「やぁやぁそこ行くネズミさん、そんなに急いでどこに行くの?」
暖かな春の夜空に、鈴を転がしたような澄んだ声が届いた。
弾むような楽しげな声は、ともすれば歌っているようにも聞こえて、ナズーリンはキョトンとした様子でその声に視線を向ける。
彼女が飛行するその下にある林道、その道にぽつんと佇むひとつの屋台。
ほぅっと、ナズーリンはその物珍しさに吐息をこぼす。
この様な人気のない場所に屋台を出すその根性、店主はよっぽど酔狂なのだろう。
物珍しさに彼女はその場所に降下していくと、やがて見知った顔が店内から覗いて「いらっしゃい~」なんて間の抜けた挨拶をかけたのであった。
「こんな場所に屋台なんて置くから、どんな酔狂な人物かと思えば君か」
「ほほ~う、ネズミはネズミらしく小生意気ということね」
「いやいや、ネズミは小賢しいものだよ夜雀」
しれっと言ってのけ、肩をすくめたナズーリンは屋台に備え付けられた椅子に座り込む。
彼女の主人がうっかりなくした道具を探しに来てみれば、こんな隠れた店に出くわすとは、たまにはあの主人のうっかりに感謝してもいいかもしれない。
隠れた名店になるのか、それとも迷店になるかは、まだ判断がつけられないが。
一方、先ほどのナズーリンの言葉を気にした風もなく、屋台の店主、ミスティア・ローレライは「違いない」と苦笑して注文を問うた。
「して、注文は何かな客人?」
「実はまだ仕事中でね、お酒は遠慮願おうかな。君のお勧めを教えておくれよ」
「当店のお勧めは八目鰻の蒲焼になっております。寧ろそれしかない」
「なるほどなるほど、それは是非とも料理の種類を増やすことをお勧めするね」
「ふっふっふ、私はあいにく非才の身でね、100の技を磨くよりも1を究極まで究める道を選んだのさ」
「カッコいいね、実にすばらしいよ。それが料理でなければの話だがね」
「いやいや、これは手厳しい」とミスティアはけらけらと笑う。
こちらの皮肉もあっさりと交わすあたり、よほど人付き合いになれているのか。
なるほど。思った以上に客のあしらい方は心得ているらしい。今の会話の間にも、すでに彼女は八目鰻を手際よく捌いている。
「にしても仕事中に屋台によるなんて、ネズミも暇してるのかしら?」
「なに、後は探し物を持って帰るだけでね、仕事なんてほとんど終わったようなもんさ。こっちはご主人のフォローであちこち走り回るんだから、このぐらい罰は当たらないよ」
「と~っとこ~、走るよナズ太郎~♪」
「……なんだい、その歌?」
「ネズミがとっとこ走ると聞いて」
ジューッと香ばしいにおいが鼻腔をくすぐる。
網目の上で焼かれている八目鰻に特性のたれを塗りつけながら、相変わらずミスティアは上機嫌に歌を口ずさむ。
耳に自然と入り込むような澄んだ歌声。いつもは激しい曲調の歌ばかり聞いていたものだから、こういう歌も歌えるのかと感心した。
「君は気楽でいいね。実に、実に自由だ」
「そういうあなたは窮屈そうね。主人のために奔走するネズミは今日もあちこち走り回るのです」
「あぁ、まったくだ。ご主人もあのうっかりはどうにかしてはくれないかな。そうすれば、私ももう少し楽が出来るって言うのに」
はぁっと、小さくため息。
何事にもまじめで真剣なのはかまわない。誰にでも優しく、何事もそつなくこなせるというのに、どうしてあんなにも致命的なうっかり癖があるのか。
そのうっかりさえなくなってしまえば、自分はどれほど楽が出来るだろうと考えて少し憂鬱になった。
そんな彼女を視界に納めて、ミスティアはくすくすと笑う。
「でもさ」
「ん?」
「嫌いじゃないんでしょ? あの虎のご主人のこと」
そこに、からかいは含まれていない。真摯で優しい笑みを浮かべたミスティアが、子供をあやすように言葉にする。
そんな彼女の笑顔が、その人の良さそうな優しい笑顔が、不意に、彼女の主人と重なった。
「まぁ、ね」
気恥ずかしそうに視線をそらしたナズーリンの様子に、ミスティアは「そうでしょそうでしょ」と何処か嬉しそう。
彼女の言葉のとおり、なんだかんだと愚痴をこぼしたナズーリンだが、決して主人である寅丸星のことを嫌っているわけではない。
まじめで何事にも真剣なところも、ここ一番のところで致命的なうっかりをやらかすところも、そのくせ何かあったら自分を頼ってくるその情けない姿も。
どれもこれも、あの人の魅力。ナズーリンが好きで堪らない彼女の姿。
「さぁ、出来上がったよ。存分に召し上がれ」
そんな彼女の様子を視界に納めながらも、ミスティアは気付かないふりをして出来上がった八目鰻の蒲焼を皿に乗せて彼女の前に差し出した。
なんだか釈然としないが、せっかく調理してもらった料理が冷めてしまうのも気が引ける。
串を持って、ハクッと一口。
特性のたれの旨味が利いたその味は、ミスティアの自信に見合うほどおいしかった。
▼
「さて、私はそろそろお暇するよ」
「ありゃ、もう帰っちゃうのかい? 寂しいねぇ」
「ふふ、なんなら君、私に釣られてみるかい?」
「おぉ、なんといやらしい響き。でも遠慮しちゃう」
勘定を払い、お互い他愛もない会話を交えてけたけたと笑う。
「それじゃあね」と言葉にして、ナズーリンはきびすを返して歩みを進める。
ふと、彼女は足を止める。なんと無しに後ろを振り返れば、そこにはミスティアがこちらに手を振っていた。
彼女の視線に気がついたか、ミスティアが優しい笑みを浮かべた。ナズーリンの主人がよく浮かべる、彼女の好きなあの笑顔を。
「どうしたの?」
「あぁいや、なんでもないよ。味が気に入ったからね、また来るよ」
そんな風に誤魔化して、ナズーリンはふわりと空を飛ぶ。
すっかりと夜の帳が落ちてきて、ふと下に視線を向ければミスティアの友人らしき者たちが集まりだしていた。
その光景を見て苦笑をこぼすと、ナズーリンはふと言葉をこぼす。
「あぁ、ご主人のうっかりもたまには悪くないね」
「今度はご主人も連れてくるか」と呟いて、ナズーリンは命蓮寺に向けて飛行速度を上げる。
今頃、帰りの遅いナズーリンを心配して、寅丸星はきっとパニック寸前に違いない。
その様子を想像すると、これが思いのほか面白く実にそそられて、ナズーリンは薄く笑うのであった。
ちょうどその頃、帰りの遅いナズーリンを心配して涙目だった星の背中を、ゾワリと凄まじい悪寒が走ったのだが、彼女がその理由を知るはずもない。
暖かな春の夜空に、鈴を転がしたような澄んだ声が届いた。
弾むような楽しげな声は、ともすれば歌っているようにも聞こえて、ナズーリンはキョトンとした様子でその声に視線を向ける。
彼女が飛行するその下にある林道、その道にぽつんと佇むひとつの屋台。
ほぅっと、ナズーリンはその物珍しさに吐息をこぼす。
この様な人気のない場所に屋台を出すその根性、店主はよっぽど酔狂なのだろう。
物珍しさに彼女はその場所に降下していくと、やがて見知った顔が店内から覗いて「いらっしゃい~」なんて間の抜けた挨拶をかけたのであった。
「こんな場所に屋台なんて置くから、どんな酔狂な人物かと思えば君か」
「ほほ~う、ネズミはネズミらしく小生意気ということね」
「いやいや、ネズミは小賢しいものだよ夜雀」
しれっと言ってのけ、肩をすくめたナズーリンは屋台に備え付けられた椅子に座り込む。
彼女の主人がうっかりなくした道具を探しに来てみれば、こんな隠れた店に出くわすとは、たまにはあの主人のうっかりに感謝してもいいかもしれない。
隠れた名店になるのか、それとも迷店になるかは、まだ判断がつけられないが。
一方、先ほどのナズーリンの言葉を気にした風もなく、屋台の店主、ミスティア・ローレライは「違いない」と苦笑して注文を問うた。
「して、注文は何かな客人?」
「実はまだ仕事中でね、お酒は遠慮願おうかな。君のお勧めを教えておくれよ」
「当店のお勧めは八目鰻の蒲焼になっております。寧ろそれしかない」
「なるほどなるほど、それは是非とも料理の種類を増やすことをお勧めするね」
「ふっふっふ、私はあいにく非才の身でね、100の技を磨くよりも1を究極まで究める道を選んだのさ」
「カッコいいね、実にすばらしいよ。それが料理でなければの話だがね」
「いやいや、これは手厳しい」とミスティアはけらけらと笑う。
こちらの皮肉もあっさりと交わすあたり、よほど人付き合いになれているのか。
なるほど。思った以上に客のあしらい方は心得ているらしい。今の会話の間にも、すでに彼女は八目鰻を手際よく捌いている。
「にしても仕事中に屋台によるなんて、ネズミも暇してるのかしら?」
「なに、後は探し物を持って帰るだけでね、仕事なんてほとんど終わったようなもんさ。こっちはご主人のフォローであちこち走り回るんだから、このぐらい罰は当たらないよ」
「と~っとこ~、走るよナズ太郎~♪」
「……なんだい、その歌?」
「ネズミがとっとこ走ると聞いて」
ジューッと香ばしいにおいが鼻腔をくすぐる。
網目の上で焼かれている八目鰻に特性のたれを塗りつけながら、相変わらずミスティアは上機嫌に歌を口ずさむ。
耳に自然と入り込むような澄んだ歌声。いつもは激しい曲調の歌ばかり聞いていたものだから、こういう歌も歌えるのかと感心した。
「君は気楽でいいね。実に、実に自由だ」
「そういうあなたは窮屈そうね。主人のために奔走するネズミは今日もあちこち走り回るのです」
「あぁ、まったくだ。ご主人もあのうっかりはどうにかしてはくれないかな。そうすれば、私ももう少し楽が出来るって言うのに」
はぁっと、小さくため息。
何事にもまじめで真剣なのはかまわない。誰にでも優しく、何事もそつなくこなせるというのに、どうしてあんなにも致命的なうっかり癖があるのか。
そのうっかりさえなくなってしまえば、自分はどれほど楽が出来るだろうと考えて少し憂鬱になった。
そんな彼女を視界に納めて、ミスティアはくすくすと笑う。
「でもさ」
「ん?」
「嫌いじゃないんでしょ? あの虎のご主人のこと」
そこに、からかいは含まれていない。真摯で優しい笑みを浮かべたミスティアが、子供をあやすように言葉にする。
そんな彼女の笑顔が、その人の良さそうな優しい笑顔が、不意に、彼女の主人と重なった。
「まぁ、ね」
気恥ずかしそうに視線をそらしたナズーリンの様子に、ミスティアは「そうでしょそうでしょ」と何処か嬉しそう。
彼女の言葉のとおり、なんだかんだと愚痴をこぼしたナズーリンだが、決して主人である寅丸星のことを嫌っているわけではない。
まじめで何事にも真剣なところも、ここ一番のところで致命的なうっかりをやらかすところも、そのくせ何かあったら自分を頼ってくるその情けない姿も。
どれもこれも、あの人の魅力。ナズーリンが好きで堪らない彼女の姿。
「さぁ、出来上がったよ。存分に召し上がれ」
そんな彼女の様子を視界に納めながらも、ミスティアは気付かないふりをして出来上がった八目鰻の蒲焼を皿に乗せて彼女の前に差し出した。
なんだか釈然としないが、せっかく調理してもらった料理が冷めてしまうのも気が引ける。
串を持って、ハクッと一口。
特性のたれの旨味が利いたその味は、ミスティアの自信に見合うほどおいしかった。
▼
「さて、私はそろそろお暇するよ」
「ありゃ、もう帰っちゃうのかい? 寂しいねぇ」
「ふふ、なんなら君、私に釣られてみるかい?」
「おぉ、なんといやらしい響き。でも遠慮しちゃう」
勘定を払い、お互い他愛もない会話を交えてけたけたと笑う。
「それじゃあね」と言葉にして、ナズーリンはきびすを返して歩みを進める。
ふと、彼女は足を止める。なんと無しに後ろを振り返れば、そこにはミスティアがこちらに手を振っていた。
彼女の視線に気がついたか、ミスティアが優しい笑みを浮かべた。ナズーリンの主人がよく浮かべる、彼女の好きなあの笑顔を。
「どうしたの?」
「あぁいや、なんでもないよ。味が気に入ったからね、また来るよ」
そんな風に誤魔化して、ナズーリンはふわりと空を飛ぶ。
すっかりと夜の帳が落ちてきて、ふと下に視線を向ければミスティアの友人らしき者たちが集まりだしていた。
その光景を見て苦笑をこぼすと、ナズーリンはふと言葉をこぼす。
「あぁ、ご主人のうっかりもたまには悪くないね」
「今度はご主人も連れてくるか」と呟いて、ナズーリンは命蓮寺に向けて飛行速度を上げる。
今頃、帰りの遅いナズーリンを心配して、寅丸星はきっとパニック寸前に違いない。
その様子を想像すると、これが思いのほか面白く実にそそられて、ナズーリンは薄く笑うのであった。
ちょうどその頃、帰りの遅いナズーリンを心配して涙目だった星の背中を、ゾワリと凄まじい悪寒が走ったのだが、彼女がその理由を知るはずもない。
そして作者よ、実は貴方ライダー大好きだろw
マジ狩るシリーズ待ってますよぉ。
ナズ太郎って女の子なんだから太郎は…