「うぅ……さ、寒い。寒くて死ぬぜ」
冬の足音がひたひたと近付く、十一月の或る夜の事。
魔理沙は布団の中で、がたがたと震えていた。
「こ、こんなに寒いと凍死してしまうぜ」
がちがちと歯を鳴らしながら、魔理沙はこの寒さを乗り切る方法を模索する。
「一刻も早く手を打たないと、即席冷凍魔法使いの出来上がりだ」
毛布にくるまり、両手に息を吹きかけつつ、魔理沙は思考を巡らせる。
そして。
「……あ」
程無くして、魔理沙の頭に妙案が浮かんだ。
「――アリスに、暖めてもらおう」
……十分後。
「ということで、来ました」
「いや、来ましたじゃなくて」
大きな枕を小脇に抱えた、パジャマ姿のお隣さん。
その表情は、ニッコニッコと満面笑顔。
そんな深夜の珍客を前に、アリスははあと嘆息する。
「あのね、魔理沙」
「うん」
「今はまだ、十一月よね」
「うん」
「……こんな時期から寒さに音を上げていたら、あなた、一月や二月はどうやって乗り切るつもりなの?」
「その頃になったら、ずっとここで暮らすから問題ない」
「いや、それちょう問題あるから」
「大丈夫だぜ。私一人増えたくらいで何が変わるってもんでもなし」
「いや、だからそういうことじゃ……はあ」
一方的過ぎる魔理沙の提案に、一応の異を唱えてみたアリスだったが、当の提案者の魔理沙は、相変わらず嬉しそうにニコニコ笑っているだけ。
これこそまさに、暖簾に腕押し、糠に釘、ってやつだ。
アリスは諦観の境地で、毛布をめくって魔理沙用の入り口を作ってやった。
「……もういいわ。ほら、早く入りなさい」
「うん」
魔理沙はとてとてと歩き、いそいそとベッドに上がると、開けてもらった入り口から、毛布の中に身体を滑り込ませた。
そして、持って来た自分の枕をアリスの枕にぴったりとくっつけ、同時に、自分自身も、ぴったりとアリスにくっついた。
というか、抱きついた。
「つめたッ!?」
思わず悲鳴を上げたのはアリスである。
無理もなかった。
この寒空の下、魔理沙は、パジャマの上にコート一枚羽織っただけ、という格好で飛んで来たのだ。
それで身体が冷えていないわけがなかった。
そして、そんな魔理沙にはっしと抱きつかれたのは、つい先ほどまで、毛布の中でぬくぬくしていたアリスである。
アリスは、急激に体温が奪われていくのを感じた。
アリスはがたがた震えながら、必死の抗議の意思表示を試みた。
「ささささ、さささむいわ、魔理沙」
「アリスあったかい」
聞いちゃいねぇ。
魔理沙はそんな抗議などそ知らぬ顔で、一層強く、アリスにぎゅっとしがみついた。
まるでコアラの赤ちゃんのように、両手両足でアリスを拘束している形だ。
「うぅ……ささささむいいい……」
「大丈夫だよ、アリス。私がこうやって暖めてあげるから」
魔理沙は至極ご満悦といった表情で、アリスをぎゅうっと抱きしめる。
いやだからね、あなたが私の体温を奪っている張本人なんだけどね。
なんて言葉を口にしてもあんまり、というか全く意味ないだろうな、と悟ったアリスは、震える両手を魔理沙の背中に回すと、そのまま強く抱きしめた。
もうどうせなら、少しでも魔理沙と密着する面積を増やして、奪われた熱量を取り戻すことに賭けよう、との判断からだ。
……そうやって、抱きしめあうこと暫し。
漸くアリスの寒さも消え、魔理沙が来る前と同じくらいの温もりを取り戻すに至った。
そんな折、魔理沙が小さく呟く。
「……アリス。まだ起きてる?」
「……ええ。何?」
「いや、えっと」
「…………」
「……もしかして、怒ってるかな、とか」
「…………」
いつになく、殊勝な言葉を吐く魔理沙。
出来れば最初に抱きついた時点でそう思ってほしかったが。
アリスは溜め息混じりに答える。
「……べつに。もう怒ってないわ」
「あ、じゃあやっぱり、ちょっとは怒ってたんだ」
「そりゃあ、ちょっとは」
だってマジ寒かったしね。
アリスはぼそっと付け加える。
そんなアリスに対し、これまたいつになく小さな声で、魔理沙はぼそりと呟いた。
「……ごめん」
「…………」
まったく、いつもこれくらい素直になれないものかしら。
アリスは心の中で盛大に嘆息する。
「……アリス?」
一方、アリスが無言でいるため、不安そうにその名を呼ぶ魔理沙。
……やれやれ。
アリスは、そんな魔理沙の頭を、がばっと胸元に抱き寄せた。
「わっ……」
突然自分を包んだ弾力に、思わずうろたえる魔理沙。
アリスは漸く、いつもの調子を取り戻した口調で囁く。
「……バーカ。柄にもないこと、言ってんじゃないの」
「…………」
「ちょっと図々しいくらいの方が、あんたらしくていいわ」
「……アリス」
アリスの胸に顎を乗せたまま、じっと上目遣いで見上げる魔理沙。
アリスはなんとなく気恥ずかしくなって、再びその顔を自分の胸に押し込めた。
「わっぷ」
「……ほら、子供は夜更かししないでさっさと寝る!」
「……ふぁい」
胸元から、くぐもった魔理沙の返事が返ってきた。
その調子がなんだか可笑しくて、アリスはくすりと笑みを零す。
そして、このままだと魔理沙が窒息しかねないので、頭を押さえつけていた腕を少し緩めてやる。
すると魔理沙はもぞもぞと動き、先ほどのように、胸に顎が乗る位置で落ち着いた。
どうやらこの位置が気に入ったらしい。
「……おやすみ、魔理沙」
「……おやすみ、アリス」
そうして間もなく、二人はまどろみの中に落ちていった。
肌寒くも人恋しい、そんな秋の夜の一幕。
二人の魔女の夜が、更けていく。
了
ということでお帰りなさい。待ってました。
今回は少し短い、薄いということでこの点数で失礼。
貴方の書く魔理沙はかわいすぎる。
ところでアリスの雰囲気がちょっと変わったような……魔理沙のデレが増したせいかな?