――秋は終わった。
静葉は軒先につるしてあった干し柿を取り込みながら秋の童謡を口ずむ。
吹き回すような風で庭の木々が激しく揺れる。木枯らしといったところか。
秋は終わった。今年の秋は終わった。
枯葉が家の回りを舞っている。役目を終えた秋の残滓。
それは地に積もり、やがて土へと還り、草木の養分となる。
今年もご苦労様。
彼女は舞い散る枯葉達にそうつぶやいた。
彼らは来年の秋に再び幻想郷を彩ってくれるだろう。
干し柿を持って家に中へ入ると穣子が部屋の隅っこで体育座りしてうつむいている。
その艶やかなブロンドの髪は、衝動的にかきむしったのか、ぼさぼさの状態になっていた。
近頃なんとなく気分が沈む。何もかもがつまらない。なんとなく体が重い。思考がマイナス方向になる。このまま消えてしまいたい。よくため息が出る。イライラする。ムシャクシャする。すべて冬のせいだ。すべて秋が終わったせいだ。
冬なんて死んでしまえ。冬なんて消えてしまえ。冬なんて無くなってしまえ。冬なんて滅んでしまえ。冬なんて潰えてしまえ。
穣子は、抑揚のない声で念仏のようにつぶやきつづける。おそらく冬が終わるまで。
静葉は、さっき取り込んだ干し柿を食べている。
ゆっくりとかみしめる。秋の味。今年最後の秋の味。おわかれの味だ。
家の中にも木枯らしが吹き込む。体を突き刺すような冬の息吹は姉妹の体をじわじわと蝕んでいく。
干し柿を三口ほど食べたところで静葉は仰向けに寝る。
食べる気力も、さほど湧かない。天井が嘲笑っている。そんな気がした。
あははははははははははははははははは。
不意に穣子が笑い出す。抑揚のない声で。
沈黙を嫌うように。乾いた笑い声が家にこだまする。
やがてそれは涙声になり、嗚咽となり、やがて沈黙する。
静葉は仰向けのまま、ゆっくりと目を閉じる。
瞼の裏に蘇るのは秋の風景。ああ、何もかもが懐かしい。
まだ序の口に過ぎない
現実逃避の日々はこれから延々と繰り返される。
その夜、奥の部屋で、静葉と一緒の布団に包まっていた穣子が耳元でつぶやいた。
「……お姉ちゃん、私死にたい」
「死ねばいいじゃない」
「動きたくないから、私が寝てる間に首絞めてくれないかな……」
「いいわよ。でもきっと死ねないわよ?」
――うん、知ってる。
「……でもね、お姉ちゃん 私は今すぐ死にたい。ううん、違う、死にたいんじゃない。いなくなってしまいたいの。どうしたらいいかわからないの。こんなとき、ナイフか何かで自分の手首を思いっきり斬っ裂いたりすれば案外すっきりするのかもしれない。だけど、神を切り裂くようなナイフなんて持ってない。ねえ、どうすればいいのかな……お姉ちゃん」
穣子は、うつろな眼差しで、姉のか細い首に、そっと手をかける。
静葉はそんな妹をの頭を優しく愛でるようになでると目を閉じて、ささやくようにつぶやいた。
「……穣子の好きにしなさい」
穣子は、ゆっくりと指に力を込めた。いくら死なないとは言え、神様だって痛覚はある。首を絞められれば苦しい。
静葉は穣子のされるがままになっている。しかし、穣子の指には、姉の喉が抵抗するように動く感触がはっきり感じ取れた。
苦しいのだ。例え表に出さなくとも、体は必死に抗おうとしているのだ。
そう思うたびに穣子が首を絞める力は強くなっていく。静葉は、脂汗をかきながら、しばらくの間腕を痙攣せていたが、やがて全身の力が抜けたかのようにぐったりと落ち、そのまま微動だにしなくなった。その顔はすっかり白く青ざめ、唇は紫色に染まり切り、口はしからは、泡を吹いた跡が見て取れた。所謂、普通の生物で言うところの、死んだ状態に静葉は陥った。
その様子を穣子は、興奮したように息を弾ませながら見つめている。
――また、やってしまった。
興奮が醒めた頃、彼女は心の中でつぶやいた。
初めてじゃない。これまで何度も、穣子は姉の首を絞めている。
穣子は冷たくなっていく姉の頬を指で擽るようになぞった。
どうせあと少しでも経てば、また気を取り戻し、いつもどおりの笑みを自分に向けてくれるのは違いない。
思わず妙な笑みがこぼれる。しかし、それとともに涙もこぼれる。なんだかよく分からない。
始めのうちは、こうすることで心の中が晴れた気がした。いや、実際すっきりとした気分になれた。しかし、回数を重ねるのに比例してその感覚は薄れていった。そしてある日をきっかけに、それは自分に対する嫌悪感に変わってしまった。
一度だけ姉に頼んで、同じように首を絞めてもらった事があったのだ。その時は、苦しくて苦しくて、もがいて、思わず姉を押し飛ばしてしまった。穣子は、えずき、咳き込みながら思った。こんなに苦しいのにどうして姉さんは抵抗の一つもしないのか?
「穣子のためよ」
それが姉の答えだった。その言葉を聞いたとき穣子は大声で泣き叫んでしまった。何故かは分からない。
その後も嫌悪感に襲われながら、穣子は、しばしば姉の首を絞め続けた。首を絞めるという一種の快楽を体が覚えてしまったのだ。それは殺意ではなく、子供が無邪気に生き物を殺めるのと似た感覚。
神はある意味、人間以上に欲に素直で快楽におぼれやすい。故に、それ以外にも穣子は姉と直接肌を重ねたり、姉と唇を気が済むまで貪りあったりと、行く当てのない衝動をこれでもかというほどぶつけてきた。
穣子は自分の中でも、流石にこれはおかしい行為だと認識していた。それはきっと姉も同じのはず。しかしそれでも姉は抵抗しようとすらしなかった。
「……ああ、死ぬかと思ったわ」
穣子が声に気づき我に返ると、静葉が何事もなかったかのように口元を指でぬぐいながらこちらを向いていた。
「あら、どうして泣いてるの? 私が死んだとでも思ったのかしら?」
静葉は穣子に向かって微笑んだ。いつもの笑みである。
「ねえ穣子。もし、私が死んだらどうする……?」
穣子は、咽び泣きながら静葉に抱きつく。それが彼女の答えだった。
穣子を抱きしめられた静葉は思う。
普段どんなにいがみ合っていたとしても、誰よりもお互いを良く知り尽くしていて、誰よりも頼りになり、そして誰よりも愛しい。姉妹というのは実に不思議な関係だと。
「……ねえ、私死にたいな」
穣子の声は、先ほどより幾分穏やかだった。大分落ち着きを取り戻したのだろう。
「……神様も殺すような毒薬とかないかな……」
「そうね。竹林の医者なら知ってるかも」
「じゃあ、来年の秋になったらそこへ行って来ようかな」
「そう、いってらっしゃい」
「姉さんも行こうよ……ね?」
そう言って穣子は静葉に向かって微笑む。
「……そうね。一緒に行きましょうか」
思わず二つ返事で賛同してしまう。
まぁどうせ、秋になる頃は、お互いにそんなこと忘れているに違いないのだが。
それはそうと穣子の笑顔を見ると、こちらも自然と笑顔になれる。
自分も存外に助けられてるところがあるのだ。
だからこそ、自分は冬になり暗く、情緒が不安定になりがちな妹を守ってやらねばいけない。
たとえ首を絞められようと、衝動をぶつけられようと、それで彼女の気を少しでも和らげる事が出来るなら、自分はそれで構わないのだと。
外は吹雪が吹き荒れている。きっと夜が明けたら、一面銀世界に変わり果てている事だろう。
明日は一日中穣子と寝ていようか。
静葉は、そんなことを考えながら、彼女をそっと抱き寄せた。
それではしばらくみなさんさよなら――
静葉は軒先につるしてあった干し柿を取り込みながら秋の童謡を口ずむ。
吹き回すような風で庭の木々が激しく揺れる。木枯らしといったところか。
秋は終わった。今年の秋は終わった。
枯葉が家の回りを舞っている。役目を終えた秋の残滓。
それは地に積もり、やがて土へと還り、草木の養分となる。
今年もご苦労様。
彼女は舞い散る枯葉達にそうつぶやいた。
彼らは来年の秋に再び幻想郷を彩ってくれるだろう。
干し柿を持って家に中へ入ると穣子が部屋の隅っこで体育座りしてうつむいている。
その艶やかなブロンドの髪は、衝動的にかきむしったのか、ぼさぼさの状態になっていた。
近頃なんとなく気分が沈む。何もかもがつまらない。なんとなく体が重い。思考がマイナス方向になる。このまま消えてしまいたい。よくため息が出る。イライラする。ムシャクシャする。すべて冬のせいだ。すべて秋が終わったせいだ。
冬なんて死んでしまえ。冬なんて消えてしまえ。冬なんて無くなってしまえ。冬なんて滅んでしまえ。冬なんて潰えてしまえ。
穣子は、抑揚のない声で念仏のようにつぶやきつづける。おそらく冬が終わるまで。
静葉は、さっき取り込んだ干し柿を食べている。
ゆっくりとかみしめる。秋の味。今年最後の秋の味。おわかれの味だ。
家の中にも木枯らしが吹き込む。体を突き刺すような冬の息吹は姉妹の体をじわじわと蝕んでいく。
干し柿を三口ほど食べたところで静葉は仰向けに寝る。
食べる気力も、さほど湧かない。天井が嘲笑っている。そんな気がした。
あははははははははははははははははは。
不意に穣子が笑い出す。抑揚のない声で。
沈黙を嫌うように。乾いた笑い声が家にこだまする。
やがてそれは涙声になり、嗚咽となり、やがて沈黙する。
静葉は仰向けのまま、ゆっくりと目を閉じる。
瞼の裏に蘇るのは秋の風景。ああ、何もかもが懐かしい。
まだ序の口に過ぎない
現実逃避の日々はこれから延々と繰り返される。
その夜、奥の部屋で、静葉と一緒の布団に包まっていた穣子が耳元でつぶやいた。
「……お姉ちゃん、私死にたい」
「死ねばいいじゃない」
「動きたくないから、私が寝てる間に首絞めてくれないかな……」
「いいわよ。でもきっと死ねないわよ?」
――うん、知ってる。
「……でもね、お姉ちゃん 私は今すぐ死にたい。ううん、違う、死にたいんじゃない。いなくなってしまいたいの。どうしたらいいかわからないの。こんなとき、ナイフか何かで自分の手首を思いっきり斬っ裂いたりすれば案外すっきりするのかもしれない。だけど、神を切り裂くようなナイフなんて持ってない。ねえ、どうすればいいのかな……お姉ちゃん」
穣子は、うつろな眼差しで、姉のか細い首に、そっと手をかける。
静葉はそんな妹をの頭を優しく愛でるようになでると目を閉じて、ささやくようにつぶやいた。
「……穣子の好きにしなさい」
穣子は、ゆっくりと指に力を込めた。いくら死なないとは言え、神様だって痛覚はある。首を絞められれば苦しい。
静葉は穣子のされるがままになっている。しかし、穣子の指には、姉の喉が抵抗するように動く感触がはっきり感じ取れた。
苦しいのだ。例え表に出さなくとも、体は必死に抗おうとしているのだ。
そう思うたびに穣子が首を絞める力は強くなっていく。静葉は、脂汗をかきながら、しばらくの間腕を痙攣せていたが、やがて全身の力が抜けたかのようにぐったりと落ち、そのまま微動だにしなくなった。その顔はすっかり白く青ざめ、唇は紫色に染まり切り、口はしからは、泡を吹いた跡が見て取れた。所謂、普通の生物で言うところの、死んだ状態に静葉は陥った。
その様子を穣子は、興奮したように息を弾ませながら見つめている。
――また、やってしまった。
興奮が醒めた頃、彼女は心の中でつぶやいた。
初めてじゃない。これまで何度も、穣子は姉の首を絞めている。
穣子は冷たくなっていく姉の頬を指で擽るようになぞった。
どうせあと少しでも経てば、また気を取り戻し、いつもどおりの笑みを自分に向けてくれるのは違いない。
思わず妙な笑みがこぼれる。しかし、それとともに涙もこぼれる。なんだかよく分からない。
始めのうちは、こうすることで心の中が晴れた気がした。いや、実際すっきりとした気分になれた。しかし、回数を重ねるのに比例してその感覚は薄れていった。そしてある日をきっかけに、それは自分に対する嫌悪感に変わってしまった。
一度だけ姉に頼んで、同じように首を絞めてもらった事があったのだ。その時は、苦しくて苦しくて、もがいて、思わず姉を押し飛ばしてしまった。穣子は、えずき、咳き込みながら思った。こんなに苦しいのにどうして姉さんは抵抗の一つもしないのか?
「穣子のためよ」
それが姉の答えだった。その言葉を聞いたとき穣子は大声で泣き叫んでしまった。何故かは分からない。
その後も嫌悪感に襲われながら、穣子は、しばしば姉の首を絞め続けた。首を絞めるという一種の快楽を体が覚えてしまったのだ。それは殺意ではなく、子供が無邪気に生き物を殺めるのと似た感覚。
神はある意味、人間以上に欲に素直で快楽におぼれやすい。故に、それ以外にも穣子は姉と直接肌を重ねたり、姉と唇を気が済むまで貪りあったりと、行く当てのない衝動をこれでもかというほどぶつけてきた。
穣子は自分の中でも、流石にこれはおかしい行為だと認識していた。それはきっと姉も同じのはず。しかしそれでも姉は抵抗しようとすらしなかった。
「……ああ、死ぬかと思ったわ」
穣子が声に気づき我に返ると、静葉が何事もなかったかのように口元を指でぬぐいながらこちらを向いていた。
「あら、どうして泣いてるの? 私が死んだとでも思ったのかしら?」
静葉は穣子に向かって微笑んだ。いつもの笑みである。
「ねえ穣子。もし、私が死んだらどうする……?」
穣子は、咽び泣きながら静葉に抱きつく。それが彼女の答えだった。
穣子を抱きしめられた静葉は思う。
普段どんなにいがみ合っていたとしても、誰よりもお互いを良く知り尽くしていて、誰よりも頼りになり、そして誰よりも愛しい。姉妹というのは実に不思議な関係だと。
「……ねえ、私死にたいな」
穣子の声は、先ほどより幾分穏やかだった。大分落ち着きを取り戻したのだろう。
「……神様も殺すような毒薬とかないかな……」
「そうね。竹林の医者なら知ってるかも」
「じゃあ、来年の秋になったらそこへ行って来ようかな」
「そう、いってらっしゃい」
「姉さんも行こうよ……ね?」
そう言って穣子は静葉に向かって微笑む。
「……そうね。一緒に行きましょうか」
思わず二つ返事で賛同してしまう。
まぁどうせ、秋になる頃は、お互いにそんなこと忘れているに違いないのだが。
それはそうと穣子の笑顔を見ると、こちらも自然と笑顔になれる。
自分も存外に助けられてるところがあるのだ。
だからこそ、自分は冬になり暗く、情緒が不安定になりがちな妹を守ってやらねばいけない。
たとえ首を絞められようと、衝動をぶつけられようと、それで彼女の気を少しでも和らげる事が出来るなら、自分はそれで構わないのだと。
外は吹雪が吹き荒れている。きっと夜が明けたら、一面銀世界に変わり果てている事だろう。
明日は一日中穣子と寝ていようか。
静葉は、そんなことを考えながら、彼女をそっと抱き寄せた。
それではしばらくみなさんさよなら――
秋は終焉の象徴というが、退廃的な感じが良いね。