パチュリー・ノーレッジはイライラしていた。魔法薬の生成実験に行き詰ったのである。
「馬鹿なっ、あろうことか、げほっ、この私が!げほげほっ」
一体何がいけないというのか、何度工程を見直してもおかしな箇所は見当たらない。既に実験を開始してから四日が経ち、その間休憩は一切取っていない。いくら魔女でもいい加減きついものがある。そうまでして作っている魔法薬とは何なのかと言えば、それは忠誠心を失くさせるというものであった。
本来は、誰かを貶める際にその従者に飲ませたり、反逆の為に迷いを失くす目的で使われる。しかしパチュリーには、べつにレミリアを陥れる為に咲夜や美鈴に飲ませたりするようなつもりは無い。対象は小悪魔、ただ一人である。
「パチュリー様、落ち着いて下さい。興奮して喘息が悪化してますよ?ささ、とりあえずハーブティーをどうぞ」
パチュリーは小悪魔が差し出したカップを受け取り、一服する。その様子を穏やかな笑顔で見つめるこの小悪魔はパチュリーの使い魔である。かなりの悪戯好きで、妖精メイドや紅魔館を訪れた者によくちょっかいを出し、時には咲夜や美鈴、挙げ句はレミリアにまで悪戯をかますのである。当然お仕置きされるのだが、途中で主人のパチュリーや悪戯仲間のフランドールに庇われたりする。その為パチュリーはレミリアから、いい加減甘やかし過ぎだと文句を言われることもあるのだが、当の小悪魔は全く反省することなく、懲りずにまた悪戯をするのだ。
そんな小悪魔だが、パチュリーにだけは真面目に仕えている。使い魔は召喚されると、例えどんな主であろうと忠誠心を持つようになっている。よほど位の高い悪魔か、召喚主が使い魔より無力でない限りは、その服従には忠誠が伴われるのだ。
この主従という立場によるものか、はたまた使い魔としてのポリシーからかはわからないが、とにかくパチュリーに対してだけは非常に大人しく、殊勝な助手として懸命に働くのである。パチュリーはその小悪魔の働きぶりには満足していた。が、自分にだけ悪戯をしてこないというのは気に入らなかった。自分にも悪戯をして欲しい、むしろ小悪魔に悪戯をしたい、性的な意味で。そう思っていたのだ。故にパチュリーは小悪魔の忠誠心を消してみようと決意した。
「かなり消耗しておられるようですし、少しお休みになっては?」
「大丈夫よ、あとちょっとで出来そうなの。それに区切りも良くないし、休むのは完成してからね」
「そうですか。でも無理はし過ぎないで下さいね。・・・しかし、一体何の実験をなさってるんです?」
「それをあなたが知る必要は無いわ。下がりなさい」
「・・・はぃ」
一礼して空のカップを持って下がる小悪魔。心なし、というか明らかにしょんぼりしている。
―――ごめんね。でもあなたには言えないわ、やましいんだもの。
心の中で謝罪しつつ、彼女が去っていくのを見届けて魔女は溜め息を吐く。
「まさかここまで大変だとは」
実は最初に参考にした本に書かれていた薬はとっくに出来ていた。心に、それも悪魔の心に作用させるので確かに高度なものではあったが、知識の魔女を以ってすればここまで頭を悩ます程ではない。実験の為に一時的に召喚した悪魔にはしっかりと効果があった。
召喚された悪魔は初めはぺこぺこと下手に出ていたものの、薬を飲んだ瞬間掌を反すように踏ん反り返った。見事に使い魔としての忠誠は完全に消えてしまった。そう、完全に、それはもう綺麗さっぱりとである。それでは困るのだ。あくまでその効果は一時的なものでなければならない。さもなくばパチュリーは永遠に深い悲しみに包まれることになる。
パチュリーは小悪魔とは既に拘束力の強い本契約を結んでいる。パチュリーが小悪魔に迫り、半ば強引に結んだ契約ではあるが。その契約により、パチュリーが死ぬと小悪魔も死ぬし、パチュリーが死なない限りは小悪魔も死なない。ちなみに小悪魔が死んでもパチュリーは死なない、そういったものである。それは二人を結ぶ絆とも言えるもので、良くも悪くもお互い一生つきあっていかなければならない。小悪魔の方はともかく、少なくともパチュリーの方は本望であったが。
とにかく、小悪魔から忠誠心を完全に排除してしまうと、パチュリーは死ぬまでふてぶてしい従者と気まずい関係を続けていかなくてはならなくなってしまう。そんなのは耐えられないし、これ以上引き篭もれる所も無い。
「やっぱり魔理沙やアリスに手伝って貰って・・・いや、小悪魔のことは自分の力だけでやりたい。永遠亭の薬師を頼るなんて完全に人頼みだし論外ね。後から別の薬で忠誠心を持たせても、今まで積み上げてきたものを塗り替えてしまうようで嫌だし・・・」
長い効果を期待して半端な効果の薬が出来上がってしまうのとは訳が違う。ただ薄めればいいというような単純なものでもない。成功品の作り方しか知らずに自分の望む効果の失敗作を作らなければならないのだ。今回は薬の不得手もあったようで非常に手際が悪い。
「でも諦めはしないわ。ノーレッジの名に賭けて」
気を引き締めて実験を再開する彼女。その原動力は小悪魔への愛であり、目的は「自分も悪戯されてみたい」である。この魔女は色々と凄いのだ。
「で、出来た、成功だわ・・・!げほ、げほっ」
見るからに疲労困憊といった様子で、しかしはしゃいでいる魔女の姿。彼女は実験開始から六日目にしてやっと目的の品を完成させた。
「おめでとうございます、パチュリー様!」
久しぶりの主の大声に小悪魔も飛んできて、パチパチと手を叩いて労う。
「ありがとう。流石に疲れたから、ちょっと紅茶を注いで頂戴。折角だからあなたも一緒に」
「は、はい!ただいま!」
返事通り小悪魔はすぐに紅茶の用意をしてくれた。が、
「ごめんなさい小悪魔、この後はすぐに休みたいから私の部屋を整えてきて欲しいの」
「もしかして私室の方ですか?珍しいですね」
ベッドなら図書館にも設置してあるので普段はそっちを使っており、自室は滅多に使わない。というかパチュリーにとっては自室よりも図書館の方が落ち着くのだが、
「相当お疲れなんですね。確かにここじゃあ埃で満足に休むことも出来ませんからね。わかりました、行って参ります」
「えぇ、紅茶を飲むのはあなたが戻ってくるまで待っているわ」
「構いませんよ、お先にどうぞ」
そう言い残し小悪魔が図書館を出て行ったのを確認してから、パチュリーは早速行動に出た。小悪魔は図書館では休息を取れないからだと思っていたが、実際はただの時間稼ぎに過ぎない。懐から透明な液体の入った小瓶を取り出し、小悪魔のカップに注ぐ。紅茶で薄まろうが関係無い。要は適量を飲ませればそれでいいのだ。
「これを飲めば小悪魔は・・・ふふふふふ」
パチュリーは笑いを抑え切れず、口から息が漏れ出ていた。誰が見ても不気味だ。そして小瓶を懐にしまった瞬間、
「ただいまです~」
「っ!?」
予想よりも遥かに早い小悪魔の帰還にパチュリーは驚き、思わずビクッとしてしまった。
「どうしたんです?」
「い、いえ、は、早かったわね」
「廊下で咲夜さんにお会いしまして、事情を話すと代わりに引き受けてくれまして」
―――糞メイドめ・・・っ!
何が完璧か、何が瀟洒だ、空気読めよ。無茶苦茶な文句を心の中で吐く主には気付かず、小悪魔は紅茶を飲んでいた。
―――はっ、今はメイドなんてどうでもいいわ。小悪魔・・・
紅茶には先ほどの薬・・・飲んだ者の主への忠誠心を二日間だけ無くさせる薬が混ざっているのだ。それを小悪魔は・・・飲み干した。それを見ながらパチュリーも紅茶を飲み干す。薬の効果は即効性、すぐに症状が現れる。
―――さて、結果は!?
「ふはぁ、ではパチュリー様、お部屋の方はもう咲夜さんが整えてくれてる筈なので、どうぞごゆっくりお休みになって下さい」
―――・・・あれ?
「小悪魔、ねぇ、あの・・・何か、私に言う事無いの?」
「?はい、だからゆっくりお休みに・・・」
「そうじゃなくて!だから、その~、文句だとか愚痴だとか、そういうのは?」
「そんなこと思うわけないじゃないですか」
そう言う小悪魔の笑顔は眩しかった。パチュリーは悟る。
―――あぁ、失敗だわ。でも・・・
パチュリーはまるで憑き物が落ちたかのように穏やかな心持ちになった。
「そうね、やっぱり疲れてるみたいだわ。じゃ、私は部屋に行くわ。小悪魔も後は好きにしていいわよ」
「はい、じゃあ後で夜伽に行きますね!」
「えぇ、よろしく」
そしてパチュリーは図書館を出て、久しぶりの自室のベッドに飛び込んだ。
「はぁ~あ、結局無駄骨だったかしら。まぁ、私も何を躍起になってたんだか」
薬が失敗だったとわかった瞬間、それまでオーバーヒート気味だった頭も冷静になった。小悪魔は小悪魔で十分ではないか。それ以上何を求めるのか。パチュリーはゆっくりとした動作でパジャマに着替えていく。
―――悪戯を仕掛けず、こんなに尽くしてくれるのは私に対してだけ。そうよ、何たって小悪魔はいつも私のことを気遣って、さっきだって夜伽までしてくれるって・・・・・・へ?
『夜伽』――夜、にゃんにゃんの相手をすること。
「キタぁあああああああ!・・・ァァアアあぁげほげほっ、げぼっ、・・・ふっ・・・うぇーっほっ、おほっえほっ、っげはっっ」
パチュリーは咽た。喉の奥で血の味がした。が、気分は最高にハイってやつである。
―――吃驚したわ、まさか小悪魔が私にあんなことを言うなんて。あまりに自然に言うもんだから、今の今まで認識出来てなかったわ。
いきなり「夜伽に行きます」などと言われても頭が処理し切れない。賢者だろうが何だろうが、恋は人を狂わせるのだ。そして急にパチュリーは心臓がばくばくと脈打ち出すのを感じ、落ち着かない気持ちになった。ベッドの上で無意味に跳びはねる。パジャマのボタンはまだ留めきれていない。
―――くる、クル、小悪魔が・・・来る!
と、部屋にノックの音が響いた。
―――来た・・・っ!
「どうぞ」
ぼいんぼいんとベッドでジャンプしていたパチュリーは一瞬で残りのパジャマのボタンを全て留めて横たわり、さっきからこの状態でしたが何か?と言わんばかりに落ち着いた様子で小悪魔を迎え入れた。
「お邪魔します。いやぁ、この部屋でパチュリー様とお話しするなんて何年ぶりでしょうか」
「そうね、私もドキドキしてるわ」
「そう言われると照れますね」
えへへと笑う小悪魔に、パチュリーの動悸もさらに上がる。彼女の頭の中は愛情と性欲で埋め付くされていた。と、そこであることに気付く。
「あら、あなたパジャマじゃないのね」
小悪魔の服装は先ほど図書館にいた時と同じ、司書服のままだった。
「あ、はい。別に私は寝るわけでもないので、このままでいいかと思いまして」
「え!?・・・だって、よ・・・よよ、よ、夜伽をっ・・・してくれるんじゃなかったの?」
小悪魔は何でもないことのように言ったが、パチュリーにはそんな軽い話では済まなかった。
「確かにあなたさっき、夜伽してくれるって言ったわよね!?」
「はい、だから今夜はずっとお傍にいますよ」
「?・・・・・・はっ!」
『夜伽』――主君や病人のためなどに、夜寝ないで付き添うこと。
―――そっちかいぃっっっ!!?
笑顔の小悪魔に項垂れるパチュリー。小悪魔は部屋の隅にあった椅子をパチュリーが寝ているベッドの横に移動させて腰掛けた。
―――勘違いとは・・・
もはや涙が出そうな程のショックである。しかし何とも紛らわしい言葉を使うものだ。これでは魔女でなくともそういう意味に捉えてしまうだろう。やはりこの娘は小悪魔だ、と思う魔女であった。落胆と共に、忘れていたそれまでの疲労感が一気に襲ってきた。
「ハアアアアアアアァァァァァァ・・・」
「ぅわもの凄い溜め息ですね、やはり早くお休みになられた方が良いですね」
「って言われても、魔女は疲労は感じても眠気は感じないわ」
「では子守唄を歌って差し上げましょう。デビルボイスは夢への誘い、快適で深い安眠をお約束します」
「永い眠りじゃないわよね?」
「まさか。少なくとも自殺願望はありませんよ?」
軽い冗談を言い合う二人。良い雰囲気ではある。
そして本当に子守唄を歌い出した小悪魔。その歌声は実に穏やかなもので、大きな声でもないのに不思議と耳に響いてくる。ざわついていたパチュリーの心に落ち着きを与えるような優しいメロディだった。小悪魔の故郷の言葉のようで歌の内容はわからなかったが、こういうのは曲の雰囲気を感じていればいいのだ。
―――へぇ、これは思った、以上・・・に・・・
どんどん重たくなってくる瞼に少しだけ抵抗して、横で歌っている小悪魔を見る。彼女の様子からは、パチュリーのことを心底心配してくれていたことがありありと伝わってきた。それに満足したパチュリーは瞼を閉じ、
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
―――あぁ、もういいわ・・・こんなに尽くしてくれる従者なんて、他に・・・いない、もの・・・それだけで・・・・・・
パチュリーが眠りについてからも、小悪魔はしばらく歌い続けていた。そして何が起こったわけでもなく、少しずつ声を弱めていき、歌は途切れる。無言でパチュリーの寝顔を眺めていた小悪魔は、そっと呟いた。
「・・・知っていましたよ、あなたのお気持ちは」
そう、小悪魔はパチュリーから向けられる自分への想いにとっくに気付いていた。それだけでなく、パチュリーが自分に悪戯されてみたいと思っていたことも、その為に今回のような魔法薬を作っていたことも、それを飲まされたことにも、全て気付いていた。気付いていて尚、悪戯を仕掛けず、薬も飲んだのだ。
小悪魔はパチュリーのことを慕っていた。それもかなりの昔からである。悪戯をしなかったのは主の気を引く為。薬を飲んだのも心から信用していたからである。
「私が忠誠心なんかであなたにここまで従っているとでも思ったんですか?そんなお行儀の良い種族じゃないのは知ってる筈でしょうに」
小悪魔の心にある忠誠心など僅かなもの。その心の大半を占めるのはパチュリーへの愛情であり、それこそが小悪魔がパチュリーに懸命に仕えられる理由である。それ程までに愛しているから、パチュリーが自分に向ける感情にも気付けたのだ。しかしパチュリーは小悪魔の気持ちには気付いてくれない。だから小悪魔はずっと待っているのだ。自分の気持ちに気付いてくれるぐらい、パチュリーも自分のことを好きになってくれるのを。
「お慕いしております。早く気付いて下さいね?鈍感魔女様」
パチュリーが自分で気付いてくれるまで、彼女は決して気持ちを明かさない。それがいつまでかかっても構わないぐらいには、小悪魔はパチュリーのことを愛しているのだ。
「その時はまた夜伽をさせて頂きます。もちろんパチュリー様の望む方の意味ですよ?」
敬愛する主人であり、愛しい人でもある魔女の唇に、小悪魔はそっと口付けた。それは熟睡していれば気付かないだろう、触れるようなキスだった。
こんなエラーあるんだな……
パチュは御米食べて頑張れ!w
>わかりました、言って参ります」
行って~の誤字ではないかと。
しれっと「後で○○に行きますね」って言うから期待してたのに!! そんな意味だったなんて……
でも、添い寝してもらうっていうのも意味としてはアリなのか?
四度目wwwひらがなでもダメなのかwww今度こそエラーでてくれるなよ!!!
パチュリーの作ろうとしている薬とかその理由なども面白かったです。
そこで諦めたら試合終了やでー!!!!!
英字ならばいけたか!
面白かった
これはニやけるこあパチェですね
すごく良かったです
にやにやが止まらなくなったんだがどうしてくれる。
ナイスこあパチュ
続きが見たい!
二人の性格もすごい好みだw
そーいやそんな意味でしたね…あれって…
カタカナに分解してもダメか…
ところでパッチェさんが死なない限り小悪魔が死なないなら
小悪魔が死んでも~ってあり得ないですよね。
要約すると、「いいぞ、もっとやれ」
さぁ、続きを書く作業に戻るんだ。
次は本当にタイトルまで行ってくれると信じているぞ!
紅魔図書館万歳。
けど、「・・・」がどうしても気になってしまったので-10点
中黒3つで「・・・」より、文章としては三点リーダ2つの「……」の方が普通かと思います
理想郷にやっとたどり着けたんだ
こっちまでどきどきさせられました。
本当によくやった。ありがとう。もっと書けぇぇぇえええええええ
テンポも良かったですし、お話のテーマも面白かったです。
とりあえず、みんな可愛い!
恐らく小悪魔の話は初めて読みました。
貴方の作品で読めてよかったです。どーも、ごちそうさまでした。