「……山がもうこんなに白くなってるわ」
静葉は雪が降る中で一人、空を駆けていた。
ふと、見下ろすと朝から降り出した雪は、既に妖怪の山全体を白く覆いはじめている。
紅葉で彩られた山々にうっすらと積もった雪は、それはそれでなかなか綺麗なものだ。
しかし、そんな悠長な事は言ってられない。このまま雪が降り続ければ、せっかくの紅葉が雪の重みで落ちてしまうどころか、そのせいで木そのものも傷んでしまう。
下手すれば老木なんかはそのまま枯れてしまう恐れもあるのだ。
そもそも、秋になるとほとんどの木が、葉を落すのは、冬になり雪が降ったときに、雪が積もる面積を減らして、枝に負荷をかけないようにするためだ。
よってこの時期に雪が降るのは、何にしろ決して歓迎できる事ではない。
「早くなんとかしないといけないわね……」
静葉は、飛ぶ速度を倍ほどにまで上げる。
彼女が向かった先は、スキマ妖怪こと八雲紫のところだ。
紫の住処は、普通の行き方では、まずたどり着くことすら出来ないが、以前、静葉は文に秘密のルートを教えてもらった事があったので、すんなりと到着することができた。
そして静葉は、彼女の住む屋敷の入り口に、すたりと着地する。
「さて……ここでいいはずだけど、誰もいないようね……?」
彼女は、ざっと辺りを見回すが、周りに誰かがいる気配はしない。留守なのだろうか。とりあえず彼女は、家の周りをぐるりと回ってみるが、中に人がいる様子はない。もっとも紫の場合は、前触れもなく突然姿を現すので本当に留守なのかどうかはわからないところだが。
「仕方ないわね。また後で来ましょうか……」
と、彼女が帰ろうとしたそのときだ。
「おや、誰かと思えば、これはこれは珍しいお客様がお見えになりましたわね」
突如、背後で声が聞こえたので、静葉が振り返ると、案の定、紫の姿があった。
「いたなら初めから出てきたらどうなの。いないのかと思ったわ」
「御機嫌よう紅葉神さま。あまりにも珍しいお客様だったので、ちょっと脅かそうと思いまして」
そう言って彼女は扇子で口を隠したポーズをとって、くすくすと笑う。実に胡散臭い。
「……ところで、秋の神様が、こんな辺境の地に何の御用で?」
「ええ。ちょっと貴女に尋ねたい事があってね」
「あら、何でしょう? せっかくなので上がっていって下さいな。大したおもてなしはできませんが、お茶くらいはお出ししますわよ?」
そう言って紫は微笑みながら彼女を誘ってきた。実に胡散臭い。
「いえ、急いでるので遠慮させてもらうわ」
静葉が即座に断りを入れると、紫は、残念といった様子で両手を脇に広げた。実に胡散臭い。
「あらあら、この狭い幻想郷、そんなに急いでどうなさると言うのでしょう?」
静葉は今回の異変の事を紫に説明した。すると彼女はわざとらしいくらい驚いた顔をする。実に胡散臭い……というか、もはや彼女の存在自体が胡散臭い。
「まぁ、私が留守の間にそんな事が起きてたなんて……なんということでしょう!」
「ふーん、本当に留守だったのかしら?」
「ええ、ちょっと結界の外へお出かけしてまして。で、今ちょうど帰ってきた所でしたの」
そう言って彼女は手提げ篭を取り出して、静葉に見せびらかすように差し出す。
それに対して静葉は表情変えずに言う。
「私は貴女の仕業だと思ったんだけどね」
「それはまたどうして?」
「貴女ならこれくらいの事造作もないでしょうし、何より貴女は今までもいろんな事件の元凶になってるものね」
彼女の言葉に思わず紫は苦笑する。
「あらあらまあまあ、私、ずいぶんと怪しまれてますのね。……しかも必ずしも否定できないとこが辛い所です……。でも今回の件は違いますわ。大体、私がそんな事して何に得があると?」
「あら、貴女は損得勘定で動くタイプじゃない気がするけど……?」
静葉が平然と言い放つと、彼女はこれ以上にないというくらいの満面の笑みを浮かべて言い返す。
「……ともかく、今回に限っては私じゃないですわ。天地神明に誓いまして」
彼女の様子を見て、静葉はこれ以上刺激するのは得策ではないと感づき、おとなしくここは引き下がる事にした。
「そう、それは失礼したわ。疑って御免なさいね」
静葉はそう言ってひらりとお辞儀をすると、きびすを返しその場から去ろうとする。
「お待ちくださいな。秋の神様」
ふと紫が呼び止める。静葉はあえて振り向かずに聞き返す。
「なにかしら?」
「あなたは何のためにこの異変を解決しようとしてるです?」
紫の問いに静葉は即座に答える。
「自分のためよ」
その言葉を聞いた紫は、嫌味っぽい口調で彼女に言う。
「まぁ、驚きましたわ。神様にしてはずいぶん私欲的な理由なのですね?」
「……あら、もしかして幻想郷を守るためとか言う答えを期待してたのかしら? そんな大義名分なんて、ナンセンス以外の何者でもないわ。それに秋の神様が、秋を救おうとするのは何らおかしい事じゃないわよ」
そこまで言い切ると静葉は、勝手に飛び去って行ってしまう。紫は思わず苦笑しながらつぶやいた。
「……面白い子だこと。大義名分に拘らず、自分の欲のためだけに動くなんて……まるで人間……いえ、人間以上に人間くさいわ。人間も少しは彼女を見習うべきじゃないかしら?……なぁんてね。……さて、その『人間』にでも会いに行きましょうか……」
そう言って彼女はその場から姿を消した。
その頃、里では穣子の指揮の下、作物の収穫大作戦が執り行われていた。
「さあ! 皆、急いで急いで! ぼやぼやしてると雪が降ってくるわよーっ! 雪が降ったらせっかくの作物が、おじゃんになっちゃうわよっ!」
彼女は、頭巾を頭に被り、もんぺ姿に手には鍬を携えてという、まさに臨戦態勢で、畑の真ん中にある物見やぐらの上から、メガホンを使って人々を鼓舞していた。
ふと、彼女はやぐらの上からふらっと飛び上がって、芋ほりをしている若者のところへ着地する。
「ちょっと! そこのあなた、芋ほりも出来ないの? 私がやるのを見てなさい! いい? こうやって腰をしっかり落して土を掻き分けるのよ」
穣子は、そう言いながら戸惑う若者の前で、実に慣れた手つきでサツマイモを収穫していく。その見事な手さばきに自然と周りから拍手が起こる。
「ちょっとあなたたち! 拍手なんていいから手を休めないの! もうお昼になっちゃうわよ!?」
思わず穣子はメガホンで男達にそう叫ぶと、畑を離れ、近くにある集会小屋へと向かう。
小屋の中では、里の女性達が大量の握り飯と、大鍋いっぱいの野菜の味噌汁をこしらえている最中だった。
これらの具材は、全部穣子が自分の家から用意したものだ。
「さあ、もうすぐあなたたちの出番だわ! 働いて腹ペコの男たちに、午後からも働けるように愛情込めて作った料理をたくさん振舞ってあげるのよ!」
やがて、お昼を知らせる鐘がなり、畑にいた男達が、お昼を食べに小屋へと引き上げてくる。
そして彼らが食事を始めると、用意していた料理は瞬く間になくなっていく。
泥だらけの姿で顔を綻ばせながら、握り飯を頬張る男達の様子を満足そうに眺めると、穣子は小屋の外へ出て空を見上げた。
まだ雪こそ降っていないが、辺り一帯は、既に鉛色の雲に覆われ始めている。気温も昼前より幾分か下がってきたかもしれない。
「うーん。これはピッチ上げないとやばいかもね……少し配置の転換とかしてみようかしら……それとも思い切って女性陣も参加させるか……」
と、彼女がつぶやいていると、そこへ静葉が現れる。
「穣子。そちらの進み具合はどうかしら?」
「あら、姉さん。今は、ちょうどお昼休み中よ。うーん、まぁほぼ順調なんだけど……」
「なんだけど?」
ふと、穣子は空を見上げた、静葉も一緒になって空を見上げた。
「……これさ、思うんだけど、もしかしたら予定より雪降るの早くなりそうな気がするのよね……」
「……そうね。なんとも言えない微妙なところね。間に合うの?」
「ま、何とかやってみるわよ」
そう言って彼女はぐっと拳を握った。その様子を見て思わず静葉は笑みを浮かべる。
「そう。それにしても……あなた、その格好似合ってるわね。言うなれば農作業のプリンセスってところかしら?」
「……ええと、それは、褒めてるの? それともけなしてるの?」
「さあ、どっちでしょうね。穣子の好きなように解釈していいわよ?」
穣子は姉の言葉に思わずため息を付く。
「……ところで、姉さん。そっちの方はどうなのよ?」
「ええ、これと言って有力な手がかりはないわね。とりあえず、今分かってるのは、あのスキマ妖怪の仕業ではなさそう事くらいかしら」
「え! あいつじゃないの?」
「ええ、できる限り突っついてみたんだけど、今のところは彼女はシロと考えていいと思うわ」
姉の言葉を聞いた穣子は、「うむむ」唸りながら腕を組んでその場に座り込む。
「……となると……でも、あの人以外にそんな事が出来る奴なんかいたっけ?」
「まぁ、一応心当たりはあるわね。今からそいつのところに向かうつもりよ。ちょっと遠いんだけどね」
「そう。気をつけてね。って、あれ? そう言えば文さんは一緒じゃないの?」
「あ、彼女とは、結局手分けして手がかり集める事にしたのよ。多分、今頃あちこち飛び回ってると思うわよ? それじゃ頑張ってね」
さらりとそう言い残すと、静葉は、空へと飛び上がって行ってしまう。
「はぁ……こりゃ、文さんに期待するしかなさそうね……」
穣子は、姉の姿がどんどん小さくなるのを見ながら思わずつぶやく。
そのとき、今まで休憩を取って里の男達が小屋からどやどやと出てくる。どうやら昼休みを終えて戻ってきたらしい。
「さてと! それじゃ私もかっ飛ばしていくわよー!」
穣子は、右手で作った拳を左手で勢いよくぱしーんと鳴らし立ち上がると、意気揚々と畑の方へと向かった。
一方、その頃、文は、森の外れの香霖堂にいた。
彼女は、店の中で店主の霖之助と一緒にお茶を飲んでいるところだった。
「ふう、緑茶がおいしいですね……」
「そうかい。それは良かった」
「今日みたいな寒い日には、温かいものが合いますからね」
「……確かに言われてみれば、今日はこの時期にしては、些か寒いかもしれないね」
そう言って霖之助は窓の外に目を移す。
「はい、これから雪が降る予定ですから」
文の言葉に彼は思わず驚きの声を上げる。
「え、本当かい? ……いくら寒いとは言え、この時期に雪だなんて」
「多分、夕方頃には、ここも降り始めると思いますよ」
「そうなのかい? でもちょっと待ってくれ。君の新聞の天気予報では、今日は一日中晴れの予想になってたんだけれど……」
霖之助は、テーブルにおいてある今日の文々。新聞を掴んで天気予報欄に目をやる。
すると文は悪びるわけでもなく平然と彼に告げた。
「私の天気予報も、外れるときは外れますよ。それに、あくまでも予報ですからね」
「そうなのか……」
彼は新聞をテーブルに置き、顎に手をやり、「ふむむ」と唸る。
「ところで霖之助さん。最近、何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事かい?」
「ええ、どんな些細な事でもいいんですが……」
「そうだね……そういえば今朝こんなものを拾ったんだが」
そう言って彼は立ち上がり、奥の棚から木の箱を持ってくる。
「なんですかそれは?」
「ふむ。僕が視た限りだと、これは『オルゴン蓄積器』という名前で、未知のエネルギーを集める装置らしい」
「……へぇ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」
文はそのオルゴン集積器なる木の箱を手に取ると、ふたを開けてみる。中は金属の板が張り付けられてるだけだった。箱をひっくり返したりしたが、他には何も仕掛け等は施されてはいないように見える。
「……なんですかこれ?」
思わず文が改めてたずねると、彼は両手を脇に広げ首を横に振りながら答える。
「僕も正直言ってよくわからない。だがこれを使えば、その未知のエネルギーとやらを集める事が出来るんだろう」
「エネルギーですか……こういうことは、きっと、にとりの専門分野でしょうね」
文の言葉に霖之助は腕を組んで頷く。
「あぁ、そうだね。彼女なら何か知ってるかもしれないね」
「そういえば、今日は来てないんですか?」
「うん、にとりなら、ここ三日くらい顔を出してないよ」
「そうなんですか……」
「彼女に見てもらいたい品物がたまってるんだけどね」
そう言って霖之助が振り返った先には、ガラクタにしか見えないものが山のように積まれていた。こんなものはにとり以外は、まず興味を持たないだろう。
文は「なるほど」と、一言だけ言うと、椅子を引いて立ち上がる。
「おや、帰るのかい?」
「ええ、お茶ご馳走様でした。それでは!」
文は軽くお辞儀ををすると、あまりの行動の早さに、唖然としてる彼を尻目に香霖堂を出る。
外はだいぶ気温が下がってきていて、今にも雪が降ってきてもおかしくない状態だった。
「ふむ……にとりがしばらく顔を出していない……そういえば、温泉施設の落成式にも彼女の姿はなかった……これは一度彼女のところに行ってみる必要があるかもしれませんね……」
と、彼女がメモを取り出しながらつぶやいていたときだ。
辺りで激しい閃光が瞬いた。文は一瞬、雷かと思わず空を見上げたが違った。どうやら誰かが一戦交えている最中らしい。上空では二つの影が交差しているのが見えた。
「この、寒いのに良くやりますねぇ……」
文は半ば呆れ顔で上空の様子を見上げていた、すると次第にこちらにも流れ弾が飛んでくるようになる。というより明らかに攻撃されてるような雰囲気だ。
「あやや、これは、もしかして私も狙われているんでしょうか……?」
そう思うや否や、今度はまとまった弾幕がこっちに向かってきた。彼女は、すばやく弾を避けながら、その場を離れ森の中へと入る。
程なくして巻き添えを食った香霖堂が爆発炎上する音がした。哀れこーりん。彼はどうやら雪が降る中を野宿生活しなければいけないようだ。
森の中に逃げたものの、弾幕の雨は止むところを知らずと言うより、むしろ激しさが増してきていた。そうこうしてる間に彼女の周りの木々が次々と被弾し、なぎ倒されていく。このままでは森の木々を総てなぎ払いかねないような勢いだ。文は、やれやれとため息をつく。
「……これは本気で倒しに来てるようですね。ならば、こっちも全力で逃げさせてもらいましょう!」
彼女は翼を最大に広げると、一瞬で森の反対側へと抜ける。そして勢いそのままに上空へと飛び上がり、文字通り目にも止まらない速さで里の方へと向かう。
相手の追撃弾が、執拗に追いかけたが、文はそれを巧みにかわしつつ、里の上空にまでへとやってくる。その頃は既に攻撃は止んでいた。流石に諦めたようだ。
「ふっ、ちょろいもんですね! 幻想郷最速の名は伊達じゃありません!」
彼女は思わず一人勝ち誇って団扇を扇いだ。
「さて、せっかく里まで来ましたし、穣子さんの様子でも見て行きましょうかね」
文は翼をたたむと里へと降り立つ。
気が付くと辺りは、不気味なほどの分厚い雲に覆われ、いつの間にか小雪がちらつきはじめていた。
静葉は雪が降る中で一人、空を駆けていた。
ふと、見下ろすと朝から降り出した雪は、既に妖怪の山全体を白く覆いはじめている。
紅葉で彩られた山々にうっすらと積もった雪は、それはそれでなかなか綺麗なものだ。
しかし、そんな悠長な事は言ってられない。このまま雪が降り続ければ、せっかくの紅葉が雪の重みで落ちてしまうどころか、そのせいで木そのものも傷んでしまう。
下手すれば老木なんかはそのまま枯れてしまう恐れもあるのだ。
そもそも、秋になるとほとんどの木が、葉を落すのは、冬になり雪が降ったときに、雪が積もる面積を減らして、枝に負荷をかけないようにするためだ。
よってこの時期に雪が降るのは、何にしろ決して歓迎できる事ではない。
「早くなんとかしないといけないわね……」
静葉は、飛ぶ速度を倍ほどにまで上げる。
彼女が向かった先は、スキマ妖怪こと八雲紫のところだ。
紫の住処は、普通の行き方では、まずたどり着くことすら出来ないが、以前、静葉は文に秘密のルートを教えてもらった事があったので、すんなりと到着することができた。
そして静葉は、彼女の住む屋敷の入り口に、すたりと着地する。
「さて……ここでいいはずだけど、誰もいないようね……?」
彼女は、ざっと辺りを見回すが、周りに誰かがいる気配はしない。留守なのだろうか。とりあえず彼女は、家の周りをぐるりと回ってみるが、中に人がいる様子はない。もっとも紫の場合は、前触れもなく突然姿を現すので本当に留守なのかどうかはわからないところだが。
「仕方ないわね。また後で来ましょうか……」
と、彼女が帰ろうとしたそのときだ。
「おや、誰かと思えば、これはこれは珍しいお客様がお見えになりましたわね」
突如、背後で声が聞こえたので、静葉が振り返ると、案の定、紫の姿があった。
「いたなら初めから出てきたらどうなの。いないのかと思ったわ」
「御機嫌よう紅葉神さま。あまりにも珍しいお客様だったので、ちょっと脅かそうと思いまして」
そう言って彼女は扇子で口を隠したポーズをとって、くすくすと笑う。実に胡散臭い。
「……ところで、秋の神様が、こんな辺境の地に何の御用で?」
「ええ。ちょっと貴女に尋ねたい事があってね」
「あら、何でしょう? せっかくなので上がっていって下さいな。大したおもてなしはできませんが、お茶くらいはお出ししますわよ?」
そう言って紫は微笑みながら彼女を誘ってきた。実に胡散臭い。
「いえ、急いでるので遠慮させてもらうわ」
静葉が即座に断りを入れると、紫は、残念といった様子で両手を脇に広げた。実に胡散臭い。
「あらあら、この狭い幻想郷、そんなに急いでどうなさると言うのでしょう?」
静葉は今回の異変の事を紫に説明した。すると彼女はわざとらしいくらい驚いた顔をする。実に胡散臭い……というか、もはや彼女の存在自体が胡散臭い。
「まぁ、私が留守の間にそんな事が起きてたなんて……なんということでしょう!」
「ふーん、本当に留守だったのかしら?」
「ええ、ちょっと結界の外へお出かけしてまして。で、今ちょうど帰ってきた所でしたの」
そう言って彼女は手提げ篭を取り出して、静葉に見せびらかすように差し出す。
それに対して静葉は表情変えずに言う。
「私は貴女の仕業だと思ったんだけどね」
「それはまたどうして?」
「貴女ならこれくらいの事造作もないでしょうし、何より貴女は今までもいろんな事件の元凶になってるものね」
彼女の言葉に思わず紫は苦笑する。
「あらあらまあまあ、私、ずいぶんと怪しまれてますのね。……しかも必ずしも否定できないとこが辛い所です……。でも今回の件は違いますわ。大体、私がそんな事して何に得があると?」
「あら、貴女は損得勘定で動くタイプじゃない気がするけど……?」
静葉が平然と言い放つと、彼女はこれ以上にないというくらいの満面の笑みを浮かべて言い返す。
「……ともかく、今回に限っては私じゃないですわ。天地神明に誓いまして」
彼女の様子を見て、静葉はこれ以上刺激するのは得策ではないと感づき、おとなしくここは引き下がる事にした。
「そう、それは失礼したわ。疑って御免なさいね」
静葉はそう言ってひらりとお辞儀をすると、きびすを返しその場から去ろうとする。
「お待ちくださいな。秋の神様」
ふと紫が呼び止める。静葉はあえて振り向かずに聞き返す。
「なにかしら?」
「あなたは何のためにこの異変を解決しようとしてるです?」
紫の問いに静葉は即座に答える。
「自分のためよ」
その言葉を聞いた紫は、嫌味っぽい口調で彼女に言う。
「まぁ、驚きましたわ。神様にしてはずいぶん私欲的な理由なのですね?」
「……あら、もしかして幻想郷を守るためとか言う答えを期待してたのかしら? そんな大義名分なんて、ナンセンス以外の何者でもないわ。それに秋の神様が、秋を救おうとするのは何らおかしい事じゃないわよ」
そこまで言い切ると静葉は、勝手に飛び去って行ってしまう。紫は思わず苦笑しながらつぶやいた。
「……面白い子だこと。大義名分に拘らず、自分の欲のためだけに動くなんて……まるで人間……いえ、人間以上に人間くさいわ。人間も少しは彼女を見習うべきじゃないかしら?……なぁんてね。……さて、その『人間』にでも会いに行きましょうか……」
そう言って彼女はその場から姿を消した。
その頃、里では穣子の指揮の下、作物の収穫大作戦が執り行われていた。
「さあ! 皆、急いで急いで! ぼやぼやしてると雪が降ってくるわよーっ! 雪が降ったらせっかくの作物が、おじゃんになっちゃうわよっ!」
彼女は、頭巾を頭に被り、もんぺ姿に手には鍬を携えてという、まさに臨戦態勢で、畑の真ん中にある物見やぐらの上から、メガホンを使って人々を鼓舞していた。
ふと、彼女はやぐらの上からふらっと飛び上がって、芋ほりをしている若者のところへ着地する。
「ちょっと! そこのあなた、芋ほりも出来ないの? 私がやるのを見てなさい! いい? こうやって腰をしっかり落して土を掻き分けるのよ」
穣子は、そう言いながら戸惑う若者の前で、実に慣れた手つきでサツマイモを収穫していく。その見事な手さばきに自然と周りから拍手が起こる。
「ちょっとあなたたち! 拍手なんていいから手を休めないの! もうお昼になっちゃうわよ!?」
思わず穣子はメガホンで男達にそう叫ぶと、畑を離れ、近くにある集会小屋へと向かう。
小屋の中では、里の女性達が大量の握り飯と、大鍋いっぱいの野菜の味噌汁をこしらえている最中だった。
これらの具材は、全部穣子が自分の家から用意したものだ。
「さあ、もうすぐあなたたちの出番だわ! 働いて腹ペコの男たちに、午後からも働けるように愛情込めて作った料理をたくさん振舞ってあげるのよ!」
やがて、お昼を知らせる鐘がなり、畑にいた男達が、お昼を食べに小屋へと引き上げてくる。
そして彼らが食事を始めると、用意していた料理は瞬く間になくなっていく。
泥だらけの姿で顔を綻ばせながら、握り飯を頬張る男達の様子を満足そうに眺めると、穣子は小屋の外へ出て空を見上げた。
まだ雪こそ降っていないが、辺り一帯は、既に鉛色の雲に覆われ始めている。気温も昼前より幾分か下がってきたかもしれない。
「うーん。これはピッチ上げないとやばいかもね……少し配置の転換とかしてみようかしら……それとも思い切って女性陣も参加させるか……」
と、彼女がつぶやいていると、そこへ静葉が現れる。
「穣子。そちらの進み具合はどうかしら?」
「あら、姉さん。今は、ちょうどお昼休み中よ。うーん、まぁほぼ順調なんだけど……」
「なんだけど?」
ふと、穣子は空を見上げた、静葉も一緒になって空を見上げた。
「……これさ、思うんだけど、もしかしたら予定より雪降るの早くなりそうな気がするのよね……」
「……そうね。なんとも言えない微妙なところね。間に合うの?」
「ま、何とかやってみるわよ」
そう言って彼女はぐっと拳を握った。その様子を見て思わず静葉は笑みを浮かべる。
「そう。それにしても……あなた、その格好似合ってるわね。言うなれば農作業のプリンセスってところかしら?」
「……ええと、それは、褒めてるの? それともけなしてるの?」
「さあ、どっちでしょうね。穣子の好きなように解釈していいわよ?」
穣子は姉の言葉に思わずため息を付く。
「……ところで、姉さん。そっちの方はどうなのよ?」
「ええ、これと言って有力な手がかりはないわね。とりあえず、今分かってるのは、あのスキマ妖怪の仕業ではなさそう事くらいかしら」
「え! あいつじゃないの?」
「ええ、できる限り突っついてみたんだけど、今のところは彼女はシロと考えていいと思うわ」
姉の言葉を聞いた穣子は、「うむむ」唸りながら腕を組んでその場に座り込む。
「……となると……でも、あの人以外にそんな事が出来る奴なんかいたっけ?」
「まぁ、一応心当たりはあるわね。今からそいつのところに向かうつもりよ。ちょっと遠いんだけどね」
「そう。気をつけてね。って、あれ? そう言えば文さんは一緒じゃないの?」
「あ、彼女とは、結局手分けして手がかり集める事にしたのよ。多分、今頃あちこち飛び回ってると思うわよ? それじゃ頑張ってね」
さらりとそう言い残すと、静葉は、空へと飛び上がって行ってしまう。
「はぁ……こりゃ、文さんに期待するしかなさそうね……」
穣子は、姉の姿がどんどん小さくなるのを見ながら思わずつぶやく。
そのとき、今まで休憩を取って里の男達が小屋からどやどやと出てくる。どうやら昼休みを終えて戻ってきたらしい。
「さてと! それじゃ私もかっ飛ばしていくわよー!」
穣子は、右手で作った拳を左手で勢いよくぱしーんと鳴らし立ち上がると、意気揚々と畑の方へと向かった。
一方、その頃、文は、森の外れの香霖堂にいた。
彼女は、店の中で店主の霖之助と一緒にお茶を飲んでいるところだった。
「ふう、緑茶がおいしいですね……」
「そうかい。それは良かった」
「今日みたいな寒い日には、温かいものが合いますからね」
「……確かに言われてみれば、今日はこの時期にしては、些か寒いかもしれないね」
そう言って霖之助は窓の外に目を移す。
「はい、これから雪が降る予定ですから」
文の言葉に彼は思わず驚きの声を上げる。
「え、本当かい? ……いくら寒いとは言え、この時期に雪だなんて」
「多分、夕方頃には、ここも降り始めると思いますよ」
「そうなのかい? でもちょっと待ってくれ。君の新聞の天気予報では、今日は一日中晴れの予想になってたんだけれど……」
霖之助は、テーブルにおいてある今日の文々。新聞を掴んで天気予報欄に目をやる。
すると文は悪びるわけでもなく平然と彼に告げた。
「私の天気予報も、外れるときは外れますよ。それに、あくまでも予報ですからね」
「そうなのか……」
彼は新聞をテーブルに置き、顎に手をやり、「ふむむ」と唸る。
「ところで霖之助さん。最近、何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事かい?」
「ええ、どんな些細な事でもいいんですが……」
「そうだね……そういえば今朝こんなものを拾ったんだが」
そう言って彼は立ち上がり、奥の棚から木の箱を持ってくる。
「なんですかそれは?」
「ふむ。僕が視た限りだと、これは『オルゴン蓄積器』という名前で、未知のエネルギーを集める装置らしい」
「……へぇ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」
文はそのオルゴン集積器なる木の箱を手に取ると、ふたを開けてみる。中は金属の板が張り付けられてるだけだった。箱をひっくり返したりしたが、他には何も仕掛け等は施されてはいないように見える。
「……なんですかこれ?」
思わず文が改めてたずねると、彼は両手を脇に広げ首を横に振りながら答える。
「僕も正直言ってよくわからない。だがこれを使えば、その未知のエネルギーとやらを集める事が出来るんだろう」
「エネルギーですか……こういうことは、きっと、にとりの専門分野でしょうね」
文の言葉に霖之助は腕を組んで頷く。
「あぁ、そうだね。彼女なら何か知ってるかもしれないね」
「そういえば、今日は来てないんですか?」
「うん、にとりなら、ここ三日くらい顔を出してないよ」
「そうなんですか……」
「彼女に見てもらいたい品物がたまってるんだけどね」
そう言って霖之助が振り返った先には、ガラクタにしか見えないものが山のように積まれていた。こんなものはにとり以外は、まず興味を持たないだろう。
文は「なるほど」と、一言だけ言うと、椅子を引いて立ち上がる。
「おや、帰るのかい?」
「ええ、お茶ご馳走様でした。それでは!」
文は軽くお辞儀ををすると、あまりの行動の早さに、唖然としてる彼を尻目に香霖堂を出る。
外はだいぶ気温が下がってきていて、今にも雪が降ってきてもおかしくない状態だった。
「ふむ……にとりがしばらく顔を出していない……そういえば、温泉施設の落成式にも彼女の姿はなかった……これは一度彼女のところに行ってみる必要があるかもしれませんね……」
と、彼女がメモを取り出しながらつぶやいていたときだ。
辺りで激しい閃光が瞬いた。文は一瞬、雷かと思わず空を見上げたが違った。どうやら誰かが一戦交えている最中らしい。上空では二つの影が交差しているのが見えた。
「この、寒いのに良くやりますねぇ……」
文は半ば呆れ顔で上空の様子を見上げていた、すると次第にこちらにも流れ弾が飛んでくるようになる。というより明らかに攻撃されてるような雰囲気だ。
「あやや、これは、もしかして私も狙われているんでしょうか……?」
そう思うや否や、今度はまとまった弾幕がこっちに向かってきた。彼女は、すばやく弾を避けながら、その場を離れ森の中へと入る。
程なくして巻き添えを食った香霖堂が爆発炎上する音がした。哀れこーりん。彼はどうやら雪が降る中を野宿生活しなければいけないようだ。
森の中に逃げたものの、弾幕の雨は止むところを知らずと言うより、むしろ激しさが増してきていた。そうこうしてる間に彼女の周りの木々が次々と被弾し、なぎ倒されていく。このままでは森の木々を総てなぎ払いかねないような勢いだ。文は、やれやれとため息をつく。
「……これは本気で倒しに来てるようですね。ならば、こっちも全力で逃げさせてもらいましょう!」
彼女は翼を最大に広げると、一瞬で森の反対側へと抜ける。そして勢いそのままに上空へと飛び上がり、文字通り目にも止まらない速さで里の方へと向かう。
相手の追撃弾が、執拗に追いかけたが、文はそれを巧みにかわしつつ、里の上空にまでへとやってくる。その頃は既に攻撃は止んでいた。流石に諦めたようだ。
「ふっ、ちょろいもんですね! 幻想郷最速の名は伊達じゃありません!」
彼女は思わず一人勝ち誇って団扇を扇いだ。
「さて、せっかく里まで来ましたし、穣子さんの様子でも見て行きましょうかね」
文は翼をたたむと里へと降り立つ。
気が付くと辺りは、不気味なほどの分厚い雲に覆われ、いつの間にか小雪がちらつきはじめていた。
話変わって、このくらいの文量ですと、ある程度まとめてから上げるほうをお勧めします。
いくつにも分けられていると、後から見た読み手が追うのが大変だったり、避けられたりということがよくあるゆえ。
異変に気付き収穫を前倒しにするために陣頭に立って手伝ってくれる豊穣の神なんてとてもありがたいですね、自分が里の者なら信仰せざるをえない。
ゆかりんの口調で十二分に胡散臭さが表現できているのに地の文に5回も「胡散臭い」って描写があるのに吹いた、どれだけ強調したら気がすむんですかw
しかしみのりんは農作業服似合いそうだ