Coolier - 新生・東方創想話

秋はやっぱり宴会でしょ2nd

2009/11/24 21:46:42
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「なぁ、霊夢」
「何よ」
「暇だな」
「あんたは、うち来て、最初にそれ以外に言う言葉ないんか」
「何を言ってるんだ、霊夢! 暇だからお前のところに来てるんじゃないか!
 お前のところに来てまで暇だなんて、私は聞いてないぞ! 謝罪と賠償を要求する!」
「あ、向こうにUFO」
「何、どこだ?」
「はぁっ!!」

 かくして、彼女、霧雨魔理沙はきりもみで吹っ飛び、地面に突き刺さった。

「つまりだな、霊夢。私が言いたいのは、だ」
「何で生きてるかな、つくづく」
「退屈なんだよ」
 したり顔で、指一本立てて述べてくれる彼女に、『あーはいはい』と霊夢は取り合わない。
 さて、とおもむろに縁側から立ち上がった彼女は、片手に箒を手に取った。季節は秋を巡り、そろそろモノトーンが目立ち始める頃合い。神社の境内も、それに伴って、色々と収めなくてはいけないものがあるのである。
「話くらい聞いてくれよー」
「あー! 服を掴むな! 子供か、あんたは!」
「咲夜が言ってたぞ。レミリアやらフランにこれやられるとどうしようもない、って」
 まぁ、そりゃそうだろうな、と思う。
 ともあれ。
「……で?」
 適当にあしらって、さっさと追い返そう。
 霊夢は腕組みをして、魔理沙を見る。彼女の関心が自分に向いたと判断したのか、やおら『ふっふっふ』と魔理沙は含み笑いをし始めた。
 思わず、「頭、大丈夫?」と訊ねそうになるのをぐっとこらえて、霊夢はしばし待つ。
 魔理沙は大仰な仕草と共に立ち上がり、先ほど、きれいにぞうきんがけしたばかりの縁側を土足で踏みにじり――あとで泣くまで夢想封印してやると、霊夢はこの時、心に誓った――、言った。
「宴会だ!」
「あんたは、二言目には、宴会だの何だのしか言わないのな。
 はいはい、わかったわかった。それじゃ、魔理沙、ちょっと裏からバケツに水入れて持ってきて。あと、それから、これを持ってあそこに……」
「待て待て待てちょっと待て。
 今回の『宴会』はただの『宴会』じゃないんだぜ」
『私は的ですはぁと』と書いた紙を差し出してくる霊夢に、慌てて魔理沙は弁解する。霊夢はジト目で彼女を見ながら、『それで?』と言葉の先を促した。もちろん、面白いことを言わなくては、次に飛んでくるのは言葉でも何でもなく、強烈な弾幕だろう。
 魔理沙は、しかし、それがわかっているのかいないのか、無意味に賽銭箱の上に乗り――霊夢はこの時、こいつを泣かした後、お財布の中身全てを強奪してやろうと神に誓った――、空を指さす。
「宴会とは! 皆が楽しめるものでなくてはいけない!」
「いっつも、私、忙しいだけなんだけど」
「だからこそ! 演出というものが必要だ!」
「それを考えるのも、私の役目なんだけど」
「そこで!
 誰もが見入る演出とは何か!? はい、霊夢!」
「魔理沙が黒こげになって空を飛べばいいんじゃない?」
「どうしてそうなるかな!?」
 すたっ、と地面に着地する魔理沙。そして、地団駄踏みながら、つまり、と叫ぶ。
「……視覚効果さ」
「前々から思ってたんだけど、あんた、そう言う言葉の意味、知ってて使ってる?」
「おう、知ってるぜ。派手さが一番、ってことだろ?」
「……いや、あながち間違っちゃいないけど」
「そこで、宴会の余興としてだな。ちょっとした芸を考えてみたんだ」
「芸?
 あんたが犬の鳴き真似でもするの?」
「やらないって」
 そんなのは特殊な趣味の奴以外には、見ていても面白くも何ともないだろ、とは霧雨嬢の発言。
 その『特殊な趣味』を持ってそうな輩が、意外にも霊夢の知り合いには多数いるのだが、それはさておこう。
「常々、考えていたんだが。
 霊夢、私たちの特徴は何だ?」
「巫女と魔法使い(犯罪者)」
「待て犯罪者って何だ」
「窃盗、住居侵入、強盗、あとは……」
「弾幕以外に何がある!?」
 抗議してくる魔理沙の頬には、汗が一筋、流れていた。
 霊夢が指折り挙げていく、彼女の『容疑』に身に覚えがありまくるのだろう。ここで、『そんなの知らないぜ』と言えるほど、魔理沙は剛胆でもないのだから。というか、言おうものならどんな目に遭わされるかわからないというのもあるのだろうが。
「弾幕が、どうして宴会につながるのよ。
 宴会の余興で、エキシビジョンマッチでもやるの?」
「それじゃ、当事者以外は、大して楽しくないだろ」
「……それもそうか」
「弾幕を花火にするんだよ」
 古来より、花火というものは人の心を楽しませるものだ、と彼女は言った。
 もちろん、霊夢もそれに異存はない。以前、人里で行っていた花火大会にお呼ばれして、実に有意義な時間を過ごしたからだ。それを自分たちでもやるというのは、なるほど、ある意味では心浮かれるものもある。それは否定は出来ない。
 しかし、だ。
「弾幕を花火に、ねぇ」
 手法として考えるのなら、出来ないことはない、という結論になる。
 夜空に向けて、お得意の技を打ち上げて、ぱーん、と弾けさせる。工夫の仕方では、実に美しい花火が夜空を彩ることだろう。
「悪くはないけどさぁ。それって、意外性がなくない?」
 別に、宴会の余興に意外性を求めなくてはいけない、というルールはないのだが。
 しかし、せっかくやるのだから、という意識が介在してくると、もうダメだった。何か一工夫したいと考えてしまうのは人間の性だ。
「弾幕品評会、なんてどうだ?
 一番、きれいな弾幕を打ち上げた奴が勝ちだ。勝った奴には――」
 と、魔理沙はおもむろに帽子の中をごそごそ。
 取り出されたのは――、
「……そっ、それは……!」
「へっへっへ。この前、ちょっとしたつてで手に入れたんだぜ」
 それは、後光を放っていた。あまりの美しさに、霊夢が思わず、その場にひれ伏すほどに。
 ――それは、お酒の一升瓶。だが、ただのお酒ではない。
 それは、人里でも有名な蔵本が、『一生のうちに、これほどの極上ものが出来るのは一度か二度だろう』と断言するほどの味を持つ。気候、材料、熟成環境、その他諸々の様々な条件が重なり、まさに奇跡という確率でしか作ることの出来ない、極上のひとしずく――。
 ちなみに、霊夢は、それが売り出されたという話を耳にして、文字通り、飛んでいったのだが、買うことは出来なかったのだ。その後、何とかしてこれを手に入れようとしているのだが、せっかく見つけた『おぉくしょん』というやつでは目の玉が飛び出るような額がついているため、手が出ずに口惜しい思いをしていたのである。
 だが、しかし。
 今、目の前に、それがある。しかも、すぐ手の届く場所に。
 ここで即座に魔理沙から強奪したかったが、それは理性が押しとどめた。ふふふ、と低い声で、彼女は笑う。
「……いいわね。その余興、乗ったわ」
「だろ? 言うと思ったぜ」
「で? 私は何をすればいいの?」
「当然だが、私と一緒に、あちこちの奴らに声をかけてくれ。
 場所はすでに用意してある。そこに、当日、声をかけた奴らを連れてきてくれればいい」
「わかったわ! 任せなさい!」
「ふっふっふ。宴会王と呼ばれる、この魔理沙さんの余興の楽しさを、とくと味わわせてやるぜ!」
 ぶっちゃけ、そんなのはどうでもいいのだが。
 しかし、今の霊夢にとっては、目の前のお酒の、あまりの魅力に、色々な意味で目を曇らせて無条件の返事をするしか出来ないのであった。

 さて。
 魔理沙が指定した日時、場所はというと。
「……紅魔館じゃない」
「広い場所を都合しようとしたらこうなった、と言われたわ」
 霊夢の横に立つ瀟洒なメイドが『それに、お嬢様が目をきらきらさせていてね……』とため息をつく。
 霊夢のように、酒に目がくらんだというわけではなく、純粋に、魔理沙の出してきた『ネタ』に食いついたのだろう。そして、あれこれと、メイド――咲夜たちに無茶なことを言っているお嬢様の姿が想像できてしまって、霊夢は無言で咲夜の肩を叩いた。
「紅魔館からは誰が出場するの?」
「お嬢様と私よ。
 フランドール様も『出る』って言っていたんだけど、お嬢様が『あなたにはお酒はまだ早いわ』って」
 それに、彼女のことだ、『余興』で大はしゃぎするのは目に見えている、と咲夜。
 なるほど、と霊夢も思わず納得した。
「咲夜さま、そろそろ用意が調います」
「わかったわ。
 それじゃ、霊夢。悪いのだけど」
 メイド達が総動員された会場は、霊夢達の知り合いで埋め尽くされている。その数は、数えるのもめんどくさいほどだった。
 その中から、魔理沙の考えた『余興』への出場者が、続々と受け付け担当のメイドの前に並んでいる。ライバルは数多そうだったが、しかし、今の霊夢にとっては敵ではないメンツだ。
 彼女、博麗霊夢の真の実力は、物欲(主に口に入るものと金銭)が絡んだ時、ルナティックモードを越えるのである。
「おーい、霊夢ー」
「……っと、何かしら。魔理沙」
「今回の審査員を連れてきたぜ」
 と、彼女が親指で示すのは、なるほど、こういうことには適任と思われる閻魔さま――映姫と、
「何で霖之助さんが?」
「いや、僕もよくわからないんだが……」
「暇そうにしてたから連れてきたんだ」
「……私は忙しかったのですが……」
「何言ってんだよ、映姫。
 お前がいなくちゃ、今回の宴会は始まらないんだぜ?」
「……今日も徹夜で残業ね……」
 どうやら、公務中に引っ張り出されたらしい。よっぽど、色々な意味で頭が痛いのか、ついたため息は地獄の底よりも重たいものだった。
 ちなみに、彼女にそう言う苦労をさせる輩は、すでに宴会場の一角で杯を傾けていたりする。映姫も、それに気づいたのか、ぎろり、という擬音つきでそちらを一瞥したりもするのだが。
「審査員席はあっちだぜ」
 魔理沙に連れて行かれてしまったせいで、とりあえず、主犯格の寿命は延びたようである。
「けど、弾幕花火ねぇ」
 空を見上げる。
 あいにくの薄曇りの天気だったが、今回の『花火大会』にはさしたる影響はないだろう。むしろ、空が違う意味でのアクセントになってくれるかもしれない。
「……成功すんのかしら」
 ここにいたって、若干、冷静さを取り戻したのだが、物事には『タイムアップ』という言葉が似合う状況があるのである。

『……えー、ごほん。
 それでは、これより、霧雨魔理沙嬢主宰の弾幕品評会を開催したいと思います』
 どこから調達してきたのか、マイクを持たされた霖之助の宣言を受けて、宴会の余興がスタートする。しかし、その盛り上がり方は今ひとつだ。
 紅魔館の美味しい食事に参加者の心が奪われている証拠である。人間も妖怪も、やはり、花より団子である。よく見れば、参加の登録をした連中でさえそれなのだから、美味しいご飯の魔力は壮絶だ。
『それでは、早速、競技の内容を説明します。
 参加者の皆様には、それぞれ、ご自慢の弾幕を、夜空に向かって披露して頂きます。それを、審査員長の四季映姫さんと、僕が採点し、得点を付けさせて頂きます』
「霖之助さん、淡々としてるわね」
「あの人らしいけど」
「あれ? アリス、いたの?」
「……いたわよ、最初から。余興には参加しないけど」
 人形を使うのは禁止、と言われたらしい。人形を操って弾幕を展開する人形操師が人形の使用を却下されたら、なるほど、立つ瀬がないと言うべきか。
「幽香が張り切っていたんだけど。彼女、どこに行ったか知らない?」
「さあ? 見てないわね」
「ふぅん……。そう」
 ちょっと残念ね、とつぶやいたアリスは、手元のワイングラスを傾けた。
 ちなみに、このワインも、相当『お高い』代物である。
『そして、最終的に、得点が一番高かった方が優勝です。優勝者には、こちらのお酒がプレゼントされることになっています』
「あ、萃香いた」
 お酒、の一言に反応して、文字通り、飛び上がった鬼の姿に霊夢は苦笑する。
『それでは、早速、競技に入りましょう』
『えーっと……エントリーナンバー一番は、今回の主催者でもある霧雨魔理沙さんですね』
 映姫も、さっさと終わらせようと考えているのかどうかはわからないが、妙に協力的な様子だった。彼女が手にした用紙に書かれた名前が読み上げられると、人の群れの中から空に向かって舞い上がる影が一つ。
「ふっふっふ……。あの酒は、本当の極上物だからな。
 悪いが、誰にも渡せないぜ」
 空に舞い上がった魔理沙は小さくつぶやいた。
 ――何か催しをする上で必要なのは、参加者の意識を集めること。それは、『参加したい!』という欲求を高めることに尽きる。
 ならば、どうしたら、その、人の内面が持つ欲求を高めることが出来るか。それは、参加することで得られる『報酬』を用意すること。しかも、とびっきりのやつをだ。
 美味しいえさに魚は食いつくが、まずいえさには食いつかない。だからこそ、とびっきりのえさをぶら下げておくのが定石。
「悪いな、お前達。賞品は、改めて私のものだぜ!」
 そして、その極上のえさは誰にも渡さない。自分で手に入れてこその華。
 それが、彼女、霧雨魔理沙の信条だった。
『それでは、競技を開始します』
 霖之助の宣言。同時に、魔理沙は懐から、一枚のカードを取り出す。
 それは、普段、彼女が使う虹色怪光線ではなかった。それは、夜空を彩る上で、最もふさわしい名前を冠したもの――、
「とびっきりのお星様だ!
 私のミルキーウェイ、とくとごらんあれ!」
 彼女を中心に、いくつもの、鮮やかな『星』が広がっていく。それは規則的に、時に不規則に夜空を舞い、真っ暗なスクリーンに美しい光跡を残していく。
「……よくよく考えてみると、弾幕の派手さ、って面では、あいつに一日の長があるのよね」
 おおー! という歓声があちこちで上がる。
 そして、事実、霊夢も思わず『おおっ』とつぶやいてしまっていた。
 夜空を彩る『天の川』は、確かに美しかった。ただ派手なだけではない、計算され尽くした美しさだ。きっと、どういう風に弾幕を操れば、見る人の心にそれを印象づけられるか、彼女は研究したのだろう。
 魔理沙の実力と共に熱意と努力の伺える天の川は、多くの観客を魅了し、夜空を彩った。それは文字通りの『事実』だ。
「……なるほど。なかなかやりますね」
「ええ」
「私としては、いきなり満点をつけてもいい気分です」
 審査員長である映姫にも、かなりの受けの良さである。彼女は早速、手元の得点カードに、マジックで点数を書き込んでいく。
 一方――、
「どうだー!」
 彼女の演出が終わり、会場が沸いた。
 あちこちで上がる拍手の音に出迎えられながら、魔理沙は地面に降り立ち、ふん、と胸を張る。その先にいるのは審査員達だ。
「いや、素晴らしいですね。
 これはお世辞でも何でもなく、素直にそう思いました。こんな余興を考えるだけあって、素晴らしい一番手でしたよ」
「そうだろそうだろー。わっはっは」
「確かに、大したものだったわよね」
「……そうね。
 けどね、アリス。私はあいつに負けない――それだけは、心から言える言葉よ」
「賞品じゃなくて私の方を見ながら言いなさいよ……」
 映姫からも絶賛され、気をよくした魔理沙は『もっと褒めろ』と言わんばかりにふんぞり返る。
 そこに、響いた。
「……魔理沙。確かに、君の弾幕は美しい。
 あれほど見事な星の共演というものを、恐らく、僕を初め、この場にいるほとんどのものは見たことがないのだろう」
「だろう? 魔理沙さんの実力のたまものなのさ」
「だがね、魔理沙。
 君は言ったね? 『私のミルキーウェイ』と」
「ん? そうだけど」
「……残念だが、弾幕としての美しさは、確かに評価しよう。
 だが、魔理沙。君の弾幕には決定的に足りないものがある。その点は減点させてもらうよ」
「な、何だって!?」
「……それは?」
 隣に座る映姫が眉をひそめた。魔理沙など、今にも霖之助にくってかかりそうな勢いだ。
 霖之助は、無意味に――誰がどう見ても演出にしか見えないのだ――メガネのフレームを押し上げる。
「ミルキーウェイというのは、天の川の別名だ。そして、天の川がその名を名付けられたことには、確かな由来がある。
 小さな子供がいる場でこのような言葉を口にするのはあれだが、その名を天の川が授かったのは、すなわち、『母乳が流れている』様子によく似ていることに由来する」
「……つまり、何だよ?」
「すなわち、魔理沙。君の弾幕には再現性が足りてない!」
 ずぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! という効果音が、どこかから響いた。
「鮮やかかつ美しいことは美点!
 だがっ! 仮にも『ミルキーウェイ』の名を冠する弾幕に、全く足りない! 足りないぞっ!」
「ち、ちょっと待て! 私の弾幕に、一体何が……!」
「君の弾幕に足りないものは、数多ある……。
 だが、それよりも! 何よりもっ!」
 だんっ、と用意されたテーブルに足を上げて、魔理沙を指さし、
「白さが足りないっ!!」
 周囲が、しん、と静まりかえった。
 魔理沙の描いた幻想から、一気に、意識が現実に引き戻されたのだろう。誰もが無言で、霖之助の言葉を聞いていた。
「し……白さ……」
「……そう。清廉なる白は、時として何よりも人の心に残るもの。
 君には、まだ、それを意識することは出来なかったようだね」
「……何……だと……」
「いいですね? 審査員長」
「……わかりました」
 霧雨魔理沙、38点。それが、審査員達から、無情に告げられた得点だった。ちなみに、50点満点の採点である。
 魔理沙は肩を落として退場する。しかし、その背中に漂うのは敗者の気配ではなかった。恐らく、彼女は奮起し、今よりも、もっと美しい『天の川』を、いつか、見せてくれることだろう。
「……っていうか、霖之助さん、キャラ違わない?」
「あなた、空気を読んで発言しなさいよ」
 霊夢の頭に、アリスの操る人形が、ハリセンでぺしんとツッコミを入れた。

 その後も、霖之助のジャッジは続いた。
 あるものは『弾幕の基本がなってない!』とばっさり切り捨て、またあるものには『弾幕のなんたるかもわからないのか、このバカ弟子がぁぁぁぁっ!』と一蹴し、またあるものには『この弾幕を放ったのは誰だ!?』とよくわからない問いかけをする。
 彼の容赦ないジャッジに、落ち込むもの、魔理沙と同じく奮起するもの、はたまた逆上するものなど様々な様相を呈する中、
「……なかなか手強い相手になりそうね」
「お嬢様、ご武運を」
 会場の提供者でもある、レミリア・スカーレットの番が回ってくる。
 これまでの彼のジャッジに、レミリアも、どうやら彼を『強敵』と認識したようである。その面持ちは、かつて、紅魔館の空で霊夢達と対峙した時よりも険しく、厳しいものだった。
「……この、夜の王、ヴァンパイアであるレミリアに敗北はあり得ない。大丈夫よ、咲夜」
「はい」
 しかし、彼女は一歩も引くことはなかった。むしろ、そんな強敵に出会えたことで、魂が打ち震えていた。
 目の前の相手を完膚無きまでに屈服させてみせる。
 その自信と共に、彼女は空へと舞い上がる。
「とくと見なさい。このレミリアの力を!」
 かっ、と目を見開き、次の瞬間、空に巨大な十字架が立った。
 紅く輝くそれは、夜の暗さを飲み込み、黒と共に周囲を紅に染める。レミリアの代名詞の一つ、『不夜城レッド』の力は絶大だった。
「……さすがね、レミリア」
「魔理沙のとは、また違った圧迫感があるわよね」
「ええ……。
 夜の暗さに対抗出来るのは星の白だけ……。霖之助さんの言葉にも、それは一部、表現されていたわ。
 けど……それだけじゃない。その夜の闇にも、レミリアの紅は対抗できるのよ。あの巨大な十字架は、さしずめ、夜の終わりを告げる墓標……夜を飲み込み、夜と共に輝くんだわ」
「……いや、そこまでシリアスにならなくても」
 別段、競技に参加してないため、割としらふなアリスの頬に汗が一筋。
「ふん。どうかしら」
 自分の力に絶大な自信を持つレミリアが、地上を見下ろす。
 あらゆるものが有象無象。あらゆるものが造作もないもの。それが、彼女の自信となる。
 己を見上げるもの全てに対し、上から見下ろすことで、自分の存在を、力を誇示する。何者をも統べる『上に立つもの』の、威風堂々たる姿が、そこにはあった。
 ――レミリアが地面に舞い降りる。拍手はなかった。
 誰もが圧倒されたことの証明。彼女の、自信に満ちた眼差しは、そのまま審査員達へと向かう。
 映姫は事務的に、手元のカードに得点を書き込んでいた。そして、
「あなたはどうかしら?」
「……あなたの、荒々しいまでの『王者』の姿。確かに見せて頂いた」
「そうでしょう?
 なら、優勝はわたしで決定かしら。この後の有象無象を評価する必要なんてなくてよ。さっさと宣言なさいな」
「だが、そうもいかない」
「!?」
 レミリアが動揺した。
 思わず、足を引いてしまったことに気づいたのだろう。歯がみして、体を前のめりにさせる。
「どういうこと!? このわたしを愚弄するというの!?
 事と次第によってはただではすまさなくてよ!」
「残念だが、レミリアさん。君の弾幕にも、魔理沙と同じ事が言えるだろう」
「なっ……! 何ですって!?」
「名は体をなす、という。君の弾幕――『不夜城レッド』。
 確かに……紅かった」
「まぁ、紅かったわよね」
「紅かったな」
「紅いですね」
「紅い」
「紅さはどうでもいいっ!」
 あちこちで上がる声に、霖之助が一括する。
 彼は席から立ち上がると、レミリアを見る。身長の違い、そして、審査員席と地面との高さとの違いから、彼とレミリアの立場は逆転していた。
「だがっ!
 本来、不夜城とは、夜の闇に飲まれず、永遠に輝いているもの! しかし、それがどうだ!
 確かに、夜の闇を圧してはいた! だが、その輝きはっ! 夜と同化していたのだっ!」
「……そっ……それは……!」
「不夜城と謳っておきながら、夜を飲み込み、一緒になってしまっているっ! それでは、真に『不夜城レッド』などとは言えない!
 そうではないかっ!?」
「……!」
「……お嬢様……」
 レミリアは肩を落とし、握った拳を震わせる。うつむいた顔を上げることは、決してなかった。
 そっと寄り添う従者に肩を抱かれ、彼女は退場する。告げられた得点は『41点』だった。決して悪い点数ではない。しかし――
「……敗北ね」
 ぽつりと、彼女はつぶやいてしまう。
 己に下された、その評価に抗う術がなかった。その時点で、彼女は、自ら負けを認めたのだ。
「……まさか、レミリアまで……」
「というか、霖之助さん、敵を増やしているような……」
「……甘いわね、アリス。あの人は、正しい評価を下しているに過ぎない。これで彼を恨むと言うことは、己を己自身がおとしめているに過ぎないわ」
「……いや、そうかなぁ」
「さすがは弾幕批評の達人……」
「勝手な異名をつけたりしない方がいいと思うんだけど……」
 ふと、アリスは思った。
 自分も、こんな風にしらふでいないで、回りの空気に飲まれる形でバカになった方がいいのかなぁ、と。
 すでに霊夢もバカになっているのに、自分一人だけ、色んな意味で冷静なのは損なのかもしれない。そう思いながら、バカになれない自分にため息をついて、彼女はワイングラスをさらに傾ける。
「アリス、あなた、飲み過ぎよ」
 つい先ほど、霖之助に『ただ無秩序に咲き乱れるばかりが花の美しさではない!』と一刀両断に切り捨てられた幽香がアリスの肩を叩く。
「……飲まないとやってられなくて」
「そんなことはないわよ。あなたも、今からでもいいから飛び入り参加してみたら?
 きっと、あなたにとって、色んな意味で力になることがあるはずよ」
「……ないでしょ普通……」
 一応、ある程度はまともなはずの幽香ですらこれだ。恐らく、この場で、しらふなのはアリスだけなのだろう。
 私って、空気読めてないのかなぁ。
 はぁ、とアリスはため息をつく。
「……さて、行ってくるわ。アリス。
 私は、勝つ!」
「霊夢、頑張ってね。あの男は……強いわよ」
「大丈夫よ、幽香。私は負けないわ」
「……もう好きにしてよ」
 一人、空気について行けないアリスを残して、霊夢は霖之助の前へと歩み出た。彼女を一瞥すると、霖之助は言う。「期待しているよ」と。
「……私のスペルカードは、博麗の血を引くものの力を示すもの」
 負けるわけにはいかない。
 当初の目的である『最高得点を取ってお酒げっと♪』計画は忘れていないだろうが、どうやら、場の雰囲気に、彼女も完全に飲まれているようであった。言うまでもないかもしれないが。
 霊夢は空へと舞い上がり、片手に一枚のスペルカードを取り出す。彼女が展開する弾幕は、彼女の代名詞ともなっているもの。
「さあ、見なさい! 博麗の弾幕、夢想封印をっ!」
 いくつもの光が空で弾ける。
 それは時に美しく、時に激しく、そして、時にしとやかに。
 散って、弾けて、そしてまた散る。
 無数の光の乱舞、そして、あまりにも幻想的な賛歌に、皆の視線が釘付けとなる。魔理沙やレミリア達のような存在感はどこにもない。しかし、人の目を引きつけてやまないものが、確かにそこにあった。
 幻想郷の空に、光が散っていたのは、わずかな時間。
 しかし、それは一瞬という名の永遠だった。
 大地へと舞い降りる霊夢を最初に出迎えるのは、魔理沙。彼女は霊夢の肩を軽く叩くだけだ。
「霊夢。実に素晴らしい弾幕だよ」
「ありがとう」
「弾幕は、その名前が、その存在を表す。そして、名前――つまり、言葉は力となる。君の弾幕は、それにふさわしいものだった。
 ……しかし、だ」
「ええ」
「君は、自分自身が、その弾幕を選んだ理由を、まだ見つけていない」
「……」
「姿形のみを具現化させただけの弾幕では、真に人々の心に訴えることはないんだよ」
「……何が?」
「アリス。静かに」
「……何で私、怒られるの……?」
 霖之助の、諭すような言葉に、霊夢は自嘲気味に笑った。小さく肩をすくめ、その場を去る彼女に、得点が与えられる。
『44点』。
 それは、現時点における、最高得点。だが、たぶんに、霖之助の『情』がこもったものだったのだろう。
「……私も、まだまだね……」
「……いやだから何が……?」
「霊夢、さすがね」
「ああ。相変わらずだぜ」
「……よして。照れちゃうから」
「あの……みんな、私も仲間に入れて欲しいな……なんて……」
 一人、どうしてもその場に入っていけないアリスを無視する形で、霊夢達の美しい語り合いは続いた。
 アリスはぽつりと、つぶやく。
「……私、何か悪いことした?」
 もちろん、していない。

 宴は進み、最後の挑戦者の時間となる。
 最後に残ったのは、紅魔館の従者、十六夜咲夜だった。
「咲夜、頑張りなさい」
「あの男……ただ者ではないわ。けれど、あの目……弾幕を見極める瞳は本物」
「行って参ります、お嬢様、パチュリー様」
 咲夜は、静かだった。
 その背中に、普段の彼女の姿を映さずに、前に歩み進む彼女へと、自然、視線が集まる。
「これで最後ですね。今のところ、最高得点は霊夢さんです」
「見せてもらおう、十六夜咲夜さん。君の弾幕を」
「とくとごらん下さい」
 優雅に一礼した彼女は、空へと舞い上がる。
「……パチェ、どう見る?」
「彼女の弾幕には、全く派手さはない。精密かつ緻密ではあるけれど」
「この夜の中では、とてもではないけど、咲夜では……」
「……信じましょう、レミィ」
「……ええ」
 まるで、二度と戻れぬ戦いに旅立つ友人を見送るような二人の言葉は、果たして咲夜に届いただろうか?
 空に浮かび上がった彼女は、ぴたりと静止する。
 開いた瞳の向こう――吹く風が、静かに雲を払いのけていく。先ほどまで、厚いヴェールに覆われていた空に星が浮かび上がる。その中でも、ひときわ光り輝く月が、彼女を照らし出す。
「弾幕とは、その名前によって姿を現すもの」
 手にしたナイフが、次々に夜空へと放たれる。それらは、月光と星の光を受け、きらきらときらめいた。
「そして、その弾幕を選ぶ理由に、己の理由を選ぶもの」
 ――それならば。
「私に選べる弾幕は、これしかない」
 時を刻む時計が、静かにその動きを止める。
 きんと張りつめた空気の中、それは輝きを増して――、
「プライベートスクウェアしか」
 静止する時間の中、彼女の手を離れたナイフが動いていく。それらが光の照り返しを受けて形をなし、姿を浮かび上がらせる。
 それは――、
「あ、さくやだー」
 もぐもぐと、甘いケーキを頬張っていたフランドールが空を見上げて声を上げた。
 光の反射が影を結び、そこに、咲夜自身の姿を浮かび上がらせていた。
 それは、美しくも儚い虚像の姿。しかし、それこそまさに――、
「……わー、すごーい。さくやと……」
 浮かび上がる光が、次々に像を描き出し、音もなく形を紡いでいく。
 美しく、優しく、切なく、甘やかに。
 見上げるもの達の唇から小さな吐息が漏れ、まるで熱病に浮かされたかのような視線が空へと集まっていく。
 そして――、
「……あれー?」
 すっ、とフランドールの視界から光が消えた。
「お姉さまー、何か真っ暗になっちゃったよー?」
「……フラン、あなたにはまだ早いわ」
「えー? なになにー?」
 止まった時が動き出し、光が重なった、その時。
 周囲から一斉に上がる小さな歓声が、咲夜の弾幕の形を表していた。
「……そう。これは、まさに、私の時間」
 咲夜が地面へと舞い降りる。審査員席に向かう彼女の視線。
 映姫は、顔が真っ赤だった。ごほんごほんと、空咳を繰り返しまくっていた。
 そんな彼女の姿に、思うものがあったのだろう。咲夜も、顔を赤くしながら、審査員達を見つめている。
 霖之助は、ふっ、と彼女から視線を外して立ち上がる。
「弾幕は、その名前が体を表している。そして、その名前が言葉を表している。
 君の弾幕は、確かにその通りだった。
 だが、はっきり言ってしまえば、あまりにも余裕が感じられなさすぎる。はっきり言うなら、君らしくない弾幕だと言えるだろう。評価にも値しない。
 自分に出来ることを全てやったつもりなのだろうが、あれではまだまだだ。本来の君なら、もっと君らしい弾幕を僕たちに見せてくれただろう。
 ……そう。この弾幕は、最低だ」
 咲夜は視線を伏せ、肩から、静かに力を抜いた。
 そうだろうな。
 胸の内に秘める想い、そして何より、人には決して見せるべきではない『自分の時間』を見せてしまったのだから。
 あんな弾幕では、誰にも、何も伝えられない――それがわかっていたはずなのに。
 それなのに、あれを選んでしまって。自分は――、
「……しかし、だ」
 続く言葉に、彼女の顔が上がる。文字通り、弾かれたように。
「最低だが、素晴らしい!」
 その言葉に。
 数秒……いや、それ以上の時間をおいて、会場から声が上がった。
 その熱気はまるで幻想郷全てを包み込んでしまうかのように広がり、中心にいる人物を祝福する。
「咲夜、よくやったわ」
「ええ。本当に。
 紅魔館の住人としてふさわしい……いいえ、それ以上の素晴らしさだった」
「ねぇ、おねーさまー、ぱちゅりー、どんな弾幕だったのー? ねーねー」
「さ、フランドール様。こちらにプリンがありますよ」
「ジュースもありますよ。さあさあ」
 皆に囲まれ、その中でも、ただ一人へと視線をやって。
 普段の彼女らしくない笑顔を浮かべて、瞳に涙を浮かばせて。そして、彼女は――、
「……いいのですか? 最後のジャッジは……」
「いいんですよ……。たとえ最低でも素晴らしい……それで」
「そうですね、その通りです」
 この点数は無粋ですね。
 優しい眼差しを彼女たちへと向ける映姫に同調して、霖之助も、小さく、ただ静かにうなずいた。
 優勝は誰のものか。大切なことなのだが、今は、それも無粋。今はただ見守り、そして、祝福しよう。
 とても素晴らしい、『自分の時間』を過ごしてきた、一人の少女を。



「……帰ろう、上海、蓬莱。ついてけない……」
 そして一人、アリスは、色んな意味でその場の雰囲気について行けなくなって、誰にも悟られずに戦線離脱するのだった。


 ――さて。
「お嬢様っ!」
「あら、何かしら。咲夜」
「何なんですか、これは!?」
「知らないわよ。あなたが悪いのでしょう? あんなことするから」
「だっ、だだだだって……」
「別にいいじゃない、咲夜。みんな、善意であなたを祝福しているのよ。胸を張れば」
「パチュリー様! ひ、他人事だからって……!」
「ほら、咲夜。また新しい来客よ」
「おーい、咲夜ー! いるかー!?」
「魔理沙と一緒にお赤飯炊いてきたんだけどー!」
「あぁぁぁぁぁぁぁっ! また勘違いしてるぅぅぅぅぅっ!」
「咲夜。スカートの裾が乱れているわよ」
「瀟洒じゃないわね」
「わかってますっ!」
 それからしばらくの間、紅魔館には、数々の客が訪れることになる。いずれも、『咲夜さんおめでとう』のプレゼントを持っての来訪だ。
 ちなみに、一番最初にやってきた知識人は、『白無垢でよければ用意しよう』と言って去っていったりしている。
 今現在も、ノンストップで贈られる『贈り物』は咲夜の部屋にたまり続け、部屋の主を追い出すほどだ。そして、それは今日も続くのだろう。
「だからっ! 勘違いしないでちょうだいっ!
 あれは、あくまで競技に勝つためなのよっ!」
「はいはい、わかったわかった。
 それじゃ、これ。お赤飯と、あと、紅白まんじゅう」
「私のはこれだ。最高級ロゼワイン。ワインの銘柄が『Lovers』って言うんだぜ」
「あなた達っ!」
「さ、それじゃ、帰りましょ。魔理沙」
「そうだな。邪魔しちゃ悪いしな」
「待ちなさいよっ! ち、ちょっと! こんなのもらっても、私、どうしたらいいのよこらぁぁぁぁぁっ!」


 ――完――
主役は咲夜さん。裏の主役はアリス。異常(誤字にあらず)。

というわけで、もう一個、投下してみました。
秋は恋の秋でもありますよね。
何か最近、コメディが多かったような気がするので、次に投下する時にはシリアスな恋愛ものなんかもいいかもしれません。
ヘテロ愛? よく聞こえないが、5分後に全シリーズのルナティックに再出撃だ。神主に目にもの見せてやれ。

間に合えば、クリスマスの投下祭りに乗りたいなぁ、と思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
haruka
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コメント



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18.90名前が無い程度の能力削除
趣向として面白かったです
弾幕を花火にみたてるのは王道ですが
こーりんのキャラが立ってて良かったと思います
酒の行方がやたら気になりますが

あと咲夜さんの弾幕に刺されたいです。ていうか全力で私を刺s
ピチューン
21.100名前が無い程度の能力削除
アリスw
これはいい宴会、是非見てみたいですね(ニコッ
35.100名前が無い程度の能力削除
グッド
39.80名前が無い程度の能力削除
グリウサを予言していたのか···