Coolier - 新生・東方創想話

タイトルばれ

2009/11/12 05:12:08
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その日は月夜であり、その時、僅かに月光が遮られた。
雲でもかかったのだろうと、特にそれを気にする者はいなかった。
1人を除いて。

――いつも陰鬱で、そして静かな魔法の森。
彼女は飛び去っていく人型の「それ」を見上げていた。




 スカーレットの一夜抄 ~空飛ぶゴリアテ人形の謎を追え~




私、フランドール・スカーレットはただ今、縫い物をしている。
パチュリーの図書館でさんざん探して見つけてきた手芸の指南書がお手本である。(…ほとんど理解できないが)

私は破壊の能力を持っているのだが、これがどうにも不安定で、うまくコントロールできないのだ。
ならば逆にと、何かを作ってみる事にしたのだ。ちょうど、作りたいものもあったし。

影と光、躁気と鬱気、寒気と暖気、現と幻、その他よろずの事象。
なべて見てみると、色んな物事は相反するもの同士が作用し合ってバランスを取っていることに気づく。

なら、破壊だけしか行わない私が、その逆の力の修練を積めばどうなるか?
そう思ったのが最初。
逆の力とは、つまり創造である。

まあ、作るというのは一口に言っても様々だ。
形がない物を作ることができる奴も多い(たとえばカリスマとか)。

私にはそういう力はないようなので、ひとまず物質的な『創造』を目指してみることにしたのだ。
それで縫い物を始めた。創造というよりは創作でしかないような気もするが、出来ることから始めてみることが大事なのである。
練習を始めて、そろそろ一週間を過ぎただろうか。だが…。

「むぎぎ」
目測を誤った為に糸の長さが足りない。
指先に針がチクリと刺さる。
糸きりハサミで布が切れる。
端的に言うとあまり上達していない。

…ダメだ。気分転換が必要である。
私は自室を出て、階段を上っていった。
逃げた訳ではない決して。








すこし後。
フランドールは何をするでもなく窓の外を眺めていた。
地下にある彼女の自室には窓がないのだ。
だからこうして館の最上階の窓に張り付いている。

静かな月夜。
窓際の静寂は、他の場所のものとは異質なように感じられた。
一人の時間が長い彼女だからこそ、静けさに対しての感覚は鋭いのかもしれなかった。

「外が見えてる、ってのが…外と繋がってる、っていうのが重要なのかな。外と繋がっているからここは、室内の空間ではひときわ異質、なんつって」
ぼそぼそと独り言。
外には初冬の夜の下、紅魔館の誇る庭園の木々がおとなしくそよいでいた。


そして窓際に佇むフランドールを、ひそかに見ている者があった。
レミリア・スカーレットだ。
彼女は妹の姿をそっと見つめ、妹の見ている先に目をやっていた。
窓の外には、何も特別なものは無い様だ。
変わったものは無い様なのだ。

けれども彼女は、そこに異質な何かを見た。

真夜中。
レミリア・スカーレットは館を出る。
話はそこから始まるのだった。





「お嬢様」
レミリアが館の正面玄関を出る所で、彼女を呼び止める声があった。
十六夜咲夜だ。
一人外出しようとするレミリアに付き添うつもりらしい。

レミリアは片手を挙げ、咲夜が近づくのを制止した。
「咲夜。今夜、私は一人で出かけるわ。供は、よい」
「ですが」

咲夜が食い下がるが、レミリアはこう言ったのだ。
「本当に、いいのよ。それよりもね、咲夜。フランをお願い」
「……妹様、ですか?」
「そ。任せたわよ。朝には戻るわ」
そうとだけ言って、レミリアは背中を向けて門を飛び出した。

レミリアは、彼女にしか見えなかった「それ」を追いかける。
翼をばさと広げ、夜空に吸血鬼が舞った。










魔法の森にある私の家は、基本的には静かだ。清潔でもある。
ただし大抵の人妖にとって居心地が悪いだろうことは、容易に想像できる。
何故ならこの家は人形まみれだから。

人形は色々なものをその身に宿す。吸い寄せるようにして。
それは過去だったり、どうしようもなく癒えない何かだったり、魔法だったり厄だったり呪いだったりする。

何故なら人形とは『ヒトに近いこと』を目的として作られたモノだからだ。
だから、ヒトが本来受け止めるはずの様々を、底なしに吸い寄せていくのだ。
ヒトが抱えきれない何やらを、代わりに受け止める為に作られたのが人形の起源だ、とする向きもあるくらいだ。

だから人形は怖いのである。
色んなものを吸い込んで、ただただ受け止めて、それで静かに佇んでいるから。
何が飛び出すやら分からないのに何も飛び出さないから。


まあ、そこが魅力なのだが。


…そして、その魅力が揺らいだ存在が、すこし前から私の家に住み着いている。
まあ、ようするに付喪神である。
物言わぬゆえに万言をかたる人形が、自身の意思を持ち喋っているのは、なんというか興ざめな気がしないでもない。

「……アリス様」
そいつが喋った。アリスとはもちろん私である。
「何よ」

「何といいますか、複雑そうなお顔をされていますな」
「……」

この付喪神、見た目は本当に可愛らしい人形である。
幼い少女が抱えているような、微笑ましいデザインの人形。
中身はどうしてこうして、一筋縄でいかないようだが。

こいつを我が家に持ち込んだのは、私の気まぐれみたいなものである。
初めてこいつを見たとき、この人形は地べたに倒れてぴくりとも動かなかった。

全体に、ボロボロだった。
両手がもげて紛失していた。
おまけに弾幕ごっこの流れ弾に当たったらしく腹部に穴があいていた。(そして困ったことに、その弾幕ごっこをやっていたのは他ならぬ私だったのだ)

それでもそいつは、可愛らしい容姿だったのだ。
さらに、人形のつくりはシンプルだが技巧の光るもので、すこし興味が湧いたことは否定できない。

修理しよう。
そう思って、その人形を我が家に運んできたのだった。
腹部はとりあえず詰め物をするとして、この人形の失くした腕だ。どう直すか。
原型も不明だから、私が作ることになるだろう。

それは創作といって良かった。

私はすこしワクワクしていたのだ。
素敵な人形に、素敵な腕を付けてやれるかどうか。
そう、作るというのは、悪くない作業である。

そしてデザイン案をいくつか出し、修理し、作った腕を取り付けたら人形が喋りだしたのだ。
気絶状態から覚めたようなものか。

…そうか、綺麗な人形だもの。
大事にされて飾られて、たとえば窓際に飾られて、おそらくは何年も月光とか浴び続けたのだろう。
付喪神の可能性を考えなかった自分が恨めしい。


まあいい。
私は立ち上がり、戸を開けて外に出た。

「どこかへ行かれるのですか?」
付喪神が声を掛けてきたが、私は首を横に振った。

以前から製作中のゴリアテ人形。の、多少、小型化したものを家のそばに置いている。
私はそこへ向かった。興味があるのか、付喪神もついてきた。

ゴリアテ人形はいかんせん巨大すぎるから、縮小スケールのものを作って、それを動作テストに用いている。

それの前に私は立った。
二分の一スケールのゴリアテ人形。
飛行能力搭載の試作型である。

組んでおいた魔法陣を起動すると、唸るような低音が鳴り始める。
ほどなく試作ゴリアテ人形はガガ、と魔法の翼を広げ、月の夜空に飛び去っていった。

「飛行実験開始。離陸成功。四半刻の飛行を想定、神社上空で折り返し当館に着陸を予定…と。ま、こんなきっちりやる必要もないかしら」
「ほう、あれほど巨大なものが飛ぶのですか」
「あれでも、小型の試作品。最近じゃお寺も飛ぶからねえ。大したことではないわ」
「はあ」

付喪神は、試作ゴリアテ人形の飛び去った方をじっと見つめているのだった。






「ふむ、ふむ」
レミリアは楽しげに空を飛んでいる。
やはり夜空は良い。どうしたって吸血鬼が主人公だ。

「私が見た、あれは…こっちだな」
レミリアが追いかけているもの。
それに向かって彼女は翔ける。

ほどなく、彼女は空飛ぶ巨大な人形を見つけたのだった。

謎めいた飛行物体。
とはいえ、レミリアにはこれを作った人物に見当がついている。
彼女は空飛ぶそいつの頭のあたりに座って、おお楽ちんと景色を楽しんだ。

はたして巨大人形が降下をはじめ、着陸したのは魔法の森。

「やはりあんたか」

レミリアは人形の頭の上に立ち、眼下の人物に声をかけた。








そろそろ、試作ゴリアテ人形が帰還してくる時間である。
庭に出て、私は夜空を見上げていた。
一緒に出てきた付喪神も、頭上を見上げている。

「アリス様」
そいつが私の服の裾を引っ張った。

「なに?」
と問うと、そいつはこう言うのだ。

「私はヒトの思いに、わりに敏感です」
「?」
「何か、近づいてきます」
「近づいて?」
「強い思いが近づいてくるのが感じられるのです」

そいつの様子は妙に真面目だった。

『思い』と言った。
愛玩される人形とは、ヒトの様々な思いを受けて変化していくモノだから、人形の付喪神たるこいつはヒトの思念を感じ取る能力があっても不思議ではない。
つまり、意思を持った何者かが近づいてくるらしい。

…と、いっても、別段気を張ることもあるまい。
ここは幻想郷なのだ。
何かが来るなら迎えてやれば良いのだ。

ぽんぽんと人形の頭を撫で、私は月夜に目を向けていた。







やがて、試作ゴリアテ人形がアリスの目の前に戻ってきた。
どしん、と音を立て着地する。
その頭の上に、誰か乗っていた。

「やはりあんたか、」
開口一番、そいつはそう言ったのだ。

「アリス・マーガトロイド」
そいつは紅魔館の吸血鬼…レミリア・スカーレットだった。
すぐに彼女は言葉を続ける。

「突然なんだけど、貴方」
レミリアが両手を広げ、辺りには紅い魔力が満ちみちていく。

「私と勝負なさい」
そう言って、唐突にレミリアはアリスに向かって突進してきたのだ。

アリスは少しばかり驚いた。
こいつ、何しに来たのかと思えば喧嘩を売りにきたらしい。

「まったく、何考えてんだか…」
弾幕ごっこは嫌いではない。
人形を展開してレミリアの攻撃を受け止め、アリスは楽しげに笑った。

対峙する妖怪2人。
少し離れて、付喪神は静かに見守っている。







そして、翌朝である。

紅魔館の図書館から、レミリアと誰かが連れ立って出てきた。
通りかかった咲夜が見てみると、

悪魔の羽。
悪魔的ヘアバンド。
悪魔的しっぽ。
悪魔的ワンピース。
悪魔的黒ブーツ。

…などなどを身に着けた、図書館の小悪魔のまがい物のような姿の少女がそこにいたのだ。
よく見なくてもアリス・マーガトロイドだった。

「……。」
「……何よ」
「いえ何も」

咲夜は思わず絶句したが、(まあどうせお嬢様が何か思いついたんでしょう)と考え、特に突っ込んで尋ねたりはしなかった。
アリスとレミリアの2人はそのまま歩いていった。


「ねえ、お嬢さん」
「お嬢様と呼びな、アリス」

昨夜の弾幕ごっこ。
レミリアに敗北を喫したアリスは、レミリアに(半ば強制的に)頼まれて、紅魔館までついてきたのだった。

「……お嬢様。私はあんたの使い魔になるんだったわよね、今日一日だけ」
「そ。快諾してくれて感謝するわ」
「それで、何でこんな仮装じみた格好しないといけないのかしら?」
「悪魔の使い魔は大体そんな格好なのよ。細かいことは気にしない」


レミリアは昨夜、アリスに頼み事をしに来たのだった。
アリスでなくとも良かったのかは分からないが、とにかく、空飛ぶ人形を追いかけた先にいる人物を連れて来たいらしかった。

レミリアの頼み事を、アリスは了解した。
もっとも、レミリアがさんざんにやっつけた後での頼み事だから、快諾だったのかは定かではないが。


「じゃ、アリス。私の命令を聞きなさい」
レミリアはアリスを見上げ、ふんぞり返って宣言した。

「はあ」
アリスはもうどうにでもなれという顔である。

「そこの階段の先に、地下室がある。地下室には私の妹がいるから、相手してやって」
「はあ?」

アリスは怪訝な顔をした。
レミリアが両手を合わせて、哀願するようなポーズをしたのだ。
それから彼女はこう言った。

「お願い」

どうにも断りづらいなとアリスは思った。








「ふーん、ふん、ふん」
鼻歌しながら、フランドールはベッドに寝転がっていた。
自分で焼いたクッキー(以前、メイドの咲夜に作り方を習った)を摘みながら読書をしている。

突然、あまり他人の入ってこない彼女の部屋に、階段を下りて少女がやって来た。
ん?とフランドールが目を向けると、そいつは何となく居心地が悪そうな顔をしている。

が、
「……あら」

急に、少女は明るい声を上げたのだ。
何かに目をつけたらしかった。
つかつかとフランドールの部屋を横切っていく。

「…?」
フランドールはちょっと面食らってしまう。
何だ?

「これ、貴方が作ったの?」

と言って、少女は拾い上げたそれを見せてきた。

作りかけの人形だった。
布を縫い合わせ、中に綿を詰めている。

「うん、そうだけど…あんた、誰?」
「私はアリス。…そんな事はどうでもいいわ。これ、なかなか良いわ」
「…はあ」

少女はアリスと名乗った。
変な格好をしていたから気づかなかったが…そういえば、フランドールにも見覚えがある。


「…私はフランドール。それ、あんまり上手くないと思うけど」
じっさい、綺麗に作れているとは言いがたいのだ。
自分の作ったモノを褒められるのは、なんだか、ぼやーっとして、照れるような気分だが。

「まあ、これは確かに下手だけどね」
アリスは何だか楽しげである。
フランドールは、がく、と肩を落としそうになった。

でも、とアリスは続ける。

「上手い下手だけじゃないの、人形ってのは。これは、良い人形よ」
「はあ」
「だって、ねえ、フランドールさん」
「フランでいいわよ、アリスさん」
「そう。ねえフラン、これは良いわ。誰が何と言おうと、私が保証するわ」
「……?」


アリスは静かな確信を持っていた。
なぜなら人形の素敵さとは、そこに篭る思いに比例するからだ。
他者の思いに聡い付喪神のように、ヒトの思いを吸い込んでいくことが出来るからだ。

だからこの人形は、文句なしに良いのだった。

アリスは言った。
「だって、これ、お姉さんなんでしょう?」


それはレミリアをかたどっていたのだった。





その頃。
レミリアは咲夜に命じて供をさせ、2人して厨房に篭っていた。

「お嬢様、昨夜はどこへ行ってらしたんですか?」
卵を運んできながら、咲夜がレミリアに尋ねた。

「別に。ちょっと運命の切れっぱしが見えたから、追いかけていっただけ」
咲夜から卵を受け取り、レミリアはそれを割ってボールに入れた。

「運命、ですか。私はてっきり、いつもの気まぐれかと」
「失礼ね。昨夜のも気まぐれよ」
「失礼しましたわ」

かちゃかちゃかちゃ。
不器用な手つきで、レミリアはボールの中身をかき混ぜていく。


「それでお嬢様。なんでまた、あの娘を連れてきたんです?」
「何か、色々とくっ付いてたのよ。運命が」
「よく分かりません」
「私も、」

レミリアは砂糖とか小麦粉とかその他諸々も混ぜたそれを型に流し込み、オーブンにゆっくりと入れた。

「よく分かんないんだけどね」



運命を追いかけた、とレミリアは言った。
どんな運命を追いかけたのだろう、と、咲夜は思った。





「……図面も無しに作ってたの。そりゃ、いびつになる訳だわ」
「むむ。だって、まっすぐの線って難しいんだもの」
「何なの、それは…ほら、頑張りなさいな」
「むぎぎ」

しばらく後。
アリスはフランドールに、人形作りの指導をしていた。
フランドールが、何かを作ることに、特に人形作りに興味を示している事を知ったからである。
アリスは人形作りのプロだったのだ。色々な面で。







そもそも私が人形を縫うことにしたのには、理由がふたつある。
ひとつには、自身の能力コントロールの可能性を探して。

そして、もうひとつの理由。
実際、それのせいで、私は今日、人形を作る気になったのだと思う。だって今日は…。

とととととと、
誰かが階段を駆け下りてくる音がした。








「ねえ咲夜、今日って何の日か分かる?…以前、あの子にケーキを持っていったら…そうそう、破壊されてしまってねえ」
「ええ」
「それを食べるってことが出来なかったんだよね、以前のあの子は。去年までのあの子は」
「……今は、違うのでしょうか?」
「…さて、ね。でも何となく、今、持っていくのは大丈夫な気がするのよ」
「運命で、そう見えたんですか?」


「いや、」
レミリアは微笑んだ。

「そんな気がするだけよ」







レミリアが部屋に駆け込んできたのを見て、アリスは少し、合点がいった。
結局、昨夜からの一切合財は、このために行われたんだろうな、と。

「フラン!」
「…お姉さま?」

レミリアが持ってきたのは、いびつなケーキだったのだ。
手製であるのは一目でわかる。

「おめでとう、フラン」
「……!」

フランドールは、初めて誕生日を祝われているのだった。


彼女が人形を作っていたのは、ひとつには、誕生日に独りなのが寂しいからなのだった。
じっさい、彼女が独りの誕生日を『寂しい』と思えるようになったのは、実に、これが初めてのことだったのだ。

レミリアは、その妹の変化に気づいていたのだろうか?
妹がようやく『誕生日を祝って欲しい』という、まっとうな心を取り戻したことに、気づいたのだろうか?

「…、お姉さま。私、わたし」
「ケーキ焼いたのよ、私。咲夜に習ってね。味は保障しないが」

レミリアは気づいていたのだろう。
そうに違いない。


何だか不思議な、よく分からない素敵なものがこみ上げて来るので、アリスはそっと部屋を出て、地上への階段を上っていった。
お誕生日おめでとう。







 * * * * * *

狂気ゆえに外に出してもらえず、自分から地下室を出てくることもなかったフランドール。
それを変えたのは妙な人間達との弾幕ごっこなのでしょう。

…当SSには出てこなかったけど


(ひとまず、読了ありがとうございます)
ガブー
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コメント



0.660簡易評価
7.80名前が無い程度の能力削除
このフランはできる子だなぁ。
全体的にほんわかしていていい感じでした。
11.100名前が無い程度の能力削除
なんてカリスマ。お嬢様かっこいい。