Coolier - 新生・東方創想話

誰の夢オチ

2009/12/03 21:40:36
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 暖かい光に照らされた賽の河原で、小町は空を見上げていた。
 昼寝日和だぁ…。
 眠たい、今すぐ地面に横になれとお日様が囁く。けれども今はできない。なぜなら…。
「小町!話を聞いているのですか!」
 ばしりと、映姫の振り下ろした悔悟棒が小町の顔面をとらえた。
 眠りたいのは山々だが、ついさっきその眠りから文字通り叩き起こされたばかりなのだ。
「きゃん!は、はい聞いてますよ、もちろん」
「貴方は説教をされているという自覚があるのですか?」
「ありますとも、はい、あります、すいません」
 薄っぺらい申し訳なさをアピールしつつ、小町は頭を下げる。
 無反省な小町が透けて見えて、映姫は深くため息をついた。
「私は難しい事を言っていますか? サボらず、昼寝せず、死神として三途の川の船渡しをしてくれと、そう言っているだけでしょう。なぜ当たり前の事ができないのですか貴方は…」
「まぁ…はぁ…」
「貴方は死神の責務を軽く考えすぎる。三途の川とは命を終えた魂達が通過する輪廻の一部なのです。船頭たる貴方の責務は決して軽々しいモノでは無くむしろ…」
 映姫の口から流れ始めた怒涛の奔流から耳を背けるように、やれやれと小町は俯く。
(一時間以内に終わってくれるかねぇ…)
 どう説教されたところで自分のサボり癖が治るわけないのだ。
(いやサボる気はないんだけどねぇ、どうにも自分の欲求には素直になっちまうんだよねえ)
 仕事は好きだ。死神をやるのが嫌ならとうの昔に自分から辞めている。ただそれ以上に昼寝が好きなのだ。どうにもならない。
 もちろん、そんな自分の性分が映姫の迷惑になっていることは理解しているから説教は黙って聴く。
(四季様も仕事熱心なことだ。あたいに説教なんかしても馬耳東風な事ぐらいもう分かってるだろうに。自分の責務に忠実だねぇ。まったく、ちっこいなりして…可愛いお方だねぇ)
 いかんいかん、と小町は目を伏せた。背丈はどうあれ映姫は神格に属する閻魔様なのだ。一介の平死神がそんな事を考えるのは不遜である。
 しかし、自制心が極度に薄い小町である。自分の下乳房にやっと届こうかという身長の映姫が精一杯首を上に傾けて厳しい顔でプリプリしている様を見るにつけ、邪な考えがむくむくと膨れ上がっていくのを抑えられるものではない。
(抱っこ、してみたいねぇ…)
 いやいやシャレにならない。
 映姫が怪訝な顔をするのも気にせず、小町は首を振った。そんなことしたら説教どころかその場で地獄送りにされるかもしれない。
(いやそうかね?四季様は真面目なお方だ。私怨で地獄送りを決めるような事はしないだろうさ)
 しかしながら、何も今する事はないじゃないか。宴会の時にでも、酔ったフリをして事を運べばまだ言い訳は立つだろうに…。
(でもねぇ、怒ってる四季様が可愛いんだよねぇ。今、やりたいんだ。…うむ、土下座か百叩きくらいで許してくれるのじゃないかね)
 それで閻魔様を抱っこできるなら安いもんだ。
 頭の片隅にわずかに残っていた小町の自制心はあっという間に消え去った。
 抱っこしたらどんな感じなんだろう?と、好奇心のみが小町の頭を満たす。理性が消し飛んだわけではない。事後に猛烈な折檻がある事は予想している。ひたすらに都合良く前向きなのだ。
「四季様」
「死とはこれすなわち…なんです、話を遮るのは関心しませんよ」
 不愉快さを顔に表す映姫にかまわず、小町は両手で思いっきり映姫を抱きしめた。
「うわっぷ!?小町!?何をするのですか!?」
「四季様!少しだけ!少しだけですから!じっとしててください!」
 もやは変態の言動である。
「離しなさい!こら!離しなさいと言っているでしょう!胸が顔に当たっているのですよ!」
 もがもがと映姫が暴れたところで身長も腕力も小町が上なのだ。自力では逃れることができない。
「あー…四季様はお体が小さくて柔らかいので、私の肌にぴったりくっついて気持ち良いです」
「離さんかぁぁぁぁ!」
 閻魔帽が邪魔で頬擦りはできなかったが、十数秒間、小町は映姫の抱き心地を堪能した。
 満足下な顔をした小町を、開放された映姫が怒りと羞恥で顔を真っ赤にして睨む。
「何を考えているのですか、お前は!お前はぁあ!もっ…もう言葉がありません!!」
「申し訳ありません。四季様がお可愛いかったのでつい」
 例え都合が悪かろうが自分の行動に嘘はついてはいけない。小町の筋である。必ずしもそれが良い結果に結びつくとは限らないが。
「かっ、かっ、かわいっ…お前は説教を聞きながら何を考えているのですか!?私を馬鹿にしているのですか!!」
 あまりそういう表現をされた事が無いのか、映姫の顔は怒りと照れが合わさっていっそう真っ赤になった。悪い事に、その高揚が普段以上に頭に血を上らせていく。
「もおおおお堪忍袋の緒が切れた!何度も何度も説教しても全く反省しない!!挙句説教を無視して分けの分からない事をやる!!!もおおお許しません!!!!」
「し、四季様?」
 今にも頭からシュポォーーーーーー!と蒸気が噴出しそうな映姫である。ここまで発狂するのは小町にとっても初見だった。
 いつもと様子が違う…と焦る。
「いつかは小町も心を入れ替えてくれると信じていました…でも諦めました!今この場で!今日限りこの場においてっ…」
 映姫はそこで急に黙り、うつむいて真っ赤な顔を振るわせた。あるいは重大な決意の一歩を踏み出さんとしているようにも見える。
 小町は、嫌な予感がした。
「ししし、四季様」
 謝ろう、とりあえず謝ろう。
 小町が土下座をしようと膝を突いたとき、映姫ばドス黒い声でボソリと呟いた。
「…クビです」
「えっ」
「クビ!解雇!小町、お前にはもう死神を辞めてもらいます!」
「え、ちょ、えええええ!な、なんで…」
 小町が飛び上がって映姫に食って掛かると、カウンターのごとく映姫が小町に襲い掛かった。
「どの口が『なんで』とか言いますかコラぁ!」
「い、いひゃいれすよぉ!」
 映姫に口を裂かれそうになりながら賽の河原を逃げ回る小町。付近を漂っていた霊魂達が、なんだなんだと二人の側をついて回る。
 小町は逃げ回った末に河原の砂利地へ倒れこみ、映姫は息を切らしながらその上に馬乗りになった。
「ハァ、ハァ。さぁ小町、鎌を渡しなさい」
「え、鎌をですか」
「そうです。もう貴方は死神ではないのですから、不要です」
「そ、そんなぁ…あ、あのう四季様、謝りますからご勘弁を…」
「謝罪はもう聞き飽きました!!」
 我が子のように鎌を抱き込む小町から、映姫は無理やりそれをむしり取った。常にない馬鹿力である。
「ああっ、あたいの鎌ぁ」
「…この様な終わりになるとは残念です。私に指導力が足りなかった。ごめんなさい小町」
「し、四季様」
 そんな言い方をされると、さすがの小町も胸がズキリと痛む。
 しかし映姫はすっくと立ち上がり、小町に背を向ける。
「今までご苦労様。さようなら」
 そう言い残して、映姫は飛び去っていった。
「し、四季様ァ!」
 賽の河原に、死神の鎌を持たない、ただの小町が残された。





 トントントン…。
 空気の重い執務室に、映姫が指で机を叩く乾いた音が鳴り響く。
 今日の審議はすべて中止にし、小間使いの鬼達も帰した。
 映姫は一人、渋い顔をして目の前の書類に相対していた。
 かれこれ30分ほど机を叩いているが、
『死神取替願届書』
 と書かれた用紙は今だ何一つ記入されていない。
 だがその隣にあるもう一枚の、
『鎌御取引願届書』
 と表された用紙には、「小野塚小町」の名が記されている。
 二枚の用紙のうち前者は死神の部署変更を、後者は死神の資格の剥奪を、それぞれ是非曲直庁へ申請するための書類である。
 最初、映姫は本気で小町のクビを考えていた。
 ところが解雇書類に小町の名前を書いたところで少し頭が冷えて、さすがにやりすぎだろうかと手を止めた。
 しかしながら、自分が一度クビと宣告したのである。
「この私が前言を覆すなど…能力の沽券に関わりますし…」
 白黒つける程度の能力。その映姫の力は、たんに竹を割ったような性格であるという事ではない。
 その真価は、天国に行くか地獄に行くかという生物界における究極の決定を担うという点にある。そんな能力を行使する自分が、己の選択を覆すなど許されるはずが無いではないか。
 だがそうやって悩んでいるうちに、いよいよ完全に頭が冷えた。
 すると今度は、怒っていた事自体が馬鹿馬鹿しく思えてきたのだ。
 もちろん小町のサボり癖に対する説教は至極真っ当なことであるが、クビにする事はなかったろう。
 小町はドグサレであるが、なんだかんだで仕事をしている時は一応真面目だし、魂魄達からの受けもよい。今は勤務態度良好とは言えずとも、ゆっくりと公正させればいい、そう考えていたはずだ。
 どうせ今は説教など真面目に聞いていないのは分かっていたのだから、いつも通りシバキ倒してお終いにすれば、それですんだのに…。
「何をあんなに興奮していたのでしょう…」
 怒りとは別種の衝動が、あったような気がしないこともない。
『お可愛いかったので…』
 五感を伴って先ほどの記憶が蘇る。
 豊満な小町の身体に全身を包み込まれた感覚、ちょっと汗臭い小町の匂い、視界いっぱいにせまった小町の胸…。
「うぉっほんっ!」
 にわかに頬が熱くなったのを感じて、誰にとも無く大きく咳払いをした。
「…小町がおかしな事を言うから、いけないのです」
 地蔵の頃ならいざ知らず、閻魔となってからは人から好意を向けられた事などほとんど無い。
 死者にとっては天国と地獄を選ぶ恐ろしい存在であるし、生者達からはこの上なく煙たがられている。即物界に生きる者達にとって、死後を見据えた閻魔の説教など鬱陶しいだけだ。
 はて、人から好意的な言葉をかけられたのは、いつ以来だろうか。
 だがそんな事を考えてしまうのは、映姫にとっては恐ろしい事でもあった。
「では何ですか。照れ隠しだったと?閻魔が照れ隠しに誤った判断を下したと?…そんなことが、許されるはずないでしょう」
 ふぬぅと鼻から息を吹きつつ、手を組む。
 頬は今だ淡く紅潮しているが、瞳の奥には計算高い冷徹な知性の煌きが生まれていた。
「あれは…そう…一種のショック療法…だったのです。そうなのです。そういうことです」
 うむ、と、冷たい執務室で一人頷く。
「小町に生半可な説教など意味をなさない。であれば、少々キツイお灸を据える事もいた仕方無しでありましょう」
 映姫は、机の上の二枚の書類を引き出しにしまった。
「明日、小町がまだ賽の河原にいたなら釈明の機会を与えます」
 きちんと反省しているなら、死神を続ける事を許そう。
 だがもしも反省が無ければ、その時は…。
「い、いえ、まぁ数日くらいは釈明の猶予を与えてもいい…でしょうか…」
 執務室の壁に立てかけられた死神の鎌に目をやりながら、今頃小町はどうしているだろうか、と考える。悔い改めてくれればよいのだが。
「私も、幻想郷の暢気な気質に染まりつつあるのかもしれませんね…」
 己の過ちを帳消しにするために誤魔化しを使った…。
 閻魔としては忌々しき事だ、と、映姫はため息を吐いた。





 賽の河原に一人残された小町は、小さくなっていく映姫の背中を呆然と見つめていた。
「ク、クビ…?」
 胸の奥に冷たいものが広がっていく。
 今更ではあるが、やっちまったぁと後悔の念が噴出して一人頭を抱えた。だがすんなりと頭を抱えることができてしまい、いつも片手にもっていた鎌が無くなっている事に改めて気がつく。それがまた後悔の念を生んだ。
「四季様が冗談であんな事いうはずはないし…あぁぁクビかぁ…、クビかぁぁぁぁ…」
 並大抵の事では動じない小町の精神だが、さすがに『クビ』という二文字のズンと重い衝撃にグラグラと屋台骨が揺らされてしまう。立っている気力すら無くなってきて、ハァァ…と魂を吐きながら、河原にゴロンと大の字になって倒れた。
「いつかはこうなるかもしれないとは思っていたけど…やっぱりこたえるやね…」
 自分の性分がいつか重大な結果を招く事になるかもしれない、という思いはむしろ確信として持っていたが、いざ現実にそれを突きつけられると、辛い。
「まぁ、今まで良く続いたほうかね…」
 何度映姫の説教を受けたか、もはや覚えていない。
 いつかは破綻するにしてもしばらくはこの関係が続くと思っていたのだが…いやしかしよく考えれば、その関係を変える契機を作ったのは自分の方じゃないか。まさかあれが契機になるとは思わなかったのだが。
 抱きしめた映姫の肢体を思い返す。
「…柔らかかった」
 にへら、と顔が歪む。
 好ましい結果ではないが、まったく後悔はしていない。あの四季映姫を抱きしめた者などそうはいない。並の者は閻魔を抱きしめたいなどとは考えないだろうが。
「しかしさて、これからどうするかねぇ…」
 早くも小町は、これからの身の振り方を考え始めていた。悪く言えば軽薄な心で、良く言えば柔軟性がある。しかしその心の軽さも、長きにわたり映姫と交流を保っていられた要因かもしれなかった。
 さしあたり、幻想郷に下る事になるはずだ。あそこなら動植物が豊富で食料には困らないだろう。小町はそこらの妖怪に負けるほど弱くはないし、掘っ立て小屋でも作って寝床を確保すれば当面暮らしていく事に問題は無い。
「けれど、これから何を生きがいにすればいいのかね」
 小町なりに死神の職務には生きがいを感じていたのだ。仕事をして合間にちょくちょくサボって…いや、ちょくちょくサボって合間に仕事をして、そして映姫に怒られて…客観的にはどうあれ、小町にとっては楽しい日々だった。突然その日常を失ってしまったことは、やはり寂しく感じられる。
「…まぁ、そう慌てて動く事もないやね。せかっく大っぴらにサボれる身分になったんだ。のんびり昼寝でもするかね…。…もうサボるとは言わないか」
 腕枕をして目を瞑る。
 ほんの一寸、いつもなら昼寝の間は隣に転がしている鎌がもう無いことを思い出して、また寂しさを感じた。





「さて、小町が多少なりとでも反省してくれていると良いのですが…」
 翌日、すでに小町が次の人生を考えているとも知らず、映姫は賽の河原を目指し三途の川上空を飛翔していた。
 その手にはいつもの悔悟棒だけではなく身長に比べて不釣合いなほど大きい死神の鎌が握られている。
 小町が深い反省の態度を見せたならば、あるいはその場で鎌を返しても良い。だが小町が河原にいなかったり反省の様子が無かった時は、しばらくは映姫が閻魔と死神を兼務しなければならない。
 通常の手続きでは、新しい死神が着任するまでしばらく日にちが必要だ。事情を話せば仮置きの死神をよこしてはくれるだろうが、こんなつまらぬ揉め事を上に知らせるわけにはいかないのだ。衝動的に死神をクビにしたなどと知られれば、管理能力に疑問を抱かれかねない。
「まぁ小町は例外に違いありませんがね」
 閻魔の説教を毎日聞いて、逃げもせず己を変えもせず、良くも悪くも稀代の生物である。
「…反省、してくれていますかね…」
 小町のそういう性格を考えると、あまり自信がない。
 賽の河原は、餓鬼の積み上げた小石が視認できるほどに近づいていた。
 キョロキョロと小町の姿を探す。
「…いた」
 小町は河原に寝転がっていた。
 すでに賽の河原を後にしているのでは…という疑念が大きくなっていたのだが、とりあえずは安心する。ただ、河原で寝ている小町の姿は昨日までとまったく変わらない光景でもあり、やはり反省してくれているかどうか、自信が持てない。
「何か考え事をしているのだと、思いたいところですが…」
 寝転がる小町の側に着地する。
 小町はそれに気づいた様子も無く、映姫が耳を澄ますと、明らかにそれとわかるゆっくりとした寝息が聞こえてきた。何かを後悔した人間にはとても見えない。映姫の脳裏に、引き出しにしまった解雇申請用紙が浮かんだ。
 大口を開けた間抜け面を、つま先で突付く。
「ふが」
「起きなさい小町」
 何事かと寝ぼけ眼で周りを伺う小町だが、側にいる映姫に気がつくと、天敵の存在に気づいた野生動物のごとく俊敏な動作で飛び起きた。
「し、四季様!す、すいません!」
 おや、と映姫は期待した。反省して今までの怠惰を謝罪するのかと思ったのだ。
「…何がです?」
「え、いやあの」
 何をどのように懺悔するのか、映姫は小町の言葉を待っていたのだが…。
 あっ、と小町が何かに気づいた顔をして、
「そっか。もう四季様に怒られたりしませんでしたね。つい謝ってしまいました」
 と、あっけらかんな顔をして笑った。
 それを見た映姫の方が、あっけにとられてしまう。
「え、それは…」
「もうクビになっちゃったんですから、昼寝してもサボりにはなりませんもんねぇ、あはは」
「あははって…こ、小町」
 現実を知って、映姫の幻想は打ち砕かれた。映姫にとっては現在進行中の案件が、小町にとってはとっくに過去の事になっていたのだ。信頼を裏切られたような気がして、少なからずショックを受ける。
「ま、まぁそうですね…。き、切り替えの早いこと。仕事など小町にとってはどうでもいい事だったのですね」
 普段の鋭い口も鈍り、下手な皮肉が出る。
 その皮肉に気づいているのか気にしていないのか、小町は相変わらずへらへらとしている。
「いやぁそんな事はないんですけどね。正直良く今まで続いたなという感じはありまして…」
 自分で言うな、と普段ならシバキを入れていたところだが、今はその気力が無い。
「本当に、よく今まであたいみたいなのを扱ってくれたなと思いますよ。感謝しています」
「そう・・・ですか」
「…それだけ、伝えたくて河原で待っていたんですよ。じゃあ映姫様、あたいはもう行きます」
 そう言って小町は、映姫に背を向けた。
 小町が行ってしまう。そう思ったとき、映姫は思わず口が動いていた。
「ま、待ちなさい小町」
「え?」
 言ってから、映姫は迷った。
 小町は反省する事なくクビを受け入れてしまっている。許しがたい。ならば、クビにする他無い。そんなやる気の無い輩はクビにしてしまえばよい。
 だがしかし、小町がクビを受け入れた事は間違いないとしても、止めたがっていたわけではないようだし、今まで続けられたことに感謝しているとさえ言っている。
 ではやはり、自分の精神的な未熟さが彼女から死神の仕事を奪ってしまった事になるのではないか。
 チャンスを与えるべきだと、映姫は考えた。
 だが映姫は、愚かしくも嘘をついた。人はそうして少しずつ堕ちると分かっているのに、己の恥を隠すために、嘘をついた。
「昨日のあれは…お灸のつもりだったのです」
「お灸…ですか?」
「貴方が深く反省してくれれば、と思ったのです。正直これほどあっさりクビを受け入れられたのはショックですが…。小町、もう少し頑張ってみる気はありませんか?反省してくれればそれでよいのです。これからも一緒に職務を果たしてはくれませんか」
 抱きしめられたり可愛いと言われたりしてつい頭に血が上ったのだと、真実は告げなかった。最後の言葉だけは、偽り無い本心である。けれど映姫は、素直になれずに多くを飾りすぎてしまった。それが望まぬ結果を呼ぶ。
「四季様…そうまで言っていただけるなんて、あたい、嬉しいです」
「小町、では」
「けれどごめんなさい。あたい、何回四季様に説教されても、この性分だけは変わりません。これからも何度も何度も、四季様を怒らせてしまうと思います。どうせまたいつか、こんな風に四季様の堪忍袋の尾を切っちまう。だから、もう戻れません」
「……」
 それでもかまわないから…そう告げるには、映姫には素直さがたりず、また背負った責任が大きすぎた。職務の妨げになる存在を、明確な理由も無く自分の希望だけで許すわけにはいかない…閻魔にはそういう判断も必要だ。
「そう…ですか…わかりました…」
「四季様、お世話になりました」
「…ええ、今までご苦労様」
 小町は賽の河原から立ち去り、映姫だけが残された。
 映姫は、悔やむ。
 なぜこうなった?昨日まで、いつもと変わらない二人だった。説教する映姫と、説教される小町。それがなぜ、今こうなってしまっている?
 嘘をつかずに、はじめから何もかもを認めていれば得がたい仲間を失わずにすんだのだろうか。皆から忌避される己に、ただ一人ついてきてくれた稀有な存在だったのに。
 もちろん小町にも責任はある。だが、だからといって映姫の過ちが許されるわけでもない。
 もっと精進せねば。それが、自分にできる善行だと映姫は思った。
「小町よ。貴方から奪ってしまった私達の日常。いつか必ずお返ししますから。待っていてくださいね」
 映姫は、去り行く小町の背中に誓った。





 それから数百年が経過した。
 小町の後任の死神は説教好きの映姫を好いてはいなかったが仕事は真面目だった。
 また映姫の裁判は実に公平かつ迅速であり、是非曲直庁でも四季映姫の評判は知れ渡っていた。
「次。入りなさい」
 執務室に映姫の声が響くと、獄卒に連れられ、青い炎を纏った霊魂がゆらゆらと部屋に入ってくる。
 ぴくりと、映姫の肩眉が動いた。
 その魂は、一箇所にとどまることなく執務室をあっちへこっちへ落ち着きなくふらふらと漂いまわる。
「自由気まま。貴方は魂になっても変わりませんね」
 と、映姫が苦笑する。
「満足な生涯を送ることができましたか?」
 言葉を発することができない魂は、うなずくように上下に動いた。
「それはよかった。さて、判決を下しましょう。貴方には浄玻璃の鏡を使うまでもない…」
 不安を表すように、魂の炎がゆらゆらと小さく揺れる。
 映姫は一つ息を吸った後、燐とした声で宣告する。
「貴方は少し気まますぎる。何かに縛られ責任を果たす事をもっと学ばなければなりません。それが天国へ行くための条件です」
 一寸間を置いた後、己の道化を恥じるように、頬を染めた映姫が続ける。
「…さしあたり、死神の仕事がいいでしょう。私の目もよく届く。今の死神は大変優秀で、近々昇進して上庁するのです。丁度よく空きができるのです」
 びしりと突きつけられた悔悟棒の示す先で、霊魂は驚いたようにあっちへこっちへと揺れ動く。
「さて霊魂のままでは、死神の責務は果たせませんね。霊体を若い頃の姿にもどしてあげましょう」
 ホイと映姫が手をかざすと霊魂が光に包まれ、次第に人の形に変化していく。そして発光が止むと、懐かしい姿がそこにあった。
小野塚小町、記憶のと変わらぬその姿が、四季映姫の目の前にある。
「…ぬかりましたね。無駄に大きいその胸を、いくらか小さめにしておけばよかった」
「四季様…あたい本当にまた死神をやらなければならないので…?」
「真面目に働けばそれだけ任期は短くなるのです。責務を果したあとは天国にいけるのですよ。言っておきますがこれは公平な決定ですよ。天国入りに条件をつける事は多々ある」
「あたいが真面目に働くわけないでしょう…」
「ではずっと私の元で死神をやってもらう事になるでしょう。よろしく小町」
「とほほ…」
 情けない顔で鎌を構えた小町と、お堅い生真面目な顔をして悔悟棒を手に持った映姫。
 二人は末永く共に職務を果したり、果さなかったりしたという。





「レミィ、そろそろ起きてちょうだい」
「ん……」
 パチュリーの声にレミリアが目を覚ます。
 いつの間にか机につっぷして寝ていたらしい。
 暇つぶしに図書館へ冷やかしにきたのだが、パチュリーは読書の最中でレミリアの相手をする気はなく、結局また暇になっていつのまにか読書机の一角で居眠りをこいてしまっていたのだ。
 それはさておき…
「…夢を見たわ」
「そう」
 パチュリーは本から顔をあげもせず、気の無い返事をした。
「内容を知りたい?」
「いえ」
「聞いてよ…」
 レミリアが親友にしか聞かせない甘えた声で絡みつくと、パチュリーは迷惑そうな顔をして本から顔を上げた。
「どんな夢かしら」
 レミリアはにっこりと笑って話を始めた。
「パチェはあの鬱陶しい閻魔を知っていたかしら?あいつがねぇ…」
 かくかくしかじか。
 最初は興味無さそうにレミリアの話を聞いていたパチュリーだが、しだいにふむふむと相槌を打つようになっていた。
「…ていう夢なの」
「ねぇレミィ、それは本当に夢なのかしら」
「え?そりゃ寝てる時に見るのは夢でしょう?」
「今の話、夢にしては中身が細かすぎる。それでふと思いついたのだけど…貴方の話、運命視の内容を聞いているみたいだったわ」
「…ふむ?」
「ただの思いつきだから確証はないけれど…レム睡眠の中で無意識に運命視を行った、という事はないかしら」
「(霊夢睡眠? うたた寝かしら)ふうん。パチェはおもしろい事を考えるなぁ」
「今の話が運命視だとしたら、あの閻魔と死神がそういう運命を辿る可能性があるという事になる。という事は、現実として閻魔の心にそういう子供じみた点があるという事の証明にもなる、そうでしょう? 死神に対するこだわりは客観的に見て病的でもあるわね。死を待って再び死神に登用するなんて。その死神をどれだけ強く想っているのやら」
「どうだろうが構わないよ。私はあいつらには関わりたくないね」
「…よく考えてみたらその通りね。閻魔がどうだろうと、知ったことじゃない。それよりもレミィの運命夢についてもっと調べてみたいわ」
「うんめいむ、語呂が悪いねぇ」
 その時、前ぶれなくレミリアの背後に咲夜が現れた。
 けれどレミリアもパチュリーも驚くことは無い。
「お嬢様、お話しの途中に失礼いたします」
「どうしたの」
「いつぞやの死神が参りまして…。『死神をクビになった。これからは紅魔湖で船渡しの仕事をしたいので館の主人の許可を貰いたい』と…」
 レミリアとパチュリーは目を見合わせた。
「…正夢ってやつかしら?」
「いえだから、運命視でしょう。…ひょっとすると正夢というのは運命視の一種?何かの条件がそろうと、常人でも運命視を行える可能性があるという事を示唆しているのかしら?…これは真理を探究すべき事だわ…」
「パチェがんばー」
 咲夜は、黙って静かに主の返事を待っていた。
「…という夢を見ていたんですよ四季様、あはは」
「いいからとっとと働け」
「きゃん」
KASA
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コメント



0.2250簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
結局は小町の夢オチ?
何だかんだで部下思いの閻魔様ですね
2.100名前が無い程度の能力削除
なんという夢落ち
こんな夢落ちは始めてみた
夢落ちに白の判決がくだろうとは
3.90葉月ヴァンホーテン削除
苦し紛れではない夢オチってのも珍しいですね。
二転三転する話に、先が読めず、とても楽しめました。
4.90名前が無い程度の能力削除
一つ前の作品と、ダブルで読むと楽しいかも。
5.80名前が無い程度の能力削除
早く、誤字脱字を、修正する、作業に、戻るんだ!
勿体ないですよ
12.100名前が無い程度の能力削除
いい夢オチだ
別に夢オチじゃなくてもよかったけど
14.90はこ削除
( `ω´)夢落ちかよ
16.100名前が無い程度の能力削除
これはいい
20.100名前が無い程度の能力削除
面白かった
21.100奇声を発する程度の能力削除
これは良い夢落ち。
あと、霊夢睡眠が気になったww
22.100アリサ削除
一体どれが現実なのでしょうかw まあそれはさておき、やはりこのコンビはいいですね。何だかんだ言って厚い信頼関係がある。……映姫様可愛かったw
24.100名前が無い程度の能力削除
題が体をあらわすと。
素敵な物語。ありがとうございました
28.90名前が無い程度の能力削除
清々しいまでの夢落ち
それはそうと閻魔さまがかわいすぎて生きるのがつらいです
29.90名前が無い程度の能力削除
なかなか面白かった。
けれども大切な場面で小野町小町はいただけない。
ズコーってなりましたよ。
30.無評価KASA削除
*誤字修正...ご指摘ありがとうございます
32.100名前が無い程度の能力削除
タイトルに納得www
映姫様がかわいすぎる
33.100名前が無い程度の能力削除
素晴しい作品、そして何という偶然の産物!!

生まれの違う物が合わさり、素晴しい相乗効果を生む事がある。
カレーとご飯でカレーライス、ラーメンとご飯でラーメンライス、パンと餡子でアンパンマン……

同じ登場人物の作品が上下に投稿され、凄まじい相乗効果を生み出す。双方の作品が素晴しくなければ出来ぬ事。

俺は今、感涙に咽いでいる。
45.90名前が無い程度の能力削除
二重夢落ちw
途中シリアス展開ぽくなってたのでダブルで肩すかしを食らった気分です

あ、もちろんいい意味でですよ?w
48.100おけい削除
gj
55.90名前が無い程度の能力削除
あとがきにクスリ、ときてしまったw