少し肌寒い冬の昼。白蓮は自室で文々゜新聞を読んでいた。
騒がしい鴉天狗の押しに負けて契約してしまったのだが、これが中々面白い。
内容の信憑性はともかく、人間と妖怪が一緒に騒ぐ内容の記事は見ていて飽きることが無かった。
そんな時、部屋の入り口に誰かの気配を感じたので視線を向ける。そこには、最近になって命蓮寺で暮らすことになったぬえの姿があった。
部屋の入り口に佇む、ぬえの泣き腫らしたような真っ赤な目を見た白蓮は胸を痛める。
この様なことは以前もあり、そのとき白蓮は、ぬえが寺の皆と仲良く出来ていないのかと心配になったので、ダンボールに隠れて一日見張ってみたことがあった。
しかし心配とは裏腹に、少し悪戯やちょっかいはかけるものの、寺の皆のお手伝いをしたり一緒に遊んでいたりと、とても仲良くしていた。
ダンボールの隠密性に関心しながらも皆と仲良く出来ていることに安心したものだ。
だが、ぬえが時々泣いているらしいことは変わらず、無理に原因を聞き出すわけにもいかない白蓮は心配と不安が晴れない日々が続いていた。
そんな心境を顔に出さないように白蓮は「どうしたの?」と優しく声をかける。するとぬえは決まって無言のまま白蓮に近づき、まるで小さい子供が甘えるみたいに、白蓮の胸に頭を寄せる。そんなぬえを白蓮は黙って優しく撫でてあげるのだった。
こうして頭を撫でていると、初めて会った時の事を思い出す。
ぬえは、白蓮の復活を妨害していた事謝りに来たのだが、小さくなって震えるぬえを見た時、これがあの正体不明と恐れられていた鵺の正体だとはとても信じられなかった。
許したときの信じられないといった表情はとても印象に残っている。
それからぬえは命蓮寺で暮らすことになったのだが、白蓮はこの天邪鬼で甘えん坊な妖怪がとても愛おしかった。
今まで一人だったためか感情表現が少々下手なところがあり、最初は寺の皆と衝突することも珍しいことではなかった。しかし、ストレートに甘えてくるぬえが皆に受け入れられるのに時間はかからず、すぐに家族の一員となった。
だが、時々ぬえは一人寂しそうな表情を浮かべたり、泣たりしているらしいことがたびたびある。
白蓮から見たぬえは、どこか一歩距離を取っているようであり、家族の団欒を外から眺めて羨ましそうにしている感じがするのだ。
ぬえの何がそうさせているのかは分からないが、ぬえが苦しんでいると思うと、居ても立ってもいられない白蓮であった。
何かいいきっかけは無いものか。
そう思い新聞に目をやると、最近人里で評判になっている道化師の記事が目に入る。
その記事を見て白蓮はまだ、ぬえと一緒にお出かけしたことが事が無いのを思い出す。
これはちょうどいい機会だと思い、白蓮はぬえに一緒に出かけを提案してみることにした。
「ねえ、ぬえ。この道化師すごくおもしろいって評判みたいですよ」
「ふうん」
「そうだ。少し、二人で人里までお出かけしてみませんか? 運がよければ道化師に会えるかもしれせんよ」
「やだ。今日は聖とここに居る」
自分と一緒に居たいと言われたことは嬉しかったが、お出かけの案が一蹴されたのは残念だった。
しかし、ここで諦めるのは早すぎると思い直し、もう少し説得してみることにする。
「でも、私はこの道化師の芸を見てみたいですよ」
「私は見たくない」
「それに外はいい天気で散歩したら気持ち良さそうだな~」
「寒いからヤダ」
「でもね」
「む~!」
あの手この手で粘ってみた白蓮だったが、ぬえが胸に顔を埋めて断固拒否の体制になったため、諦めるしかなかった。
「分かりました。降参です。今日はここでのんびりしましょうね」
「ん」
返事はそっけなかったが、埋めた顔をぐりぐり押し付けて甘える様子からどうやら自分の意見が通ったことに満足したようだった。
少しだけ、お出かけが楽しみだった白蓮は心の中でため息をつき、その寂しさを紛らわせるようにぬえの黒くて柔らかい髪を撫でる。
しばらくそうしてたが、ふと、ぬえが顔を白蓮に向けこう尋ねてきた。
「ねえ、聖。もし今の私は正体を隠していて、突然本性を現して襲い掛かったら聖はどうする?」
「あら? ぬえったら、何かの冗談かしら?」
「・・・・・・」
白蓮の問いかけにも、ぬえは無表情で黙ったままだ。
少し沈黙が続いたが、白蓮は微笑みを浮かべ、ぬえの顔を優しく撫でながら囁いた。
「ぬえになら、食べられてもいいですよ。私はぬえがどんなことをしてもずっと大好きですから」
その言葉を聞いたぬえは顔を真っ赤にすると、白蓮から離れてそっぱを向き一言。
「もう、聖なんか嫌い!」
その瞬間、白蓮にはガ~ンという音が頭に響いた気がして、世界が崩壊する錯覚に襲われた。
よよよとうなだれる白蓮を、ぬえはちらっと見た後
「嘘、大好き」
と訂正した。
大好き。その一言で白蓮は、生きていて本当に良かった! 南無三!! と大感激。とはいえ、正直に喜ぶのもちょっと癪だったので表面上は怒ることにした。
「もう、ぬえったら酷いです。笑えないジョークですよ」
「ごめんなさい。でも、聖がすごく恥ずかしいこと言うんだもん」
「本当のことを言っただけです」
白蓮がプンプンしていると、冬の寒さで冷たくなった白蓮の白い手を、ぬえは両手で優しく包み込んだ。
びっくりする白蓮の目の前にぬえの顔が近づいて来て、嬉しいやら恥ずかしいやらで真っ赤になった白蓮に、ぬえは静かに語りかけた。
「聖、もう一つ下らないジョークを聞いて欲しい。あるところに狼がいた。その狼は羊と仲良くなりたいと思っていた。でも、狼である自分が、羊の群れに近づいたら逃げられるのは目に見えている。そこで、狼は変装して羊の群れに混ざってみたのだ。作戦は大成功。変装した狼はたくさん羊の友達が出来て、幸せな毎日を過ごした。でも、ある日のこと、狼は変装した自分じゃなくて狼としての自分で羊と友達になって欲しくなった。そこで狼は思い切って正体を明かしてみた。結果、皆逃げ出して狼は一人ぼっちになりましたとさ」
そこまで話し終えると、ぬえは目を閉じ一息つく。
白蓮にはそのぬえの姿が、最初に会った時の震えている姿と重なって見えた。
「ねえ、聖。聖はこの狼をどう思う? 正体を現さなければずっと幸せだったのかもしれないのに、自分から幸せをぶち壊したなんて。馬鹿だと笑う?」
その問いに白蓮はしばらく考え、そして答えた。
「正直に言います。私にはその狼が愚かなのかどうかは判断できません。ですが、本当の自分を愛してもらいたいという心は理解できるような気がします・・・ごめんなさい、今の私にはこれくらいのことしか答えられません」
ぬえは目を閉じたまま白蓮の言葉を聞いていたが、目を開けるとニッコリ微笑み白蓮の胸元に飛び込んだ。
反射的に抱きかかえる白蓮を、ぬえは強めに抱き返すとその頬に軽くキスをする。
狼狽する白蓮を見て、ぬえは意地の悪い笑みを浮かべた。
「聖ったら、何をそんなに真面目になっているの? こんなのただのジョークなんだから」
呆然とする白蓮からぬえは身を離すと、部屋の入り口へ歩き出す。そして部屋を出る前に白蓮の方を向くと少し恥ずかしそうに言った。
「今度、一緒にお出かけしてあげてもいいよ」
それを聞いた白蓮は一瞬ポカーンとしたが、すぐに嬉しそうな顔になり
「ええ、楽しみにしていますよ」
と答えた。
ぬえは微笑むとそのまま部屋の外へと消えていった。
ぬえが居なくなった後、白蓮はやるせない気持ちになっていた。
それは、ぬえが部屋を出る直前に涙を流していたのが見えてしまったから。
いったい何がぬえに涙を流させているのだろうか? それが分からない自分に白蓮は苛立ちを感じる。
白蓮はぬえが愛おしい。それこそ我が子の様に、あるいはそれ以上に。ぬえになら本当に食べられてもいいと思っている程に。
天邪鬼なぬえ、甘えん坊なぬえ、我侭なぬえ、泣き虫なぬえ。どんなぬえも愛おしい。
ぬえには、心から笑って欲しい、幸せになって欲しい。そんな想いを込めて白蓮は
「愛していますよ。ぬえ」
誰も居ない空間で一人呟くのだった。
タグと内容が合っていないと思った奴。それは正しい。
あとがきでタグの条件が全てそろうが、この物語の結末に満足したならこのまま戻るかコメントすることを薦める。
何故かって?
この先には下らない話しかないからさ。
俺が何者か?
そんなのはどうでもいいことだ。毛玉でも幽霊でもお前が好きに想像してくれ。
さあ、お前はどうするんだ?
このまま、あとがきへ行くのか。それなら俺はもう止めはしない。
まあ、大げさに言ってみたところで、この先にあるのが下らない話なのは変わらないがな。
補足しておくと、あとがきが本編でもある。
ああ、先に言っておくがグロとかそういう類の話ではないからそこは安心して欲しい。
さて、俺の役目も済んだことだしもう何も言うまい。
じゃぁな。
後書き前は気になったけどひじぬえと発想が素敵だったのでこの点に。
ぬえの正体はラヴクラフト的ななにかなのでしょうか。
はたして「ぬえ」なんでしょうか?
正体を曝したぬえはもはや「ぬえ」ではないのでは?
そもそもぬえ自身にも自身の正体は不明なのでしょうか?
自身の正体を見破ったとたん「ぬえ」でなくなるのでしょうか?
うーん謎は深まるばかりです
明確な二面性を持った作品というのはなかなか作れるものでは無いと思います。色々な意味で楽しく読ませていただきました。
恐怖と言うのも一種の快楽であります。
どん底の恐怖を味わった後は、偽りのぬえがあなたを優しくケアします(それこそ心身ともに)
えーとつまり一種のつり橋効果?
むしろ痛くて苦しいのがいいんです。私はそんなぬえが嫁に欲しい。