そう、私は夢を見た。
幸せな気持ちになれたのに、起きた時には悲しい気持ちしか残らない。
雨が降って、寒さが増してきた冬の始まり。私はそんな夢を見る、夢を、見たんだ。
◇
「驚きました」
目の前の相手がにこりと微笑むのを見て、よく分からない気持ちになる。
その気持ちがどういうものなのか私には分からないけれど、分からないものはよくないものなのだ。
だから、眉をしかめて、文句を言うことにした。
「全然、驚いたように見えないよ」
「そうですか。それなら、驚いてないのかもしれません」
ふふ、と笑って目の前の相手――早苗が私の頭をなでる。
その手は柔らかくて、温かくて、どうしてなんだろうとぼんやり思う。
だって、頭を触られるだけでこんな気持ちになるなんてなかったから。
私はそのことに一番驚いて、やめてよ、と早苗に言った。
「小傘さんは、頭をなでられるのが嫌いだったんですか?」
手を離した早苗の声は、驚いたように聞こえた。
ように、というのは、驚いた声を聞いたことがないから、本当に驚いたかどうか分からないからだ。
そのことに、また変な気持ちがして、唐突に名前を呼ばれたせいもあってか、まぬけな声が出た。
「へ? 何で?」
「だって、小傘さんがやめてって言うのは、初めてですから」
「そうだったかなあ」
思い返してみると、確かにそうしてはっきり拒否したのは初めてだったかもしれない。
じゃれあいできゃーきゃー言うことはあっても、そんなことはなかったはずなのに。
私はどうして、この時早苗を拒否したのだろう。
◆
夢見も目覚めもよかったのに。
この気持ちはどういうことなんだろう。
もやもやした気持ちを抱えて、夢うつつのまま、ふらふらと飛び回ろうと思った。
外はざあざあと雨が降っていていい天気。
手にした唐傘を握りしめて、ようし、行こう、と口にした。
飛び立つ直前、なんとなく、頭を触ってみる。
そこには、早苗の手の温もりが残っているようで、少しだけ、悲しくなった。
◇
「早苗、何かあったの?」
「何でそんなことを聞くんですか?」
「機嫌がいいように見えたから」
早苗に頭をなでられることが嫌だなんて、あるわけがなくて。
それなら、他に原因があるんだ。
そう、たとえば、その笑顔とか。
「今日は何もなかったですよ?」
それでも早苗は不思議そうに首を傾げるだけ。
そんなわけない。だって、早苗は今も嬉しそうに笑っている。
理由もなしに幸せになれるなら、驚きだって怖いものだっていらないのだ。
「うっそだあ。なんかあったはずだよ。どこか行ったとか、誰か来たとか」
「ああ、そう言われれば。霊夢さんが来ましたね」
思わずうげ、と声が出た。私は霊夢が苦手だ。
早苗は早苗で容赦がないけど、霊夢はもっと容赦がない。
いい人なのは分かるけれど、苦手意識は消えてくれないのだ。
でも、機嫌がいい理由は分かった。だって、早苗は霊夢が大好きだから。
「もうちょっと早かったら会ってたかもしれませんね」
「そっか。今でよかった」
私の答えに早苗が笑う。むう、苦手なの知ってるくせに。
大好きな霊夢に関することだから、こんなことでも面白いのだろう。
「霊夢って、あんまり来ないよね。今日はどうしたのさ」
「それが、神奈子様達がまた何かしたらしくて」
早苗がはあ、とかたちだけのため息を漏らす。口元がちょっと緩んでいた。
ああ、もうそれは機嫌がよくなきゃ嘘だ。
早苗はあの神様達も大好きで、好きな人達が元気だと嬉しがる人だから。
ついでに言えば、あの二人が何かするのを一番楽しみにしてるのも早苗だ。
怒るくせに。早苗はそんなところ天の邪鬼だ。自覚がないからなのかなあ。
「小傘さん?」
「ん……どうしたの、早苗?」
「いえ、考え込んでいたみたいだったので」
「考えごとくらい、するよ」
そうなんですか、と目をぱちくりさせながら言う。
びっくりしてるなあ、失礼だなあ。
早苗の中で、私はどういう位置付けなんだろう――そんなことを考えた。
◆
早苗のことを考えると、嬉しくなる。
それはきっと、私が早苗のことを大好きだからだ。
好きだから、絶対驚かしてやろうと躍起になってるんだ。
それで笑われても、早苗の笑顔が好きだからいいことなのだと思う。
けれど、霊夢のことで笑うのはあんまり、好きじゃない。
あの笑顔はどきりとするけれど、なにかもやもやして、好きになれないのだ。
◇
「して、その考えごととは」
早苗が興味深そうに聞いてくる。
本当に、早苗は私を何だと思ってるんだろう。
「んー? 早苗は霊夢のどこが好きなんだろうって」
「へ……?」
きょとんとする早苗。これも一応考えてたから嘘じゃない。
早苗は何を言ってるんだろうと、本気で不思議そうな目でこっちを見つめていた。
「別に、霊夢さんのことは好きってわけじゃないですよ?」
「えー?」
慌てた風もなく、手を振ってないないというジェスチャーをされた。
嫌いとも言えませんけどね、なんてごまかすような返事。
「じゃあどう思ってるのさ」
「厄介な人だとは思ってますね」
それにはものすごく同意したい。
けど、そんな嬉しそうに言うセリフじゃないよ。
「いつか、ああいう人になっちゃうのかなあ、なんて不安な毎日です」
眉を下げながらも口は緩んでいて。不安なんてなさそうな表情だった。
早苗は人のことばっか気にしてるせいか、自分のことに鈍すぎると思う。
それとも、分かってて惚けているのかな。私には判断がつかないや。
「小傘さんは霊夢さんが苦手ですよね」
「うん。苦手。怖いもん」
早苗が笑う。怖がるのを笑うなんて人が悪いんだ。
「霊夢さんは怖い人ではないですよ」
そんな言葉が聞こえて、また頭に手が伸びてきて。
少しなでたところで気付いたのかごめんなさい、と手を引っ込める。
「早苗の、嘘つき」
「本当ですよ」
早苗が困った顔をする。
あの人の優しさは分かりづらいんですから、と目を細めて遠くを見つめるように。
……私の言いたいことは、そっちじゃないんだ。
好きじゃないのが、大嘘だって。
やっぱり早苗は霊夢が大好きで仕方ないじゃないか。
「むう、じゃあ」
私のことは。そう聞いてみようとして、やめた。
早苗のことだからそんな聞き方したら、答えは決まってる。
それに、その答えは、きっと、私にとって、いい答えじゃないから。
「なんですか?」
「やっぱ止めとくよ。驚かなさそうだし」
「……あなたは、真面目な顔で何を考えてたんですか」
「いつも通りのことだね」
はあ、と呆れたようにため息をつく早苗。
たぶん、これでよかったんだろう。
最後にひとつだけ、やってほしいことがあった。
「ねぇ、早苗。頭、なでてよ」
ぽかんと、驚いたような表情をする。
でもすぐに早苗は分かりましたと笑ってくれて、その手が私の頭にのびてきた。
うん。その笑顔、好きだ。
◆
それでも、夢の最後に見た笑顔が忘れられなくて、いつの間にか神社に来ていた。
ふらふらしようと思ってたのに。そうつぶやいて縁側の方まで回る。
そこにはつまらなそうに空を見つめる早苗がいて。
後ろからこっそり近づいて驚かしてやろうとする。
そこで声をかける直前、振り返った早苗はなにもかもお見通しって感じの笑顔で――
――そこで、目が覚めた。
◇◆
夢を見る、夢を、見たんだ。
「――それで、夢の中で夢を見たんだよ」
「器用なことをしますね、あなた」
神社の縁側。興奮しながら話す私を、早苗は呆れた顔で見ている。
うーん、驚くと思ったんだけどなあ。
ちょっとしゅんとしていると、早苗が眉を下げながら笑って私から外に視線を向けた。
「まあ、それがいい夢だったらいいことなんじゃないですか」
「や、実はあんまり覚えてないんだけどね。ぼんやりしてて」
私も外に顔を向けた。雨がざあざあ降っている。
夢の内容は、もう雨の向こうに見える木々みたいにぼやけていて、かたちだけが曖昧に見えている。
「そうですか。夢の内容も聞いてみたかったのですけれど」
「初めてだね。私の話を聞きたいっていうの」
「いつもみたいな怪談もどきは聞いてても、ねぇ?」
む、喜びかけたのに。早苗は何気にひどいんだ。いつも。
「――まあ、覚えてても、いい夢なのか悪い夢なのか分かんないけど」
だって、嬉しかったのに、悲しかったんだ。
分かんないものは、よくないものなんだから。
私が唇を尖らせると、早苗が今度は優しい笑顔でこっちを見つめた。
その顔はそんなことないよって、言いたげで。
よく分かんない気持ちになって下を向く。
「夢の中で夢が見れるって、奇跡みたいじゃないですか」
早苗の手が私の頭をなでる。
外は寒いのに、その手は温かかった。
「そう、かな」
「そうですよ」
ああ、早苗の顔が見れない。
なんで今日に限ってこんなに優しいんだろう。
「う、ううー。……もう帰る!」
「え? はあ。さようなら?」
立ち上がりながら叫ぶ。まだ残る温もりが気持ち良かった。
もしかして頭なでられるの嫌いだったかなあ、と失敗したようにつぶやく早苗。
そんなことはないんだけれど。
「嫌いなんてこと、ないよ」
「そうなんですか。じゃあ、また」
そう言うと、早苗は安心したように微笑む。
なんだか、その表情を見て、何かひとつ、訊いてみたくなった。
「早苗は、わちきのこと、好き?」
驚く顔でも見れればいいな。
そんな軽い気持ちで問い掛けてみる。
けれど、早苗は本気で不思議そうな顔をしただけで。
「好きですよ?」
笑顔で言われたそれにそっか、と頷いてまたね、と早苗に手を振る。
やっぱりそんなに甘くはないかあ。
頭の温もりが、唐突に悲しくなった。
夢の中で勘違いしてもじもじしちゃう小傘やヴぇえです
と、個人的には思いました。
①早苗は天の邪鬼だから…
②霊夢さんのことは好きじゃないですよ!(しかし大好き)
③小傘のことは好きですよ?(特別に好かれてはいない。)
という風に私は読みました、まぁ私の深読みの可能性も結構ありますけどね(笑)
ともかく…これは個人的にすごく好きです!