Coolier - 新生・東方創想話

魔法を愛する全ての人へ

2009/11/07 03:39:28
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 作品には、魂が込められている。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 静かな夜の事だった。
 紅魔館図書館にてお茶を飲みながら読書に耽っていた私、パチュリー・ノーレッジの耳に、やかましい声が届いたのは。
 声の主は、私の知り合いの魔法使いである霧雨魔理沙。
 何時もの様に箒に跨り、古き良き白黒の魔法使いスタイルで空を飛んでのご来訪だ。

「おーいっ! パチュリー!!」
「……はぁ。とりあえず、夜分遅くに失礼しますくらい言えないの?」

 視線を、手元の本から魔理沙の方に向けてみると、

「これ、読んでくれっ!」

 視界に、別の本が突き付けられた。
 本のタイトルは『The Grimoire of Marisa Ⅱ』――直訳するならば、『魔理沙の魔道書 その2』だろうか。

「いきなり現れて変な本を渡すなんて、本当に唐突ね」
「ああ、私は何時だって唐突な魔法使いだからな。
 それよりパチュリー、ほらほら……早く読んでくれよ」
「ああもう、分かったから座りなさい」
「うっす!」

 魔理沙が椅子に座ったのを確認すると、私は手渡された本の表紙に目を遣った。
 白い厚手の紙に、黒のインクでタイトルが記された表紙。
 背表紙の厚さは四~五センチ程だろうか?
 本文用紙もそれなりに分厚い紙を使っているから、二百数十ページはあるのだろう。
 表紙を捲ると、真っ先に前書きのページが目に入った。
 タイトルと同じ、黒いインクで書かれた前書きだ。

「えーっと、『私、霧雨魔理沙が愛してやまない魔法の研究結果をこの本に……』……ふむふむ」

 どうやら、この本は魔理沙が研究した魔法の研究について論じた物らしい。
 まあ、タイトルから大体の予想は出来ていたけど。

「タイトルに『Ⅱ』ってあったけど、一冊目もあるの?」
「ああ、その通り。けど、一冊目は私以外の皆が弾幕ごっこで使うスペルカードの観測記録みたいな本だったんだ。
 この二冊目は、がらっと内容が違っていて……そうだな、私自身が日ごろ研究している魔法についての論文だと思ってくれれば良い」
「ふーん」

 前書きの次のページは目次のページだ。
 第一章から第五章まで、大まかな見出しがずらりと並んでいる。

 第一章、料理で使える魔法(特に鍋料理!)
 第二章、茸の魔法
 第三章、生活に使える便利な魔法
 第四章、肉体強化魔法(白蓮から教えてもらった)
 第五章、ちょっと危険な魔法(悪用厳禁)

 どうやら、日常生活から爆破まで幅広いジャンルについて論じているらしい。
 肉体強化の魔法とやらは、少しだけ興味があるのだけれど……喘息は治るのだろうか?

「……どうだ? どうだ?
 頑張って書いてみたんだけど、どんな感じだ?」
「まだ第一章の三節目よ。感想を返すには早すぎるわ」
「あ、ああ。そうだな。
 よしっ、じっくりしっかり読んでくれよな!」

 何時にも増して、今夜の魔理沙は元気が良い。
 完成した本がどの様な評価を得られるかでわくわくしている、と言った状況なのだろうか。

 ……だとすれば、私は魔理沙に残酷な宣告をしなければならないのかもしれない。
 渡された本を読んでいると、そんな気がしてしまう。

「良かったら、お茶のお代わり淹れようか?
 ちょっくらメイドを呼んで……いや、ここは私が特製の紅茶を――」
「その必要は、無いわ」

 魔理沙がティーカップとソーサーを持ち上げようとした瞬間、私は手元の本の表紙を閉じていた。
 二人きりの図書館に、厚手のカバーが閉ざされる音が響く。

「あ、あれ? もう読んだのか。
 流石に本を読みなれているだけあって、かなりのハイペースなんだな」
「……ねぇ、魔理沙。少しばかり残酷な事を言うけど良い?」

 私は、手の中に納まっている本をテーブルの上に置くと、言葉を続ける。
 正直な所、知り合いや友人に対してこんな事を言うのは気が引けるのだけれど、魔女の先輩としては言っておくべき事なのだろう。

「この本、論文としては滅茶苦茶だわ」
「……へっ?」

 私の言葉を聞いた瞬間、魔理沙は気の抜けた声を上げていた。
『予想外の言葉だ』とでも言いたいのだろうか?
 あるいは、『聞き間違いだろうからもう一度言ってくれ』と言いたいのだろうか……
 とにかく、魔理沙は私の言葉を理解出来ていない様子だ。

「もう一度言うわね。この本は、論文として非常に稚拙なのよ。
 まず、論理的な文章として成立していないわ。こんな本は、論文じゃなくてアイデアの走り書きって言うのよ。
 一つの段落で三つも四つもの内容をごちゃごちゃに押し込んでいる。見出しと内容が一致していない。
 別の段落に移ると、前の段落の内容と全く関連の無い内容が論じられている。しかもそれが三回も四回も続いていて、結局支離滅裂になっている。
 図表が見難い。巻末に図表や写真を纏め過ぎていて、読む時にページ移動が増えて面倒。図表に番号を添えていない。
 考察と感想と知見と仮説と今後の課題がごちゃごちゃになっていて、何が何やら分からない。
 その他にも……誤字やらスペル間違いやら、改行忘れで読みにくくなっている箇所もあるわ。
 要するに、この本は論文として成立していないのよ。……はぁ、羅列するだけで疲れた」

 構成が滅茶苦茶だったので、かなりの長台詞になってしまった。
 他にも色々と言いたい事はあるのだけれど、とりあえずこれで終了としておく。
 息継ぎだって、必要だし。

「…………それって、つまり……その本は、何の価値も無いって事、なのか……?」

 何時の間にか、魔理沙は俯き具合になっていた。
 ついさっきまでは紅茶のお代わりを用意しようとしていたのに、今はもうそんな元気は無さそうだ。
 言葉にも元気や覇気は無く、声色は僅かに上ずっている。

 言うべき、なのだろうか?
 それとも、情けをかけてあげるべきなのだろうか?

 逡巡の後――私は、魔女として情けをかけない事にした。

「ええ。論文としては非常に稚拙だわ。
 正直言って、赤点すら与えられないレベルよ。評価を行う以前の問題」

 魔理沙の表情は、見えなかった。
 大きな帽子のつばで隠れていたからだ。
 けれども、僅かに震えている肩と指先が魔理沙の感情を十分に伝えてくれる。

「でもね、私はその本で――」
「返せよ……私の本、返せよッ!!!」

 次の瞬間、私の体は宙を舞っていた。
 ゆっくりと、私の視界が前方から上方へとスライドしている。
 魔理沙に椅子から突き飛ばされたのだと気付いたのは、床にお尻と背中をぶつけてからの事。

「せっかく頑張って書いたのにっ、少しくらいは褒めてくれたって良いだろ!?
 もう……絶対に借りてる本も返さないからなッ!!!!! パチュリーのバカッッッ!!!!!」

 魔理沙の声が、徐々に小さくなっている。
 勝手な事を泣きそうな声で叫んびながら、箒で遠くへ飛んでいるからだ。
 私が起き上がって服に付いた埃を叩き落とす頃、魔理沙の姿は何処にも見えなくなっていた。

 残酷な事を、してしまったのだろうか?

 最後に、もう一言だけ感想を追加したかったのだけど、間が悪かったのだろうか?

『でもね、私はその本で魔理沙が魔法を愛してるんだなあって思った。
 魔理沙が、どんな時でも魔法の事ばかり考えていて、湧き上がるアイデアをそのままぶつけた……魔理沙の魂が込もった本なんだなあって感じた。
 だから、魔道書としては素晴しいと思うわ』

 そう、最後に一言だけ言いたかったのに。

「……ふん……勝手にやって来て、一方的に本を読ませて、悪い所を説明したら怒って帰っちゃって……
 何よ。子供みたい……」

 廊下の方から、妖精メイド達が騒ぐ声が聞こえている。
 滅茶苦茶に魔法を撃ちながら帰宅でもしているのだろうか……? 本当に、迷惑な魔法使いだ。

「……面白くないわね。もう、今日は寝るとしましょう」

 空になったティーカップとソーサーを魔法で食堂に転送すると、私は魔理沙が来る前に読んでいた本を手に取る。
 続きは明日読めば良い。あるいは、今夜寝付けなかったならそのまま続きを読むのも悪くはないだろう。

「…………ふん。人の話は最後まで聞きなさいよね…………」

 誰かに告げるわけでもなく、私は自然と呟いていた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「何っ……だよっ!!! ああもうっ!!!!!」

 紅魔館の廊下と門を力任せに突き破った後、私は幻想郷の夜空を箒で滅茶苦茶に飛んでいた。
 箒を握る手の中には、パチュリーからひったくった自作の本が一冊。
『The Grimoire of Marisa Ⅱ』
 私の魔法研究の成果を思い思いに書き殴った結果、酷評されてしまった最悪の本だ。

「何なんだよ……私は、何がしたかったんだよ!?
 クッソォォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!!!!」

 腹の中に溜まったモヤモヤを吐き出す様に、私は叫んでいた。
 私は、どうしてこんな本を書いたんだ?
 どうして、こんな本をパチュリーに読ませたんだ?

 分からない。

 湧き上がる魔法のアイデアを、片っ端からメモしていたら本が書けそうな量になった。
 手間と時間はかかるけれど、本を作りたいと言う衝動に我慢が出来なかった。
 衝動と勢いとアイデアに任せて、寝る間も惜しんで書き続けた。
 ついに完成したから、誰かに読んで欲しいと思ってしまった。

 その結果が、このザマだ。

 悔しい。

 泣きたい。

 けど、泣き言は言えない。

 悪いのは全部私だからだ。

 こんな、ゴミみたいな本を作ってしまった私のせいなんだから。

「けどっ……けど、よぉ……!!!」

 苛立ちを紛らわせようとして、ついつい舌打ちをしてしまう。
 パチュリーの言葉は的確で、私の本の足りない部分を見事にズバズバと指摘していた。
 私には、反論する資格なんて無いんだ。

 だから、逃げてしまった。
 酷い捨て台詞を叫んで、暴力に任せて逃げてしまった。

 本心では、謝りたいのだと思う。
 けれども、どうしても謝る気持ちになれない。
 何故だろうか? 考えても考えても、思考が堂々巡りをしてしまい、結論が導けない。

「でもっ、それでも……!!!」

 意味も無く唇を噛み締めながら、どうしてこんな本を作ってしまったのかと振り返る。

 私は、魔法が大好きなんだ。
 だから、魔法について研究や実践を何度も何度も行っていた。
 その結果や研究成果を、日々記録していた。
 未だ完成していない魔法に胸を躍らせ、机上で導いた論理に瞳を輝かせ、失敗してもそれは成功の母だと自分に言い聞かせていた。
 夢の中で思いついた理論を、目覚めの頭で寝ぼけ眼を擦りながら枕元のノートに書き留めた事もあった。
 魔法は私にとっての生甲斐で、何もかもを忘れて没頭出来る最高のパートナーだから……だから、私は本を作る事が出来た。

 そして、思ってしまったんだ。

 この本を誰かに読んで欲しい。
 感想が欲しい。

「ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!
 あんな事っ、どうして私は考えちゃったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!1」

 肺の中の空気を全部搾り出さんばかりの勢いで、私は叫び続けた。
 その声は、自分のバカな行いを後悔しての叫び声なのか。
 あるいは、本を酷評したパチュリーへの恨みの声なのか。
 はたまたは、自分の愚かさを嘆いての絶叫なのか。

「畜生っ……畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 目を閉じて、風を感じて、箒の速度をどんどん上げる。
 いっそこのまま、博麗大結界を突き破って外の世界へでも逃げてやろうか――そんな事をふと考えていたら、

「あ、あら? 魔理沙どうしっ、ごふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!」
「え、あ、ぁぁ!? あぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 突然隙間から現れた紫と、全速力で激突していた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……痛たたたっ……い、いきなり交通事故だなんて、私は何か悪い事をしたのかしら……?」

 衝突の後、箒の勢いもそのままに私と紫は地面に叩き付けられていた。
 人間なら大怪我なのだろうけど、流石は隙間妖怪と言うべきか……つまり、紫は無傷。
 ついでに言うなら、私の身体は紫によって受け止められていたから私もほぼ無傷だった。
 あえて言うなら、ほんの少し服に埃が付いたくらいだ。

「……ごめん。スピードを出し過ぎてた」

 とりあえず、素直に謝る事にした。
 何にせよ……今回の事故については、悪いのは私なのだから。

 紫は、私の謝罪の言葉を聞くと、

「あ、あらまぁ。素直に謝るだなんて、珍しい」

 と、失礼な事を言ってくれた。
 ほんの少しだけ嫌な気持ちになったけど、私のせいで紫まで怪我をする所だったんだから文句を言うのは止めておく。

「ねぇ、魔理沙。何かあったの?」
「…………ああ。ちょっと、な」
「ふぅん」

 流石に、紫は勘が良いらしい。
 私にトラブルがあった事を、洞察力だけで見抜いている。

「喧嘩でもしたの?」
「そんなモンだよ……喧嘩って言うよりは、私が一方的に暴れて逃げて来た感じだ」
「へぇ。成程ねぇ。
 そのトラブルの原因は、何だったの?
 お金? マジックアイテム? あるいは……恋愛だとか? もし差支えが無いのなら、教えて欲しいわ」

 紫は、人生相談でもしているつもりなのだろうか?
 私の瞳をまっすぐに見つめながら、優しい声でそんな質問をして来るのだ。

 私は、ほんの少しだけ悩んだ後、

「……私が、身の程知らずだったんだよ。それだけだ」

 答えになっていない答えを、ぼそりと呟いた。

「ふぅん……恋愛のトラブル?」
「バカ。違うよ」

 紫は、依然としてまじまじと私の方を見つめている。
 透き通った紫色の瞳に見つめられていると、妙に気恥ずかしい。

 紫は、美人だからな。
 スタイルも良いし、金髪は綺麗なロングヘアだし、知識や力だって凄い。
 性格は悪いけれど、女性としては憧れの存在だ。
 そんな紫に見つめられていると、不思議な気分になってしまう。

「原因は、その本かしら?」

 いつの間にか、紫の視線が私の右手の方へと移っていた。
 そこに握られているのは、私が書いた例の本だ。
 パチュリーに酷評されて、反論も出来なくて、悔しさだけを残してしまった最悪の本。

「……うん」

 否定をするわけでもなく、私は頷いていた。

「少しだけ、見せて貰っても良い?」
「あんまり良い本じゃないぞ。家に帰ったら、暖炉にくべるつもりだったし」
「あらあら、勿体無い」

 紫は私から本を受け取ると、表紙を捲る。
 前書き、目次、第一章、第二章……紫がページを捲る音だけが、静かな夜の空間に聞こえていた。
 紫に本を読まれている間、私はどうすれば良いのか分からなかった。
 来るであろう批評の言葉に対し、無意識の内に身構えていた。
 一度酷評された本なんだから、二度も三度も同じ事なのだろう。
 きっと、紫ならパチュリーと同じく私の本の悪い所を懇切丁寧に指導してくれる――そんな予感がした。

 やがて、紫の視線が私の方に向けられると、

「ふぅん……私としては、こう言う本は好きよ? 燃やすなんて勿体無いと思うわ」

 ああ、やっぱりだ。
 紫もまたパチュリーと同じく、厳しい言葉を――

 あれ?

「……へっ? お、おい紫? 今何て」
「だから、私はこう言う本は好きだなって言ったのよ。
 まあ……所々に誤字や脱字や論理的文章として破綻している箇所があるけれど、著者の魂が込められているのが感じられたわ。
 この本、魔理沙が書いたんでしょう? 貴女、良い魔法使いになるわね」

 頬を抓ってみた。痛い。
 夢じゃない?

 紫は、私の本を好きだって言ってくれた?

「とは言え、このままじゃあ論文としては論外だわ。
 文章構成の基本からきっちり勉強しないとね……紅魔館の図書館に色々な本があるでしょう? あるいは、寺子屋の教科書とか。
 それらを参考にして、もっと読みやすい文章にすれば良いんじゃないかしら」

 ぱらぱらと、私の書いた本を最初から読み直しながら紫は言葉を続ける。

「それでも、こうして読み直してみれば……一つ一つの文字に込められた筆圧や何度も何度も描き直されたスケッチ……それに、手書きの魔方陣。
 この本を構成している全ての要素の中に、魔理沙の魂が込もっているのが感じられたの。
 貴女、魔法が大好きなんでしょう? だから、この本を書く時には自分の魂をぶつける事が出来た」

 紫の言う通りだ。
 私は……魔法が大好きで、夢中になって本を書いていた。
 文字を綴る時も、昔から溜めていたスケッチを選ぶ時も、魔方陣を製図する時も、私は夢中になっていた。

 料理中に新しい魔法理論を思いついて調理台の上にメモをしてしまったりとか、
 あるいは、無意識の間にノートの見開き一面中に理論の証明を行っていたりとか、
 魔法の研究は、私を無我夢中にさせてくれたんだ。

 だって――私は、魔法が大好きだから。

「そうやって込められた魂はね、読者に自然と伝わる物なのよ。文章の上手下手に関係なく、本気で書かれた文章ならね。
 だから、私にはこの本は魔理沙が真剣な気持ちで、大好きな魔法について綴った文章なんだなあって事が分かる」

 パタリと本の表紙を閉じながら、紫は私に向けて微笑んでくれた。
 表紙に記された『The Grimoire of Marisa Ⅱ』のタイトルを、指先で優しくなぞりながらだ。

「でも、論文としてはダメダメな本なんだろう?」
「ええ、まあ……そこは否定出来ないわ。むしろ全力で肯定するべき点よ」

 私の問いに対して、紫は厳しい言葉を返してくれた。

「でも、それで良いじゃない。
 今は文章の基本が分かっていないなら、次はしっかり勉強をして、リベンジをする……それで、良いじゃない」
「私が勉強なんてする奴に見えるのか?」
「ええ、するわ」

 その言葉は、力強い断定だ。

「大好きな魔法の為なら、貴女はきっと文章の勉強をする。
 こんなにも、本の中に魂を込められるんですもの。それくらいの苦難は余裕で乗り越えると私は思っているわ」
「おいおい……そいつは過大評価だぜ?
 こんな小娘じゃあ、その評価には力不足が過ぎる」
「なら、幻想郷の賢者に過大評価をさせるくらいに、この本から貴女の熱情が感じられたって事なのかしら?
 尤も、私は自分の評価を覆そうなんて事は考えていないけど」

 過大評価、なんだと思う。
 私みたいな十と幾つの小娘には、紫の評価は重すぎる。
 幻想郷の賢者に褒められる程、私と言う存在は立派なモンじゃ――

「あたっ!?」

 瞬間、私のおでこに軽い痛みが走った。
 ぼうっとしていたら、紫に扇子で叩かれていたらしい。

「ねぇ、魔理沙。貴女はこの私を馬鹿にしているのかしら?」
「……はぁっ!? どうして急にそんな話になるんだよ?」
「貴女が己を矮小な存在と思う事は、私の評価に対する冒涜だからよ。
 貴女の目の前に、貴女の本によって心を揺さぶられた一人の読者が居る――それは、絶対の事実よ。
 だから、私は読者として作者に敬意を表して宣言しましょう」

 そして、紫は隙間の中に扇子を仕舞いつつ、今までで一番優しい微笑みをしながら言ってくれた。

「次の本も、楽しみにしています」

 瞬間、私の胸の内に熱い何かが流れ込んで来る気がした。
 その言葉は、きっと本を書く人にとって、一番嬉しい言葉なんだろう。
 ガツンと、脳天をハンマーで殴られた様な衝撃が感じられた。
 胸の鼓動は加速して、目元からは何か熱い水が溢れそうになって、視界がぼやけて大切な読者さんの顔がマトモに見れなくなって――

「……あははっ。まったく……欲張りな読者さんだぜ……」
「ええ。読者は貪欲なのよ。
 作者が書くと言う事に貪欲なら、読者は読むと言う事に貪欲なの。
 そして、そんな貪欲な読者から一つだけ厳しい言葉。
 貴女が師と仰ぐ存在、何時か追いつきたいと願う存在、あるいは……適わないと感じている存在。
 皆、その領域に達するまでは苦難と困難、試練の連続だったのよ。そして、それらを乗り越えた時、その努力に相応しいだけの力を得る。
 貴女も頑張ってみなさい。魔法を、心から愛しているのなら」

 おどける様にして、紫は呟いていた。
 全く……褒めたと思えば厳しい言葉を投げかけて来る。
 本当に、厄介な相手だと思う。

 けど、そんな紫の言葉は私の胸の中に響いていた。
 頭の中に熱が吹き込まれる。
 胸の奥に炎が灯される。
 冷え切っていた私と言う存在が、紫の励ましと厳しい言葉によって加熱されていた。

「へへっ。絶対に読ませてやるよ……今度はきちんとした論文で魔道書の、『The Grimoire of Marisa Ⅲ』を!」
「ええ、貴女の新作が読める時を心待ちにしているわ」
「そうと決まれば……ああもうっ! 今夜は眠ってなんか居られない!」

 私は、地面に横たわっていた箒を手で掴むと飛行魔法を発動する。
 目指すは我が家。
 するべきは、新作の執筆……の前に、論文の何たるかの研究だ!

「お家まで、送ってあげましょうか?」
「いや、気持ちだけで十分だ! 空を飛んでいると、アイデアが浮かぶかもしれないからな!」
「あらあら、それは失礼」

 ふわりと身体が浮かび、重力の束縛を離れるのが感じられた。
 やっぱり、魔法は最高だな!

「えっと……紫! そのっ……ありがとうな!」
「ふふっ。若き才能に未来のあらん事を」

 最後に別れの挨拶を交わすと、私は魔法の森の方角へ全力で箒を飛ばした。
 肌に感じる風も、魔力の迸りも、何もかもが私を夢中にしてくれる。

 泣きそうになりながら空を飛んでいた時とは違う、気持ち良い感覚だ。

 これが、私の好きな魔法。

 私が大好きで、仕方がなくて、夢中になってしまう……そんな、魔法なんだ!!

 豆粒みたいに小さくなった紫の姿を見下ろしながら、私はするべき事を頭の中に羅列していた。
 論文の勉強。
 新しい魔法の研究。
『The Grimoire of Marisa Ⅱ』の改訂。
 そして……パチュリーに、謝らなければならない。
 パチュリーは、あくまでも私の本についての意見を言っただけなんだ。
 なのに、私はまるで自分自身が否定された様な錯覚を受けてしまって……酷い事をしてしまった。
 だから、パチュリーにもきちんと謝る。

 やるべき事は山積みだ。
 けど、魔法の研究なら苦でもない。
 一週間だって、一ヶ月だって、眠らずに研究を続けられる自信だってある!!

 だって……私は、魔法が好きで好きでしょうがなくて、夢中になってる魔法バカなんだから!!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 数分後、マヨイガの一角。
 八雲紫の屋敷にて。

「むっ。紫様、外出しておられたのですか」
「ちょっとだけ、夜の散歩にね。面白い物も見れたし、出歩いただけの価値はありました」
「ふむ。私には何があったのか存じませんが、それは良かった」
「……ねぇ、藍。
 もしかすると、私は残酷な事をしてしまったのかもしれないわ」
「紫様は日頃から残酷でしょうに――あ、あたたっ!? 尻尾をつねるのは止めて下さいっ!!
 ご、ごめんなさいっ! ついつい軽口が過ぎました!!!」
「……ええ、分かっているのよ。私は残酷だわ。
 だって……努力が必ず実を結ぶとは限らない事を、彼女に伝えていなかったのですから」
「う、うぅっ。尻尾がヒリヒリします」
「そうね。尻尾がヒリヒリするのも、藍が尻尾を鍛える努力をしたのに実を結ばなかったから。
 努力が実を結び、認められるのは努力をした中でも僅か一握りの幸運な者に限られる……それが、現実だわ」
「私は尻尾を鍛える努力をした事なんて無いのですが」
「それでもね、私はあの本に込められた魂によって、確かに心を揺さぶられていたのよ。
 あんなにも一途に愛されているなんて……魔法と言う存在が、ほんの少し羨ましいと思ってしまった。
 だからこそ、そんな魔法を愛した少女に成長して欲しいと願ってしまった。魔法を嫌いにならないで欲しいと、思ってしまったのね。
 険しい山も頑張って乗り越えて欲しいと願った……これは、残酷な事なのかしら?」

「藍様ー! 朝ごはんの準備が整いましたー!」
「おお、橙はえらいなー。よしよし、一緒にご飯にしよう」
「はい! お片付もお手伝いしますね!」

「……はぁ。賢者は常に孤独だわ」

「藍様? 先程から紫様は、一体何を仰っているのですか?」
「あー……放っておきなさい。夜の散歩で変な物でも拾い食いしたんだろう」
「はぁ。分かりました」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……昨日よりは、かなり良くなっているわね。
 私が指摘していた箇所がしっかり修正されていて、読める論文になっているわ」
「そ、そうか? えへへっ……頑張って書き直した甲斐があったぜ」

 魔理沙と揉めた次の日。
 再び、魔理沙は図書館を訪れていた。
 最初はメイドや小悪魔が追い払おうとしていたのだけれど、どうしても私に謝りたいと言うので特別に通す事になった。
 そして、魔理沙が土下座の後に私に渡したのは昨日と同じ本――ただし、中身は大幅に書き換えられている物だった。

 論文として不十分だった箇所が修正されていた。
 丁寧な字で、元から感じられていた魔法への愛情はそのままに、私が指摘した悪い箇所を書き直している。

「なあ、パチュリー……その、昨日はすまなかったな。ついカッとなって……酷い事を言ったりして……」
「別に良いわよ。気にしていないわ。
 ……ああ、でも謝罪の気持ちがあるのなら、奪っていた本を何冊か返してくれると嬉しいんだけど」
「さて、それは置いといてだ」

 どうやら、本を返す気はないらしい。
 ……まあ、いずれ取り返すから良いか。

「パチュリーは、魔法が好きか?」

 いきなり、魔理沙は妙な質問をしてくれた。
 脈絡も何も無い。唐突な質問だ。

 答えは決まっている。
 私は、黙って首を縦に振った。

「やっぱりな。うん、私と一緒だ」
「それがどうしたのよ? 魔女が魔法を愛するのは、普通でしょう」
「ああ。だからこそ、私は幸せだなあって思ったんだよ。
 自分と同じく、魔法を愛する知り合いが居る。周りに、自分と同じく魔法を愛する人が居るってのは、本当に幸せな事だなあって思ったんだ。
 そんな魔法好きから魔法に関する批評や感想を貰えるってのは、最高の幸せなんだと思う」
「……ふぅん。成程ね」

 クッキーを齧りながら、笑顔で語る魔理沙は幸せそうだった。
 魔法を愛した一人の魔法使いの少女。
 その想いは、何時か魔法に届くのだろうか。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 魔理沙が帰った後、私は図書館にて一人で読書を楽しんでいた。

 本に限らず、ありとあらゆる作品には作者の魂が込められている。
 込められた魂が作品を目にした者の魂に触れた瞬間、そこに感動と言う感情を呼び起こすのだろう。
 今日の魔理沙の様子を見ていると、柄にも無くそんな事を考えてしまった。

「……そうだ」

 ふと、私も面白い事を思いついてしまった。
 柄にも無いかもしれないが、やってみたいと思ってしまったのだ。
 何故なら、私も魔理沙と同じく魔法を愛する魔女だから。

「咲夜、居るかしら?」
「――はい。お声を頂ければ大体何処にでも居ます」

 声を掛ければ、背後から一人の銀髪メイドが姿を見せる。
 十六夜咲夜。紅魔館のメイド長だ。

「用意して欲しい物があるの。頼めるかしら」
「ふふっ。そのご心配には及びません。既に用意しておりますわ」

 後に回されていた咲夜の手の中には、新品のノートと一本のペンが握られていた。
 どうやら、既に考えを読まれていたらしい。

「あらあら。流石、瀟洒なメイドね」
「後程、紅茶とクッキーもお持ち致します。良い執筆を」
「期待に応えられる様、頑張らせて貰いましょう」
「ええ。では、お邪魔にならぬ様に失礼致します」

 私は、咲夜からノートとペンを受け取るとノートの表紙にタイトルを記入する。
『The Grimoire of Patchouli』と。

 どうやら、私も魔法が好きで好きでしょうがない、魔法バカだったらしい。
 魔法が好きだから、ついつい魔法に関する研究結果を論文にしてしまう。
 それはきっと、衝動なのだろう。

 寝る間を惜しんで魔法の事を考えたり。
 理論を思いついてはメモをしたり。
 新しい魔法のアイデアを誰かに語りたくなったり。
 それらを本と言う形にしたり。

 私もそんな、魔法を愛する一人の魔法バカでありたいと思う。

「さて……魔理沙に負けない様に、私も頑張らないとね」

 第一章、火の魔法

 さぁ、私も執筆開始だ。
 寝る間を惜しんで東方の事を考えたり。
 ネタを思いついてはメモをしたり。
 思いついた話のネタを誰かに語りたくなったり。
 それらをSSと言う形にしたり。

 私もそんな、東方を愛する一人の幻想郷大好きっ子でありたいと思います。

 11/7 23:34 誤字を一部修正しました  (「篭める」は常用漢字でなかったので「込める」に修正 その他、誤字・脱字等)
はるか
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コメント



0.2660簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
このゆかりんいい人だなぁ…
9.90名前が無い程度の能力削除
経験豊かな人間は広い視野で稚拙な文章にも評価できる点を見つけ出しますが、
自分はつまらないと断じて物語を読むのを途中で放り出すことが多々あります。

いろいろと勉強しないとなぁ、と思わされました。
10.80名前が無い程度の能力削除
内容は良かったんですが、このタイトルならアリスも出して欲しかったなぁと思わないでも無いです。
18.100名前が無い程度の能力削除
次回作は『The Grimoire of Alice』(例の魔道書じゃないよ!)でおk?
19.100名前が無い程度の能力削除
いいねぇ凄くいいねぇ

俺ももう一度SS書こうとしてみるかな…
20.100マンキョウ削除
SSというより、物書きとして尊敬します。
作者の想いが伝わってきました。

これからも頑張ろう。
30.無評価マイマイ削除
く、黒歴史の記憶が駄々もれてくる…………っ!!!!
33.90葉月ヴァンホーテン削除
初投稿した時のことを思い出しました。
上手く言えないけど、作中の全員に共感できます。
自分が、なぜ文章を書いているのかを思い出させてくれる、そんな作品でした。
36.100名前が無い程度の能力削除
努力したものがすべて成功するとは限らん。しかし!成功したものは皆須らく努力しておる!
すごく良い話でした。初めて小説を書いた時のことを思い出します。
46.70名前が無い程度の能力削除
良い話だけど、「作者のメッセージをキャラクターが語っているだけのSS」である様にも感じました。メッセージありきでSSを組んだ…とでも言うべきでしょうか
内容で100点。メッセージ性が強すぎる事で-50点。紫と咲夜さんのIKEMENっぷりで+10点が2回
という事でこの点数に
47.80名前が無い程度の能力削除
いい話だなと思ったからこそ、惜しいな、と思った。
話の主軸はきちっとしているので、周りをもう少し固めるといいんじゃないかな、と。
きれいな、メッセージ力のある話だった。
49.100名前が無い程度の能力削除
メッセージがこもっていて面白いなんて、私みたいな貪欲な読者にはありがたいです
50.80名前が無い程度の能力削除
アリス「……っ!アイデンティティの危機!?」
51.80名前が無い程度の能力削除
字書きとして共感の持てる話でした。
58.10名前が無い程度の能力削除
書けない奴のルサンチマンだよ、それは。

ちなみに私は10点満点で付ける主義なんだ。
64.90桜田ぴよこ削除
……愛。愛か。
うん……