Coolier - 新生・東方創想話

或る夜の日の些細な出来事。

2009/11/27 20:18:14
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「いらっしゃい。珍しいお客さんだね。」

 それは一寸先も見えないような夜でした。曇天のせいで、星も月も姿をみせてはくれません。
 けれどもそんな中、ミスティアの屋台だけは、ぼんやりと明かりを放っています。
 かすかな光ではあるけれど、この暗さの中では充分なほどです。

「こんばんは、夜雀。ちゃんと善行を積んでいますか?」

 今日初めての客は映姫でした。

「わざわざお説教をしにきたのかい?」

 ミスティアの言葉に、映姫は首を横に振りました。

「いいえ、今日は非番ですから。一人の客として、やってきました。」

 映姫の口調には、平生の突き刺すような鋭さが含まれていませんでした。

「じゃあどうぞ。そこに腰掛けて。」

 ミスティアがそう云ったので、映姫は木製の長椅子に腰掛けることにしました。長椅子は固くて冷たくて、正直心地の良いものではありませんでした。映姫は、少し自分のお尻をさすります。

「ご注文は?」
「えっと……」

 映姫は少し考えます。注文を訊かれても、メニュー表などはありません。映姫が知っているのは、八目鰻くらいでした。
 いろいろと考えた末に、
「おすすめをお願いします。」
 と云った。

 すると、今度はミスティアが考える番になりました。
 おすすめなどと云われたのは、初めてだったのです。
 うんうん唸り、悩みます。
 しばらくして、出た答えは、
「それじゃあやっぱり、八目鰻かな。」でした。
「では、とりあえずそれを二本いただきます。」

 こうして結局八目鰻になりました。

「ところでずいぶんと悩んでいたようだけど、八目鰻以外のメニューは何があるのですか?」
「……あ、八目鰻以外お酒しか無かった」

 ミスティアは少し頭が弱いです。
 映姫は呆れたような、おかしいものをみたような、よく分からない表情でした。

「それじゃあ、準備するからちょっと待ってておくれ」

 ミスティアが目の前で八目鰻を焼くのを、映姫はただただジッと見ています。
 ぱちぱちと胸の奥を刺激するような焼ける音が、食欲をそそります。
 びゅうびゅうと吹く冷たい風に、映姫は少し体が震えました。
 映姫は八目鰻ではなく、ミスティアの方に目を向けてみました。ミスティアの鼻は赤みがかかっていて、寒いのだろうということがよく分かります。ミスティアは慣れた手つきで、串を裏返しにしました。すると、少し焦げ目がかかった焼かれていた面が現れました。

「上手ですね。」
「これくらい出来なきゃ、屋台はやれないよ。もうちょっとで、出来上がるからね。」
 しばらくして、出来上がった串を小皿に乗せて渡しました。
 こんがり焼けた匂いに、甘いタレの匂いが混じっています。映姫は思わず唾を飲み込みました。

「では、いただきます。」
「どうぞ、召し上がれ。」

 まずは一口、かじります。熱いので息を吹き掛けながら、口に運びました。
 映姫は噛んだ瞬間、あまりの柔らかさに少し驚きました。そして口の中へと入ると、タレの甘さが口内を満たします。けれども、決してしつこい甘さではありませんでした。舌になじむような感じです。
 美味しいと素直に思える味でした。
 映姫はあっという間に二本とも平らげてしまいました。

「凄く美味しかったです。」
「いやぁ、そう言ってもらえるとやっぱり嬉しいね。ありがとう。」

 ミスティアは本当に嬉しそうに、でも少しだけ照れくさそうに笑いました。

「お酒はいるかい?」
「いえ、明日からは普通に仕事ですから控えておきます。」

 映姫はまた何本か串を頼みました。ミスティアはまた焼く作業に入ります。
 それを何度か繰り返した後、映姫は立ち上がりました。お尻はすっかり痛くなってしまっていました。また少しだけ、さすります。

「ふぅ、ご馳走さまでした。あぁ、久し振りにとても満足いく食事でした。気分が良いです。」
「えへへ、ありがとう。」
「お勘定よろしいですか?」
「あぁ、はいはい」

 映姫が食べた串の数を数えます。
 そして、料金を計算しました。

「えーと、千二百円だね。」
「はい、あ……小銭だけしかありません。百円を十二枚でも大丈夫ですか?」
「うん、構わないよ。」

 映姫は財布から小銭を一枚一枚丁寧に取り出しました。

「暗いですし、手を出して下さい。」
「ん、これで良いかな?」
「では……」

 一枚ずつ百円玉をミスティアの手のひらに乗せていきます。
 けれども九枚目を乗せた後、映姫の手が止まりました。

「そういえば、今何時くらいでしょうか?」
「え? ちょっと待ってね……えーと、多分十時くらいかな。」
「そうですか、十時ですね。ありがとうございます。ではお勘定の続きを、十一枚目……十二枚目。はい、どうぞ。」
「ほい、毎度~」

 ミスティアは可愛らしい笑顔で代金を受け取りました。
 映姫もとても良い笑顔をしています。

「それでは、また来ますね。」
「はいはい、いつでもどうぞー。」

 こうして二人は別れました。
 温かくて心地良くて、ちょっぴりずるい、そんな夜の出来事でした。

 
読了感謝です。
乃土阿未弥
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コメント



0.330簡易評価
5.50名前が無い程度の能力削除
千百円・・・
6.60ワレモノ中尉削除
『時そば』ですね。ただ、やりたいことは分かるのですが、映姫を客に持ってくるのは流石にまずかったのではないかなーと・・・。
8.40名前が無い程度の能力削除
映姫がこんなことをしてはいけないというかするはずがないですね流石に。
まだプロットからの肉付けが少ないかなって個人的には思いました。あと人(?)選。
9.70名前が無い程度の能力削除
これを見ていた黒白か何かが次の日

「1、2、3……9、あー、そういえば今何時くらいだ?」
「え?ちょっと待って……夜も更けたし、3時頃かな」
「そうか、3時か。4、5、6……;ω;」
とかってなったりならなかったり

しかし映姫様、そいつぁいけませんぜ
11.70名前が無い程度の能力削除
>>9の方もおっしゃってますが、同じようなネタで魔理沙がお金を払いすぎちゃう話が過去にあったんですよ。
創想話もだいぶ作品が増えましたので、これは仕方ありませんね。
全ての作品を把握しておくなんて厳しいですから。

書き方自体は悪くありませんでしたよ。
13.30名前が無い程度の能力削除
もう言われてますが『時そば』ですね。
やはり映姫は人選ミスです、仮にもヤマですし。
あとどうせならオチまで書いて欲しかったです。

次の噺に期待です♪
15.10名前が無い程度の能力削除
映姫という時点で違和感が ^^;
16.40名前が無い程度の能力削除
いくら非番だからって閻魔がそれはまずいでしょう
やや減点