。
 しかし、あの胸だけはけしからんといつも思う。ニュートンの法則を無視しているとしか思えない圧倒的質量を備えたそれは、私に羨望と嫉妬の心を植え付けるには十分過ぎるものだった。私だって標準的なサイズは備えているはずだ。それなのに……!外人だからか?外人だからなのか!?
 ……いや、これ以上考えるのはやめよう。持つものはより富み、持たざるものはより餓える。それが資本主義の摂理なのだ。

 でも、メリーはああ見えて何処か抜けているところがあるから、友人として気が抜けない。単純に傘を忘れてきているだけなら良いのだが、その後の行動がこちらの予想の斜め上を行っているのだ。
 以前も似たようなことがあったのだが、何とメリーは雨の中を傘も差さずにそのまま帰ってしまったらしい。しかも走って帰るでもなく、まるで雨等降っていないかのようにのんびりと歩いていたそうだ。コンビニで買うなり他の人に入れてもらうなりいくらでも方法があるでしょうが、と後で本人に問いただした所、事も無げにこうのたまってくれた。

「あら、たまには雨に濡れて帰るというのも悪くはないでしょう?」

 ああ、私がその現場を目撃出来なかったことが悔やまれるわ……じゃなくて。
 メリーくらいのスタイルで、しかも夏の薄着でそういうことするとサービス精神旺盛過ぎるからやめなさい、と言うときょとんとした顔で「何が?」と返された。気付いてないのか、それとも気にしていないのか。ちょっと天然入ってるメリーのことだから恐らく前者なのだろう。
 まあ、そんな危なっかしい相棒を放っておくにはいかない。今日は私もメリーも四限で終わりだから丁度良い。今日はメリーを誘って喫茶店にでも行こう。新作のケーキが出ているかもしれないし、雨の日に時間を潰すにはぴったりだ。
 
 そんなこんなで考え事をしている内に、講義終了のチャイムが鳴り響く。ちなみにこんな風に思索に耽っていた私ではあるが、きちんと講義の板書は取っている。どうでも良い内容ならばともかく、今受けている講義は一応は専門として受講している分野。成績を落としてしまうと色々と面倒なのである。授業態度については講師と割と親しくしているので、目に余るような態度を取らない限りは基本的に説教されるようなことはない。優等生万歳。

《メリー、今日傘持ってきてる?》

 講師によっては講義が延長してたりすることもあるので、念のためにメールで送る。どうやら今日は向こうも既に終了していたみたいで、すぐに返事が帰ってきた。

《そっちも講義終わったのね。傘は持ってきてないわ。朝の天気見て降るなんて思わなかったし》

 さすがメリー。期待を裏切らない回答でお姉さん嬉しいわ。まあ確かに朝はしっかりと晴れてたし、私もたまたま天気予報見てただけなんだけどね。

《オーケー。私は持ってきてるから今からそっちに行くわ》

 パタン、と携帯を閉じてメリーがいるであろう教室へと向かう。頭の中は既に今日のこれからのスケジュールで埋め尽くされていた。結局のところ雨だろうがなんだろうが、私とメリーが一緒にいればそれで秘封倶楽部の活動は出来るのだ。











 タンタンタンタンと傘に当たる雨の音を聞きながら二人で帰り道を歩く。

「ありがと、蓮子。どうしようかと思ってたから助かったわ」
「また雨の中を傘無しで歩かれて風邪でも引いたら大変でしょ」
「あら、雨を体で感じるのも悪くないわよ。日本には水も滴る良い女って言葉もあるじゃない」
「限度があるでしょ。こんな大雨じゃ単なる濡れ鼠よ」

 まあメリーなら濡れていても綺麗なんだろうな、とは思うだけで口にはしない。私の持っていた傘はそれなりに大きいサイズだったので、二人で入ってもそれほど濡れることはない。
 さすがに二人で入ると多少は雨がかかってしまうが、どちらかがずぶ濡れになってしまうよりかはマシだ。ただ、お互いに少しでも濡れないようにしている為、かなり密着した状態になってしまっている。

「それにしても」
「ん?」
「これって、相合傘ってやつよね。傍から見たら恋人同士に見えるのかしら?」
「ぶっ!」

 唐突な爆弾発言に私は思わず噴き出してしまった。相合傘ってまた妙に古い言葉を知ってますなメリーさん。というかその言葉自体、久しぶりに聞いた気がするわ。それにしても、恋人同士って……。メリーの方を見ると相変わらずころころと笑っているだけで、その奥にある感情は読めない。

「あのねえ、そもそも私達は女同士でしょうが」
「あら、私は蓮子とだったら別に構わないけれど?」
 
 ……時々こういうことを真顔で言うから困るのだ、この子は。知り合ってからもうすぐ半年が経つけど、メリーの思考は未だに私には読めない。私がメリーに対してそういう感情を全く抱いていないかと言われれば、嘘になると思う。だけどそれを表に出して言うつもりは、少なくとも今はない。
 私自身がこの感情にまだ名前を付けられないということもあるし、それ以上にメリーは大事な親友であり、秘封倶楽部の大切なパートナーなのだ。今はそれで十分ではないかと思う。

 いつもよりも少しだけ早く鳴っている心臓の音については、ざあざあとうるさいくらいの雨の音がかき消してくれるだろう。私はそう思い込むことにした。

「それで、これからどうするの?」
「そうねえ、雨が止むまで喫茶店で時間を潰していかない?」
「悪くないわね。でもこれだけ降ってて止むかしら」
「予報を見た限り、段々弱まっていくとは言ってたわよ」

 結局私達はいつもの喫茶店に入ることにした。特に何も活動がない場合に二人で良く来る、お気に入りの場所である。



 カラン、カラン



『いらっしゃいませー!』


 店員さんの元気な声が響く。見たことがない人だ。新人さんだろうか。店内は平日の午後ということもあり、それほど混雑はしていない。よく座っている窓際の席が空いてたので、私達はそこに座ることにする。残念なことに新作のケーキはなかったので、二人それぞれお気に入りのケーキを注文することにした。私はガトーショコラ。メリーは苺ショート。
 
「それで、今日はサークル活動はなしかしら?」
「こんな雨で結界探索したって碌な成果は上げられないわ。今日は英気を養う為にここで適当にだべるのが活動よ」
「ある意味いつも通りよねぇ」

 それは言わない約束よメリー。


『お待たせいたしました』


 注文していたケーキが先ほどの店員さんによって運ばれてくる。うん、ここのケーキはいつ見てもおいしそうね。普段(甚だ不本意ながら)男勝りだのなんだの言われている私だが、やはり世間一般的な女の子と同じく甘い物には目がない。特にこの喫茶店のケーキは、シンプルながら味は専門店にも劣っていないと評判である。

 早速フォークでガトーショコラの端を切り崩し、口元に運ぶ。濃厚で、けれども甘すぎないビターチョコの味が口元に広がり、間に挟まっているココア風味のスポンジがビターチョコと合わさって口の中で溶け合い、私に幸せを運んでくれる。

「ん~、おいし!」

 この時の為に生きていると言っても過言ではない!カロリー?そんなものは幻想よ。
 メリーはそんな私を見てくすくすと笑う。

「蓮子って本当においしそうに食べるわよねえ。特にそのケーキ」
「ここのガトーショコラは甘すぎないのが良いわね。生地の表面にかけている砂糖も決してくどさを出さずに脇役に徹しているわ。デコレーションを必要最小限に抑えているのもグッド。この間行ったケーキ屋さんは個人的にはアウトね。やたら表面の飾りだけごてごてしてて大味になっちゃってるし。ここみたいに、飾らなくてもしっかりとした味のケーキって中々ないのよねえ」
「それについては同感ね。それにしても、蓮子の食べてる様子見てたらそっちも食べたくなってきちゃったわ」
「無償提供は不可能ね。トレードならOKよ?」
「あら、そう?じゃあ私が食べさせてあげようか?はい、あーん」
「ちょ、ちょっと、メリー!」

 そんなこんなで、しばらくの間メリーと他愛もないお喋りを続けていた。結界探索の時のように気分が盛り上がるようなことは何もないが、この時間もまた秘封倶楽部の活動の一つ。私にとっては大切な時間だ。


 ポツ……ポツ……


「あ」
「どうやら止んできたみたいね」

 窓から見える外を見ると、先ほどまで肉眼でも確認できる程に降りしきっていた雨が、今ではほとんど視認出来ないくらいになっている。思ったよりも早く上がったようだ。それでも喫茶店に入ってから一時間以上は経過している訳だが。

「何だかんだで結構長居してたわね。そろそろ出ましょうか?」
「そうね。またいつ降りだすかもしれないし」
 
 カラン、カラン

『ありがとうございましたー!』

 会計を済ませ、ドアについた鈴の音と店員さんの声を背に私達は店を出る。雨はもうほとんど降っていなかった。どうも今年の梅雨は前線の動きが異常に早いらしく、大雨が降ったと思ったら一時間後には晴れていたりする。そんな訳で最近は余り結界探索を行うことが出来ず、もっぱら今日のように喫茶店で取り留めのない話をするだけになっていた。

「それにしても、見事に上がったものね。さっきまでの大雨が嘘みたいだわ」

 空を見上げながらしみじみとメリーが言う。確かにまだ雲は残っているものの、隙間からは太陽がその姿を覗かせている。

「全くね。最近こんな天気ばっかりで嫌になっちゃうわよ。傘がいるのかいらないのかも全く分かんないし」
「答えは簡単。置き傘を持っていけばいいのよ」
「全くもって正論ねメリー。じゃああなたはどうして持ってきてないのか聞いても良いかしら?」
「だって毎日持って行くと嵩張るじゃない」

 まあそれはその通りだ。私も基本的に置き傘は持っていかないし。
 しかし、さっきからすごい違和感を感じるのは何故だろう。周りの景色が特別変わった訳でもないし、メリーが突然ヒゲダンスを踊り始めた訳でもない。ましてや結界の裂け目が突然私に見えるようになった訳でもない。違うとすれば、さっきまでは降っていた雨が……

「ああ!」
「どうしたの、蓮子?」
「傘、忘れた……!」

 そうだ、やけに左手が軽いと思ったら喫茶店に入るまで持っていた傘がない。何処にあるかなんて考えるまでもない。

「あらら、蓮子らしくないわね」

 メリーに呆れた視線を向けられるのも仕方ない。まさか雨が止んだからといって傘を忘れるような、間抜けな真似をしてしまうとは。宇佐見蓮子、一生の不覚!

「大げさよ」
「待って、今私何も言ってないわよ」
「気のせいよ」

 何が気のせいなんだろうか。

「どうする?戻るんだったら付き合うけど」

 うーん、どうしよう。今から戻るには微妙な距離だ。もう少し気付くのが早かったらと思わずにはいられない。

「いや、やめておくわ。今から戻ったら結構時間かかっちゃうし」
「あら、いいの?」
「家にも予備の傘はあるし。帰るまで雨に降られなければ平気よ」
「まあ蓮子がそう言うなら私は構わないわ。でもから傘おばけの祟りには気をつけてね」
「から傘おばけってまたマイナーな所をついてくるわねぇ」

 そういえば、以前何処かのテレビ局でやっていた『二十世紀のアニメ特集』とかいう番組の中にそんなお化けが出ているのがあったわね。そんなくだらないことを考えながら歩いている内に、いつの間にかメリーの家の付近まで来ていた。私は電車なので、ここから先は別の道だ。

「それじゃあ私はこっちだから。またね、蓮子」
「ん。また明日、メリー」

 いつも通りの挨拶を交わしてメリーと別れる。既に私の頭の中からはあの傘のことは消えてしまっていた。











 数日後の夜、私はメリーに電話をしていた。明日伝えても良いのだが、予定を入れるなら早い方が良い。
 3回ほどコール音が鳴った後、カチャッという音と共にメリーの声が電話越しに聞こえてきた。

《もしもし、私メリーさん。今あなたの後ろにいるの》
《怖いから!メリーなら本当にいそうで怖いから!》

 口頭でそれかい!まあ、相手が私だと分かっているからこそだろうが。

《冗談よ蓮子。ところでこんな時間にどうしたのかしら?》
《うん。メリー、今週の土曜日って暇?》
《まあ休みだし特に予定はないけど。何処か出掛けるのかしら?》
《久しぶりにサークル活動のお誘いよ。ちょっと見てもらいたい写真があるの》
《なるほど。分かったわ。でもちょっと残念ね、デートのお誘いだと思ったのに》
《はいはい。待ち合わせ場所はこの間の喫茶店の前で良いかしら?時間は……そうね、午後の2時くらいでどう?》
《了解。ただし遅刻したら奢らせるわよ》
《ご、5分まではノーカウントでお願い》
《真に残念ながら被告の申請は却下されました》

 うう、メリーがいぢめる。まあいつも遅刻してる私が悪いのだが。というよりメリーも冗談半分なので、本気で言っている訳ではない。以前、待ち合わせ時間に30分ほど遅刻してしまったことがあり、さすがに悪いと思ってその日は私が奢るわと言ったところ、いつもの笑顔でこう返されてしまった。

「じゃあ蓮子は私の分を奢って頂戴。私は蓮子の分を奢るから」

 それじゃ意味がないでしょと思いつつも、本当にメリーにはかなわないなぁと思った。

《蓮子?どうしたの?》
《あ、ううん。何でもないわ。じゃあ、土曜日の午後2時で》
《了解。じゃあお休みなさい》
《ん、お休み》

 ブツッ ツー、ツー、ツー

 メリーとの電話を終えた私は今回のことに関する簡単な調査を始める。最近雨ばかりな上に大したネタもなく、純粋な意味でのサークル活動をはほとんど行えていなかったが、今回の件に関しては私の勘は『当たり』だと告げていた。自然と気分も高まってくる。

 窓の外に目を向けると、相も変わらず大粒の水滴が窓を叩く音だけが響いていた。

(そういえば、あの傘はどうなったのかしらねぇ)

 ふとそんなことを思う。一応忘れた次の日に見に行ってみたのだが、傘は既にその場所にはなかった。店員さんに片付けられてしまったか、それとも誰かがこれ幸いとばかりに持っていったのか。いずれにせよ、私にはもう手の届かない領域だ。
 
(まあ、あの傘がどうしたっていう訳でもないんだけど)

 特別お気に入りの傘だった訳でも、高級な傘だった訳でもない。ただちょっと気になってしまっただけである。
 思考を一旦切って、秘封倶楽部の活動の為の調査を再開する。


 雨は変わらずに降り続けていた。


 そして次の土曜日。天気は久しぶりに晴れであったが、寝坊した私は私は急いで待ち合わせ場所に向かっていた。案の定というべきか、待ち合わせ場所には笑っているけど笑ってない顔のメリーがいた。


「お待たせ、メリー」
「21分の遅刻よ」
「残念、正確には20分と42秒よ」
「どちらにせよ遅刻には変わりないわ。じゃあ今日は蓮子の奢りね」
「ひどい、ひどいわメリー!私達の友情は何処へ行ったの!?」
「今は友情もお金で買える時代よ」
「待って、さすがにそれは色々と問題発言な気がするわ」

 いつものように下らない冗談を言い合いながら二人で喫茶店に入る。休日だということもあり、店内はそれなりの賑わいを見せていた。空いている席を探して座る。今日は二人とも飲み物のみの注文だ。
 
「で、今回の目的地は何処かしら。博麗神社?それとも蓮台野?」
「いえ、今回はちょっと違うわ。最近夜中に外を歩いていると突然変な声が聞こえるって話、聞いたことある?」
「話くらいは聞いたことあるわね。大学内でも少し噂になってたし」

 一週間くらい前からだろうか。夜中に外を歩いていると、突然何もない所から声が聞こえてくるという噂が出てきた。最初は聞き間違いかとも思ったらしいが、その後別の人も同じような声を聞いたという話が出てきて、今ではちょっとした噂になっている。小さく掠れる程度にしか聞こえないため、内容に関しては諸説あり正体は分かっていない。ただ、声質的には小さな女の子のような声らしい。
 この話だけを聞く限り、何処にでもありそうなオカルト話であり特に被害もなく、ただ単に変な声が聞こえるというだけであり、私たちが調査する意味があるような話とは思えない。メリーもそのことは当然理解しているようで、意味深な笑みを浮かべて紅茶を一口含む。

「蓮子がそんな何処にでもありそうな、陳腐な怪談話に興味をそそられるとも思えないわね。他に何かあるんでしょ?秘封倶楽部として動きたいと思った理由が」
「さすがはメリー。話が早くて助かるわ。じゃあ、この写真を見てちょうだい」

 私は用意してきた一枚の写真をメリーに渡す。と言っても、写真自体には何が移っている訳でもない。単なる薄暗い夜の空き地の写真だ。私がメリーに見てもらいたいのは写真の外観ではない。

「前から思ってたんだけど、こういうのって何処から手に入れて来るのかしら?」
「それは乙女の秘密というものよ、メリー。それよりどうかしら。何か見えたりする?」

 最初は私もこの話に対して半信半疑と言うかほとんど興味がなかったのだが、昨日たまたま手に入れたこの写真を見て一気に確信に変わった。そう思わせるだけの材料がこの写真にはあったからだ。

「そうね……」

 メリーはしばらくの間写真を見つめていたが、やがて諦めたかのように溜息をついた。
 
「何も見えなければ単なる噂でした、はいおしまいで良かったんだけど……。当たりね」
「ということは」
「ええ、『裂け目』が見えるわね。目出度くオカルト現象の仲間入りよ」
「やっぱりね、今回は当たりだと思ってたのよ」
「あら、どうして?」
「この写真、時間帯は明らかに夜でしょ?ということは私の眼なら時間と場所はほぼ正確に把握可能なはずなのよ」
「相変わらず気持ちの悪い眼ねえ」
「こら、失礼なこと言わない。それで、時間に関しては午前2時02分18秒と正確に分かったわ。だけど場所に関しては……二つの地名が同時に頭に浮かんできたのよ。この時点で既におかしいわ。一つはここからそれほど遠くない場所の地名。これは良いわ。でももう一つ浮かんできた地名は私には全く聞き覚えのない名前だった」
「聞き覚えのない地名って?」
「少なくとも日本の地名ではないわね」

 そこまで言ってから、カフェオレを飲んで一息つく。

「で、どうメリー?ここ調べてみない?」
「あら、それは私に選択の余地があるということかしら?」
「選択肢は『Yes』か『はい』のどちらかで」
「まあ、ひどい」

 ふふ、ふふふと顔を見合わせて笑いあう。周りから見たらさぞ不気味に見える光景だろう。まあ何だかんだ言ってもメリーは最終的には私の決定に賛成してくれるし、こんな言い合いはさしずめ活動を行う前の恒例儀式のようなものだ。メリーはひとしきり笑ってから紅茶の残りを飲み干して、カチャンとカップを置く。

「蓮子を一人で放っておく方が危なっかしいし、付き合ってあげるわ」
「決まりね」

 テーブルに両肘を立てて手を組み、その上に顎を乗せて笑みを浮かべる。

「秘封倶楽部の活動の始まりよ」
「蓮子、そのポーズ何処かで見たことあるような気がするんだけど」

 問題ないわ。












「……午前1時57分39秒……」

 同日深夜。私達二人は件の声が聞こえるという空き地に来ていた。ここは今時の都心には珍しい、正真正銘何も無いただの空き地である。子供達の遊び場には絶好のスポットであるらしく、休日にはよく野球やサッカー等をしている姿を見かける。ただ、夜の闇が広がる今となっては、その平坦さと静けさが逆に不気味さを醸し出している。

「ここが写真の場所?」
「ええ、そうよ。もっともこの辺りから聞こえてくるってだけで正確な位置までは知らないけど」
「ふーん。それにしても、こんな夜中に空き地に来るのってどうなのかしら」
「別に荒らそうとしてる訳じゃないし、構わないんじゃない?」
「まあそれはそうだけど、お巡りさんにでも見つかったら不審者扱いされそうね。で、ここに例の幽霊さんが出る訳ね」
「幽霊と決まった訳じゃないけど、まあそうね。それでどう?『裂け目』は見える?」
「一応は。ただ何処から『向こう側』に行けるかまでは正確には分からないわよ」
「とりあえず、例の声とやらが聞こえるまで待機かしらね」
「聞こえないまま夜が明けたら完全に無駄骨ね」

 深夜とは言っても夏なので寒さは感じないけど、ずっと立ちっ放しだとさすがに疲れそうね。大体声が聞こえる時間帯というのが深夜2時前後という話だから、タイミングは悪くないと思うんだけど。
 とりあえず何処か座れそうな所を見つけましょうか、とメリーに提案しようとする。






 その時だった。





(……しやー)





「メリー」
「ええ、私にも聞こえたわ」
「どうやら当たりみたいね」

 声が小さすぎて何を言っているかまでは聞き取れない。だが明らかに誰かの声が聞こえる。





(……めしやー)





 私達は慎重に声のする方に足を進めていく。すると、前を歩いていたメリーが突然立ち止まった。

「多分ここが『裂け目』よ。気をつけてね」
「了解」

 メリーがこう忠告するのには訳がある。以前、同じように結界を越えようとした時は完全に無警戒だったので、結構しんどい目に遭ったのである。主に私が。とは言えここで躊躇していてはここまで来た意味がない。私は意を決して足を踏み出す。





 ぐにゃり




 急速に視界が歪む。いや、歪んだように感じる。
 
「ぐ、うう……」

 頭の中を強引に掻き乱されるような感覚に襲われ、覚悟はしていたが思わず膝をつきそうになってしまう。吐き気がするとまではいかないが、車に酔った時のような不快感が胸の中に沸いてくる。メリーがそんな私を見て心配そうに声を掛ける。

「大丈夫、蓮子?」
「うん、何とか平気……」

 この感覚は以前にも味わったことがある。博麗神社の結界を探索に行った時だ。つまり、私達は今『向こう側』に入ったということだ。でもこの感覚は二度目だけど慣れないなぁ。前回もそうだったけど、メリーは何でそんなにケロッとしてられるのよ。繊細そうに見えて実はメリーって丸太みたいな太い神経してるんじゃないかしら。

 バシン

「いたっ」
「今、すごく失礼なこと考えたでしょ?」
「ひどいわ、言いがかりよメリー」

 時々思うんだけど、メリーってひょっとしてエスパーなのかしら?それか私が分かりやす過ぎるのか。でも今叩かれたお陰か、大分気分がすっきりしてきた。結界の裂け目は入る瞬間だけが辛いのであって、それさえ乗り越えてしまえば、湧き上がって来るのはこの後起こる『何か』に対する期待の気持ちだけである。

 周りを見渡せば、明らかに先ほどまでとは風景が異なっているのが分かる。高層ビルや住宅群等は欠片も見えず、大自然とでも言うべき場所だ。電灯などは見当たらないが、月明かりによって照らされているので、視界はそれほど悪くなかった。以前、博麗神社の結界を超えた時も似たような光景だったし、ここが『向こう側』であることは間違いないだろう。





「……うらめしやー」





 また声が聞こえた。しかし、先ほどまで掠れるようにしか聞こえなかった声が、より鮮明に聞き取れるようになった。もう出所も近いのだろう。

「蓮子、あれ何かしら?」

 メリーの言葉に足を止める。視界に飛びこんで来たのは何かの影だった。人の姿のようなシルエットにも見える。

「人……かしら?」
「こんな所に、私達以外が?」
「さあ。そもそもここが何処だかも分からないし」
 
 空を見れば星も月もはっきり見えている以上、時間と場所の把握には問題がないように思えるのだが、いかんせん私の眼に見える場所の名前が全く知らないものであるので意味を為さない。

「どうする、蓮子?」

 君子危うきに近寄らずという言葉があるが、私の座右の銘は虎穴に入らずんば、虎子を得ず。あの影は先ほどから聞こえる声の正体に間違いないだろう。ならば私達が取るべき行動は一つ。

「決まってるわ。あの影の正体を突き止めましょう」
「そう言うと思ったわ」

 メリーもあきれ顔だが気にならない訳ではないようで、私達は再び足を進め始める。影の距離はどんどん近付いていき、聞こえてくる声もますます大きくなる。すると、突然その影がこちらに振り向いた。気付かれた!?














「うーらーめーしーやー!」
「……」
「……」

 私とメリーは硬直した。それはもういろんな意味で。

 ついに幽霊の登場かと身構えていたら、現れたのは変な傘を持った可愛い女の子だった。エメラルド色の髪の毛に、それと同じ色のブラウス。薄水色のスカートと調和の取れた服装だが、手に持った、特大のベロを出した大きな紫色の傘と素足に下駄という出で立ちだけは異様だった。

「ひゅー、どろどろどろー!おーどーろーけー!」
「……」
「……」
「ねえ、驚いてくれないの~?」

 左右で色の違う瞳でしょぼんとこちらを見つめる女の子。いや、突っ込みどころが多すぎて逆に驚いているわ。今時ひゅーどろどろって。それ以前に効果音を口で言ってちゃ意味がないと思うわ。

「いや、なんと言うか」
「この女の子がオカルト現象の正体……?」

 拍子抜け、とは違うかもしれないがちょっと気が抜けてしまった。彼女は手に持っていた傘を掲げると、片足を上げてビシィ!と言う掛け声と共にポーズを決める。
 
「うらめしやー!」
「いや、それはもういいから」
「うう、何で驚いてくれないの?」
「今時、あんなステレオタイプな驚かし方じゃ子供でも驚かないわよ」
「まったくね。ホラー映画でももう少しマシな演出をしてくれるわよ」
「が、がーん!」

 女の子はがっくりと膝をつく。しかしすぐさま立ちあがり、こちらに視線を向ける。めげないわねぇ。

「じゃ、じゃあこれならどうだ!最近会った○ンタローとかいう幽霊に教わった必殺技!」

 女の子は突然体をくねくねと動かし始めた。謎の呪文と共に。

「んーばば んばんば こがっさ こがっさ!」

 ……ここはひょっとして笑うべき所なのだろうか?ちなみに女の子が手に持っていた傘はいつの間にか扇子になっていた。どういう手品なのだろう。

「……不思議な踊り?」
「私たちにMPなんてないわよ」

 それにしても、見てて飽きないわねぇこの子。こんな子が妹だったら多分からかいたくなってしまうと思う。
 あ、よく見ると肩を震わせて俯いちゃってる。まずい、泣かせてしまったかもしれない。顔を上げた女の子の瞳には予想通り涙が……



「ふう、やっぱり最近の人間はこれくらいじゃ驚いてくれないかぁ」

 泣いていなかった。それどころか楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。

 その頬笑みに何処か得体の知れないものを感じて、私は背筋が冷たくなるのを感じる。メリーも同じように思っているらしく、いつものような余裕のある笑みが消えていた。



「―――じゃあ、こうしたら驚いてくれるかな?」



 女の子はペロリと舌を出して片目を瞑り、手に持った傘をくるくると回し始めた。仕草は可愛らしかったが、周囲の空気が明らかに変わっていくのが私でも分かる。メリーの慌てた声が私の耳に届く。

「ちょっと、何かまずい空気じゃないの、蓮子?」
「とりあえず、逃げましょう!」

 私はメリーの手を取って走り出す。
 
「ふふふ、せっかくの獲物なんだから逃がさないぞー!」

 ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!

「きゃっ!」
「ひっ!」

 女の子が傘をまわすと、突然周りに一つ目の傘のお化けが大量に出現した。慌てて方向を変えようとするが、彼女は次々に傘のお化けを生み出していく。気がついたら、私たちの周りは大量の傘のお化けにすっかり囲まれていた。

 ……ちょっと本気でまずいかもしれないわね。外見が小さな女の子だからといって侮ってしまっていた。この場所にいる以上、彼女は単なる人間ではない可能性が高いのだ。もう少し危機意識を持つべきだった。相手は傘なんだから強引に突破しようと思えば出来るのかもしれないが、そもそも護身術の経験なんて私達にはない。リスクは大きい。

「どうしよう、蓮子」
「とりあえず何とかしてこの囲みを抜け出しましょう」

 方法なんて何も思い浮かばないけれど、強がりを言う。

「さあ、皆……」

 じりじりと傘のお化けは私達に近づいてくる。彼女が指示したら一斉に襲い掛かってくるのかもしれないと思うと、思わず背中に嫌な汗が伝う。







「踊れ―!!!」
「はい?」
「へ?」

 女の子が号令と共に傘を振り、踊りだす。それを受けた周りの傘は一斉に自らを開いて、くるくると回り始めた。

「置き傘特急ナイトカーニバル!今宵はから傘おばけのお祭りだよ!」

 女の子はますます楽しそうに手に持った傘を振り回す。それに同調して周りの傘のお化けもますます楽しそうに踊りだす。え、ちょっと何なのこれ?

「ほらほら、お姉ちゃん達も踊って!」
「え、えーと……」
「何がどうなってるの……?」

 目まぐるしく動くたくさんの傘のお化けを、私達はただ見ているだけしか出来なかった。女の子は呆気に取られている私達を見て、「やっと驚いてくれた」と言わんばかりの表情で嬉しそうに笑っている。その頬笑みには私が先ほど感じたような恐ろしさはなく、純粋に嬉しそうな表情だった。

「ありがとう、皆。もういいよ」

 女の子は笑顔のまま先ほどと同じように傘をくるくると回す。すると、先ほどまで私達の周囲で踊っていた傘のお化けが次々に消えていった。そして、いたずらっ子のような笑みをこちらに向ける。

「どう?今度は驚いてくれたでしょ?」

 あー、何というか……うん、悔しいけど負けたって気がするわ。

「そうね、相当驚いたわ」
「やったー!」

 ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ね回る。こんなに可愛らしいのに、どうしてさっきは怖いと思ってしまったんだろう。

「ねえ、傘の女の子さん。聞いても良いかしら?」

 メリーは既に落ち着きを取り戻しているようだ。私の方もようやく落ち着いてきた。

「ん?別に構わないけど何?」
「あなたは幽霊さん?それとも妖怪さん?」
「どうなんだろう。多分妖怪みたいなものだと思うよ」
「でも、妖怪って人間を襲うものじゃないのかしら?」

 メリーの言葉は、私達人間が「妖怪」と呼ばれるものに対して極一般的に抱いている認識だった。もっとも、実際に妖怪を見たこと等誰もある訳がないので、小説やテレビアニメ等からの想像に過ぎないのだが。女の子はふるふると首を振る。

「うーん、他の妖怪は私はあんまり知らないんだ。でも、から傘おばけは人間を驚かしはするけど、他には何もしないよ。驚かすだけ。だって人間がいないと傘も使ってもらうことが出来ないでしょ?」
「それは確かにそうねぇ」

 そういえば、インターネットのページを適当に流し読みしていた時、から傘おばけは基本的に無害な妖怪だと書いてあったような気がした。あれは単に百鬼夜行か何かのイメージで書いていたのかもしれないが、こうしてみると満更嘘でもなかったようだ。あれ、そういえば噂の正体は結局この子なんだろうか。

「私も聞いてもいいかしら。あなた最近ここで何かしてたの?」
「うん、どうも近頃忘れられた傘の思念が一杯来るんだよねえ。前までこんなことはなかったのに。それで私もついつい誘われちゃったんだ。でも誰も気づいてくれなくて、お姉さん達が来るまでずっとここにいたんだよ」
「あ……」

 そういえば、ニュースでも今年の梅雨の異常のせいで、電車等で傘の忘れ物が激増していると言っていた。かくいう私も、忘れた場所は電車ではないがその内の一人だ。ということは、さっき彼女が生み出した傘は人間が忘れた傘の幽霊ということになるのだろうか?

「だからさ」

 ふいに女の子は私に向かって寂しそうな笑顔を向ける。

「お姉ちゃんも、出来れば大切にしてあげてね」
「えっ?」
「さっきさ、皆で踊ってた時にお姉ちゃんをじっと見てる傘がいたんだ」
「それってもしかして、蓮子がこの間忘れた傘……?」
 
 悲しそうな瞳を向けられて、思わず胸が痛くなるのを感じた。彼女は私が傘を忘れて、そのまま放っておいたことを知っているのかもしれない。いや、間違いなく知っているのだろう。わざと失くしたのではなく不可抗力だ、なんて言うつもりはない。理由がどうあれ、私は傘を一つの命としてなんて考えていなかったし、あの傘からすれば捨てられたも同然である。
 
「あ、勘違いしないで。別に責めてる訳じゃないよ。でも、人間だって大切な人とは離れたくない、ずーっと一緒にいたいって思うでしょ?傘だってそれは同じなんだよ。まあ、傘は捨てられても他の人が拾って使ったりするから微妙に未練が残りにくくて、私みたいに変化するのは本当にごく一部だけなんだけどね」

 少し憂いを帯びた顔で笑いながら嘆くその様子は、出会った時の彼女と同一人物には見えなかった。彼女の言葉の意味するところ。それはつまり、彼女自身は捨てられた後誰にも拾われることなく野ざらしにされ続け、それが原因で妖怪になったということなのだろう。『大切な人とは離れたくない』という言葉が私の頭の中で反芻する。自然と私は頷いていた。

「分かったわ。見つかるかどうかは分からないけど、少なくとも探してみる」

 彼女は私の言葉にパッと顔を綻ばせる。

「ありがとう!そうしてくれるときっとその傘も喜ぶと思うよ!

 見つかるか何て分からないし、たかだか傘の一本じゃないか、という考えを先ほどまでの私だったらしていたかもしれない。だけど、あんな光景を見せられた上に、目の前にいる女の子の表情を見てしまっては『ただの傘』なんて私には思えない。

「それじゃあね!お姉ちゃん達みたいな人ならまた会えるといいな、うらめしやー!」

 女の子は最初に会った時の台詞を最後にその場から姿を消した。走り去った訳でもなく、本当に忽然と姿を消した。彼女がいなくなったその場所には、また静寂だけが残ることになった。私達はしばらくその場に立ち尽くしていたが、メリーの声が私を現実に引き戻す。

「……さて、結界探索もオカルト現象の原因解明も終わったし、帰りましょうか」
「そうね、さすがに眠くなって来たわ」

 さすがの私も今回は疲れた。肉体的にも精神的にもクタクタよ。まあ、秘封倶楽部の活動としては満足のいく成果だったし、面白い子にも会うことが出来たから良かったのかしらね。ああ、そういえばあの子の名前聞きそびれちゃったなあ。もし今度会うことがあったらちゃんと聞かないと。
 
 
 こうして、私達秘封倶楽部の今回の活動は終了したのであった。











 カラン カラン


『ありがとうございましたー!』



「それにしても、本当にあるとは思わなかったわ」
「私もよ。言ってみるものねえ」

 結論から言うと、拍子抜けするほど簡単にあの傘は見つかった。例の喫茶店の店員さんに聞いた所、忘れ物として念のために保管しておいたくれたらしい。

「これであの女の子との約束も守れそうね」
「ふふ、蓮子にしては今回随分しおらしいじゃない。普段は傍若無人なのに」
「ちょっと、それってひどくない?」

 まあ正直な所、どうしてこんなに素直に探そうと思ったかは私にも分からない。あの女の子の表情を見たからというのも理由だが、何となく自分の中でそれだけじゃないような気がした。思わず空を見上げる。どうやら梅雨も大分終わりが近づいて来たようで、真っ赤な太陽がその姿を目一杯主張している。
 
「それにしても、こんな晴れの日に傘を持ってるのって何だか間抜けね」
「あら、そうかしら。蓮子、傘は何も雨の時だけに使うものじゃないのよ」
「ん?例えば?」
「そうね、例えば……ちょっと貸して」

 言うが早いが、メリーは私の手から傘を奪い取り留め金を外すと、そのままパッと開いて見せた。ちょっと、今思いっきり晴れてるんですけど。そう思ってメリーの方を見ると、いつもの柔らかい笑みで返された。

「傘にはね、日傘って使い方もあるのよ?」

 ああ、確かにそういう使い方もあったわね……。とは言ってもどちらかと言えば年齢の高い人間がやることであり、私達のような現役大学生で日傘を差している人なんか殆どいない。

「蓮子?どうかした?」
「あ、いや、よく似合ってるなーと思って」
「何が?」
「メリーが日傘を差している姿が、よ」
「そうなのかしら?」
「そうなのですよ」

 和風美人とでも言うのだろうか。ハーフのメリーにその表現はどうかとも思うのだが、それが一番しっくりくるのだから仕方がない。普段の行動が落ち着いているせいか、優雅に傘を持つその姿はまるで大人の女性のようである。
 惜しむらくは傘の色が地味な所だろうか。ピンク色のパラソルのようなものだったら正に完璧である。

「ほほう。それはつまり私がお年寄りだと間接的に喧嘩を売っていると認識して良いのかしら?」
「待って!どうしてそうなるの!?」

 メリー、顔が笑ってるけど笑ってないわよ。いや、確かに似たようなことを考えていたのは否定しないけど!

「ふふ、冗談だって。ありがと、蓮子。似合ってるって言ってもらえて嬉しいわ」

 そう言って微笑むメリーの顔はいつもと同じで、柔らかくて、暖かくて、何を考えているのか分からなくて。全くもっていつも通りのはずなのに。
 ……それなのに、その雰囲気だけが何処かぼやけてしまっているように感じた。


『お姉さんも、出来れば大切にしてあげてね』
『人間だって、大切な人とは離れたくない、ずっと一緒にいたいって思うでしょ?』

(……メリーと別れる?)

 あの傘の女の子の言葉が思い出される。あの言葉は傘に対する言葉だ。それは分かっている。だけど一度浮かんでしまった考えは否応なく私の頭の中を支配し、考えたくもない光景が浮かびあがる。そうだ、私とメリーもずっと一緒にいられるとは限らない。大学を卒業した後はお互いに違う道に行くかもしれないし、それ以前にメリーの実家は日本ではないのだ。いずれ向こうに帰ってしまう可能性だってある。

「蓮子?」

 きょとんとした顔で私を見つめるメリー。私は焦燥に駆られるままにメリーの袖を掴んでいた。唐突に自分のしていることに思い当たって、恥ずかしさがこみ上げてくる。

「あー、その……ごめん」

 メリーは俯いているままの私を見て仕方ないなぁと小さく言ってから、袖を掴んでいる私の手にそっと自分の手を重ねた。久しぶりに触れるメリーの手は、やっぱり暖かくて柔らかかった。
 
「大丈夫よ蓮子。私は何処にも行ったりしないから」
「うん……」

 ああ、もう違うでしょ私。ここはメリーの手を強引に引いて、「何を言ってるの。メリーが何処かに行こうとしたって私が引きずり戻してやるわよ」と冗談交じりに言う場面のはずだ。それでいつも通り。理由も分からずに弱気になってしまっている宇佐見蓮子からはおさらば出来る。
 しかし現実には私はメリーの手をより強く握りしめて、傾くことしか出来なかった。そうしないと、メリーが何処か遠くに行ってしまいそうな気がして。手の平に伝わってくる温もりだけが、メリーが確かにそこにいることを実感させてくれた。

(大切な人とは離れたくない、か……)

 なんとなく、あの傘の女の子の気持ちが少しだけ分かったような気がした。

「よく考えてみると、晴天の中傘を差して歩く女子大生二人ってすごく変な構図ねえ」
「これも相合傘って言うのかしら?」

 くいっとメリーが手を捻る。
 傘は喜びを表現するかのようにくるくると回ってみせる。

「ねえメリー、私達これからもずっと一緒にいられたらいいわね」
「蓮子の無茶に付き合えるのは私くらいなものよ」
「ごもっとも」
「でも、一生蓮子に振りまわされるというのも、それはそれで悪くはないかもしれないわね。退屈しないし」
「光栄ね。私もメリーに会ってからは退屈とはおさらば出来ているわ」
「じゃあ、お互い同じ気持ちということで、今日はこれから乾杯でもしましょうか?」
「いいわね、メリー。でも明日は学校よ?」
「少しくらいなら平気よ。それとも蓮子は嫌?」
「まさか」

 こんな風に、軽口を叩ける関係がいつまでも続けば良いと思う。それを言葉に出すのは恥ずかしいので、未だに重ねられたままのメリーの手を少しだけ強く握り返す。すると、メリーもより強く手を握ってくれた。
 


 雨は、降ってはいなかった。



(終)
こんばんは、renifiruです。今回は秘封倶楽部に初めて挑戦してみました。小傘ちゃんにもゲスト出演してもらっていますが、どうも私は彼女に少し大人びた印象を持っているようです。主な原因は霊夢との会話。
小さい頃には傘を買ってもらった時に「早く雨が降らないかな」なんて考えていたような気がしますが、結局その傘は電車に忘れて失くしてしまいました。そんなことを考えていたらこのSSを書いていました。
蓮子とメリーはやっぱり親友って表現が一番合うんだろうなと思います。蓮メリちゅっちゅは正義です。

では、最後まで読んで頂いてありがとうございました!
renifiru
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1480簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
エンターテイメントとしても百合としても友情物としても、
どれも楽しく読めました。紫フラグまで立っている・・・。
小傘は早苗の嫁!
2.100名前が無い程度の能力削除
蓮子とメリーの会話のやりとりとか雰囲気がすごく良いです。
6.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと地の文章が冗長に感じる箇所もありましたが、とても面白かったです。
メリーの性格が何か良いw
7.100名前が無い程度の能力削除
しまった、そう言えば昨日部室に傘を置き忘れた……!
ちょっくら取りに行ってきます。
良いお話をありがとうございました。
10.100名前が無い程度の能力削除
これは良いちゅっちゅ…
ストーリーも大変良かったです!
11.90名前が無い程度の能力削除
話は良いし、蓮メリちゅっちゅだし、小傘ちゃん可愛いし
面白かったです
ただ宇佐美→宇佐見ですね
12.100名前が無い程度の能力削除
蓮メリ最高!小傘もなんか妖怪らしい!
13.無評価renifiru削除
>>11様
うわあああああああ!!!!!何というやってはいけないミスを……。
ご指摘ありがとうございます。修正致しました。
23.100名前が無い程度の能力削除
小傘が良い感じに踊っていますね。
蓮メリちゅっちゅ!
28.90名前が無い程度の能力削除
上の方で講義が抗議になってましたよ


しかし良いちゅっちゅだ(*´∀`)
30.100_t削除
 ああ…ちゅっちゅは正義ですよね、兄弟…。
34.90名前が無い程度の能力削除
気持ちの良い蓮メリでした。
35.90名前が無い程度の能力削除
よかったよかった。
37.無評価renifiru削除
>>28様
ご指摘ありがとうございます。修正致しました。
40.90名前が無い程度の能力削除
小傘の垢抜けないお人よしキャラがすごく良かった
41.100名前が無い程度の能力削除
蓮メリちゅっちゅ!
折り畳みにしてからとんと忘れなくなったなぁ…
44.90名前が無い程度の能力削除
私は傘を無くすよりも、壊してしまうほうが断然多いですね。
雨と一緒に強風が吹き荒れるようなところにすんでいる上、私自身がさつな性格ゆえ。
もっと大切に使わないとなあ、とは思うんですけどねえ。

小傘の可愛らしさと、蓮メリがよかった。