「ゴリー。ゴリー……」
それは、アリスの家の裏手を守護しているという名目で、ほとんど放置されていた。
ゴリアテ人形である。
ゴリアテ人形の大きさは上海人形に比しておよそ二十倍である。
わかりやすく言えば、身の丈はアリスの二倍程度。しかし、横幅の大きさはアリスの三人分。
つまり、人形のようなやわらか設定なので、ふとましいのだ。人形なので抱き心地は最高であり、ふんわりふんわかふわふわもっこりである。
ゴリアテ人形はその大きさゆえに、アリスの家に入りきらなかった。
ギリギリ入らなくもないが、邪魔になるため、やむなく家の外にひとまず保管することにしたのだった。
冬。
寒気が身を貫くような季節。
ゴリアテ人形は寒さを感じなかったが、ほんの少し寂しそうに家のほうを振り返った。
家の中では、たくさんの仲間たちがアリスの施した暖気の魔法に包まれて、和気藹々と過ごしているに違いなかった。
ゴリアテのレジンの瞳は、乾いた空気に彩りを添えた。
ゴリアテは寂しいという感情がなかった。
――ないはずだった。
そもそも半自律の人形に過ぎないのだから――
プログラムに従って動くに過ぎない人形なのだから、感情という精緻極まるファジーな概念を顕現するだけの能力があろうはずもない。
しかし、もしも神様が客観的な目で、ゴリアテの今の表情を見れば、家のなかに入りたがってるように見えたかもしれない。
「アリスー。いないのかー?」
ドンドンと扉を叩く音が、ゴリアテの耳に届いた。
ちょうど家の真反対側から聞こえてくるようだ。つまり、ゴリアテが今いるところの反対、家の表側に誰かお客がきたらしい。
声から察するに、いつもの魔女仲間らしい。
ゴリアテはゆらりと身体を動かした。
のっそりとした動きで、その場から動いて、表側に回り込もうとした。
外敵が来たら、ゴリアテが守護することになっているが、べつにそこまでのことはない。
警戒レベルがあがったわけではない。
命令の拡大解釈とも言えるかもしれない。それでも、ゴリアテはその場に留まることをしなかった。
ずしーん。ずしーん。
ゴリアテ人形は悠然と歩く。
あまり急ぐと地面が揺れるので、淑女のようにゆったりとした動きだ。アリスが操ってくれればもっと早く動けるが、ひとりだと亀のような動きになるのだ。
ぬっ。
ゴリアテの影が闖入者に伸びた。
いきなり視界が暗くなって、その闖入者――霧雨魔理沙は振り向いた。
「お、ゴリアテか。元気してるか」
「ゴリー」
魔理沙は臆することもなく、ゴリアテのことを見上げている。この元気な少女は相手が自分よりも巨大だからということで、こわがったりしなかった。
「アリス、どこ行ってるか知らないか?」
「ゴリー」
ゴリアテは東のほうを指差した。
正確なところはわからないが、お気に入りの上海人形を連れて森の散策中である。
ゴリアテは木にぶつかるのでつれていってもらえなかった。
「なんだなんだ。シケた顔して。アリスにつれていってもらえなくて寂しいのか」
「ゴリー」
「そっか……、おまえも大変だな」
「タイヘン、チガウ」
「お、しゃべれるのか」
「ゴリアテ、アマリ、シャベル、ウマクナイ」
必要最小限と効率を重んじるアリスらしく、ゴリアテの機能は主に戦闘に特化されていた。自律人形を目指している以上、言語能力をまったく欠くわけではないものの、やはり上海のような精細さがなかった。
そんなことを知るよしもない魔理沙は、ゴリアテがしゃべる姿に興味をもったようだ。
「家のなかで待たせてもらおうかと思ったが……、ちょっと調べてみるのもおもしろそうだな」
「ゴリアテ、オオキイダケ」
大きいだけ。サイズが違うだけ。
構造的には上海人形となんら変わるところはない。大出力の魔法によって爆発的なパワーを出せるが、しかし、それは単純な質量の暴力である。
もっとも、ゴリアテが言いたいことは、そういったことではなかったのかもしれない。
「大きいだけ? 大きいのが嫌なのか」
「オオキイノ、イヤ」
「おまえは大きいのがいいところだと思うけどなー」
「ゴリー?」
「個性的じゃないか」
「イッショガイイ」
「皆といっしょがいいってことか? それともいっしょにいたいってことか?」
「ンー」
ゴリアテは巨大な少女のかたちをしていたが、うまく言葉を探せずにおろおろしているようだった。
「でかいわりには寂しがりやだなぁ。おまえ」魔理沙はやれやれのポーズをした。「しょうがない。アリスが帰ってくるまで、おまえの傍にいてやるぜ」
ゴリアテは上海のように笑った。
鋼鉄の少女と呼ばれるゴリアテは本来、戦闘に特化しているため、切れ味の鋭い顔つきをしている。
あまり表情が豊かでないのも、その巨大さゆえに、エネルギーの消費をできるだけ抑える必要があるためだ。
そんなゴリアテが、笑顔になるのを見て、魔理沙はちょっと意外なようだった。
「おまえも女の子なんだから、その顔のほうがいいぜ」
冬だった。寒かった。
だから、魔理沙は自分で自分の身体を抱くようにした。
ぶるぶると震えている。
「びゃっくしょーい」
ひとつ大きなくしゃみ。
ゴリアテは泰然としていて、揺らぐところがない。人間と違い、魔力を消費し続ける代わりに疲れることもないから、魔理沙が扉の前に座っているのと対比的に、ゴリアテはずっと立ったままだった。アリスが汚れるのを厭い、ゴリアテには立ち続けることを命じているというのもひとつの理由である。
「しかし、おまえ疲れないか?」
ゴリアテは機械的な動きで首を振った。
「寒くないのか」
「ゴリアテ、アッタカイ」
「ん。あったかいのか? どれどれ」
魔理沙が近づいて触ってみると、確かにほんのり暖かい。ゴリアテはその体躯を動かすために大出力のエンジンを積んでいるようなものなので、通常サイズの人形と比べてわずかに暖かいのである。
「こりゃいいや。天然のボイラーみたいじゃないか」
魔理沙はうきうきしていた。それから、ゴリアテの身体をよじ登りはじめた。
「それにしても、アリスもこれだけでかいサイズの洋服をよく創ったな」
「フク、ヨゴサナイデ」
「大丈夫大丈夫。あ、靴ぐらい脱ぐか」
ぽいぽいと靴を脱いで、それから魔理沙はゴリアテのエプロンドレスの中の、ポケットの中にすべりこんだ。
白いポケットの中は、わりと広い空間で、魔理沙はまるでカンガルーのように顔だけを外にだした。
ぽかぽかとしていて、気持ちがいい。
恍惚の表情になる魔理沙。
「うわぁ……、ゴリアテさんのなか、あったかいなり……」
とろけそうになるほど心地よいらしい。ろれつがまわっていない。
ゴリアテは不思議そうな表情で、魔理沙のことを見下ろしていた。
それから二十分もしないうちに、ポケットのなかでは小さな寝息が聞こえ始めた。
アリスが帰ってくると、家の前に巨大なゴリアテ人形がデンと置物のように立っていたので驚いた。
「なに、ゴリアテ。あなたには裏手の守護を命じたはずだけど」
ゴリアテがゆっくりと指を自分のおなかのあたりにもってくる。
ぽんぽん。
すりすり。
そのとき、エプロンドレスがもぞもぞと動いた。
「に、妊娠?」
「んなわけあるか」
ぴょこりと顔をだしたのは、やはり魔理沙だった。
アリスはハァと息をつく。そんなことは最初から知っていたというふうに。
意外にノリが良いところもあるアリスなのだった。
「それで、どうしてゴリアテのポケットにおさまってるわけ?」
「知ってるか。ゴリアテの中は案外快適なんだぜ。特に冬にはな」
「私はあまり寒さを感じないからよくわからないわね」
「そのわりには家のなかはいつも暖かいじゃないか」
「あれはお客さん用」
「客なんてほとんど来ないくせに」
「ほっときなさい」
「もしかして私のためだったりしてな」
「人形の適切な管理のためよ」
「ふうん。そんなことだろうと思ったぜ」
「盗賊魔理沙さんが家の中に入らずに、ゴリアテのポケットに収まっているというのは異なことね」
「たいしたことじゃないがな……」
魔理沙はポケットの中をよじ登って、地面に降り立った。
そこらに転がっていた靴を履いて、それから帽子をまぶかにかぶった。
「ゴリアテが寂しそうにしてたんだよ」
「寂しい? 人形にそんな感情があるわけないでしょ。もしそういうふうに見えても、それはそういう外形的な行為をプログラムにしたがって出力しているだけよ」
「まーたそうやって、逃げるのかよ。アリスさんは」
「べつに事実を述べているだけ。意識的にしろ無意識的にしろ、人形を操ってるのはこの私」
「こいしあたりなら、分裂自我とか言いそうだけどな。まあそれはともかく、ゴリアテは寂しがってたんだよ。私はそこまでしか言えないからな。親はおまえ。私にはそれ以上は踏み込めないってわけだ」
親を捨てたかあるいは捨てられたかした魔理沙は、このときどんな表情をしていたのか、アリスにはわからなかった。
帽子はまぶかにかぶられていて、魔理沙の顔は陰になっていたからだ。
それでアリスは、しばし目をつむり、何事か考えているようだった。
「寂しかったの?」
ゴリアテは答えない。
いつもの無表情に戻っている。反応をほとんど返さない、真に人形らしくあった。
「ねえ。答えなさい。あなたにはその能力があるはずでしょ」
「……」
アリスは踵を返した。
「ゴリアテ、あなたには裏手の守護を命じたわ。魔理沙を私に引き合わせるというミッションも終わった。あとは通常業務に戻りなさい」
凍てつくような声だった。
ゴリアテは無表情のまま、ズシーンズシーンという音を立ててゆっくりとした足取りで、元いた場所に帰ろうとする。
魔理沙がアリスの肩に手をおいた。
アリスはそれを振り払った。魔理沙はアリスの顔を見て驚いた。いつもの冷静なアリスが、その瞳がうるんでいたように見えたからだ。
「ゴリアテ、止まりなさい」
ズシーン……。
ゴリアテが止まった。
アリスは胸中に後悔があったのかもしれない。ゴリアテを大きく創りすぎてしまって、ゴリアテが哀しんでいるとしたら、それはアリスにとっての悲しみでもある。しかし、それをもし声にだして、謝るとするならば、本当にゴリアテの価値を無に帰すことになりはしないか。
ただ、大きく創った。
その理由はつまるところ、自律人形のモデルとして、大きく創ったほうが仕組みがわかりやすいし、代替がききやすいというところにあった。
ただ、それだけ。
言ってみれば創造主の都合。
しかし、創造主の都合でそう在るのだから、それを受け入れなさいという言葉を吐くほど、アリスは傲慢でもないし、酷薄でもないということなのだ。
アリスの苦悩は、つまり、理由を捏造しなければならないところにあった。
「ゴリアテ。あなたは……、私の創った人形たちのなかでも、一番大きくて、一番外にいるから、一番お日様の匂いがするわね。私ね。あなたの匂いが好きよ」
アリスは嘘を言わなかった。
人形を創るときに、いびつになるのはしかたのない面もある。
面白さや個性を追求する結果、なかんずく生命らしさを追及する場合、かならず偏頗する部分が生じる。
つまり、平均的であることを拒否するような部分があって、アリスでもコントロールできない神聖な領域が生じる。それを個性と呼んでも、さしさわりはない。
アリスはゴリアテのいいところを見つけた。
それは冬に少しだけ残る暖かなお日様の匂いだった。
ゴリアテはその場でしゃがみこんで、めそめそと泣き始めた。
外形的にそういう行為をとることが正しいとプログラムが判断したのかもしれないし、あるいは別の理由を付してみるのも人形遣いの考察としては有用であると言えるが、少なくともひとりの人形を創りだした親のような存在としては、泣いている子どもを抱きしめるだけでよかったといえる。アリスはそうした。
「やれやれまったく。様式美ばかり追及してるから迂遠なんだぜ」
魔理沙はそうひとりごちるのだった。
それからどうしたかというと――、
べつにどうもしないのである。
ゴリアテは今もアリスの家の裏手を守護しているし、巨大な体躯も変わらずそのままで、家の中には入れない。
けれど、変わったこともある。
ゴリアテはひっそりと目を閉じて、春の木漏れ日のなか、まるで一本の木のように立っていた。
身動きひとつせず、ひとつのよくできた銅像みたいに。
足元には桜の花びらが降り積もり、綺麗な金色の髪の毛にもいくつかピンク色のアクセントがついていた。
それでリスやらむささびやらの小動物がゴリアテのポケットのなかでひとときの憩いを得ている。
うららかな春の午後。
眠くなるような時間。
小動物が驚かないようにという配慮から、身動きひとつしない巨躯は、その表情だけをほわほわとした春の日差しのなかに溶かして、お日様のように微笑を浮かべている。
ゴリアテ可愛いですね
内容はとても好きです
素敵
ゴリアテは本当に本当に可愛い子。
おっきくてふかふかで不器用なんて本当に本当にもう……
いや、やっぱ初めから巨大だったか?
とにかくアリスの複雑な立場が面白かったです。
あとゴリアテのセリフが脳内でGGのジャスティスの声で再生されて勝手に吹いたw
スペカ宣言されてからビルドアップしながら出てくるわけだし。
でもそんな事関係なく不器用なゴリアテ可愛かったです。
目からウロコとはこの事か
心がほかほかになりました
抱き心地とか魔理沙とゴリアテの会話に頬が緩みますね。
なんだんだ?
しかし名前的にもやはりラピュタロボを思い出す
お日様の匂いのするゴリアテ…いいなぁ……