「いよいよ明日ね・・・・・・妖夢」
「幽々子様、今年もあの時期がきたのですね」
「妖夢。あれを準備しなさい」
「幽々子様・・・・・・まさか、あれを・・・・・・やるのですか?」
「えぇ・・・・・・これは威信をかけた戦争よ?」
「わかりました。では早速準備してきます」
妖夢はタタタッっと廊下を走っていく。その背中を見つめながら幽々子は一人呟いた。
「ふぅ・・・・・・・・・・・・今年こそは・・・・・・勝つわよ。妖夢」
そして決戦の日がやってきた。
白玉楼では幽々子と妖夢がそれぞれの衣装に身を包み、腰の巾着に50個ずつ飴を詰めていた。
「幽々子様・・・・・・今年はすごく怖いですね」
「あら? だって今年は本気ですもの。これくらいやらないと勝てないということがわかったのよ」
毎年この時期になると幻想郷ではハロウィーン大会が行われるのだ。
幽々子は死装束に着替えて、血糊を所々に施し、装束自体も破ったりしながらボロボロ感を演出している。まさに亡霊そのものだった。
対する妖夢はかぼちゃの中身をくりぬいて作ったものを被るだけで、どこからどうみてもかぼちゃの仮面を被っただけの妖夢にしか見えなかった。その愛くるしさに思わず幽々子はくすりと笑みをこぼした。
ゴォーーン・・・・・・ゴォーーン・・・・・・・・・・・・ゴォーーン
戌の刻を時計の針が指した時、音の境界をいじった紫によって、紅魔館の時計が幻想郷の全地域に始まりの合図を告げた。
そして一斉に参加者達が開始の掛け声を叫んだ。
「「「レッツ! ハロウィーン!」」」
「では私はこちら側を回ってきますので、幽々子様は作戦通りこちらをお願い致します
・・・・・・あ! 決して飴を食べないで下さいよ!?」
「うふふ、わかってるわよ、妖夢。今年は本気でやってあげるわ。どこぞの吸血鬼なんかよりも亡霊のほうが怖い事を教えてあげるわ」
「なら私も安心です。それでは良い戦果をお持ちいたします!」
ビシッと敬礼のような仕草をして妖夢が駆けて行く。それを見届けて幽々子も、普段ではめったに見せないほどの真剣な表情でふわりと移動し始めた。
「ねぇ・・・・・・チルノちゃーん。本当にこれで驚いてくれるのかな?」
「あたいの作業はいつだって完璧よ!」
霧の湖のほとりでチルノと大妖精が人里に下りて盗んできたかぼちゃをくりぬいたり、削ったりしながら作業をしていた。
もうすでに開始の合図は鳴っているのだが、まったく聞こえていない二人はそれでもなお作業を続けていた。その後ろに迫ってきている影があるとも知らずに・・・・・・
「できたっ! これであたいの優勝は間違いなしだね!」
トントン・・・・・・トントン・・・・・・とチルノの肩をだれかが叩いていた。てっきり大妖精かと思ったチルノは正面へ顔をあげると大妖精の表情がこれ異常ないくらいに青ざめていた。
「チ・・・・・・チ、チルノちゃん・・・・・・う、うし・・・・・・うしろ・・・・・・」
この世の終わりでも見たかのような怯えっぷりにチルノは訝しげな表情で後ろを振り向くと、そこにはかぼちゃの形をした巨大な何かが中に浮いていた。よく見るとかぼちゃの形を成しているものは空を飛べる無数の何かの生き物のようだった。そしてもっとよく見てみようとじっと凝視していると徐々にその正体がわかるにつれてチルノの顔も青ざめていった。
それは何万匹というおびただしいまでの数が集まった蝙蝠の群れだった。チルノがその正体に気付いて本能的な恐怖から一歩をあとずさった瞬間、かぼちゃの形を成していた蝙蝠たちは散開してチルノたちに一斉に群がり始めた。
キィ! ・・・・・・キィキィ! バサバサバサバサバサ!
「う、うわっ! こ、こ・・・・・・こっちくんなぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁん!」
「きゃぁぁぁぁ! え? あ! ちょっと、チルノちゃんまってー置いていかないで~」
二人の妖精はその場に全てのものを投げ出して湖にある自分の領域へと逃げていった。
それを見届けた蝙蝠は一つに集まると、一人のかわいらしい吸血鬼になり、二人の妖精が落とした飴を拾い始めた。
「ふふふ・・・・・・この分だと今年も楽勝ね。フランはちゃんと頑張っているかしら? 王者は常に王者でなければいけないのよ。さぁ吸血鬼の本当の恐ろしさを味わわせてあげるわ!」
昨年度の王者であるレミリアはくすりと笑い、次なる獲物を探し始めた。
「おぉ! いいですねーいいですねー。やはりネタを探すには自らイベントを開くのが一番ですねー。面倒臭いですけどこれも記事のため、頑張りましょう」
上空から各地で起こる悲鳴などを聞きながら文は笑みをこぼす。こういった大規模な余興はカラス天狗たちにとっても自分の新聞を広めるまたとないチャンスだった。愛用のカメラを携えて、文はまた忙しそうに飛び回ってはこっそりと各地でその光景を写真に収めていった。
夜の境内で一人酒を飲んでいた萃香は腰に飴をつけたまま誰か来ないかと待ち望んでいた。
どうせ自分を脅かせる相手などいないという余裕からか、まったく周囲を警戒していない様子だった。
数分後、萃香の周囲に怨霊が一体湧いて出てきた。境内の下からそーっと気付かれないように萃香の背後に現れたそれは、何をするでもなく萃香の背後に居続けた。
そのうちまた一体、もう一体と、ポツポツと湧いてきているのを萃香はすでに察知していたが、何をしてくるでもないので無視し続けていた。いよいよそれが十体も並ぼうかというときに、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえてきた。
にゃ~ん・・・・・・・・・・・・にゃあぁ~ん・・・・・・にゃあぁ~ん・・・・・・
境内の横にある林の中からガサガサと茂みを掻き分けて現れた黒猫は、萃香の前までくるとピタッっと歩みを止めて、萃香を凝視していた。
「なんだおまえが来たのか。いいだろう私を脅かせるものならやってみな!」
その萃香の言葉を合図に猫の姿から人の姿へ変身したお燐は、萃香に売られた勝負を承諾する意味を込めて―――
「さすがお姉さんは肝がすわってるね! いい度胸しているよ! お姉さんの飴が欲しいだけなんだけどそっと渡して・・・・・・くれないかな?」
「私の飴がほしけりゃ実力で奪ってみな!」
「さっすがお姉さん! そうくると思ったよ!」
そう言うや否や、お燐は短い詠唱呪文を唱えた後にカードを一枚取り出し、天高く掲げてスペルカードを宣言した!
「死灰復燃・トリックオアトリート」
お燐が自慢のスペカを唱えると、萃香の周りにいたゾンビフェアリーたちがそのまま萃香の元へと特攻を仕掛けていく。だが爆発せずにトリックオアトリートと呟きながら萃香の手足を拘束しようとまとわりついてくる。萃香はこの怨霊たちに接触してはいけないことを前の異変のときに知っていたので、ジャンプ一番天高く舞い上がり、いつの間に持っていたのか小さな石ころに自身の能力を使い、回りの石という石を引き寄せた。その結果初めの何十、何百倍という大きさの石が萃香の掌に出来上がり、萃香はそれを地上にいるお燐に向かって投げつけた。
「萃符―――戸隠山投げ」
圧倒的な大きさでグレイズ不可の攻撃をお燐はスペルカードを解除して、林の中に大きく飛び込むことでこれを回避した。そして神社に巨大なクレーターが出来た後、また林の中からお燐が姿を現す。
「ふぅ、危ない危ない。お姉さんはどうやら一撃タイプのスペカらしいね。避けるのも一苦労だよ」
「ふふふ・・・・・・いつまでそんな余裕を見せていられるかな」
「ふ~ん・・・・・・あんたたち、神社をこんなにしておいて随分と余裕なのね・・・・・・」
萃香の後ろにゆらぁっと幽鬼の如く姿を現したのは博麗神社の巫女である霊夢だった。
「あんたたち・・・・・・誰がこれを修理するとおもっているのかしら・・・・・・?」
その一言には憎悪の念がこもっており、萃香は危険と判断するや、そっと移動しようとしたが、その肩を霊夢にガシッと掴まれて動く事が出来なくなった。萃香はあまりの恐ろしさに後ろを振り向く事が出来ずにカタカタと身体を震わせていた。
そして、その様子を見てお燐がこれは非常にまずいなぁと直感して、その場を立ち去ろうとした。
霊夢はそんなこともお見通しだったのか右手で萃香の肩を掴んだまま、空いている左手で一枚の御札を音もなく投げつけた。しかし投げつけた御札をお燐は身体を横にずらし、さっと回避する。そして向きを変えて逃げようとした時に、避けたはずの御札がお燐に向かってまた迫ってきているのが見えた。お燐を標的として何度も何度も当たるまで追いかけ続ける御札にお燐の体力は徐々に奪われていく。
それからバチバチバチッ! という封魔陣が発動する音とお燐の悲鳴は、ほぼ同時に聞こえてきた。本来ならここで降参を宣言するはずのお燐から何も応答がなく、ピクリとも動かなくなってしまった。その一連のやりとりを目撃していた萃香は恐る恐る霊夢に聞いてみた。
「な、なぁ・・・・・・霊夢? もしかしてあれは気絶しているんじゃないのかなー・・・・・・なんて・・・・・・あ、あははは、そんなわけないよね? ね? そこまで威力上げてないよね?」
「萃香も、ああいう風になりたくなかったら今後の行動は何をすればいいかわかるわよね?」
萃香の質問には一切答えず、霊夢はにこやかに言い放った。後ろにいる霊夢から放たれるおびただしいまでの威圧感に萃香の答えは一つしか残されていなかった。
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
ゴツンッ! という音と共に萃香の頭にたんこぶが一つ生まれた。
「ト、トリックオアトリートです・・・・・・」
顔を真っ赤にしながら妖夢は紫に言葉をかける。かぼちゃの被り物をしているので、実際にはわからないが、その口調から彼女がどんな表情をしているのかは容易に想像がついた。その仕草には怖いという感情よりどこか、愛らしいといった感情のほうが際立っていた。紫はその愛らしさに自分用のポシェットから飴を数個取り出すと、妖夢に手渡した。
「はい、白玉楼の小さな庭師さん。飴をどうぞ」
そもそも演技には自信が無かった妖夢だが、それでも驚いてもらえないとなると、それはそれで悲しくなったりもする。しかし実はその可愛さで意外と飴を貰っている事に気付いていないのは恐らく本人だけだろう。
幻想郷におけるハロウィンとは手持ちの飴を最終的にどこまで増やす事が出来るかというルールなのだ。つまり、怖がらせて奪おうが、弾幕勝負で奪おうが、色仕掛けで奪おうが別に何でもアリなのだ。なので妖夢自身が不満だったとしてもきちんと主の期待には答える形となっていた。妖夢は自慢の愛らしさで次々と各人から飴を数個ずつ貰っていった。
「いつの間にかこんなに飴がいっぱいに。これなら幽々子様の分と合わせると今年こそは優勝できそうです。ふふふ、幽々子様褒めてくださるといいなぁ・・・・・・」
予想以上の戦果に思わず頬が緩む妖夢は軽い足取りで次の場所へと向かっていった。
「うーん・・・・・・ここはどこなんだろう?」
橙はいつの間にか無縁塚まで来ていた。知らぬ土地に一人で来ている寂しさも手伝ってすぐに帰巣本能が働くが、飴をいっぱい貰って、藍様に褒めてもらうという橙の計画を遂行すべく、寂しさを必死に紛らわそうとした。そんな時に橙が誰かの気配を敏感に察知した。しかし周囲を警戒しても相手は一向に現れない。そのことが逆に橙の不安を掻き立てたのか、じりじりと後ずさると後方へ向けて一気に逃げ去ろうとした。
「・・・・・・・・・・・・っっっ!!」
後ろへ逃げようとしたら逃げようとした方向からの気配が強くなり、急ブレーキをかける橙だが、妖怪の本能ですぐにどこに逃げても同じだろうことを予想した。
「こんな時に藍様ならどうするのかな? いけない、今は自分で解決しないと!」
全身の毛を逆立てて臨戦態勢に入る橙の尻尾を前触れも無くそっと誰かがやさしく撫でた。
「・・・・・・!!!!!!???」
いきなりの感覚に驚き戸惑う橙。後ろを向いても誰もいないのに確かに誰かに触られた感触だけは残っていた。そしてまた尻尾を撫でられる感触が橙を襲う。恐怖のあまり身震いをしてしまう橙だが、とうとういたずらをされすぎて、頭にきた橙は相手が次に尻尾を触るであろう時を待って自慢の爪で引っかいてやろうと心に決めていた。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・っ!!!!
今だとばかりに後ろを振り返って手を上げた瞬間
「うぅらぁめぇしぃやぁ~~~」
顔いっぱいに血糊を付けて青白い特殊メイクを施した幽々子が橙の鼻先数センチの距離に現れていた。
お互い数秒間の無音が続いたが、その静寂は橙によって破られた。
「にゃああぁぁぁ!!!」
猫の姿に戻り、身を翻したかと思うと全速力でその場を逃げ去っていった。腰につけていたポーチは猫の姿に戻った事により肩の支えを失ってその場に落ちた。それを拾いながら、してやったりの表情で幽々子は笑みをこぼした。
「ふふふ、最初から出てきても効果が薄いわ。じわじわと恐怖を植えつけてからだと効果は倍増するのよね。紫には悪いけど今回ばかりは負けるわけには行かないのよね~」
幽々子も無縁塚を後にして次なる獲物を求めて探しに行く。
各地で魔女の高笑いが響いたり、恐怖による悲鳴が響いたり、癒しの空間が生まれたりと今日も幻想郷の催し物は賑やかに行われていた。
「咲夜・・・・・・私達が集めてきた飴をここに並べなさい」
「畏まりました。それでは妹様から集めてまいります」
「ふふふ・・・・・・今年もウチが優勝を貰うわよ。フランがいれば確実よ。実力行使でこれほど強い奴は数えるくらいだからね」
「幽々子様、集めてまいりました」
「あら、たくさん集めてきたじゃない。ご苦労様、上出来よ、妖夢」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
「うぇぇぇぇ~ん。藍様~、怖かったよ~」
「おぉ、よしよし、かわいそうにね。橙は頑張ったよ、次はもっと脅かせるように練習しようね」
「はい、もっと頑張ります・・・・・・ぐすっ」
「おい、アリスどうだった?」
「あ、魔理沙! 中々の出来よ。可愛さで攻めてみて正解だったわ!」
「そうだろう? そうだろう? イーヒッヒッヒ・・・・・・おっとまだ癖が残っちまってるな」
こうして各チームが集めた飴はカラス天狗達によってその場で集計され後日発表される事になる。あとはひたすら飴を舐める。
後日、射命丸の文々。新聞の一面に盛大にハロウィンパーティーの優勝者が取り上げられていた。
『優勝! 冥界・幽々子&妖夢ペア』
『前回優勝の紅魔館、吸血鬼姉妹を僅かに上回る大激戦の末の勝利! やはり本物の亡霊は一味違った!』
「幽々子様、今年もあの時期がきたのですね」
「妖夢。あれを準備しなさい」
「幽々子様・・・・・・まさか、あれを・・・・・・やるのですか?」
「えぇ・・・・・・これは威信をかけた戦争よ?」
「わかりました。では早速準備してきます」
妖夢はタタタッっと廊下を走っていく。その背中を見つめながら幽々子は一人呟いた。
「ふぅ・・・・・・・・・・・・今年こそは・・・・・・勝つわよ。妖夢」
そして決戦の日がやってきた。
白玉楼では幽々子と妖夢がそれぞれの衣装に身を包み、腰の巾着に50個ずつ飴を詰めていた。
「幽々子様・・・・・・今年はすごく怖いですね」
「あら? だって今年は本気ですもの。これくらいやらないと勝てないということがわかったのよ」
毎年この時期になると幻想郷ではハロウィーン大会が行われるのだ。
幽々子は死装束に着替えて、血糊を所々に施し、装束自体も破ったりしながらボロボロ感を演出している。まさに亡霊そのものだった。
対する妖夢はかぼちゃの中身をくりぬいて作ったものを被るだけで、どこからどうみてもかぼちゃの仮面を被っただけの妖夢にしか見えなかった。その愛くるしさに思わず幽々子はくすりと笑みをこぼした。
ゴォーーン・・・・・・ゴォーーン・・・・・・・・・・・・ゴォーーン
戌の刻を時計の針が指した時、音の境界をいじった紫によって、紅魔館の時計が幻想郷の全地域に始まりの合図を告げた。
そして一斉に参加者達が開始の掛け声を叫んだ。
「「「レッツ! ハロウィーン!」」」
「では私はこちら側を回ってきますので、幽々子様は作戦通りこちらをお願い致します
・・・・・・あ! 決して飴を食べないで下さいよ!?」
「うふふ、わかってるわよ、妖夢。今年は本気でやってあげるわ。どこぞの吸血鬼なんかよりも亡霊のほうが怖い事を教えてあげるわ」
「なら私も安心です。それでは良い戦果をお持ちいたします!」
ビシッと敬礼のような仕草をして妖夢が駆けて行く。それを見届けて幽々子も、普段ではめったに見せないほどの真剣な表情でふわりと移動し始めた。
「ねぇ・・・・・・チルノちゃーん。本当にこれで驚いてくれるのかな?」
「あたいの作業はいつだって完璧よ!」
霧の湖のほとりでチルノと大妖精が人里に下りて盗んできたかぼちゃをくりぬいたり、削ったりしながら作業をしていた。
もうすでに開始の合図は鳴っているのだが、まったく聞こえていない二人はそれでもなお作業を続けていた。その後ろに迫ってきている影があるとも知らずに・・・・・・
「できたっ! これであたいの優勝は間違いなしだね!」
トントン・・・・・・トントン・・・・・・とチルノの肩をだれかが叩いていた。てっきり大妖精かと思ったチルノは正面へ顔をあげると大妖精の表情がこれ異常ないくらいに青ざめていた。
「チ・・・・・・チ、チルノちゃん・・・・・・う、うし・・・・・・うしろ・・・・・・」
この世の終わりでも見たかのような怯えっぷりにチルノは訝しげな表情で後ろを振り向くと、そこにはかぼちゃの形をした巨大な何かが中に浮いていた。よく見るとかぼちゃの形を成しているものは空を飛べる無数の何かの生き物のようだった。そしてもっとよく見てみようとじっと凝視していると徐々にその正体がわかるにつれてチルノの顔も青ざめていった。
それは何万匹というおびただしいまでの数が集まった蝙蝠の群れだった。チルノがその正体に気付いて本能的な恐怖から一歩をあとずさった瞬間、かぼちゃの形を成していた蝙蝠たちは散開してチルノたちに一斉に群がり始めた。
キィ! ・・・・・・キィキィ! バサバサバサバサバサ!
「う、うわっ! こ、こ・・・・・・こっちくんなぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁん!」
「きゃぁぁぁぁ! え? あ! ちょっと、チルノちゃんまってー置いていかないで~」
二人の妖精はその場に全てのものを投げ出して湖にある自分の領域へと逃げていった。
それを見届けた蝙蝠は一つに集まると、一人のかわいらしい吸血鬼になり、二人の妖精が落とした飴を拾い始めた。
「ふふふ・・・・・・この分だと今年も楽勝ね。フランはちゃんと頑張っているかしら? 王者は常に王者でなければいけないのよ。さぁ吸血鬼の本当の恐ろしさを味わわせてあげるわ!」
昨年度の王者であるレミリアはくすりと笑い、次なる獲物を探し始めた。
「おぉ! いいですねーいいですねー。やはりネタを探すには自らイベントを開くのが一番ですねー。面倒臭いですけどこれも記事のため、頑張りましょう」
上空から各地で起こる悲鳴などを聞きながら文は笑みをこぼす。こういった大規模な余興はカラス天狗たちにとっても自分の新聞を広めるまたとないチャンスだった。愛用のカメラを携えて、文はまた忙しそうに飛び回ってはこっそりと各地でその光景を写真に収めていった。
夜の境内で一人酒を飲んでいた萃香は腰に飴をつけたまま誰か来ないかと待ち望んでいた。
どうせ自分を脅かせる相手などいないという余裕からか、まったく周囲を警戒していない様子だった。
数分後、萃香の周囲に怨霊が一体湧いて出てきた。境内の下からそーっと気付かれないように萃香の背後に現れたそれは、何をするでもなく萃香の背後に居続けた。
そのうちまた一体、もう一体と、ポツポツと湧いてきているのを萃香はすでに察知していたが、何をしてくるでもないので無視し続けていた。いよいよそれが十体も並ぼうかというときに、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえてきた。
にゃ~ん・・・・・・・・・・・・にゃあぁ~ん・・・・・・にゃあぁ~ん・・・・・・
境内の横にある林の中からガサガサと茂みを掻き分けて現れた黒猫は、萃香の前までくるとピタッっと歩みを止めて、萃香を凝視していた。
「なんだおまえが来たのか。いいだろう私を脅かせるものならやってみな!」
その萃香の言葉を合図に猫の姿から人の姿へ変身したお燐は、萃香に売られた勝負を承諾する意味を込めて―――
「さすがお姉さんは肝がすわってるね! いい度胸しているよ! お姉さんの飴が欲しいだけなんだけどそっと渡して・・・・・・くれないかな?」
「私の飴がほしけりゃ実力で奪ってみな!」
「さっすがお姉さん! そうくると思ったよ!」
そう言うや否や、お燐は短い詠唱呪文を唱えた後にカードを一枚取り出し、天高く掲げてスペルカードを宣言した!
「死灰復燃・トリックオアトリート」
お燐が自慢のスペカを唱えると、萃香の周りにいたゾンビフェアリーたちがそのまま萃香の元へと特攻を仕掛けていく。だが爆発せずにトリックオアトリートと呟きながら萃香の手足を拘束しようとまとわりついてくる。萃香はこの怨霊たちに接触してはいけないことを前の異変のときに知っていたので、ジャンプ一番天高く舞い上がり、いつの間に持っていたのか小さな石ころに自身の能力を使い、回りの石という石を引き寄せた。その結果初めの何十、何百倍という大きさの石が萃香の掌に出来上がり、萃香はそれを地上にいるお燐に向かって投げつけた。
「萃符―――戸隠山投げ」
圧倒的な大きさでグレイズ不可の攻撃をお燐はスペルカードを解除して、林の中に大きく飛び込むことでこれを回避した。そして神社に巨大なクレーターが出来た後、また林の中からお燐が姿を現す。
「ふぅ、危ない危ない。お姉さんはどうやら一撃タイプのスペカらしいね。避けるのも一苦労だよ」
「ふふふ・・・・・・いつまでそんな余裕を見せていられるかな」
「ふ~ん・・・・・・あんたたち、神社をこんなにしておいて随分と余裕なのね・・・・・・」
萃香の後ろにゆらぁっと幽鬼の如く姿を現したのは博麗神社の巫女である霊夢だった。
「あんたたち・・・・・・誰がこれを修理するとおもっているのかしら・・・・・・?」
その一言には憎悪の念がこもっており、萃香は危険と判断するや、そっと移動しようとしたが、その肩を霊夢にガシッと掴まれて動く事が出来なくなった。萃香はあまりの恐ろしさに後ろを振り向く事が出来ずにカタカタと身体を震わせていた。
そして、その様子を見てお燐がこれは非常にまずいなぁと直感して、その場を立ち去ろうとした。
霊夢はそんなこともお見通しだったのか右手で萃香の肩を掴んだまま、空いている左手で一枚の御札を音もなく投げつけた。しかし投げつけた御札をお燐は身体を横にずらし、さっと回避する。そして向きを変えて逃げようとした時に、避けたはずの御札がお燐に向かってまた迫ってきているのが見えた。お燐を標的として何度も何度も当たるまで追いかけ続ける御札にお燐の体力は徐々に奪われていく。
それからバチバチバチッ! という封魔陣が発動する音とお燐の悲鳴は、ほぼ同時に聞こえてきた。本来ならここで降参を宣言するはずのお燐から何も応答がなく、ピクリとも動かなくなってしまった。その一連のやりとりを目撃していた萃香は恐る恐る霊夢に聞いてみた。
「な、なぁ・・・・・・霊夢? もしかしてあれは気絶しているんじゃないのかなー・・・・・・なんて・・・・・・あ、あははは、そんなわけないよね? ね? そこまで威力上げてないよね?」
「萃香も、ああいう風になりたくなかったら今後の行動は何をすればいいかわかるわよね?」
萃香の質問には一切答えず、霊夢はにこやかに言い放った。後ろにいる霊夢から放たれるおびただしいまでの威圧感に萃香の答えは一つしか残されていなかった。
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
ゴツンッ! という音と共に萃香の頭にたんこぶが一つ生まれた。
「ト、トリックオアトリートです・・・・・・」
顔を真っ赤にしながら妖夢は紫に言葉をかける。かぼちゃの被り物をしているので、実際にはわからないが、その口調から彼女がどんな表情をしているのかは容易に想像がついた。その仕草には怖いという感情よりどこか、愛らしいといった感情のほうが際立っていた。紫はその愛らしさに自分用のポシェットから飴を数個取り出すと、妖夢に手渡した。
「はい、白玉楼の小さな庭師さん。飴をどうぞ」
そもそも演技には自信が無かった妖夢だが、それでも驚いてもらえないとなると、それはそれで悲しくなったりもする。しかし実はその可愛さで意外と飴を貰っている事に気付いていないのは恐らく本人だけだろう。
幻想郷におけるハロウィンとは手持ちの飴を最終的にどこまで増やす事が出来るかというルールなのだ。つまり、怖がらせて奪おうが、弾幕勝負で奪おうが、色仕掛けで奪おうが別に何でもアリなのだ。なので妖夢自身が不満だったとしてもきちんと主の期待には答える形となっていた。妖夢は自慢の愛らしさで次々と各人から飴を数個ずつ貰っていった。
「いつの間にかこんなに飴がいっぱいに。これなら幽々子様の分と合わせると今年こそは優勝できそうです。ふふふ、幽々子様褒めてくださるといいなぁ・・・・・・」
予想以上の戦果に思わず頬が緩む妖夢は軽い足取りで次の場所へと向かっていった。
「うーん・・・・・・ここはどこなんだろう?」
橙はいつの間にか無縁塚まで来ていた。知らぬ土地に一人で来ている寂しさも手伝ってすぐに帰巣本能が働くが、飴をいっぱい貰って、藍様に褒めてもらうという橙の計画を遂行すべく、寂しさを必死に紛らわそうとした。そんな時に橙が誰かの気配を敏感に察知した。しかし周囲を警戒しても相手は一向に現れない。そのことが逆に橙の不安を掻き立てたのか、じりじりと後ずさると後方へ向けて一気に逃げ去ろうとした。
「・・・・・・・・・・・・っっっ!!」
後ろへ逃げようとしたら逃げようとした方向からの気配が強くなり、急ブレーキをかける橙だが、妖怪の本能ですぐにどこに逃げても同じだろうことを予想した。
「こんな時に藍様ならどうするのかな? いけない、今は自分で解決しないと!」
全身の毛を逆立てて臨戦態勢に入る橙の尻尾を前触れも無くそっと誰かがやさしく撫でた。
「・・・・・・!!!!!!???」
いきなりの感覚に驚き戸惑う橙。後ろを向いても誰もいないのに確かに誰かに触られた感触だけは残っていた。そしてまた尻尾を撫でられる感触が橙を襲う。恐怖のあまり身震いをしてしまう橙だが、とうとういたずらをされすぎて、頭にきた橙は相手が次に尻尾を触るであろう時を待って自慢の爪で引っかいてやろうと心に決めていた。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・っ!!!!
今だとばかりに後ろを振り返って手を上げた瞬間
「うぅらぁめぇしぃやぁ~~~」
顔いっぱいに血糊を付けて青白い特殊メイクを施した幽々子が橙の鼻先数センチの距離に現れていた。
お互い数秒間の無音が続いたが、その静寂は橙によって破られた。
「にゃああぁぁぁ!!!」
猫の姿に戻り、身を翻したかと思うと全速力でその場を逃げ去っていった。腰につけていたポーチは猫の姿に戻った事により肩の支えを失ってその場に落ちた。それを拾いながら、してやったりの表情で幽々子は笑みをこぼした。
「ふふふ、最初から出てきても効果が薄いわ。じわじわと恐怖を植えつけてからだと効果は倍増するのよね。紫には悪いけど今回ばかりは負けるわけには行かないのよね~」
幽々子も無縁塚を後にして次なる獲物を求めて探しに行く。
各地で魔女の高笑いが響いたり、恐怖による悲鳴が響いたり、癒しの空間が生まれたりと今日も幻想郷の催し物は賑やかに行われていた。
「咲夜・・・・・・私達が集めてきた飴をここに並べなさい」
「畏まりました。それでは妹様から集めてまいります」
「ふふふ・・・・・・今年もウチが優勝を貰うわよ。フランがいれば確実よ。実力行使でこれほど強い奴は数えるくらいだからね」
「幽々子様、集めてまいりました」
「あら、たくさん集めてきたじゃない。ご苦労様、上出来よ、妖夢」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
「うぇぇぇぇ~ん。藍様~、怖かったよ~」
「おぉ、よしよし、かわいそうにね。橙は頑張ったよ、次はもっと脅かせるように練習しようね」
「はい、もっと頑張ります・・・・・・ぐすっ」
「おい、アリスどうだった?」
「あ、魔理沙! 中々の出来よ。可愛さで攻めてみて正解だったわ!」
「そうだろう? そうだろう? イーヒッヒッヒ・・・・・・おっとまだ癖が残っちまってるな」
こうして各チームが集めた飴はカラス天狗達によってその場で集計され後日発表される事になる。あとはひたすら飴を舐める。
後日、射命丸の文々。新聞の一面に盛大にハロウィンパーティーの優勝者が取り上げられていた。
『優勝! 冥界・幽々子&妖夢ペア』
『前回優勝の紅魔館、吸血鬼姉妹を僅かに上回る大激戦の末の勝利! やはり本物の亡霊は一味違った!』
レミリアの場面や妖夢の可愛さとか幽々子さまの驚かせ方とか面白かったですよ。
あと一意見ですが、『・・・』は『……(三点リーダを二つ)』のほうが良いかもしれないです。
物足りなさが少々。でも面白かったです
あとは「敗者への罰ゲーム」「後日談のエピソード」みたいな、最後の〆でもう一押しが欲しかったな~と感じますた。
>毎年この時期になると幻想郷ではハロウィーン大会が行われるのだ。
>後日、射命丸の文々。新聞の一面に盛大にハロウィンパーティーの優勝者が取り上げられていた。
最後で「ハロウィーン大会」から「ハロウィンパーティー」になってるかも。
…って細かすぎる部分ですが気になったので一応。
これなら、いっそ最後の2行は削って「誰が勝ったかは、読者の手に」みたいな終わり方でも良かったかも。(勿論、本音を言えば、集計会場に参加者たちが集まってまた一悶着・・・みたいなのがあれば、面白いと思うのですが)