人を裁くという行為は、人ならば少々躊躇う行為であろう。こんなことを言うと驚かれるかもしれないが、私にしたところで別段気分の良いものでは無い。閻魔という仕事柄、当然そんなことは言ってられないにせよ、人を裁く行為に快楽を覚え始めたら閻魔失格だろうと思う。
自らの行為の正しさを信じるならば、信じるだけ謙虚にならなければならない。傲慢な正義など存在してはならないし、そもそもそれは正義とは程遠い。
自らの正義を信じてはいても盲信してはならない。自分ではない他の存在を裁こうというのだ。その行為が傲慢であるとは思わないが自覚はしなくてはならない。その自覚が一向に芽生えそうにもない部下のことを思うと憂鬱にもなるが。
憂鬱になろうが陰鬱になろうが死者は止め処なくやってくる。そのことが小町が仕事をしている証明になるといえばなるのだが、不安は尽きない。
浄瑠璃の鏡で過去を映し、自分の判断で量刑を決め、悔悟の棒で罰を与え、霊の行き先を告げる。こう言ってはなんだがルーチンワークのようなものだ。人間のように悩み、間違えながらの裁判とは違う。自らが法であり、正義である以上仕事にブレは生じない。決められたことを決められた通りに行う。いや、決めたことを決めた通りに行う、が正しいか。
本日何人目かの霊を地獄に送り、次の霊を閻魔殿へと呼ぶ。
陽気な足音を立てながら入ってきた人影に私は驚きを覚えた。
「……………八雲、紫?」
私が担当する幻想郷の妖怪。その中でも圧倒的上位に存在し、境界を操るその力は神にすら劣らないとされる生き物。
「そうですか、何があったのかは分かりませんが貴女にもとうとう死が訪れたのですね。生物である以上当然の帰結ですが意外でした。まさか貴女を裁く日が来るとは思ってもいませんでしたからね。貴方も向日葵畑の妖怪と同じく長く生き過ぎました――――――」
「ちょっと待って欲しいわけだね、映季様」
八雲紫はニヤニヤと笑いながらこちらを見上げる。私としてはせっかく興が乗ってきた話の腰が折られたことに少々不愉快ではあるが、死者の話を聞かないわけにもいかない。
「死んじゃないよ私はね、全く早とちりな閻魔様だ」
死者ですらなかったらしい。
「だとしたら一体何故ここにいるのです。ここは死者を裁く閻魔殿、生者が来るところではありません」
境界を操る、なるほど、その力を使えばここまで生きたまま入ることも可能か。
「映季の姿が一目見たくて、ってのは駄目かい?どうせ暇でしょ?たまに遊びにきた友人とでも思って歓待して欲しいもんだよ」
こんな人柄だっただろうか?元々捉え所のない性格だとは思っていたが、これほどだっただろうか。残念ながら八雲紫を友人だとは思ったことはないが(いずれ裁かなくてはならない存在を友人にしても互いに傷つくだけだ)既知であることに変わりはない。
「どこをどう見たら暇に見えるのか分かりませんが、そうですね。もうすぐ交代の時間ですから少々待ってなさい」
仕事とプライベートとは分けなければならない。仕事に私事が入ってくる分にはまぁ、構わないが、プライベートに仕事が進入することは危険だ。常に正しくあり続けること。それが使命であるのならば尚のこと。
仕事のついでに私の担当する土地に赴くことは有っても休みに幻想郷に出かけていくことはまず、無い。休みなんてあってないようなものなのだが。それで言うのならば休息の時間に八雲紫に会うというのは少々プライベートが仕事に進入されているということになるのだが。逆に言えば、私が八雲紫と会うときに仕事の意識さえ無くなっていれば別に問題はない。
「待たせましたね」
「いえいえいえ、いーえいーえいーえ。ここは居心地が良いからねえ、待ってるなんて思ったことは無いよ」
やはり、変だ。そもそも八雲紫がここにいることからしておかしい。
私を、避けていたはずだ。
仕事柄生きとし生けるものと関係を築くなんてことは当然出来ないが、それ以上に八雲紫は私を恐れているはずだ。
「四季の花が同時に見れるなんてきとここだけだろうからね。私は嫌いじゃないよ、きゃはははは」
私にあてがわれた部屋から見える庭を見ながら八雲紫は笑う。
少し放っておいたからだろうか、所々に私が植えた記憶の無い華も咲いていた。それもまた自然の流れだというのならば仕方も無いことだろう。
「それで、一体何をしに来たのでしょうか。まさか是非曲直庁を乗っ取りにきたわけでもないでしょう?」
高々妖怪の力でどうにかなる組織ではないが、何を考えているのか分からない状態の八雲紫は少々危険な手合いではある。配下の式も含め全力で暴れられれば少々業務に支障がでるかもしれないのだから、万が一にもそんなことが起きないようにしなければ。
「それも面白そうだけどねぇ。そんな気分でもないし、お酒でも飲む?」
そう言いながらスキマから中々おいしそうな日本酒を取り出してくる。
……………本当に、何を考えている?八雲紫程の強大な妖怪が何の意味も無く彼岸にやってくるとは考えづらい。そこには何かしらの意図や目的があってしかるべきだろう。
それこそ、私の独り相撲で、本当に八雲紫は何も考えて無くて偶々ここに訪れたという可能性だって捨てきれないが。
「……………良いでしょう。一体貴女が何を企んでるのか、知りたくなってきました」
お猪口を受け取ると、なみなみと盛られた酒を一息で飲み干す。
「閻魔様もいける口だねぇ」
「部下との付き合いがありますから」
にやにやと笑う八雲紫に対抗するように私も唇を歪め、そう答えた。
飲み始めてから四半刻、瓶の中身もなくなろうかというまで私達は一言も口を開かなかった。
ただ流れていく時間と、無くなった次の瞬間には注がれているお酒。
時の進みを意識させない彼岸の景色も相まって永遠を感じさせた。
桜の花と共に向日葵を眺め、柊に紅葉が絡まる。
「歪な場所だ。ココは本当に変わらない、固定されてしまっている」
私と同じものを見たのか唐突に八雲紫が口を開く。
同じものを見たとしてもそこから受ける印象は全くの逆ではあったが。
「それが必要なのですよ、ここが変わってしまったら此岸の住人は困るでしょう、善悪の判断が変化するというのは常に悪の所業です。だから彼岸は変わらない、変われない。変わることこそが悪なのですよ、ここは」
「小難しいことを言うのね、閻魔様の考えることは分からんにゃあ」
にゃあって。猫じゃあるまいし。
「酒は旨いし景色は最高だし」
さっき歪な場所だと言ったばかりでしょうに。
「四季さん四季さん、私とちょっと遊んでもらえませんかね」
「遊ぶ?」
「弾幕ごっこのお誘いですよん四季さん」
「結局……………」
何がしたかったのか、そんなことを問うことすらも馬鹿馬鹿しくなってくる。弾幕勝負を挑むのは良いのだけれど。
「私に一発もかすりもしないってのは幻想郷最強を気取るものとしてはどうなのかしらね」
「……………アイタタタ。そんなもの気取った記憶もないんだけどねぇ」
八雲紫の一言で始まった勝負はその前のささやかな宴よりも短い時間で終わりを告げた。
私の圧勝という結果で。
さして手を抜いているといった風でも無かったが、とてもこれを八雲紫とは思えない状態ではあった。
そして先ほどからちりちりと首筋を掠める違和感。これは本物の八雲紫なのかという疑問。それらが私の頭で渦を巻く。これが本物の八雲紫だとするならば、どうしてこうも歪なのか。
彼岸のあり方が歪だと言った八雲紫、しかし彼女の方が何倍も歪であるように思う。歪んでいて、歪んでいて、あやふやで、今の一瞬と次の一瞬で八雲紫がまるで別人かのように変化する。
しかし、偽者とするにはそれもまた違和感がある。
まず、この場所に侵入している事実。これだけでもそこいらの妖怪ではとても出来ない芸当だ。それに、私がこの目の前の人物を八雲紫だと認識したという事実。私が担当する地域の生物を私が認識し間違えるなんてことは有り得ない。
「八雲紫、一体貴女は――――――」
今日何度となく繰り返した問い。
それを口に出す前に八雲紫が私にしな垂れかかる。
「えっへっへっへっへ、四季ちゃんは暖かいねー。閻魔様といえど冷血ではなかったってことですかにゃあ」
「な!」
そのまま私の背中に手を回し、まるで愛撫するかのように這わせてくる。
「止めなさい!!!!!」
突き抜ける感覚にその手を振りほどこうともがくが八雲紫の腕はビクともしない。
それ以上の反撃は――――――出来ない。
明確な敵対行為や、決闘のような場合を除いて閻魔自らが生物の寿命を左右するような行為を行うことは――――――出来ない。
不味い!!
確定的だ。今の八雲紫は正常ではない。
気まぐれや、躁鬱なんてものでは説明できない。
何か異常なことが起きている。
どうにかして、この腕を解かないと、何をすることも――――――。
「あら?」
考えているうちに背中に回されていた手は力なくだらりと垂れ下がり、頬と頬がくっ付きそうな位置にあった顔からは規則的な呼吸だけが聞こえてくる。
「……………寝た、のかしら?」
寝てようが寝ていなかろうが、この体勢は不味いだろう。誰かに見られればあらぬ誤解を招きかねない。私の部屋にわざわざ入ってくる物好きはそうそういないけれど。
気をつけてはいても減る気配の無い溜息を一つ吐き、私は八雲紫を一時的に床に寝かせてから布団を準備するのだった。
仮眠用の布団に八雲紫を寝かせてから四半刻、懇々と眠り続ける八雲紫に対して私は何が出来るわけでもなく、何かをする必要があるのかすら不明なまま時間だけが過ぎる。
勝手に訪れて、酒呑んで、弾幕勝負して、寝て。
子供か。そう言いたくなる程幼稚な行動だった。
これではまるで、私達が、友人みたいじゃないか。
自虐的に微笑み未だに寝続ける知り合いを眺める。
その時だった。
ブンッと、八雲紫が歪んだ。
そう、見えた。
「な、にが、起きた?」
何が起きただって?笑わせないで欲しい、既に異常は起きていただろう。
安らかな顔で寝息を立てていれば安泰か?
終焉は、いつだってひっそりとやってくる。
劇的な終わりなんて少数なのだ。
そんなこと、無限に私は見てきただろう?
また、歪む。
「境界が、揺らいでいる?」
八雲紫という存在の境界、他と自を隔てる絶対的な境界。それはアイデンティティと呼んでも良いだろう。
副作用。
境界を操る能力。
神に匹敵する力。
しかし、八雲紫は神ではない。
強大すぎる力の、しっぺ返し。
それが今の八雲紫に起きているのだとしたら?
どうしようもない。休んで治るものでもないだろうし、有効な薬なんてあるわけがない。
このまま世界と自己を区別することも出来なくなり、八雲紫という存在は消える。
死ぬことすら出来ずに。
「それが摂理なのでしょう。まさかこんな形で貴女とお別れをするとは思いませんでしたが、力を持ちすぎたものの末路だと思えば仕方ないでしょうね。もう手遅れです」
言いながら自分には嘘が吐けないものだと実感する。
私になら、この状態を治すことが出来る。
八雲紫の能力が境界を操り、歪ませることだとすれば、私の能力は白黒ハッキリつける能力、詰まるところ、境界をハッキリとさせることなんてお手の物だ。
「だから、私の所に来たのですか……………」
なるほど、実に理知的だ。
自らの境界の揺らぎを感じ、一も二も無く私の所に来たのだろう。用件を伝える前に揺らぎに飲まれてしまったようではあるが。
閻魔自らが生物の寿命を左右するような行為を行うことは――――――出来ない。
死ぬべき時に生物は死ぬべきなのだ。
それを無理に伸ばそうなんて暴挙以外の何物でもない。
しかし――――――。
また、八雲紫の体が一瞬だけ消える。
先程より大きく、ハッキリと。
浄瑠璃の鏡で死者の死の瞬間なんてものなら無限に見てきている。
しかし、生物の死の瞬間というのは。
「慣れないものね」
違う。
これは死ぬんじゃない。
消える。
消えるんだ。
押さえ込んでいた思考が首をもたげる。
死んだのならば輪廻の輪に戻ることもあるだろう、そもそも私が裁く事になるだろうし。
死ではない。
消える。
世界と一つになる、そう言えば聞こえは良いだろうがそれは、とても悲しいことだ。
……………私ならば八雲紫を元の通りにすることが出来る。
しかし。
しかし。
しかし。
消えるのならば寿命とは関係が無い。何故なら死ではないから。そんな詭弁を弄して何の意味がある。
葛藤?
私は今葛藤しているのか。
そんな心の作用、とっくの昔に捨てたと思っていたのに。
八雲紫の存在の揺らぎ、それは時間が経つにつれ加速している。
また、消えた。一瞬ではなく、一秒ほども。
「迷っている暇はないということですか」
このまま自分の中で結論を出せず、ただ、タイムリミットが来たら、私は後悔してしまう。後悔を抱えた閻魔なんて洒落にもならない。
正義は、後悔しない。
心を、決めろ。
私の心を白黒ハッキリつけて、それから。
「八雲紫、貴女の存在を、白黒ハッキリつけます」
私の決断は間違ってはいない。
これが最善、これが最良。
八雲紫はここで消えるべき運命。
それが自然の摂理。
「あぁ、ようやく戻ってこれた。境界を歪めすぎるのも考え物ね、実際今回はかなり危ない橋を渡った気がするわ」
上半身だけを起こし、八雲紫はそんな危なさを感じさせない口調で言い放つ。
私の出した結論は、八雲紫の存在を認めること。
八雲紫程の妖怪が消滅した時幻想郷にどんな影響があるか量りきれず、その存在が消えた地点、つまりはこの部屋を中心とした彼岸にどれだけの影響があるのか分からない。
最悪、あれだけの存在が消えればその無に引き込まれ、彼岸が消えかねない。
それに、そんな理屈を抜きにしたところで、今は仕事中ではないってことを思い出しただけ。
休憩中にまで、完璧なる正義の傍らにいる必要も無いだろう。
「久しぶりね、八雲紫」
「夢現にぼろぼろにされたのは覚えてるんだけどねぇ、」
「それは貴女が仕掛けてきた勝負でしょう?」
「意識なんて無かったってことくらい分かってるくせに、嫌味な閻魔だねぇ」
「嫌味な妖怪に言われたくはありません」
「全く、厄介な貸しを作ってしまったねぇ。といっても、貸しが返ってくるなんて甘いこと考えてるとは思えないけど。……………それじゃ、今回は助かったよ、うちの式が心配してるだろうし帰るとしようかね」
もとより貸し借りの感覚など無い。情けは人の為であるべきだ。
しかし。
「まだ、交代には少し時間があります、飲んでいきませんか?」
小町にも見せたことの無い秘蔵の一瓶。それを掛け軸の裏の隠し棚から取り出す。
「ふふふふふ、たまには閻魔様の説教に付き合うのも、悪くないかもね」
にやにやと笑う紫に対して私も口の端だけ上げて応じた。
彼岸と此岸の宴は続く。いつまでも。
自らの行為の正しさを信じるならば、信じるだけ謙虚にならなければならない。傲慢な正義など存在してはならないし、そもそもそれは正義とは程遠い。
自らの正義を信じてはいても盲信してはならない。自分ではない他の存在を裁こうというのだ。その行為が傲慢であるとは思わないが自覚はしなくてはならない。その自覚が一向に芽生えそうにもない部下のことを思うと憂鬱にもなるが。
憂鬱になろうが陰鬱になろうが死者は止め処なくやってくる。そのことが小町が仕事をしている証明になるといえばなるのだが、不安は尽きない。
浄瑠璃の鏡で過去を映し、自分の判断で量刑を決め、悔悟の棒で罰を与え、霊の行き先を告げる。こう言ってはなんだがルーチンワークのようなものだ。人間のように悩み、間違えながらの裁判とは違う。自らが法であり、正義である以上仕事にブレは生じない。決められたことを決められた通りに行う。いや、決めたことを決めた通りに行う、が正しいか。
本日何人目かの霊を地獄に送り、次の霊を閻魔殿へと呼ぶ。
陽気な足音を立てながら入ってきた人影に私は驚きを覚えた。
「……………八雲、紫?」
私が担当する幻想郷の妖怪。その中でも圧倒的上位に存在し、境界を操るその力は神にすら劣らないとされる生き物。
「そうですか、何があったのかは分かりませんが貴女にもとうとう死が訪れたのですね。生物である以上当然の帰結ですが意外でした。まさか貴女を裁く日が来るとは思ってもいませんでしたからね。貴方も向日葵畑の妖怪と同じく長く生き過ぎました――――――」
「ちょっと待って欲しいわけだね、映季様」
八雲紫はニヤニヤと笑いながらこちらを見上げる。私としてはせっかく興が乗ってきた話の腰が折られたことに少々不愉快ではあるが、死者の話を聞かないわけにもいかない。
「死んじゃないよ私はね、全く早とちりな閻魔様だ」
死者ですらなかったらしい。
「だとしたら一体何故ここにいるのです。ここは死者を裁く閻魔殿、生者が来るところではありません」
境界を操る、なるほど、その力を使えばここまで生きたまま入ることも可能か。
「映季の姿が一目見たくて、ってのは駄目かい?どうせ暇でしょ?たまに遊びにきた友人とでも思って歓待して欲しいもんだよ」
こんな人柄だっただろうか?元々捉え所のない性格だとは思っていたが、これほどだっただろうか。残念ながら八雲紫を友人だとは思ったことはないが(いずれ裁かなくてはならない存在を友人にしても互いに傷つくだけだ)既知であることに変わりはない。
「どこをどう見たら暇に見えるのか分かりませんが、そうですね。もうすぐ交代の時間ですから少々待ってなさい」
仕事とプライベートとは分けなければならない。仕事に私事が入ってくる分にはまぁ、構わないが、プライベートに仕事が進入することは危険だ。常に正しくあり続けること。それが使命であるのならば尚のこと。
仕事のついでに私の担当する土地に赴くことは有っても休みに幻想郷に出かけていくことはまず、無い。休みなんてあってないようなものなのだが。それで言うのならば休息の時間に八雲紫に会うというのは少々プライベートが仕事に進入されているということになるのだが。逆に言えば、私が八雲紫と会うときに仕事の意識さえ無くなっていれば別に問題はない。
「待たせましたね」
「いえいえいえ、いーえいーえいーえ。ここは居心地が良いからねえ、待ってるなんて思ったことは無いよ」
やはり、変だ。そもそも八雲紫がここにいることからしておかしい。
私を、避けていたはずだ。
仕事柄生きとし生けるものと関係を築くなんてことは当然出来ないが、それ以上に八雲紫は私を恐れているはずだ。
「四季の花が同時に見れるなんてきとここだけだろうからね。私は嫌いじゃないよ、きゃはははは」
私にあてがわれた部屋から見える庭を見ながら八雲紫は笑う。
少し放っておいたからだろうか、所々に私が植えた記憶の無い華も咲いていた。それもまた自然の流れだというのならば仕方も無いことだろう。
「それで、一体何をしに来たのでしょうか。まさか是非曲直庁を乗っ取りにきたわけでもないでしょう?」
高々妖怪の力でどうにかなる組織ではないが、何を考えているのか分からない状態の八雲紫は少々危険な手合いではある。配下の式も含め全力で暴れられれば少々業務に支障がでるかもしれないのだから、万が一にもそんなことが起きないようにしなければ。
「それも面白そうだけどねぇ。そんな気分でもないし、お酒でも飲む?」
そう言いながらスキマから中々おいしそうな日本酒を取り出してくる。
……………本当に、何を考えている?八雲紫程の強大な妖怪が何の意味も無く彼岸にやってくるとは考えづらい。そこには何かしらの意図や目的があってしかるべきだろう。
それこそ、私の独り相撲で、本当に八雲紫は何も考えて無くて偶々ここに訪れたという可能性だって捨てきれないが。
「……………良いでしょう。一体貴女が何を企んでるのか、知りたくなってきました」
お猪口を受け取ると、なみなみと盛られた酒を一息で飲み干す。
「閻魔様もいける口だねぇ」
「部下との付き合いがありますから」
にやにやと笑う八雲紫に対抗するように私も唇を歪め、そう答えた。
飲み始めてから四半刻、瓶の中身もなくなろうかというまで私達は一言も口を開かなかった。
ただ流れていく時間と、無くなった次の瞬間には注がれているお酒。
時の進みを意識させない彼岸の景色も相まって永遠を感じさせた。
桜の花と共に向日葵を眺め、柊に紅葉が絡まる。
「歪な場所だ。ココは本当に変わらない、固定されてしまっている」
私と同じものを見たのか唐突に八雲紫が口を開く。
同じものを見たとしてもそこから受ける印象は全くの逆ではあったが。
「それが必要なのですよ、ここが変わってしまったら此岸の住人は困るでしょう、善悪の判断が変化するというのは常に悪の所業です。だから彼岸は変わらない、変われない。変わることこそが悪なのですよ、ここは」
「小難しいことを言うのね、閻魔様の考えることは分からんにゃあ」
にゃあって。猫じゃあるまいし。
「酒は旨いし景色は最高だし」
さっき歪な場所だと言ったばかりでしょうに。
「四季さん四季さん、私とちょっと遊んでもらえませんかね」
「遊ぶ?」
「弾幕ごっこのお誘いですよん四季さん」
「結局……………」
何がしたかったのか、そんなことを問うことすらも馬鹿馬鹿しくなってくる。弾幕勝負を挑むのは良いのだけれど。
「私に一発もかすりもしないってのは幻想郷最強を気取るものとしてはどうなのかしらね」
「……………アイタタタ。そんなもの気取った記憶もないんだけどねぇ」
八雲紫の一言で始まった勝負はその前のささやかな宴よりも短い時間で終わりを告げた。
私の圧勝という結果で。
さして手を抜いているといった風でも無かったが、とてもこれを八雲紫とは思えない状態ではあった。
そして先ほどからちりちりと首筋を掠める違和感。これは本物の八雲紫なのかという疑問。それらが私の頭で渦を巻く。これが本物の八雲紫だとするならば、どうしてこうも歪なのか。
彼岸のあり方が歪だと言った八雲紫、しかし彼女の方が何倍も歪であるように思う。歪んでいて、歪んでいて、あやふやで、今の一瞬と次の一瞬で八雲紫がまるで別人かのように変化する。
しかし、偽者とするにはそれもまた違和感がある。
まず、この場所に侵入している事実。これだけでもそこいらの妖怪ではとても出来ない芸当だ。それに、私がこの目の前の人物を八雲紫だと認識したという事実。私が担当する地域の生物を私が認識し間違えるなんてことは有り得ない。
「八雲紫、一体貴女は――――――」
今日何度となく繰り返した問い。
それを口に出す前に八雲紫が私にしな垂れかかる。
「えっへっへっへっへ、四季ちゃんは暖かいねー。閻魔様といえど冷血ではなかったってことですかにゃあ」
「な!」
そのまま私の背中に手を回し、まるで愛撫するかのように這わせてくる。
「止めなさい!!!!!」
突き抜ける感覚にその手を振りほどこうともがくが八雲紫の腕はビクともしない。
それ以上の反撃は――――――出来ない。
明確な敵対行為や、決闘のような場合を除いて閻魔自らが生物の寿命を左右するような行為を行うことは――――――出来ない。
不味い!!
確定的だ。今の八雲紫は正常ではない。
気まぐれや、躁鬱なんてものでは説明できない。
何か異常なことが起きている。
どうにかして、この腕を解かないと、何をすることも――――――。
「あら?」
考えているうちに背中に回されていた手は力なくだらりと垂れ下がり、頬と頬がくっ付きそうな位置にあった顔からは規則的な呼吸だけが聞こえてくる。
「……………寝た、のかしら?」
寝てようが寝ていなかろうが、この体勢は不味いだろう。誰かに見られればあらぬ誤解を招きかねない。私の部屋にわざわざ入ってくる物好きはそうそういないけれど。
気をつけてはいても減る気配の無い溜息を一つ吐き、私は八雲紫を一時的に床に寝かせてから布団を準備するのだった。
仮眠用の布団に八雲紫を寝かせてから四半刻、懇々と眠り続ける八雲紫に対して私は何が出来るわけでもなく、何かをする必要があるのかすら不明なまま時間だけが過ぎる。
勝手に訪れて、酒呑んで、弾幕勝負して、寝て。
子供か。そう言いたくなる程幼稚な行動だった。
これではまるで、私達が、友人みたいじゃないか。
自虐的に微笑み未だに寝続ける知り合いを眺める。
その時だった。
ブンッと、八雲紫が歪んだ。
そう、見えた。
「な、にが、起きた?」
何が起きただって?笑わせないで欲しい、既に異常は起きていただろう。
安らかな顔で寝息を立てていれば安泰か?
終焉は、いつだってひっそりとやってくる。
劇的な終わりなんて少数なのだ。
そんなこと、無限に私は見てきただろう?
また、歪む。
「境界が、揺らいでいる?」
八雲紫という存在の境界、他と自を隔てる絶対的な境界。それはアイデンティティと呼んでも良いだろう。
副作用。
境界を操る能力。
神に匹敵する力。
しかし、八雲紫は神ではない。
強大すぎる力の、しっぺ返し。
それが今の八雲紫に起きているのだとしたら?
どうしようもない。休んで治るものでもないだろうし、有効な薬なんてあるわけがない。
このまま世界と自己を区別することも出来なくなり、八雲紫という存在は消える。
死ぬことすら出来ずに。
「それが摂理なのでしょう。まさかこんな形で貴女とお別れをするとは思いませんでしたが、力を持ちすぎたものの末路だと思えば仕方ないでしょうね。もう手遅れです」
言いながら自分には嘘が吐けないものだと実感する。
私になら、この状態を治すことが出来る。
八雲紫の能力が境界を操り、歪ませることだとすれば、私の能力は白黒ハッキリつける能力、詰まるところ、境界をハッキリとさせることなんてお手の物だ。
「だから、私の所に来たのですか……………」
なるほど、実に理知的だ。
自らの境界の揺らぎを感じ、一も二も無く私の所に来たのだろう。用件を伝える前に揺らぎに飲まれてしまったようではあるが。
閻魔自らが生物の寿命を左右するような行為を行うことは――――――出来ない。
死ぬべき時に生物は死ぬべきなのだ。
それを無理に伸ばそうなんて暴挙以外の何物でもない。
しかし――――――。
また、八雲紫の体が一瞬だけ消える。
先程より大きく、ハッキリと。
浄瑠璃の鏡で死者の死の瞬間なんてものなら無限に見てきている。
しかし、生物の死の瞬間というのは。
「慣れないものね」
違う。
これは死ぬんじゃない。
消える。
消えるんだ。
押さえ込んでいた思考が首をもたげる。
死んだのならば輪廻の輪に戻ることもあるだろう、そもそも私が裁く事になるだろうし。
死ではない。
消える。
世界と一つになる、そう言えば聞こえは良いだろうがそれは、とても悲しいことだ。
……………私ならば八雲紫を元の通りにすることが出来る。
しかし。
しかし。
しかし。
消えるのならば寿命とは関係が無い。何故なら死ではないから。そんな詭弁を弄して何の意味がある。
葛藤?
私は今葛藤しているのか。
そんな心の作用、とっくの昔に捨てたと思っていたのに。
八雲紫の存在の揺らぎ、それは時間が経つにつれ加速している。
また、消えた。一瞬ではなく、一秒ほども。
「迷っている暇はないということですか」
このまま自分の中で結論を出せず、ただ、タイムリミットが来たら、私は後悔してしまう。後悔を抱えた閻魔なんて洒落にもならない。
正義は、後悔しない。
心を、決めろ。
私の心を白黒ハッキリつけて、それから。
「八雲紫、貴女の存在を、白黒ハッキリつけます」
私の決断は間違ってはいない。
これが最善、これが最良。
八雲紫はここで消えるべき運命。
それが自然の摂理。
「あぁ、ようやく戻ってこれた。境界を歪めすぎるのも考え物ね、実際今回はかなり危ない橋を渡った気がするわ」
上半身だけを起こし、八雲紫はそんな危なさを感じさせない口調で言い放つ。
私の出した結論は、八雲紫の存在を認めること。
八雲紫程の妖怪が消滅した時幻想郷にどんな影響があるか量りきれず、その存在が消えた地点、つまりはこの部屋を中心とした彼岸にどれだけの影響があるのか分からない。
最悪、あれだけの存在が消えればその無に引き込まれ、彼岸が消えかねない。
それに、そんな理屈を抜きにしたところで、今は仕事中ではないってことを思い出しただけ。
休憩中にまで、完璧なる正義の傍らにいる必要も無いだろう。
「久しぶりね、八雲紫」
「夢現にぼろぼろにされたのは覚えてるんだけどねぇ、」
「それは貴女が仕掛けてきた勝負でしょう?」
「意識なんて無かったってことくらい分かってるくせに、嫌味な閻魔だねぇ」
「嫌味な妖怪に言われたくはありません」
「全く、厄介な貸しを作ってしまったねぇ。といっても、貸しが返ってくるなんて甘いこと考えてるとは思えないけど。……………それじゃ、今回は助かったよ、うちの式が心配してるだろうし帰るとしようかね」
もとより貸し借りの感覚など無い。情けは人の為であるべきだ。
しかし。
「まだ、交代には少し時間があります、飲んでいきませんか?」
小町にも見せたことの無い秘蔵の一瓶。それを掛け軸の裏の隠し棚から取り出す。
「ふふふふふ、たまには閻魔様の説教に付き合うのも、悪くないかもね」
にやにやと笑う紫に対して私も口の端だけ上げて応じた。
彼岸と此岸の宴は続く。いつまでも。
ただ、小説として見たときに、演出や表現におめる技法がどうも決定的に不足している気がしてしまう。
………なんて偉そうなことを言える人間では全くないのですが。
まず紫の能力に対するしっぺ返し、ってのには割と同意。
あってもおかしく無いなあ。
でも紫の口調が「ミマサマー?」ってなってるのは・・・。
そこんとこ、どうなんだ?
最初はその点も含めて「自他の境界の崩壊」を表現してるのかと思ったけど。
あとは 四季映季→四季映姫
全てではないけど、確かにキャラクターについては要勉強。
東方においてはそれが全てだ、とも言えますが。
良いところが裏目にとられないように功を奏してください。
以後期待
地の文では少し技術不足
読みまくって妄想しまくって書きまくればいいと思う