Coolier - 新生・東方創想話

秋はやっぱり宴会でしょ

2009/11/08 08:31:31
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「霊夢。秋なのに、どうしてお前の神社は何もしないんだ?」
「秋だからって、神社が何をどうしろっていうのか、そこんとこ詳しく」
「この前、早苗のところでやってたぞ。結構、人も来ていたみたいだが」
「それで、どうして私のところでもやらないといけないの」
「やらないのか?」
「いい。魔理沙?」
 そこで、ようやく、情景描写の挿入がなされた。
 巫女は、やたら遠いものを眺める瞳で空を眺めつつ、小さなため息をつく。それから、おもむろに、脇に置いてあった湯飲みを手に取ると、その中身を一口。
 ……一応、入っているのはお茶なのだが、半分以上、ただのお湯だった。さすがに、出がらし二十回目は無理があったと言うしかない。
 遠くを飛んでいく、よくわからない鳥の鳴き声。それを聞きながら、彼女は一言。
「……何をするにも、先立つものは必要なのよ」
「うわ切ねぇ」
 というわけで、今日も、博麗神社の境内には木枯らしが吹いていた。

「第一さぁ、本来、神社ってのは神様を祭るところなんだから、存在しているだけでありがたいの。わかる?
 存在自体がありがたいものを、さらにありがたがってどうするのよ。
 ありがたがるをありがたがりすぎてありがたがるといずれありがたさがありがたくなくなるのよ。どうよ読みづらいでしょ」
「何が言いたいんだお前」
 さすがに、普段、ツッコミを入れられる側の魔法使い――魔理沙がツッコミ側に回る一言だった。
 巫女――霊夢は、お茶の脇に置いてある大福を手に取った。
 ちなみに、この大福、今、彼女が言ったとおり、ありがたがるをありがたがりすぎたが故に半分近くにかびが生えてしまった代物である。常識的に考えて、大福を神棚に祭る神社というものは存在しないのだが、それはここ、博麗神社。常識的な考えが通用しない場所であるだけに、そう言うことも当たり前にあり得るところなのである。
「結局、何もしないのか。もったいないな。
 せっかく、建物は立派なのに」
「建物は立派でも、なかなかね」
 外見が立派だと言うだけで人がやってくるというのなら、それこそいくらでも立派にしてみせるのだが。
 だが、悲しいかな、世の中の人々は、こうした神域に俗なものは求めないものなのだ。
「たまには巫女らしいことしたらどうだ?
 そうやって、一日中、だらけてるから、逆に客が遠ざかってるんだと思うぜ?」
「それにプラスして、ここは妖怪のたまり場だからね。
 本来、神様を恐れるはずの妖怪が、神様何のそので居座ってたら、そりゃ、人も来なくなるわよ」
 御利益ゼロじゃない、と霊夢。
 思わず、魔理沙も、そりゃそうだと納得してしまう。
「それでもさ、ほら。何かあるだろ?」
「何よ、妙に絡むわね」
「霊夢……。私は、お前の友人として、純粋にお前のことを心配してるんだぜ?」
「意訳すると、何か理由つけて騒ぎたいだけでしょ?」
「ばれたか!」
「ばれるわ」
 あんたとの付き合いは短くない、と霊夢は言った。
 そうして、またお茶を一口して。
「……あー、秋はいいわねぇ。木枯らしが冷たくて」
「お前、ほんと切ないな」
 それじゃ、そろそろ。
 何をするつもりなのかわからないが、霊夢はゆっくり、よっこいしょ、と言わんばかりに立ち上がった。魔理沙が彼女の背中に視線を送る中、『ご飯はおごらないわよ』と釘を刺して、母屋へと戻ろうとして。
「ごきげんよう」
 ――彼女は、足を止めた。
 境内の一角に、突如として現れる不気味な亀裂。その中から『ひゅ~どろどろどろ』などというBGMと共に登場したのは、霊夢が、『神社が流行らない原因』としてあげた存在だった。
「あんたの性格じゃないでしょ、それ」
「あら、幽霊も妖怪も物の怪の類と考えれば、十把一絡げ」
「あんたがそれでいいなら、私は何も言わないけど」
 ふわりと、音も立てずに境内に舞い降りる。
 その相手は、片手に一升瓶を持って『どうかしら?』と視線で訊ねてきた。もちろん、霊夢は『真っ昼間から酒が飲めるのはおめでたい時だけ』と取り合わない。
「それにしても、霊夢。
 相変わらず、あなたの神社は寂しいわね」
「ほっといて。
 いいじゃない、別に」
「あまり寂しすぎると、泣くわよ」
「誰が」
「さあ。誰かしら」
 一升瓶を手にした手とは反対の手に杯を持って。
 彼女――八雲紫は「昼から飲むお酒は格別よ」と意地悪な笑みを浮かべた。
「おーい、紫~。私にも一杯くれ~」
「あら、酔っぱらい運転は事故の元よ」
「そいつなら大丈夫でしょ。事故の一つや二つ、酒の肴にしかしないわよ」
「そういうことだ」
 自分の体の丈夫さに自信があるのか、ない胸を張って、魔理沙。
 紫は、何を思ったのか――それとも、何も思っていないのか。ともあれ、『仕方ないわね』と彼女にも酒を手渡す。
「あんたら、おめでたいなぁ。ほんと」
「気分を沈ませているより、うわべでも盛り上がっている方がいいものよ。
 どんなに下らないことでも、笑うことが出来たものは強いものだから」
「意味がわからん」
「それはともあれ」
 あなた、ちょっとここに座りなさい、な仕草を見せる紫に、霊夢は「私、忙しいんだけど」と抵抗する。
 しかし、紫は何も言わず『いいから座りなさい』の命令を飛ばしてきた。
 仕方なく、彼女は踵を返して、示されたところに腰を下ろす。
「あまり寂しすぎるのはよくないと言ったでしょう。霊夢。
 そんなだから、あなたは、まだまだ博麗の巫女として未熟なのよ」
「はいはい、ごめんなさいごめんなさい」
「反省してないようね。そう言う悪い子にはお仕置きが必要かしら」
「あら、いいわよ。やる?
 この頃、体を動かしてなかったから、運動不足の解消に役立ってもらってもいいんだけど」
「お前、その好戦的な性格、治した方がいいぜ」
「性格云々であんたにだけは言われたくない」
 言葉と同時に巫女ストレートが魔理沙の頬をかすめた。その威力と鋭さに、魔理沙の顔が引きつる。
「それはともあれよ。
 別にね、霊夢。あなた一人だけが寂しいのならいいの。けれど、ここが何だかわかってる?」
「どういうことよ」
「ここは神社。神域よ。
 当然、ここにはそれなりの『もの』が集まりやすい。そしてね、霊夢。そうしたものは、意外に寂しがりなのよ」
「ふーん」
「だから、私も寂しがりなの。わかる?」
「さっぱりわからん」
 あら、つれないわね。
 いつも通り、笑ってるんだか笑ってないんだかわからない顔で笑う紫に、霊夢は肩をすくめた。
「お説教なら間に合ってるんだけどね」
「霊夢。お祀りをしなさい。
 本来、祀りとは神霊を祀る儀式。それを欠かしているということは、あなたには、巫女として適格でないということになる。
 それは困るでしょ?」
「……要するに、『サボるな、働け』って言いたいんでしょ?」
「そういうこと」
 こいつは一体、私に何をさせたいんだ。
 それを口に出して問いかけようとしたのだが、やめる。言ったが最後、半日は説教にあいそうな気がしたのだ。時刻はすでに夕刻にも近づいている。ここからさらに半日の時間を費やすというのは、あらゆる意味でもったいなさすぎる。
「……わかったわよ。適当にやるわよ。
 けど、紫。まず一つだけ」
「何?」
「先立つものをくれ」
「……はいはい」
 やれやれ、と肩をすくめる紫であった。

 さて、その翌日から、霊夢の『博麗神社でお祭りをしよう計画』は始まった。
 計画といっても、『これこれこういう事をするから、当日、暇があったら来てくれ』と知り合いに声をかける程度だ。紫は、『祭りをしろ』とは言ったが、どういう祭りをしろということまで指定はしていない。
 すなわち、普段通りに宴会を開いてどんちゃん騒ぎをした後、適当に五穀豊穣でも祈っておけばいいだろう、と彼女は考えているわけである。それに、宴会騒ぎをするのも祭りの一つといえば間違いではない。霊夢の理論武装は完璧だ。
「……ま、色々と用意はしないといけないわけだけど」
「で、私が手伝い、かー」
「何よ。やだっての?」
「いやいや。美味しいお酒が飲めるとあっちゃ、この伊吹萃香、どこへでも飛んでいくよ」
 どんちゃん騒ぎのお祭り騒ぎと聞けば、幻想郷の端であっても即座に飛んでくる鬼が、『お酒、楽しみだな~』という顔で舌なめずりした。
 この二人(一人と一匹かもしれないが)は、当日の宴会に向けて買い出しに出かけていた。出てきたのは、いつも通りの人里である。ここには、霊夢が懇意にしている酒屋があるのだ。
「ちなみに、働きに応じて、だからね。飲んでいいのは」
「わかってるよ~。
 私が飲み過ぎると、他の連中には回らないからね~。ちゃんとお手伝いするよ、安心してよ~」
 日頃から酒を飲んでいる鬼の言うことを、『はい、そうですか』と信じられるほど、霊夢は『いい奴』ではない。赤ら顔で、今も微妙に酒臭い輩の話は話半分に聞き流す。
「けど、働きに応じて、ってのはどういうこと?
 私は何をすればいいんだい?」
「当然、荷物持ち」
「え~? 好きな酒、買っていいっていう話じゃないの~?」
「お酒だけで生きてられるあんたと違って、私たち、人間は食事を摂らないといけないの」
 こいつに金を持たせたが最後、間違いなく、びた一文残さず酒に費やすだろう。そんな恐ろしいことは、さしもの霊夢にも出来ない。
 というわけで、萃香の役目は、霊夢の小間使いだ。
 めんどくさそうな顔をしているのだが、先ほど、『ちゃんと仕事を手伝ってくれればお酒を飲ませてあげる』という条件を出してきた霊夢に『わかった!』と言ってしまった身分である。ここで『やっぱりやめた』と言えないのは鬼の性だ。
「とりあえず、一石樽を買っていけば大丈夫でしょ」
「何人来るの?」
「さあ? ま、せいぜい、多くても二十人前後でしょ」
「それで一石じゃ足りないよ~」
「足りるわ、バカたれ」
 常識的に考えれば、という単語を口に出そうとしたのだが、やっぱりやめる。こいつらに常識が通じるわけもないというのは、霊夢自身が、一番よくわかっていることである。
「ちぇ~。それじゃ、全然、飲めないのかもしれないのか~」
「自前の飲めばいいじゃない」
「ちっちっち、わかってないなぁ。霊夢。
 祭りの場じゃ、出された酒を飲むのがうまいんだよ。自前のをわざわざ、ってのは風流じゃないさ」
「変なこだわりのある奴だな。相変わらず」
 だからこそ、のこやつなのかもしれないのだが。
 さて、と彼女は萃香を連れて酒屋へと。そこで、いつもの店主から酒を購入し、「神社まで持って行ってあげようかい?」と訊ねてくる店主に『荷物持ちがいるから』と丁重に断って。
「それじゃ、私、他にも買っていくものあるから。
 落とすんじゃないわよ。あと、勝手に飲まないように」
「わかってるよ~。飲みたいのは山々だけど、祭りのが楽しみだしね」
 鬼の怪力を遺憾なく発揮して、萃香は一石樽を抱えて神社へと歩いていく。その後ろ姿に、大勢の人々が口を開けている光景は何とも間抜けだ。
 霊夢は踵を返し、当日、必要なものを購入するために次の店へ。
「にしても、まめだなぁ。自分」
 買い物をしている間に、そんなぼやきが出たりもしたのだが。
 ――全部の買い物が終わったのは、それから二時間ほど後の事だ。途中、値切り合戦なども繰り広げたため、それなりの時間がかかってしまったのだ。
「さて、次は……」
 食べ物飲み物以外で用意するもの。
 それを購入するために店を出た彼女に、唐突に、声がかけられる。
「……あの、すいません」
「ん?」
 振り向いた先に立っていたのは、見事なくらいに赤い髪をした少女だった。年齢は、多分、霊夢と同じくらいだろう。
「里の皆さんに聞いたんですけど……。博麗さまのところで、お祭りをなさるとか」
「どっから漏れたんだ。それ」
「一般参加は可能ですか?」
「いいわよ。ただ、妖怪がうじゃうじゃ来るから、その辺り、気をつけてね」
 参加者が増える。
 それはすなわち、宴会が騒がしいものになることを意味している。しかし、同時に、霊夢はある期待もしている。
 博麗神社の宴会には暗黙の了解があるのだ。すなわち、参加者は、何らかの飲み物か食べ物を持参してくる、という無言のルールが。
 今の少女は見かけない顔だったから、そう言うものを知っているはずはないだろう。だが、見た感じでは誠実そうな感じである。となれば、手ぶらで来ることはないだろう、というのが彼女の予想である。
「何を持ってきてくれるにしても、ありがたやありがたや」
 ここまで打算的な巫女が、かつて、存在しただろうか。すでに神格などというものは丸めてゴミ箱にぽいぽいのぽいだ。
「あー、そうだ。慧音とかにも、声、かけとくかなぁ」
 あいつなら、来てくれたらお賽銭も入れてくれるだろう。
 ――つくづく、打算的な巫女であった。

 さて。
「霊夢さん。これはどちらに出しておけばいいですか?」
「ああ、それは、あんたのところのお嬢様のところ」
「……なるほど。だから、この異様なお皿のサイズなわけですか」
「そういうこと」
「おーい、霊夢ー。酒が出てないぞ、酒がー」
「うるさい! 文句があるなら手伝え!」
「ふっ! 私は、今日は何もせずに、ただ酒を飲んで飯食って帰るだけだぜ!」
「夢想封印!」
 ぴちゅーん。
「アリス、そっちはどう!?」
「一応、用意は出来たけど。
 ところで、何この黒こげの物体」
「ほうきで外にはきだしといて」
「……別にいいけど」
「な~、霊夢~。お酒、まだか~?」
「萃香、あんたも手伝え!」
「手伝ってるよー。お皿の運び出しとか、全部、私がやってるんだよ?」
「そういえばそうだったか……。だったらとりあえず待ってろ」
「はいよ~」
 という具合に、神社はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
 霊夢の手伝いをしてくれるのはいつものメンツ。それ以外は、すでに境内のあちこちに、それぞれ腰を下ろして酒盛りの準備万端整えりである。
「あの、霊夢さん。私は……」
「早苗は、そっちのお皿を運んで!」
「あ、はい。
 ……何かすごいですね」
「いつもこんな感じですよ」
 普段は、もう少し、手伝いのメンツは多いのに、と妖夢がぼやく。
 その『普段、手伝ってくれるメンツ』は、本日は若干、遅れて到着するとの事前連絡が入っていた。片方は、何でも、当日の料理などのラインナップを聞いて妹様が『お菓子がないなら行かない!』と駄々をこねだしたらしく、彼女を納得させるために従者が必死こいてケーキを作成しているためらしい。もう片方は、診療所に急患が入ってしまったため、とのことだった。
「それにしても、二人足りないだけでこうなんだから……。
 いかに、人海戦術の重要性がわかろうかというところですよね」
「……そうなんですか」
「そうなんです」
「妖夢ぅ~、お料理まぁだぁ~?」
「はいはーい! ただいまー!」
 日はすでに落ち、夜のとばりが落ちて、かなりの時間が経過している。神社の境内に集まったのは、霊夢の見立て通り、二十名(予定)ほどの人妖たち。
 ちなみに、先日、霊夢に声をかけてきた里の少女は、まだ姿を見せてはいなかった。
「霊夢、まだ用意終わらない?」
「あともうちょっと! この鍋が……」
「……あなたって、ずぼらに見えて、結構、料理にはこだわるわよね」
「何を言ってるのよ、アリス! 手元にある食材で、いかにおいしく、いかにバリエーションを多く料理を作れるか! それこそが料理の醍醐味よ!
 加えて、私たちの日々の糧となってくれたお肉にお魚、お野菜に感謝するためにも、めいっぱい、彼らを美味しくしてあげなくちゃ、魂への冒涜になるわ!」
「……わからないでもないけど……。その情熱は、私には理解できそうにないわ……」
 霊夢の発言に、頭痛と、あと何か色々悲しいものを覚えたのか、アリスは頭を抱えて退場していった。
 そんなこんなで、宴会の場に霊夢が現れたのは、それから十分ほど後のことである。ちなみに、最後の最後まで、しっかりと見張っていた鍋の出来は完璧だったらしく、自分の隣に鎮座しているそれを一瞥して、勝利の笑みを、彼女は浮かべていた。
「おーい、魔理沙ー。あいさつよろしくー」
「……お前、さっき、人に弾幕ぶちこんどいて……」
「何よ。生きてるならいいじゃない」
「……くっ。色々間違ってるのに文句が言えないのはなぜだ……」
 黒こげ状態から復活した魔理沙は、霊夢に代わって、そこに立つと、やおら、こほんと咳払いをした。
「えー。それでは、挨拶と相成ったわけだが……」
 そこで輝く彼女の瞳。
 続けて、どこからともなく現れる八卦炉。
「めんどくさいからそんなものなしだぁーっ!」
 空に向かってぶっ放される虹色怪光線が祭りの開始の合図となる。ちなみに、それを目撃したどこぞの里の住人は、この世の終わりが来たと思って大騒ぎしたらしいが、ともあれ。
「あー、疲れた疲れた。
 さあ、飲むわよ食べるわよー」
「お~い、霊夢~。お酒のも、お酒~」
 料理も作り終わり、ようやく祭りの主催者としての立場から解放された霊夢は、早速、会場の一角に腰を下ろす。そこへ、とことこやってくるのは萃香だ。人に『飲もう』と言っておきながら、すでに駆けつけ三杯は終えたらしく、片手に持った巨大な杯の中身は空っぽである。
「あんたは、もうちょっと『待つ』ってことを覚えたら?」
「ケチくさいこと言わないでさぁ。
 あんなにでっかい樽酒だよ? 私が、一口二口飲んだくらいでなくなるわけないじゃないか」
「……そりゃそうだけど。
 まぁ、のんべに酒のモラルを求めること自体が間違ってるか」
 差し出される杯を素直に受けて、まずは一口。
 疲れた時の酒はまた格別、と言いたくなる味だった。続けて、横の皿の上からつまみを取って、それも一口。
「ん、おいしっ。
 自分で作っといて何だけど、私は料理がうまいわよねぇ~」
「料理がうまい女は嫁の引く手あまたって聞くけど、霊夢にはそう言う話、全くないよねぇ」
「……祭りの場だから、血が出る騒ぎは避けてあげるわ」
「おっとっと。そんな怖い顔しないでおくれよ」
 けらけら笑っている萃香の顔には『してやったり』という色が浮かんでいた。
 こいつにからかわれるのは癪だなと思いつつも、霊夢の手には、いつの間にか祓え串が握られていた。とりあえず、それで萃香の石頭を一発叩いてから、皿に杯を傾けて。
「おーい、早苗ー。
 あんた、そこで何してるのよ」
「え? あ、いえ、おつまみが切れたから……」
「そんなの、食べきった奴らに任せておけばいいのよ」
 曰く、主催者は最初のみ手を貸しておけばいい。あとは、やってきた奴らが好き勝手にやるのが、博麗神社の宴会のルールだからだ。
 それなのに、早苗は、あちこちから『食べ物ないよ~』だの『お皿は~?』という声がかかるたびに、『は~い!』と返事をしているのである。この辺、彼女の性格が多分に関係しているのかもしれないのだが――、
「そんなに献身的でどうすんのさ」
「そうそう。霊夢みたいに、ちょっとくらい怠け者な方が、人生、後々、困んないよ」
「萃香。あんた、私にケンカ売ってる?」
「まっさかぁ。鬼は嘘をつかないだけさ」
 その一言に、早苗は何とも言えない笑みを浮かべ、霊夢は「よけいたちが悪い!」と萃香を怒鳴りつける。
 しかし、萃香は全く懲りた様子を浮かべず、早苗に「ま、座りなよ」と自分の隣の席を叩いた。早苗は、あちこちをきょろきょろと見た後、霊夢に「いいから座りなさいよ」とついでに促され、その場に腰を下ろす。
「あれ? あんた、飲んでないじゃないか」
「あ、ああ……はい。私、お酒はちょっと……」
「ふ~ん……。全然ダメ?」
「妖夢みたいにダメってのなら、絶対に飲ませるんじゃないわよ。萃香」
「わかってるさぁ。
 私だって、そりゃ、相手がいる方が楽しいけど、ただ酔いつぶれられても困るだけだしね」
 それに、今、わざわざ早苗に相手を求めなくてはいけないほど、飲む相手には困っていない。彼女はそう言うと、片手に持った巨大杯を傾けた。一体、いつのまにお酒をつぎ直したのかはわからないが、なみなみと揺れる酒の水面はあっという間に乾いていく。
「全く飲めない、というわけでもないんですけど……。
 私はお酒を飲んではいけない、と言われてて……」
「何で? もったいないなぁ。
 ちょっとでも飲めるなら飲みなよ。せっかくの祭りなんだしさぁ」
 もしも本気で酒がダメなら、一杯目で自らやめるだろう。
 そう踏んだのと、霊夢が止めないのとで、萃香は、またもやどこかから取り出した杯を早苗に手渡した。早苗は、困惑したような表情を浮かべつつも、『それじゃ一口だけ……』と、あっさり、その中身を飲み干してしまう。
「へぇ」
「おおーっ!
 いいね、いいねぇ! 行ける口じゃないか!」
 それに気をよくした萃香が、『さあさあもう一杯』と調子に乗り始めた。一方の早苗は、やはり困惑顔ながら『……それじゃ、ちょっとだけですよ?』と、遠慮がちに彼女の酒を受ける。
「……こりゃ意外だわ。そんなに飲める方じゃないと思ってたんだけどね」
 最高の飲み相手を手に入れた萃香が、霊夢から完全に視線を外したのを悟って、霊夢はそこを離れていく。 
 さて、私はどこに座ろうか。
 あちこち見渡して、ほとんど席が空いてないのに閉口する。集まった人数は予想通りなのだが、あまりにも予想通り過ぎて、ちょっと余裕がなさすぎたようだ。
 困ったわねと苦笑していると、唐突に肩を叩かれる。
「なぁによ。ほっぺたつつこうっての?」
「それもいいわね。いたずらっぽくて」
 現れたのは、やはりというか何というか、紫だった。
 彼女は、祭りの会場を一瞥した後、『楽しそうじゃない』とコメントする。
「ええ、楽しいわよ。どこかの誰かが『祭りをしろ』なんていうから、苦労したもの」
「苦労した分、楽しさもひとしお、というところね。
 でも、霊夢。あなた、何か忘れてないかしら?」
「何を?」
「私は『祀りをしろ』とは言ったけれど、『祭りをしろ』とは言ってないわよ」
「意味はほぼ同じでしょ」
 わかってないわねぇ、と紫。
 彼女は、ふわりと逆さまに霊夢の前にぶら下がると、その指先で彼女の頬をつつく。
「あなたは神社の巫女なのだから、まずは神様を祀ること」
「結界を守るのが仕事だったような気もしますけど」
「口答えしないの」
 わかった? と笑う紫の笑みは、いつも通り、表情の読めない奇妙な笑みだった。
 これ以上、口答えをしても面倒なだけだと判断したのか、霊夢は肩をすくめた。紫は、ふわりと宙を舞うと、『それじゃ、何の神を祀るのかしら?』と視線で訊ねてくる。
 そうは言われても、もちろん、霊夢にとって『祀る神』というものに、そもそもの心当たりがない。
 今し方、鬼と飲み会の最中の輩にはあるだろうが、彼女には、そんな身近な『相手』がいないのだ。
 さて、これはどうしたものか。
 迷っていると、唐突に、彼女に名案が浮かんだ。ぽんと手を叩くと、『こっちこっち』と紫を連れて歩いていく。
「神様のあてがあったのかしら」
「ん? まぁね~。
 ほら、いつぞやの時、あんた、言ったでしょ? 世の中のものには、どんなものにでも神は宿る、って」
「そう言えばそうね。
 あの時のいたずら妖精達は、相変わらずかしら?」
「さっき、宴会場に紛れ込んでたのを見たわよ」
 それはともあれ。
「それなら、適当なものに、また、神を宿しちゃえばいいのよ」
「それで、また忘れて神様を送り返してしまうのかしら?」
「今回はしないわよ。少なくとも――」
 神社の周囲を覆う森の中。
 そこの中に佇む、一本の木を前に、彼女は足を止める。
「……これはなかなか珍しいことね」
 まだ、周囲の木は青々とした葉をつけているのに、その木だけが紅葉が始まっていた。別段、木の生命力が落ちているというわけでもなく、むしろ、周囲の木から比べれば、これはまだまだ若いのだろう。にも拘わらず、その紅葉の鮮やかさと言ったら。
「夜の闇の中で、これほどまでに輝くとは。
 これは珍しいものを見たわ」
 幻想郷の、まさしく生き字引といえる紫にとっても、その光景は珍しいものだったのか、彼女にしては珍しく驚きの表情を浮かべていた。
「こんな珍しい木を、この前、見つけたのよ。
 で、それなら、これに神様を宿してみようと思ったわけ」
 どう? 私の考えは?
 胸を張る霊夢に、紫は、一瞬たりとも逡巡することなく『素晴らしいわ』と絶賛する。
「これには、どんな神が宿るのか。考えただけでも楽しいわね」
「でしょ?
 これを祀るようにすれば、私の巫女としての面目も躍如ってとこ?」
「ちゃんと、定期的に祀るのよ?」
「わかってるって。
 そんな、『出来の悪い子供に勉強を教えるお母さん』みたいな顔されてもねぇ」
「実際、あなたは出来が悪いじゃない」
「うわ、言ったよ。こいつ」
 よけいなお世話だ、と彼女をあしらった後、『それじゃ、早速』と祓え串を握る霊夢。
 そうして始まる祀りは、なるほど、彼女が確かに巫女なのだと思える手際の良さと神々しさだった。普段からこんな感じならいいのに、と紫が内心で思ったのは内緒である。
 彼女の祀りは、それから三十分ほどの間、続いた。
 実は意外に真面目にやるつもりだったのね、と紫は感心しながらそれを見ていたりもするのだが。
「さ、戻ろっか。
 早く戻らないと、お酒も食べ物もなくなっちゃうし」
「そうね。それに、さっきの感じからすると、到着の遅れていた面々もやってきたようだし。またにぎやかになっていることでしょう」
 これ以上、にぎやかになっても、私の取り分が減るだけなんだけどな。
 そんな冗談を口にする霊夢に、なぜか、ずいぶん気分をよくしている紫が「それじゃ、私があとで何か作ってあげるわよ」と、珍しい一言を口にする。
 二人は、そんな掛け合いをしながら森の中から、また神社へと戻ってきて。そして、にぎやかな祭りの会場へと、それぞれが溶けていく。
「さ~て、それじゃ……」
「霊夢ぅ~……」
「うわっと……。……って、萃香?」
 席を見つけて、早速、先ほどまで食べられなかった料理や飲めなかったお酒に手を出そうとした霊夢へと萃香が倒れ込んでくる。その顔は真っ赤で、完全に酔い潰された表情だった。
「助けておくれよ~……あいつ、本気で底なしだよ~……。
 どれだけ飲ませても、全然、酔っぱらう気配はないし、あまつさえ……。うぐぅ……お、鬼の私を酔い潰すなんて、何者なんだよぉ……」
「……嘘」
 視線は、萃香の指先――平然とした顔で、片手にジュースらしき液体の入ったグラスを持っている早苗へと。
「萃香が負ける……? んな、アホな……」
 というか、こいつ、確かガロン単位で飲んでも平気なはずでは? その鬼とまともに張り合うという段階で、すでに人間業ではないのに違いないはずなのに。それなのに、どうして、早苗は笑顔でもの食ったり飲んだり出来るんだ?
「……世の中、化け物っているのね……」
「うえぇ……き、気持ち悪い……。最悪だよぉ~……」
 呻く萃香を抱えて、しばし、呆然とする霊夢。そんな彼女に気づいたのか、振り向いた早苗が、何となくいたずらっこな笑みで笑ったのだった。

 宴は終わって、文字通りの後の祭り。
 食べた分飲んだ分は片づけていけ、と夢想封印ぶっ放したのが効いたのか、今回は霊夢が一人で片づけをするということもなく、平穏に祭りは終わりを告げた。母屋の一角で、萃香が二日酔いでうなっていることを除けば、博麗神社にしては珍しい宴だったと言えるだろう。
「さあ、あとは……」
 そんな中、飲み足りないとばかりに月見をしながら、残った酒をちびちびやっていた霊夢は立ち上がる。
 大きく伸びをして、ついでにあくびもして。
 明日に備えて、そろそろ寝ようかしら。踵を返す彼女の背中に、声がかけられる。
「今夜はお招き頂き、ありがとうございました」
 振り向けば、いつぞやの少女が佇んでいる。
「あんた、まだいたの? というか、来てたの」
「はい」
「そっか。ま、楽しんでくれたならいいけどさ。
 里まで帰れる? 自信ないなら送ってくよ」
「いいえ、結構です。
 今宵は、とてもよくして頂きましたから。それだけで充分です」
「ふーん……ま、いいけどね」
 んじゃ、気をつけて帰るように。
 そう言って、背を向ける霊夢に、彼女は一言。
「いつか、このお礼は必ずいたします」
 声と共に、すっと気配は消えた。
 振り向くと、すでに、そこに少女の姿はない。夜風が霊夢の肌をなで、木々の間を渡っていく。
「……夏の夜の夢ってか?」
 今は秋だぞ、ばかばかしい。
 自分で自分の頭を軽くこづいて、小さく、彼女は肩をすくめる。酒を飲み過ぎたかな。そう、小さくつぶやいて。

 それから数日後のことである。
 博麗神社を訪れた紫が見たのは、いつも通り、神社の縁側に座ってお茶を飲んでいる霊夢の姿だった。ごきげんよう、と声をかける彼女に、霊夢は一言。
「……あのさー、紫。昔話でよくある『恩返し』って、ほんとにあるのね」
 彼女の一言を受けて、紫は、一度、辺りを見渡す。
 博麗神社の周囲を囲む森が、見事な紅葉に色づいているのを見て、『……どうやらそのようね』と、彼女もまた、驚きを隠しきれない声でつぶやくのだった。



 ちなみに、その後の萃香であるが。
 それからしばらくの間、早苗の顔を見ると怯えていたということを付け加えておく。また、早苗曰く。
「私がお酒を飲んではいけないというのは、私にお酒を飲ませると、どれだけお酒があっても足りないから、らしいんです」
 あまりお酒は好きじゃありませんからいいんですけどね。
 そう、にこやかに笑う早苗の笑顔が、萃香にとっては死神の笑顔に見えたという――。
早苗さんが鬼をも上回るうわばみでもいいじゃないか。
今回のコンセプトは以上です。

ふと気がつけば11月。10月に神無月ネタを考えようとしたのですが、私がやるとりさぶみりてぃーっぽくなるので断念しました。
あと一ヶ月もすればえーりん師匠が忙しく走り出す時節となります。皆様、年越しの準備はお忘れなきよう。
私としては、秋の間に、もう一本、何か投稿したいところですね。
haruka
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面白かったです!

早苗さんまじこえぇw
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さ、早苗さん……お酒に強いというよりも飲んだものは一体どこへ……
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ほっこり