オリキャラ注意です。
今日の仕事は、午後に一人の人間を彼岸まで案内するだけだった。
もちろん、魂だけ、である。
幻想郷はその土地の小ささ故に、魂の運び屋となる死神の数が少ない。飢饉や疫病などで、大量の魂が溢れると、とてもじゃないが、手が回らない。
そのため、一日に一人や二人などを運ぶ日は、どちらかと言うと楽である。
この土地では基本的に私が魂の先導を担っている。魂と言っても、そのほとんどが人間だから、魂のほとんどを私が管理している事になる。
人間担当の私は、だいたい毎日出勤だが、妖怪担当の死神など、いつ働いたのか分からなくなるほどの休憩時間がある。
実に理不尽である。これで待遇が一緒だというから尚更だ。
しかし真面目な私は淡々とこの仕事を続けてきた。自分で自分をほめたいくらいだ。
「今日はここですか」
そう言って、顔をあげると、目の前に館があった。とても大きい、館だ。
モノクロの写真のように、黒と白と灰色で構成された世界。私の目には、この世界はそう映った。
他の死神連中に聞くと、どうやらこの世界の物には『色』がついているらしい。例えば赤や緑などという、『色』が見えるらしい。
もちろん、そういう仕様にする事は出来るのだが、私は今までそれを必要と感じなかった。そのため、今まで『色』という概念を考えた事は無かった。
館の前まで来ると、門番らしき人物が立っていた。その横を私は通り過ぎる。
私の姿は、普通の妖怪には見えない。カンの良い者ならば、気付く事もあるが、たいていは気のせいだ、の一言で片づけられてしまう。
『全てをすり抜ける程度の能力』を持つ私は、館に侵入すると、一直線に魂を運ぶ予定の人間の元へ向かう。館全体に結界が張られていたが、そんなものは私には意味がない。
途中、ちらほらと妖精を見かけた。どうやらこの館で給仕などを担当している、ようには見えなかった。私の目に間違いがなければ、妖精たちは遊んでいるように見える。
不思議な館だ、と思う。こんなことで、どうやってこの広大な館を維持しているのだろうか。
そんな事を思っているうちに、人間の元にたどり着いた。どうやら寝ているようだった。大きな窓が一つあるだけの質素な作りの部屋。他には机と椅子が一つ、大きな本棚にはよくわからない本がびっしりと詰めてあった。
さて、と私は壁にもたれてじっと立っている。ここからが、大切なのだ。
人間は肉体から離れ、魂だけになると、すぐにどこかへ逃げだそうとする。そんなに、四季様の事が嫌いなのか、とこちらが呆れるほどである。
そのまま放っておくと、亡霊になる危険があるので、私がすぐに捕まえないといけない。これが一人だったらまだましで、大量になるともう手がつけられない。
今回は、そう言った意味で、楽だった。なんせ、一人だけだ。
人間は、静かに寝息を立てている。私は魂だけになる瞬間を、今か今かと待っている。
この緊張感、実に不快だ。仕事が一人の時は、これだけが苦痛でしょうがない。大量の時は、捕まえる事に忙殺されて、そんな事を思わないのだが。
たまに聞こえる小鳥の音。風が葉を揺らす音。それらの音楽に耳を傾けながら、私は待ち続けた。しかし。
待てども待てども、なかなか魂が抜け出てこない。
まだか。まだか。
変化がない辛さは、耐えられない。
じっと待っている間、集中力の無い私は部屋の観察を始めてしまった。辺りを見回す。
時計が無いので、時間はよくわからない。
机の上を見ると、何かの書置きがあった。私は字が読めないので、何て書いているのか分からなかったが、多分ここの主人への遺言か何かだろう。見た所、この人間は老衰で死んでいくようだったから、こういう場合はこうした遺書がある場合が多いのだ。
辺りをうろうろする。もはや、最初の緊張感は私の中には微塵もなかった。今はただ、部屋の隅にある、カビをじっと観察したり、窓の外から見える風景にひたすら見入っていた。
だが。
全く、微動だにしない。
何が、と言われれば。
状況であろう。
もう何分、いや、何日待った?
その間、目の前の人間は全く変化していない。
外の景色は、間違いなく変わっている。夜から朝に、朝から夕方へ。日は西に沈み、空には星が瞬きだす。
だが目の前の人間は変わらない。
なぜだ。
私は疲れてしまった。もう、待つのが嫌になった。たぶん、誰かが、或いは目の前の人間自身が、何らかの魔法を使っているのだろう、時間が止まっているように見えた。
しかし、私も死神としての仕事がある。ここで、仕事を投げ出すわけにはいかない。
これは、私との根比べなのか?
だとしたら、私には分が悪い。なぜなら、私には次の仕事があるからだ。
それからさらに何日か経った。もはや、私の心は完全に折れていた。
もう、限界だ。
他の魂の事もある。
しょうがないので、報告書には実は妖怪だった、と一言添えて、魂を持ってこれなかった言い訳にしよう。そんなことを思いながら、思いっきり窓から飛び出した。
何日ぶりかの外は、すこぶる気持ちがよかった。風の感触に感動するなんて、後にも先にもこれっきりにしたい、と溜め息交じりにそう思った。
「おや? 魂はどうしたんだい?」
船頭の小町が尋ねる。私が今までの経緯を話すと、小町は笑いながら、そりゃあ難儀だったと言ってくれた。
「しかし、相変わらず気が短いんだね。お前さんは」
「これでも一カ月は待ったのだ。同情の余地、ありだ」
「いいや、お前は嵌められたのさ」
小町は楽しそうに笑っている。私には一体何の事かよく分からなかった。
他の魂をのせて、小町はそろそろ行かないと、と言って船を出した。珍しく仕事をしているなあ、と私は感動してしまった。
「たまには、ね。それに今年も面白い話を聞かせてもらったから、私は満足さ」
首をかしげる私に、小町はこちらを振り向いて、こう言った。
「お前さんはピエロを演じたのさ。それも、とびきり滑稽なピエロだ。今度からその目、『色』も見える様にした方がいいよ」
その後、私は四季様に呼び出された。たぶん、魂不足の一件だろうと私は思った。
こればかりは仕方の無い事だ。そう自分に言い聞かす。そして、部屋に入るなり、四季様はいきなり私に説教をし始めた。
「そう、あなたは少し人の話を聴か無さ過ぎる」
真面目に仕事をこなしているはずなのに、説教を喰らうとはどういう事か、と私は心の中で憤った。さらに言えば、人の話はちゃんと聞いている、と言いたかった。
結局、私は四季様の説教を丸一日じっくりと聞かされたのだった。
紅魔館では咲夜の時間凍結が終わったと、慌ただしくなった。レミリアが咲夜の部屋に入る。
「お疲れ様」
「いいえ。私は何もしていませんし、これくらい大丈夫ですよ」
咲夜は何食わぬ顔でそう言った。そんなはずは無いのだが、咲夜がそう言い張るので、レミリアは黙っておいた。
咲夜の元に死神が通い出すようになったのはもう何十年か前の事だった。パチェの魔法で身体が衰える事は無くなったが、それでも人間には一定の間隔で死期が来る。その時に、どうにか死期を伸ばせないかと考えた結果が、この仕組みだった。
「あいつも真面目よね。一年ごとにきっちりとやってきては、こうしてピエロを演じて帰って行くんだから」
レミリアは半ばあきれるようにそう言った。
結界によって、死神が侵入した事に気がつくと、急いで咲夜が部屋に時間凍結を施し、部屋に入ったら、パチュリーの魔法で外の景色を次々と変えていく。こんな単純な仕掛けで、あの死神はだまされるのだから、死神と言う職業の将来が不安になる。
「太陽も星も全然色が違うのに……いまだに気付かないのかしら」
パチュリーがそう言いながら部屋に入ってくる。陰の功労者でもある、パチュリーは、随分疲れた顔をしている。
「多分、目が見えないんでしょ。それにこちらは向こうに何も危害を加えていない。この状態も一週間ほどで咲夜の体力の限界がきて、術が破れてしまうから、一応限界はある。これだけの条件があって、それでも咲夜を連れていく事が出来ないというのならば、それは、死神さんの責任よ」
レミリアは嬉しそうな表情でそう言った。
ちなみに、机の上にあったメモには、こう書かれていた。
『今日の格言 強そうで弱いのが根性 弱そうで強いのが自我』
今日の仕事は、午後に一人の人間を彼岸まで案内するだけだった。
もちろん、魂だけ、である。
幻想郷はその土地の小ささ故に、魂の運び屋となる死神の数が少ない。飢饉や疫病などで、大量の魂が溢れると、とてもじゃないが、手が回らない。
そのため、一日に一人や二人などを運ぶ日は、どちらかと言うと楽である。
この土地では基本的に私が魂の先導を担っている。魂と言っても、そのほとんどが人間だから、魂のほとんどを私が管理している事になる。
人間担当の私は、だいたい毎日出勤だが、妖怪担当の死神など、いつ働いたのか分からなくなるほどの休憩時間がある。
実に理不尽である。これで待遇が一緒だというから尚更だ。
しかし真面目な私は淡々とこの仕事を続けてきた。自分で自分をほめたいくらいだ。
「今日はここですか」
そう言って、顔をあげると、目の前に館があった。とても大きい、館だ。
モノクロの写真のように、黒と白と灰色で構成された世界。私の目には、この世界はそう映った。
他の死神連中に聞くと、どうやらこの世界の物には『色』がついているらしい。例えば赤や緑などという、『色』が見えるらしい。
もちろん、そういう仕様にする事は出来るのだが、私は今までそれを必要と感じなかった。そのため、今まで『色』という概念を考えた事は無かった。
館の前まで来ると、門番らしき人物が立っていた。その横を私は通り過ぎる。
私の姿は、普通の妖怪には見えない。カンの良い者ならば、気付く事もあるが、たいていは気のせいだ、の一言で片づけられてしまう。
『全てをすり抜ける程度の能力』を持つ私は、館に侵入すると、一直線に魂を運ぶ予定の人間の元へ向かう。館全体に結界が張られていたが、そんなものは私には意味がない。
途中、ちらほらと妖精を見かけた。どうやらこの館で給仕などを担当している、ようには見えなかった。私の目に間違いがなければ、妖精たちは遊んでいるように見える。
不思議な館だ、と思う。こんなことで、どうやってこの広大な館を維持しているのだろうか。
そんな事を思っているうちに、人間の元にたどり着いた。どうやら寝ているようだった。大きな窓が一つあるだけの質素な作りの部屋。他には机と椅子が一つ、大きな本棚にはよくわからない本がびっしりと詰めてあった。
さて、と私は壁にもたれてじっと立っている。ここからが、大切なのだ。
人間は肉体から離れ、魂だけになると、すぐにどこかへ逃げだそうとする。そんなに、四季様の事が嫌いなのか、とこちらが呆れるほどである。
そのまま放っておくと、亡霊になる危険があるので、私がすぐに捕まえないといけない。これが一人だったらまだましで、大量になるともう手がつけられない。
今回は、そう言った意味で、楽だった。なんせ、一人だけだ。
人間は、静かに寝息を立てている。私は魂だけになる瞬間を、今か今かと待っている。
この緊張感、実に不快だ。仕事が一人の時は、これだけが苦痛でしょうがない。大量の時は、捕まえる事に忙殺されて、そんな事を思わないのだが。
たまに聞こえる小鳥の音。風が葉を揺らす音。それらの音楽に耳を傾けながら、私は待ち続けた。しかし。
待てども待てども、なかなか魂が抜け出てこない。
まだか。まだか。
変化がない辛さは、耐えられない。
じっと待っている間、集中力の無い私は部屋の観察を始めてしまった。辺りを見回す。
時計が無いので、時間はよくわからない。
机の上を見ると、何かの書置きがあった。私は字が読めないので、何て書いているのか分からなかったが、多分ここの主人への遺言か何かだろう。見た所、この人間は老衰で死んでいくようだったから、こういう場合はこうした遺書がある場合が多いのだ。
辺りをうろうろする。もはや、最初の緊張感は私の中には微塵もなかった。今はただ、部屋の隅にある、カビをじっと観察したり、窓の外から見える風景にひたすら見入っていた。
だが。
全く、微動だにしない。
何が、と言われれば。
状況であろう。
もう何分、いや、何日待った?
その間、目の前の人間は全く変化していない。
外の景色は、間違いなく変わっている。夜から朝に、朝から夕方へ。日は西に沈み、空には星が瞬きだす。
だが目の前の人間は変わらない。
なぜだ。
私は疲れてしまった。もう、待つのが嫌になった。たぶん、誰かが、或いは目の前の人間自身が、何らかの魔法を使っているのだろう、時間が止まっているように見えた。
しかし、私も死神としての仕事がある。ここで、仕事を投げ出すわけにはいかない。
これは、私との根比べなのか?
だとしたら、私には分が悪い。なぜなら、私には次の仕事があるからだ。
それからさらに何日か経った。もはや、私の心は完全に折れていた。
もう、限界だ。
他の魂の事もある。
しょうがないので、報告書には実は妖怪だった、と一言添えて、魂を持ってこれなかった言い訳にしよう。そんなことを思いながら、思いっきり窓から飛び出した。
何日ぶりかの外は、すこぶる気持ちがよかった。風の感触に感動するなんて、後にも先にもこれっきりにしたい、と溜め息交じりにそう思った。
「おや? 魂はどうしたんだい?」
船頭の小町が尋ねる。私が今までの経緯を話すと、小町は笑いながら、そりゃあ難儀だったと言ってくれた。
「しかし、相変わらず気が短いんだね。お前さんは」
「これでも一カ月は待ったのだ。同情の余地、ありだ」
「いいや、お前は嵌められたのさ」
小町は楽しそうに笑っている。私には一体何の事かよく分からなかった。
他の魂をのせて、小町はそろそろ行かないと、と言って船を出した。珍しく仕事をしているなあ、と私は感動してしまった。
「たまには、ね。それに今年も面白い話を聞かせてもらったから、私は満足さ」
首をかしげる私に、小町はこちらを振り向いて、こう言った。
「お前さんはピエロを演じたのさ。それも、とびきり滑稽なピエロだ。今度からその目、『色』も見える様にした方がいいよ」
その後、私は四季様に呼び出された。たぶん、魂不足の一件だろうと私は思った。
こればかりは仕方の無い事だ。そう自分に言い聞かす。そして、部屋に入るなり、四季様はいきなり私に説教をし始めた。
「そう、あなたは少し人の話を聴か無さ過ぎる」
真面目に仕事をこなしているはずなのに、説教を喰らうとはどういう事か、と私は心の中で憤った。さらに言えば、人の話はちゃんと聞いている、と言いたかった。
結局、私は四季様の説教を丸一日じっくりと聞かされたのだった。
紅魔館では咲夜の時間凍結が終わったと、慌ただしくなった。レミリアが咲夜の部屋に入る。
「お疲れ様」
「いいえ。私は何もしていませんし、これくらい大丈夫ですよ」
咲夜は何食わぬ顔でそう言った。そんなはずは無いのだが、咲夜がそう言い張るので、レミリアは黙っておいた。
咲夜の元に死神が通い出すようになったのはもう何十年か前の事だった。パチェの魔法で身体が衰える事は無くなったが、それでも人間には一定の間隔で死期が来る。その時に、どうにか死期を伸ばせないかと考えた結果が、この仕組みだった。
「あいつも真面目よね。一年ごとにきっちりとやってきては、こうしてピエロを演じて帰って行くんだから」
レミリアは半ばあきれるようにそう言った。
結界によって、死神が侵入した事に気がつくと、急いで咲夜が部屋に時間凍結を施し、部屋に入ったら、パチュリーの魔法で外の景色を次々と変えていく。こんな単純な仕掛けで、あの死神はだまされるのだから、死神と言う職業の将来が不安になる。
「太陽も星も全然色が違うのに……いまだに気付かないのかしら」
パチュリーがそう言いながら部屋に入ってくる。陰の功労者でもある、パチュリーは、随分疲れた顔をしている。
「多分、目が見えないんでしょ。それにこちらは向こうに何も危害を加えていない。この状態も一週間ほどで咲夜の体力の限界がきて、術が破れてしまうから、一応限界はある。これだけの条件があって、それでも咲夜を連れていく事が出来ないというのならば、それは、死神さんの責任よ」
レミリアは嬉しそうな表情でそう言った。
ちなみに、机の上にあったメモには、こう書かれていた。
『今日の格言 強そうで弱いのが根性 弱そうで強いのが自我』
この死神さん、時間が経っているのに人間が変化しない=時間が怪しいってことに
気付いていながら、毎年時計も持たずに来ていることになる。
そも、小町のような時間にルーズな死神ならともかく、次の仕事があると言って今の仕事を中断するような、
時間に関係するこだわりを持つタイプは、時計かそれに準じる物を持っていそうな気もする。
話自体は、咲夜の寿命話として面白かったので、この点数で。