「子供が……出来た?」
呆然と呟く私の言葉に、彼女はこくりと頷いた。
「……相手は」
私の問いに対し、彼女が小さな声で呟いた名前に、私はまたも愕然とする。
――道具屋の、主人。
彼女曰く、『腐れ縁』の彼。
聞けば、実に二年半も前から、そういう関係であったという。
そうならそうと、一言言ってくれればよかったのに。
わざと大袈裟なジェスチャーを交えて、からかうように言ってみる。
すると、彼女の口からは、恥ずかしくて、とか、言い出すタイミングが無くて、とか、そんな言葉が返ってきた。
でも本当に私が聞きたいのは、そんなことじゃなくて。
胸に込み上げる鬱屈とした感情を押し殺しながら、私は問う。
「……魔法は、どうするの」
「…………」
彼女は俯いたまま。
その沈黙が、私に答えを伝えていた。
「……魔法使いになる、夢は」
「…………」
暫くの静寂の後。
彼女は俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「…………ごめん」
その瞬間。
私の中で。
何かが。
音を立てて崩れ去った。
「…………嘘つき」
震える声を紡いで。
私は彼女に背を向けた。
後ろ手にドアを閉める。
このドア一枚が、私と彼女を永遠に隔てる境界線。
もう二度と交わることの無い、各々の人生。
それを区切る、境界線。
私は操り人形のような足取りで寝室へ向かい、死体のようにベッドに倒れ込んだ。
「……ばかみたい」
それは自嘲。
昨日まで思い描いていた未来絵図は、結局未来のままで終わった。
――今から十数年前になる。
この魔法の森に、一人の少女が人里から移り住んできた。
話を聞けば、『魔法使いになりたい』という自分の夢を大真面目に語ったところ、両親ともども大反対され、かっとなって家出してきたという。
だからって、こんな鬱蒼とした森にやって来なくてもよかろうに。
このご時世に、大した酔狂者のお嬢さんだ。
しかしかくいう私も、身に覚えが無いわけではない。
というかむしろ、あり過ぎるくらいだ。
それは遠い昔、私がまだ人間だった頃。
私が、『魔法使いになる』と自分の目標を声高に宣言しても、誰一人として、まともに取り合ってはくれなかった。
それが悔しくて悲しくて、私は来る日も来る日も、魔法の研究と、魔法使いになるための修行に明け暮れた。
そうして漸く、私は魔法使いになったのだ。
そんな在りし日の自分を、いつしか私は、彼女に重ね合わせるようになっていた。
だからなのかもしれない。
私が彼女と、何かと顔を突き合わせるようになったのは。
何かと助け合い、支え合いながら、共に日々を過ごしていったのは。
ところが、私の認識と彼女の認識には大きなズレがあった。
聞けば彼女は、あくまでも『職業』としての魔法使いに憧れていたらしく、『種族』としての魔法使いはというと、そもそも、そんな概念自体が頭の中に無かったらしい。
てっきり私は、彼女が『種族・魔法使い』になろうとしているものだとばかり、思っていたのだが。
だから彼女は、私が実は人間ではなく、元人間の『種族・魔法使い』なのだと語ると、目を真ん丸にして驚いた。
そしてすぐに、その大きな目を爛々と輝かせながら、こう言ったのだ。
「じゃあ私も、『種族・魔法使い』になる!」
と。
迷いなど一点も無い、実に晴れ晴れとした表情で、そう宣言したのだ。
私は、嬉しかった。
私はそれまでずっと、私と彼女は違う種族で、違う時を歩んでいる、ということに引け目を感じていたからだ。
でも、彼女が『種族・魔法使い』になりさえすれば、そんな思いとも訣別できる。
ずっと一緒に、手を取り合い、切磋琢磨して、同じ時を歩んでいくことができるのだ。
ああ、それはなんて素敵なことなのだろう。
―――そんな未来を、夢見ていたのに。
なのに。
彼女は、私を選ばなかった。
私と共に歩んでいく未来を捨て、人間として、女として幸せになる道を選んだ。
結局、私と彼女は違う種族だった。
同じ時を歩むことなど、ありえなかったのだ。
……それから、一年近くの月日が流れた。
あれから一度も、彼女に会うことはなかった。
あの後すぐに、結婚式の招待状が届いたけれど、封も開けずにゴミ箱に捨てた。
もう忘れてしまいたかった。
きらきら輝いていた思い出も、遠い昔に描いた未来絵図も。
そんなある日のことだった。
ふいに響く、ノックの音。
それだけで、私にはその主が誰だか分かった。
というか、この家を訪ねてくる人物なんて、一人しか私は知らない。
私が無視を決め込んでいると、またノック。
先ほどよりは、少し強く。
それでも無視を続けていると、ついに声が聞えた。
私の名を呼ぶ、聞き違えるはずのない、彼女の声。
――何よ、今更。
――もう関係ないでしょう、私とあなたは。
そんな胸の内とは裏腹に、私は玄関へと歩を進めていた。
――まあ、いい。
――どうせもう、これで本当に最後だろう。
そんな気持ちで、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開けた。
その、瞬間。
「―――――」
私は、思わず言葉を失った。
私の視界に飛び込んできたのは、以前と変わらぬ彼女の笑顔。
と。
「……産まれたんだ」
小さな命の息吹。
彼女は穏やかな笑みを浮かべて、言った。
「……アリスにだけは、どうしても……見てもらいたくて」
その目の前の幼子は、とても小さく、だけれど、とても力強く、生きる意志を持っているように見えた。
まだあどけないその表情も、母親譲りの金髪も、全てが光輝いて見えた。
ああ。
なるほど、ね。
このとき私は、やっと分かった。
彼女が『あちら側』を選んだ理由が。
私は、自分でも驚くくらいに、優しい声で問うていた。
「……この子の名前、何て言うの?」
彼女は柔和な笑みを浮かべたまま、答えた。
「……魔理沙。霧雨魔理沙。いい名前でしょう?」
了
魔理沙があの人と結婚したのかと本気で思ったwww
面白かったです!
そして気が付けばその子の面倒に夢中になってからかって遊ぶようになったのか。なんか納得です。
アリスの心情や話の雰囲気とか面白かったです。
東方にありがちな、ちょっとしたシリーズ間のひずみを上手く面白みに仕立ててる。
洗練されているし、オチも綺麗。
サクッと読めるのに、ここまで人の心にスッと入って来る話は初めて。
いいお話でした。よしもう一回。
というか、この発想は盲点だった。ちょっと考えれば確かにそうじゃんって話の展開・設定のはずなのに
まったく気がつかなかった。お見事!
これは上手いね
無駄を削ぎ落とした良い短編でした。
無駄がなくてスレンダーな文章でした。もうちょい贅肉あってもいいかも
旧作と新作の齟齬を上手く料理して詰め込んでいるところ。
新解釈に驚きつつもなにか納得しましたw 本当にすごいと思う。
他の方も書かれていますが、ミスリードをさせながら、かつ必要な設定がきちんと盛り込まれている点が秀逸だと思います。
洗練されたお話だと思いました。
閃きのように「魔理沙のママか?」と思った。
その通りだった。
なんか悔しかった、こんなとこで貴重な閃き使っちゃったのと、純粋にこの作品を楽しみきれなかったのが。
なんて葛藤もあったけど、
( ;∀;)イイハナシダナー