春の麗らかな昼下がり。快適な晴天に恵まれ、幻想郷は過ごしやすい陽気に包まれている。
それはこの命蓮寺でも変わりなく、私を含め、皆その陽気に当てられてか欠伸をこぼす姿もよく見られた。
縁側を歩きながら、くあっと短い欠伸をひとつこぼし、私ことナズーリンは気を引き締めるようにフルフルと首を振る。
まったく、我ながら気が緩みすぎではないだろうか。
聖が復活し、皆が有頂天になって喜びに浸っているからこそ、私のようなネズミがしっかりしなきゃいけないのだ。
小生意気に、そして小賢しくあることこそネズミの本分だ。
猫を騙し、牛の頭上に乗って悠々と神の元を目指した十二支のネズミの様に。
「ご主人、少し話があるんだが―――」
角を曲がったところで目的の人物の姿が見えて、声をかけようとしたのだが違和感に気がついて口を閉じる。
音を立てぬように我が主人、寅丸星の元に歩み寄ってみれば、縁側に腰掛けたまま暢気にも眠りに落ちていた。
その膝の上には、子猫が丸くなって同じように眠りに落ちている。
ネコ科という同族ゆえの安心感がそうさせるのか、子猫は満足そうに丸くなってくぁっと欠伸をひとつ。
「さしずめ、虎の威を借る狐、いやこの場合は猫か。ご主人にそんな威容があるとは思えないが」
やれやれと肩をすくめ、そんなことを呟いた私はご主人の隣に座り彼女の顔を覗き込む。
もともと、端正な顔立ちのお人だ。すーすーと安らかな寝息を立てて眠る今は、意外にも幼い顔立ちをしていてかわいらしいとも取れる。
ぷにぷにと頬をつついてやれば、「へへ~」とだらしない笑みを浮かべるご主人の姿は、どう控えめに考えても毘沙門天の代理には見えないだろう。
一体どんな夢を見ているのやら。幸せそうな寝顔をさらして、そんな顔をされたら悪戯をしたくなるじゃないか。
このままご主人の寝顔を眺めるのもいいし、ゾクゾクと駆け回る感情に任せて悪戯するのもいいが、今は用事を済ませるほうが先決だ。
「ご主人、起きてください」
「ほわぁっ!!?」
耳元に甘く囁いてやれば、予想通りの反応で飛び起きたご主人。
顔を真っ赤にしてぜーはーと息を整えるご主人の様子を見て、私はニヤニヤと顔が緩むのを止められなかった。
これだから、ご主人をからかうのはやめられない。
「ナ、ナズーリン。帰ってきていたのですか?」
「あぁ、今先ほど。それから、見つけてきたよ財布」
小さくため息をついてご主人に手渡せば、彼女は申し訳なさそうに苦笑して「ありがとうございます」とお礼を紡ぐ。
そこは上のものとして「ご苦労」と発言するべき場所だろうに。この人はつくづく、聖同様に人が良すぎる。
まぁ、そこはご主人の美点であるし、いまさら言っても治らないのは重々承知なんで何も言わないが。
むしろ重症なのは、彼女の致命的なうっかり癖のほうだ。
何しろ、大事な宝塔をうっかり無くすぐらいだ。今日だって朝から財布を無くしていたし、この人のうっかりはどうにかならないのだろうか。
ふと、起床したらしい子猫と視線が合う。しばらく私と視線を交えていたが、やがて興味を無くしたようにそっぽを向くとご主人の膝から降りて駆け出していった。
猫らしい気ままな行動に、ご主人はというと「あ」と何処か名残惜しそうに子猫の姿を見送るのだが、彼女には悪いが言っておかねばならないことがある。
「ご主人、君のそのうっかりだけはどうにかならないのか?」
「うっ! で、でもナズーリンがいますし……」
「ものには限度があるだろう。大体、私がいないときはどうするつもりなんだ君は」
やれやれと言外に態度で語ってやれば、ご主人は「面目ありません」としおしおと項垂れてしまった。
悪いと思うのなら少しは何とかしろ……とは思うのだけれど、ご主人のことだからこのうっかりだけは一生治るまい。断言できる自信があるぞ、私は。
もしも治るのなら、この何百年の間に私が矯正しているとも。すべて無駄に終わったが。
「まったく、しっかりしてくれたまえよ。そんな調子だと、巷で噂のしまっちゃうおじさんとやらが君の元に訪れるかもしれないな」
「しまっちゃうおじさん……ですか?」
はて? と首を傾げたご主人は、ムムムと難しい顔をして考え込んでしまう。
まぁ、ご主人は聞いたことがないだろうね。今人里で噂になっている怪談の類、いわゆる都市伝説のようなものだ。
基本的に、この命蓮寺にいるか修行するかのご主人だから、人里には余り足を運ばないのだろうし。
「いわく、そいつは悪さをするものに現れる。いわく、そいつは言っても直さないものに現れる。
しなやかな豹の妖怪で、「さあ、どんどんしまっちゃおうねー」というフレーズで悪いことをした子供を次々と岩倉にしまってしまうのだそうだよ。
まぁ、所詮は人里の噂。一種の都市伝説さ。信憑性は皆無に等し―――……ご主人?」
言いかけた言葉が、我が主人の変貌によって疑問に変わる。
顔は見る見ると青ざめ、口はパクパクと開閉を繰り返し、ピタッと硬直した姿はまるで彫刻のようだ。
まさか……、いやしかし、ご主人に限ってまさか。
「ご主人、君まさかしまっちゃうおじさんとやらが怖いなどというまいね?」
「そ、そんなことありませんにょ!!?」
ご主人、噛んでる。あと、声裏返ってるよ。
そう指摘してやることは実にたやすい。しかし、私はあえてその言葉を飲み込んだ。
それは私なりの優しさだ。そうでなくともすでに涙目のご主人のこと、いらんことつついてしまうと本気で泣きかねないし、聞かなかったことにして黙っておいてやるのが慈悲というものだろう。
その単純な作業が、まさか鉄塊を飲み干すような重労働だとは正直予想外だったが。
不肖このナズーリン、内心では激しくそのことを刺激してニヤニヤいじめてやりたい気持ちでいっぱいなのだ。我慢しただけ偉いと自分を褒めたい。
「ほ、ほんとですからね? 怖いなんて思ってませんからね!!?」
「はっはっは、そんなに言わなくてもわかってるよ、うっかりしょうちゃん」
「誰がうっかりしょうちゃんですか!?」
君以外にいるはずがないだろうご主人。これ以上刺激してやると本気で泣きかねないんで黙っておくが。
私個人としては泣かしてやってもいいのだけれど、そうすると後で聖がうるさいのだ。
いや、うるさいとは少し違うのだが、あの人に怒られると精神的に色々キツイ。
さて、以上の理由でそろそろご主人で遊ぶのも潮時だろう。私の隣で虎がニャーニャーうるさいが、彼女の扱いは心得ている。
「ところでご主人、ここに人里の甘味屋の割引券が二枚あるのだがどうする?」
「行きます!!」
一体先ほどの怒りはどこへ消えたのやら、私の言葉にご主人は瞳を輝かせて即座に断言した。
ほーら、ちょろいちょろい。今果てしなくご主人の将来が不安になったが……まぁ、ご主人は嬉しそうだしよしとしよう。
ご主人は縁側から立ち上がり、ルンルンと口ずさみながら廊下を歩いていく。その姿がまるで子供のようだと思ったが、まぁ黙っておくこととしようか。
その後姿を見送っていると、ふとこちらに向けられている視線に気がついてそちらに視線を向ける。
一体いつからそこにいたのか、ここ最近この命蓮寺に住み着いた封獣ぬえが屋根の上から身を乗り出して、にやにやとこちらを覗き見ていた。
「なんだ、見てたのかい?」
「うん。しっかしあれだね、飴と鞭の使い分けが絶妙なこと」
「長い付き合いだからね。ご主人の性格はよく知ってるよ」
肩をすくめてやれば、「ふ~ん」と曖昧に言葉を濁して屋根からふわりと下りてくる。
黒尽くめと形容しても良い彼女の服装は、白い肌とあいまって非常に良く映える。
質素ながら、それは彼女の魅力をよく表現できている。華美な装飾よりはよほどいいだろう。
「それにしても、あの言い方だとまるでデートね。星が自覚してるか知らないけどさ」
「自覚しないだろう。あの人はそう言う事にはとことん疎い。しかし、わざわざデートなんていい回しするなんて、君も中々意地悪な言い回しをする」
「あら、違うって言うの?」
ふふんと何処かおかしそうにぬえは笑う。何を期待しているのかは知らないが、私が返す反応も言葉も一つのみ。
「馬鹿だなぁ君は。無論ながら、私はそのつもりだよ」
肩をすくめて、酷薄に笑いながら言葉にする。すると彼女は途端に興味をなくしたように「つまんないわねぇ」と踵を返した。
大方、私が慌てふためく様子がお望みだったのだろうが、そうは問屋がおろさないのだよ。
「ところでぬえ、君もしまっちゃうおじさんには気をつけたまえよ」
去り行く彼女の背中に、仕返しの意味もこめてそう投げかけて、私はその場を後にする。
さてと、こちらも仕度しなければならぬし、一応目上の人物のご主人を待たせるわけにも行くまい。
ふと、ぬえのほうに振り返ってみれば、彼女は顔を真っ青にしてその場に立ち竦んでいるのが見えて、「君もか」と呆れたように呟いた私は小さくため息をつくのだった。
▼
人里というのは存外に活気に満ちた場所である。
人間のみならず、妖怪や妖精なども入り乱れ、種族の垣根など気にすることもなく会話に興じるものもいれば、また遊びに興じる子供もいる。
ここ最近の人間はずいぶん開放的になったものだ。おかげで私やご主人が何食わぬ顔で人里に入ろうと違和感がないし、中には友好的に会釈するものもいた。
無論、すべての人間がそうであるとは思わないが、昔に比べればずいぶんと人と妖怪の亀裂は小さい。
さて私たちが目指す甘味屋、正確にはカフェというらしいその店は人里の中央通に位置しており、ここ最近でも鴉天狗の新聞に取り上げられたりと中々有名だ。
だからこそ、こういう事態に遭遇することは想像してしかるべきだった。
店には溢れんばかりに集まった人妖の群れ。あせくせと働く従業員は忙しそうに動き回り、ぱっと見ただけでも開いてる席は見当たらない。
まいった。これは完全に私の落ち度。もう少し時間帯を考えて来店するべきだったかと内心で舌打ちする。
「いっぱいですねぇ」
「まぁ、今人気のお店だからね。それだけおいしいという事さ」
「……座れませんけどね」
「まぁ、座れないが」
「……座れませんね」
「二度言わなくてもわかっているから残念そうに言わないでくれ」
その人の群れに圧倒されたご主人の言葉は、どこか呆然としていて力がない。
彼女の声に答える私の声も似たようなもので、辺りをきょろきょろと見回してみては空席がないことを確認するばかりでため息しか出ない。
一旦出直すことも視野に入れ始めたそのときだっただろうか。私の耳に聞きなれた知り合いの声が聞こえてきたのは。
「あれ、星さんとナズーリンさんじゃないですか」
声のしたほうに視線を向ければ予想通りの巫女服を着た少女、風祝の東風谷早苗の姿。同じ席にはからかさお化けの多々良小傘の姿。
相変わらずなかのいい二人だと思ったが、その席にはいささか予想外の人物たちが同席していて、私は少々目を丸くする羽目になった。
天人の比那名居天子と、竜宮の使い永江衣玖の二名。
早苗と小傘、そして天子と衣玖。この四人が一緒にいるというのは珍しいし、宴会以外で彼女たちが集っていたところは見たことがない。
そんな私の疑問など露知らず、比那名居天子はにっこりと温和な笑みを浮かべる。
「あなたたちもどうですか? こちらにちょうど席が二つ開いておりますの」
ぞわっと、天子の言葉を聞いて私の背筋に悪寒が駆け上った。
ご主人は何も感じていないのか、「ありがとうございます」と笑顔で会釈して早苗たちの席に歩み寄っていく。
まさか彼女一人を残していくわけにも行かず、小さなため息と共に私は早苗たちと相席することとなったが、先ほどの悪寒はまだ消えてくれない。
違和感がゆるりと首を絞めているような錯覚。その違和感の原因は間違いなく、目の前で上品を装っている比那名居天子のせいだ。
というのも、彼女は一言で表してしまえば我侭な人物で、更に付け加えるならば自分勝手。
普段の彼女を知っていれば、今の比那名居天子に違和感を覚えることは間違いない。正直、非常にらしくない。
「……頭でも打ったのか君?」
「どういう意味よ!!?」
うっかり口をついて出た本音に、机を叩きながら立ち上がった天人が大声で言葉にして、途中で口を押さえるとゆっくりと座り「おっほっほ」と乾いた笑みを浮かべる。
一体何が彼女をそうまでさせているのやら。
実に、ああ実に、比那名居天子らしくないではないか。
「何をおっしゃってやがりますのでしょうこのネズミは。私はいつも清廉潔白の清い天人でございますのでぶっ飛ばしますわよ?」
「総領娘様、本音が隠しきれておりません」
ところどころ地が出ている彼女に、涼しげな顔をしたままツッコミを入れた衣玖は優雅に紅茶を口に運ぶ。
そんな彼女の言葉に、むぐっと口を噤んだ天子は何処か悔しそうに私をにらみつけてくるのだが、当然、私はそれに取り合わずメニューに視線を通す。
まぁ、この様子を見る限り大分無理して地を隠しているようだが、それは彼女の性格を考える限り徒労に終わりそうだ。三日と持つまいよ。
「天子さん、そんなに無理をせずともいつもどおりで大丈夫ですよ。知らぬ仲ではないのですから」
「それが出来たら苦労はしな……しませんわ」
「と、言うと?」
不思議そうに問い返すご主人の気持ちも、わからなくはない。
そうでなくとも彼女がここまで礼儀正しくしようとこだわる理由がわからないのだから、ご主人の疑問ももっともだろう。前述のとおり今の天人は非常にらしくない。
そんな私たちの疑問を酌んでか、どうやら事情を知っているらしい東風谷早苗はクスクスとおかしそうに微笑んだのだった。
「天子さん、この前にしまっちゃうおじさんにしまわれちゃったらしいんですよ」
「ほほぅ、それは実に興味深いね」
中々に面白そうな話題に即座に食いつく私。その反面、途端にピタッと動きを硬直させるご主人と天人。
そんな中、よくわかっていないらしい小傘が「ねぇねぇ」と早苗に問いかける。
「しまっちゃうおじさんって、誰?」
「ここ最近、人里で有名な噂ですよ。いわく、そいつは悪さをするものに現れる。いわく、そいつは言っても直さないものに現れる。
しなやかな豹の妖怪で、「さあ、どんどんしまっちゃおうねー」というフレーズで悪いことをした子供を次々と岩倉にしまってしまうのだそうです。
体躯は2mを越え、時には無数にも思える大群で襲い、悪い子をさらってしまう。
ふふ、もしかしたら人を驚かそうとする小傘さんのところにも現れるかもしれませんねぇ」
彼女の説明を聞き、瞬く間に顔を真っ青にさせて硬直する小傘。ふと席を見渡せば、ご主人と天人も顔を真っ青にさせて微動だにしない。
一体何を想像しているのやら知らないが、少なくともご主人、君がその怪談を怖がっちゃ駄目だろう。仮にも毘沙門天の代理だぞ、君は。
「まったく、ご主人もそんなに怖がることはないだろう。所詮、子供をしつけるための怪談の類だよ」
「とんでもないわよ、アンタはアレの怖さがわかってないわ!!」
「あぁ、そういえば君は実際に被害にあったんだったね」
「そうよネズミ! 朝に目が覚めればいつの間にかしまわれていて、叩いても叫んでも誰も来てくれないし、石で密閉されてるから息も苦しいのよ!?
狭いし、暗いし、衣玖が助けてくれなかったらどうなっていたことか……」
今まさにそのことを想像しているのだろう彼女の顔はどんどん青ざめていき、やがて隣で優雅に紅茶を嗜んでいる竜宮の使いに視線を向ける。
「ねぇ、衣玖。今日も一緒に寝てよ? 絶対だからね!?」
「総領娘様がそうおっしゃるなら、私としてはやぶさかでもありませんが……」
服の端をつかみ必死に懇願する天子という、普段なら絶対に拝めないレアな光景を見る限り、どうやらよっぽど怖い思いをしたのだろう。目尻には涙すらたまっている始末だ。
しかし、私は見てしまった。天人の見ていない影で、竜宮の使いがわずかにほくそ笑んでいるところを。
……あぁ、謎が解けた。間違いなく犯人は君だろう、竜宮の使い。
「さ、ささささ早苗、私も今日そっちに泊まっていいかな!!?」
「あらあら、仕方ありませんねぇ」
もはや呂律が回ってない涙目の小傘の懇願に、早苗は優しく微笑みながら頭を撫でて宥めている。
しかし、垂れ流される鼻血と獲物を狙うか蛇のような目がすべてを台無しにしているのだが、彼女たちはまったく持って気付きそうにない。
小さくため息をつき、私はいまだに硬直してるだろうご主人に視線を向け、
「……ご主人?」
予想外のご主人の表情に、私はたまらず声をこぼした。
そこにあったご主人の表情は、何処か遠くに思いを馳せているようで、それでいて思い悩んでいるようにも見える。
先ほどまではあんなに怖がっていたというのに、それすらも忘れて彼女はただ苦悩に表情を曇らせていた。
声を、かけられない。その表情があまりにも……悲しそうだったから。
「あ、どうかしましたか。ナズーリン」
ふと、こちらの視線に気がついたのかご主人が笑顔で言葉をかけてくる。
からかおうとした私の言葉は飲み干され、かわりに「いや」と短い言葉と共に視線をそらすこととなった。
ご主人のあの表情には、見覚えがあった。
忘れられないし、忘れようとも思わない。あの時のご主人はあまりにも痛ましかったから、記憶に残るあの表情もより克明だ。
彼女のあの苦悩に満ちた顔。アレはまるで―――聖が封じられている間のご主人そのものではないか。
▼
―――遠い、遠い昔の話をしよう。聖白蓮が、封じられた頃の話を。
あの頃、まだ私たちは出会って100年と立っていない時期だっただろう。
私とご主人の関係は今のようにフランクなものではなく、お互いにぎこちなく遠慮というものが存在していた時期だ。
私は、ご主人の見張りとして彼女の傍に。ご主人はそれを知りながら、人付き合いの悪い私を気遣いながら接してくれた。
もう何百年も昔の話。そんな時期に、私にとっては顔見知りの、しかしご主人にとっては大恩のある聖が、人間たちの手によって封じられたのだ。
「ご主人様、聖白蓮が人間たちの手によって封じられました」
あの時のご主人への報告はひどく淡白で、私は彼女の反応をただ座して待っていただけ。
毘沙門天を現す像の前に正座したまま、彼女は「そう、ですか」とかみ締めるように呟いた。
彼女は知っていた。聖が人間たちにどう思われているかを。
彼女は知っていた。人間たちが、聖をどうするつもりなのかを。
けれど、彼女は知っていながらそれを見て見ぬふりをして、耳を塞ぎ、そして―――今日に至った。聖白蓮が封印されるという、最悪の形に。
それはつまり、寅丸星が毘沙門天の代理であり続けるために、聖白蓮を見殺しにしたということと同義だ。
「……ご主人様は、これでよろしかったので?」
「それは、どういう意味でしょう? ナズーリン」
「聖白蓮のことです。あなたは知っていたのでしょう、ご主人様。人間たちが彼女を封じようとしていたことを。見殺しにして良かったのかと、私は問うているのです」
思えば、あの時の私は随分と不躾だった。もう少し言葉をやわらかくすればいいのに、きっぱりと見殺しにしたのだと言葉にし、彼女を批難したのだ。
今の私がその場にいたのなら、昔の私を殴り倒してしまうに違いない。そのくらい―――あの時のご主人に、その言葉はあまりにも酷だった。
けれど、ご主人は私を怒ることもせずに、静かに振り向き、ただ悲しそうに笑っただけ。
その笑顔が、あまりにも鮮烈で、あまりにも悲しそうで、私は思わず息を呑んでいた。
「聖は、抵抗したのですか?」
「……え?」
それは、とても静かな声だった。平坦とは少し違う、わずかな感情がこもった疑念の声。
その解は、すでに持ち合わせている。彼女が封印される一部始終を、私は目の当たりにしたのだから当然だ。
押し寄せる数多の人間。囲まれ、ただ静かにその場に佇み瞑目する聖の姿が思い浮かぶ。
しかし、彼女は、
「いいえ、聖白蓮は……ただの一度も抵抗いたしませんでした」
抵抗らしい抵抗もせず、ただ人々の呪いの音叉を受け止めた彼女はただ静かに一言呟いただけ。
―――ごめんなさい。
それは、果たして誰に向けられた言葉だったのか。人間たちに対してか、それとも―――ご主人に向けられた言葉だったのか。
思えば、おかしな話だったのだ。いくら人数が集まろうとたかが人間。聖の強さはその程度の人数でどうにかなるほど弱くはない。
けれど、それでも彼女は捕まった。それが意味するところは、つまり。
「ならば、それは聖の考えがあってのことなのでしょう。さぁ、ナズーリンもお行きなさい。もうすぐ、ここに人々が集まってくるでしょう」
彼女が、それを望んだということだ。
ご主人は、相変わらず悲しそうに微笑んでいる。ともすれば、今にも泣き出してしまいそうなそんな表情で、私の安否を気遣う言葉さえ紡いで。
「……わかりました。ご主人様、くれぐれも彼らにはお気をつけて。毘沙門天の代理とはいえ、あなたは妖怪なのですから」
それだけを言葉にした私は、早々にその場から立ち去った。
ご主人は毘沙門天の代理。しかし、人間たちには彼女が妖怪であるということは秘密であり、それが知られるということは自殺行為になりかねないのだ。心配するのは当然だった。
ふと振り返って見た背中はとても寂しそうで、いつもいつも大きいと思っていた背中が―――あの時はとても小さく見えた。
あの時の人間と妖怪の関係は良好なものではなく、血塗れと言った表現が良く似合う、そんな殺伐とした時代だった。
聖の存在は、良くも悪くも非常に大きかったのだ。人間にとっても、そして妖怪にとっても。
そうして、裏で聖が妖怪を助けていると知ったとき、人々はこぞって彼女を批難した。
妖怪についた裏切り者なのだと。
けれど、それは違う。彼女は人間も、そして妖怪も裏切ったりなんかしていない。
聖白蓮にとって、人も妖怪も等しく守るべき対象だった、それだけの話なのだ。
あの人は昔から変わらなかった。いつもいつも、馬鹿みたいに笑顔でいて、自分の身をないがしろにして他人のために尽くす、まさに聖人君主を体現する人物だった。
悲劇の原因は、思いのすれ違い。本当に悲しい―――不幸な事故。
だから、聖は抵抗しなかった。
あの時、自分が存在すれば人々は妖怪たちを過度に恐れ、そしてその思考は大規模な妖怪狩りへと移ろいで行くだろう。
仮に聖が抵抗し、人間たちを退けたとしても、今度は妖怪たちが黙ってはいない。聖がいることで安心しきった弱い妖怪たちが、人々を無意味に襲いだす可能性さえある。
聖は一人しかいない。虐げられた妖怪は数多にのぼり、それらが暴走しないとは言い切れない。
もちろん、そうならなかったかもしれない。けれど、当時を知る私たちには、とても絵空事などとは到底思えなくて。
ご主人は、何度も聖を説得したらしかった。聞いたのは聖が封じられて随分と立った頃だったが、やはり、彼女は何か悟ったように微笑んだだけだったのだと。
ご主人のことだから、何度も何度も説得したのだろう。けれど、聖は終ぞ首を縦に振ることはなかったのだ。
時は流れ、聖が封じられて少し立った頃。寺には聖のことを悪く言う者が後を絶たなかった。
やれ彼女は悪魔だったとか、最悪の詐欺師だったなどと、よりにもよってご主人の目の前で、来る日も来る日も毎日毎日。
その頃から、ご主人の表情から笑顔が消えた。
人々の前では何とか笑顔を取り繕っているが、私室に戻ればにこりとも笑わないし、いつもいつも思い悩む痛ましい表情が張り付いていた。
けれど、彼女は弱音なんか一度も口にせず、ただひたすら毘沙門天代理の役目を全うする毎日が続く。
そうでもしなければ、きっと彼女は気が狂ってしまいそうだったのだろう。
聖を封印した人間が、聖を悪く言う人間が、憎いと、彼女とて何度も思ったはずなのだ。
その虎としての野生と殺意をそのままに、人間たちを縊り殺してしまいたいと。
一度、一度だけご主人にそのことを問うたことがある。「人間が憎くはないのか?」と。
すると、ご主人は悲しそうな笑みを浮かべて、静かに答えてくれた。
―――それは、聖の思いを裏切ることになるから。
その解はなんと不器用なものだろうか。
憎むべき相手を憎めず、残されたものの役目を必死に果たそうと足掻いている。
それはご主人だけじゃなく、同門の一輪や雲山も同じこと。
ご主人も、そして聖も。
ただどうしようもなく―――呆れるくらい、彼女たちは人が良すぎたのだ。
▼
空が茜色に染まり、夕暮れが幻想郷を包み込んでいる。
ご主人はカフェから離れた後もずっと上の空で、人里を歩き回って言葉を投げかけては生返事ばかり。
結局、私たちの人里めぐりは余り芳しくない結果を残し、とぼとぼと命蓮寺へと帰ってくる羽目となった。
命蓮寺前にまで歩みを進めれば、門の前には一輪が私たちに視線を向けて苦笑をこぼしている。
「お帰りなさい星、それにネズミ。聖が夕飯用意して待ってるから、急いでよね」
「はい、一輪。わざわざ門の前まで出迎えてくれて、ありがとうございます」
一輪の温かみのこもった言葉に、ご主人は小さく肯くと門をくぐって命蓮寺に戻っていく。
しかし、やはりどこか上の空。足取りも何処か危なっかしいし、何か考え事でもしているのか目の前に木があることにさえ気がついていない。
……って、いやちょっと待て!!?
「ちょっ、ご主人!!?」
「きゃんっ!!?」
案の定、彼女は盛大に気にぶつかって顔面を押さえて蹲った。衝突の余波でがさがさと木がゆれて、木の葉がふわふわと舞い落ちる。
けれどご主人はこちらが駆け寄るまもなく「大丈夫ですから!」と言葉にしてそそくさと自室に続く廊下へと消えていった。
あぁ、怪我とかしていないといいんだが。鼻血なんて流していたら目も当てられない。
正直、不安でたまらない。今のご主人はいくらなんでも危なっかしすぎる。
隣にいた一輪も同じ思いだったのだろう。気難しそうに眉を寄せてご主人が消えていった先を見据えている。
「ねぇネズミ、星ってなんかあったの? なんかアレだと昔の星に逆戻りじゃない」
「む、やはり君もそう思うか?」
「当たり前でしょ。私たち、何百年一緒にいると思ってるのよ」
呆れたように紡いだ一輪の言葉に「違いない」と、私は肩をすくめた。
何百年と共に一緒にいた仲だ。やはりというべきか、一輪もご主人の様子が聖が封印されていたときの雰囲気と似ていることを感じ取ったのだろう。
「どうにも、カフェで巷の怪談を聞いてから様子がおかしくてね。私もちょっとお手上げだよ」
「怪談って?」
「ほら、あれだ。しまっちゃうおじさん」
「あぁ、あれね。それでなんで星の様子がおかしくなるのよ」
「さぁね。むしろ私が聞きたいくらいだ」
盛大にため息をひとつこぼし、お手上げのポーズをとってから肩をすくめる。
聖に要らぬ心配をかけることにならなければいいのだけれど、あの様子ではそれを望むのも酷というものなんだろう。
春風が温かい風を運んで、ふと私達の頬を撫で上げる。
ご主人の変貌に首を傾げるしかない私達だったが、このまま夕飯を作って待ってくれている聖に悪いので我が家に足を運んで居間を目指すことにした。
胸のうちにわだかまる不安が、どうか杞憂であるようにと内心で願いながら。
▼
一日が終わり、布団の中で仰向けになる。
暖かくてふわふわと心地よい布団の感触が、程よい睡眠を促してくれる。
ふと、今日一日のことに思いを馳せれば、やはり、ご主人の顔がちらついた。
「一体、ご主人はどうしたんだか……」
結局、あの後のご主人は失敗ばかり。
しょうゆと間違えてソースをかけるわ、勢いあまって柱にぶつかるわと散々で、しまいには聖にも心配される始末だ。
一体何を考えていることやらと、私がまどろみながら思考していたとき、とんとんと控えめなノックが部屋に響いた。
「ナズーリン、まだ起きていますか?」
「……ご主人?」
今まさに考えていた人物の登場に、私は目を丸くして飛び起きる羽目になってしまった。
少し急ぎ足で襖を開けてみれば、寝巻き姿のご主人は枕を抱えて申し訳なさそうな笑みを浮かべて部屋の前に突っ立っている。
外は夜特有の闇に包まれており、満月だけが孔のように丸く輝いていた。
「どうしたんだい、ご主人。今日はもう就寝の時間だと思うんだが?」
「それはそうなんですけど……、申し訳ないんですけど今日は一緒に寝てくれませんか?」
「それはかまわないけどね、何でまた」
純粋に素朴な疑問。わざわざ一緒の布団で寝る意味もわからないし、ご主人は一体どういうつもりでこんなことを頼んでいるのだろうか。
しかし、当の本人は恥ずかしそうに「うー」だの「あー」だのと要領を得ずに視線をさまよわせている。
……おい、まさか。
「ご主人、君まさかしまっちゃうおじさんとやらが怖くて眠れないなんていうまいね?」
「あはは、実はその……そのとおりでして」
ぐらっと世界が回ったかのような眩暈がした。あんまりも情けない理由にため息がついて出る。
しかし、目尻に涙を貯めたご主人の懇願にグッと心が湧き踊るのも事実。
まったく罪な女だよご主人、君という奴は。私の自制心がそろそろ寿命を迎えそうなんだが、そうなったらご主人に責任を取ってもらうこととしよう。
「しょうがないなぁ、今日だけだよご主人」
「ありがとう、ナズーリン」
彼女を部屋に招き入れ、襖を閉めると蝋燭の明かりを消して布団にもぐりこむ。
しばらくして、ご主人が恥ずかしそうに私の布団に入り込んできた。
普通のサイズの布団だから、二人はいると少々窮屈だ。しかし、私はもともと小柄なこともあり、こうやってご主人と密着してしまえばまだまだ余裕がある。
「しっかしアレだねご主人、これじゃまるでネズミの威を借るトラじゃないか」
「私、威張ってませんよ?」
「まぁ、確かに威張ってはいないがね。だが良く似ているだろう? 自分の身を守るためにネズミの私の度胸に頼って訪れる。何か反論は?」
「……ありません」
ちょっとからかいが過ぎただろうか。すっかりしょぼくれてしまったご主人の頭を抱えるように、私は優しく包み込む。
風呂から上がってさほど時間がたっていないせいか、彼女からは随分といいにおいがしてくらくらしてしまいそう。
きゅっとご主人を抱きしめると、暖かさが伝わって心地よい。
それに。
「それで、昼間は何を考えていたのかな、ご主人」
こうしていたほうが、この人は自分の弱い部分をさらけ出してくれるから。
私の顔の位置ではご主人の顔が見えないから判断がつき辛いが、ご主人のことだ。今頃困ったような表情を浮かべているに違いなかった。
「わかっちゃいましたか」
「もちろん。一体何百年の付き合いだと思っているんだ君は」
呆れたようにため息をついてやれば、彼女は「かないませんね」と言葉にして静かに目を閉じる。
ただでさえ彼女は難しく考え込む傾向があって、一度深みにはまってしまえば中々抜け出せない。
時々こうやって聞いてやらないと、きっと彼女はいつまでも考え、悩み、そして悪い方向に向かっていくのは長い付き合いで熟知しているつもりだ。
それに、これは私だけの特権。一輪にも、雲山にも、ムラサにも、そして聖にだって見せはしない、彼女の弱さ。
そこに感じるのは自分だけに見せてもらえる優越感と、そして愛おいと思う感情。
「だから、見せておくれよ星。君が何を考え、何に悩んでいたのかを。私ならば、喜んで力になろう」
だから今だけは―――君を名で呼ばせてほしい。
君を監視する者としてでなく、君の従者としてでもなく、長い時を共にした仲間として。
今だけは、君と対等の立場でありたいと思うのだ。仲間として、そして友人として、私は君の力になりたいと思うから。
「昼間、天子さんがおっしゃっていたじゃないですか。しまわれてしまったと」
「うん、そうだね。確かにそういっていたが、アレは結局は噂だよ。星が気にしているのは別のことかな?」
「はい。彼女は言っていましたよね? 叩いても叫んでも誰も来てくれない。狭く、暗く、それはとてもつらいことでしょう。
しまわれるってまるで封印のようだなって感じて、そしたらふと思ったんです」
小さな、吐息。呼吸を整えたのか、耳にかろうじて届いたその吐息の後、彼女はゆっくりと口を開く。
「聖も、封印されている間はそうだったのかなっと」
あぁ―――合点がいった。
彼女は、思い出したのだ。いや、正確には思い出してしまったといったほうが正しいのか。
良くあることだ。嫌な思い出が些細なきっかけで呼び起こされるという、誰にだって経験のあるそれが、今回星を苦しめた。
よりにもよって、あの時のことを思い出したのだ。寅丸星が、聖白蓮を結果的に見殺しにしてしまったあのときの事を。
そこは紛れもない、星にとってのアキレス腱だ。一番触れたくない、触れられたくない、彼女の後悔。
ぎゅっと、頭を抱きしめる腕に力をこめる。それで、彼女の陰鬱が、少しでも晴れてくれるようにと願って。
「思い出したんだね、君は」
「はい。私が、悪い子だった頃を」
「君は悪くなんかないよ。悪かったとすれば、それはきっと時代が悪かったのさ」
「あなたは優しいですね、ナズーリン。でもきっと、しまわれちゃいますよ私は。思いはどうあれ、恩人を見捨てたに等しいのですから」
「何を馬鹿なことを。たとえあの噂が本当で、君がしまわれちゃうかもしれないとしても、皆がそれをさせないよ。
聖も、一輪も、雲山も、ムラサも、ぬえも、そしてもちろん私も、君をしまわせたりするもんか」
それは、紛れもない本心。嘘偽りのない、私の本当の心。
誰一人として、寅丸星が欠けることなんて望まない。ずっと一緒にいた仲間を、これ以上失うなんて誰も耐えられないから。
星、君は知らないかもしれないけれどね、存外に人望があるんだよ君は。
「だから、今は安心して眠るといい。星、今日はずっとこうしていあげるからさ」
「ナズーリン、私……は」
うとうとし始めたようで舌ったらずな言葉が耳に届くけれど、それもしばらくして聞こえなくなっていく。
代わりに耳に届いたのは、スースーと穏やかな寝息のみ。
やれやれ、その寝つきの良さは相変わらずなわけだ。いつもならちょっとした悪戯をするのだが、今日はどうにもそんな気分にはならないので遠慮する。
その豊満な胸の柔らかさがちょっと惜しいが、それは次の機会ということでひとつ。今はそれよりも、襖の向こうの誰かさんを何とかせねばなるまいよ。
「で、いつまでそこにいるんだい聖」
「わかっていましたか」
「まぁ、途中からね。ご主人を探していたのかい?」
「あら、名前では呼ばないのですか?」
「生憎、名前で呼ぶのは二人っきりのときと決めていてね」
「あら残念」とむこうで苦笑する声が聞こえて、襖がゆっくりと開かれる。
そこには、私達と同じ白い寝巻きに身を包んだ聖がいて、彼女は布団の傍まで歩み寄るとあらあらといった様子で私達を見つめた。
「うらやましいわ。まるで子供みたいね」
「でかい子供もいたものだね。それで、大方予想はつくがなんでご主人を?」
「帰ってきてから様子がおかしかったから、悩みがあるなら相談に乗ってあげようと思っていたのだけれど、私では駄目だったみたいね」
何処か残念そうに彼女はいい、正座をすると優しくご主人の頭を撫で始める。
そのさまはまさに聖母といった表現が良く似合っていて、けれどその表情は何処か寂しげであり、悲しそうであった。
「皆には、悪いことをしたわ。特に、この子には」
「まぁ、一番の聖っ子だったからね。甘えたい盛りに聖が封じられたものだから、それはもう大変な落ち込みようだったよ」
「子供みたいな言い方ね」
「子供みたいなんだろう、ご主人はさ」
しれっと言ってやれば、聖はくすくすと笑って「相変わらず遠慮しないのね」と何処か嬉しそうに笑う。
……失敬な。私だってたまには遠慮するのだよ、聖。本当に、ごくたまに、片手で数えられる程度でしかないが。
そんな私の気持ちなど露知らず、聖はしばらく思案顔になり、何か妙案でも思いついたのかポンッと手を叩くと。
「えいっ!」
「ちょっ!?」
この狭い布団にもぐりこんで、私とは反対側からご主人を抱きしめたのだ。
三人もそろえば、さすがにこの布団では狭いし窮屈だ。しかし、そんなこと関係がないといわんばかりに聖はニコニコ笑顔。
まるで子供のようだと思って、ふと普段のご主人の様子を思い浮かべてみた。
……よかったね、ご主人。君は間違いなくこの人の影響を受けて育ってるよ。
「聖、さすがに狭いんだが」
「親子は川の字で寝るものよ。狭い布団でこうやって抱き合って眠るのもたまにはいいわ」
「でかい子供だね」
「でかい子供ね」
お互いに言いたい放題口にして、どちらともなく私達は笑いあった。
確かに、悲しいときもあった。
辛く、苦しく、時には憎しみに身をゆだねたいと思う日々が続いたときもあった。
けれど、今は違う。
皆が一緒にいて、私達は皆笑いあえている。それは些細なことで、けれどとても幸福なことなのだ。
あぁ、傍に誰かがいるというのはこんなにも満たされて幸せな気持ちになれる。
「聖、明日はじっくりご主人と話し合ってください。きっと、それでご主人の悩みも何とかなるでしょう」
「元よりそのつもりよ。明日は、ちゃんとこの子に謝っておかないと」
あぁ、その言葉を聞いて安心した。
これできっと大丈夫。ご主人の悩みは、きっと聖がきれいさっぱり拭い去ってくれるだろうから。
安心してくると襲ってくる睡魔。もう十分に遅い時間だったのだと思い出した私のまぶたは、だんだんと落ちて閉じていこうとする。
曖昧になっていく意識の中で、クスクスと聖が苦笑する声が聞こえてきた。
「おやすみなさい、ナズーリン。今まで、星をありがとう」
―――あぁ、おやすみ聖。おやすみなさい、星。
その思考が最後。私のその日の一日はそれで幕を閉じる。
明日の朝にはきっと、今日以上にすばらしい一日が待っている。
それを信じて疑わないのは、きっと彼女たちがいるからなんだろう。
ふと、夢を見る。
夢の中の私達は互いに手を取り合って、草原で輪になって寝転がり、笑いあっている。
誰一人として欠けることのない、私達の幸せの形が―――確かに、そこにあったのだ。
え、嘘、ちょ、
(このコメントはしまわれました)
最高です。
ナズーリンの語った過去の出来事や心情、星との関係など面白いお話でした。
誤字?の報告です。
>私では駄目だった見たいね
聖の会話文ですが、『みたいね』ではないしょうか?
誤字報告
ネズミの意を借る→威を借る
「かまいませんね」と→「かないませんね」(?
にしても、しまっちゃうおじさんかぁ・・・。とりあえず衣玖さんと早苗さんはしまっちゃう対象だと思えた今日この頃だったりww
どうしよう、聖封印中のナズーリンと星さんについての妄想が止まらなくなってしまった。
おかげで涙が止まりません。
それにしても、懐かしいな「しまっちゃうおじさん」。正直、よく思い出せないけどww
まじ
イケメン
あと衣玖さんwwwww
でもどうしてもしまっちゃうおじさんで笑ってしまう
ぼのぼのの妄想も遂に都市伝説まで成長したか……
ナズーリンかっこいいwww
キャラが光ってた
ピタリと一致しすぎて驚いたw
いやー立派な主人だナズーリンは、あれ?