※ 注意!
・ 割と真面目なミステリーです。死ぬキャラもいるのでご注意を。
・ 古畑任三郎をリスペクトしています。そういうのが嫌いな方もご注意を
・ シリーズ物ですがこの話だけで完結しているので、以前の話を読んでなくとも大丈夫です。
・『東方キャラがドラマを演じている』『ミステリーの皮を被った娯楽SS』と思って頂き、
ツッコミ所は仏の心で見逃していただけると嬉しいです
「えー、仮に殺人が計画的であったにせよ衝動的であったにせよ……
そこには必ず、殺意というものが存在します。
ですがもし仮に、その殺人が無意識で行われてしまった場合……
そこに殺意は存在せず、ただ殺人をしたという結果のみが残ってしまいます。
そうなった場合、果たしてその人は正気を保つことが出来るのでしょうか?
えー……今回の相手は私の能力がもっとも通用しない相手であり、
また最も愛しい存在でもある人物です……」
古明地こいしは戦慄していた。
「ウソ……なにこれ……」
いつものようにフラフラと無意識で地上を散歩していた。
無意識で行動しているうちに無意識のレベルが深くなり、自分でも行動を覚えておらず何時の間にか変な場所に居たという出来事は、古明地こいしにとっては日常茶飯事である。
彼女の「無意識を操る能力」は大きく3つの段階に分けることが出来る。
まずは能力を発動させていない状態。この状態ではこいし自身の特性から若干存在感は薄くなるものの、大半の人間はこいしを認知することが出来る。
次にこいし自身が意思を持って能力を発動させた場合。周りの人間からは認知されずに、自分は意識を持って行動することが出来る。しかし、力の強い妖怪や神などには気配を感づかれてしまうこともある。
そして最も深い無意識状態、これはこいし自信が無意識で能力を発動させた場合に発生する。回りから認知されず、自分自身も意思を持たず無意識のまま行動する。この間の記憶はこいしには残らず、無意識に能力が解除されるのを待つしかない。このレベルの無意識状態では、例え力の強い妖怪や神でさえ、彼女の存在を認知出来るものはいないだろう。
そして、最も深い無意識状態から覚めたこいしが目にしたものは、信じがたい光景であった。
東風谷早苗が、血まみれで倒れていたのだ。
「さ……早苗?」
こいしは慌てて周りを見渡す。この場所はこいしの記憶にあった。守矢神社内の、早苗の自室である。もともとこいしと早苗は空の起こした異変の時に出会って以来の友人であり、無意識でフラリと訪れることもあれば意思を持ってお邪魔することもあり、その時はいつも決まってこの部屋でおしゃべりをしていた。いつもなら和やかな空間も、今この瞬間においては目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。早苗は首から血を流して倒れていて、床には血のついたカッターナイフが転がっている。そして、部屋は血しぶきであちらこちらが真っ赤に染まっていて、そして早苗の瞳は黒く濁り……
「さ、早苗ぇ!!!」
ようやく状況をこいしは理解した。何時の間にか自分は早苗の部屋に居て、そして目の前で早苗は……死んでいた。自分の服を見ると、部屋と同じように早苗の血しぶきで赤く染まっていて……
「あ、あ……」
パニックになりながら、こいしはとっさに早苗の机の上にあった紙を手に取り、自分についている早苗の血を拭こうとする。しかし一度ついた血液は、紙で拭いたぐらいでは取れはしない。それでも必死になって拭いているうちに……
「早苗!どうしたんだい!」
「早苗っ!」
この神社に宿る二人の神の声が扉の前から聞こえてきた。先ほどこいしが発した悲鳴を聞きつけてやってきたのだ。慌ててこいしは血を拭いていた紙をくしゃくしゃに丸めてポケットの中に入れる。ドアには鍵がかかっていて二人は入ることは出来ずにいる。内側から鍵を開けることは可能であったが、こいしはこの鍵を開けるわけにはいかなかった。
こいし自身も理解していたのだ。この状況を見られたらまず間違い無く自分が殺したと思われること、そして実際、その可能性が一番高いことも……
(む、無意識、無意識にっ……!)
こいしは必死に無意識状態になろうとした。しかし、この無意識を操る能力を発動させるということは、心の動きを最小にするということ同義である。現在の動揺して心が強く揺らめいている状態では、能力を発動させられるわけが無かった。
「仕方ない、行くよ諏訪子!」
「せーのっ!」
そして、諏訪子と神奈子によって、扉は強引に開けられた。
「古明地のとこの妹じゃないか。どうしてここに……」
神奈子はまずこいしに気付いて話しかける。
しかしこいしは、何を言っていいのかわからず口をパクパクさせるしか出来ない。
「……っ!!あ、あれ……」
諏訪子が部屋の奥を指差す。そこには鮮血で真っ赤に染まった壁と、床に倒れる早苗の姿があった。
「さ、早苗!?早苗!!」
二人は慌てて早苗に駆け寄る。しかし出血量、濁った瞳、そして反応しない脈……
早苗が既にこの世にはいないことを、二人の神も認めざるを得なかった。
「う、嘘だよね、早苗、さなえぇ……」
動かなくなった早苗の身体にしがみつき泣き出す諏訪子。
一方の神奈子は、憤怒の表情を隠すこともなく、呆然と立ちすくんでいたこいしに向き合った。
「どういうことか、説明してもらおうじゃないか。」
「わ、私は……」
「お前が、早苗を殺したのか?」
「ち、違う!違うよ!!」
「何が違うってんだ!部屋には鍵がかかっていて、その中にお前と早苗が居た!
そしてお前の身体には早苗の血がべっとりとついている!お前以外に誰がいるんだ!」
「ち、違う……わたしは……!」
口では否定しているが、内心はそうでは無かった。無意識の自分は何をするかわからない、それはこいし自身が一番よく分かっていたからだ。自分が早苗を殺したのではないかという思い、目の前の神奈子に対する恐怖、無意識に逃げたくても逃げられないジレンマ……
頭の中がパニックになり、何も考えられなくなったこいしが取った行動は……この場から逃げることだった。
「ま、待て!」
走り出したこいしを追う神奈子。しかし能力を発動させてないとは言え元々存在感の薄さという特性を持っているこいし。神社の外に出て見失ってしまった時点で、一人では捕まえることは難しいと神奈子は判断した。神奈子は踵を返し、早苗の部屋に戻る。諏訪子はまだ早苗の亡骸にしがみ付いて泣いていた。
「諏訪子……泣くのは終わりだ。」
「でも、でも……!」
「悲しむのは何時だって出来る。とにかく今は、こいしを捕まえることを第一に考えよう。
諏訪子は閻魔に連絡を取ってくれ。私は山の天狗と河童に伝えてこいしを探させる。」
「う、うん……」
閻魔に連絡を取るために走り出す諏訪子。神奈子も天狗にこいしの捜索を依頼するため、神社から出て大天狗の元へと向かう。
「絶対に逃がしはしないよ……古明地こいし!」
一方のこいしは、ひたすらに獣道を走っていた。もはや無意識を発動させることすら忘れて、ただひたすらに、先程の光景そのものから逃げるように。頭の中にあるのは、先程の目を覆いたくなる惨状、神奈子の自分を責め立てる声、そして……自分の唯一の肉親である姉の姿。
(お姉ちゃん……たすけて……!)
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場所は変わって地霊殿。ここでは妖怪の山での喧騒とは別に、まったりとした時間が流れていた。動物型に変身した燐と空をひざの上に乗せ撫でながら、椅子に座って紅茶を楽しんでいた。
(……お姉ちゃ……たすけ……)
「……?」
ふと、さとりの頭の中に一つの声が聞こえた気がした。
お姉ちゃんという言葉から察するに、こいしの言葉であろうか。しかしこいしは今この屋敷にはいないだろうし、何より自分にこいしの声は聞こえない。
(どうしたんですか?さとり様。)
猫型の燐がさとりに尋ねた。現在は人語を発することが出来ないので、思念での会話になる。
「いえ、なんでもないわ。」
今のは気のせいだと思い再びティーカップを手に取るさとり。しかし次の瞬間、地霊殿に備え付けられた電話が鳴り響いた。
「あ、あたい行ってきます!」
すばやくさとりの膝から飛び降りて燐は人型に戻り、電話の元へと駆けていった。
そしてまもなくして、さとりの元へと戻ってきた。
「あ、さとり様……」
「誰からでしたか?」
「閻魔様からです……」
さとりは、またどこかで事件が起きたから依頼に来たのかと思いながら、燐から受話器を受け取った。
「もしもし、古明地さとりですが。」
「お久しぶりですね、四季映姫です。」
「映姫。お久しぶりです。」
さとりに今まで事件解決の依頼をしていたのは、他でもないこの四季映姫・ヤマザナドゥであった。もともと映姫とさとりは同じ地獄を管理する者として交流があった。映姫の方が地位が上であるが、昔のまま映姫と呼ぶことを許されている。
「電話をくれたということは、また何か事件が?」
「ええ。守矢神社から通報を受けました。落ち着いて聞いてくださいね。
死んでいたのは東風谷早苗。そして犯人と思われる人物は……あなたの妹です。」
「……こいしが?まさか、そんなバカな。」
「早苗さんの遺体と共に、鍵のかかった密室の中で二人きりでいたようです。
発見者は八坂加奈子と洩矢諏訪子。通報者も同じです。そして今は、妖怪の山を逃走しているようで……」
「……わかりました。それを私に捜査しろと言うのですね?」
動揺する気持ちを押さえながらも、さとりはこれから自分がすべきことを映姫に確認しようとする。
「いえ、結構です。」
しかし、映姫の答えはさとりが考えていたものとは別のものであった。
「な、どうして!」
「今まであなたは数々の事件を解決してきました。
それには私自身評価していますし、感謝もしています。
しかし、それはあくまで貴方が第三者で客観的かつ冷静に物事を分析できたからです。
今回の場合容疑者は貴方に最も近しい存在。その場合、今までのような冷静な分析が
出来るとは思えません。逆に、真相を知りつつも妹さんのためにそれを捻じ曲げるような行為も予測できます。」
「私がそんなことをすると思っているのですか?」
「可能性の話です。とにかく、事実はお伝えしたので。今回の捜査は私自身が赴きます。では……」
映姫はこれで終わりとばかりに会話を打ち切ろうとした。
しかしさとりはこのまま地霊殿でのんびりと待つなんてことをするつもりは無い。出来るわけもない。
「待ってください。私に捜査させてください。」
「まだ言うのですか。ですからあなたが……」
「もし貴方が危惧しているような行為、真相を捻じ曲げるような行為を私がした場合……
私の舌を切ってもらってかまいません。」
その言葉を聞き、しばし受話器の向こうで考え込む映姫。
数秒間の沈黙のあと、何かを決意した映姫の声が受話器越しにさとりに届く。
「……わかりました。大至急、現場に向かってください。」
「ええ、今すぐペットを連れて向かいます。」
「ただし!私もその場に行きあなたと共に調査します。そして貴方の傍で不正をしないか監視させて頂きます。よろしいですね?」
「ええ、了解しました。」
さとりの本音としては、すぐ傍で映姫が監視をしているとやり辛い。
しかし今はそのような贅沢を言っている場合ではない。現場に向かうことを許可されただけでも上出来と考えなければならないとさとりは思い直した。
さとりはすぐに燐と空を呼び事情を説明し、守矢神社へと出発した。
「こいし……今すぐ、行きますからね。」
恐らく今一番心細さを感じているであろう、妹の元へと。
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地霊殿の中で陸を走るスピードが一番速いのが猫型時の燐ならば、空を飛ぶスピードが一番速いのは空である。守矢神社が妖怪の山の上にあるのならば、最も早く行くための方法は……
「うにゅ、飛ばすよ、つかまってて!」
「わかってるよー!さとり様、大丈夫ですかー!?」
「ええ、なんとか……!」
全速力で飛ぶ空にさとりと燐がしがみつき、一気に守矢神社まで飛んでもらうという方法である。さとりは頭脳労働はピカイチであるが、空や陸を速く移動するといった肉体労働は不得手であった。しかしこの方法ならば、あっという間に目的地へと辿りつける。
かくしてさとりは、電話を受けてからわずか20分で守矢神社へと到着した。
しかし待っていたのは、悪意を隠しもせずこちらを睨み付けている神奈子の姿であった。
「よう、古明地さとりと言ったな。あんたの妹がとんでもないことをしてくれたよ。」
「お久しぶりです、宴会で会って以来ですね。お悔やみ申し上げます。」
「そんな定型の文句はいらないんだよ。今欲しいのはあんたの謝罪の言葉、
そしてどうやって責任を取るかについての回答だ。」
神奈子がさとりに詰め寄る。元々身長差があり神奈子がさとりを見下ろす形になり、端から見ればさとりに勝ち目は無いほどの圧倒的な存在感を見せ付けている。
しかし、さとりも負けてはいない。お得意のにやけ顔を出し、反撃する。
「えー、妹がご迷惑をおかけしてすいませんでした。
責任を取って……この事件の真相を明らかにしたいと考えております。」
「真相?そんなもの、あの妹を捕まえればすべて解決じゃないのか。」
「んー、そう簡単に解決するものでしょうかね……?」
「なんだ、それ以外にどんな真相があるっていうんだ?」
「さあ、それは現段階ではわかりません。」
「あいまいなことを言って、煙に巻くつもりなんじゃないだろうな……」
「そこまでです!!」
険悪な雰囲気になりかけていた二人を止めたのは、神社の鳥居をくぐって現れた四季映姫であった。
「遅いですね。」
「あなたが速すぎるのですよ。こちらも仕事の引きつぎなどがあるのですから。
……八坂神奈子。あなたは少し決め付けが過ぎる。
まだこの事件のはっきりとした真相は明らかになっていない。それを明らかにするため、
私とさとりが来たのです。彼女を責めるのは、それからでもよいのではないでしょうか?」
「……分かったよ。でもいいのかい?容疑者の身内に捜査なんかさせて。」
「そのために私が居るのです。不正をした瞬間、逆に私が彼女を裁判にかけますよ。」
「そうかい。じゃあせいぜい、気の済むまで捜査してくれ。」
神奈子はそう言うと、踵を返し神社の中へと戻っていった。
「……らしくないですね、さとり。」
「何がですか?」
「笑顔がひきつっている。いつものにやけ顔が出せていない。
そもそもああいう真っ向から向かっていくタイプは煙に巻いて横にそらすのが貴方のやり方でしょうに。」
「酷いですね、これでも出来るだけ平常心でいようと心がけているのに。」
「あなたのペット二人はいないのですか?」
「燐と空はこの妖怪の山に居るはずのこいしを探させています。
既に天狗達が探しているようですからね、それよりも速く接触できることを願うばかりです。」
ここに向かう途中、天狗があちこち飛び回って何かを探していた。
映姫から聞いた話から彼らはこいしを探しているに違いないとさとりは推測し、神社の近くでおろしてもらい、燐と空もこいし捜索に加わるように命じた。
そしてこいしを見つけたら、天狗達よりも先に自分のところへ連れてくるようにとも。
好戦的な天狗につかまれば、何をされるか分かったものではないからだ。
「で、あなたは捜索には参加しないと。」
「私が体力が無いのは知っているでしょう。私なんかが捜索に参加したところでたかが知れている。
それよりもこの神社を調べ一歩でも真相に近づく手がかりを探した方がいい。
頭脳労働が私の役目ですからね。」
一見得意げに話しているように見えるさとりだが、映姫はその裏にある真意を読み取っていた。
本当は、誰よりもこいしを探しに行きたいと考えている。しかし、それが出来ない自分が情けない……と。
閻魔という立場上肩入れすることは出来ないが、せめて彼女の気が済むまで捜査をさせてあげよう。それが友である自分の役目であると映姫は強く感じていた。
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燐と空は走っていた。妖怪の山の中を、闇雲に。
「うー、こいし様―!どこに居るのー!?」
こいしの名を叫びながら走り回る空。一方の燐は、この方法に限界を感じていた。
私達に命じられたことはこいしを探し出すこと、そして天狗達より先にこいしをさとりの元へと連れていくこと。
これはさとりが自分たちを信じて命じてくれたことであり、その命を受けた以上何があってもやり遂げる、それがペットとしての使命であると燐は感じている。
だからこそ、このように闇雲に探しているだけではこの二つの命題は達成されることは無い。何故なら地の利はこの山を知り尽くした天狗達にあるし、武力でも空の力を持ってしても正直厳しいであろう。
ではこちらのアドバンテージは何か。こいしを知っていること、こいしに知られていること、こいしの能力を知っていること……
出来るだけこのアドバンテージを生かす作戦を取る必要がある。
「お空!ストップ!」
「うにゅ?」
「やみくもに走ってても見つからないよ。見つけても、天狗達より先に見つけるなんて出きっこない。」
「じゃあどうするのさ!早く見つけないと、こいし様が!」
燐は空の様子を見て意外に思った。いつもはどこかポケーっとしていて、どんな時でも、例え誘拐されたときでもお気楽気分を崩さなかった空が、こんなにも焦っている。
このような空は滅多に見られない。それだけ空もこの状況をまずいと感じているのである。
「焦る気持ちはわかるけど落ち着いて。この状況は動物の勘は当てにならない。」
「じゃあ、どうすれば……」
「あたいに作戦があるんだ。いいかい空、アンタはなんでもすぐ忘れちゃうけど、これは忘れちゃダメだよ!」
「わかってるよ!私だって、忘れちゃいけないこと、わかるもん!」
「よく言った。じゃあ、良く聞いてくれよ……」
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神奈子から捜査の許可を得た(というよりも、閻魔の権力を使い許可させた)さとりと映姫は、事件現場となった早苗の部屋を捜査していた。早苗の遺体は、既に神奈子と諏訪子の手によって別の場所に移動させられていたが、壁についた血痕や床に落ちたカッターナイフなどはそのまま残されていた。
「……」
さとりはカッターナイフを手に取り、まじまじと眺めた。
「それが気になるのですか?」
動きが止まったさとりの元へ、映姫が歩み寄り訪ねる。
「映姫。この刃物が凶器、それは間違いないですよね?」
「そうでしょう。見てください、こんなにも血痕がついている。」
「ではその上で尋ねます。この凶器の名前、ご存知ですか?」
「……いえ、わかりません。というよりも、始めて見ますね。」
「んー……私もですよ。ハサミやただのナイフは見慣れていますけどね、
こんな刃がペラペラで薄い……あ!」
さとりがカッターナイフの刃をペラペラと動かしていたら、パキッという音と共に刃が折れてしまった。
「……やっちゃいました。」
「まったく、どうするんですか。現場の証拠を一つ壊してしまって。
不利になるのは貴方なのですよ。」
ため息をつきながらさとりを咎める映姫。しかしさとりは、まじまじと刃の折れたカッターナイフを見ながら、にやりと笑った。
「いえ、これは逆に好都合かもしれませんよ。」
「はい?」
「映姫、これ借りてもよいですか?確かめたいことがあるんです。」
「構いませんが、処分などはしないでくださいね。そうなれば不利になるのはあなた……」
「わかってますって。私を信じてくださいな。」
さとりは映姫の小言を途中で遮りながら、カッターナイフをポケットの中にしまった。
映姫はそんなさとりの様子を見てため息をつきながらも、ようやく「らしさ」が戻ってきたさとりを見て友人として内心安堵する。
場所を移動してゴミ箱を漁り始めたさとりに、今度は映姫が尋ねた。
「それで、どうだったのですか?」
「何がですか?……ああにらまないでください、分かってますよ。あの二人の心でしょう?」
「そういうことです。」
「残念ながら読めませんでしたよ。二人とも自分の力で私の能力をブロックされていました。」
「まぁそうでしょうね。あの二人は神ですから、そのくらいは可能でしょう。」
「んーしかしですね、以前宴会でお会いした時は読めたんですよ。そしてこうもおっしゃっていた。『心なんて読まれても問題ない。困るのはやましいことがあるヤツだけだ。』ってね……」
「状況が状況ですから、仕方ないでしょう。今の気持ちは読まれたくないでしょうし。」
「でもそれにしては、自分の感情をストレートに表現していたような……あ!」
映姫と会話しながらゴミ箱を漁っていたさとりが何かを見つけた。
くしゃくしゃに丸まった写真。それを広げるとそこには……神奈子、諏訪子、そして早苗が仲良さそうに並んで笑顔でいる光景が写っていた。そしてその写真が今は、ゴミ箱の中に捨てられている。
「やはりこの神社で何かあったのですよ。そしてあの二人は、それを読まれまいと私の能力をブロックしているんです。何かを隠しているんですよ……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こいしはただ闇雲に妖怪の山を逃げていた。
先程から何度も天狗と鉢合わせになりそうになるものの、もともとこいしが持つ存在感の薄さという特性のおかげで、なんとか見つかる前にギリギリのところで逃げることが出来ていた。あの天狗達が自分を探しているということは、こいしにも理解できていたのだ。
しかしそれも、だんだんと限界が近づいていた。姉のさとりよりは体力があるつもりで居たが、それでもあまり身体が強くはない覚りという種族、終わりの見えない鬼ごっこという過酷さも加わり、こいしの疲労はピークに達していた。
「あややや、やーっとみつけましたよー。」
そしてとうとう、一人の烏天狗に見つかってしまった。こいし自身も彼女とは面識があった。幻想郷最速のブン屋、射命丸文である。
「お久しぶりです、清く正しい射命丸でございます。宴会で会って以来ですね。
事情は聞いております、なんでも早苗さんを殺してしまったとか。
山の神はカンカンですよ。おお、こわいこわい。」
「違う!わたしは……」
「残念ながら弁解の時間は設けられていないのです。さあ、私と一緒に……」
「文さま~!」
―ガクッ
緊迫した雰囲気を壊す部下の声に、思わず文はコケてしまった。
「酷いですよ、置いていくなんて。見つけたのは私の千里眼なのに。」
「貴方が遅いからですよ。あなたが見つける、私が捕まえる、ほら、みんなしあわせ。」
「どこがですか!貴方に着いて行ける人なんていないじゃないですかぁ。」
どこか間の抜けた漫才じみたやり取り。しかし文は椛の後ろに潜む『何か』に気付くと、とたんに表情を険しくした。
「どうしたんですか文さま、顔が怖いですよ。」
「椛、あなた、尾けられましたね。」
その言葉を合図にしたかのように、椛の後ろをぴったりとついて歩いていた猫が変身した。
こいしが人型に変身したその猫の名前を叫ぶ。
「燐!!」
「こいし様!!やっと見つけた!」
歓喜の声をあげる燐。一方の文は険しい表情を崩さない。
「貴方は確か地霊殿のペットでしたね。私とやりあうつもりですか?
もっとも私があなたと素直にタイマンをする義務もない、すぐにこの場に仲間を呼び寄せても……」
「うるさいカラスだねえ、お空よりバカなんじゃないの?」
「……今なんと?」
「かかってこいって言ってるんだよ。ヘタレガラス。」
「……!後悔させてあげますよ……っ!」
燐の挑発に乗って扇子を振り上げる文。その瞬間を狙って、燐は隠し持っていた玉を放り投げる
「にゃんこ忍法!煙玉!!」
煙玉が小さく爆発して煙がもくもくと立つ。さらに文の起こした風によって煙があたり一面に広がり、文達の視界を奪う。
「うわっ……え?」
文達と同じく煙に巻き込まれるこいし。しかしこいしの足をつんつんとつつく者が居た。
煙があたりを包むと同時に猫型に変身した燐である。
燐はこいしとアイコンタクトをとったのち、くるりと回って反対方向へと走り出した。
(ついてこい……ってこと?)
第三の目を閉じて心を読むことは出来ないが、確かにあの一瞬、燐の目からその意図を感じ取ることが出来た。体力は限界に近い、しかし最後の力を振り絞り、猫型となり駆ける燐の後を追った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^
燐がこいしと接触した頃、さとり達は居間を調べていた。
そこには先客が居た。座布団に座って俯いていた諏訪子である。
「ああ、今度はここを捜査するの?」
「ええ、よろしいですか?」
「いいよ。どうせダメって言ってもやるだろうし。」
「お気持ち、お察しします。」
「さっきは神奈子が悪かったね。神奈子も動揺してるんだよ。」
「いえ、当然のことだと思います。」
「私も、あのこいしを目の前にしたらああなると思うしね……」
気落ちした表情を終始浮かべていた諏訪子だが、一瞬だけ怒りのオーラが彼女を包んだ。
映姫はこれ以上諏訪子と会話するのは彼女の神経を逆撫ですることに繋がると見てそれとなくさとりに視線を送った。
「えー、それはそうと一つお聞きしたいことがあるのですが……」
だがしかし、さとりがそんなことで会話を止めるわけが無かった。
映姫の視線に気付いていないわけではない、気付いた上であえて無視しているのだ。
映姫はこっそりとため息をつく。
「何?私に答えられることなら答えるし、答えたくないことなら答えないよ。」
「ご安心ください、本当にちょっとしたことです。えー……これ、何だかわかりますか?」
さとりが取り出したのは、先程早苗の部屋から拝借した、カッターナイフである。
「……?カッターナイフでしょ?」
「実は私、さっき刃の部分を折ってしまいまして。どうしたものかと……」
「ああ、壊れたわけじゃないよ。そういうものなのさ、ちょっと貸してみな。」
さとりは諏訪子にカッターナイフを手渡した。諏訪子はカッターナイフについた取手のようなものをくるりと回した、すると中からぴょこんと新たな刃が飛び出した。
「おお!」
「んで、使わない時は逆に回して……」
「引っ込みましたね、なるほど、こういう道具なんですか……」
「普段刃が出てたら危ないからね、こうやって使わない時はしまっておくのさ。」
「んー、ありがとうございました。」
礼を言って諏訪子からカッターナイフを受け取るさとり。
映姫は口を挟むことなく、さとりの好きなようにやらせている。
「聞きたいことはそれだけかい?」
「ええ、今のところは……おやぁ~?」
さとりは卓袱台からだいぶ離れた壁際に、何かの破片が落ちていることに気付いた。
「これは……映姫、なんだと思いますか?」
「色からして……湯のみか何かの破片ですかね。」
「しかしおかしいですね、おかしいなぁ~。」
「何がおかしいのさ。」
わざとらしく不思議がるさとりに痺れを切らし、諏訪子がしぶしぶ質問する。
「いえね、湯のみが割れてしまうこと自体は不思議でもなんでもないのですよ。
しかし、こんなに卓袱台から離れた壁際に破片があるのはおかしいと思いませんか?
普通お茶を飲むのは卓袱台の上ですよね、落として割るとしたら机の近くでないと……」
「運んでる最中に落としたんじゃないの?」
「んーしかし、台所はこの壁とは反対方向にあるんです。
台所から運ぶ途中に落としたのなら、台所から卓袱台までの間に落ちるはずです。
どちらにせよ、こんな壁際に破片が落ちるはずは無いのですが……」
「あのね、さとり、何が言いたいのか知らないけどね。」
諏訪子はため息をつきつつ、怒りの表情を浮かべながらさとりを睨み付ける。
「一番大事なことを忘れてないかい?あんたの妹は、密室の中に早苗の遺体と二人で居たんだ。
あんたの妹が一番怪しいってことは、なんら変わっちゃいないんだからね。」
「では何故私の力をブロックされているのですか?何を隠しているのです?」
「あんたなんかに心を見せたくないからさ、早苗を殺した奴の姉なんかにはね!」
「んふふ、まあそういうことにしておきましょうか。」
「あんた……自分の立場わかってるのかい?」
「やめなさい!」
映姫が声を荒げ、二人の間に入った。本日二回目の仲裁である。
「失礼しました諏訪子さん。ほらさとり、行きますよ!」
「えー……失礼しました。また後で。」
映姫はさとりを引きずりながら、居間から出てそのまま玄関の外へ出る。
「まったく、何度私に仲裁させるのですか。今のあなたは最有力容疑者の姉という立場であることをお忘れなく。」
「すいません、ついいつもの調子で……しかし、やはり何か隠していますね。」
「それは私も感じていますよ。しかし、諏訪子さんの言うこともまた真実。
あなたが何を考えているのか知りませんが、あの密室という状況がある限り、
あなたの妹が犯人である可能性が一番強いことに変わりは無いのですから。」
「んー……ご安心を。徐々にですが、真相に近づいていますから。」
そう言ってさとりはにやりと笑う。
表情には出さないが、映姫はそんなさとりに頼もしさを覚えた。
とそこに、思わぬ訪問者が現れた。
「あれ、確かあんたは地霊殿の……」
「それに閻魔様?」
河城にとりと鍵山雛。この妖怪の山に住む河童と厄神である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
燐を追いかけこいしが辿りついた先は、木々で覆われて隠されていた洞窟であった。
洞窟に入り、燐も猫型から人型に戻りランプを手に洞窟内を照らしながら誘導する。
そして、洞窟の最奥では、空が待っていた。
「うにゅー!こいしさまー!!」
空はこいしの姿を目にするや、その目に涙を浮かべながらこいしに抱きついた。
「こら、空!声が聞こえちゃうかもしれないでしょ、もっと静かに!」
「うにゅー!」
「聞いてないなこりゃ……」
数分後、ようやく空から開放されたこいしは、ゆっくりと口を開きはじめた。
いつものように無意識にフラフラとしていたこと、何時の間にか無意識が深くなり記憶がないまま行動していたこと、そして、目が覚めたら目の前に早苗の死体があったこと……
「私、本当に早苗を殺しちゃったかもしれない……
無意識のうちに何をしてたのかは私も覚えてないの。
ひょっとしたら、何も考えずに刃物を手にとって、物の弾みで……」
「そんなことない!」
俯きながら涙ながらに話すこいしを、空の声が遮った。
「こいし様は、無意識でも人を殺すような人じゃないもん!」
顔をあげるこいし。そのこいしを、空のまっすぐな瞳が射抜くように見つめていた。
燐も空に続くようにこいしに語りかける。
「あたいも、そう信じています。意識があろうと無意識だろうとこいし様はこいし様です。
そしてあたいが知るこいし様は、人殺しなんかするわけがない。」
「いいの?そんなこと言って、本当はあなたの目の前にいるのは殺人鬼かもしれないんだよ?
なんの証拠も根拠もないのに、私のこと信じちゃっていいの……?」
「いーんです!家族ってのは、そういうものでしょ?」
「私達はペットだけどねー。」
「お空!水を差さない!」
空にツッコミを入れる燐。一方のこいしは、胸に暖かいものが広がっていくのを感じていた。
早苗の死体を発見してからずっと動揺していた心が、すっと落ち着いていくような……
「根拠なら、さとり様が見つけてくれる。こいし様が犯人じゃないって根拠をね。
だからあたい達の仕事は信じること。さとり様が真相を見抜いてくれることを信じてる。
そして、こいし様が人殺しなんかしていないってことも、信じています。」
「お燐……」
「こいし様、戻りましょう。」
「さとり様が、待ってるよ!」
燐と空の言葉でこいしは決心した。今でもあの場に戻るのは怖いし、あの神様たちに会うことも怖いけども。心が落ち着いた今ならば、無意識を操る能力が使える。きっと天狗達に気付かれず、神社に戻ることが出来る。すべては、この二人の『家族』のおかげだ。
「うん、戻ろう、お姉ちゃんのところへ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
神社の玄関から外に出て、にとりと雛に鉢合わせをしたさとり達は、
そのままにとり達に話を聞くことにした。何か有益な情報、そしてさとりが今つかみかけている真相を裏付ける何かを得られるのではないかと期待して。
「お二人は、その、もう既に?」
「うん、知ってる。だから急いで来たんだ。途中で雛と一緒になったから二人で来たんだ。」
「もう妖怪の山中に広まっているわ。」
その言葉を聞きさとりは顔をしかめる。このままでは幻想郷に広まってしまうのも時間の問題。その前になんとかして真相を見つけ出さなければ。
「えー、すばりお聞きしたいのは……最近の早苗さんの様子です。」
「早苗の?」
「何か、変わったところはありませんでしたか?」
その問いかけに、雛とにとりの二人は顔を見合わせた。
そして、にとりが口を開く。
「……ええ、最近変だった。」
「えー……教えてもらっても、よろしいでしょうか?」
「最近、思いつめた顔をしてウチのところに来たんだ。
なんでも、尊敬する神様に否定されたって……話してるうちに泣き出しちゃって、
私は慰めるのに必死だったよ。」
「否定された……?」
「よくわかんないけど、最近二人と揉めてたらしいよ?」
「雛さんも、そういう変化に気付いていたんですか?」
「いえ、私が知るのはその件じゃないんだけど……」
にとりに続いて雛も口を開く。
「最近、人里で早苗の評判があまりよくなかったらしいのよ。
穣子ちゃんからの、また聞きなんだけどね。」
「早苗さんが?」
「なんでも、布教させようと必死になって話しかけていて、煙たがられていたとか……」
「ふむ……」
考え込むさとりの傍ら、映姫もその件について考えていた。
確かに最近、早苗が人里で行き過ぎた布教行為を行っていたということは映姫の耳にも届いていた、無理やり人の家に上がりこむといった行為も行っていたらしい。
「なるほど、ありがとうございます!それとは別に、見てほしいものがあるのですが……」
それまでとは声のトーンを変え、明るめの声を出しながら再びカッターナイフを取り出した。
「えー、これ、なんだかご存知ですか?」
「何それ。見たことないわ。」
「ちょ、ちょっと貸して!」
即答して首を振る雛。一方のにとりは、若干目を輝かせながらさとりからカッターナイフを受け取る。
「にとりさんもご存知ない?」
「んー、見たことないね。始めてみるよ。こういうの見るとワクワクするんだ。」
「どんな用途で使うものか、わかりますか?」
「えーっと……分解してもいい?」
「それはちょっと困りますね……見当もつきませんか?」
「そうでもないよ。なんか刃のようなものが中にあるよね。物を切るための道具かな?
……あ、ほら、ここを動かすと、ほら、刃が出た!」
嬉しそうにさとりに見せ付けるにとり。映姫から「刃物なんですから危ないですよ。」と咎められると、慌てて刃をひっこめてさとりに返した。
「流石エンジニアのにとりさんですね。用途を見抜くとは。」
「へへっ、まぁ伊達に機械をいじってないよ!でも始めてみたから焦ったよ。」
「にとりさんでも始めてなんですか。」
「うん、いろんな機械や道具に触れてるけど、これは始めてだったね。」
それを聞き再び考え込むさとりであったが、ふと足の方に何かが触れる感触がした。
足元を見ると、猫型の燐が自分の足をつついて居た。燐である。
燐がここに戻ってきたということは……こいしを連れてきたということであろう。
「ありがとうございました。あ、私ちょっとトイレの方に……」
わざとらしくその場を後にしようとするさとり。もちろんそれを映姫が見逃すわけが無かった。燐を追いかけるさとりの後をぴったりとついてくる映姫。
「なんですか、私と連れションしたいのですか?」
「女の子がそんなこと言ってはいけません。
それにあなたの用事がトイレでないことぐらいバレバレです。
忘れたのですか?私はあなたの監視も兼ねている。勝手に一人にはさせませんよ。」
「……はぁ、しょうがないですねぇ。邪魔しないでくださいよ。」
さとりと映姫が神社の裏に回る。そこには……
「お姉ちゃん!!」
こいしが居た。さとりを見て感極まり、涙ながらにさとりに抱きつく。
さとりはこいしを抱きしめながら、頭をなでる。
「怖かったでしょう……よく戻ってきてくれましたね、こいし。」
「うっ、うっ、お姉ちゃん……」
こいしは顔をあげる。その顔は涙でぐしゃぐしゃである。
さとりは姉としてやさしい目でこいしに微笑んだ。
「大丈夫、私も信じていますよ。それに、真相は見えてきています。」
「……ほんとに?信じてくれるの?」
「ええ。だからこいし。教えてほしいの。あなたがどのようにして事件に巻き込まれたのか、その後とった行動を出来るだけ詳しく。きっとそれで、この事件を解決することが出来る。いえ、してみせます。」
そして、こいしはたどたどしくはあるが、無意識行動する前、無意識から復帰して早苗の死体を見つけてからの行動、そして妖怪の山へ逃走してからの行動を、出来るだけ詳しくさとりに話した。
そしてさとりは、ようやく一つの真相に辿りついたのである。
「えー、最後の事件は私にとっても大きな事件でした。
何せ、私の愛する妹が殺人者になるのではないかという瀬戸際でしたから。
しかし、ようやくすべてが繋がりました。
えー今回の最大の謎は、この事件の本当の『犯人』は誰であるのか、これに尽きます。
大きなヒントは、密室という状況、そして……こいしの能力。
この二つと散りばめられた手がかりをつなぎ合わせれば、答えは見えてくるはずです。
最後の推理、見ててください。古明地さと三郎でした。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
映姫の呼びかけによって、古明地一家、守矢神社の二柱、そして訪れていたにとりと雛が全員居間に集められた。
「おい、こんなところに集めてなんの真似だ。謝罪でもしてくれるというのか?」
「いえ、残念ですがそうではありませーん。この事件の真相を明らかにしたいと思いまして。」
「真相なんて、そこにいるあんたの妹が早苗を殺した、それだけじゃないのかい!」
さとりに執拗に絡む神奈子。しかしさとりはそれを受け流して続ける。
「えー、では一つずつ説明していきましょうか。まずは……これを見て欲しいのです。」
さとりが取り出したのは、事件現場にあったカッターナイフ。
今日さとりが人と会うたびに見せていたカッターナイフである。
「えー神奈子さん、これがなんだかわかりますか?」
「……カッターナイフ。」
「諏訪子さん。」
「さっき聞いたじゃん。カッターだよ、他に何があるのさ。」
「えー、では空にお聞きします。」
「え、私?」
急に振られて、しどろもどろになる空。
さとりは空の頭を撫でてやり、気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫ですよ、落ち着いて。」
「う、うん。」
「これ、何に使うものかわかりますか?」
「え?うーんと……えーっと……棒みたいになってるから……ううーん……」
「空には難しかったですかね。燐、どうですか?」
「えーっと……長方形だから……物の大きさを測るもの、とか?」
「うーんいい線言ってますが、違いますねー。」
「おい、なんだこの茶番は。何の意味がある。」
「おやー?おわかりになりませんでしたかー?」
怒る神奈子を、さとりはにやけ顔で返しながら続ける。
「えー、では単刀直入に言いましょう。このカッターナイフ、幻想郷には普及してないのです!
先程にとりさんと雛さんにもお聞きしましたが、これを知りませんでした。
そうですよね?お二人とも。」
「ええ、見たこと無かったわ。」
「私も知らなかったよ。」
さとりの問いかけに頷くにとりと雛。そこに、今度は諏訪子が声をはさむ。
「それで何が言いたいんだよ!」
「おわかりになりませんか?つまりですね、これが『カッターナイフ』であり、『物を切る道具』であると認識できるのは、早苗さんも含めたこの守矢神社にいる3人だけなのです!恐らく、外の世界の道具なのでしょうね。こいしは、これがどうして凶器であると分かったのですか?」
「え?刃が出てて、その先に血がついてたから……」
「そうです、こいしは血まみれの死体が目の前にあるという状況、
そして出た刃と先端についた血が出てこれが凶器であると認識した。
しかし不慮の事故で私がその先端を折ってしまったんです。
諏訪子さんおっしゃっていましたよね?普段は危ないから刃を引っ込めるものだと。
つまり早苗さんが死ぬ直前も、刃が引っ込んでいる状態であったと考えられます。
刃は引っ込み、血もついていないこれを、果たしてこいしが凶器と認識できるでしょうか。
こいしが犯人であるならば、早苗さんを殺すためにそれを手にとるわけがない!
そもそもこの道具を知らないのですから。」
「つまり、何が言いたいんだ!」
「こいしは犯人ではないということです!」
怒鳴りながら問い掛ける神奈子に対して、さとりは力強く宣言をする。
神奈子は今度は映姫の方を向き、叫んだ。
「おい、いいのかい閻魔様!あんたの連れてきた女は、妹をかばうためにでっちあげをしようとしているぞ!」
「落ち着いてください八坂神奈子。彼女を責めるのは、彼女が言いたいことをすべて言ってからでも遅くはない。……さとり、あなたなら分かると思いますが、これだけでは私も古明地こいしが白であると言うことは出来ません。古明地こいしがカッターナイフを知らなかったと証明できることは出来ないのですから。それに、まだ密室という状況がある。」
「そうだ、そうだよ!あの状況で、こいし以外で誰が早苗を殺したっていうんだ!」
映姫の指摘に便乗するように叫ぶ諏訪子。
しかしさとりはそれに臆することなく口を開く。
「もちろん、これで終わりではありません。では次は、密室について考えてみましょう。
皆さん、早苗さんの部屋に移動してもらってもよいでしょうか?」
さとりの言葉を皮切りに、集められた者達は次々と移動を開始した。
残ったのは、さとりとこいしの二人だけである。
「お姉ちゃん……」
「安心してください。さあ、行きましょう。」
さとりはこいしの手を取り、早苗の部屋へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「えー、皆さん、お待たせしました。」
「遅いよ。それで、今度は何を明らかにしてくれるんだい?」
既に早苗の部屋には全員が集合していた。
こいしを連れて最後に部屋に入ったさとりに、神奈子が挑発的な言葉を投げかける。
「えー、では説明しましょう。私はこいしが犯人でないと言った。
となると問題となってくるのが、密室というこの状況です。」
「当然ですね。古明地こいしが疑われた最大の要因がここにある。」
「こいしが犯人でないとしたら、次に考えられることは何物かがトリックを使い、
早苗さんとこいしを密室の中に閉じ込め罪を着せようとした。」
「そのトリックはもう分かってるんですか?」
「ちょっと待ってください燐。まだ続きがあります。それは不可能なのです。」
「うにゅ、なんで?」
「何故ならその時、こいしは最も深い無意識状態だったからです。
その状態のこいしを認識できる者は居ません。
つまり早苗さんとこいしを密室に閉じ込めようとすること自体が無理なのです
第三者が居たとしても、こいしがその場にいることを知らないのですから。」
「……つまりアンタはこう言いたいんだな?古明地こいしは犯人ではない、
でも第三者が密室を作ることも出来ない、バカらしい。じゃあ誰が犯人だって言うんだ!」
「この状況で、こいし以外にもう一人、可能性のある人物が居るんですよ。それは……」
さとりは、一呼吸おいてその人物の名を挙げた。
「早苗さん自身です。」
その名を口にした瞬間、場はざわめき出した。
一方の神奈子と諏訪子は、先程あれだけさとりを責めたてた時とは嘘のように黙り込み、顔からは表情が消えていた。
「えー、この事件の真相は、早苗さんの自殺だったんです。
部屋に閉じこもり鍵をかけ、自分の首をカッターナイフで切った。
しかしその部屋には、無意識状態となったこいしが入り込んでいたんです。
そのことに早苗さん自身も気付くことなくそのまま自殺をしてしまい、
結果的に密室の中に早苗さんの死体とこいしが居るという状況が生まれたわけです。」
「……バカらしいね、推測だ。」
「更にこの推測を裏付けるものがいくつもあります。
一つ。早苗さんはにとりさんに泣きながらお二人に対して悩んでいたことを告白したこと。
一つ。居間の不自然な場所にあった湯のみの欠片。恐らく早苗さんかお二人のどちらかが投げたのでしょう。よほど激しい喧嘩だったようですね。
そして……これです。」
さとりは近くにあったゴミ箱の中から、くしゃくしゃになって捨てられていた3人の写る写真を取り出した。
「あんなに慕っていたお二人との写真をこんなにしてしまうとは、
よほど思いつめていたのでしょうね。」
「……言いたいことはそれだけか?古明地さとり。」
神奈子がさとりを睨みつけながら歩み寄った。
普通の妖怪ならばそれだけで腰を抜かしてしまうほどのプレッシャーでさとりを脅す
「なるほど、それも一つの可能性として認めるよ。
だが忘れていないかい?アンタの妹が犯人だって可能性も残ってるんだ。
早苗が自殺だっていう証拠はあるのかい?」
しかしさとりも、それで屈するほど弱い妖怪ではなかった。
「えー……その証拠なら、こいしが今持っていますよ。」
「え、私!?」
いきなり話を振られて焦るこいし。さとりは続ける。
「こいし、あなた確か言っていましたよね?慌てて机の上にあった紙で血を拭いたと。」
「う、うん……」
「そしてその紙は、とっさに丸めてあなたのポケットの中に……」
「あ、えっと……あったよ。」
こいしは血がついて丸まった紙きれをさとりに手渡す。
さとりはそれを受け取り、ゆっくりと開いていく。
「……これが早苗さんが自殺であるという証拠の……」
そこには、血で汚れているものの、かろうじて読める形で文字が連なっていた。
「早苗さんの、遺書です。」
さとりは遺書を広げ、その場にいる全員に見せつけた。
こいしが血を拭いた面は手紙の裏側であったこと、そして文字は消えにくいボールペンで書かれていたこともあり、幸運にも血まみれになった遺書の文字は読める状態で生きていた。
「えー……筆跡を調べれば、これが早苗さん自身のものであることは明らかになるはずで
す。」
「……それは本当に早苗の遺書なの?アンタがでっちあげたものじゃないの?」
「んー確かに私は手紙を再現することが出来ます。
以前も同じ手法を使って犯人を追い詰めたことがありますからね。
しかし、血液まで再現することは出来ません。既に血は乾いていますからね。
その手紙についている血痕が、早苗さん自身が書いたという証拠になると思いますが…」
「でも、でも……!」
「もういい、止めろ諏訪子。」
抵抗しようとする諏訪子を、神奈子が止めた。
神奈子の意思を察した諏訪子は。床に座りこみ涙を流し始める。
「認めるよ。この事件の犯人はこいしじゃない、早苗の自殺だってね。」
「えー……あなた達二人は、早い段階から早苗さんが自殺だと気付いておられましたね?
死体を発見した当初は動揺もあり本気でこいしが犯人だと思っていた。
しかし時間がたち冷静さを取り戻すにつれ、早苗さんが自殺した可能性に気がついた。
なにせその直前に大喧嘩をしているわけですから、理由は十分です。
しかし、その事実を認めるわけにはいかなかった。何故ならば……」
「……もし早苗が自殺だったら、間接的に私達が殺したも同然だ。
その原因を作ったのは他ならぬ私達なんだからね。でもそれを私と諏訪子は拒否した。
こいしが犯人ということにしてしまわないと、自責の念に押しつぶされてしまいそうでね……」
神奈子は自嘲するかのように笑う。諏訪子は手で顔を覆って泣きつづけたままだ。
「原因は、早苗さんの布教活動ですね?」
「ああ、信仰を広めようと躍起になりすぎて、煙たがられていたのを知っていた。
それについてやんわりと指摘したんだが、早苗は自分が否定されてしまったと思ってしまったんだろうね。そこからは酷いもんさ、売り言葉に買い言葉で……
きっと早苗も、私達を恨みながら自殺したに違いない。最後の復讐ってところかな。」
「果たして本当にそうでしょうか……?早苗さんの遺書、お読みになられてみてください。
血で汚れていますが、かろうじて読める状態にはなっていますよ。」
さとりは神奈子に早苗の遺書を手渡した。
映姫は一瞬それを遮ろうと考えた、何故ならばその手紙はこいしの無実を証明する一番の証拠。その場で処分されてしまえばさとりのこれまでの推理は無意味なものになってしまう。しかし、映姫は思い止まった。八坂加奈子はそのようなことをする人物ではないと判断したのだ。そしてそれは、さとりも同じであった。
「ほら、諏訪子、立て。一緒に読もう。」
「いやだ、いやだよ……そんなの、見たくない。」
「逃げるな。これは私達に課せられた責任なんだよ。
たとえ私達に対する恨み言で埋め尽くされていたとしても、それを受け止めなくちゃいけない。」
神奈子と諏訪子は、早苗の遺書を広げ読み始めた。
『神奈子様、諏訪子様、このような形での謝罪をお許しください。
私の布教活動が行き過ぎていたこと、それは私自身が一番理解しています。
しかし、やらざるを得なかった。やらないと不安だったのです。
信仰を集めることが私の役目。信仰を集めなければ、こちらの世界に来た意味が無い。
自分の役目を果たさなければお二人と一緒にいる権利も無いのです。
しかし、そのお二人に否定をされてしまった。つまり、私はお二人にとって不要ということです。
信仰が十分に集まるこの幻想郷において、もう私がいる意味は無いのだと思い知りました。
私は幻想から覚めます。どうか、これからも私が大好きだった神様であり続けてください。
――東風谷 早苗』
その遺書には神奈子達への恨み言など一言も書いてはいなかった。
ただひたすらに自分の無力さを嘆き、最後には「大好きな神様」とつづられていた。
早苗は神奈子達を恨むなんてことはしていなかったのである。
遺書を読み終えた神奈子は、誰に話すわけでもなく、ただつぶやいた。
「……バカだね。」
「……ほんと……だよ……」
そのつぶやきに、諏訪子も俯きながら同調する。
神奈子の目からもまた涙が溢れ出し、諏訪子と同じように座りこんでしまった。
「信仰なんてどうでもいいんだよ……私達はアンタが居てくれれば……それで……!」
もはや届かない早苗への思いをしゃくりあげながら口に出す神奈子。
そんな神奈子たちに、さとり達は声をかけることが出来なかった。
ただ静かに、涙する二人の神の姿を見つめていた……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なんか……かわいそうだったね。」
映姫も含めた5人での帰り道、こいしがつぶやいた。
その言葉に、燐が若干の呆れを含ませながら反応する。
「こいし様、優しすぎですよ。犯人にさせられるところだったんですよ?
こいし様は、もうちょっと怒っても許されると思います。」
「でも、それは私が偶然あの部屋に入っちゃっただけだし。
しかも証拠の遺書も持ち出してたみたいだからね。事件をややこしくしたのは私だよ。
みんなには迷惑かけちゃって、ほんとごめんね。」
「だからこいし様は謝る必要ないですよ!こいし様は、被害者なんですから!」
「本当に……偶然でしょうかね?」
こいしの言葉に対して映姫がぼそりとつぶやいた。
そのつぶやきに、今度は空が反論する。
「うにゅ!こいし様は犯人じゃないって分かったじゃん!」
「いえ、そういうことを言っているんじゃありません。
ただ、あの場に古明地こいしが居たということが、ただの偶然だとも思えない。」
「……私も、そう思いますね。」
映姫の言葉に、さとりも続いた。
「これは根拠も何もない私の推測ですが、守矢神社を訪れたこいしは、無意識のうちにあの神社の異様な雰囲気、そして早苗さんの考えを読み取っていたのではないでしょうか。」
「私が……?」
「そして、早苗さんと話をするために早苗さんの自室に先回りした。
早苗さんと友人だったこいしは、あの部屋を知っていましたからね。
しかし気付かれず止めることが出来なかったこいしは、
その衝撃で無意識状態から復帰した……。私の勝手な推論ですけどね。」
「そっか、止めることが出来なかったんだ……。」
「気を落とすことはありません。私がやっていることは人が死んだ後からあれこれ詮索することだけです。本当は人が死ぬ前に何かをするべきなのに。そういう意味で、あなたのしようとしたことは立派ですよ。」
「……ありがと。私ね、燐と空に言われたんだ。」
こいしは燐と空に目をやる。二人は心当たりが無くただ首をかしげるだけであったが。
「根拠はお姉ちゃんが見つけてくれる、だから自分たちの仕事は信じることだって。
あの言葉を聞いたとき、すごく嬉しかったんだ。」
「当たり前じゃないですか。私だって始めから、あなたが犯人じゃないこと、分かってましたよ。」
「ほんとに!?」
さとりのその言葉を聞いて、こいしは顔を輝かせた。
その表情に気をよくしたさとりは、調子に乗ってさらに続ける
「いいですか?まず始めにあの部屋の状況です。
本当にあなたが殺したのであれば、密室なんて作る必要ないのですから。」
「ちょ、さとり様?」
いきなり推理モードになったさとりに驚く燐。
まだまださとりは続ける
「あなたが意思を持って早苗さんを殺そうとしたならば、鍵をかけるわけがない。
逆にあなたが無意識で早苗さんを殺そうとした場合、これも鍵をかけることもない。
無意識で何も考えず殺したのであれば、鍵もそのまま手付かずのはずですからね。」
「さ、さとり……」
今度は映姫が口を挟もうとする。いや今それはどうなのか?、と。
何時も思うがどうしてこの小五ロリは普段ぼそぼそしゃべりなくせにこういう時は多弁になるのか、と思いながら。
しかしさとりはまだまだまだまだ続ける。
「つまりですね?私は現場の状況を見たとき、既に事件の真相を……」
「お姉ちゃんのバカ!!」
「へぶっ!」
さとりの推理はこいしのビンタによって中断されてしまった。
そしてこいしはそのまま飛び去ってしまう。
「え?え?何か悪いこと言いましたか私?」
「……さとり様―、アレはないよー。」
「普通あそこは、根拠無くともこいし様を信じてたって言うところでしょう?
今のじゃあ、状況から推理して始めてこいし様を信じたってことになっちゃいますよ。
あたいのセリフが台無しじゃないっすか。ほんと、心は読めても空気は読めないんだから……。」
「ちょ、そういう意味じゃないのですよ、もちろん最初から……こいしー!!」
燐だけでなく空にまでツッコミを入れられ、さとりは大慌てでこいしを追いかけ始めた
大声でこいしへの弁解とこいしへの愛の言葉を叫びながら。端から見れば、恥ずかしいことこの上無い光景である。
呆れる燐と空の横では、映姫が笑いをこらえきれずくすくすと笑っていた。
さっきのさとりのセリフ、あれはただの照れ隠しにしか過ぎないことを映姫は理解していた。最初に電話で事件を伝えたときの様子、あれは探偵古明地さと三郎としての声ではなく、妹を案ずる古明地さとりという姉の声に他ならなかった。誰よりも最初にこいしの無実を信じていたのは他ならぬさとりなのである。だからこそ、映姫はそれを危険だと判断した。こいしが実際に犯人だった場合の行動が予測できなかったからだ。もしさとりが真実を捻じ曲げるような行為をした場合、それを止める存在として自分が必要だと考えた。だからこそ自分が同行したのだ。真実はこいしが無実であったので自分はあまりやることが無かったが、それで良かったと心底思う。
(私も、数少ない友人を裁くなんてことはしたくありませんからね……)
一方のこいしも、本気でショックを受けて逃げているなんてことは無かった。
さとりがこいしを信じたように、こいしもさとりが自分を信じていたことを「信じている」のだ。心は読めないが誰よりも長く一緒にいる姉のこと、あの場で照れ隠しに走ることは第三の目が閉じていようと簡単に読めた。こうやって怒って逃げるフリをしているのは、ただ単に空気が読めない姉を懲らしめるために他ならない。自分の背後からだんだんと離され『ヘロり』になりつつある姉を見て、少しスピードを落とし始めた。そろそろ捕まってあげてもよい頃合である。
(今日はありがとね、大好きなお姉ちゃん。)
こいし自身もまた、恥ずかしくて口に出せない言葉を心の中でつぶやいた。
ひょっとしたら、大好きな姉が読んでくれるかもと期待しながら。
姉妹の鬼ごっこは、歩くのと大差ないスピードにまで落ちたところでようやく終わった。
ヘロヘロになりながらも繋がれたさとりとこいしの手は、お互いにかたく握り締め合っていた。
了
・ 割と真面目なミステリーです。死ぬキャラもいるのでご注意を。
・ 古畑任三郎をリスペクトしています。そういうのが嫌いな方もご注意を
・ シリーズ物ですがこの話だけで完結しているので、以前の話を読んでなくとも大丈夫です。
・『東方キャラがドラマを演じている』『ミステリーの皮を被った娯楽SS』と思って頂き、
ツッコミ所は仏の心で見逃していただけると嬉しいです
「えー、仮に殺人が計画的であったにせよ衝動的であったにせよ……
そこには必ず、殺意というものが存在します。
ですがもし仮に、その殺人が無意識で行われてしまった場合……
そこに殺意は存在せず、ただ殺人をしたという結果のみが残ってしまいます。
そうなった場合、果たしてその人は正気を保つことが出来るのでしょうか?
えー……今回の相手は私の能力がもっとも通用しない相手であり、
また最も愛しい存在でもある人物です……」
古明地こいしは戦慄していた。
「ウソ……なにこれ……」
いつものようにフラフラと無意識で地上を散歩していた。
無意識で行動しているうちに無意識のレベルが深くなり、自分でも行動を覚えておらず何時の間にか変な場所に居たという出来事は、古明地こいしにとっては日常茶飯事である。
彼女の「無意識を操る能力」は大きく3つの段階に分けることが出来る。
まずは能力を発動させていない状態。この状態ではこいし自身の特性から若干存在感は薄くなるものの、大半の人間はこいしを認知することが出来る。
次にこいし自身が意思を持って能力を発動させた場合。周りの人間からは認知されずに、自分は意識を持って行動することが出来る。しかし、力の強い妖怪や神などには気配を感づかれてしまうこともある。
そして最も深い無意識状態、これはこいし自信が無意識で能力を発動させた場合に発生する。回りから認知されず、自分自身も意思を持たず無意識のまま行動する。この間の記憶はこいしには残らず、無意識に能力が解除されるのを待つしかない。このレベルの無意識状態では、例え力の強い妖怪や神でさえ、彼女の存在を認知出来るものはいないだろう。
そして、最も深い無意識状態から覚めたこいしが目にしたものは、信じがたい光景であった。
東風谷早苗が、血まみれで倒れていたのだ。
「さ……早苗?」
こいしは慌てて周りを見渡す。この場所はこいしの記憶にあった。守矢神社内の、早苗の自室である。もともとこいしと早苗は空の起こした異変の時に出会って以来の友人であり、無意識でフラリと訪れることもあれば意思を持ってお邪魔することもあり、その時はいつも決まってこの部屋でおしゃべりをしていた。いつもなら和やかな空間も、今この瞬間においては目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。早苗は首から血を流して倒れていて、床には血のついたカッターナイフが転がっている。そして、部屋は血しぶきであちらこちらが真っ赤に染まっていて、そして早苗の瞳は黒く濁り……
「さ、早苗ぇ!!!」
ようやく状況をこいしは理解した。何時の間にか自分は早苗の部屋に居て、そして目の前で早苗は……死んでいた。自分の服を見ると、部屋と同じように早苗の血しぶきで赤く染まっていて……
「あ、あ……」
パニックになりながら、こいしはとっさに早苗の机の上にあった紙を手に取り、自分についている早苗の血を拭こうとする。しかし一度ついた血液は、紙で拭いたぐらいでは取れはしない。それでも必死になって拭いているうちに……
「早苗!どうしたんだい!」
「早苗っ!」
この神社に宿る二人の神の声が扉の前から聞こえてきた。先ほどこいしが発した悲鳴を聞きつけてやってきたのだ。慌ててこいしは血を拭いていた紙をくしゃくしゃに丸めてポケットの中に入れる。ドアには鍵がかかっていて二人は入ることは出来ずにいる。内側から鍵を開けることは可能であったが、こいしはこの鍵を開けるわけにはいかなかった。
こいし自身も理解していたのだ。この状況を見られたらまず間違い無く自分が殺したと思われること、そして実際、その可能性が一番高いことも……
(む、無意識、無意識にっ……!)
こいしは必死に無意識状態になろうとした。しかし、この無意識を操る能力を発動させるということは、心の動きを最小にするということ同義である。現在の動揺して心が強く揺らめいている状態では、能力を発動させられるわけが無かった。
「仕方ない、行くよ諏訪子!」
「せーのっ!」
そして、諏訪子と神奈子によって、扉は強引に開けられた。
「古明地のとこの妹じゃないか。どうしてここに……」
神奈子はまずこいしに気付いて話しかける。
しかしこいしは、何を言っていいのかわからず口をパクパクさせるしか出来ない。
「……っ!!あ、あれ……」
諏訪子が部屋の奥を指差す。そこには鮮血で真っ赤に染まった壁と、床に倒れる早苗の姿があった。
「さ、早苗!?早苗!!」
二人は慌てて早苗に駆け寄る。しかし出血量、濁った瞳、そして反応しない脈……
早苗が既にこの世にはいないことを、二人の神も認めざるを得なかった。
「う、嘘だよね、早苗、さなえぇ……」
動かなくなった早苗の身体にしがみつき泣き出す諏訪子。
一方の神奈子は、憤怒の表情を隠すこともなく、呆然と立ちすくんでいたこいしに向き合った。
「どういうことか、説明してもらおうじゃないか。」
「わ、私は……」
「お前が、早苗を殺したのか?」
「ち、違う!違うよ!!」
「何が違うってんだ!部屋には鍵がかかっていて、その中にお前と早苗が居た!
そしてお前の身体には早苗の血がべっとりとついている!お前以外に誰がいるんだ!」
「ち、違う……わたしは……!」
口では否定しているが、内心はそうでは無かった。無意識の自分は何をするかわからない、それはこいし自身が一番よく分かっていたからだ。自分が早苗を殺したのではないかという思い、目の前の神奈子に対する恐怖、無意識に逃げたくても逃げられないジレンマ……
頭の中がパニックになり、何も考えられなくなったこいしが取った行動は……この場から逃げることだった。
「ま、待て!」
走り出したこいしを追う神奈子。しかし能力を発動させてないとは言え元々存在感の薄さという特性を持っているこいし。神社の外に出て見失ってしまった時点で、一人では捕まえることは難しいと神奈子は判断した。神奈子は踵を返し、早苗の部屋に戻る。諏訪子はまだ早苗の亡骸にしがみ付いて泣いていた。
「諏訪子……泣くのは終わりだ。」
「でも、でも……!」
「悲しむのは何時だって出来る。とにかく今は、こいしを捕まえることを第一に考えよう。
諏訪子は閻魔に連絡を取ってくれ。私は山の天狗と河童に伝えてこいしを探させる。」
「う、うん……」
閻魔に連絡を取るために走り出す諏訪子。神奈子も天狗にこいしの捜索を依頼するため、神社から出て大天狗の元へと向かう。
「絶対に逃がしはしないよ……古明地こいし!」
一方のこいしは、ひたすらに獣道を走っていた。もはや無意識を発動させることすら忘れて、ただひたすらに、先程の光景そのものから逃げるように。頭の中にあるのは、先程の目を覆いたくなる惨状、神奈子の自分を責め立てる声、そして……自分の唯一の肉親である姉の姿。
(お姉ちゃん……たすけて……!)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
場所は変わって地霊殿。ここでは妖怪の山での喧騒とは別に、まったりとした時間が流れていた。動物型に変身した燐と空をひざの上に乗せ撫でながら、椅子に座って紅茶を楽しんでいた。
(……お姉ちゃ……たすけ……)
「……?」
ふと、さとりの頭の中に一つの声が聞こえた気がした。
お姉ちゃんという言葉から察するに、こいしの言葉であろうか。しかしこいしは今この屋敷にはいないだろうし、何より自分にこいしの声は聞こえない。
(どうしたんですか?さとり様。)
猫型の燐がさとりに尋ねた。現在は人語を発することが出来ないので、思念での会話になる。
「いえ、なんでもないわ。」
今のは気のせいだと思い再びティーカップを手に取るさとり。しかし次の瞬間、地霊殿に備え付けられた電話が鳴り響いた。
「あ、あたい行ってきます!」
すばやくさとりの膝から飛び降りて燐は人型に戻り、電話の元へと駆けていった。
そしてまもなくして、さとりの元へと戻ってきた。
「あ、さとり様……」
「誰からでしたか?」
「閻魔様からです……」
さとりは、またどこかで事件が起きたから依頼に来たのかと思いながら、燐から受話器を受け取った。
「もしもし、古明地さとりですが。」
「お久しぶりですね、四季映姫です。」
「映姫。お久しぶりです。」
さとりに今まで事件解決の依頼をしていたのは、他でもないこの四季映姫・ヤマザナドゥであった。もともと映姫とさとりは同じ地獄を管理する者として交流があった。映姫の方が地位が上であるが、昔のまま映姫と呼ぶことを許されている。
「電話をくれたということは、また何か事件が?」
「ええ。守矢神社から通報を受けました。落ち着いて聞いてくださいね。
死んでいたのは東風谷早苗。そして犯人と思われる人物は……あなたの妹です。」
「……こいしが?まさか、そんなバカな。」
「早苗さんの遺体と共に、鍵のかかった密室の中で二人きりでいたようです。
発見者は八坂加奈子と洩矢諏訪子。通報者も同じです。そして今は、妖怪の山を逃走しているようで……」
「……わかりました。それを私に捜査しろと言うのですね?」
動揺する気持ちを押さえながらも、さとりはこれから自分がすべきことを映姫に確認しようとする。
「いえ、結構です。」
しかし、映姫の答えはさとりが考えていたものとは別のものであった。
「な、どうして!」
「今まであなたは数々の事件を解決してきました。
それには私自身評価していますし、感謝もしています。
しかし、それはあくまで貴方が第三者で客観的かつ冷静に物事を分析できたからです。
今回の場合容疑者は貴方に最も近しい存在。その場合、今までのような冷静な分析が
出来るとは思えません。逆に、真相を知りつつも妹さんのためにそれを捻じ曲げるような行為も予測できます。」
「私がそんなことをすると思っているのですか?」
「可能性の話です。とにかく、事実はお伝えしたので。今回の捜査は私自身が赴きます。では……」
映姫はこれで終わりとばかりに会話を打ち切ろうとした。
しかしさとりはこのまま地霊殿でのんびりと待つなんてことをするつもりは無い。出来るわけもない。
「待ってください。私に捜査させてください。」
「まだ言うのですか。ですからあなたが……」
「もし貴方が危惧しているような行為、真相を捻じ曲げるような行為を私がした場合……
私の舌を切ってもらってかまいません。」
その言葉を聞き、しばし受話器の向こうで考え込む映姫。
数秒間の沈黙のあと、何かを決意した映姫の声が受話器越しにさとりに届く。
「……わかりました。大至急、現場に向かってください。」
「ええ、今すぐペットを連れて向かいます。」
「ただし!私もその場に行きあなたと共に調査します。そして貴方の傍で不正をしないか監視させて頂きます。よろしいですね?」
「ええ、了解しました。」
さとりの本音としては、すぐ傍で映姫が監視をしているとやり辛い。
しかし今はそのような贅沢を言っている場合ではない。現場に向かうことを許可されただけでも上出来と考えなければならないとさとりは思い直した。
さとりはすぐに燐と空を呼び事情を説明し、守矢神社へと出発した。
「こいし……今すぐ、行きますからね。」
恐らく今一番心細さを感じているであろう、妹の元へと。
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地霊殿の中で陸を走るスピードが一番速いのが猫型時の燐ならば、空を飛ぶスピードが一番速いのは空である。守矢神社が妖怪の山の上にあるのならば、最も早く行くための方法は……
「うにゅ、飛ばすよ、つかまってて!」
「わかってるよー!さとり様、大丈夫ですかー!?」
「ええ、なんとか……!」
全速力で飛ぶ空にさとりと燐がしがみつき、一気に守矢神社まで飛んでもらうという方法である。さとりは頭脳労働はピカイチであるが、空や陸を速く移動するといった肉体労働は不得手であった。しかしこの方法ならば、あっという間に目的地へと辿りつける。
かくしてさとりは、電話を受けてからわずか20分で守矢神社へと到着した。
しかし待っていたのは、悪意を隠しもせずこちらを睨み付けている神奈子の姿であった。
「よう、古明地さとりと言ったな。あんたの妹がとんでもないことをしてくれたよ。」
「お久しぶりです、宴会で会って以来ですね。お悔やみ申し上げます。」
「そんな定型の文句はいらないんだよ。今欲しいのはあんたの謝罪の言葉、
そしてどうやって責任を取るかについての回答だ。」
神奈子がさとりに詰め寄る。元々身長差があり神奈子がさとりを見下ろす形になり、端から見ればさとりに勝ち目は無いほどの圧倒的な存在感を見せ付けている。
しかし、さとりも負けてはいない。お得意のにやけ顔を出し、反撃する。
「えー、妹がご迷惑をおかけしてすいませんでした。
責任を取って……この事件の真相を明らかにしたいと考えております。」
「真相?そんなもの、あの妹を捕まえればすべて解決じゃないのか。」
「んー、そう簡単に解決するものでしょうかね……?」
「なんだ、それ以外にどんな真相があるっていうんだ?」
「さあ、それは現段階ではわかりません。」
「あいまいなことを言って、煙に巻くつもりなんじゃないだろうな……」
「そこまでです!!」
険悪な雰囲気になりかけていた二人を止めたのは、神社の鳥居をくぐって現れた四季映姫であった。
「遅いですね。」
「あなたが速すぎるのですよ。こちらも仕事の引きつぎなどがあるのですから。
……八坂神奈子。あなたは少し決め付けが過ぎる。
まだこの事件のはっきりとした真相は明らかになっていない。それを明らかにするため、
私とさとりが来たのです。彼女を責めるのは、それからでもよいのではないでしょうか?」
「……分かったよ。でもいいのかい?容疑者の身内に捜査なんかさせて。」
「そのために私が居るのです。不正をした瞬間、逆に私が彼女を裁判にかけますよ。」
「そうかい。じゃあせいぜい、気の済むまで捜査してくれ。」
神奈子はそう言うと、踵を返し神社の中へと戻っていった。
「……らしくないですね、さとり。」
「何がですか?」
「笑顔がひきつっている。いつものにやけ顔が出せていない。
そもそもああいう真っ向から向かっていくタイプは煙に巻いて横にそらすのが貴方のやり方でしょうに。」
「酷いですね、これでも出来るだけ平常心でいようと心がけているのに。」
「あなたのペット二人はいないのですか?」
「燐と空はこの妖怪の山に居るはずのこいしを探させています。
既に天狗達が探しているようですからね、それよりも速く接触できることを願うばかりです。」
ここに向かう途中、天狗があちこち飛び回って何かを探していた。
映姫から聞いた話から彼らはこいしを探しているに違いないとさとりは推測し、神社の近くでおろしてもらい、燐と空もこいし捜索に加わるように命じた。
そしてこいしを見つけたら、天狗達よりも先に自分のところへ連れてくるようにとも。
好戦的な天狗につかまれば、何をされるか分かったものではないからだ。
「で、あなたは捜索には参加しないと。」
「私が体力が無いのは知っているでしょう。私なんかが捜索に参加したところでたかが知れている。
それよりもこの神社を調べ一歩でも真相に近づく手がかりを探した方がいい。
頭脳労働が私の役目ですからね。」
一見得意げに話しているように見えるさとりだが、映姫はその裏にある真意を読み取っていた。
本当は、誰よりもこいしを探しに行きたいと考えている。しかし、それが出来ない自分が情けない……と。
閻魔という立場上肩入れすることは出来ないが、せめて彼女の気が済むまで捜査をさせてあげよう。それが友である自分の役目であると映姫は強く感じていた。
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燐と空は走っていた。妖怪の山の中を、闇雲に。
「うー、こいし様―!どこに居るのー!?」
こいしの名を叫びながら走り回る空。一方の燐は、この方法に限界を感じていた。
私達に命じられたことはこいしを探し出すこと、そして天狗達より先にこいしをさとりの元へと連れていくこと。
これはさとりが自分たちを信じて命じてくれたことであり、その命を受けた以上何があってもやり遂げる、それがペットとしての使命であると燐は感じている。
だからこそ、このように闇雲に探しているだけではこの二つの命題は達成されることは無い。何故なら地の利はこの山を知り尽くした天狗達にあるし、武力でも空の力を持ってしても正直厳しいであろう。
ではこちらのアドバンテージは何か。こいしを知っていること、こいしに知られていること、こいしの能力を知っていること……
出来るだけこのアドバンテージを生かす作戦を取る必要がある。
「お空!ストップ!」
「うにゅ?」
「やみくもに走ってても見つからないよ。見つけても、天狗達より先に見つけるなんて出きっこない。」
「じゃあどうするのさ!早く見つけないと、こいし様が!」
燐は空の様子を見て意外に思った。いつもはどこかポケーっとしていて、どんな時でも、例え誘拐されたときでもお気楽気分を崩さなかった空が、こんなにも焦っている。
このような空は滅多に見られない。それだけ空もこの状況をまずいと感じているのである。
「焦る気持ちはわかるけど落ち着いて。この状況は動物の勘は当てにならない。」
「じゃあ、どうすれば……」
「あたいに作戦があるんだ。いいかい空、アンタはなんでもすぐ忘れちゃうけど、これは忘れちゃダメだよ!」
「わかってるよ!私だって、忘れちゃいけないこと、わかるもん!」
「よく言った。じゃあ、良く聞いてくれよ……」
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神奈子から捜査の許可を得た(というよりも、閻魔の権力を使い許可させた)さとりと映姫は、事件現場となった早苗の部屋を捜査していた。早苗の遺体は、既に神奈子と諏訪子の手によって別の場所に移動させられていたが、壁についた血痕や床に落ちたカッターナイフなどはそのまま残されていた。
「……」
さとりはカッターナイフを手に取り、まじまじと眺めた。
「それが気になるのですか?」
動きが止まったさとりの元へ、映姫が歩み寄り訪ねる。
「映姫。この刃物が凶器、それは間違いないですよね?」
「そうでしょう。見てください、こんなにも血痕がついている。」
「ではその上で尋ねます。この凶器の名前、ご存知ですか?」
「……いえ、わかりません。というよりも、始めて見ますね。」
「んー……私もですよ。ハサミやただのナイフは見慣れていますけどね、
こんな刃がペラペラで薄い……あ!」
さとりがカッターナイフの刃をペラペラと動かしていたら、パキッという音と共に刃が折れてしまった。
「……やっちゃいました。」
「まったく、どうするんですか。現場の証拠を一つ壊してしまって。
不利になるのは貴方なのですよ。」
ため息をつきながらさとりを咎める映姫。しかしさとりは、まじまじと刃の折れたカッターナイフを見ながら、にやりと笑った。
「いえ、これは逆に好都合かもしれませんよ。」
「はい?」
「映姫、これ借りてもよいですか?確かめたいことがあるんです。」
「構いませんが、処分などはしないでくださいね。そうなれば不利になるのはあなた……」
「わかってますって。私を信じてくださいな。」
さとりは映姫の小言を途中で遮りながら、カッターナイフをポケットの中にしまった。
映姫はそんなさとりの様子を見てため息をつきながらも、ようやく「らしさ」が戻ってきたさとりを見て友人として内心安堵する。
場所を移動してゴミ箱を漁り始めたさとりに、今度は映姫が尋ねた。
「それで、どうだったのですか?」
「何がですか?……ああにらまないでください、分かってますよ。あの二人の心でしょう?」
「そういうことです。」
「残念ながら読めませんでしたよ。二人とも自分の力で私の能力をブロックされていました。」
「まぁそうでしょうね。あの二人は神ですから、そのくらいは可能でしょう。」
「んーしかしですね、以前宴会でお会いした時は読めたんですよ。そしてこうもおっしゃっていた。『心なんて読まれても問題ない。困るのはやましいことがあるヤツだけだ。』ってね……」
「状況が状況ですから、仕方ないでしょう。今の気持ちは読まれたくないでしょうし。」
「でもそれにしては、自分の感情をストレートに表現していたような……あ!」
映姫と会話しながらゴミ箱を漁っていたさとりが何かを見つけた。
くしゃくしゃに丸まった写真。それを広げるとそこには……神奈子、諏訪子、そして早苗が仲良さそうに並んで笑顔でいる光景が写っていた。そしてその写真が今は、ゴミ箱の中に捨てられている。
「やはりこの神社で何かあったのですよ。そしてあの二人は、それを読まれまいと私の能力をブロックしているんです。何かを隠しているんですよ……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こいしはただ闇雲に妖怪の山を逃げていた。
先程から何度も天狗と鉢合わせになりそうになるものの、もともとこいしが持つ存在感の薄さという特性のおかげで、なんとか見つかる前にギリギリのところで逃げることが出来ていた。あの天狗達が自分を探しているということは、こいしにも理解できていたのだ。
しかしそれも、だんだんと限界が近づいていた。姉のさとりよりは体力があるつもりで居たが、それでもあまり身体が強くはない覚りという種族、終わりの見えない鬼ごっこという過酷さも加わり、こいしの疲労はピークに達していた。
「あややや、やーっとみつけましたよー。」
そしてとうとう、一人の烏天狗に見つかってしまった。こいし自身も彼女とは面識があった。幻想郷最速のブン屋、射命丸文である。
「お久しぶりです、清く正しい射命丸でございます。宴会で会って以来ですね。
事情は聞いております、なんでも早苗さんを殺してしまったとか。
山の神はカンカンですよ。おお、こわいこわい。」
「違う!わたしは……」
「残念ながら弁解の時間は設けられていないのです。さあ、私と一緒に……」
「文さま~!」
―ガクッ
緊迫した雰囲気を壊す部下の声に、思わず文はコケてしまった。
「酷いですよ、置いていくなんて。見つけたのは私の千里眼なのに。」
「貴方が遅いからですよ。あなたが見つける、私が捕まえる、ほら、みんなしあわせ。」
「どこがですか!貴方に着いて行ける人なんていないじゃないですかぁ。」
どこか間の抜けた漫才じみたやり取り。しかし文は椛の後ろに潜む『何か』に気付くと、とたんに表情を険しくした。
「どうしたんですか文さま、顔が怖いですよ。」
「椛、あなた、尾けられましたね。」
その言葉を合図にしたかのように、椛の後ろをぴったりとついて歩いていた猫が変身した。
こいしが人型に変身したその猫の名前を叫ぶ。
「燐!!」
「こいし様!!やっと見つけた!」
歓喜の声をあげる燐。一方の文は険しい表情を崩さない。
「貴方は確か地霊殿のペットでしたね。私とやりあうつもりですか?
もっとも私があなたと素直にタイマンをする義務もない、すぐにこの場に仲間を呼び寄せても……」
「うるさいカラスだねえ、お空よりバカなんじゃないの?」
「……今なんと?」
「かかってこいって言ってるんだよ。ヘタレガラス。」
「……!後悔させてあげますよ……っ!」
燐の挑発に乗って扇子を振り上げる文。その瞬間を狙って、燐は隠し持っていた玉を放り投げる
「にゃんこ忍法!煙玉!!」
煙玉が小さく爆発して煙がもくもくと立つ。さらに文の起こした風によって煙があたり一面に広がり、文達の視界を奪う。
「うわっ……え?」
文達と同じく煙に巻き込まれるこいし。しかしこいしの足をつんつんとつつく者が居た。
煙があたりを包むと同時に猫型に変身した燐である。
燐はこいしとアイコンタクトをとったのち、くるりと回って反対方向へと走り出した。
(ついてこい……ってこと?)
第三の目を閉じて心を読むことは出来ないが、確かにあの一瞬、燐の目からその意図を感じ取ることが出来た。体力は限界に近い、しかし最後の力を振り絞り、猫型となり駆ける燐の後を追った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^
燐がこいしと接触した頃、さとり達は居間を調べていた。
そこには先客が居た。座布団に座って俯いていた諏訪子である。
「ああ、今度はここを捜査するの?」
「ええ、よろしいですか?」
「いいよ。どうせダメって言ってもやるだろうし。」
「お気持ち、お察しします。」
「さっきは神奈子が悪かったね。神奈子も動揺してるんだよ。」
「いえ、当然のことだと思います。」
「私も、あのこいしを目の前にしたらああなると思うしね……」
気落ちした表情を終始浮かべていた諏訪子だが、一瞬だけ怒りのオーラが彼女を包んだ。
映姫はこれ以上諏訪子と会話するのは彼女の神経を逆撫ですることに繋がると見てそれとなくさとりに視線を送った。
「えー、それはそうと一つお聞きしたいことがあるのですが……」
だがしかし、さとりがそんなことで会話を止めるわけが無かった。
映姫の視線に気付いていないわけではない、気付いた上であえて無視しているのだ。
映姫はこっそりとため息をつく。
「何?私に答えられることなら答えるし、答えたくないことなら答えないよ。」
「ご安心ください、本当にちょっとしたことです。えー……これ、何だかわかりますか?」
さとりが取り出したのは、先程早苗の部屋から拝借した、カッターナイフである。
「……?カッターナイフでしょ?」
「実は私、さっき刃の部分を折ってしまいまして。どうしたものかと……」
「ああ、壊れたわけじゃないよ。そういうものなのさ、ちょっと貸してみな。」
さとりは諏訪子にカッターナイフを手渡した。諏訪子はカッターナイフについた取手のようなものをくるりと回した、すると中からぴょこんと新たな刃が飛び出した。
「おお!」
「んで、使わない時は逆に回して……」
「引っ込みましたね、なるほど、こういう道具なんですか……」
「普段刃が出てたら危ないからね、こうやって使わない時はしまっておくのさ。」
「んー、ありがとうございました。」
礼を言って諏訪子からカッターナイフを受け取るさとり。
映姫は口を挟むことなく、さとりの好きなようにやらせている。
「聞きたいことはそれだけかい?」
「ええ、今のところは……おやぁ~?」
さとりは卓袱台からだいぶ離れた壁際に、何かの破片が落ちていることに気付いた。
「これは……映姫、なんだと思いますか?」
「色からして……湯のみか何かの破片ですかね。」
「しかしおかしいですね、おかしいなぁ~。」
「何がおかしいのさ。」
わざとらしく不思議がるさとりに痺れを切らし、諏訪子がしぶしぶ質問する。
「いえね、湯のみが割れてしまうこと自体は不思議でもなんでもないのですよ。
しかし、こんなに卓袱台から離れた壁際に破片があるのはおかしいと思いませんか?
普通お茶を飲むのは卓袱台の上ですよね、落として割るとしたら机の近くでないと……」
「運んでる最中に落としたんじゃないの?」
「んーしかし、台所はこの壁とは反対方向にあるんです。
台所から運ぶ途中に落としたのなら、台所から卓袱台までの間に落ちるはずです。
どちらにせよ、こんな壁際に破片が落ちるはずは無いのですが……」
「あのね、さとり、何が言いたいのか知らないけどね。」
諏訪子はため息をつきつつ、怒りの表情を浮かべながらさとりを睨み付ける。
「一番大事なことを忘れてないかい?あんたの妹は、密室の中に早苗の遺体と二人で居たんだ。
あんたの妹が一番怪しいってことは、なんら変わっちゃいないんだからね。」
「では何故私の力をブロックされているのですか?何を隠しているのです?」
「あんたなんかに心を見せたくないからさ、早苗を殺した奴の姉なんかにはね!」
「んふふ、まあそういうことにしておきましょうか。」
「あんた……自分の立場わかってるのかい?」
「やめなさい!」
映姫が声を荒げ、二人の間に入った。本日二回目の仲裁である。
「失礼しました諏訪子さん。ほらさとり、行きますよ!」
「えー……失礼しました。また後で。」
映姫はさとりを引きずりながら、居間から出てそのまま玄関の外へ出る。
「まったく、何度私に仲裁させるのですか。今のあなたは最有力容疑者の姉という立場であることをお忘れなく。」
「すいません、ついいつもの調子で……しかし、やはり何か隠していますね。」
「それは私も感じていますよ。しかし、諏訪子さんの言うこともまた真実。
あなたが何を考えているのか知りませんが、あの密室という状況がある限り、
あなたの妹が犯人である可能性が一番強いことに変わりは無いのですから。」
「んー……ご安心を。徐々にですが、真相に近づいていますから。」
そう言ってさとりはにやりと笑う。
表情には出さないが、映姫はそんなさとりに頼もしさを覚えた。
とそこに、思わぬ訪問者が現れた。
「あれ、確かあんたは地霊殿の……」
「それに閻魔様?」
河城にとりと鍵山雛。この妖怪の山に住む河童と厄神である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
燐を追いかけこいしが辿りついた先は、木々で覆われて隠されていた洞窟であった。
洞窟に入り、燐も猫型から人型に戻りランプを手に洞窟内を照らしながら誘導する。
そして、洞窟の最奥では、空が待っていた。
「うにゅー!こいしさまー!!」
空はこいしの姿を目にするや、その目に涙を浮かべながらこいしに抱きついた。
「こら、空!声が聞こえちゃうかもしれないでしょ、もっと静かに!」
「うにゅー!」
「聞いてないなこりゃ……」
数分後、ようやく空から開放されたこいしは、ゆっくりと口を開きはじめた。
いつものように無意識にフラフラとしていたこと、何時の間にか無意識が深くなり記憶がないまま行動していたこと、そして、目が覚めたら目の前に早苗の死体があったこと……
「私、本当に早苗を殺しちゃったかもしれない……
無意識のうちに何をしてたのかは私も覚えてないの。
ひょっとしたら、何も考えずに刃物を手にとって、物の弾みで……」
「そんなことない!」
俯きながら涙ながらに話すこいしを、空の声が遮った。
「こいし様は、無意識でも人を殺すような人じゃないもん!」
顔をあげるこいし。そのこいしを、空のまっすぐな瞳が射抜くように見つめていた。
燐も空に続くようにこいしに語りかける。
「あたいも、そう信じています。意識があろうと無意識だろうとこいし様はこいし様です。
そしてあたいが知るこいし様は、人殺しなんかするわけがない。」
「いいの?そんなこと言って、本当はあなたの目の前にいるのは殺人鬼かもしれないんだよ?
なんの証拠も根拠もないのに、私のこと信じちゃっていいの……?」
「いーんです!家族ってのは、そういうものでしょ?」
「私達はペットだけどねー。」
「お空!水を差さない!」
空にツッコミを入れる燐。一方のこいしは、胸に暖かいものが広がっていくのを感じていた。
早苗の死体を発見してからずっと動揺していた心が、すっと落ち着いていくような……
「根拠なら、さとり様が見つけてくれる。こいし様が犯人じゃないって根拠をね。
だからあたい達の仕事は信じること。さとり様が真相を見抜いてくれることを信じてる。
そして、こいし様が人殺しなんかしていないってことも、信じています。」
「お燐……」
「こいし様、戻りましょう。」
「さとり様が、待ってるよ!」
燐と空の言葉でこいしは決心した。今でもあの場に戻るのは怖いし、あの神様たちに会うことも怖いけども。心が落ち着いた今ならば、無意識を操る能力が使える。きっと天狗達に気付かれず、神社に戻ることが出来る。すべては、この二人の『家族』のおかげだ。
「うん、戻ろう、お姉ちゃんのところへ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
神社の玄関から外に出て、にとりと雛に鉢合わせをしたさとり達は、
そのままにとり達に話を聞くことにした。何か有益な情報、そしてさとりが今つかみかけている真相を裏付ける何かを得られるのではないかと期待して。
「お二人は、その、もう既に?」
「うん、知ってる。だから急いで来たんだ。途中で雛と一緒になったから二人で来たんだ。」
「もう妖怪の山中に広まっているわ。」
その言葉を聞きさとりは顔をしかめる。このままでは幻想郷に広まってしまうのも時間の問題。その前になんとかして真相を見つけ出さなければ。
「えー、すばりお聞きしたいのは……最近の早苗さんの様子です。」
「早苗の?」
「何か、変わったところはありませんでしたか?」
その問いかけに、雛とにとりの二人は顔を見合わせた。
そして、にとりが口を開く。
「……ええ、最近変だった。」
「えー……教えてもらっても、よろしいでしょうか?」
「最近、思いつめた顔をしてウチのところに来たんだ。
なんでも、尊敬する神様に否定されたって……話してるうちに泣き出しちゃって、
私は慰めるのに必死だったよ。」
「否定された……?」
「よくわかんないけど、最近二人と揉めてたらしいよ?」
「雛さんも、そういう変化に気付いていたんですか?」
「いえ、私が知るのはその件じゃないんだけど……」
にとりに続いて雛も口を開く。
「最近、人里で早苗の評判があまりよくなかったらしいのよ。
穣子ちゃんからの、また聞きなんだけどね。」
「早苗さんが?」
「なんでも、布教させようと必死になって話しかけていて、煙たがられていたとか……」
「ふむ……」
考え込むさとりの傍ら、映姫もその件について考えていた。
確かに最近、早苗が人里で行き過ぎた布教行為を行っていたということは映姫の耳にも届いていた、無理やり人の家に上がりこむといった行為も行っていたらしい。
「なるほど、ありがとうございます!それとは別に、見てほしいものがあるのですが……」
それまでとは声のトーンを変え、明るめの声を出しながら再びカッターナイフを取り出した。
「えー、これ、なんだかご存知ですか?」
「何それ。見たことないわ。」
「ちょ、ちょっと貸して!」
即答して首を振る雛。一方のにとりは、若干目を輝かせながらさとりからカッターナイフを受け取る。
「にとりさんもご存知ない?」
「んー、見たことないね。始めてみるよ。こういうの見るとワクワクするんだ。」
「どんな用途で使うものか、わかりますか?」
「えーっと……分解してもいい?」
「それはちょっと困りますね……見当もつきませんか?」
「そうでもないよ。なんか刃のようなものが中にあるよね。物を切るための道具かな?
……あ、ほら、ここを動かすと、ほら、刃が出た!」
嬉しそうにさとりに見せ付けるにとり。映姫から「刃物なんですから危ないですよ。」と咎められると、慌てて刃をひっこめてさとりに返した。
「流石エンジニアのにとりさんですね。用途を見抜くとは。」
「へへっ、まぁ伊達に機械をいじってないよ!でも始めてみたから焦ったよ。」
「にとりさんでも始めてなんですか。」
「うん、いろんな機械や道具に触れてるけど、これは始めてだったね。」
それを聞き再び考え込むさとりであったが、ふと足の方に何かが触れる感触がした。
足元を見ると、猫型の燐が自分の足をつついて居た。燐である。
燐がここに戻ってきたということは……こいしを連れてきたということであろう。
「ありがとうございました。あ、私ちょっとトイレの方に……」
わざとらしくその場を後にしようとするさとり。もちろんそれを映姫が見逃すわけが無かった。燐を追いかけるさとりの後をぴったりとついてくる映姫。
「なんですか、私と連れションしたいのですか?」
「女の子がそんなこと言ってはいけません。
それにあなたの用事がトイレでないことぐらいバレバレです。
忘れたのですか?私はあなたの監視も兼ねている。勝手に一人にはさせませんよ。」
「……はぁ、しょうがないですねぇ。邪魔しないでくださいよ。」
さとりと映姫が神社の裏に回る。そこには……
「お姉ちゃん!!」
こいしが居た。さとりを見て感極まり、涙ながらにさとりに抱きつく。
さとりはこいしを抱きしめながら、頭をなでる。
「怖かったでしょう……よく戻ってきてくれましたね、こいし。」
「うっ、うっ、お姉ちゃん……」
こいしは顔をあげる。その顔は涙でぐしゃぐしゃである。
さとりは姉としてやさしい目でこいしに微笑んだ。
「大丈夫、私も信じていますよ。それに、真相は見えてきています。」
「……ほんとに?信じてくれるの?」
「ええ。だからこいし。教えてほしいの。あなたがどのようにして事件に巻き込まれたのか、その後とった行動を出来るだけ詳しく。きっとそれで、この事件を解決することが出来る。いえ、してみせます。」
そして、こいしはたどたどしくはあるが、無意識行動する前、無意識から復帰して早苗の死体を見つけてからの行動、そして妖怪の山へ逃走してからの行動を、出来るだけ詳しくさとりに話した。
そしてさとりは、ようやく一つの真相に辿りついたのである。
「えー、最後の事件は私にとっても大きな事件でした。
何せ、私の愛する妹が殺人者になるのではないかという瀬戸際でしたから。
しかし、ようやくすべてが繋がりました。
えー今回の最大の謎は、この事件の本当の『犯人』は誰であるのか、これに尽きます。
大きなヒントは、密室という状況、そして……こいしの能力。
この二つと散りばめられた手がかりをつなぎ合わせれば、答えは見えてくるはずです。
最後の推理、見ててください。古明地さと三郎でした。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
映姫の呼びかけによって、古明地一家、守矢神社の二柱、そして訪れていたにとりと雛が全員居間に集められた。
「おい、こんなところに集めてなんの真似だ。謝罪でもしてくれるというのか?」
「いえ、残念ですがそうではありませーん。この事件の真相を明らかにしたいと思いまして。」
「真相なんて、そこにいるあんたの妹が早苗を殺した、それだけじゃないのかい!」
さとりに執拗に絡む神奈子。しかしさとりはそれを受け流して続ける。
「えー、では一つずつ説明していきましょうか。まずは……これを見て欲しいのです。」
さとりが取り出したのは、事件現場にあったカッターナイフ。
今日さとりが人と会うたびに見せていたカッターナイフである。
「えー神奈子さん、これがなんだかわかりますか?」
「……カッターナイフ。」
「諏訪子さん。」
「さっき聞いたじゃん。カッターだよ、他に何があるのさ。」
「えー、では空にお聞きします。」
「え、私?」
急に振られて、しどろもどろになる空。
さとりは空の頭を撫でてやり、気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫ですよ、落ち着いて。」
「う、うん。」
「これ、何に使うものかわかりますか?」
「え?うーんと……えーっと……棒みたいになってるから……ううーん……」
「空には難しかったですかね。燐、どうですか?」
「えーっと……長方形だから……物の大きさを測るもの、とか?」
「うーんいい線言ってますが、違いますねー。」
「おい、なんだこの茶番は。何の意味がある。」
「おやー?おわかりになりませんでしたかー?」
怒る神奈子を、さとりはにやけ顔で返しながら続ける。
「えー、では単刀直入に言いましょう。このカッターナイフ、幻想郷には普及してないのです!
先程にとりさんと雛さんにもお聞きしましたが、これを知りませんでした。
そうですよね?お二人とも。」
「ええ、見たこと無かったわ。」
「私も知らなかったよ。」
さとりの問いかけに頷くにとりと雛。そこに、今度は諏訪子が声をはさむ。
「それで何が言いたいんだよ!」
「おわかりになりませんか?つまりですね、これが『カッターナイフ』であり、『物を切る道具』であると認識できるのは、早苗さんも含めたこの守矢神社にいる3人だけなのです!恐らく、外の世界の道具なのでしょうね。こいしは、これがどうして凶器であると分かったのですか?」
「え?刃が出てて、その先に血がついてたから……」
「そうです、こいしは血まみれの死体が目の前にあるという状況、
そして出た刃と先端についた血が出てこれが凶器であると認識した。
しかし不慮の事故で私がその先端を折ってしまったんです。
諏訪子さんおっしゃっていましたよね?普段は危ないから刃を引っ込めるものだと。
つまり早苗さんが死ぬ直前も、刃が引っ込んでいる状態であったと考えられます。
刃は引っ込み、血もついていないこれを、果たしてこいしが凶器と認識できるでしょうか。
こいしが犯人であるならば、早苗さんを殺すためにそれを手にとるわけがない!
そもそもこの道具を知らないのですから。」
「つまり、何が言いたいんだ!」
「こいしは犯人ではないということです!」
怒鳴りながら問い掛ける神奈子に対して、さとりは力強く宣言をする。
神奈子は今度は映姫の方を向き、叫んだ。
「おい、いいのかい閻魔様!あんたの連れてきた女は、妹をかばうためにでっちあげをしようとしているぞ!」
「落ち着いてください八坂神奈子。彼女を責めるのは、彼女が言いたいことをすべて言ってからでも遅くはない。……さとり、あなたなら分かると思いますが、これだけでは私も古明地こいしが白であると言うことは出来ません。古明地こいしがカッターナイフを知らなかったと証明できることは出来ないのですから。それに、まだ密室という状況がある。」
「そうだ、そうだよ!あの状況で、こいし以外で誰が早苗を殺したっていうんだ!」
映姫の指摘に便乗するように叫ぶ諏訪子。
しかしさとりはそれに臆することなく口を開く。
「もちろん、これで終わりではありません。では次は、密室について考えてみましょう。
皆さん、早苗さんの部屋に移動してもらってもよいでしょうか?」
さとりの言葉を皮切りに、集められた者達は次々と移動を開始した。
残ったのは、さとりとこいしの二人だけである。
「お姉ちゃん……」
「安心してください。さあ、行きましょう。」
さとりはこいしの手を取り、早苗の部屋へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「えー、皆さん、お待たせしました。」
「遅いよ。それで、今度は何を明らかにしてくれるんだい?」
既に早苗の部屋には全員が集合していた。
こいしを連れて最後に部屋に入ったさとりに、神奈子が挑発的な言葉を投げかける。
「えー、では説明しましょう。私はこいしが犯人でないと言った。
となると問題となってくるのが、密室というこの状況です。」
「当然ですね。古明地こいしが疑われた最大の要因がここにある。」
「こいしが犯人でないとしたら、次に考えられることは何物かがトリックを使い、
早苗さんとこいしを密室の中に閉じ込め罪を着せようとした。」
「そのトリックはもう分かってるんですか?」
「ちょっと待ってください燐。まだ続きがあります。それは不可能なのです。」
「うにゅ、なんで?」
「何故ならその時、こいしは最も深い無意識状態だったからです。
その状態のこいしを認識できる者は居ません。
つまり早苗さんとこいしを密室に閉じ込めようとすること自体が無理なのです
第三者が居たとしても、こいしがその場にいることを知らないのですから。」
「……つまりアンタはこう言いたいんだな?古明地こいしは犯人ではない、
でも第三者が密室を作ることも出来ない、バカらしい。じゃあ誰が犯人だって言うんだ!」
「この状況で、こいし以外にもう一人、可能性のある人物が居るんですよ。それは……」
さとりは、一呼吸おいてその人物の名を挙げた。
「早苗さん自身です。」
その名を口にした瞬間、場はざわめき出した。
一方の神奈子と諏訪子は、先程あれだけさとりを責めたてた時とは嘘のように黙り込み、顔からは表情が消えていた。
「えー、この事件の真相は、早苗さんの自殺だったんです。
部屋に閉じこもり鍵をかけ、自分の首をカッターナイフで切った。
しかしその部屋には、無意識状態となったこいしが入り込んでいたんです。
そのことに早苗さん自身も気付くことなくそのまま自殺をしてしまい、
結果的に密室の中に早苗さんの死体とこいしが居るという状況が生まれたわけです。」
「……バカらしいね、推測だ。」
「更にこの推測を裏付けるものがいくつもあります。
一つ。早苗さんはにとりさんに泣きながらお二人に対して悩んでいたことを告白したこと。
一つ。居間の不自然な場所にあった湯のみの欠片。恐らく早苗さんかお二人のどちらかが投げたのでしょう。よほど激しい喧嘩だったようですね。
そして……これです。」
さとりは近くにあったゴミ箱の中から、くしゃくしゃになって捨てられていた3人の写る写真を取り出した。
「あんなに慕っていたお二人との写真をこんなにしてしまうとは、
よほど思いつめていたのでしょうね。」
「……言いたいことはそれだけか?古明地さとり。」
神奈子がさとりを睨みつけながら歩み寄った。
普通の妖怪ならばそれだけで腰を抜かしてしまうほどのプレッシャーでさとりを脅す
「なるほど、それも一つの可能性として認めるよ。
だが忘れていないかい?アンタの妹が犯人だって可能性も残ってるんだ。
早苗が自殺だっていう証拠はあるのかい?」
しかしさとりも、それで屈するほど弱い妖怪ではなかった。
「えー……その証拠なら、こいしが今持っていますよ。」
「え、私!?」
いきなり話を振られて焦るこいし。さとりは続ける。
「こいし、あなた確か言っていましたよね?慌てて机の上にあった紙で血を拭いたと。」
「う、うん……」
「そしてその紙は、とっさに丸めてあなたのポケットの中に……」
「あ、えっと……あったよ。」
こいしは血がついて丸まった紙きれをさとりに手渡す。
さとりはそれを受け取り、ゆっくりと開いていく。
「……これが早苗さんが自殺であるという証拠の……」
そこには、血で汚れているものの、かろうじて読める形で文字が連なっていた。
「早苗さんの、遺書です。」
さとりは遺書を広げ、その場にいる全員に見せつけた。
こいしが血を拭いた面は手紙の裏側であったこと、そして文字は消えにくいボールペンで書かれていたこともあり、幸運にも血まみれになった遺書の文字は読める状態で生きていた。
「えー……筆跡を調べれば、これが早苗さん自身のものであることは明らかになるはずで
す。」
「……それは本当に早苗の遺書なの?アンタがでっちあげたものじゃないの?」
「んー確かに私は手紙を再現することが出来ます。
以前も同じ手法を使って犯人を追い詰めたことがありますからね。
しかし、血液まで再現することは出来ません。既に血は乾いていますからね。
その手紙についている血痕が、早苗さん自身が書いたという証拠になると思いますが…」
「でも、でも……!」
「もういい、止めろ諏訪子。」
抵抗しようとする諏訪子を、神奈子が止めた。
神奈子の意思を察した諏訪子は。床に座りこみ涙を流し始める。
「認めるよ。この事件の犯人はこいしじゃない、早苗の自殺だってね。」
「えー……あなた達二人は、早い段階から早苗さんが自殺だと気付いておられましたね?
死体を発見した当初は動揺もあり本気でこいしが犯人だと思っていた。
しかし時間がたち冷静さを取り戻すにつれ、早苗さんが自殺した可能性に気がついた。
なにせその直前に大喧嘩をしているわけですから、理由は十分です。
しかし、その事実を認めるわけにはいかなかった。何故ならば……」
「……もし早苗が自殺だったら、間接的に私達が殺したも同然だ。
その原因を作ったのは他ならぬ私達なんだからね。でもそれを私と諏訪子は拒否した。
こいしが犯人ということにしてしまわないと、自責の念に押しつぶされてしまいそうでね……」
神奈子は自嘲するかのように笑う。諏訪子は手で顔を覆って泣きつづけたままだ。
「原因は、早苗さんの布教活動ですね?」
「ああ、信仰を広めようと躍起になりすぎて、煙たがられていたのを知っていた。
それについてやんわりと指摘したんだが、早苗は自分が否定されてしまったと思ってしまったんだろうね。そこからは酷いもんさ、売り言葉に買い言葉で……
きっと早苗も、私達を恨みながら自殺したに違いない。最後の復讐ってところかな。」
「果たして本当にそうでしょうか……?早苗さんの遺書、お読みになられてみてください。
血で汚れていますが、かろうじて読める状態にはなっていますよ。」
さとりは神奈子に早苗の遺書を手渡した。
映姫は一瞬それを遮ろうと考えた、何故ならばその手紙はこいしの無実を証明する一番の証拠。その場で処分されてしまえばさとりのこれまでの推理は無意味なものになってしまう。しかし、映姫は思い止まった。八坂加奈子はそのようなことをする人物ではないと判断したのだ。そしてそれは、さとりも同じであった。
「ほら、諏訪子、立て。一緒に読もう。」
「いやだ、いやだよ……そんなの、見たくない。」
「逃げるな。これは私達に課せられた責任なんだよ。
たとえ私達に対する恨み言で埋め尽くされていたとしても、それを受け止めなくちゃいけない。」
神奈子と諏訪子は、早苗の遺書を広げ読み始めた。
『神奈子様、諏訪子様、このような形での謝罪をお許しください。
私の布教活動が行き過ぎていたこと、それは私自身が一番理解しています。
しかし、やらざるを得なかった。やらないと不安だったのです。
信仰を集めることが私の役目。信仰を集めなければ、こちらの世界に来た意味が無い。
自分の役目を果たさなければお二人と一緒にいる権利も無いのです。
しかし、そのお二人に否定をされてしまった。つまり、私はお二人にとって不要ということです。
信仰が十分に集まるこの幻想郷において、もう私がいる意味は無いのだと思い知りました。
私は幻想から覚めます。どうか、これからも私が大好きだった神様であり続けてください。
――東風谷 早苗』
その遺書には神奈子達への恨み言など一言も書いてはいなかった。
ただひたすらに自分の無力さを嘆き、最後には「大好きな神様」とつづられていた。
早苗は神奈子達を恨むなんてことはしていなかったのである。
遺書を読み終えた神奈子は、誰に話すわけでもなく、ただつぶやいた。
「……バカだね。」
「……ほんと……だよ……」
そのつぶやきに、諏訪子も俯きながら同調する。
神奈子の目からもまた涙が溢れ出し、諏訪子と同じように座りこんでしまった。
「信仰なんてどうでもいいんだよ……私達はアンタが居てくれれば……それで……!」
もはや届かない早苗への思いをしゃくりあげながら口に出す神奈子。
そんな神奈子たちに、さとり達は声をかけることが出来なかった。
ただ静かに、涙する二人の神の姿を見つめていた……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なんか……かわいそうだったね。」
映姫も含めた5人での帰り道、こいしがつぶやいた。
その言葉に、燐が若干の呆れを含ませながら反応する。
「こいし様、優しすぎですよ。犯人にさせられるところだったんですよ?
こいし様は、もうちょっと怒っても許されると思います。」
「でも、それは私が偶然あの部屋に入っちゃっただけだし。
しかも証拠の遺書も持ち出してたみたいだからね。事件をややこしくしたのは私だよ。
みんなには迷惑かけちゃって、ほんとごめんね。」
「だからこいし様は謝る必要ないですよ!こいし様は、被害者なんですから!」
「本当に……偶然でしょうかね?」
こいしの言葉に対して映姫がぼそりとつぶやいた。
そのつぶやきに、今度は空が反論する。
「うにゅ!こいし様は犯人じゃないって分かったじゃん!」
「いえ、そういうことを言っているんじゃありません。
ただ、あの場に古明地こいしが居たということが、ただの偶然だとも思えない。」
「……私も、そう思いますね。」
映姫の言葉に、さとりも続いた。
「これは根拠も何もない私の推測ですが、守矢神社を訪れたこいしは、無意識のうちにあの神社の異様な雰囲気、そして早苗さんの考えを読み取っていたのではないでしょうか。」
「私が……?」
「そして、早苗さんと話をするために早苗さんの自室に先回りした。
早苗さんと友人だったこいしは、あの部屋を知っていましたからね。
しかし気付かれず止めることが出来なかったこいしは、
その衝撃で無意識状態から復帰した……。私の勝手な推論ですけどね。」
「そっか、止めることが出来なかったんだ……。」
「気を落とすことはありません。私がやっていることは人が死んだ後からあれこれ詮索することだけです。本当は人が死ぬ前に何かをするべきなのに。そういう意味で、あなたのしようとしたことは立派ですよ。」
「……ありがと。私ね、燐と空に言われたんだ。」
こいしは燐と空に目をやる。二人は心当たりが無くただ首をかしげるだけであったが。
「根拠はお姉ちゃんが見つけてくれる、だから自分たちの仕事は信じることだって。
あの言葉を聞いたとき、すごく嬉しかったんだ。」
「当たり前じゃないですか。私だって始めから、あなたが犯人じゃないこと、分かってましたよ。」
「ほんとに!?」
さとりのその言葉を聞いて、こいしは顔を輝かせた。
その表情に気をよくしたさとりは、調子に乗ってさらに続ける
「いいですか?まず始めにあの部屋の状況です。
本当にあなたが殺したのであれば、密室なんて作る必要ないのですから。」
「ちょ、さとり様?」
いきなり推理モードになったさとりに驚く燐。
まだまださとりは続ける
「あなたが意思を持って早苗さんを殺そうとしたならば、鍵をかけるわけがない。
逆にあなたが無意識で早苗さんを殺そうとした場合、これも鍵をかけることもない。
無意識で何も考えず殺したのであれば、鍵もそのまま手付かずのはずですからね。」
「さ、さとり……」
今度は映姫が口を挟もうとする。いや今それはどうなのか?、と。
何時も思うがどうしてこの小五ロリは普段ぼそぼそしゃべりなくせにこういう時は多弁になるのか、と思いながら。
しかしさとりはまだまだまだまだ続ける。
「つまりですね?私は現場の状況を見たとき、既に事件の真相を……」
「お姉ちゃんのバカ!!」
「へぶっ!」
さとりの推理はこいしのビンタによって中断されてしまった。
そしてこいしはそのまま飛び去ってしまう。
「え?え?何か悪いこと言いましたか私?」
「……さとり様―、アレはないよー。」
「普通あそこは、根拠無くともこいし様を信じてたって言うところでしょう?
今のじゃあ、状況から推理して始めてこいし様を信じたってことになっちゃいますよ。
あたいのセリフが台無しじゃないっすか。ほんと、心は読めても空気は読めないんだから……。」
「ちょ、そういう意味じゃないのですよ、もちろん最初から……こいしー!!」
燐だけでなく空にまでツッコミを入れられ、さとりは大慌てでこいしを追いかけ始めた
大声でこいしへの弁解とこいしへの愛の言葉を叫びながら。端から見れば、恥ずかしいことこの上無い光景である。
呆れる燐と空の横では、映姫が笑いをこらえきれずくすくすと笑っていた。
さっきのさとりのセリフ、あれはただの照れ隠しにしか過ぎないことを映姫は理解していた。最初に電話で事件を伝えたときの様子、あれは探偵古明地さと三郎としての声ではなく、妹を案ずる古明地さとりという姉の声に他ならなかった。誰よりも最初にこいしの無実を信じていたのは他ならぬさとりなのである。だからこそ、映姫はそれを危険だと判断した。こいしが実際に犯人だった場合の行動が予測できなかったからだ。もしさとりが真実を捻じ曲げるような行為をした場合、それを止める存在として自分が必要だと考えた。だからこそ自分が同行したのだ。真実はこいしが無実であったので自分はあまりやることが無かったが、それで良かったと心底思う。
(私も、数少ない友人を裁くなんてことはしたくありませんからね……)
一方のこいしも、本気でショックを受けて逃げているなんてことは無かった。
さとりがこいしを信じたように、こいしもさとりが自分を信じていたことを「信じている」のだ。心は読めないが誰よりも長く一緒にいる姉のこと、あの場で照れ隠しに走ることは第三の目が閉じていようと簡単に読めた。こうやって怒って逃げるフリをしているのは、ただ単に空気が読めない姉を懲らしめるために他ならない。自分の背後からだんだんと離され『ヘロり』になりつつある姉を見て、少しスピードを落とし始めた。そろそろ捕まってあげてもよい頃合である。
(今日はありがとね、大好きなお姉ちゃん。)
こいし自身もまた、恥ずかしくて口に出せない言葉を心の中でつぶやいた。
ひょっとしたら、大好きな姉が読んでくれるかもと期待しながら。
姉妹の鬼ごっこは、歩くのと大差ないスピードにまで落ちたところでようやく終わった。
ヘロヘロになりながらも繋がれたさとりとこいしの手は、お互いにかたく握り締め合っていた。
了
東方では鬼門なミステリーを古畑風にすることで上手く料理していたと思います。
密室に二人って状況で真相が自殺ってのもこいしの能力がある故ですよね
なんにせよ犯人がこいしでなくて良かった。お疲れ様でした
慧音の事件が一番好きだった。面白かったよ。
賛否両論ありましたが、私としては楽しめました。
まぁ、キャラクターがこのような死に方をする描写というのは
容易には受け入れ難い部分ではありますが……
それでも人間以上に人間味のある少女達は悲しくも美しくて良かったのです
TAM様の描く新しい物語にも期待してます
でも結末には満足したしとても楽しめた
また何か書いてください。待ってます
乙でした
お疲れ様でした。
これは良い姉妹。おもしろかったです。
今回はわりと落ちが読めてしまったのでちょっとマイナス。
でも面白かったです。
楽しかった!乙!
シリーズ終了は残念ですが、お疲れ様でした。
次作を楽しみにしております。
vsこいしでもこいしが犯人でもなくて、仲良し姉妹が見れて大満足です
という推理は確かにそうだと感心しました。
無意識に自殺を止めようと入り込んだというのも、とても納得できます。
トリック物の名を借りた親愛の情のお話というのが素直な感想です。
美鈴のトリックにしてやられ、人里の人間ドラマに心打たれ、最終回も流れるような綺麗な展開に感嘆させられました。
また、あなたの書く実験的な作品に出会えることを願ってやみません。
またいつかさと三郎の活躍を見てみたいものです。
今回のネタは結構早い段階でわかりましたが、物語の終結に向かうまでの持って行き方がとても良かったです。
相手がこいしちゃんという事もあるのでしょうが、「さとりらしさ」と「古畑の特徴」がシリーズ中でもっとバランスが良かったと思います。
それでは、素晴らしい作品をありがとうございました。
早苗さんが自殺なのは読めたけど、こいしが持っていた紙が伏線になるとは
できれば、新シリーズを書いて欲しいです
一個体の作品としてはあまりいいとは言えませんが。
いやはや、どっち付かずな感じは否め無いですね。
煙玉の中でアイコタクトとれるなら、そもそも相手が見失わないし、後をつけるには、追跡者全体を監視するだけの探知能力(現実でいうなら無線傍受など)が最低限必須。
というか、そもそもどうやって飛ぶ天狗を走る猫が山で追跡できるんだ?
他にもご都合主義だらけで、素人の作品とはいえ、まだ推理小説に挑戦できるようなレベルじゃない。
煙玉の中でアイコタクトとれるなら、そもそも相手が見失わないし、後をつけるには、追跡者全体を監視するだけの探知能力(現実でいうなら無線傍受など)が最低限必須。
というか、そもそもどうやって飛ぶ天狗を走る猫が山で追跡できるんだ?
他にもご都合主義だらけで、素人の作品とはいえ、まだ推理小説に挑戦できるようなレベルじゃない。
煙玉の中でアイコタクトとれるなら、そもそも相手が見失わないし、後をつけるには、追跡者全体を監視するだけの探知能力(現実でいうなら無線傍受など)が最低限必須。
というか、そもそもどうやって飛ぶ天狗を走る猫が山で追跡できるんだ?
他にもご都合主義だらけで、素人の作品とはいえ、まだ推理小説に挑戦できるようなレベルじゃない。