小野塚小町は珍しく仕事をしていた。何となく今日は気分が乗って仕事をしていた。
だからこんな珍しい事が起こったのだと思う。
自分で言うのもなんだが、小町はそう自負していた。
「まさか、あんたがこの三途の川に来るなんてね」
船に乗っている魂は見知っている魂だった。
「紅魔館に住んでたんだっけ? そうか、もう長い年月が経ったもんなあ……」
小町は独り言を呟くように感慨深げにそう言った。とは言っても、魂は喋れないので実際は小町の独り言になってしまう。
「なあ、あんたも喋れると良いのにな。せっかく私がまじめに仕事をしているのに、非常にもったいない」
小町はにこやかな顔をして魂の方を振り向いた。青白く、しかしはっきりとその姿を目に映すその魂は誰の目から見ても、強く逞しいものに見えた。
「あんたの魂はなかなか逞しいね。まあ、生前あんなにこの幻想郷を力強く生きてきたからね。それは当然だな」
無言の魂はそれでも何かを訴えようとちょろちょろと動きまわる。
「ああ、言いたい事はわかるよ。悔しいんだろう? でも、しょうがないと思うよ。この世に永遠なんて物は無いからね」
小町は悟ったようにそう言って、そのまま黙ってしまった。
この世に永遠なんて無い。それは今となっては諦めの言葉だった。
しばらく無言のまま、船は確実に彼岸の方へと向かって行く。
今日もまた、一つの魂が裁かれ冥界か地獄に送られ、再び転生してこの幻想郷へと帰っていく。
所詮この世の歯車から外れる事など出来ないのだ、と小町は思った。
紅く光る太陽。
彼岸花が咲き乱れる三途の川。
微かにため息一つ。船の軋む音が耳を刺激する。
「いつかはこうなる日が来るからね。それは避けられない。そしてたまたまその運命の日が今日だったのさ。あんたは成長しすぎた。色々な人に出会い、自分を変えすぎてしまった。だから、館の住人をたくさん残して死んでしまったのさ」
小町はまた、独り言のように呟いた。
妖怪の寿命が長いのは、成長しない事にある。人の寿命が短いのはあまりにもたくさんの事を学習しすぎるからだという。ここで言う学習とは、知識の事ではない。それは精神的な成長の事だった。人間は子どもから大人へとその精神を発達させる。しかし、妖怪は成長しない。一度やった事を何度も繰り返し、それでも反省しない。
つまり精神が幅を利かすこの幻想郷では精神の成熟はそれだけ自分の寿命を縮める事になる。それは人間も妖怪も一緒だった。現に博麗の巫女などは精神的に全く成長が見られないため、外見すらも変わっていなかった。
妖怪や人間が弾幕ごっこという『遊び』に耽るのも、そうした理由からなのだろう。
小町の言葉を聞いた魂は憤る様に船の上で暴れ出した。三途の川に波がたつ。小町は器用に船のバランスをとり、その魂に話しかける。
「……ああ、知っているよ。そうせざるを得なかったって言いたいんだろう? それがいけなかった。そう思ってしまった事がもう精神的成長なんだ。そこは遊びとして心の中で処理できていれば何も問題は無かった」
暴れる魂をなだめながら、小町は船に腰かけた。しばらくして轟々と燃えていた魂も落ち着きを取り戻してくる。
「でもね、私はあんたの行動は正しいと思うよ。世の中には相手の事を微塵も考えないろくでなしばかりが蔓延っている。力の強い者ほどその傾向が強いのに、あんたはそうしなかった。たった一人のために命を賭けて戦った。それは称賛に値する」
小町は一息ついて想いをぶつける様に叫んだ。
「もう一度言うよ。あんたは正しい」
そう、正しいのは彼女なのだから。そうでなければ悲しすぎる。
せめて私だけでも、と小町は思う。怒りや恨みなどの穢れた感情などこんなにも純粋で綺麗な魂には相応しくない。
「あんたは純粋で綺麗なのが取り柄だろ? さあ、その涙を拭いて、しっかりおし」
魂に涙など流れない。ただ小町には、それがあまり見当はずれでない事が何となくわかっていた。
今は誰もいないのだから、涙の一つや二つこらえる事は無い。
小町はそんな事を思いながら船を動かし再び出発する。
彼岸に着くと、魂は自ら船を降りた。その潔さにさすが大物は違うなあ、と小町は感心した。
「それじゃあ、これでさよならだ。後は四季様に裁かれるだけ。次会える事を楽しみにしているよ」
小町は少しだけ微笑んで、その魂を見送った。
「今度は私がさぼっている時に会いに来てくれ」
そう、しばらくの辛抱なのだ。
「さようなら。レミリアスカーレット」
十六夜咲夜がここに来るまでに、今にも紅く燃え上がりそうなこの魂が転生できる様、小町は強く願った。
のセリフの重みが増すと思います。
ていうか読みてええええええええ。
というのは二次設定だったっけか…
紅魔館のこういうネタは大抵ミスリードさせる物だからすぐ解っちゃいました