Coolier - 新生・東方創想話

快走猫車橙号

2009/11/30 03:45:55
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私は橙。
ご主人様は八雲藍。
そのまたご主人様は八雲紫。

私は大妖怪の式の式。
早く立派な妖怪になるため、毎日頑張っています。
みんな私の事をドジだって言うけど、私は猫で素早いし、その気になれば何でも出来るはず。
今はまだ二股の尻尾だけど、三股になって、四股になって、そのままもっともっと増えて、藍様なんか目じゃないくらい。
こんなの、藍様に聞かれたらまずいかな?

「それは聞き捨てならないな」

げ、藍様。
タイミングが悪い。
わ、どうしたんですか。その尻尾。やだ、大きい、化け物みたい。うわ、やめて尻尾やめて、苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。

「私の尻尾がどうしたって?」

だ、駄目。息が。
うく。うくくく。





「わあああっ」

突如、目を醒ました私は何か固い物に頭をぶつけた。
何だこりゃ。
金色で、大きくて、砂埃を上げながら坂道を転げ落ちていく。
起きたばかりの私は頭を揺らしたのもあって、何だかはっきりしない視界に戸惑った。
が、数秒後驚いてしまったのは私。

「痛いよ、橙」

坂道を這い上がってきたのは、藍様だった。
トレードマークの大きな尻尾を揺らしながら、重たげに、折れた大根を持って這いずってきた。

「どうしたんです、藍様」

「どうしたもこうしたもない。お前がいきなり頭突きを食らわしたんじゃないか」

あ。そうだった。
思い返して胸の底が熱くなる。
ああ、もう。

「お前の家に大根持ってってやろうとしたのに、お前はいないし」

へえ、そうだったのか。
と、多分私の目は縦に大きく開いていたと思う。
こんなんだから、からかわれるのかしら。
でも、大きく開いちゃうのは猫の癖だし。
こればっかりはどうしようもないかなあ、とも思う。
こんな事を考えるのって嫌な子供だろうか。

それにしても、どうしてここが分かったんだろう。

「お前の家の猫に聞いたさ」

今、私、喋ったっけ?

「顔に書いてあるよ」

嘘。ショック。
それって分かりやすいってことだよね。
何かしょんぼり。

「さ、家に帰ろう」

「あ、あの」

「ん?」

「藍様、ごめ」

そういう私の口の中に大きくて甘い、白玉楼名物の半霊饅頭が入ってきた。
私の大好きな味だ。
冷たくて、甘くて、なのに何だか悲しくなる。
多分、幽霊の味なんだと思う。

「謝らなくてもいいよ。わざとじゃないんだし」

何か、また子供扱いされてる。
益々しょんぼり。
溜息。







自分のことは自分でする。
藍様はまだまだ、って言うかも知れないけれど、最近は大分変わった。
今日はいつも通りに布団を畳んだ後、集会を開いた。
集会とは親睦を深めるためのもので、晴れた日に行うのだ。
集会には猫がたくさん集まる。
方法としては、次の三つがあるわけ。

1・カリスマ法。 これは正攻法。
2・口寄せ法。 魚を使う。
3・マタタビ法。 下も下。外法。即刻禁止すべき。


今日は2番を試していたけれど、猫呼びの途中でお客さんが来て中断。
お客さんはルーミアとチルノとミスティア。
そういえば、宿題をやるとか言って集まろうと思ったんだっけ。
本当は猫の集会を見られたら殺さなくちゃいけないんだけど、まあ、いいよね。

<<殺さなくちゃ駄目だよ>>

内なる猫神様の声を肉球でもみ消しながら、私は三人を家へ招くのでした。





「で、宿題はどうしたのよ」

「まあまあ」

私達の前にはどでかい魚が置かれているのだった。
こんな魚は見るの初めて。

「魚に詳しい橙なら分かるかと思って」

「んー?」

体長2メートルはある大きな魚。
鱗は銀色だけど、所々赤い。
ヒレは何だかギザギザしててノコギリみたいだし。

ま。食べたら分かるんじゃない? て事で、ルーミアは早速かぶりついた。
凄い音がする。
が、噛み付いたまま、動こうとしない。
美味いのか? と思って横から顔をのぞくと、目に涙が浮かんでいる。

「か、噛めない」

「じゃ、包丁で切ろうか。じゃん、名刀・村雨」

ミスティアは大きな包丁を懐から取り出した。
私達の拍手の中、ミスティアは勢いよく包丁を振り下ろすと、刃の先っぽが飛びました。
私達が表現に行き詰まっていると、魚はバン、と起き上がって、数歩歩き、ガリゴリ、と鋭い歯でまな板の端を食べては吐き出し、何か言いたげに私の顔を見上げた。
私は急いで耳を近づける。

「ゴンベッサ」

と重く、苦しそうな声。
私はハッとした。

「この赤色って、もしかして、血じゃないの……?」

一も二もなく私達は魚を川へ返しに行くことに。
が、とてつもなく重い。
どうしてこんなに重いものをわざわざ、持ってきたのだろう。
それに、食べられると思ってワクワクしているから出ていた力も出なくてがっくり。
と、ここで私の頭に閃いたのです。

「そうだ。猫車を使おう」

そうしよう、そうしよう、とミスティアが言いました。
ルーミアもチルノも言いました。
猫車は重い物でも運べます。
とても早く走れます。


「よいしょっ」

川縁に横付けした猫車から、魚を川へ放り込む。
魚は「ああ……」と、声を上げて、暗くて深い川の中へ消えた。
ああ、終わった、終わった。と、考えてみると、何だか時間を無駄にしていた気分。
空はもう暗くなり始めているし、ヒグラシも鳴いている。
ああ……。

「橙ちゃん、それ何?」

私は一瞬何のことだか分からない。

「爪……」

私は怒ると気付かないで爪を立ててしまうのだけれど、私の爪は一本の木の幹に食い込んでいた。
そこから、金色の樹液が流れ出している。
木から爪を引き抜くと、粘ったのが糸を引いた。

「甘い」

とてつもない速さで私の指にむしゃぶりついたルーミアが溜息を漏らした。
私も恐る恐る木から流れ出している液体を舐めた。
樹液は本当に甘くて美味しかった。
あれ、何て言っただろう。ホットケーキの上にかかっているあれ。
私達4人はその、甘くて美味しい樹液を貪った。
それこそいつまでも。
汗が冷えることさえ忘れて。





あ。
ああ。
あああ。
ああああ。
あああああ。

何でこんな事になっているかというと。上手く説明できる自信が無いけど。
あれから一晩明けて、私達は「宿題が全く進んでいなかった」という事実に気付いてしまった。
それで、またしても私の家に全員集合したわけ。
そこで私はまず質問。

「宿題に少しでも手を付けた人」

誰も手を挙げない。
ま、だから集まった訳で。何かおかしくて。
聞くまでもないじゃん。みんな白紙じゃん。じゃあ、何で聞いてるのって。
笑うしかないじゃん。
あははははは。げら、げらげら、げらげらげらげら。
そうこうしてても進まないってことで、全員でアイスをかじって頭を冷やそうってことになった。
それで、チルノの持ってきたジュースなんかも飲むってことになった。
チルノの持ってきたジュースはよく冷えてて美味しかった。
で、しばらく会議をしていたんだけど。
誰か。誰だったかな。
チルノ(?)がイタズラして、ルーミア(?)のコップに唐辛子を入れた。
そっから、よく分からないんだけど。
入れ合い(?)みたいになって。
マスタードとか、豆板醤とか。
入れまくってたら、誰か私のにマタタビを入れたわけで。

それでこんな具合。
もう何が何だか分からない。
部屋の中を蛇や蛙が行ったり来たり。
猫も、犬も、狐も、コウモリ(?)も。

あああああ。
ああああ。
あああ。
ああ。
あ。





「宿題宿題宿題宿題宿題宿題」

こんな事を言う私の頭の中は宿題宿題宿題宿題宿題。
カレンダーを横目で眺めて計算する。
ふう、何だろうね。今まで何してたんだろうね。
まさか、遊んでたわけじゃないだろうね。

もし、もしもだけど、まさか、万一、宿題が終わらなかったら?
駄目。絶対駄目。そんなのは危険すぎますから。

今日は天気も良くて外で遊びたいけれど、そこはグッと堪えて我慢して宿題に取りかかったわけ。
で、早速宿題をやろうじゃん。
妨害とかあるだろうけど、絶対に流されるなよ。


312×31。


ふと気付くと私の手が宿題を捻り潰して、ゴミ箱にぶち込もうとしている所だった。
ここで自問自答。
ねえ、そんなことでどうすんの?
許されると思ってんの?
分かったか。
さっさとやれよ。
さ、終わらそうじゃん。
中途半端はやめようじゃん。
妨害とかあるだろうけど、絶対に流されるなよ。


0. 124+0.36。


はっ、と気付くと私の手がコンロへ





「どうしよっかなあ」

私は膝の上の猫に話しかけてみた。

「お前達は知らないだろうけどねえ」

「私ぐらいになると、宿題をしなくちゃいけないんだよ」

「みんなは、毎日休みでいいねえ」

猫は日向ぼっこして、気持ちよさそうに寝息を立てるのだった。

「どうしよう……」

私はギラギラと光る太陽を見上げた。

「暇だなあ」

「何か面白いこと無いかなあ」

すると、私の肩を叩く誰かが。
私は「おわあ」と飛び上がって、膝の上やらの猫たちも飛び上がって逃げていった。

「橙、久しぶり」

すると、紫様が背後に立っていた。
紫様は言うまでもなく私のご主人様のご主人様で、藍様より偉い人。
他の物に例えると何だろう。
ビートルズ? ビートルズかなあ。
頭に浮かんだ、訳の分からない物を必死に打ち消す。
本当なら、猫の集会を邪魔した人は拷問して殺さなくちゃいけないんだけど紫様は特別。

「ごめんなさい、ぼうっとしてて。今すぐお茶を出しますので」

すると、紫様は手を振って「いいの、いいの」と仰った。
紫様、前に見た時より格好良くなってるなあ。

「すぐ帰るからねえ。それより……、少し、お話ししましょう」

私達は縁側に座ってお話しをした。
紫様はとてもいい匂いがする。
他に無いような匂い。

「学校はどう? 今、夏休みよねえ」

「はい」

紫様とお話しするのは久しぶりなので、とても緊張する。
一体、何をお話ししにきたのだろう。
きっと、何かあるはずだ。
と、考える私。

「修行はちゃんとしてる?」

「はい」

「宿題も?」

「え、あ、その、はい」

紫様はうふふふ、と笑うと「嘘は駄目よ」と仰った。
私は胸の中のまずいものを打ち抜かれた気分になって、そこから汗が噴き出してきた。

「ま、宿題は宿題。何とでもなるわよ」

私は半分ほど爪を出して頭を掻いた。
藍様だったら、きっと私のこと怒ってたんだろうな。
紫様は遠くの方を見つめた。
空では、十字型に翼を広げた大きな黒い鳥が私達の上を飛んでいく。

「そうねえ」

「はい」

「頼み事していいかしら」

お。今、なんつった?
もう一辺いってみそ?

「ちょっと頼みたい事があるのよねえ」

尻尾がうねり、逆立ち、爪が縁側にめり込む感触がはっきりと分かった。
紫様が私に頼み事をしに来るというのは初めてだ。
それは、つまり私が頼りにされてるってことかしら。

「今日は私、一ヶ月ぶりの睡眠の日なんだけどねえ」

何か大事そうな予感。
今までとは明らかに違う。
興奮して膝の上にのぼってしまった私を紫様はゆっくり押し返した。
それでも私は喜んで、宙返りを打った。
今日はポップコーンを作ろう。
嬉しい日はポップコーンに限る。

「私が寝た後、藍の行動を見張ってて欲しいんだけど」

その時、私は気付いてしまったのです。
紫様の目は笑っていませんでした。







「何かなあ」

日が暮れた後、私は八雲家の前の茂みに潜んでいた。
寒くはないけど、退屈。
時々、私の前を虫が通り過ぎていく。
尺取り虫。セミ。蝶々。
大きなアクビが出た。
私の目の先には八雲家の玄関があって、「八雲」の表札がくっきりと見える。
私の目は藍様よりいいのだ。

で、今、私は服を着替えて八雲家の前に潜伏している。
藍様も紫様も家の中に入ったきり出てこない。
正直混乱している。
どういうことかな。
どうすればいいのかな。
変だな。
でも、まあ、紫様が言うんだし。
それに

あれこれ考えていると、突然玄関が開いた。

「あれ……?」

私はそれが一瞬誰だか分からなかった。
格好いい真っ黒の服を着た、綺麗な金色の人。
藍様だった。
背中に生えた尻尾を見てようやく分かるほど、藍様は変わっていた。
顔もいつもの優しい顔じゃなくて、すごく真剣な感じ。

藍様から隠れているのは変な気分だったし、私は何だか怖くなった。

藍様は背中をまっすぐ伸ばして歩き、大きな猫車に乗り込む。
猫車は驚くほど静かに走り出した。
慌てて私も後を追う。
気付かれないように慎重に。

時計を見ると、紫様はすっかりお眠りになっている時間だった。
ああ、藍様。
貴方は睡眠中の紫様を放り出して、どこへ行くのですか。





藍様を乗せた猫車はゆっくり走った。
ゆっくりと言っても、猫車は猫車。
ぼんやりしていると置いて行かれちゃう。

私は道に点々と置かれた魅力的な屋台や自動販売機を横目で見ながら、ひたすらに猫車を追った。
猫車は七分山から蛙谷へのバイパスを抜けて、時計平へ。
つまりは、東環状線の一部を途中で突っ切る形になったと言えば、分かりやすいかな。
でこぼこも無くて短い道だ。
私が一生懸命追いかけていると猫車は突如減速し、すうぅと止まった。
あ。凄い。気付かなかったけれど、この猫車はスライドドアだ。
すると、大きな尻尾が現れて藍様が降りてきた。
だけど、この辺りは何もない。
お店も建物も。
ただ、道だけ。
こんな所で一体何を……?

思わず顔を出しかけた私は思いきり身を沈める事となった。
影になっていて気付かなかったが、誰か居る。
いや。あるいは気配を殺していたのかも知れない。
今の私のように。

「お待たせ」

体から力が抜けるようで、甘ったるい声。
いや。
そう。私はこの声を知っている。
ただ、あまりにも。

「全然待ってないよ。幽々子。私も今来たところさ」

藍様の声が響いた。
ああ。間違いない。あれは幽々子様だ。
ピンクはピンクでも、いつもとは大分違う服を着ている。
この人こんな顔してたのかあ。

「藍ちゃん。紫は」

「やれやれ。また藍ちゃんですか。寝てますよ。紫様は。いつもと同じでね」

「そう、それなら……」

「それなら?」

「意地悪……」

私は無性にアリの巣をほじくり返していた。
何か私、退屈。

「早く車を出して」

「はい」

幽々子様と紫様が猫車に乗り込んで、猫車はまたしても走り出した。
あれこれ、あれこれ、と考えながらも私はピンと尻尾を立てて付いていくのでした。





次第に木や草むらが減ってきたなと思った。その代わり、電柱や塀や建物がもの凄い勢いで建っていて、私は幸運にもそれらに身を隠しながらついて行っている。
この私には猫でさえ気付くことが出来ないだろう。
などと思っていると、固い物にぶつかった。

「クアック」

「あ」

ペンギンがそこにいた。
一匹だけ暗闇の中に蹲っていたので、気付かなかった。
確か、このペンギンは何という種類だっけ。
ほら、あのよくサングラスをかけている。

「クアックァ?」

群れからはぐれたのだろうか。
考える時間は無かった。
必死でテールランプを追っていないと。
何しろ、この辺りは光が多くてすぐに見えなくなりそう。

「ごめんね。脚踏んじゃったね」

それだけ。
私はまた走り始めた。


そういえば、こっちの方に来たことはあんまりないなあ。
と考えてみる。
街に来るのは昼間が多いし、簡単に買い物だけして帰ってしまうので、街については全然知らないのだ。

入り口まで来た藍様と幽々子様は猫車から降りると、並んで歩き始めた。
それもそうだ。
この辺りは滅茶苦茶人が多い。
どこからこんなに来たんだろう、と思うほど。
みんな同じように背筋を伸ばして歩いていく。
藍様はその中でも目立っていた。
何より尻尾があったし、綺麗だった。
幽々子様と藍様が並んで歩くとみんなが振り返った。

「むう」

私はガードレールの上に腰掛けて、ゆったりと流れる人混みを眺めていた。
がやがや、がやがや。
辺りを照らす電気が眩しい。

「あんたも妬ましいんでしょ」

「ひゃっ?」

振り返ると、真っ赤なヒラヒラした服を着た金髪の女の人が立っていた。

「人混みを眺めていると、妬ましいわね。あんたもそうなんでしょ」

ほっぺたが白くて、痩せてる。
藍様とも幽々子様とも違う。
でも、綺麗だと思った。

「妬ましい、妬ましい、妬ましいわね」

この女の人は私を見てない。
何だか私は怖くなって、藍様と幽々子様を追っていくのでありました。
電柱をすり抜けるようにして、落ちている瓶に気を付けて。
ゆっくりと。
静かに。
何だか楽しくなった私はガードレールの上を一瞬だけ歩いてみた。
すごくワクワクした。

すると、藍様と幽々子様は急に姿を消した。
というのも、道路の横のお店に入ったから。
チリン、とベルが鳴って、木で出来たドアが閉まっていた。
ドアの上には可愛い猫が二匹描かれていた。
猫は眠たそうに尻尾をもたげた。

「お。にゃンにゃン」

小声で呼びかけると猫は一瞬反応したが、また眠ってしまった。
つまんないの。

藍様たちが入っていたお店の中に私も入りたかったけど、駄目。
お店は狭くて、私が入っていったら藍様と鉢合わせしちゃう。
それは、駄目だと思う。まずい。





何か、退屈だなあ。
コンコン、と靴の底で石畳を鳴らしながら、爪を出して遊んでいるとどこからともなくいい匂いが流れてきた。
何だろう、この匂いは。
匂いのする方にふらふらと歩いていくと、凄く美味しそうなクレープ屋があった。
他にお客はなく、私とクレープ屋だけ。
実を言うとさっきから藍様を追いかけるため、美味しそうなお店の前をたくさん素通りしてきたのだ。

「美味しそうだな」

何かお腹が鳴ったのが分かった。

と思ってたら次の瞬間にはもう、クレープをかじってた。
屋台の影に隠れるようにして。
実を言うと、私は甘いものが大好き。
特にチョコレート。
だからといって、猫にチョコあげたら駄目だよ。

「……」

「……」

「……」

「むう」

ガラス窓から藍様と幽々子様が見える。
それはいい。
だけど、何話してるんだ?
遠すぎて、聞こえない……。

ははははは。

藍様の爽やかな笑い声が私の耳に入ってくる。
脚をぶらぶらさせる私の前をアリクイの親子が遠慮がちに通り過ぎていく。

「た、た、た、退屈ぅ」

「♪猫は外、猫は外、雨降り、雪降り、猫は外。♪猫は外、猫は外、犬は良くても猫は外、狼だけは許さない。♪ね、ね、ね、猫は外。何があっても猫は外」

歌っていると、扉が内側から開いて、藍様達が出てきた。
私はすっと、壁の裏に隠れた。
これぐらいはお手の物。

「藍ちゃん、荷物持ちさせてよかったの?」

「いいんだよ」

「やだ。藍ちゃんったら力持ち」

「ふふふ」

むう。
藍様、重そうじゃん。
さ、追いかけなくちゃ。
と思ったら、声。

「お嬢さん、お嬢さん。素敵なピアスはいかが?」

見れば、ガラスのケースの中にたくさんのピアスが並んでいた。
そういや、私、今日はピアス付けてないや。
耳には小さな穴が空いているはず。
私の髪って男の子みたいに短いから目立つんだろうな。

「どうしよ」

早くしないと、藍様が行っちゃう。
だけど、ピアス屋さんの手は私をがっちりと掴んでる。
んんん。
私は一番安い、黒いピアスを買うと素早くポケットに入れて、二人の後を急いで、だけど、静かに追いかける。
扉に描かれた木の猫が驚いていた。

「バイバイ」





さっきも言ったかも知れないけれど、私はこの辺を全然知らない。
だから、迷って帰れなくなるってことはないけど。
いくら何でもね。
でも、藍様を見失ったら多分もう見付からない。

「歩くの速いよ」

明るい光の店と店の間をすり抜けながら、追っていく。
私と違って、二人は全然迷わずに真っ直ぐに歩いていく。
どういうことなのかしら。
三本置いてある瓶の右の隙間をくぐり抜ける。
瓶には「オルレアン」、「スコットランド」、「東村山」と書かれていて、ツンと匂いがした。
どれも透明な瓶。
堆く積まれた本。
とても一つ一つを手にとって読めやしないけど、それは避けるだけで大変だった。
それに、この辺は猫車が多い。
走っているのはもちろんだし。
誰かを乗せるために止まっているのが多くて、みんな表情がない。
混じって本当の猫もちらりほらり。
藍様……。

「ん? お前は」

ん?
足下ばかり見ていた私は黒い靴を辿って、声のした方を見る。
どこかで聞いたような。
げ。

「慧音先生」

慧音先生は真っ青のドレスを着ていた。
首のところが丸見え。

「橙? こんな所で何を」

よく見たら脚の所から腰の所まで切れ込みが入っていて、脚も丸見えだった。
むう。
涼しい匂いがした。
かき氷みたいな、でも、もっと違う。
慧音先生は髪をかき上げて、ゆっくりと顔を近づけた。
ああ、何でこんな時に。
私は「あ」と後ろを指さす。
そこにはアリクイの親子がいた。
先生は後ろを見た。

「アリクイ?」

私はその隙に駆けだした。
よく使う手だ。
先生はよく引っかかる。
その隙に私は駆けだした。
ごめんなさい、慧音先生。




「はあ、はあ」

藍様と幽々子様は一件の建物の前で立ち止まった。
それは、赤いレンガの建物。
私はすぐに分かった。
ここは料理屋さんだ。
良い匂いがした。
辺りには灯りがなかったけど、看板だけが輝いていた。
一体、何て書いてあるのだろう。

「Dakini……?」

藍様は幽々子様の手を取って、軽やかに階段を上っていく。
むう。
二人が大きな扉の中に入っていくと、眩しい中の様子がちらりと見えた。
私、一人取り残されてしまった。
ぼっち。
どうしよ?
中の様子がすんごく気になる。
料理を食べると、さっきよりもっと時間がかかるだろうし。
ここで待ってるのは退屈で我慢できそうにない。
でも、お金が無い……。
そう、お金が。ただの少しも。
さっき、ピアスを買ったからだ。あれで空っぽ。
がっくし。
こうしている間にも続々と人が入っていく。
私は店の前をただうろうろ。
気のせいかな、みんながこっちを見てる感じがした。私、怪しい?

私はじっと考えて考えて考えた末に決めた。
ぐっと、帽子を目まで被って、尻尾をぎゅっと押し込んで、アーチの下をくぐる。
扉のところまで行くと、お店の人が怖い顔をしていた。

「お嬢ちゃん。一人?」

私は頷いた。
喉がカラカラする。
お腹が痛くなりそう。

「それじゃあ」

「あ、あの私」

私は耳に口を近づけて。

「八雲紫様の……」

するとたちまち、私はお店の中に入れられた。
脚を踏み出すと、真っ赤でふかふかの絨毯だった。
壁にはたくさんの絵。
猫はいないかしら。

ま。こんなところ。
嘘は言ってない。
嘘は言ってないもんね。

<<それを嘘と言うのです>>

頭の中に響いた猫神様の声を踏みつけつつ、私は更に店の奥へと進む。





長い長い絨毯の上を歩いていって、脚が疲れる頃に大きな部屋に着いた。
人がたくさんいて何だか一安心。
藍様達もすぐに分かった。
周りを見ると大人ばかりで、何だか場違いな気もしないでも。
顔が赤くなっているのが分かった。
ドキドキする。
私は背伸びした。
ぐいっと帽子を被り直す。

少し見てみると、良い席があった。
藍様達の斜め。
一番隅っこの席。
棚の上のサボテンの影になって、良い感じ。
私は座って首を伸ばし、藍様達の声が聞こえるのを確認。
うん。しっかり聞こえる。
私の耳はすこぶるいいのだ。
多分、誰よりも。
「カチン」と音が聞こえた。
藍様と幽々子様が乾杯した音だった。

私は机の上に置かれたメニューを広げてみた。
昼から今まで食べたのはクレープ一つだけ。
そんなもので、お腹がいっぱいになるはずもなく。
それからまた歩いたりしたわけで。
隠れながら歩くのは結構体力を使うわけで。
メニューは金ぴかで、ずしりと重い。
それもそのはず、ページが50もある。
それはいいんだけど、何だろうこれ。メニューが全部、外国語だ。
白に金の文字。
うーんん。全然読めない。
あははははは。ははは。おかしいじゃない。
日本語で書きなさいよ、もう。ぷんぷん。

「しかも、めちゃくちゃ高い」

紫様、怒るかな。でも、紫様なら許してくれそうだな。とか、考える。
少しすると綺麗なお姉さんが注文を取りに来た。
どれが魚か聞こうかな、とか思ったけれど、少し恥ずかしい。
だから、魚っぽい物を注文しておいた。
魚だといいな。
で、待ってる間。
二人をチェック。

「このお店、本当に美味しいわ」

「ふふふ」

藍様は大きなお肉を食べてた。
幽々子様は……。
スパゲッティ?いや、あれは



「ここ、いいですか」

わあっ。顔を上げると、綺麗な人が立っていた。
緑の髪に黒いドレス。どっかで見た事のある顔。
その服は、首の所が大きく空いて、脚の所も切れ込みが入っていた。
これ、流行ってるのかしら。
手には何だろう。卒塔婆? 笏?

「空いてないんです、他に」

「あ、いいですよ」

顔を上げると、他の席はすっかり埋まっていた。
いつの間にだろう。
ふと、黒いドレスを見て思い出す。
さっき、黒いピアスを買ったっけ。
何となく付けてみる。
普段の金ピアスとは何だか違う感触。もっと暖かい。

「ピアスですか、素敵ですね」

私は正直、一人で座りたいと思った。
この人が話しかけてくると、藍様と幽々子様の会話に集中出来ない。

間もなく私の所にスープとサラダが運ばれてきた。
それと一緒に金色の入れ物に入った、よく分からないもの。

「ペラペラペラペラ」

 何て言ったのか聞き取れなかった。
前の人が注文した時。
この人、すごく頭いいんだろうな。と思ったり。
で、一旦こっちはシャットアウト。
藍様達の方に耳を使う。

「ふふ、こんなに酔わせてどうするつもりなのかしら?」

「別にどうするつもりもないさ」

「藍ちゃん、ご飯粒ついてる」

どきっ。何だろう、この二人。
藍様が藍様じゃないみたい。
むうう。

「この後は」

「行きつけの店があるんだ」

「また、飲ませるんでしょう」

「ぐふふふ」

藍様の持っていた袋の中にはお酒が入っていた。
どんだけえ。



「一人でここへ来たの?」

ああ、うるさいなあ。
悪い人じゃなさそうだけど、今はそれどころじゃないの。
集中できないじゃない。

「あなただって一人じゃないですか」

「ぐふっ」

あ、まずい。いけないことを言ってしまったみたい。
いきなり涙が溢れて来た。
やだ。何だろうこの人。

「うぐ。うううう。小町がドタキャンしたからこんなことに、私だって一人でこんな高いお店来たかったわけじゃないもん。私の給料がいくらだか知ってるんですか。みんな勘違いしてらっしゃいますけどね。来たら来たで、相席になっちゃうし。私だって」

あ、私の料理が来た。
で、ここで気付いたんだけど、私の料理って異常に量が多いわけ。
魚はまああるんだけど、肉もあるし。
どうなってるのかしら。
これってもしかしてあれ? フルコース……、とかいう。
ルーミアがいればなあ。

「う。う。ごめんなさい。私ったらプライベートの場だからって……」

すると、いきなり、奥の幕が開いてペンギンたちが降りてきた。
大小様々なペンギンはお客さんの周りでダンスを踊って、歩き回った。
へえ、このレストラン凝ってるんだなあ。

「やだああ。可愛いぃ」

「ふふ、幽々子はペンギン好きだろう?」

「きゃあぁああ」

「幽々子の方が可愛いよ」

と、幽々子様の所にいたペンギンが真っ直ぐに私を指さした。
あっ。
今日ぶつかったペンギン。
うわ、まずい。
私は急いで頭を下げて何とかごまかした。

「さ。じゃあ、そろそろ行こうか」

「うんっ」

あ、まず。
藍様達が立ち上がったのを見て、私も立ち上がった。
料理がまだ少し残っていたけれど、お腹いっぱい。

「んんう。どこへ行くんです?」

前の人が涙で赤くなった目を上げた。
私はその緑の頭の上を軽やかに飛び越えた。






藍様のお財布の中には一杯、お札が詰まっていた。
何か、格好いいなと思う。
こういうのって単純かな。
今度は調度品の後ろに隠れながら、長い廊下を進んで外へ出た。
ああ、満腹って幸せ。

通りはすっかり人が少なくなっていた。
二人はどこまで行くのかな。とか思っていると、その横にあるお店に入ってしまった。
拍子抜け。
キョロキョロ。
大丈夫かな。
ってことで、私も入ってみる。
すると、これまた広い部屋があった。
静かで綺麗な音楽が流れてくる。

藍様と幽々子様は向かい合って、座って何か話していた。
むう。
私の変装は完璧だから大丈夫、と自分に言い聞かせながら、隅っこのカウンター席に座った。

「ここってお酒飲む店だよねえ」

正直、私はあんまりお酒を飲めない。
でも何か頼まないとなあ。
て、ことで、メニューの一番隅に書いてあったのを頼んだ。
隅に座っている私にはぴったりだなあ、と何だか悲しい気分になる。
お店の人はなんだか笑っているように見えた。
私は尻尾が飛び出しそうになって、大あわてでしまい込む。何だかむれそう。

運ばれてきたお酒は真っ白だった。
牛乳が入ってるみたいだった。
これは案外、美味しい。
と、落ち着いてきたところで周りを見てみると何だかどっかで見たことあるような顔……。
お座敷の上の「相撲」と書かれた掛け軸の下で、鬼がお酒を飲んでる。

藍様の所に何やら大きな氷が運ばれてきた
それとオレンジ。パイナップル。

藍様は氷を素早く切り刻んでコップの中にばらまくと、オレンジとパイナップルを液体にして注ぎ込む。

「ふふ、こんなものはね」

そこに何か大きなお酒を注ぎ込んでかき回して、小さな唐傘を立てて一気に飲み干した。

「こうなのさ」

幽々子様が微笑む。
背中の尻尾が大きく膨らんだ。

「昔はよくこうしたものさ」

そういや、藍様は大陸から来たんだっけなあ。
とか、思いながら、前を見ると気むずかしそうな顔をした紫の魔女がいた。
ああ、カウンターの向かい側に座った奴を殺したくなるのはなぜなのだろう。
私、酔っぱらってるのかも。

「はあ、私もう駄目……」

幽々子様は胸の間から取り出した扇子で赤い顔を扇いだ。

「とっておきの場所があるんだけれど、どうかな……。きっと気に入ると思う」

藍様の顔はちっとも赤くないどころか、むしろ肌色、いや、金色。
何だか胸が熱くなる。





外の空気が妙に気持ちよかった。
コツコツ鳴る石畳が何だか懐かしい。
そんなに長い時間いたわけでもないのに。

藍様たちは近くにあった猫車を捕まえると、発進してしまった。
酔っぱらっていたし、脚が痛いし、何だか眠くなってきたし。
私も適当に猫車を捕まえて、発進させようとした時、誰かが乗り込んできた。

「やあ」

鬼だった。
二本角の生えた茶髪の鬼。

「何か面白そうなことしてるじゃないか、私も混ぜておくれよ」

何、この人。
ものすごいお酒臭い。

「あ、あの、迷惑」

「チッチッチ。さっきから見てたけど、あんた、狐と幽霊を見張ってただろう。なあんか、面白そうじゃん」

げ。
何だ何だ何だ。
早くこいつを追い出さないと。
でも、私の力じゃ動きそうにない。

「よし、決まり」

鬼が車に乗り込んで、扉を閉めた勢いで私は頭をぶつけた。

「出発進行。尾行開始っと」

むうううううううう。

「私の名前は伊吹萃香。まあ、一人じゃ何かと危ないし、保護者的な?」

ペンギン達が二列でお見送りする中、私達の猫車も発進した。






猫車はぐるぐると山の周りを昇り、やがて山のてっぺんみたいな所に着いた。
そこは公園みたいになっていて、たくさんの猫車が止まっていた。
そして、そこからは綺麗な星空と街の

「おう。綺麗な展望台だなあ。ロマンちっくぅ」

何だこいつ。
私はその時初めて鬼が酒の入った瓢箪を持っている事に気付いた。
藍様と幽々子様は茂みの前のベンチに座って、景色を眺めて居るみたいだった。
私達もその近くに座る。

「人には色々理由があるけれど、聞いちゃいけないそこら辺。だから私も聞きません。飲む?」

「静かにしてよ」

「はい」

私は鬼の差し出したお酒を払う。
さっき飲んだお酒とは比べものにならないくらい強い香りがした。

「でも、私に感謝するべきだよ。うんうん」

ああ、うるさい。
と、後ろを見ると慧音先生。
ぎょっとした。

だけど、慧音先生はこっちに気付いてないみたい。
その横には白い髪にリボンの人がいた。
んー。
と、その横を見ると黒い髪の人と白い髪の人。
確か永遠亭の。

「もこたん、喧嘩駄目。絶対」

「分かってるよ。慧音」

「あらあら、分かっ輝夜(てるよ)ですって。たまには風流な事も言うのね、永琳」

「そうですね、おほほほほほ」

と、前を見ると蛙の帽子を被った人が、背の高い青い髪の人と歩いていく。

「こんな所、早苗には」

「私は別に構わないよ……」

「え?」

「あ……」

さらにその横にはどっかで見た二人。

「美鈴。あなた、良いところ知ってるのね」

「光栄です。咲夜さん」

「で、話しってのは何なの」

色んな人がいるんだなあ。
大通りから消えた人はここに集まるのかなあ。
と、思う。
それにしても星が綺麗だなあ。

「うんうん。社会勉強だよ。うんうん」

あっそ。
鬼は無視して、藍様の方へ視線を戻してみる。






「どうだい、ここの夜景は」

「最高ね。ありがとう藍ちゃん」

「藍ちゃんはやめて欲しいな」

「駄目よ。だってこの呼び方気に入ってるんだもの」

「ありゃあ、禁断のあれとみたね」とかいう意味不明な鬼の声は無視。

「夜景もいいけど、そうだ……、こんな所に尻尾があるんだけど」

ばさり、と藍様の尻尾が広がった。
いつ見ても格好いい。

「好きなだけ触ってくれ」

鬼が私の目を隠した。
何でさ、何でさ。
邪魔しないでよ。

「子供は星空でも見るものさ」

無理矢理星を見せられる。
流れ星が5つ程、東へ流れていった。魔法使いかも知れない。
ていうか、首痛い。
何なのこの力。

「もう、離してよ」

私が手を使うと、案外簡単に離れた。
再び、首を乗り出す。





「あなたの尻尾って」

「ん?」

「本当に最高ね」

「そうだろう。フフフ」

「そういうのって、他にないもの」

「そうだろう、そうだろう。グヘヘ」

「あ」

幽々子様は斜め上を見上げた。
私も見上げた。
鬼も。
きっとみんながそうだったと思う。


花火が「ドカン」と鳴った。
続けて何発もドカン、ドカンと。
大きく広がって、白く、黄色く、青く、赤も。
大きな丸。綺麗な丸。
消えたら、また次のが上がって。
今年の夏、最初の花火だった。
ルーミアやチルノ、ミスティアもこの花火をどこかで眺めているのだろうか?

「いい花火だ。酒が旨い」

鬼は長く息を吐いた。
そのままどれくらいだろう。
ただ、花火の音だけが響いて、黒を赤や青に照らす。
パラパラだったのが、だんだん激しくなってきて。
その内に枝垂れ桜に変わる。
金色の枝垂れ桜。
こうなるともう分かってしまう。
終わりが近いのだ。
私は何だか知らないけれど、心の中で呟いていた。
花火よ終わるな、花火よ終わるな、と。





あっという間だった。
最後の大きな一発が上がって、何も音がしなくなると、みんなが拍手した。
だけど、私は何だか悲しくなって、拍手しなかった。
ただボーゼン。それだけ。
拍手していないのは私と鬼だけだった。

少しすると拍手していた人たちは帰り始めて、大分減ってきた。
藍様はふらつく幽々子様を猫車まで連れて行く。

「また会えるかな?」

「会いたいな」

「送っていきたいけど、色々面倒だろ」

「最後にもう一度だけ尻尾……」

「いいよ。幽々子……」

「え?」

藍様が何か耳元で囁くと幽々子様の顔は暗くても分かるくらい真っ赤になった。

「はい、お土産」

「ふふふ、一人で隠れて飲むわ」

バタン、と扉が閉まり、幽々子様を乗せた猫車は走り去った。
藍様は「やれやれ」と髪をかき上げた後、別の猫車を捕まえた。
私達も猫車に乗る。
今度はペンギンのお見送りなしの出発だった。





藍様を乗せた猫車が、八雲家の方に走り去るのを見届けた私の最後の仕事はこの鬼をどうにかすることだった。

「今日はもう終わり。降りてよ」

「先程の花火では不覚にも泣いてしまい、失礼しました」

駄目だ。話しがかみ合わない。

「しっかりしてよ。家はどこなの」

「んんう」

まさか、こいつ。
私の家に泊まる気か。
駄目だ。それだけは阻止しなければ。
爪、しゃきーん。

「てぇい」

何度か外に放り出してみたはいいけど、気付くと横に座ってる。
ああ、もう。
うざいうざいうざい。
と、その時、窓の外に居酒屋が現れた。
私は猫車を止め、鬼を抱えるとそこに放り込んだ。
それからは、もう、鬼が戻ってくることはなかった。




家に帰ると猫がお出迎え。
ただいま、お帰りっていつも通りに挨拶して。その瞬間、もの凄くほっとした。
もの凄い久しぶりに帰ってきたみたい。
私は大分遅いお風呂に浸かった。
それで布団に入る。
お休み、また明日。
だけど、何か変な感じで、疲れているはずなのに変にドキドキしてよく眠れなかった。





次の日、私は一部始終を紫様に話した。
何だか誰かに聞いて貰いたかったみたいで、私の口じゃないみたいに動いて。
猫車に料理、お酒。私が一杯お金を使ってしまったのを謝ると、紫様は笑って許してくれた。
やっぱり紫様は優しい。
ずっとニコニコしながら私の話を聞いてくれた。
いろいろ話したいことがあったから、大分長いお話しになっちゃったけど。
それだけじゃなくて、「橙はよく頑張ったわね。偉いわ」と褒めてくれた。
こんなの初めて。
ああ、嬉しい。本当に嬉しい。
尻尾振り振り。爪出し入れ。
今日はポップコーンにしよう。みんなでポップコーンを食べよう。
万歳、万歳、万歳。
三回言った。
万歳。





どこからともなく鷹の鳴く声が聞こえてきた。
お庭にはたくさんの花が咲いている。
セミがうるさくて。
光が差し込んできて。
いつもと同じ風景だった。
それで、最後に紫様は私のことを抱きしめて「橙はずっと良い子でいてね」と言ったので、「はい」と言うとお小遣いをたくさん貰ってしまった。
何だか申し訳ない。
だって、私はたくさんお金を使ってしまったのに。
何だかなあ。
それで、「いりません」と言ったけれど、「そしたら、友達と分けなさい」と言われたので結局受け取ってしまった。
やっぱり紫様は頭がいいなあ、と感心。
私じゃ、すぐに思いつきそうにはない。
みんなでお金を山分けしているところを想像したら、何だかほくほくしてきた。
にゃはははは、と猫笑いが込み上げてきて止まらない。
にゃは、にゃは、にゃはははは。
ルーミアは食べ物を買うんだろうな、と何だかおかしくなる。
そしたら、また、にゃは、にゃは、にゃはははは。
さあ、それじゃ早速遊びに行こう。
私は何に使おうかなと喜びジャンプ。



縁側に出ると、軒下に藍様が吊されていました。
今日はやっぱり、家に帰って宿題を終わらせることにしました。
お久しぶりです。ご存じでない方も多いかもしれませんが、yuzです。
季節外れのお話しで申し訳ありません。

ところで、私は夏休みというとゲームばっかりやっていたのですが、それでも夏の終わりは周りと同じように宿題に苦しんでいた記憶があります。
今となっては、締め切りもデッドラインも何のそのですが。

皆さんはどのような少年(少女)時代をお過ごしだったでしょうか。

長くなりましたが、読んでくださり誠にありがとうございました。
yuz
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コメント



0.1520簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
なんだか子供の頃の夏休みの記憶(ぼんやりした)みたいな懐かしさを感じた。
色々と出歩いてぼうけんっぽい事したはずなのに、一つ一つの場面が脈絡をもって繋がらず、花火みたいな強い印象だけ原風景として思い出せる的な。
想い出を追体験してるみたいな不思議な空気が面白かった。

宿題?一度たりともやったことがないZE
教師何それおいしいの、という大人をなめきったろくでもない少年でした。
3.100名前が無い程度の能力削除
「わあ、インランの話かな」と思って読んだら違った、ある意味そうなのかもしれんが。

夜の街の描写がいいですね。
シックな雰囲気なのに、賑やかなお祭りの中を歩いてるみたいな感覚になる、不思議。
5.100名前が無い程度の能力削除
藍様浮気するなんて・・・
9.100名前が無い程度の能力削除
・・・・・・。
・・・・・・?


!?
!!?
・・・・・・。
・・・

って感じになった。
12.80名前が無い程度の能力削除
最初、暴走…の続きかと思い、
その次にダーキニーの続きの話なのかな、
と思ったら予想外な方が
15.100名前が無い程度の能力削除
待ってたぜ
この展開がクセになる
17.100名前が無い程度の能力削除
相変わらずのyuzさん節
安心しました。
やっぱ雰囲気出てるなぁ
18.30名前が無い程度の能力削除
キャラも生き生きしてるし面白かったのにどこかしっくりきませんでした。

……ああそうか、舞台が東方に見えないんだ。
21.100名前が無い程度の能力削除
久しぶりだが相変わらず。
引き込まれるぜ…。
24.100名前が無い程度の能力削除
この展開いいですねぇ。なんとなく宮沢賢治っぽく感じました
すべてを明かすのではなく必要なところだけを明かして書いてるのが面白いです
27.100名前が無い程度の能力削除
あなたの表現する不条理な世界観が大好きです!
28.100名前が無い程度の能力削除
なんだか凄く世界観に圧倒されました
同じく世界に圧倒されてる橙の視点から描かれているためさらに世界が大きくて、
純粋な橙の視点から描かれているためさらに世界が歪んで見えて、
自分が小さいような錯覚に陥りました

なんだか建物がたくさんあるのが旧都のイメージでしたが、
色々と幻想入りしてるんですね。
31.100名前が無い程度の能力削除
うぇええ
34.100名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気の物語ですねえ。
こういうの大好きですよ!!
37.100名前が無い程度の能力削除
幻想的、解釈が一つに定まらないのがね、また、素敵。
38.80名前が無い程度の能力削除
こういう雰囲気はいいですね
46.100名前が無い程度の能力削除
言い回しが面白かったし、世界観が新鮮だった
50.70ト~ラス削除
読んでたら途中から道に迷った。気がついたら家にいた。

そんな不思議な感じの作品でした。

楽しかった?でいいのか悪いのか…自分の感想も道に迷ってますw
51.90名前が無い程度の能力削除
>>幽々子様と紫様が猫車に乗り込んで、

藍様の間違いかな?
52.100名前が無い程度の能力削除
なんだろう 不思議な雰囲気のSSだ
うまく言葉にできないがすごく面白かった