白刃が閃く。
重心を低く保ちながら駆け抜け、一太刀、もう一太刀。
速度を維持したまま、次の標的を見据えて跳躍。
くるり、とその身が宙を舞い、
ひゅん
かちん
斬撃が空中を薙ぎ払っていった。
音も立てず着地。一息ついて、魂魄妖夢は刀を鞘にしまった。
ぱちぱちぱち
拍手の音がする。見ると霧雨魔理沙だ。
「見事なものじゃないか。大道芸の練習か?」
妖夢は苦笑い。いつから居たんだろう、こいつ。
「何であれが大道芸に見えるのよ」
「冗談だぜ。朝っぱらから剣の稽古とは真面目な奴だな」
「あら、稽古でもないよ」
「?」
ばらばらと音を立て、小枝がどっさり妖夢のそばに落ちてきた。
「庭の剪定」
「…お前の半霊は雑用係なのか?」
「共同作業よ。私が斬り、半霊部分が斬った枝を集めてくる。効率は2倍って訳」
「半人前だから丁度いいって事だな」
「あんたに言われたくないわ。…ところで何の用?」
「用って程でも無い。強いて言うなら、今の私はハイなんだ」
「はい?」
「昨晩からずーっと書き物をしててな。一区切りついたのはついさっき」
「徹夜か」
「おおかた間違ってないぜ。んで、どうせならって朝日拝みに空の散歩してたんだ」
「はあ」
「そしたら何か大道芸が見えたんで降りてきた」
「大道芸じゃないってば」
「妖夢ー」
言い合っている所に誰か降りてきた。
「あら、幽々子様」
「そろそろ朝餉の時間だと思うのだけど」
西行寺幽々子だ。
妖夢はおろおろした。
「さっき食べたじゃないですか。とうとう呆けたんですか?ああ、そういえば最近様子が変だったかも」
「冗談よ。主に対して失礼な子」
そう言うと幽々子はしゃがみ、手に持っていた何がしかを地面に置いた。
新聞紙にくるんだ何かのようだ。
「妖夢、落ち葉を集めてきなさい」
「落ち葉?火でも焚くんですか?」
「うん」
「わかりました」
と言うが早いか、妖夢は駆けて行って竹篭を背負ってきて、2倍効率で落ち葉を集め始めた。
「忠実なもんだ」
「いい子でしょう。あげないわよ」
「大道芸人なんぞうちには要らん」
「あら。立派なものなのよ、あの子の大道芸は。さっきも屋敷から眺めてたけど、中々だったわ」
「…妖夢も苦労してるんだな」
魔理沙は肩をすくめた。
と、言っている間にもう妖夢は戻ってきた。
竹篭は満杯になっている。
「幽々子様、お待たせしました」
「ご苦労様。じゃ、焚き火しましょう」
「はい」
小枝を組み、落ち葉を敷き詰め、火を入れる。
すぐにパチパチと音が鳴り始めた。
「暖かいな」
「暖かいわね」
もうもうと熱気が立ち上る。
「というか、そもそも冥界は寒すぎる。何で私はここに来たんだか」
焚き火に手をかざし、魔理沙はすこし身震いをした。
「大道芸につられて降りてきたんじゃない?貴方のことですから」
幽々子はくすくす笑った。
「大道芸人なんて来てませんよ呆けたんですかやっぱり」
妖夢はちょっとむくれているようだった。
だんだん火の勢いは弱まり、やがて消えた。
結局何がしたかったんだろうと怪訝な顔をする妖夢。
頓着せず、幽々子は足元に置いていた新聞紙の塊を残り火の中に埋めた。
「何だ、それ?」
そう言って魔理沙はずずと茶を啜った。これはさっき妖夢の半霊が運んできてくれたものだ。
ちなみに「お前ならうちに欲しいな」と言って撫でようとしたら半霊は逃げていって妖夢の後ろに隠れてしまった。
ちぇっと思った。
「中身は芋よ。灰の中に死んだ芋を埋めたの」
「はあ」
「つまり要するに、」
妖夢が口を挟む。
「焼き芋ですね?」
幽々子は頷いた。
「平たく言えばそう」
それを聞いて魔理沙がうきうきと笑った。
「ほう、焼き芋かあ、いいじゃないか。楽しみだな」
「ないわよ、貴方の分は」
「え」
「冗談よ。沢山あるからひとつぐらいあげましょう」
「わーい」
「ところで、どれくらいで出来上がるんだ?もうすぐか?」
魔理沙は首をかしげた。
「ざっと半刻ぐらいで火が通るんじゃないですか」
つんつんと灰を突付いておお熱いと呟いていた妖夢が振り返り、そう答えた。
「半刻?そんなにかかるのか」
「ええ、そんなものでしょう」
魔理沙は欠伸をした。
「普段の私なら待つ。容赦なく待つ。…ところだが、今の私は眠い」
「うちの屋敷で寝てってもいいわよ」
「遠慮する。ただの昼寝が永眠になりそうだからな、ここは。私は帰って寝る。…芋は惜しいが」
「そう、じゃあねー」
「おう」
魔理沙は箒にまたがり、ふらふらと飛んでいった。
「魔理沙、よほど眠かったと見えるわ」
「徹夜明けらしいですよ、あの子」
「なるほど。昼夜逆転とは妖怪じみてるわね」
「ええ、たっぷり寝てついさっき起きた幽々子様より余程」
「妖夢、昼ごはん抜きにするわよ」
「作るのは私でしょうに。…さて、」
妖夢が手を打った。
「今日はどうされますか、幽々子様。剣の稽古とかどうでしょう」
「剣は貴方が振るってくれればいいじゃない。私は書見してくるわ」
「はいはい。じゃあ私はお茶でも淹れますね」
幽々子は頷き書庫へ歩いていった。妖夢は台所へ向かった。
主人にお茶を出して、しばらく後。
妖夢は庭で素振りをしていた。
とにかく一分のブレもなく、毎回同じ軌道を辿って斬る。踏み込み踏み込みして斬る。
ある程度進んでから振り返り、また素振りしていく。
妖夢は考え事ともいえない何かを何となく考えていた。刀を振りながら。
(もう、すっかり冬ね。…その後はまた春が来る)
しゅ
ひゅん
空気の摺れる音だけが響く。
(そういや、桜の木の下にはまず間違いなくアレが埋まっている、と聞く…うちも例外じゃないしね)
空はいつのまにか曇り空。
寒さが降りてくるようだったが、体を動かしていれば気にならない。
「結局何だったんでしょうねアレは。きっつい封印の施された、アレ…あれ、何で私は春のこと考えてるんだろう」
ひゅ、と振り切り、妖夢は刀を収めた。
葉の落ちた桜の木にもたれかかり、一休み。
「冬には、」
頭上から声がした。
いや正確には斜め上から声がした。
「生き物はすべからく春を望むものです。だからでしょう」
喋りながら声は近づいてきて、それからすぐに真上に到達し、きゅっと高速で妖夢の隣に降り立った。
「あら、ブン屋」
「お久しぶり、妖夢さん」
隙のない笑顔を浮かべたそいつは射名丸 文。
そろそろ寒いのに丈の詰まったスカートを着けている。
かぼちゃパンツだけじゃ寒かろう、いやでも妖怪だしなと関係ないことを妖夢は思っていた。
「また取材ですか」
「いやいや、今日はただの報告よ」
「報告。はあ」
「ええそう。私の見立てでは今夜雪が降るわ。今冬初の雪が。多分、積もる」
「はあ…そんなの、分かるんだ」
「空に暮らして長い天狗たるもの、天気ぐらい読めます。…と言いたい所ですが、半分は知り合いの河童のおかげね」
「ふーん」
河童は妙な機械を作って生活に役立てているという。
天気を読む装置とか。人里にも似たようなのがあったか、と妖夢は内心思った。
「とにかく、です。私は今回、幹事なのです」
「幹事?」
「宴会の幹事。初雪とともに皆で盛大に酒を飲もう、とこういう訳」
「あら素敵。…でも初雪って違う意味のような」
「それは置いておいて。…それで、今日は取材してる暇はありません。最速の私とはいえ」
「ふーん」
「これからあちこちに宴会開催の通達を出してくるので。あ、会場は神社ね。今夕集合ってことで」
「了解。幽々子様にも伝えておきます」
「はい、どうも。それではっ」
ひゅん。
文字通り風になって天狗は空へ消えた。
妖夢は空を見てみる。曇り空はいまだ白々としていて、雪が降るようには見えないが…まあ、おそらく本当に降るのだろう。
そろそろ昼餉の支度をしなければと妖夢は思い出して、屋敷の方へ歩いていった。
「あら、宴会。初雪の?…初雪じゃないけど」
「ええ。天狗の見立てでは今夜、降るようです。今冬最初の雪が」
「ふうん。楽しそうじゃない。花が咲こうと雪が降ろうと人は酒を飲む。月が見えても隠れても飲む。悪くないわ」
「幽々子様は人なんですか」
「言葉の綾よ」
向かい合って、遅めの昼飯をもそもそ食べる。
妖夢と幽々子は何とはなしに縁側の外を眺めた。
雲がゆっくり流れている。雪の気配はないけれどすこし寒い。
戸を閉めましょうかと妖夢は言ったが、幽々子は笑って首を振った。
「それより妖夢。宴会といえばお酒と食べ物よ。買出しに行きましょう」
「買出し?ああ、神社の宴会は持ち寄り式でしょうからね」
「そうそう」
「でも私が行きますよ。幽々子様に出向いて頂かなくとも」
「お酒を選ぶのは楽しい事じゃない。貴方だけに独占させないわ」
「はあ。じゃ、一緒に行きましょう。外套を出してきます」
妖夢は立ち上がり、食べ終わった食器を台所に運んでいった。
しばらくして戻ってきた時には幽々子の外出着を手に持っている。
幽々子も立ち上がり、妖夢の差し出したそれを受け取り、妖夢に並んで歩いていった。
二人連れ立って人里へ。
幽々子は好き勝手に「これとこれ、ああこれも好いわ」と商品を選んでいく。
しかし適当に選んだように見えて、魚も野菜も鮮度が良いものばかり。
(死の能力の拡張利用でしょうか)
ただただ荷物持ちになりつつある妖夢、そんなことをぼんやり考えていた。
お酒を選ぶ時には妖夢も多少口を出した。
甘いのも好きなのが彼女だが、なんとなく幽々子が選んでいくのは強くて苦いものがほとんど。
それだけでは楽しくないと思ったのだ。
「妖夢はお子様なのかしら、そんな軽薄なお酒なんて」
ぷうと膨れてみせる幽々子。もっとも彼女は何でも飲むが。
「魔理沙とかが好きそうじゃないですか、甘いの」
そう言って妖夢は肩をすくめながら、買い物籠に瓶を差し込んでいった。
夕方になった。
はたして、曇天は真っ黒になっている。
どう見ても雪雲だった。
「おお、降りそう」
「降るわねー、これは」
ふわふわと飛び上がり、妖夢と幽々子は白玉楼を出た。
博麗神社に到着すると、もう他の面子も集まりつつある。
「よう、妖夢に幽々子」
声を掛けてきたのは魔理沙。既に神社の縁側に腰掛け、かいまきを被ってぬくぬくとお茶を飲んでいる。
「こんばんは魔理沙。会うのは今日二回目ね」
「私はあの後寝たからな。私の今日は起きた瞬間から始まるから一回目だ」
「自分中心の理屈ね」
「私はそんなもんだ大体。分かってるだろう?」
幽々子と魔理沙が談笑している間に、妖夢はもう神社の台所にとことこ入って、背負っていた荷物を降ろした。
「あら妖夢。手伝ってくれるのね」
振り返ったのは博麗霊夢。そう言いながら肉団子を練っている。
「手伝うったって、霊夢は宴会が始まったら何にもしないじゃない」
「飲んでる時に料理配膳なんてしたくないもーん」
「はいはい。まあいいけど」
妖夢は霊夢の手元を覗き込み、ふんふんと頷き、ごそごそと自前の包丁を取り出した。
「そこの魚、捌くわ」
「うん、お願い」
宴会の度に使っているから、妖夢は神社の台所には慣れている。
そのうち十六夜咲夜も加わって、3人で宴会の準備をこなしていった。
「あ」
最初に指をさしたのは魔理沙だった。
「雪だぜ。降ってきた。この冬で最初の雪だ」
一粒。二粒。
雪がはらはら落ちてきていた。
文は空に向けてシャッターを切った。
「うーん。写真じゃ伝わらないかもねえ。迫力とか足りない」
「じゃあマスタースパーク撃ってやろうか。派手だぜ」
「遠慮しとくわ。…さてと」
文は振り返り、辺りの様子を伺う。
霊夢達が用意した鍋料理が並んでいる。あと刺身、酢の物(何故か食材は蛸だった。どうせすきま産だろうが)。持ち寄られた乾物類。
パスタ。真っ赤な何か。すわ、吸血鬼専用かと思ったらトマトソース。
その他諸々。あと酒が沢山。
それと準備万端な参加者達。
「んじゃま、皆さん杯を上げちゃってくださーい。…んーと、初雪…じゃないけどまあ、雪。めでたい。乾杯!」
一斉に乾杯。
宴が幕を開けた。
「うおー!雪だー!めでたくない!ちっともめでたくない!」
「落ち着いて穣子!諦めなさいもう秋は終わったのよ!」
「妬ましいなあ、本当妬ましい。何で皆楽しそうなのかしらー」
「おお良い飲みっぷりだねパルスィ。楽しそうで羨ましいよ」
「これ絡むんじゃないよ。くそっ私が妬まれるとはなんて時代だ」
「あーたいーはー、さいきゅー、るんるか、るん」
「そーそーなのかー、そーなのかー」
「…なんか呼んで無い奴まで来てないか?」
早くも酔っ払って騒ぎ出す面々。
楽しそうに眺めながら、魔理沙は文に話しかけた。
「ああまあ、そうねえ。そんなことより魔理沙、パンツ見せてよ」
魔理沙はぎょっとした。
この天狗も酔っているのか。
「おい文、何を言ってる。お前は天狗だろうが。酔ったふりなんぞ通じん」
「チッ。こまかいことをー、お言いなさんなーってひっく」
「舌打ちに棒読みとは何という大根」
魔理沙の言葉に文は演技を止め、にやにや笑う。
「いいからパンツ撮らせろってのよ。宴会の記事っつったら酔っ払った乙女の華々しい醜態、これよ」
「何だこの変態?いいから早苗のでも撮って来い。あいつ飲ませたら撮り放題だ」
「あれは簡単すぎて詰まらない。それに山での付き合いもあるからできれば手出ししたくないし」
「私ならいいのかよ」
「断然OK」
「ええいひっつくな!脱がすな!誰かー!」
辺りは騒然。
酔っ払いを一つ所に集めたらこうなる、という見本のような光景が繰り広げられていた。
さながら酔夢想というべきか。
閑話休題。
「妖夢ー」
食器を運んでいた従者を、幽々子が呼び止めた。
「あ、はい、何でしょう」
立ち止まって答える妖夢。幽々子はちょいちょいと手招きした。
「まあ、一杯」
「どうも」
杯を持たされ、酒を注がれる。
付き合えということか、と主の意図を察して、妖夢は座り込んだ。
多少手伝いをサボったって問題はあるまい。
「ん、お湯割りですか」
「雪を見ながら湯気の上がる焼酎。悪くないでしょう」
「異論はありません」
ずず、と酒を啜りながら、二人して何とはなしに黙る。
宴もたけなわの周りは騒々しいが、妖夢も幽々子も気にする様子はない。
雪。
縁側の外を眺めれば、雪はやむことなくしんしんと降り続いている。
もう、うっすら積もっている。
「ふむ、飲みやすい。これは…芋、ですか」
「芋焼酎。誰が持ってきたのか知らないけど、いけるわね」
ずず。
一呼吸置いて、妖夢が「あ」と呟いた。
「そういえば幽々子様」
「ん?」
「焼き芋」
「あ」
そういえば、焼き芋を作ろうと灰に埋めて。
「…忘れてたわ、もったいないわね」
「…不覚です」
「うーん。今から掘り返しに行くのもねえ。だいたい、雪に埋まってるでしょうしねえ」
「灰も飛んでしまってるでしょうし。探せますかね」
「まあ、見つかったとしても美味しくはないわね」
「諦めるしかなさそうですね」
でもまあ、芋焼酎は旨いし、いいかな。
そんなことを思った妖夢だった。
「ああ、でも意外に展望が開けるかもしれないわよ、妖夢」
しかし幽々子はいい事を思いついた、というような顔をする。
「?」
「埋めた芋はやがて同族を増やし、みるみるうちに蔓が伸びていく。しばらくすれば、うちの庭には鈴なりの芋が」
「芋は鈴ならないと思いますが…というか、西行寺の庭が芋畑って、それ何か嫌です」
桜の咲き誇る200由旬。
と称される庭が芋まみれ。辺り一面、芋畑。
桜と芋の共演。それが200由旬。
「嫌です」
「二回言わなくてもいいじゃない。…でもほら、芋をいつでも採り放題。甘いお芋を、食べたいだけ食べられる」
「はあ」
「それって幸せなことじゃない?夢みたいな生活じゃない?」
「夢想の世界ですか。芋の」
「芋をあつめて、芋夢想ってね」
「嫌です」
「三回言わなくても」
要はみんな騒ぎたいんですね?
桜の下にある封印されたアレって芋のことかしら
封印を施して熟成させた桜の下のたくさんのお芋
すてきじゃないですか?
……嫌ですね、やっぱり